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<東京怪談・PCゲームノベル>


眠れる住人




「……相変らず、見れば見る程、おんぼろ長屋だなこりは」
 その古アパートを、ざっと見上げた男の背は、思いの他低い。
 だが、それがかえって、その身体の肉の中に内包されている、健やか且つ際立った気配をより促しているのも事実だった。
 彼の名は、正風。
 新進気鋭のオカルト作家、雪ノ下正風(ゆきのした・まさかぜ)その人であった。
 霊現象や、そういった目に見えぬ物を書き綴るにしては、心身ともに明るいものを発散している。
 何事も体力なのだ――そんな気持ちを抱かせる程に。
「俺、あいつと組んで正解だったのかなぁ?」
 思わず心境を口に出す青年。
 眼前の物言わぬ建造物は、それを聞き流すかのように鎮座ましましている。
 正風は、舌の根が乾いていく感覚を憶えていた。
 それは、彼にとって、何か言葉で説明出来ないようなことが起こる――その予感のシグナルであった。



 彼に『月刊アトラス』から連載の依頼が来たのは、今から二ヶ月前であった。
 その若さゆえ、何事も経験と原稿依頼を引き受け……そして、彼の編集者的な立場としてサポートを担うべく当てられた人間が、三下忠雄その人であった。
 生傷と泣き言を常に絶やさぬ、悲観的ナルシズムすらも裸足で逃げ出しそうな星の下に生まれた男。
 正風の第一印象は、
 "もしかして俺もこの人みたいにアゴで使われるのかな"
 であった。
 だが、実際に打ち合わせや取材等、種々の作業を遂行していくにつれ、その印象は良い意味で裏切られていくこととなる。
 三下は、決して、仕事の出来ない人間ではなかった。
 むしろ、誰かと組ませてサポートに徹させれば、常人以上の作業能力を発揮する――このことを理解した瞬間に、正風の腹は決まった。
 ……いーもん書いてやろーじゃないのよ。



 故に、ここに来たのだ。
 今回の校正の件は、正風には全く関係無かった――つまり、義理だとか、人情などといった種類の行動だった。
 しかし、奇妙に足がすくんでいた。
 震えているのではない。足の裏は靴底を通して、しっかりと地を踏みしめている。
 その芯が――骨の内が、稀有なことにも揺れている。
 もちろん、そのままの意味ではなく、感覚としての認識に過ぎない。
 だが、こうした感覚を、正風は時として気にする性質でもあった。
 ……他の人間を待とう。
 そう思って、あやかし荘に一旦背を向けた。
「……こんにちわ」
「……はぁ」
 正風は目を瞬かせた。
 昔見た映画で、こんな服を見たことがある――カチューシャとエプロンドレスが目を引くその姿は、しかしどこか無機質な空気を思わせた。
「スレーブモードで失礼するわ」
「……なるほど」
 察しの早い男であった。
 碇編集長から同行者の話は聞いていた。
 その少女の名はササキビ・クミノ。
 有効範囲に生命を約一日接触させることで、その命を死に追いやる能力を、常時に至って漂わせている少女。
 そのために、人と触れ合うことが出来ない……そんな悲境の娘だった。
 彼女の生活をサポートするアンドロイドが傍にはいる。だが、それは仮初めの心であり、温度のある人同士の関係には遠く及ばない。
 こうして、その素体を遠隔操縦していることも、その関係を暗に示しているのだろう。
 ……だが、正風の思考は、ちょっと違うところにあった。
「……なんで、出て来ないんだ?」
「何の話かしら?」
「原稿校正のリミットはきっかり五時間なんだそうだ。つまり、三下を含む住人を五時間以内に起こせなければ、ミッションはフェイルド――って訳だな。碇編集長から聞いてるだろう?」
「……聞いているわ」
「じゃあ、出て来りゃ――」
「うるさい!」
 まるで、生きているかのように、メイド姿のアンドロイドが激昂した。
 一応、模した外見は美しい女のそれであるためか、正風は妙な気分を感じた。
 それでも問うことはやめなかったが。
「どうしようが勝手だろう! それに!」
「そ、それに……?」
 すぐに、口を次いだことを軽く後悔はしたが。
「機械なら眠くならないだろう!」
「は、はい、おっしゃる通りで……」
 言われて思い出したのは、彼の楽天的性格の賜物だったのだろう。
 今のあやかし荘は眠りの城なのだ。
 眠らないための手段として、こうして機械をスレーブすることによる調査は、有効な選択肢と言えた。
 ……それでも、正風には、電子の瞳の奥からこちらを見据えているであろうクミノは、どうして怒っているのか――それが気になったまさしくその時。
「あらあら……喧嘩はよくなくてよ?」
 耳から侵し、脳を鷲掴みにするような妖艶な声に、正風は危険すら感じて即座に振り向いた。
「剣呑剣呑」
 "いつの間にか"立っていた。
 正風は、そんな自分の認識を、決して誇張のそれではないと感じた。
 気配の欠片すらなかったのだ。それなのに――
「あら……あなた、TA-i-Thiの心得があるのね」
「ターイーチ?」
 聞き慣れぬ単語に、正風は眉を潜めた。
 一方、声の主は淡々と言葉を綴る。
「この異国(とつくに)では大極拳とでも言うのかしらね……剄呼吸が感じられるわ」
「大極拳じゃないさ――我流相伝、ってやつだよ」
 眠らないように、剄呼吸で氣を練っちゃいるけどな――心中で正風は呟いた。
「あんたが、紅蘇蘭(ホン・スーラン)だな」
 にぃ、と微々たる笑みを浮かべる、艶やかな紅玉を思わせる美女。
 豊かな体の線を強調するようなチャイナ・ドレスに、正風は目のやり場を失う。
 振り向いてみた。メイド服の素体。
 自分の身なりを確認してみた。二着で三万円。
「……どうすればいいかは、分かってるんだろ?」
「ええ。そのために来たのだから――」
 そう言って、ふふ、と蘇蘭は笑った。
 嘲笑ったと言った方が正しいような笑みを、口端に浮かべながらに。 
 たまらず、また振り向いて見た。
 なぜか情緒不安定に見えるメイド・アンドロイド。
 なんとなく、頭を抱えたくなった。
「――いくぞ!」
「そんなにいきり立たなくても……結果は同じよ?」
 すれ違った蘇蘭の方から声がしたが、聴こえなかったことにした。
 こういった意味での、非現実的な存在というのがちょっと苦手な――そんなところが初心な正風であった。
 広くない小庭道に足を踏み入れ、勢い良くドアを開き、中へと足を踏み入れていく。
 蘇蘭もそれに続く。
 そして、クミノの意思をトレースしたアンドロイドは――

「……き、消えた……?」

 隠せぬ驚愕を、その硬い表情に浮かべていた。



 強烈な違和感のようなものを感じ、正風は振り向いた。
「何かしら?」
 これ見よがしに首を傾げて見せる蘇蘭の姿。
 先天的に、狂おしいものを想起させる空気を備えている妖婦の姿に、しかし正風は毅然としながら言った。
「今、何か感じなかったか」
「何か……何かって、何かしら? それとも、ナニ?」
「話をややこしくするな。クミノはどうした」
 蘇蘭の、さらに向こう――外の方に視線を投げかけると――メイド姿の影も形も見えない。
「あら。どうしたのかしらね? すぐに来るんじゃない?」
「……とぼけるんじゃない。何か知ってます、ってな顔しやがってからに」
「そう怒らないで。ほら、来たわよ」
 声に促されて、正風が横開きの戸へと目をやると――
「……いた」
 メイド服を着た素体と、幼いながらもクールな雰囲気を漂わす彼女――ササキビクミノその人であった。
 ゴーグルを額にかけた白のケープ姿から、スレーブ動作に使うと思しきグローブが伸びている。
「……私が……見たのは……なんだったのか?」
 構えていた、グローブと一体型の炸裂銃口――ブロウ・ガンを下ろしつつ、クミノは誰にでも無くその言葉を発した。
「何を見たんだ?」
 真剣なものを含んだ正風の問いに、クミノは即座に、
「あなたたち二人が、一瞬で消えて――リナのあらゆるスキャニングでも探知出来なかった……いや、問題はそこじゃない」
 引きちぎるように、ゴーグルを外した彼女。
 眠気とは違った意味で、夢でも見たかのような瞳がそこにあった。
「誰も眠ってなんかいなかった――三下さんが廊下で寝ていただけで、あとは他の誰も、普通に――」
「ちょっと待て」
 手振りと共に、正風がクミノの言葉を制した。
「それが分かったってのは、つまり、メイドロボ……リナだっけ? で調査したってことだな?」
 頷くクミノ。
「三下さん"だけ"が、廊下で寝ていたんだな?」
 再度頷くクミノ。
 正風は振り向かなかった。誰も寝ているどころか、この廊下には人の姿一つ無いことは百も承知だった。
「そして……メイドロボの調査では、俺達は、廊下には立っていなかった……のか?」
 そんなことがあるはずが無い。頼むから、いや、と言ってくれクミノちゃん――そう強く、念じるように想った。
 クミノは――恐る恐る、といった感じに、頷いた。
 彼女も、似たようなことを考えていたのかもしれなかった。
「入って行ったはずなのに、中にはいなかった。それどころか、誰かが寝ている事実すらなかった。編集部で貰った連絡が嘘だとすれば、事実が違うことの説明にはなる」
「……でも、俺達が消えて、そして、結局"いた"――そのことの説明にはならない」
「まあ、別に何も無ければいいのだけど……悪質な狂言ね」
「ううむ……まあ、機械にも間違いはあるだろ。そういうことにしとかね?」
 一拍置いて、クミノはゆっくりと頭を垂れた。煮え切らないことが多かったが、それでも首を縦に振る他なかった。
「でも、三下さんのことが腑に落ちないな……なんだよ」
 誰かに肩を叩かれて、正風は振り向いた。
 蘇蘭が、無言で何処かを指差している。
 以前来た際の記憶が正しければ、この先は鍵の壊れた、しかし唯一の更衣室――
「え? 見ろっての?」
 軽い気持ちで、軋むドアを開けた……すぐに閉じた。
「感想は?」
 蘇蘭が、悪戯っ気たっぷりに、正風に尋ねる。
 気になったクミノが彼を見ると――紅潮と蒼白とが相克していた。
「わたしは見ても大丈夫かしら?」
「ええ」
 促されるまま、ドアを開けた。
 正風よりは遅かったが、やはりすぐに閉めた。
「男の子には、ちょっと刺激が強すぎたかしらねぇ?」
「それはともかく……用を足しながら寝るのも、奇妙な話ですね。雪ノ下さん。あの人は、住人で間違いないですか?」
 色んな意味で震える唇で、正風は息も絶え絶えに応えた。
「……て、天王寺綾さん。み、見ちゃった……やばい……いやそれよりも!」
 正風の目線に、クミノも瞳でものを言い――
「何か、とんでもない状況になって――げ!」
 突然、普段の口調からは似合わぬ、年頃の女の子らしいハイトーンな声を上げた。
 正風が反射的に、声が指向したへと目を向けると――
「誰か……いるのか?」
 そこには銀髪の、背の高いワイシャツ姿。
 そこにいないのに、いるような。いるのに、いないような――命とも存在とも決めつけられない、しかしそうではないとも言い切れない――そんな存在感を漂わせた青年だった。
「くっ!」
「く?」
 クミノの言葉に、思わず乗ってしまう正風。
「鉄鋼(くろがね・こう)ッ!」
「君は……知ってる。他の人も、忠雄のために来てくれたんだな……」
 呼ばれて、銀色の青年は、清涼のある声で、しかしたどたどしく言葉を紡ぐと、人懐っこい笑みを浮かべた。
 この瞬間に、クミノがどうして遠隔調査にこだわったのかを、正風は悟った――どのような関係なのかは、知る由も無かったが。



 狭い四畳半の部屋に、三下がいびきにも近い寝息を立てている。
 あれから他の住人も、今の彼と同じように床に着かせて、それも一段落したところだった。
「クミノは……眠くないのか?」
「関係ないだろう」
「…………」
 曇りのない瞳で、少女を見つめる鋼。
「き、気付け薬がある! 特製のな!」
「そうか……」
 一挙動一挙動に、いちいち反応する鋼。
 思うところのあるクミノにはとっては、そのことすら苛立ちを感じさせるものでしかない。
「蘇蘭は……眠くないのか?」
「ふふ――心配してくれるのか?」
「ああ」
 真顔で首肯する鋼に、蘇蘭は笑いかけながら、
「お前はよい子のようだねぇ……それなのに、どうしてこの子は冷たく当たるのかねぇ」
「関係ない」
 間髪入れぬ即答に、蘇蘭は苦笑いを浮かべた。
「……ううむ……」
 三下の寝姿を見ながら、正風は考えていた。
 釈然としないものがあった。
 ……実際に住人は寝てしまっていた。
 だが、最後に踏み込んだクミノは、俺達の姿などなかった、と言う。
 廊下に三下さんが寝ていることを除けば、皆が普通に生活のリズムを刻んでいた、と言う。
 この認識の違いはどこから来ているのだろうか――どこかで、何かがおかしくなっている。
 しかし、俺達は、廊下には誰の影も形も認めちゃいない。後から来たクミノだって、それ"も"間違い無いと分かっている。
 そう言えばここに、タイムラグがある――
「クミノ!」
 突然かけられた大声に、少し驚いた風に、正風に向き直る彼女。
「何ですか?」
「いつも、時間には、正確か?」
「守っていることは守っていますけど――」
「メイドロボでの調査に、何分かけた」
「……三〇分程」
「じゃあ、今、何時か分かるか?」
 怪訝な顔をしながら、頭のゴーグルに目を通し――
「……えっ」
「え、なんて数字があるか。何時だ?」
 ……しばらくの沈黙の後、クミノはゴーグルを額に戻し、言った。
「時間が、三〇分もずれている」
「やはりな」
 そう言い、正風は笑みを浮かべた。
 極めてアイロニカル――皮肉に満ちたようなそれを。
「あくまで推測でしかないが――平行世界」
「平行世界? 平行した世界?」
 言葉の意味するところが分からず、クミノはただ、その単語を繰り返した。



「俺達が、あやかし荘の前で集合した時点での世界を、仮にAとする。
 まず、俺と蘇蘭とが玄関を通った時点で、俺ら二人はBに移動したとする。
 まあ、言いたいこともきっとあろうけど、質問は後にしてくれ。
 クミノは、消えた俺達を訝しんで、メイドロボで追跡。しかし、俺達の姿は無かった。
 それもそのはずだ。クミノが探したあやかし荘はA世界のあやかし荘。
 俺達が入ったB世界のあやかし荘じゃないんだからな。
 三〇分間の調査の結果、クミノは廊下に寝ている三下を除いては、誰も寝ていないことを確認。
 しかし、俺達の姿は見えない。そこで、クミノ本人も突入。ここが肝だ。
 この時点で、クミノはAからBに移動、そして俺達と合流……そうさ。
 玄関を通った瞬間、三〇分のタイムラグはリセットされちまったんだ。
 しかし、経った時間は事実として残る――時計のずれとしてな」



「…………」
「カッコよく言えば、クミノちゃん、時の旅人だな」
「冗談じゃないわ。それに――」
「そう、その通り」
 正風は指を立てながら、諭すように言葉を継いだ。
「碇編集長からのコールがどうなるんだ、という話だろ?」
「……ええ」
「そのコール自体、すでにB世界からの干渉なんだ。A世界では他の住人は気付いちゃいないままに生活してたんだろ? そして三下さんが廊下で眠りこけていた。このA世界の風景こそが、本来、玄関をくぐった先にあって然るべき状況のはずなんだ」
「でも、実際には、みんな眠っている状況がある……」
「そう。そこで、俺達は考えなくちゃいけない。どうして、俺達が、B世界に呼ばれたのかをな」
「…………哲学的ですらあるわね」
 二人して押し黙る。
 旅人などではない。漂流者同然と言えた。
 鋼も、場の空気を察してか、何も言わずに正座している。
 三下の軽いいびきだけが、部屋に木霊していた。
「……何か言うことがあるんじゃねえのか」
 張り詰めていたものを破ったのは、正風だった。
「……あんただ、あんた」
「私?」
 他人事のように、自分のことを指差す蘇蘭。
「あんた、何か気付いてんだろ? 俺達が気付いていないような、重要なことに」
 寸鉄を射抜くような眼差しに、蘇蘭はふっと笑い、
「……どうして分かったのかしらねぇ?」
 どこからとも無く、一本の銀キセルを取り出すと、あっという間も無くその先に火を点けた。
 たゆたう煙が、四畳半の天井に浮かんでは霧散していく。
「"結果は同じだ"だの"すぐに来るんじゃない?"だの……何かを見据えた発言が多過ぎるんだよ」
「……上出来」
「観察力がなけりゃ、作家なんてやってらんないしな」
 にや笑いを浮かべる正風。
「さて、あなたの推理だけど……半分正解だわ」
「半分……?」
「そう、半分。ここがA世界とB世界、という言い回しがあったわね。でもAなんてもう無いの。今は混ざり合っている状況ね」
「……どういうことなんですか?」
 クミノが先を促す。
「まずは今現在、私達がいるこのB世界が、そこで寝ている三下さんの世界であること」
「み、三下の世界?」
「……何か、厭な名前ですね」
 蘇蘭は苦笑しながら先を続けた。
「あの玄関が世界と世界の境界であることはその通りだわ。でも、もうAの方は残っていないかも。あなた……外の様子、見てらっしゃいな」
「……ああ」
 思うところを感じたのか、無言を通していた鋼が席を立ち――
「……みんな、寝てた……散歩している人とか犬とか……」
「なにぃーッ!」
 そして驚いたのは、正風ただ一人。
「そんなことだろうと思った……」
 思いの他冷静なクミノを横目で見ながら、正風は蘇蘭に訊いた。
「説明を求む」
「……ぐっすり眠れる世界。それが彼の望む環境。その想いが、世界に干渉した」
「随分と眉唾な話ね」
「……いや、そうでも無いかも」
「どうして?」
 クミノの意見はもっともと言えたが、正風は事も無げに。
「想像で妊娠して、子供を産んでしまう人もいるくらいだ。生命に干渉出来るのに、それを育む時間に干渉出来ないなんて話があるか。要はケース・バイ・ケース」
「……まあ、思ったより、世の中訳の判らないことばかりだってのは認めますけど……」
「……結構、こき使われているからな……ここだけの話、碇編集長、血も涙も無いから……さて」
 改めて、正風は蘇蘭の方を向いた。
「俺達が、三下さんの世界にいながら、このことに気付けたことの真意は、何だ」
「……私が望まなかったのが一つ。そして――鉄鋼」
 名指しで呼ばれ、視線も受け、途惑うように一同を見回す鋼。
「俺が……何だ?」
「あなたが……というより、あなたを創りし存在が、世界の変容を拒んでいるのね」
「そりゃあ、誰だって拒むよな。俺だってやだ。寝てるだけなんてさ」
「でも……忠雄もきっとそう想ってる……そんな気がする……」
 蘇蘭は目で頷き、
「だから、あなたが、A世界からの干渉……電話を取ることが出来た」
「……おめでたい奴にふさわしい役だわ」
 きょとんとしている鋼に、クミノが溜息混じりに呟く。
「自分のこと、人の夢のために生まれたって抜かすくらいだから」
「ああ……そうさ――」
「二度も言うなッ!」
 やはり何かあるな……正風はつぶさにそう思いつつ、
「まだ解けちゃいない謎が一つある」
「何なりと」
 ぞくりとするほどの、妖しい魔性。
 うろたえたのを心中に隠し、正風は恐る恐る訊いた。
「この世界の謎を解けたのは、あんたが"否定している"ためだと言った――」
 そう言いかけた、まさに瞬間だった。
 正風は、自分の足元から、地面が消失したような――
 そして、そのまま堕ちて行く感覚。
 どこまでも――どこまでも。
 四畳半の風景は、墨に塗りつぶされていくように。
 感覚が鈍くなっていく。
 けれども、はっきりと声が聞こえた。
 誰の……? ああ、三下さん――
 そうですよ……いいモノ、二人で書き上げるんじゃないですか。
 大丈夫ですよ、何かポカやらかしたら、一緒に俺も謝りますって……
 何も見えなくなっていく。
 何も聴こえなくなっていく。
 感じられなくなっていく……それでも、正風には分かった。
 ――そうですね!
 そう、三下が答えたのが。
 意識が薄れていく。
 その中で、正風は、目蓋の裏に奇妙なものを見た。
 美しい一対の翼。
 しなやかな六本の腕。
 たくましき虎の体躯――
 ……ものの本で見た、何かの妖怪に似ている……
 確か……名前……紅瞳公主(こうるいこうしゅ)で合ってたっけ……
 万葉の刻を生きる、天仙……神様のようなモノの一種だっけか。
 女の顔を持った妖しが、微笑んだ。
 途切れる心に、正風は、その笑みが酷く蘇蘭のそれに似ていると思った――






 気付けば、あやかし荘の前に立っていた。
 腕時計に目をやる。一三時ちょうどだった。

「俺は……いったい?」
「きっと、夢を見ていた……」

 すぐ横で声がした。
 クミノも、同じような表情をしながらに立っていた。

「自分じゃない、他の、誰かさんの夢を」
「……そうなんだろうな」






 あやかし荘の給湯室。
 誰かに呼ばれたような気がして、鋼はその場で振り向いた。

「……気のせい……だろうか」

 すぐに、目の前の作業に戻る。
 ワイシャツにかける、アイロンのスチームに使う熱湯が暖まるのを、ひたすら待つ。

"この私が秦山より出た様に、この東京の気より生まれた街の子よ"

「……誰だ? 俺を呼ぶのは……」
 気のせいではなかった。

"よく人を見、世を楽しみなさい"

 振り向こうとも思ったが、なぜか出来なかった。
 奇妙に、体が固まってしまったような……関節の油が切れた時とはまた違った感じだった。

"そして、我らと同じ齢を重ねたお前が、街が、人をどう語るか――"

 耳の奥で、囁きにも似た声がした。

"楽しみにしているわよ"

 そして、不意に感じた、頭を優しく撫でられる感覚。
 それが消え失せた瞬間に、鋼は振り向くことが出来た――

「……何だったんだ、今のは……夢、か?」



           Mission Completed.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0391/雪ノ下・正風  / 男 / 22/オカルト作家
【0908/紅・蘇蘭    / 女 /999/骨董店主/闇ブローカー
【1166/ササキビ・クミノ/ 女 / 13/殺し屋では断じてない

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■         ライター通信          ■
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……えー、始めまして&再度の指名ありがとうございます。
Obabaであります。

まずは、年始休みフル活用して、すいませんでした。
そしてありがとうございます……平伏。

以前から訳判らない展開ばかりが目に付いてきた拙作ですが。
……今回もエライことになってしまった感があります。

一人くらい、夢オチで書いてもいいですよね!
……前にもこんなこと言ったような気がします。
ダメですか、そーですか、そうですね……

当方、この「あやかし荘」シリーズでは、
鉄鋼なるNPC(誰もいない街のNPCでもあります)を使って、
他のライター様とはまた違った路線を目指そうと模索しております。
これからも、機会があればお付き合い頂ければ嬉しく思います。

感想や良かった点、そして何よりも悪かった点を教えて下されば、
書き手冥利につきまする。是非是非テラコンで文句の一つをば。

ではでは皆様、シー、ユー、アゲン!