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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:最後の壺振り
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :草間興信所

■ オープニング ■

「あっしの壺で勝負しねえか、兄さん」
 草間は思いきり深い溜息をついた。
 また、変なのが来た。
 そんな感じである。
「おい、兄さん。無視かい?」
「忙しいんだ。そんな暇は無い」
「忙しいだって? バカ言っちゃいけねえや。人間、遊び心を忘れたらしめえよ!」
 そう言って膝をポムと叩いたのは、手っ甲脚絆に草鞋履き。道中合羽を引き回した渡世風情の『幽霊』である。
「おっと、兄さん。申し遅れやした。あっしは信州戸倉の壺振り・半次と申しやす。流れで賭場を回ってるもんで。一つあっしと勝負しておくんなせえ」
「勝負して俺が勝ったら出ていってくれるのか」
「出て行く? とんでもねえ。もう一番勝負が出来たら、あっしはあの世へ行くつもりなんでさ」
 草間はチラリと半次を見た。
「本当だな」
「男に二言はねえってなもんよ」
「勝負『だけ』すればいいんだな?」
「おう! でも二人じゃちょいと侘びしいな。仲間ぁ呼んでくれねえか、仲間ぁ」
 忙しいのに遊ばなければならないとは。
 草間は鬱なる煙を吐き出した。
 
 
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■大改造?

 それは大がかりな作業となった。
 指揮を取るのはシュライン・エマだ。
 簡易賭場を作る為に、草間と二人で事務所にタタミ数枚を搬入する。
 見渡す限り散らかった所内を、一角とはいえ和室にモデルチェンジするのは、年末の大掃除以上に大仕事だ。
 草間興信所の影の女帝は、準備にもそつが無かった。
「武彦さん、それこっち」
「あ、ああ」
 壺振り師の幽霊に見守られながら、草間はテーブルを動かし机を寄せた。額にはうっすらと汗が滲んでいる。雫は外出していて留守だった。上手く難を逃れたな、と草間は大きく息を吐き出した。
「ハー……」
『兄さん、ありゃあいい嫁さんになりやすぜ、あっしが保証しやす』
 シッシッシッ。
 半次はそう言って草間の担ぐタタミの縁に腰掛けて笑った。誰のせいでこんな大変な事になってるんだ、と草間は半次をギロリと睨む。
「えっと畳の方は武彦さんに任せて……後は座布団がどこかにあったと思うんだけど──」
 台所から香るおでんの湯気。熱燗用の湯もしっかりと沸いていた。部屋の隅にはおつまみの入った袋まである。
「お前に保証される必要なんて無い気はするが……」
 草間は呟いて時計を見上げた。
 電話で誘いをかけてから小一時間。シュライン以外に誰も来ていない。
「皆、遅いわね」
 そう言ったシュラインに、草間と半次は頷いた。

 フー。
 吐いた吐息が白いのはタバコのせいか、それとも冬の冷気のせいか。
 バタバタと音のする事務所の戸の横で、陰陽師はクールな眼差しを空に向けていた。
 真名神慶悟──彼は畳の搬入シーンを目撃してしまったのだ。
「終わるまで待つのが得策だろうな」
 ゆったりと口元で燻らせるそれはすでに四本目。
 体力仕事と身を切る寒さ。選んだのは後者の方だった。
「俺は肉体派じゃないからな」
 呟いた慶悟の目が、歩いてくる人影を捉える。
 今野篤旗だ。
 略礼装の長着に袴を身に付け、その上にコートを羽織っている。知人発見に篤旗の口が「あ」と開くが早いか、慶悟は行動に移っていた。
(シーッ!)
 タバコを挟んだままの指を口元にかざし、慶悟は小さく首を振った。その妙な仕草に、篤旗はひっそりと眉根を寄せる。
「……何や、あれ。話かけるなて……何で中に入らへんのやろ」
 おかしいな、と思いつつ篤旗は事務所の前へ立つ。
(何でや)
(……)
 慶悟と篤旗は扉の前で無言の会話を交わした。慶悟の返事はない。
「まあ、ええわ。おめ──」
 扉を開けた篤旗はその光景に固まった。
 中央だけポッカリと空いた空間に、草間が畳を運んでいる。
 見るからに『あの作業』を手伝わなきゃいけない事必至。シュラインの声が奥から聞こえてきた。
「!!」
 パタム。
 篤旗は静かに戸を閉めた。
(何で教えてくれへんかったんや!)
(バカ! お前、俺がここにいるのがバレ)
 泡喰う二人を──
『……何をしてはるんどすか? 二人共……』
「「!」」
 李杳翠(り・ようすい)は逆さに覗き込んだ。
 夢魔である杳翠は、扉に貼り付いて顔を突き合わせている二人の上にフワフワと浮かんでいる。
『それにしても、今日は何やら楽しげなお話どすなぁ。実はうち、賭け事の類が苦手で勝ったためしが無いんどす。昔っから運が無いから止めとけ、よォ言われましたわ』
 何も知らない杳翠のにこやかな顔と話し声。
 篤旗は絶望の眼差しで慶悟を見つめた。
「あかん……親分(シュライン)が来るで」
「ああ……万事休すだ」
 ガチャリとノブが回った。
 慶悟と篤旗の視線が走る。
 表の立ち話を耳にしたシュラインが、戸の隙間から顔を覗かせた。
「あ、やっぱり来てたのね? 良かった、手が足りなかったの。さ、入って」
 もう逃げられなかった。
 かくして二人と一魔は『草間興信所、一部和室へ模様替え大作戦』へと加わる事となった。

■二目勝負

「オイチョカブか……儂も僧侶になる前は──」
 やはり無欲の僧だけあって、運がいいのだろうか。
 浄業院是戒が事務所を訪れたのは、全て準備が終わった後だった。
 敷き詰められた畳の上に腰を下ろし、杳翠と半次を相手に談笑する。
『でも、いいんですかい? れっきとした坊さんが、博打なんざ打って』
「うむ。遊びなら問題あるまい」
『話の分かるお人どすなぁ』
 と、三人は声高らかに笑った。
 その横で慶悟と篤旗はズルズルと茶を啜る。労働の後の一服と言った所だろう。「はあ」と篤旗は安堵の息を漏らして苦笑した。
「まさかこの格好で畳運ばされるとは、夢にも思わへんかった」
「だろうな。俺も搬入現場を目撃しなかったら、戸の横に一時間近くも貼り付かずに済んだんだが」
「……」
 それもどうなんだ? 
 篤旗は微妙な視線を慶悟に向けた。慶悟は涼しい顔でタバコをふかしている。時としてクールだと言うことは、素晴らしい武器になるようだ。
(手伝って早ぅ終わらせてくれたら、僕、巻き込まれずに済んだんやないだろか)
 などと言っても聞いてくれそうにないので、篤旗は諦めた。
「ただいまぁ」
 そこへ買い出しに出ていたシュラインが、重たげな袋を手に戻ってきた。誰かの持ち込みを期待していた酒は、集まってみれば一本も無かったのだ。
「これでいいかしら」
「やった! 豆餅!」
 篤旗が袋を開けると、酒類とリクエストの『豆餅』が入っている。何につけても豆餅の大好きな篤旗は、ホクホク顔でそれを頬張った。至福の笑みだ。
 シュラインはその場を見回し、揃った顔ぶれを確認する。
「ええっと、武彦さん。これで全員よね」
「ああ」
 草間が頷くと、半次はコクリと頷いた。
『じゃあ、そろそろ始めやしょうか』
 袖の袂から賽を二つと壺を取りだし、半次は大肌脱ぎに座り直した。その様はなかなか堂に入ったもので、ヘラリとしていた半次の顔は急に引き締まり、場に緊張感を漂わせた。
『まず簡単な説明をさせて頂きやす。今日の所は鉄火場※ってえ事で、中盆※2はあっしが勤めさせて頂きやすが、よござんすか?』
「ああ」
 銜えタバコの煙に目を細めて、慶悟は見えぬ式神を半次の裏手に回らせた。イカサマ防止と、万が一半次が暴れた時の為だ。
 それに気づいて半次はチラリと後ろを見たが、ニヤリと笑っただけで何も言わなかった。
『異義がねえようなんで続けやすぜ。一番だけって約束でしたが、兄さんが五人も呼んでくれたんで、五番勝負といきやしょう。賭け方は簡単だ。二つの賽を転がして、足して出た目が偶数なら丁、奇数なら半。それを予想するだけの遊びでさ』
 半次は振り分け荷物から木札を取り出すと、それを一同の手に五枚づつ手渡した。ずっと半次が持ち歩いているのだろう。しっくりと手に収まる、使い込まれた札だった。
『本来、盆ゴザを挟んで丁と半とで、賭け場を移動してもらうんですがね、今日はコイツ──』
 と、言って目の前に一本の短い紐を縦に置く。
『この線から右が丁、左が半って事で札を賭けておくんな』
「何も無いのなら暇つぶしには丁度いいか」
 シュラインの仕入れてきたビールを煽りながら、慶悟は新しいタバコに火を付けた。
 それぞれがくつろいだ姿勢で酒やつまみを口に運ぶ。特に是戒は、シュラインから渡された熱燗に満面の笑みを浮かべた。
「まだ、温いかしら」
「いや、丁度良い。暖まるのう」
 場は和気藹々とほがらかに。
 半次も口の端に笑みを乗せて壺を構えた。指で挟んだ賽と壺を交差し、それを畳にパンと置く。
『それじゃ二目勝負、まずは一本目だ! さあ、丁か半か! 張った張った!』
 先陣を切ったのは篤旗だ。まず一枚を右に据えた。
「新年の運試しの始まりや。僕は丁」
 少し考えた後、杳翠も篤旗の横に札を並べる。
『当たりますように』
 草間が倣って、場は丁ばかりに三枚となった。
 シュラインは「んー」と唸る。
「じゃあ、私は半で」
「先ずは流れでも掴もうか。俺も半だ」
 と、慶悟。
「儂も半で行こう。豪気に行くのが吉だ。何事も!」
 最後に是戒が左に張って、一番目の勝負はちょうど場が半々に分かれた。
『よござんすね?』
 一同をグルリと見渡した後、半次はサッと斜めに壺を切った。賽は──
『一、四の半!』
 六人の顔に一喜一憂が走った。
「ん? 取ったか」
「さい先悪いなぁ」
 篤旗が苦笑する横で、当たり目の三人は二枚の札を受け取った。杳翠はガックリと肩を落としている。
『ああ、やっぱりうちは運が無いんどすぅぅぅ』
「なに、まだ始まったばかりではないか。勝負はこれからというもの。儂は次も半に賭けるぞ」
 再び半次が壺を振ると、是戒は迷わず左に賭けた。
 興が乗ってきたのか、『当たり』で感を取り戻したのか、是戒の動きは軽い。
「僕は丁や」
 篤旗は再び右に張った。慶悟がその上に札をポイと放る。
「俺も丁だ。半と来て丁、お約束か?」
「私も丁」
「うちも丁に賭けさせて頂きます」
 シュラインと杳翠それに草間も丁に賭けた。
 場は是戒を除いて全員、丁だ。
『どちらさんも、よござんすね!』
 確認の声に動く者はいない。半次は壺を引き上げた。
『三,六の半! 坊さん、二戦二勝だ、ついてるねえ』
 やはり無欲の勝負だろうか。
 是戒の一人勝ちに思わず「おー」と言う声が漏れる。戻り札を受け取る姿を眺めつつ、篤旗は二個目の豆餅を頬張った。
「これって勝ったら何かあるんですか?」
 慶悟は缶ビールを口に、頭をヒョイと傾けた。チラリと泳いだ視線の先には半次がいる。
「あいつが成仏する」
「あ。そか……忘れとったわ」
 篤旗はポンと手を打った。
 そうなのだ。
 この賭場の目的は、半次の成仏。
 しかし、渋々と半次の申し出を引き受けた草間でさえ、どうやらそれを忘れてしまっているようだ。あまりの運の悪さに暗雲を頭上に漂わせ落ち込んでいる。勝つも負けるも、半次の成仏には関係が無いと言う事は、どこかへ飛んでしまっていた。
 シュラインはその様子に思わず苦笑を漏らす。
「ま、まあ武彦さん。遊びなんだし」
「ああ……」
『遊びでも、運が悪いなんてイヤどすなぁ』
 杳翠の言葉に、草間はさらに撃沈した。シュラインは慌てて顔の前で指を立てる。杳翠はハッとして口を噤んだ。
 半次はそんな一同の一喜一憂に頷きながら、三度目の壺を振った。
『こっから掛札の枚数は自由と行きやしょう! さあ! 張った、張った!』
『うちは丁で行かせてもらいます』
 何かを決心したような面持ちで、杳翠は二枚の札を手放した。 
 これまでに二度丁へ賭け、二度とも外している。これが三度目の正直になるのだろうか。二度ある事は三度あるとも言うが……。
 その横へシュラインと篤旗が札を置いた。
「私も丁」
「僕も丁に全部」 
『おう! それでこそ男っつうモンよ!』
「こういうのは大勝ちか大負けかのが、気持ちええやろ?」
 さすがは西の人柄である。気前が良い。
「皆、丁か……む?」
 空になった徳利を覗き込む是戒に、シュラインは腰を上げた。見れば輪の後ろには空のビール缶がゴロゴロしている。それを回収しつつ台所から、新しい熱燗を運んだ。
「はい、どうぞ」
「おお! これは、かたじけない!」
 猪口に注いだ一杯をグイと煽ると、是戒はシュラインに向かってニッコリ微笑んだ。
「うむ。美味い」
「そう言って頂けると。でも、温めただけなんだけど」
「俺ももらおう」
 草間は是戒と共に徳利を傾け始めた。勝利の酒にやけ酒でも、同じ酒には違いない。
 短くなったタバコを揉み消し、慶悟は右に札を放った。
「俺も丁に二枚だ。先に丁と来たら次も丁、蝶々で舞い上がる、ってな……。札が舞ってかなきゃいいが」
『ヒドい! あんまりどす、真名神はん!』
 杳翠に泣かれて、慶悟はゴホンと咳払いをした。
「……物の例えだ、気にするな」
 草間はそれを聞いて、唯一半に札を張る。
「舞っていかれたら困るからな……俺は半にしておこう」
「ハッハッハ。面白くなってきおったのう。儂は皆と同じ、丁にするぞ」
 是戒が二枚を張って、場は草間以外が全員丁だ。
 これで半目なら草間の一人勝ちなのだが、半次の上げた壺の下には──
『四,六の丁!』
「よっしゃ!」
 篤旗は一際、高い歓喜の声を上げた。
 一挙に六枚となった札を手にしながら、篤旗は小さなガッツポーズを取る。
「強運だな」
 と笑いつつ、慶悟も四枚の札を受け取った。
 傍らで杳翠はホッと胸を撫で下ろしている。
「ハァ、やっと当たりましたわ……って草間はん?」
 草間は無言で眼鏡を拭いていた。
 ただ一人全敗中だ。
 全体的に不幸のオーラを発している。シュラインがその肩にソッと手を置くのを目に、半次は苦笑いを浮かべた。
『兄さん、見事に追目で』
「追目?」
『丁に振れば半、半に振れば丁。それを追目って言うんでさ』
「なるほどな──っと、ビールが無くなったな」
 空の買い物袋を覗き込んだ慶悟が、シュラインを振り返った。
 楽しい酒は早い。
 シュラインが立ち上がりかけると、慶悟がそれを手で制した。
「真名神君が行ってくれるの?」
「いや、買ってこさせよう」
「え、誰に?」
 一同は顔を見合わせた。
 慶悟は慣れた手つきで印を切ると、そこに十二神将を呼び寄せた。ズラリと並んだ異形の影に向かって、慶悟は命ずる。
「コンビニでビールとつまみを買ってこい」
 買い出しを。
 篤旗は眉をひそめた。
「……いつか陰陽道協会から破門喰らいそうや……」
「ええ……間違った式の使い方だって、訴えられるかも」
『その前にコンビニの店員はんが、腰抜かしたりせえへんのやろか……』
 シュライン、それに杳翠は、出て行く式神を涼しい顔で見送る慶悟に向かって呟いた。
「ッフー」
 慶悟はタバコを余裕でふかしている。
「よし、半に二枚だ」
 聞いちゃいなかった。
 苦笑しつつ篤旗も左に張る。
「僕も半や。もちろん全部」
 篤旗の相変わらずの大博打に、シュラインは嘆息しながら半へ札を並べた。
「やるわねえ。私は一枚」
 今までに六枚の札を稼いでいたシュラインは、一枚賭けても手元にまだ五枚も残っている。篤旗はそれを見て顔をしかめた。
「親分、せこぉ!」
「堅実家って言って」
「堅実家か。そうならざるを得ない状況なんだが……」
 草間はそう言って丁に賭ける。一度も当たっていないせいで、賭ける札には、遊ぶ余裕など全く無かった。そして背中には哀愁が、うっすらと漂っている。寂しげな事、この上ない。
『うちは一枚残して三枚を半』
「ふむ。儂も手持ち札半分を半に賭けよう。さてさてどうなる事やら」
 是戒は三回まで負け知らずで稼いだ札九枚のうち、五枚を左に置いた。半次は一同を見渡す。
『よござんすか?』
「うむ。やってくれ」
 バッ。
 威勢良く上げた半次の前の賽の目は──
『二,六の丁!』
「!」
 草間が光り輝いた。
 ように見えた。
 四度目にして初めて受け取る当たり札に、感動も一入らしい。一同は草間とは逆に没収だ。篤旗は肩を落として苦笑した。
「あー、これでオケラや」
「む? それなら一枚分けてしんぜよう」
 そう言って是戒は手持ち四枚の札から、二枚を篤旗に差し出した。篤旗の顔がパッと明るくなる。その顔に向かって是戒は「うむ」と頷いた。
「最後まで、皆で楽しもうではないか」
「やった! なら遠慮なくいただきますわ。最後は丁!」
 貰った札を右に張って、篤旗はニッコリと笑った。杳翠も丁だ。
『何だかんだ言うても、最後まで来れて良かったどす』
「俺も丁に全部だ。運試しだしな……その方がらしくていいだろう」
「儂も丁に全部賭けよう。年の初めじゃ、豪気に行こうではないか!」
 慶悟、是戒に続き草間も右に。シュラインはしばらく悩ましげな顔をしていたが、全ての札を誰もいない左へと置いた。
「私は半で行くわね」
 場には篤旗の二枚、杳翠の一枚、それに慶悟の五枚と是戒の二枚、シュラインの五枚が出揃った。ちなみに草間は一枚である。
 半次はそれぞれの顔に向かって、移動の意思が無い事を確かめて言った。
『よござんすね?』
 うん、と頷く六つの顔。
 半次がガバッと壺を引き上げた。
 賽の目は『一』と『二』。
『半だ! 姐さんに戻り札、十枚! 一人勝ちになりまさあ!』
「勝っちゃった!」
「さすが親分、強運や!」
「八卦に連なるかの如き遊びも、陰陽の道往く者とて容赦なし……真髄を極めんとすれば精進せよ、と見たり……か」
 札を手にしながら吃驚するシュラインに、篤旗と慶悟は苦笑した。横では草間と杳翠がガックリと肩を落としている。
『ああ……今度こそは、今度こそは思たのに……やはりうちには向いてないんやろか』
 杳翠は涙の滲む目で天井を見つめていたが、やおら立ち上がると突然走り出した。
『森へ帰らせてもらいますっ──っあ!』
 そして袋に入っていた豆餅の残りを盛大に踏んづけて尻餅を付き、泣きながら立ち上がって豆餅を尻に貼り付けたまま、騒々しく退場していった。
 ずっと『ついていなかった』杳翠だが、最後で『ついた』らしい。
 あれほどついていたはずの是戒も、途中までの幸運を一つも手に残す事が出来なかった。それを豪快に笑い飛ばす。
「まぁ、良いわ! 新春早々楽しませて貰った!」
『へへ、ですかい?』
 壺と賽を袂の裾にしまいつつ、半次は鼻をクシュクシュっとこする。
「うむ。感謝するぞ。最高の礼と儀を以て、そなたを送ってしんぜよう」
『そいつぁ、嬉しいねえ。あっしに念仏を唱えてくださるんで?』
 半次が道中合羽を引き回し、振り分け荷物を担いだ所で、買い物へ出ていた十二神将達が戻ってきた。
 重たげな袋の中に、ドッサリと酒とつまみが入っている。店員は無事だったのであろうか。慶悟はそれを受け取ると、残念そうに呟いた。
「少し遅かったか」
「これが無くなるまで、なんて……無理よね?」
 シュラインの視線を受けて、半次は首を横に振った。
『こんな楽しい賭場は初めてでさ。あっしの願いを聞き入れてくれた代わりに、今日は皆さんが飽きるまで壺を振らせて頂きやしょう』
 袂にしまった賽を二つ取りだすと、半次はニッコリと笑った。

 その後、出て行ったはずの杳翠も加わり、草間興信所からは夜更け近くまで、賑やかな笑いや明るい野次が飛んでいた。
 結局、最後には『誰が勝つか』という事より、『誰が一番運が悪いか』という事で盛り上がった。その結果には、何故かシュラインが苦笑したと言う。
 ちなみに──
『二目勝負の目の出る確率ってぇのは、丁が十二種の半が九種で、丁のがちょいと出やすくなってるんでさ。と言っても、今回の勝負、半目がやけに出てやしたがね。ま、一つ覚えておいてくんな』
 これが皆に送られて手を振り去った、半次の最後の言葉である。


※  鉄火場……野天博打。
※2 中盆……宰額を振る者。




                        終




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 / 入手アイテム】
     
【0086 / シュライン・エマ(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
     
     
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師
     
【0527 / 今野・篤旗 / いまの・あつき(18)】
     男 / 大学生
     
【0707 / 李・杳翠 / り・ようすい(930)】
     男 / 夢魔
     
【0838 / 浄業院・是戒 / じょうごういん・ぜかい(55)】
     男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧
     
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■          あとがき           ■
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 こんにちわ、紺野です。
 またしても期間一杯になってしまいました……。
 本当にお待たせしてしまいましたが、
 『呪われた七つ道具』をお届けします。
 
 ちなみに篤旗さんのシュラインに対する呼び名ですが、
 ご関係に『親分』とありましたので、活用させて頂きました。
 
 今回はプレイングを頂いてから、
 まず皆様の目を書き出した後で、サイコロを振りました。
 途中まで是戒さんの独走で、無欲の勝利になるのかな、と
 思っていたのですが……。
 篤旗さんの追い上げに、追従の慶悟さん。
 それに杳翠さんの『運の悪さ』と、シュラインさんの結果。
 一番楽しかったのは、サイコロを振っていた私かもしれません。
 
 結果をここにダイジェストとして乗せようかとも思ったのですが、
 それは本編のみとさせて頂きます。
 何故なら、私自身があとがきから読む人間だからです(笑)
 
 
 それでは今後ますますの皆様のご活躍を祈りながら、
 またお逢いできますよう……
 
                   紺野ふずき 拝