コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


++ 死神の噂 ++
「ホラースポットねえ……またえらく時期外れな……」
 三下の机の上を勿論当人に無断で漁っていた凪が、企画書らしきものを発見して目を通す。
「あ、駄目ですよ凪さんそれは社外秘なんですから。返してください〜!」
 編集部の隅で凪のためにコーヒーを淹れていた三下が、慌てた様子で机へと戻ってくると、凪は企画書を取り戻そうと手を伸ばしてきた三下の額をぴしゃりと叩いた。
「うるさい馬鹿。黙れ馬鹿。ああ……もう場所は決めてあるのね。そこのことを記事にするってこと、へーえ。三下この場所ってのはどーやって決めたのよ?」
「読者からコンスタントにそーゆー手紙が届くんですよ。それでせっかくだから特集でもしてみようかってことに……」
「へーえ。あ、でも面白そうなのもあるわねー」
 紙片を机の上に置くと、凪は企画書の一部を指で指し示す。
 そこには『死神が住む病院』なる文字。
「今は廃屋と化している病院の建物に死神が出るという噂がある……病院の近くに行くと、女の呼び声が聞こえるらしい……ですって。でもコレ私も聞いたことないわよ……変ねえ……この手の情報は網羅してるはずなんだけれど」
 凪はアトラス編集部が扱うような――幽霊やオカルトといった情報を集めることを趣味としている人物である。面白そうな話題がある時など自分から編集部に売り込みにくることもあるので既に三下や碇とも顔馴染みだ。
 三下は首を傾げる。
「でもいくら凪さんだって、都内全てのホラースポットを把握してるわけじゃないでしょうし……」
「馬鹿。救いがたく馬鹿。もう失せろ――あのねえ、大抵のホラースポットって幽霊が出るってそれだけでしょーが。それを『死神が出る』よ。こんな変なの私が知らないわけないじゃないの。これも読者からの情報なんでしょ? 元になった葉書とか手紙とかはドコ?」
「そういう台詞は僕の机の上からどいてから言ってください……」
「うるさい馬鹿。黙って探せっての」
 がさがさと机の右の引き出しを探し始める三下を横目で見下ろして凪は首を傾げる。
「本当にコレ聞いたことないわねぇ……で三下手紙は?」
「うーん。ここにあったはずなんですけれど……」
 難しい顔をしながら机の中をあちこち探している三下に凪はあからさまにため息をついてみせた。
「なくしたのね。手紙の管理もマトモに出来ないの三下……」
「違いますよ! だってその証拠に他の手紙はここにこーしてありますし……おかしいなぁ……女の人のものっぽい手紙だったと思いますよ。僕大抵の仕事は苦手ですけれど何かを大事にとっとくのは得意だったと思うんですけど……」
「仕事苦手って致命的じゃないの……しかし妙ねぇ……」
「凪さんは人事だからいいですよ……僕はココに取材に行かないといけないんですよ。誰か頼りになる人いないですかねぇ……やっぱり怖いですし……」
 途方にくれたように三下が呟いた。
 どうやら、問題の病院を取材するのは三下の役目らしい。


++ 誘う声 ++


 吹き付ける風は冷たいにもかかわらず日差しは明るい。そんな冬の日だった。


「死神って胡散くさ……」
 アトラス編集部の三下の机の周囲には、書類やファイルなどが散乱していた。
 半泣きになりながらそれらを集めて回る三下をよそに、机を荒らした張本人であるところの村上・涼(むらかみ・りょう)は顔をしかめる。その明らかに信じていないと思われる涼の様子に、今度は凪が顔をしかめた。
「あからさまに信じてないみたいね。三下が取材に行かされるみたいだから、なんなら着いて行ったらどう? 噂の死神とやらに会えるかもしれないわよ?」
 凪は軽く肩をすくめると、口にくわえたままの煙草をその指先へと持ちかえる。凪の言葉に、涼がどんな言葉を返してやろうかと思案したその横で、三下が床から拾い集めていた書類の束を再びざざあと両手から取り落とした。
「掃除も満足にできないの馬鹿。もう帰れ一人で」
 だが凪の心底呆れた、といった口調にも今日の三下はめげる様子はない。
 再び散らばってしまった書類をずんずんと踏みつけにしつつ、凪と涼の二人に歩み寄ると両手を祈るようなポーズで止めたままでお願いに走る。これが見目麗しい美少年であるとか美女であるとかすれば救いはあるのだろうが、相手が三下では有り得ないことだ。
「僕一人なんて何か出てきても対処できないじゃないですか〜。そもそも廃屋に一人で取材ってだけでもかなり怖いのに絶対無理です。編集長になんとか違う人を行かせるように説得してくださいよ……!」
「説得するって碇さんを?」
 問いかけた涼の視線が、本来ならば編集長である碇が座っている筈の席へと向けられると、それにつられるようにして凪の視線もまた同じ場所に向けられた。
 三下がこくり、と首を縦に振る。その動きは小動物を思わせるものではあるものの、三下ではあまり可愛いとは言いがたい。
 わざとらしく視線を逸らした涼と、凪の視線とが交錯した。互いに顔を合わせた二人ははは、と乾いた笑みを漏らす。
「碇さんを説得だなんてそんな、ねえ?」
 涼がそう問いかければ、凪もまた笑みを浮かべて頷く。
「ありえないわよ。ありえない」
「そんなぁ〜!」
 三下はまるで世界の終わりを間近に控えたような、悲痛な叫びを上げて『お願いポーズ』のまま床に膝をついた。そんな彼の背中を、凪が思い切り踏みつける。
「説得したくらいで意見翻す人じゃないのは分かってんだろ馬鹿」
「そーよねえ……それにオカルト紙の編集者が取材一人で行けなくてどうするのよ。仕事苦手にも限度ってものがあるわよ。私なんて仕事すらないってのにどうしてこんなヤツが……」
 すうっと涼の目が細められた。どこか不穏なものを感じた凪が思わず三下から足をどけて、煙草をくわえたままの無表情で問いかける。
「踏む?」
「やめとく――」
「しょーがないじゃないですか、僕は仕事苦手なんですから……」
 弱々しい言葉で説得力のない反論を試みる三下に、凪はひらひらと手を振って見せた。
「もーいいからアンタ帰れ。あの今にも倒壊しそーな家に帰れ帰れ」
「そんな邪険にしなくてもいいじゃないですかぁ」
 三下が凪と涼にへばりついたその時、編集部のドアが開かれる。碇が入ってきたと勘違いしたらしい三下は、びくりと体を緊張させた。
 すると涼は三下の体を自分から引きはがして、ひらひらとドアに向かって手を振る。
「やほー鞠、最近よく会うわね。今回アレ一緒じゃないの犬」
 新たに編集部を訪れたのは二人。
 一人は闇の中にならば溶け込みそうな、漆黒の髪を伸ばした美少女である。ぴんと背筋を伸ばしたその姿は凛としていて、美しさの中に紛れもない強靭さが見え隠れしているようにも見えた。彼女――崗・鞠(おか・まり)は涼にとって初対面ではない。
 だがその隣に立った鞠の連れとおぼしき男は、涼が今まで会ったことのない人物だった。
 鞠とは対照的な男だと、涼は思う。
 真っ先に目を引くのは、おそらくは夜の闇にさえ埋もれはしないであろう赤い色の髪。そして何よりも彼と他者とを分かつのは容姿の問題ではなく、彼が纏う意志の強さを具現したかのような研ぎ澄まされた雰囲気だった。
 水無瀬・龍凰(みなせ・りゅうおう)という名の男は、涼の第一声を聞くなり不快そうに目を細める。
「鞠、知り合いか?」
「はい。以前とある事件でご一緒してから」
 二人の間にある微妙な空気。
 それにいち早く気づいた涼が、ふと口元を緩ませる。だがそれは決して微笑ましい笑みなどではない。例えるならば『悪巧みをする子供の笑み』であった。
「こんにちわとか始めましてとか、そういうこと言えないの君は?」
「…………」
 面白い見世物を鑑賞でもするように、凪はどこからか見つけ出してきたらしい煎餅をぱりん、と音を立てて食べ始める。三下はといえばソファの背に隠れて、まるで人に慣れない動物のように涼たちの方を覗いていた。
 無言の睨み合いの末に、龍凰が涼の頭のあたりを指差しながら言う。
「本気で忠告しとくぜ鞠。友達は選んどけ」
「本気で忠告するけど、男は選んだほーがいいと思うのね」
 互いに同じような忠告をすると、二人か表情を険しくして再び睨み合う。放っておけば一日中続きそうな予感に、凪が煎餅の袋を手にしたままで二人の間に割って入った。
「まあまあ、こーしてたって無駄に時間が過ぎるだけでしょ――食べる?」
「いらねぇよ」
 ひょいと凪が煎餅の袋を龍凰へと差し出すと、彼はぷいとそっぽを向いた。鞠はといえば、部屋の隅にある観葉植物の前にしゃがみ込んでいる。
 何も知らない者が見たならば、鞠の姿は植物を熱心に見つめているとしかとれないだろう。だが涼や龍凰は知っていた。鞠には植物や動物と会話することができるという、特殊な能力があるのだということを。
 観葉植物と語らっている鞠を視界の隅に映しながら、凪が涼に問いかける。涼はちゃっかりと凪の手にしている袋から、当然のような顔をして煎餅を一枚抜き取ると音を立てて食べていた。真剣な話をしている筈なのに緊張感が感じられないのは、全てこの煎餅の袋が原因だろう。
「で、どーすんの? アンタは死神とやらに興味はないわけ?」
「興味はあるけれど、いきなり特攻する気にはなれないだけ。病院が廃屋になった理由とか、そのへんを調べてみてからね――あまり気は進まないんだけれど……当然のよーに楽しそうね凪サン」
「そりゃそうでしょ」
 ふふん、と得意そうに笑う凪は、こういったオカルト系の情報を収集することを趣味としているのだ。しかも今回は、そういった情報に詳しい凪ですら聞いたことのない話なのだという。新たな話を仕入れることができるかもしれないこの機会に、凪の機嫌が悪い筈はない。
「で、行くんでしょ?」
 凪の問いかけに涼は首を傾げて見せる。
「どちらにせよ、まずは調べて見ないと駄目ね。だって私はあまりにも知らなすぎるもの――その病院のことや、『死神』のことも――」


 噂の病院は敷地内を手入れする者ももういないのだろう――背の高い草が生い茂っている。
 腕と胸の間に挟むようにして抱えている緑色のクリアファイル。その中にはこの病院にで起きた事件や関連性がありそうな事柄の記事などがファイリングされていた。勿論涼が図書館などに足しげく通い集めたものである。
「厄介なもんよねー、あれも」
 誰に聞かせるでもなく呟く。
 調べても調べても、『死神』という単語は出てくることはなかった。だが今になってそれは当然のことなのかもしれないと思う。それが人々の噂として語られているのであれば、テレビはともかくとして新聞などでは確証のないそれをわざわざ書き立てるようなことはしないだろう。
 調べた時間に対して、得られた情報はあまりに少ない。
 開いたファイルの中身に再び目を通しながら、涼は考える。ただひたすらに。
 あの病院で何が起きたのだろう?
 開業したばかりの頃の病院は、当時としては設備も整っていたこと――そしてこの近隣にこれだけの病院が存在しなかったことや、もちろん優秀な医師や看護婦が揃っていたことなどが幸いして毎日ロビーでは患者が絶えることはなかったのだという。
「原因はコレ、かしらね……」
 とんとん、と開いたファイルの一部を指先で叩いた。そこには問題の病院で手術中に出た死者のことが書かれている。
 その患者の死については、当時の新聞でもさほど大きく取り上げられることがなかったことから考えると、もしかしたら元々成功率の低い手術を行っていたのかもしれない。だが涼が問題にしたのは、この手術についてではなかった。
 この事件以降、病院が新聞に取り上げられる回数が確実に増え始めたのだ。
 正確に言えば、失踪者が出るようになった。それも病院の中で。
 最初は患者だった。だが時がたつにつれ、医師がいなくなり看護婦までいなくなるようになった。
「これじゃ商売できなくなるのは納得できるけど……」
 だが原因が分からないのだ。
 消えた人々はどこに消えたのか?
 調べても調べても分からない。そしてそれが解決されたという話は聞かない。
 ならばそれはおそらく、表に出てこないようにひそやかに行われたということなのだろう。
 涼は再び病院に視線を向ける。


 きっと、あの場所に行けば何かが分かる――。


 待ち合わせの約束をしたのは、問題の病院のすぐ近くにある寂れた公園だった。
 公園の隅には雑草が伸びきってしまっている。錆びたブランコが風に揺られる度に立てる耳障りな音が響くたびに、涼が不快げに目を細めた。
「不覚だったわ……」
 ぎりりと爪を噛む彼女は、不機嫌そうな様子を隠そうとすらしていない。
 もう少しだけでも感情を抑えることができれば、彼女をここのところ悩ませている就職活動も少しは進展するだろうにと――本人に聞かれたら間違いなく怒られそうなことを考えつつ彼女へと歩み寄るのはシュライン・エマ(―)だ。別段足音を殺したりはしていないのだが、考え事に夢中になっている涼はシュラインの接近には気づいてはいない。
「エサにして逃げようにも、肝心のエサがいないんじゃ自分の身は自分で守るしかないってことね……」
 当然のごとくエサというのは三下のことを指す。
 つまり涼は病院に向かうにあたり、万が一の事態に陥った際には三下を置き去りにして身の安全を確保しようと考えていた。にもかかわらず三下を捕まえて引きずってくることができなかったのである。
 さて、ではどうやって安全を確保すべきか?
 真剣に悩んでいるその背後で、くすくすと見知った人物の笑い声が響き涼が振り返る。視界にはシュラインの姿と、その向こうでこの公園に遊びに来たらしい子供が自転車を停めている姿が映った。
「いろいろ聞いてきたわよ。そっちはどう?」
 シュラインの問いかけに、涼は肩をすくめて首を横に振った。大した収穫などない。
「せめて病院が閉鎖された原因だけでも分かればと思ったんだけどねー。現場に行ってみないと話にならないんじゃない?」
 互いに違う場所で情報収集を行い、そして得た結論は同じようだった。
 得られる情報は真偽すら怪しい、あくまで『噂』の域を出ないもの。
 あるいは、事実ではあるが求める情報への繋がりが全く見えないもの。
 ならば、残された手段は現場に行くしかないということになる。
「そうね……」
「エサがいないからちょーっとだけ不安だけど逃げ足には自信あるし」
 病院に近づくのは危険を伴うだろう。そしてその危険について思案を始めたシュラインに、涼は笑いながらそう言った。するとシュラインも笑みを返す。
 そんな二人の間に、子供の姿が目に入った。
 見たところ小学校の低学年といったところだろうか? どうやら先ほどこの公園に来た子供のようだ。
「ねーちゃんたち病院行くのか?」
 少年はシュラインと涼の会話を耳にして、それに興味を引かれたかに見える。
 だが、それだけでないことは少年の眼差しが如実に物語っていた。少年の瞳には、二人が息を呑むほどに真摯な光が輝いていたのだから。
「そうよ。死神とか胡散臭いことこの上ないモンが出るって評判の病院に、これから暗くなるってのにのこのこと出向く予定よ」
 半ば自棄になった涼が、両手を腰にあてて仁王立ちしている。
「だって知ってんのかよ!? あそこって死神が出るって噂だぜ」
「知ってるわよ! 知ってていくのよ私たち! その死神とやらに会わないともう話になんないのよ! 私だって就職決まってればこんな怪しげなバイトに手ぇ出すことだってなかったわよ……!」
 あ、なんか悲しくなってきた、と言葉を続けると涼は足元に転がっていた石ころをてい、と蹴り飛ばす。
「怖くないのかよ?」
 大きく目を見開いて、シュラインと涼とを不思議そうに見上げる。
 シュラインは自分の顎に白い指先を押し当て、小さく首を傾げた。視界の隅では蹴り飛ばした小石に小走りで駆け寄り、さらに蹴り飛ばしている涼の物悲しい姿が見えるが、それについては見えないフリを決め込むことにした。
「そうねえ……まあ怖くないって事はないけれど、死神なら死期が近づいた人しか連れていかないだろうし幽霊みたいに感情で動くってイメージがないから、何となく安心感があったりするんだけれど……」
 楽天的な言葉に、思わず涼も小石を蹴り飛ばす足を止める。
 だが、少年の反応は涼とはかけ離れたものだった。握り締めた拳をふるふると震わせるその様子は、まるで何かを押し殺しているかのようだ。
「どうしたの?」
 少年の様子に気づいたシュラインがそう声をかける。
 彼はしばし唇をぎゅっと噛み締めていたが、やがてきっと顔を上げた。
「オヤジは死期なんて近くねえよ!!」
 見上げた目は僅かに潤んでいるようにも見える。彼はきっと泣きたい気持ちを必死で堪えているのだろう。
 二人が、少年の言葉に含まれた意味を察したのは数秒の沈黙の後だった。
 涼の視線を受けてシュラインが頷き、できうる限り優しげな顔で少年の顔を覗きこむ。
「オヤジって……もしかしてお父さんが、あの病院に?」
「声が聞こえるって言ってた……俺の誕生日に、いなくなったんだ」
「呼び声、ね」
 病院から、まるで誰かを呼んでいるような声が聞こえるという噂があることは、シュラインも涼も知っていた。
 そしてそこに行ったものたちは、戻っては来ないのだということを。
 消えた人々が戻ってきたという噂が全く聞こえてこないことが、不吉な予感を募らせた。呼び声が聞こえるといって父親が姿を消したとなれば、少年が感じる不安は涼たちの比ではないだろう。
 にもかかわらず少年は泣こうとはしない。
「偉いわね小僧! そーゆー根性あるのはお姉さんは大好きよ」
 涼がぐりぐりと少年の頭を撫でる。
 その手の下で、初めて弱々しい声が聞こえた。
「なあ……オヤジもう戻ってこないのかな……本当に、あの病院の死神に……」
「大丈夫よ」
 考えるよりも早く、シュラインの口からそう言葉が発せられる。
「大丈夫よ。きっとお父さんは帰ってくるから――さあ、もう遅いわ。そろそろ家に帰ったほうがいいんじゃない?」
「そうそう。夜遊びは大人になってからよ。なんなら送ってくけど小僧」
「……小僧じゃねえよ!」
 目を真っ赤にしてくってかかってきた少年の姿に、涼は僅かに目を細めて口元に笑みを浮かべた。
「それじゃ一人で帰れるわね?」
「帰れるに決まってんだろ! 自分は大人みたいな顔してるんじゃねーよオバサン!」
「次に会ったら殺すから覚えてなさいねー」
 実ににこやかな顔で不穏なことを言う涼に、ぺろっと舌を出して駆け出す少年。
 公園の入り口付近に停めてあった自転車に乗った影が、ぐんぐんと小さくなっていく――その影を見送りながら、涼は先ほどのシュラインの言葉を思い出した。
 シュラインは少年に言ったのだ。『きっとお父さんは帰ってくる』と。
「ねえ、もしかして自分の逃げ道を自分で塞いじゃうタイプ?」
 果たして病院に何が待ち受けているのか分からないというのに、父親が帰ってくると告げてしまったシュラインに対する言葉である。
 夜の冷たい空気の中、シュラインは大きく伸びをした。
「自覚はないのよね、いつも。で――どう思う?」
「どうって死神? 胡散臭いなーとは思うけれど」
「胡散臭い?」
 涼は大きく、何度も何度も頷いた。
「だって骸骨でマントで大鎌持ってるんでしょ、目立つわよ絶対。案外オカルトとか関係なくて、人攫いの変質者とかなのかもしれないわよ」
 思わず涼の言う人物を想像してしまったシュラインが顔をしかめた。
「そっちのほうがリアルに怖いわね」
「でしょ?」
 だが涼とて冷血人間ではない。自分たちに出来るのであれば、あの少年の父親を無事に返してやりたいとも思う。
「エサもいなくて気が進まないけれど、やっぱり行ってみるしかないのかもしれないわねー」


++ 導くもの ++
 病院近くに鞠と龍凰の姿を見つけて、涼は思わず立ち止まった。無言でシュラインに手招きすると、ちょいちょいとその二人の方を指差す。
 鞠が自分に向けられる視線にいち早く気づき振り返ると、それにつられるように龍凰もまた涼たちに視線を向けて顔をしかめた。
「…………」
 龍凰と涼は今朝アトラス編集部で顔をあわせたばかりであったが、シュラインとは初対面である。
 鞠が龍凰の方を斜めに見上げて、右手をシュラインたちに向けて紹介しようとした矢先の出来事だった。鞠の言葉が終わるよりも速く、涼がちゃっかりと鞠の腕に自分のそれを絡めると首を小さく傾げながら龍凰をちらりと――挑発するような眼差しで見上げた。
「…………」
「…………」
 不機嫌そうな龍凰の視線と、涼の何故か勝ち誇ったような視線とが交錯する。
「……なんだよ?」
「べつに」
 ふふんと鼻で笑う涼とは裏腹に、ぴくりと片方の眉だけを上げる龍凰。
 何故か見えない火花が散る二人をよそに、シュラインと鞠はしごく友好的で一般的な挨拶を交わしていた。だがこれも場所が深夜の、それも廃屋と化した元病院の前とあっては奇妙な光景ではあるだろう。
「この間の事件以来ね――元気だった?」
「はい。お二人も例の『死神』の件で?」
「ええ。一応調査はしたんだけれど、直接ここに来るのが一番の近道のような気がして」
 和やかに交わされる会話の横で、龍凰と涼は無言の睨み合いを続けている。勿論、涼はしっかりと鞠の腕にしがみついたままだ。
 無言での睨みあいに先に耐え切れなくなったのは龍凰だった。
「……だからなんだよ?」
「……べつに」
 さらにふふん、と鼻で笑うととうとう龍凰が動いた。とはいってもくるりと涼に背を向けただけだった。
 夜闇の中でうっすらと浮かび上がるようにそびえる白い病院の建物。目の前のそれをしばし無言で睨みつけた末に、龍凰は自分の肩ごしに僅かに振り返り鞠に視線を向けた。
「鞠、行くぞ」
 はいと、鞠がそう返事するよりも速く涼が口を開いた。
「私たちも行くわよ――一緒に」
 嫌そうな顔をしつつ龍凰が振り返ると、初めて涼はにっこりと笑みを見せる。だが龍凰にとってその笑みは、『何かを企んでいるに違いない』笑みでしかない。
「鞠の知り合いだと思うから遠慮してやってれば調子に乗りやがって……タチ悪ィ女だな……」
「友達に会ったから一緒に行きましょうって言ってるだけで、別に不思議なことは言ってないと思うけど」
 ねー、と首を傾げてシュラインと鞠を見やると、二人がこくりと頷く。そしてそれがさらに龍凰の不機嫌を加速させたらしい。
 龍凰の機嫌が悪くなればなる程に、涼の機嫌は良くなっていく。
 つまり涼は、龍凰をからかっているのだろうとシュラインは思う。涼の性格ならば実に有り得ることだ。
「いっぺん死ぬかお前?」
「……ああ、つまりそういうことね」
「人の話聞いてねぇだろお前?」
 くるりと龍凰に背を向けた涼が、ぽんと手を打つ。
 そしてちらりと、横目だけで龍凰を見た。
「……嫉妬ね」
「人の話聞いてねぇんじゃなくて、さては聞くつもりねぇんだろお前?」
 だがやはり涼は龍凰の話に耳を傾ける様子はない。
「鞠を独り占めしたいのよね。それならそうと先に言ってくれれば、私もシュラインも邪魔したりしないのに」
 何故かシュラインまでもが当然のように巻き込まれている。
 剣呑な眼差しで龍凰が涼をじろりとねめつけたが、涼はどこ吹く風といった様子でさらに言葉を続ける。
「女にまで嫉妬するようじゃ鞠もタイヘンねー」
「さてはお前、俺に喧嘩売ってんだな!」
「喧嘩なんてしないわよ。からかってんのよ」
「……マジでいっぺん死ぬかお前?」
 二人のやりとりに、鞠とシュラインがそれぞれため息をつく。
 業を煮やしたシュラインが涼と龍凰を停めるべく、二人の間に割って入った。
「こんなことしてる場合じゃないでしょ。病院に行くんじゃないの?」
「そうですね――この場所で夜明かしするのは得策とは言えません」
 鞠にまで言われてしまえば、流石の龍凰といえども頷くしかなかった。渋々といった様子で涼との会話を打ち切った彼は、気だるげに首の後ろに手を添えて頭を左右に振りながら問う。
「本当に行くんだな?」
 その言葉は、鞠に対する確認だった。
「まだ反対ですか?」
「鞠が行くなら俺も行くだろ普通。けどな、ホラースポットなんてのは本当なら放っとくのが一番だってことくらい、お前も分かってんだろ? 下手に手ぇ出すからヤバくなんだよ」
「ただのホラースポットならば、干渉するつもりはありません。けれど、あの病院は違います」
 あの病院は多くの人を呼び寄せている。
 そして呼び寄せられた人々の生死は今も不明のままだ。どうしてこれを放置しておくことなどできよう?
 鞠が静かな眼差しで龍凰を見上げた。この少女が、実はとても芯が強い人間であること、そしてその根本にあるのが優しさであることを龍凰は知っている。
「……しゃーねえなぁ……」
 がしがしと、赤い髪の中に手をつっこむ龍凰。
 病院に向かう意志を固めたらしい龍凰の横を擦りぬけ早くも病院に向けて歩き出した涼が、すれ違いざまにぽつりと囁く。
「惚れた弱味」
「……お前マジでいっぺん死ねよ」
 その言葉には構わず、涼はずんずんと雑草の生い茂った中を歩き続ける。
 そして龍凰と鞠、シュラインがその後に続こうとしたその時だった。


『こちらに、おいで――』


 小さな声が、風にざわめく木々の音の中で小さく響く。
 隣を歩いていたシュラインと鞠は、息を呑んで病院のほうを見つめた。


『こちらに、おいで――』


 再び女の声が響く。
 立ち止まった涼の額には、冷や汗が浮き出ていた。そんな彼女の背を、シュラインが軽く叩く。
 引き返すことはできない。
「行きましょう――」
 シュラインの言葉に、涼がぐいと額の冷や汗を拭い頷いた。


++ 死神が住む処 ++
 呼び声に導かれるようにして雑草を踏み分け古びた病院の正面玄関の前に立つと、今は作動していない筈の自動ドアが静かに開いた。
 明滅する蛍光灯の明かりの下、開いたばかりの自動ドアに涼が顔をしかめる。
「危険じゃない?」
「でも、あそこで立ち止まっている訳にもいかないわ」
 シュラインの言うことももっともである。


『ここへ、おいで――』


 再び響いた声に龍凰が顔をしかめ、病院の奥を指差した。
「まだ奥からみたいだぜ。行くんだろ?」
「…………」
 龍凰が指差した方向にじっと目を凝らす鞠。
 その先には真っ直ぐ奥に続く廊下と、階段が見える。
「地下のほうから聞こえているようですね――声は」
「ああ。お前ら腰引けてんじゃねえよ」
 びくびくとした様子でシュラインにしがみついていた涼が、ぴくりと眉をしかめた。
「誰の腰が引けてるってのよ誰が!?」
 慌てて食ってかかるが、既に龍凰はひらひらと片手を振りながら奥へと歩き出している。そして、鞠も。
 むー、とうなっていた涼だったが二人の影が小さくなっていくに連れて不安になったらしい。おそるおそる、傍らのシュラインに向けて小さく言った。
「い、行く?」
「そうね」
 その様子に小さく笑いながら、シュラインは頷いた。


 白い階段を降りたその先は、薄暗い廊下が続く。
 そしてさらに歩くと、突き当たりに鉄製のドアがあった。ドアの上には『手術室』という表示板が張られている。
「手術室って、ありきたりね」
 この状況でありながらきっぱりと告げるシュラインに、流石の龍凰も感心したような視線を向けたが、すぐにその視線は再びドアへと向けられることになる。
 ぎぎい、と耳障りな音とともに開かれるドア。
 それはまるで涼たちを歓迎しているかのようだ。
「でも、ロクな歓迎じゃないんでしょうけどね……」
 シニカルに呟き、シュラインは再び歩き出した。涼と鞠も緊張にごくりと喉を鳴らしてその後に続く。
 そして、四人全員が手術室に足を踏み入れたその時。
 ドアが、ひとりでに閉まった。
「ちょっと、何よコレ!!」
 慌てて涼がドアノブをがちゃがちゃと回すが、ドアは開こうとはしない。鍵がかかっているのだろうか、と思ったがどうやらそれも違うらしい。


『ここで、私は死んだ――』


 その声は、女のものだった。
 涼たちをこの病院の、この手術室に呼び寄せた女。
 今まで幾多の人々をこの病院に呼び寄せた、『死神』と称された女。
 そして今このドアを開かないようにしたのも、この女の仕業なのだろう。
 歌うような声に、皆の視線が手術室中央にある手術台へと向けられた。軽くウェーブした長い黒髪が白い服を身に纏う細身の女の腰までをゆるやかに覆っている。
「今まで、この病院で人々を呼び寄せていたのは――……」
 鞠の静かな問いかけに、女は赤く塗られた薄い唇に笑みを刻み頷く。
 そして音もなく――まるで床の上を滑るように鞠へを歩み寄った。すると龍凰が僅かに腰を落とし女を睨みつけるが、鞠が首を横に振ってそれを制すると龍凰はちっと舌打ちした。
 女はそっと両手を伸ばし、鞠の頬を包み込むようにして触れると間近で顔を覗きこむ。
 吐息が、冷たい。
 それは彼女が紛れもない『死者』であることの証。
 だが鞠は目を逸らすことも、目を閉ざすこともしなかった。
『そう――けれど意味はなかった。かつて私に教えた人はこう言ったの――強い力を持つ人の命と引き換えに、お前を蘇らせてやると。だから私はずっと、ずっと探していた。気の遠くなるような長い時間、ずっと』
「そのために……この病院に人を呼び寄せていたのですね」
『けれど彼らは力を持たなかった。ただの人間だった――けれど、貴女は違う』
 女が、笑みを浮かべた。それは今まで浮かべていた空虚な笑みなどではなく、長い間探し続けていた獲物を見つけた捕食者の笑み。
 涼が、ドアに背をつけたままで言った。
「騙されてるのよ! 鞠を連れてったって生き返れるはずなんてない!」
「言っても無駄だろ」
 女が鞠をターゲットにした時点で、龍凰は女を倒すことを心に決めていた。人間達を呼び寄せていたこともまた確かに許しがたいかもしれないが、鞠を危険に晒したことの方が彼の中では大きい。
「おい、俺はもう決めたぞ。あの女が泣いたってもう絶対に許してやらねえことに決めたかんな」
「後半部分は同意しかねるけれど……そうね」
 龍凰の言葉に、シュラインは鞠たちに視線を向けたままで頷いた。
 彼と同じくシュラインも、みすみす鞠を連れていかせるつもりは毛頭ないのだ。
「――で、どこに鞠を連れていこうっていうのよ?」
 ドアの前にいた涼が、ドアの前から右手に――見たこともない機材が並ぶほうへと歩く。あえて龍凰から距離を取った涼の行為の意味に気づいたシュラインは、涼の隣へ並ぶ。二人は龍凰を一人にし、女の注意を自分たちに向けさせることで鞠を救出する機会を伺おうというのだろう。
 それに気づかず、女は鞠を腕の中に抱きしめていた。その様子は愛しげですらある。
『必要なのは、体だけ』
 生き返るのではない。抜け殻となった体に自分が入り込むだけのこと。
 女の言葉に込められた本当の意味に、真っ先に気づいたシュラインの顔は蒼白に近い。彼女の表情の中に秘められた恐れと怒りを見て取った涼もまた、女の真意に気づく。
「じゃあ、今まで呼び寄せた人たちも……」
 問いかけた涼の声は震えていた。
『彼らは力を持っていなかったから――だから使えなかったの。でも今度こそ大丈夫』
「殺したの? 全員を?」
 シュラインと涼の脳裏に過ぎるのは、公園で父親を思っていた少年のこと。
 違っていて欲しいと、心から思った。
 だが突きつけられた現実は、あまりにも惨い。
『だって、殺さなければ私が体を使えるかどうかなんて、確かめようがないでしょう?』
 夢見るように紡がれる言葉に、シュラインは頭の芯が冷えていくような感覚に襲われた。
 それは涼も同じであったが、だが涼はシュラインほどに辛抱強くはない。怒りに身を任せた彼女は女に駆け寄り、襟元を掴み上げようとする。
「ふざけるのも大概にしなさいよ……!」
 いきなり距離をつめてきた涼に、女は目を奪われて気づかなかった。涼と同時に真横から足音を殺して走り寄った龍凰の姿に。
「調子に乗るのも大概にしとけよ……!」
 気配を消して間合いをつめた龍凰が、女の手首を捕まえるともう片方の手で鞠の肩を押した。シュラインが鞠に駆け寄るのを視界の隅に映し、龍凰は言う。
「お前が死んだのはここなんだろ? だからお前はここを動けず、その声で人を呼び寄せるしかなかった――違うか?」
 にまりと笑った龍凰の笑みに、女は不思議そうに首を傾げる。
『――どうして、邪魔するの……』
「俺は鞠みたいに寛大なタチじゃねえからな――」
 この女は、してはならぬ罪を犯したのだ。
 人々を殺したこともそうだが龍凰にとってはそれ以上に、女が鞠に目をつけたことが気に入らなかった。
 龍凰がふと右手を自分の頭の位置まで上げる。赤い瞳で見つめた掌の中に、少しずつ集まってくる熱。
『やめて――!』
 炎の奔流。
 龍凰の右手に生み出された炎は、眩いばかりの真紅。凪ぐようにして右に滑らせた右手から放たれた炎は、瞬く間に手術室の床を、壁を食らうようにして飲み込んでいく。
『やめて。やめてやめてやめてやめて――』
 その場に膝をつき顔を両手で覆うようにしている女を、龍凰は冷めた視線で見下ろしている。
「ふざけんなよ。お前に殺された連中だって、同じこと言ってたんじゃねえの?」
『……おな、じ?』
 呆然と、女は炎の中で呟く。
 無垢な、まるで今生まれたばかりのような女の眼差し。まるで先ほどまでの女の姿とは別人のようなそれに、龍凰は少しだけ胸が痛むのを感じた。もっと、手段はあるのではないかとの思いがちらりと胸を掠める。
 龍凰がぎゅっと右手を握り締めると、鞠がそっと両手で包み込むようにして彼の手を握り目を閉じ、彼の拳を自分の額に押し当てた。
「ちょっと! 開かないわよ!」
 手術室のドアノブをがちゃがちゃと回していた涼がシュラインたちの方を振り返った。 シュラインが鍵の部分を動かしてみるが、やはりドアはびくともしない。
『そう……おなじ、なのね……』
 ゆらりと女が顔を上げて人差し指をドアに向けると、それまで沈黙を保ち続けていたそれが開いた。炎に舐めつくされた手術室から、四人は走り出す。
 部屋を出たその場所で、シュラインの目に入ったものがあった。ここに来るときには、怒りのためか緊張のためか気づかなかったもの。それは小さく包装されたプレゼントのような包み。
「これは……」
『前に、呼び寄せた人が持ってたの――子供の誕生日なんだって、いってた』
 シュラインはそれを拾い上げ、そして駆け出した。


 正面玄関を出たところで、涼たちは振り返る。炎に包まれた白い病院を。
 燃え盛る炎の中で、何故か女の姿だけがはっきりと見える気がした。女は空を見上げている――真っ直ぐに。


『私は、自分の我が侭でいろいろなものを、いろいろな人から、奪ったのかな――?』


 女は空を見上げたままだった。
 老朽化した建物は、炎の中にたやすく陥落する。
 がらがらと音を立てて崩れる建物と炎の中に、女の姿は消えていった。


++ プレゼント ++
「顔をあわせるのは、辛いわね……」
 シュラインはあの病院から拾い上げてきたというプレゼントの包みを、じっと見つめている。
 その姿を視界の隅に映しながら、涼は冬の冷たい風に目を僅かに閉じた。
 あの事件の翌日。新聞で病院での火災とともに幾つかの事実が報道された。
 病院で発見された死体は一つだけだった。吾妻恭介という医者のものだ。
 今思えば女は、蘇るための方法を教えてもらったのだと言っていた。もしかしたら女にそれを告げたのが彼であり、密かに死体を処理していたのも彼なのかもしれないとそんなことを思うが、それは涼の想像でしかなかった。
「それ、届けるんでしょ?」
 神妙な顔をして問いかけた涼に、シュラインは小さく頷いた。
 あの公園で会った少年の家は、二階建ての小さなアパートだった。一階の一番奥の部屋に、今は母と二人で住んでいる。
 シュラインはそっと、あの病院から持ってきたプレゼントを玄関のドアに立てかけるようにして置いた。炎の中を走ったためか、あちこち煤がついている上にリボンもところどころ焦げてしまっている。
 助けられなかったという無念はシュラインも涼も同じだった。
 できればこの場所で、父と子供が対面する姿を見たかった、と。
 プレゼントを置いたままの姿勢で止まっていたシュラインに、涼が背後から声をかける。
「行きましょ」
 その声に頷き、シュラインは立ち上がった。彼女の表情はいつもと何ら変わることはないが、それでも涼は思う。この場に自分がいて、そして今こうして彼女の側にいることができてよかった、と。


 そして、せめてあのプレゼントが、少年にとって救いになればいい、と。



―End―



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0381 / 村上・涼 / 女 / 22 / 学生】
【0445 / 水無瀬・龍凰 / 男 / 15 / 無職】
【0446 / 崗・鞠 / 女 / 16 / 無職】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちわ。久我忍です。
 今回のシナリオの最後に出てくる吾妻という男についての詳しいところは、夜藤丸・月姫(1124)さんと夜藤丸・星威(1153)さんの二人のノベルに描写されています。興味があったら是非一度読んでみて下さい。


 つい一週間前から一日一時間のウォーキングを開始したのですが、これがなかなか疲れます。しかもウォーキングしてお風呂に入ると眠くなって仕方がないので、今回は毎日が睡魔との闘いでしたが、無事に書き終えることができてほっとしています。


 それでは、ご縁がありましたらまたよろしくお願いします。