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<東京怪談・PCゲームノベル>


三下忠雄増殖中★

読みかけの本を手にしたまま安楽椅子で微睡んでいた九尾桐伯は外の騒々しさに目を開いた。
廊下を行き来する人の足音が尋常ではない。あやかし荘の住人が全員揃って動き回ってもこんなに騒々しくはならないだろう。
本を閉じ、脇のテーブルに置くと九尾は暫し耳を澄ませる。
「………」
おや、と首を傾げ、九尾は更に耳を澄ました。
と言うのも、何故かしらやたら三下の声ばかりが耳に届くのだ。
それも一言二言ではない。
三下が一人で2〜3人分…いや、5〜6人分…7〜8人分?とにかく喋り回っているような……。
「また何か起きたのでしょうか……」
九尾は立ち上がって垂らしていた髪を一つに束ねた。
ここは一つ、様子を見に行かなければ。
「………」
好奇心で意気揚々と扉を開け、廊下を見た途端九尾は一瞬我が目を疑った。
「三下さん……?」
呼びかけに、近くにいた6人の三下がまとめて振り返る。
こめかみに細い指を当て、目の前の光景が夢でも幻でもない事を実感し、九尾は言った。
「分身の術ですか……?」
「「「「違いますよぉぉぉぉぉっ!」」」」
勿論冗談で聞いたのだが、別の4人が九尾の腕に縋り付き涙をダラダラ流して訴える。
4人の三下の手は不思議にも全く温もりが感じられない。
「「「「一体何がどうなったんだかサッパリ分からないんですぅぅぅ……」」」」
「「「うっうっうっ……」」」
「「「「「助けて下さぁぁぁぁいぃぃぃぃ」」」」」
何故か廊下中に増殖した三下の泣き声とわめき声と無様な悲鳴にたじろぎつつ、九尾は今自分の腕に縋り付いている4人の三下を丁寧に引き剥がした。
三下の部屋の前から廊下、階段問わずあちこちに存在する三下達。
ヒィヒィ泣き喚いてパニックを起こし、自分が本当の三下だと言い合いを始め……まるで三下専用阿鼻叫喚地獄状態である。
「と、取り敢えず恵美さんのところに行ってみましょう」
三下達に圧倒されつつ、九尾は管理人室に向かった。



「恵美さん、三下さんが何人も居るようですが……」
指先で額の汗を拭いながら、九尾は開け放された扉の向こうで三下に囲まれて右往左往している恵美に呼びかけた。
二階の全フロアと階段を埋め尽くすまでに増殖した三下は、それでも足りないとばかりに一階から庭にまでゾロゾロと存在している。
空いた場所にはテトリスの如く三下が積み重なり、折り重なり存在し、管理人室に至までに振り払った手の数は数えきれない。
「あ。九尾さん……!もう、どうしましょう……!?」
妙にむさ苦しくなった管理人室の壁際で恵美は半泣きになっていた。流石の嬉璃も綾もタジタジで壁に貼り付いている。
「どんどん増えている様ですよ」
九尾の言葉にそれぞれがヒステリー気味な悲鳴を上げた。
「もう何やのっ!?勘弁してぇ!!」
「「「どうにかして下さいよぉぉぉぉ」」」
「悪霊退散ぢゃっ!」
「「「「「助けてえぇぇぇぇぇぇ」」」」」
「いやーんっ!」
「……………」
九尾はどうしようもない疲労を感じて溜息を付いた。
「あちこちで喚かれてもどうしようもありません。取り敢えず庭に整列して頂きましょう」
九尾が言い、その言葉を前後左右の三下が廊下と一階全域、階段、二階全域に増殖した三下に伝え始めた。
庭に整列庭に整列庭に整列庭に整列庭に整列……え、整列して庭へ?整列して庭へ整列して庭へ整列して庭へ……あ、廊下で整列して庭へ行くんですか、はいはい。廊下で整列して庭へ廊下で整列して庭へ廊下で整列して庭へ廊下で整列して庭へ……………。
まるで伝言ゲームだ。
「いえ、整列するのは庭に出てからで結構ですよ……ああ、ああ、そこの三下さん。そう、あなたです。ワニのぬいぐるみを持って整列ではなく、庭へ整列ですよ………、はい、庭へ整列して下さい……あ、そこ、立ち止まらないで下さい、後がつかえますまら……」
ぞろぞろと三下が庭へ集合する。
出てきても出てきても出てきても出てきても出てきても尽きる事なく三下があやかし荘から現れる。
服装も髪型も喋り方も動揺の具合まで寸分違わず次から次へと出てくる三下を、九尾と恵美、綾と嬉璃が並ばせる。
前後左右にコピーしたような三下三下三下三下三下三下三下三下三下……以下省略。
「まるでドミノのようですねぇ」
庭を三下が埋め尽くすと言う異様な光景に半ば感心して九尾は呟いた。
「さて」
三下の波が途切れた処で九尾は軽く息をつく。
「三下さん達はここで大人しく待っていて下さい、恐らくすぐにこの事態は収拾しますから」
心底嫌そうな綾に三下達の見張りを頼み、九尾は恵美と嬉璃を伴って建物内に戻った。
「九尾さん、何か分かったんですか?」
「三下の部屋へ行くのか?」
げっそりとやつれた様子で尋ねる二人にに、九尾は頷いた。
「私の部屋から恵美さんの部屋に行くまでに不思議に思ったのですが、100人近く居るのに、心臓の鼓動がしないんです。ちょっと私の推測を確かめたいので立ち会って下さい」
静寂を取り戻したあやかし荘内の階段を昇り、3人は三下の部屋へ向かった。



三下の部屋は小気味良く散らかっていた。
あの住人にしてこの部屋あり、と言う状態だ。
物が雑多に散乱した部屋にどうにか足の踏み場を見つけ、九尾は迷わず押し入れに向かう。
「押し入れがどうしたのぢゃ?」
と言う嬉璃の言葉には応えず、九尾はがらりと戸を引いた。
「…………」
上の段には形の崩れた布団。
下の段には適当な大きさで丸められた洗濯物の山………。
半ば黄ばんだ未洗濯の下着から小さな三下がビッシリと生えていた。
「ああ、やっぱり………」
呟いて、九尾は声もなく崩れ落ちる恵美の体をすっと手を伸ばして支えた。
「恵美さ〜ん。気を失うのは後にして下さい。」
軽く頬を叩いて恵美の意識を呼び戻し、九尾は軽い頭痛に頭を押さえた。
「昔読んだ江戸時代の怪異談に似たような話しが在ったのでもしやと思ったのですが……これキノコですよ、確か死体に生えて宿主そっくりに成る筈ですが……下着に付着した物からも生えるんですねぇ。」
「きっキノコ………」
黄色い下着にビッシリと生えたミニチュア版三下の気持ち悪さと、不潔さに眩暈を感じて恵美はその場にへなへなと腰を落とした。
「阿呆ぢゃ………」
「庭に戻って心音のある三下さんを探しましょう」
九尾は恵美に手を差し出して立たせ、苦笑する。
「この洗濯物と、残った三下さん達を燃やしてしまえば一件落着ですよ」
勿論、三下がまた洗濯物を溜め込めば同じ事態が起こるかも知れないが。
「はぁ………」
「いっそ心音のある三下も燃やしてしまうのぢゃ」
恵美の溜息と嬉璃の悪態を残し、3人は庭へ戻った。



「ちょっと待って下さい」
恵美が声を上げたのは、どうにか全員の脈を取って心音のある三下を探し出し、残りのキノコ三下達を洗濯物もろともぎゅうぎゅうと一室に押し込めた時だった。
「どうかしましたか?」
申し訳なさそうに肩を落とす三下の横で、九尾は振り返る。
「燃やしてしまうって、あの三下さん達は痛くないんでしょうか?」
そう言われて九尾はポンと手を言った。
「そう言えば、そうですね………。どうなんでしょう、三下さん?」
「えっぇえ?ぼぼ、僕に聞かれても分かりませんよぉぉぉ」
ただキノコを焼くのだと思えば何でもない事だが、キノコとは言え、人間の姿形をしたものを焼くのはそこはかとなく忍びない。
と言うか、もしキノコ三下達に痛覚があったりしたら、それこそあやかし荘中地獄絵図だ。
「例え痛みを感じにないとしても、燃やしてしまうのは可愛そうな気が……」
三下としても、自分が燃やされるのは気持ちが良くない。
「困りましたね……」
「ええっと……、キノコなんですよね?キノコって言う事は植物ですよね?」
「そうです」
と応えて、九尾は腕を組む。
「ああ、それならば、下着の方だけを燃やしてしまいますか。あれが大元ですから、あれを処分してしまえばこれ以上三下さんが増える事はありません。残った三下さんは、2,3日もすれば枯れてしまうでしょう」
「そうですね……。キノコの三下さん達には空いたお部屋にでも入って貰って」
安堵の息をつく三下の横で、嬉璃が軽く舌打ちをしたが、管理人の許可が下りたのだから話しは早い。
九尾は部屋からキノコ三下達を出し、再び庭に整列させた。
三下達のいなくなった部屋の中を、九尾は押し入れに進み触れるのもおぞましい洗濯物の山に糸を伸ばし、それをくるみこんだ。
外に出し、安全な場所で燃やすのが一番なのだが、出来る限り触れたくないのでそのまま押し入れの中で処分しよう。
他の布団や周りを焼いてしまわないよう注意を払って、九尾は糸に意識を集中させた。
途端に煙が立ち上り、黄ばんだ下着とそれにビッシリと生えた小さな三下達は音もなく灰と化す。
他に火の粉が飛んでいない事を確認し、九尾は火の気の消えた灰をちり取りにまとめ、三下の部屋を出た。



九尾が庭に戻ると、100人近いキノコ三下達が恵美と綾の指示に従ってそれぞれ部屋に収容される処だった。
既に萎れたように元気のない三下もいる。
明後日には完全にカタが付くだろう。
「お主が使った部屋数だけの家賃をちゃんと支払うのぢゃ!」
事態の原因のあまりの間抜けさに心底憤慨した嬉璃が、三下の実体に向かって喚き立てる。
「もう、ホンマ信じられへんわ!」
今にも蹴りを入れそうな勢いで綾が叫ぶ。
「すみません〜」
庭の片隅で小さくなって米つきバッタの如く頭を下げる三下に、九尾は声を掛けた。
「三下さん、部屋の方は片付きましたよ」
「あ、有り難う御座いますぅぅぅ」
一人になってもどこかしらむさ苦しい事に変わりはない。
眼鏡の向こうでダラダラ涙を流しつつ、三下は九尾に縋り付いた。
「九尾さんがいなかったら今頃どうなっていたか………」
確かに温もりのある三下の手を引き剥がして、九尾は笑った。
「いえいえ、珍しい物を見せて頂きましたよ」
「何が珍しいねん!不潔なだけや!洗濯くらい真面目にやりぃな!あんたの体に胞子とか付いてんのと違う!?綺麗に払い落としたるわ!」
箒を持って三下を追いかけ始めた綾を、何かしら微笑ましい気持ちで見送って、九尾は自室に戻った。
再び安楽椅子に腰掛けて、本を手に取る。
パラパラとページを捲り、数分後、九尾は長い午睡に落ちていった。


end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
  0332 / 九尾桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー


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■         ライター通信          ■
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二度目のご利用、有り難う御座いました。