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<PCシナリオノベル(シングル)>


第一話 最終列車
◆最終列車
雨が降りしきる深夜のホームに立って、御崎 月斗はぼんやりと空に浮かぶ月を見ていた。

「遅くなっちまったなぁ・・・」

辺りはすっかり明りも落ち、住宅街のど真ん中にあるこの駅は静寂に包まれている。
夜気が体の心まで染み込むように寒く、吐く息が白い。
月だけが冴え冴えと暗闇に輝いている、冬らしい夜だった。
しかし、そんな中で月斗の気持ちはやや重い。
「やばいなぁ・・・」
そう呟いて、溜息をつくと時計を見た。
時刻は12時過ぎ。
今度来る列車が最終になる。
こんなに遅くなるつもりはなかった。
「まぁ、言い訳してもはじまらねぇが・・・」
月斗の脳裏に弟たちの顔が浮かぶ。
『遅くなるときはきちんと言え。』
『何かあったときは必ず連絡。』
そう普段から口喧しく言いつけてきた月斗自身が、遅くなった上に連絡もしていない。
「やばいなぁ・・・」
何度目かの溜息。
弟たちは兄の帰りを待って、お腹を減らせていることだろう。
連絡がないことも怒っているかもしれない。
しかし、何故かこの近隣は携帯は圏外で、公衆電話も見つからないのだ。
「とにかく、駅についたら電話してコンビニで何か見繕って帰るしかないな。」
月斗は遠くから近づいてくる列車のヘッドライトを見つめながら、何とか腹をくくった。

しかし・・・

「え・・・?」
目の前に滑り込んできた列車を見て、月斗は眉をひそめた。
ホームから見ていても、列車の中の異常は見て取れた。
ガラスに飛び散った鮮やかな紅。
矢鱈滅多にペンキでもぶちまけたように、窓という窓に紅色が塗られている。
そして、月斗の前でゆっくりと開かれた扉の向うは・・・地獄絵図のようだった。

◆過ぎる影
「何だこれは・・・」
月斗は慎重に列車の中を覗きこむ。
列車の中は床から壁から天井まで、めちゃくちゃに血がぶちまけられている。
そして、その所々に見える赤黒い大小の固まりは肉片だろうか・・・。
更に列車の中へ踏み込むと、血生臭さが鼻をつくがその位はどうということはない。
退魔を生業とする月斗には、見慣れた修羅場だ。
「とりあえず、警察を・・・」
そう思って、月斗がドアへと踵を返そうとした瞬間。
半開きになっている連結器のところのドアの向うに、人影が過ぎる。
「子供?」
人影は小さく、子供のようだった。
確かめようともう一度連結器の方を振り返った瞬間。
月斗の背後で、シューッという空気調整の音と共にドアが閉じられてしまった。

「!?」

この惨状にホームにいた駅員は誰も気づかなかったのか?
この列車の車掌は?
咄嗟に様々な疑問が月斗の頭を過ぎるが、列車は何もなかったように発車する。
仕方なく、月斗は列車の中の惨状へ目を戻した。
車両の向うには誰かいるらしいが、月斗のいる車両には生存者は・・・いない。
「ふん・・・」
月斗は足元の肉片を爪先でひっくり返すと、大人の女の手が現れた。
もちろん手首から腕はなく、綺麗にマニキュアの施された指も3本しかない。
冷静な眼差しでその手の断面図を観察する。
切り裂かれた状況がわかれば、この惨状の犯人も予想がつく。
獣の仕業か、人間の仕業か・・・?
いずれにしろ、狂ったモノの仕業に違いなかった。
「これは・・・」
よく見ると、手には爪か牙で引っかいたような傷跡がある。
それに、この出血の量から考えても、落ちている肉片の量が少なすぎた。
「・・・食われたか。」
月斗がそう呟いて立ち上がると、再び連結器の方で物音がした。
「そっちにいるのか?」
月斗は迷わず連結器の半開きのドアへと向かう。
相手が人でも、獣でも、魔でも、月斗には関係ない。
それに、殺されたのが誰でも構わなかった。
月斗自身に、もしくは月斗の弟たちにさえ火の粉が降りかからない限り関係はない。
殺されるのも、呪われるのも、その人の運命だ。
仕事として依頼されない限り、月斗が関わるようなことではない。
しかし、それが自分に向けられた時は別だ。
「趣味が悪いな。」
ドアの向うにいる人物は、月斗の様子を影から見て楽しんでいるようだ。
月斗はドアの隙間から自分に向けられた視線に胸を悪くしながら、真っ直ぐにドアへと向かった。

◆少女
「どういうつもりだっ?」
ドアを開くと二人の少女が月斗を見て笑っていた。
少女たちは血でぬかるんだ床の上に立ち、二人寄り添って笑っている。
歳は6〜7歳くらいか、月斗よりも幼くあどけない顔をしている。
「ここで、何をしている?」
月斗は少女たちを問い詰めるような口調で言った。
どう考えても、この少女たちは被害者であるようには見えない。
この惨状の中で、この状況を楽しんでいる。

「怖い顔ぉ。」
「こわぁい。」

そう言ってはクスクスと笑う。
一人は真っ白い髪で右目が赤く、もう一人の少女は髪が黒く左目が赤い。
しかし、少女たちは鏡に映したように同じ顔をしている。
(双子なのか?)
月斗は一瞬考える。二人は声も仕草も良く似ている。
・・・なんだか出来の悪いホラービデオのようだ。
「お前たちはここで何をしているんだ?」
気を取り直して、月斗は少女たちに問う。
少なくとも、月斗より先にこの電車に乗っていた、この少女たちなら何か知っているかもしれない。

「私は壱比奈。人を殺してたのよ。」
髪の白い少女・壱比奈が、笑いながら言った。
「私は継比奈。この子に餌をあげていたの。」
髪の黒い少女・継比奈が、手のひらに載せたネズミのような生き物を見せながら言った。
「お兄ちゃんも、この子に食べられてみる?」

少女たちのふざけているとしか言いようのない言葉に、月斗はぐっと言葉を詰まらせる。
怒りとも呆れとも言えるような、複雑な気持ちが湧き上がった。
月斗は、黙って懐に収めていた呪符を取り出し、静かに印をきった。
呪符は淡い光を放って人の姿へと変わる。

「俺は子供だからって手加減しないからな。」

腹の底から冷えるような、そんな声で月斗は言った。
その言葉と同時に、人型になった光がすっくと立ち上がり、剣を抜く。
そして、切先が少女たちに据えられた瞬間。
月斗は命じた。
「斬れ。」

◆奇妙な力
風を切るような音を立てて、月斗が放った式は少女たちに襲い掛かる。
少女たちは式の第一撃を寸前のところで避けると、壱比奈が胸の前で小さく印をきった。
「闇統べる異界より邪気召喚!我が僕、光の使途を切り裂け!」
少女が腕を伸ばし手の平を広げると、噴出すように青白い鬼火が姿を現す。
「お兄ちゃんのには負けないわよ。」
そう言うと、指先で指揮をとるように鬼火に指令を下した。
「みんな殺しちゃえっ!」
鬼火は円を書くように旋回しながら、次々と式に向かって飛び掛る。
式は襲いくる鬼火に切先を向けるが、鬼火は刃にはかからず式の胸を貫いた。
「なっ・・・」
あまりにもあっさりと消された式に、月斗は驚きを隠せない。
「お兄ちゃんの住む世界とは違うのよ。」
驚く月斗を見て、壱比奈が意地悪く笑う。
(異界・・・ということか。)
この列車の中がすでにこの少女の支配下にあるらしい。
気がつけば、列車は走行しているのに、窓の外には何も映らず、音もしない。
(面倒だな。)
月斗はそう思ったが、諦めはしない。
再び懐から呪符を取り出し、口の中で小さく呪を唱える。
「式は幾ら出しても無駄よ。」
壱比奈がキャラキャラと笑って言う。
「俺の術は式ばっかりじゃない。」
そして、真正面に呪符を構えた。
「召雷!」
言葉と同時に、眩いばかりの閃光が走る。
「きゃあぁっ!」
閃光に弾き飛ばされて、車両の端まで飛ばされた少女たちが悲鳴をあげる。
「もう一撃食らえっ・・・」
月斗は間髪いれずに符を取り出し、更に呪を唱える。
「浄化の炎よ!焼き尽くせっ!」
胸元から少女たちに向けて弾くように符を放つ。
放たれた符は、風の刃のように鋭く、そして炎の衣をまとい少女に向けて襲い掛かる。
「いやっ・・・!」
壱比奈は自分に向かってきた炎の刃を腕を振るって払い落とすが、その触れた腕に炎が鞭のように巻きつく。
「キャ・・・」
「壱比奈ぁっ・・・」
炎に包まれる壱比奈に、継比奈が腕を伸ばすが、継比奈自身にも火の粉は降りかかる。
そして、瞬く間に二人は列車の天井まで届く紅蓮の炎の柱に飲み込まれてしまった。

◆暗闇に
「そいつは邪気のみを焼き払う浄化の炎だ。お前たちが怪しげな術を捨てない限り炎は消えないぜ。」
炎の柱を見つめながら月斗は言った。
確かに、少女たちは苦しんでいるが、その髪も、肌も、服すらも焦げてはいない。
炎の中から壱比奈が苦悶の表情で睨みつけてくる。
「お兄ちゃん・・なんか・・・大っ嫌いよっ・・・」
そう言うやいなや、ドアの横に取り付けられてるドアの非常用開閉フックを掴んだ。
シューッと空気が漏れる音と共に、ドアの戒めが解かれる。
そして、継比奈は足で蹴飛ばすようにして、列車のドアをこじ開けた。
「おい、何をする気だっ!」
開け放たれたドアから抜けてゆく風に足を取られそうになりながら、月斗は叫んだ。
ドアの外には民家の明りだろうか、恐ろしいほどのスピードで流れてゆく光が見える。
「今度は・・絶対・・・許さないからっ!」
壱比奈はまだ体のあちこちに炎を纏わりつかせたまま継比奈の腕を取ると、列車の外に流れる暗闇へと身を躍らせた。
このスピードで走る列車の外へ投げ出されたら、無事ではすまない。

「止めろっ!」

月斗は列車の外へと飛び出してゆく少女たちを止めようと必死で腕を伸ばしたが、指先がそのスカートの端に触れただけで、二人の体は闇に飲み込まれてしまった。
「くそっ・・・!」
列車は速度を緩めず、月斗はドアの外を覗いてみたが、すでに二人の姿はない。
緊張がとかれたのとやりきれない気持ちに脱力して、月斗はドアの横にしゃがみ込む。
そして目を閉じて、溜息をついた。
「なんだよ・・・まったく・・・」
やがてゆっくりとドアの外に流れていた景色が停止する。
そして、目の前に白いラインが引かれた見覚えのあるホームが現れた。
駅名の表示を見ると・・・月斗が列車に乗ったはずの駅だった。
月斗は立ち上がり、服についた埃を払うように2〜3回ぽんぽんと膝を叩くとホームにおりた。
シューッと音を立ててドアは背後で閉まる。
振り返ると、血塗れの列車は何事もなかったようにホームを滑り出していった。
「なんだったんだかな・・・」
月斗は苦く笑うと、ホームのベンチに腰を下ろした。
そして、携帯を取り出して弟たちに電話をかける。
電話の向うでは賑やかなどなり声が、お腹が減ったと騒いでいる。
「ああ、わかったよ。何か買って帰るから。・・・うん、じゃぁな。」
まだ何か言いたそうな声を振り切るように電話を切ると、月斗はふと電車が出て行ったのとは別のほうを眺めた。

「あの子たち、どうなったんだろう・・・」

あれで死んだとは思えない。
だが、もう会うことはないかもしれないし・・・また、どこか出会うかもしれない。

でも、とりあえず、今日は終わった。

月斗は溜息をつくと、目を閉じた。
そして、もう一度、今度は本当の最終列車を待つのだった。

The end ?