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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>



<オープニング>
「友達が殺される」
 それが、青ざめた顔で入ってきた少年の第一声だった。
 あまり客の来ない午後三時頃である。息抜きの時間に当てていた草間だったが、事情を察し気を引き締めた。
「話を聴こう」
 こくりと、少年は目だけで頷いた。
「僕は毎朝犬の散歩をしているんだ。三十分くらいなんだけどね。いつものコースを辿って、家に帰るときに、声を掛けられたんだ。コウ君、久しぶりだねって」
「ということは、その人は知り合いだったのか?」
「うん、昔近くに住んでた四十歳くらいの男の人で、僕らは博士って呼んでた」
「昔ってことは今は?」
「知らない。博士って、評判悪かったんだ。骨と皮みたいな身体に目だけ大きくて、お母さんとか周りの大人は、飢えた犬のようだって言ってた。何をしているかわからないけど、いつも家に閉じこもっていて何か研究しているみたいだった。たまに外に出てくると、僕らをギラギラした目で見る。何か用なのって訊くと、何でもないよって答えながらニタニタ笑うんだ。それで周りの大人が気味悪がって追い出した。でも僕らは漫画に出てくる人みたいで、興味があったんだ」
「その博士がどうしたんだ?」
「それがね」

 ――博士は僕に「いい遊びがある」って言いながら僕の手に触れた。
 僕の手には、小さな濃紫色をしたタイルみたいなのが握らされてた。
「ゲームを開発したんだ。体験版と言ったところかな、試してくれないか」
「いいけど、どんなゲーム?僕シューティング系は苦手なんだ」
「みんなで遊んで欲しいゲーム、それしか言えないな。なるべくたくさんの友達を集めてやりな。みんなで手を繋いで、スタートと言うんだ。それが合図で始まる。このゲームは凄いぞ、生身で遊べるんだ」
「わかった、ありがとう」
 学校なら人が多いからそこで遊べと言われた。
 我慢してたんだけど僕は待ちきれなかった。
 二時くらいに友達二人を僕の家に呼んで、そのゲームで遊ぶことにした。

「どんなゲームだった?」
「死神みたいなのが出てきて、僕らの夢を聞かれた」
「夢?」
「うん、キミの夢は何かなって。答えないと進めないみたい。僕らが答えたら死神は満足そうな顔をしたよ。そうして笑いながら襲ってきた」
「襲う? 突然にか」
「うん。キミらはいい子だとか言いながら鎌を振り下ろすんだ。僕らは逃げたよ。でも僕はつまずいてこけたんだ。そしたら、地面にうっすらと光が見えた、現実とここの裂け目みたいだった。手を伸ばしたら、いつの間にか僕の部屋に戻ってた」
「だが、あとの二人はいなかったのか」
「うん。僕の母さんが五時くらいには帰ってきちゃう。それまでにこのゲームの中に入って二人を助けて欲しいんだ」
 少年はタイルを草間に差し出した。
「引き受けよう」
「ありがとう」と少年は礼を言うと、
「夢、訊かれるかもしれないから考えた方がいいかもしれないよ。その後襲われちゃうけどね」
 と、自嘲するような笑いを浮かべた。


<少年の家>
 閑静な住宅街に佇む小さな庭の付いた家。依頼者の少年の自宅である。
 その少年の自室。
 コウという名のその少年は焦りのためか、ぎこちない動きで掌を開いた。
 濃紫色をしたタイルが、蛍光灯の光を映し怪しく光っている。
「それがゲームの入り口になっているタイル? 色が濃紫な時点でいかにも危なそうだよね」
 そう言って少し肩をちぢこませたのは新堂朔(しんどう・さく)。高校生の少女だ。
 普段は明るく元気そうな瞳が、タイルを目の前にした時、微妙に震えた。これを作った博士を想像したのだろうか、感情がストレートに現れるタイプのようだ。
「気にすることはない。所詮は人間が作った物に過ぎない。それに、弱い奴ほど自分を誇張して見せるものだ。濃紫を使うなど、こけおどしの一種だろう」
 霧島樹(きりしま・いつき)は朔の肩に手を置いた。何が起きても冷静でいるのではないか、と感じさせる表情は、朔の精神を常に安定させる効果を持っている。
「あら、濃紫は魅力的な色じゃない? 艶めかしく人を惹き込む気がして、あたしは好きよ」
 藤咲愛(ふじさき・あい)は妖艶に微笑んだ。赤、というよりも紅色をした長い髪に、紅色の瞳。どこか自信に溢れ堂々とした表情は、彼女自身が艶めかしく人を惹き込む所があることを物語っていた。
「とにかく、時間が無いのなら迅速に行動しなくては駄目ね」
 話をまとめるように先を急いだのは、シュライン・エマという女性だ。
 シュラインは草間興信所でバイトをしているだけあって、挙措が落ち着いている。最も、元々観察力や判断力に優れているからかもしれない。
 シュラインは小さなメモ用紙を取り出し、少年の前に置いた。
「コウ君、よね。お友達の名前を教えてくれるかしら。それと、この紙にお友達へのメッセージを書いてくれる?」
「メッセージ?」
「コウ君が無事なことや博士のせいでこうなったこと、お友達は知らないでしょう? お友達を助けても、現状を把握出来ていないお友達がコウ君のせいで自分達がさらわれたなんて誤解したら、話がこじれるもの」
「わかった」
 少年はメモ用紙にペンで一言二言書くと、シュラインに返した。
「友達の名前は、リョウとハルキだよ」
「リョウ君とハルキ君ね、わかったわ」
 シュラインはメモ用紙を仕舞い込んだ。
 樹は少年の掌からタイルを受取る。
「とにかく、ゲーム内に入らないと話が進まない」
「そうだよね、子供達絶対怖がってるよ!!」
 さっきは怯えたような顔をしていた朔は、すでに博士への怒りに表情を変えている。
「子供達に襲い掛かるなんて最低!!」
 その隣で、愛は妖艶に笑う。
「死神を下僕にするのも、悪くないわね」
 シュラインも、ゲーム内に入る用意は出来ている。
「じゃあ行きましょう。手を繋いで、スタートと言えばいいのよね」
 少年は黙ってうつむいていたが、決心したように顔を上げた。
「やっぱり僕も行きます」
「駄目だ」
 樹が、表情を落ち着かせたまま、言い放つ。
「お前が付いてきても、皆が困るだけだ。かばう人間が増えることは不利になる」
「でも」
「お前の身が危ない、と言っているんだ」
 樹の顔が少し険しくなる。
 愛は少年の傍に寄り、頬に手を触れた。
「ねぇ、コウ君?」
 少年の顔を覗き込むように愛は顔を近づけた。
「このあたしがゲームに参加するのよ、何も心配することはないわ。友達は無事に返してくるから。あたしは精神力とバトルには自信があるし、それに」
 そこで愛は含み笑いをして、
「帰ってくる頃には、死神は下僕としてあたしの後ろに付いてくるかもしれないわ。そしたら、あんたにあげる。だからいい子で待っているのよ」
「……うん」
「それと、あんたのママは五時頃に帰ってくるのよね?」
「うん」
「パパは?」
「お父さんは七時半くらい。それまでご飯食べるの待ってて、お父さんが帰ってくると、みんなでご飯食べるんだよ」
「そう。良い家庭なのね」
 愛は微笑んだが、羨ましそうにも見えた。
「行こう」
 樹の声と共に、四人は輪になり手を繋いだ。
「スタート」

<洞窟前にて>
 洞窟の前、ジメジメとした地面の上に、四人は立っていた。
 朔は辺りを見渡した。
「樹、場所もくらーいねぇ……」
「何てことはない。気にする必要もないだろう」
「ん〜確かにそうなんだけどさ……気分も沈みやすくなるよね」
 朔が素直な感想を漏らすのを樹は複雑な表情で聞く。常に冷静な樹からすれば、朔は不思議な存在だ。
 シュラインは少し離れたところで、地面を眺めていた。
「ここで、コウ君は逃げ道を見つけたのよね……ひどい音がするわ」
「あら、何か音がするの?」
 愛は耳を澄ませたが何も聞こえない。
 シュラインは不快そうに耳を塞ぐ手を強めた。
「現実の音と、ここの架空の世界の音が交じり合って、金切り声のような音がするわ。聞こえない?」
「全然よ」
「そう……」
 シュラインは耳を塞いでいる手をゆっくりと離し、音に慣れさせながら考えを巡らした。
(この音、利用できないかしら?)

<洞窟内・一>
 洞窟の中は湿気ている。
 足元では水の音が響いた。
「一本道みたいね」
 洞窟内なので、声が反響する。使い慣れた鞭を片手に持ち、愛は先頭を歩いた。後ろから人が付いてくることと、鞭、それに愛の堂々とした様子は、まさに女王様だ。
 少年が『死神』と形容した者は、洞窟に入ってすぐの所に居た。
 黒い布を纏い、鎌を持っている。確かに『死神』だ。
 死神は、人が来たと分かると顔をこちらへ向けた。
 顔、と言って良いのかわからないくらいに、骨そのものだった。眼だけ、黄色く光っている。
「アア、四人も来てくれたいのかい、嬉しいねェ。サァ、夢を教えておくれ」
「まず、そちらのコから」
 死神は鎌で、愛を示した。
「そうねぇ」
 一瞬、さっき交わしたコウとの会話を思い出す。一家団欒の食事風景。愛の憧れでもある。
 だがすぐに愛はいつもの自信に満ち溢れた顔に戻り、口元には艶めかしい笑いが篭った。
「やっぱり、全国からあたしの癒しを求めて集まってくるくらい、立派な女王様になることかしら」
「そうかイ、人の上に立つ夢だねェ。リーダーシップを取る部分、欲しいねェ。そちらのコはどうだイ?」
 鎌は朔を指している。
「あたしの夢は……」
(樹に、本当の笑顔を取り戻してあげること……だけど)
 朔は横目で樹を見た。やっぱり、樹本人の前で言うのは恥ずかしい。
(内緒話すれば聞こえないかな?)
「ねぇ、死神さん小声で言うから耳貸して」
 そう言って朔は死神に寄ろうとしたが、
「馬鹿、死神に近寄るな。襲われるだろう!」
 樹に腕を掴まれ引き戻された。
「だ、だってさぁ」
「何だ、私が聞いていると具合が悪いのか?」
 樹は問い詰めるような視線を朔に向けた。
「あ、えっと、樹、怒ってるの?」
「怒ってなどいない」
「そ、そっかぁ、良かった。あのね、別に具合が悪いわけじゃないんだよ? でもね、聞かれたらなんか……ちょっと恥ずかしいかなって」
「そうか。それなら私は耳を塞いでいるから、その間に話すといい。くれぐれも死神に近寄ることなどするな。それから、私は怒っていないのだから、そんなに焦るな。私が悪いことをしたみたいに見える」
 樹は冷静なようで、朔の感情に振り回されているのか少し困惑の色を浮かべてもいる。
「ほら、塞いだぞ。今の内に話すといい」
「あ、うん。ありがとうっ」
 お礼を言っても樹には聞こえていないのだが、朔は反射的にお礼を言い、夢を死神に告げた。
「そうかイ、具体的で良いじゃないか。現実性のある夢も欲しいからねェ。そこのコはどうだイ? 耳を塞いでいたコだよ」
「私の夢は朔の夢だ」
 当たり前のことのように言い切った。
「アレ、アンタはそのコの夢を聞いてはいなかったろうに」
「聞いてはいなかったが、朔の夢が私の夢だ。それがどんなものでも、この子は間違いを犯さない」
「そうかイ、自信があっていいねェ。自信を持つ所、モノにしたいねェ。さァ、最後のコだよ。聞かせておくれ」
 今までの会話を聞いていたシュラインは口を開いた。
 この死神はひとつひとつの夢に『欲しい』とコメントしている。それなら大きい夢を言った方がいいのかもしれない。
「世界征服、かしら」
「オヤ、一番大きな夢だねェ。欲しい、くれるかい?」
 声は穏やかだったが、死神の手はおもむろに高く上げられ、少々薄暗い空中に鎌の端が煌いた。
 ――来る。
 鎌が宙を裂いた。
 ギリギリのところでシュラインは鎌を交わし、死神は大きく振った鎌を地面に強く叩き付けた。
 隙だらけになった死神の脇腹に、すかさず愛が鞭を打った。
 擦るような音と共に死神は地面に倒れたが、その上からもう一発、鞭が入る。
「随分と弱いわね。あたしのお客だってもっと打たれ強いわよ?」
 鞭に眼をやっていた朔が
「お客? そう言えば、愛さんって何のお仕事してるんですか?」
 と無邪気に訊ねると、
「SMクラブよ」
 愛は声が篭るような艶笑いで答えた。
「あんたもやってみる?」

<洞窟内・二>
「とりあえず死神は倒したけど、子供達はどこにいるのかな?」
 朔は洞窟の奥に眼を凝らす。
「道は一本なんだし、この奥に行けばきっといるよね!」
「いや、いない」
「え?」
 朔が見ると、樹は遠くを睨んでいる。
「網膜センサーで捜しているが、子供の姿は見えない。だが、痩せこけた男はいる」
「それって博士!? 何で博士がここにいるの?」
「博士がここにいるのはある種当然と言えるだろう。理由はわからないが、何らかの目的で子供らをこのゲーム内に取り込んだ。私が博士なら、ゲーム内かもしくは外で子供らを監視する」
「じゃあ、子供達はどこなの?」
「それは、まだわからない」
「二人とも、話はそこまでよ」
 愛が会話を遮った。
「死神がいるわ」
 前には、さっきと全く同じ格好をした死神が立っていた。
 当然、手には鎌が握られている。
 愛、樹、朔は身構えた。
 シュラインには小さな推測が頭の中で芽生えていた。
(博士は、監視とは違う目的でここにいるのかもしれないわ)

<洞窟・三>
「まだ死神がいたのね」
 愛が鞭を鳴らすと、
「いや他にもいるサ」
 振り返ると、後ろにも死神がいる。
「さっきは鞭をありがとうよ」
 さっき倒した筈の死神だ。何度も蘇るらしい。
「あんた達ってしつこいのねぇ。前後に居たんじゃあ、どっちを向いて話せばいいのかわからないわ」
「全くだわ」
 シュラインも賛同する。
 もしかしてこの洞窟内には、もっとたくさんの死神がいるのだろうか。
(そいつらが全員蘇って追ってくるのかしら。だったら厄介だわ)
 ため息でもつきたい気分にさせられる。
 前に居る死神は、
「ここまで来たのかイ、体力があるねェ」
 と何が嬉しいのか、声を殺して笑っている。
 朔はたまりかねて死神に詰め寄った。
「ねぇ、何であたし達を襲うの?」
「夢なんか聞いてどうするの?」
 樹は朔の腕を掴んだ。
「朔、よせ」
「だって、理由が分からないのに襲われるなんておかしいじゃない! 絶対変だよ!!」
 朔は樹の腕を払い、
「博士に命令されてるの?」
「子供達はどこにいるの?」
 死神は、くぐもった声で陰湿な微笑みを繰り返す。
「教えてあげないこともナイよ。あんた達は主への大事な捧げモノだからねェ」
「博士に私達を捧げるの? 何のために」
「…………」
「じゃあ、子供達はどこにいるの?」
「…………」
「答えてよ!! 子供達だって帰りたがってるんだよ!?」
「本当にそう思っているかねェ」
「当たり前じゃない!!」
「どうかねェ。何せ、動くことはおろか、もう物を考えることも出来ないと思うがねェ」「……どういう意味よ」
「そのままの意味さ」
「……嘘」
「さァ、どうかね。嘘か本当か。アンタ達も同じ目に会えばわかるんじゃないかねェ」
 鎌が高く上がった。
「朔、避けろ!!」
 樹の声と同時に、垂直に鎌は空気を裂いた。
 ――パリン。
 金属音がした。
 地面の上に、折れた鎌の刃が転がる。
 朔はうつむき、身体を震わせていた。身体には傷ひとつ付いていない。
 その間近に、黒い羽を纏った小さな霊が居た。
「あんなの、さっきまでいなかったわよね? あれ、あの子の持ち霊か何かなの?」
 愛は樹に話を振ったが、樹は顔をしかめていた。
「まずいな、あれはセトだ」
「セト?」
「どんな奴なのか簡潔に言うと……――悪霊だ」
 朔は死神を睨んだ。
「子供達を返してよ!!」
 轟音を立てて洞窟内が揺れた。
 死神二人は一瞬にして地面に叩きつけられた。
 それでも、セトは動きを止めない。
「セト、もうやめて!!」
 朔が叫んだ。
 だが、セトは止まらない。
「きゃあ!!」
 愛のすぐ傍を、セトが掠める。
「ちょっと、危ないじゃない!! 今すぐやめて頂戴!」
「無、無理です、制御が効かなくて……」
「しもべの管理くらい、ちゃんとしないと駄目じゃないの」
「ご、ごめんなさい!! これから気を付けます……」
「これからじゃなくて、今をなんとかして欲しいのよ」
 セトは風を呼ぶ程すばやく辺りを飛び回り、竜巻のように風が渦を巻き始めた。
「朔、こっちへ」
 樹は朔を抱き寄せた。
「しっかりしろ、目を閉じて冷静になるんだ」
「う、うん」
 徐々にセトの動きは弱まり、渦はそよ風になった。
「消えたみたい……ありがとう、樹」
「ああ」
「それと愛さん、ごめんなさい」
「まぁ、いいわよ。でも、しもべのしつけはちゃんとしないと駄目よ? 言うことを聞かないなら、これを使うといいわ。こんな風にね」
 愛は鞭で地面を打った。
「私にはちょっと無理かも……」

<洞窟・四>
 樹が洞窟の奥を見る。
「もう少しで博士の所に付きそうだが、死神が道を塞いでいる。それに、ここの死神もまた復活するだろう。急いだ方がいい」
「でも、本当に子供達はいるのかな……死神さんの言ってた通りのことになんて、なってないよね?」
 朔が泣きそうになる。
「前にも言ったが、子供達の姿は見えなかった。もし亡くなっているなら遺体が見える筈だ」
「うん……そうだね。きっと平気だよね!」
 シュラインが考え深げに顔を上げた。
「死神は子供達を殺すのが目的ではないと思うわ」
「どうして? だって鎌を持っていたし、襲い掛かってきたよ」
「それはそうなんだけど、多分殺すためではないと思うの。気絶させるとか、抵抗しないようにするためじゃないかしら。だって、子供達を死なせてしまったら、夢を訊いた理由がわからなくなるわ」
「確かに」
 樹も同調する。
「もし博士に捧げるものがそれぞれの夢だとしたら、殺してしまってはもう夢が手に入らない。死者に夢を見させるのは難しいだろう」
「でも樹、何で博士は夢が欲しいの?」
「それはわからないが、もしかしたら夢というより、個人の発想が欲しいのかもな。子供の夢というのは、本人は真面目でも大人からすれば意外に聞こえるものが多い。鳥になりたいとか、地面を掘って宇宙へ行くとか。博士が何を研究しているかは知らないが、発明というものは幼稚じみた発想から成り立つものも多い。それに発想というのは、色々な人格が見えてくるものだ。多種多様な側面を持てれば、考えは深く賢くなる」
「じゃあまだ子供達は無事だね!! 良かったぁ」
「無事かどうかはまだわからない。死んでないことは確かだが、鎌にやられたのなら相当な傷を負っているだろう」
「そんなの、嫌だよ……」
「今から落ち込むな。だが、変じゃないか? 気絶させるためだけに鎌を使うのは危険すぎる。一歩間違えば殺してしまうかもしれない、それは避けたい筈だ。しかも、網膜センサーに子供達は映っていない」
「ん〜確かにそうだよね」
 訳がわからない。
「ねぇこの鎌、おかしいわよ」
「?」
 朔、樹、シュラインの目線の先に、愛が後方にいた死神の鎌を持っている。
「刃は確かにあるんだけど、なんだか刃物にしては弱弱しいのよ。こんなので威力あるのかしら」
 愛は鎌を振り上げた。目の前に転がっている石ころに目掛けて振り下ろす。
「!?」
 ドン、という音と一緒に煙が吹き出た。
 それが消えると、目の前の石がなくなっていた。
 代わりに橙色をした小さなびーだまがある。
「何よこれ」
 手を触れようとすると、一瞬にしてびーだまは姿を消した。
「何だったのかしら。あの石が変化したのよね?」
 後ろを振り返ると、シュラインがいる。
「ねぇ、もう一回、石に鎌を当ててみてくれる?」
「いいわよ」
 愛は鎌を振り下ろした。
 今度は青い色をしたびーだまが現れた。
 同時に、シュラインの手がびーだまを掴む。
 ――ドクン。
 鼓動が聞こえる。
「これ生きているわ」
 鼓動を一回打つと、びーだまは消えてしまった。
 愛は鎌を地面に置いた。
「どういうことなの?」
「さっき、博士は発想が欲しいんじゃないかって言っていたけど、私が博士だとしたらもう一つ欲しいものがあるわ。研究を続け、発想がどれだけあっても、実際に成功に結びつけるにはかなりの年月が要る、だったら延命を願うんじゃないかしら。びーだまは錠剤みたいなものかもしれないわ。それを飲みこんで、博士は命と発想をもらう。石は生き物じゃないから、長い時間はあの状態でいられないのかもしれないわ」
「凄い考えね。しかも迷惑な話だわ」
 愛が呆れたように言うと朔も、
「そんなの許せない! 絶対止めなきゃ!!」
 拳を固めている。
 樹は洞窟の奥を眺め、
「瓶の中にびーだまが三つ見える。まだ食べられてはいないようだ」
「早く行こうよ!!」
 朔が樹の手を引っ張る。
「確かに急いだ方がいいな。だが、この先にも死神はいるぞ」
「誰か先頭の人が一瞬で倒して、突き進んでいくしかないんじゃないかしら。博士を倒せばおそらく死神も消えるだろうから」
 シュラインが愛に目を合わす。
「その役、頼んでいいかしら」
 愛は艶めかしく微笑むと、鞭を振った。
 それは丁度、起き上がりかけていた前後の死神の顔面に直撃した。
「勿論よ」
 再び死神は眠りに付いた。

<洞窟・五>
 通路と洞窟の奥の部屋になっている部分との境には岩のドアが出来ていた。
 愛は鞭に空中を切らせ、幾度もドアにぶつけた。
 ドアはやがて壊れ、崩れた。
 洞窟の奥は、非常に広くなっていた。地面には布が敷かれ、ある種、部屋の床と言える。
 部屋は円形になっており、中央には瓶の乗ったテーブル、その隣に博士が立っていた。
 頬も腹部も、身体の全ての箇所が痩せこけた男だった。
 目だけが爛々と光っている。笑顔が破綻の色を見せていた。
「まさか、ここまで来るとはね。驚いたよ」
「あら、そう」
 聞き流すように頷いて、愛は鞭を下に垂らし、自信満々な表情を浮かべた。
「で、あんたはあたしにお仕置きされたいのよね?」
「怖いことを言うねぇ。僕がお仕置きをされる道理がないよ」
「あら、子供達をそんな目に合わせても、そんなことを言うのかしら?」
 愛は鞭を持った手で瓶を指した。
 責められても、博士は悪びれた様子もない。
「あれは仕方ないんだよ。世の中弱肉強食だろう? 僕は弱いから、これぐらいしか出来ないんだよ。見逃してくれないか」
「……あんたは性根からお仕置きしないと駄目みたいね。あたしは聞き分けがない奴は嫌いなのよ?」
「それは困ったねぇ。僕は体力勝負が苦手なんだ。ああそうだ、君達はもっと部屋の中央に来た方がいいよ。後ろがつっかえているからね」
 後ろには、すでに蘇った死神達が迫ってきていた。
 全部で三十人はいる。すぐに全員囲まれた。
「まぁ、頑張って戦ってよ。僕にお仕置きするのはそれからでいいからさ」
 死神が鎌を振り下ろしてきた。
 愛は鞭で跳ね飛ばす。
 だがすぐに後ろから死神が迫ってくる。
「これじゃあ、野良犬のところまでたどりつかないじゃない!!」
「野良犬とは僕のことかい? ひどいねぇ」
 博士の笑い声だけが聞こえてくる。
「さっさと倒すしかあるまい」
 樹は死神を殴りつけた。間髪を入れず、回し蹴りを飛ばす。
「カナン、力を貸して」
 白く、天使のような霊が朔を守るように現れた。
 シュラインは死神を突き飛ばす。
 だが、死神は次から次へと蘇る。
「時間が掛かりすぎるわ」
 動きながら言ったせいか、声が大きく洞窟内に響き渡った。
(そうだわ、ここはよく声が響くじゃない)
 洞窟に入る前に、現実の音とこの場所の音が混じりあい、耳が痛かったことを思い出した。
 博士はコーヒーを淹れていた。
 辺りに香りが立ち込める。
「いやあ、みなさん頑張っているのでしょうかねぇ。残念ながらここからでは見えないんですよ。暇ですねぇ。どうですか、クイズでも出しましょうか?」
 余裕といった態度である。
「いらないわよ。せいぜい念仏でも唱えておいたらどうかしら」
 愛が言い返したにもかかわらず、
「まぁいいじゃないですか。それだけの元気があるなら僕の相手もしてくださいよ」
「あとでたっぷりと相手してあげるわ」
「今もお願いしますよ。他の皆さんもね」
 博士はコーヒーを飲み、ゆったりと話す。
 四人は死神を倒すのに集中している。博士の話など、どうでもいい。
「いいですか、話しますよ」
 一人の男が、道に迷い、ある村へとたどり着いた。
 そこには正直族と嘘つき族が住んでいた。正直族は常に本当のことを言い、嘘つき族は常に嘘をつく。
 男は喉が渇いており、目の前にある水が飲みたくてたまらないのだが、その水が飲めるものかどうかわからない。
 その時、目の前を村人が通った。
 男は声を掛けた。この水は飲めるものかどうかを聞きたい。
 だが、この村人が正直族か嘘つき族かわからない。
「さぁ、ではたった一回の質問で、この水が飲めるものかどうかわかるようにしてください」
「そんなの知らないわよ」
 愛は煩そうに答えた。
「ひどいなぁ。もっと考えてくださいよ」
 博士は何が面白いのか、ひとりで笑い転げている。
 引きつるような笑い声だ。
 シュラインは小声で三人に呼びかけた。
「今、博士は油断しているわ。チャンスよ。朔ちゃん、私が合図を出したらカナンで博士を攻撃してくれる?」
「いいですけど、死神はどうするんですか? このままだと、死神に止められちゃうと思います」
「私が一瞬、死神達の動きを止めるわ。みんな、耳を塞いで!!」
 愛、樹、朔が耳を塞ぐ。
 瞬間、シュラインが大声を出した。
 金切り声よりも鋭く、重い声。
 洞窟前に聞いた、現実の音と架空の世界の音が交じり合ったあの音だ。
「!!!!!!」
 アアアアアア、と死神がうめいた。
 地面にひざまずき、倒れる。
 シュラインが右手を上げた。合図だ。
「カナン、お願い!!」
 白い風が走り、痩せた博士の身体はテーブルごと床に倒れた。
 全ての死神が消えた。
「子供達は?」
 朔がテーブルに駆け寄ると、床に落ちた瓶は割れていた。びーだまは床に転がっている。
「良かったぁ、無事だよ」
 嬉しそうに掌でびーだまを守った。
 博士の身体が、ぴくりと動いた。
「くっ……」
 博士は起き上がろうと手を伸ばしたが、
「あんたは寝てなさい」
 愛によって再び床に倒された。
「ちょっと、いいか」
 愛をどけて、樹が博士を覗き込んだ。
「やっぱりだ」
「何が?」
「さっきから不思議な感じを覚えていたのだが、こいつは肉体を伴っていない。一種の思念だ」
「え? だってこのゲームは身体ごと入るものでしょう?」
「そうなんだが、もしかしたらゲームを作った本人は例外なのかもしれない」
「だったら、身体はどこにあるのよ」
「わからない。そもそも何故肉体から切り離さなければならなかったんだ?」
 シュラインが辺りを見回した。
「ねぇ、なんか変よ。視界がぼやけてきているわ」
 言い終わる前に、辺りは白に包まれた。

<研究者の夢>
 辺りは洞窟内から、家の室内に変わっていた。
 ひどい臭いが立ち込めている。
「薬品の臭いかしら」
 シュラインが観察する。
 愛は嫌そうに、
「かなりのあばら家じゃない。地味ねぇ」
 確かに、かなりのあばら家だった。隙間風が至る所から入ってくる。
「ここはゲーム内なのかしら?」
「いや、あの男の家だろう。現実の世界だ。男が倒されたことで死神はおろかゲーム自体が消えたんだ」
 樹は部屋の奥のベッドに目をやり、
「それと、この臭いは薬品だけじゃなさそうだ」
「え?」
 愛が五木の目線をたどると、ベッドの上に倒れた男が見えた。
「……死んでいるわ」
「ちょっとこれを見て」
 シュラインがノートを開いて樹に見せた。
「永遠の命を得るための研究をしていたんだわ」
「馬鹿な男だ。永遠の命を得る研究に夢中になるあまり、自分の命を落とすとは」
「途中で自分の身体の危険に気付いたみたいよ。だから永遠の命から、とりあえず今を生きるための延命にゲームを作ったみたいよ。永遠の命の研究は時間が掛かりすぎるから……ノートにはそう書いてあるわ。ゲームを作ったところで、寒気がしたから今日は早めに寝る、と……」
「で、そのまま死んだのか」
「そうみたいね。コウ君にゲームを渡しに行ったときには、もう霊だったんだわ」
 朔が弾んだ声を出した。
「ねぇ、子供達が戻ってるよ!!」
 子供達は床に折り重なって倒れていた。
 愛が抱き起こす。
「しっかりしなさい。目を覚まして」
 子供の一人が目を覚ます。
「おはよう。あんたはリョウ君?それともハルキ君?」
「ハルキ……」
「そう。あんたちゲーム内で眠っていたのよ」
 リョウも目を覚ました。
「コウは?」
「家にいるわ。心配しているわよ」
 シュラインがコウのメッセージを見せた。
「……ということなの」
「わかった。じゃあ、早く帰らなきゃ。コウに会わないと」
 朔が不安気な顔になった。
「でも、どうやって帰るの? ここがどこだかわからないし、ゲームはもうなくなっちゃったし」
「確かにそうね。でも博士はコウ君に会いに来たでしょう? 多分あの土地に追い出された恨みがあったからだと思うけど、そんなに遠い所には住んでいないと思うのよ」
 シュラインは言葉を切った。
「電車の音が聞こえるわ」
「そういえば、聞こえるわね」
 愛も頷く。
「アナウンスも聞こえるわ」
「そこまで聞こえるの?」
「えっと、聞き取ってみるわ。『吉祥寺、吉祥寺です』……二つ先の駅じゃない」
「なんだ、それならすぐに着くわね」
 ハルキが不思議そうに室内を見渡した。
「あそこに誰かいない?」
 ベッドの方を見ている。
「それは……」
 朔が答えに詰まる。
 愛がハルキの頭を撫でた。
「ああ、あれは博士の人形よ。あの人ナルシストだったらしいのよ、自分の分身を作って喜んでたみたいなのよ」
「え〜博士そんな趣味あったの?」
「そうそう。野良犬そっくりなのにねぇ。あんなの気持ち悪いから近寄らないようにして、早く駅へ向かいましょうね」
「うんっ」
 子供達が玄関へ向かうと、愛は三人を振り返って、妖しく笑った。
 朔は驚いたらしい。
「凄いですね☆ 子供達納得してたし」
「子供って可愛いから」
 愛はそう言うと、子供達に続いて外に出た。
「子供達は無事だったし、ホッとしたなぁ。あの時本当に不安になったもん、怪我してたらどうしようって。じゃあ、あたしも行こうっと」
 弾んだ足取りで、朔もドアに向かった。
「お前は本当に明るいな」
 樹も後に続く。
 シュラインはドアの取っ手を掴むと、もう一度部屋を顧みた。
 永遠を望み、結局は叶わなかった過去を持つこの部屋はひどく荒れている。
「夢、ねぇ」
 シュラインはドアを閉めた。
 帰ったら、警察を呼ばなければならない。
 それまでこの家は、冷たくすさんだまま、佇んでいる。

終。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0830/藤咲・愛/女/26/歌舞伎町の女王
 1231/霧島・樹/女/24/殺し屋
 1232/新堂・朔/女/17/高校生

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■         ライター通信          ■
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「糧」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。

今回、あれこれと書いているうちに、随分ごちゃごちゃとした話になりました。
どこか楽しめる箇所がひとつでもあれば、と願っています。

+シュライン・エマ様+
お久しぶりです。
今回、タイトルの「糧」とストーリーとの関連性へのご指摘がとても鋭くて、ストーリー上でもシュライン様が鍵を握っている形になりました。
いかがでしたでしょうか。

+藤咲愛様+
はじめまして。
「自信に溢れ、妖艶さも持っているのだけれど、子供に優しく家庭的な側面もある」という感想を持ちました。
今回は謎を解く方ではなく、子供達をケアする役目と、先頭に立って敵を倒す方になりました。
もっと子供との会話を増やしたかったなぁ、と思っています。
こんな言い方をするのは失礼かもしれませんが、普段は強気で妖艶な女性が家庭に憧れるという姿は、何だか可愛らしくて好きです。

+霧島樹様+
はじめまして。
プレイング、非常に鋭くて嬉しくなりました。
最初に「とても冷静なんだな」と感じたので、何が起こっても慌てずに冷静な意見を言い、同時に朔様を補佐する役回りとさせていただきました。
朔様に対しては、冷静な面とは別に少し振り回されている感じを心がけましたが、いかがでしたでしょうか。

+新堂朔様+
はじめまして。
すみません、セトを暴走させてしまいました(汗)
プレイングを拝見させていただいた瞬間に「セトを暴走させよう」と思い……遊んでしまいました。
明るい女の子、というイメージがあるので、なるべく感情が豊かになるように心がけましたが、いかがでしたでしょうか。

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最後に。

博士が出している問題ですが、答えている箇所が無いので一応ここに記しておきます。
「この水が飲めるかと訊いたなら、あなたはイエスと答えるか」です。
正直でも嘘つきでも、飲めるならイエス、飲めないならノーになります。

違和感を持たれた個所がありましたら、どうかご指摘願います。