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吸血鬼と流血鬼〜背徳の街編〜
●オープニング
トゥルルル‥‥。
電話の音が鳴る。
せっかくの休日だというのに、誰だこんな朝早く‥‥チッ。
舌打ちしながら、ベッドから身を起こし、机の上にあった携帯電話を掴む。
「‥‥はい、こちら、深奈? 誰?」
『おはよ。何よ、まだ寝ていたの?』
笑うような声。‥‥月刊アトラス編集部の碇・麗香か。
「昨日遅かったんだ。今、何時?」
寝癖のついた短い髪に手をやり、くしゃりと握る。あくびが漏れた。
『11時よ。もう、世間ではお昼』
「そう。‥‥それで何の用だ?」
再びあくびが漏れる。キッチンに行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、そのまま口に含んだ。その冷たさに少しは頭も冴える。
『こないだは御苦労様。大変だったわね』
「全くだ」
携帯を肩と耳ではさんだまま、器用に食パンをトーストにかけ、コーヒーをポットで沸かす。
冷蔵庫からタマゴを取り出し、フライパンをコンロに置いて、火をつけた。
『あなたがいてくれてよかったわ』
「そう思うなら報酬は弾んでくれ」
奈美は苦笑した。
新興宗教の教祖の誕生日パーティの取材。
それは単なるパーティだけではなく、世間で騒がれている連続殺人事件の捜査とも絡んだ話だった。
しかし、そのパーティの場所である男が乱入し、奈美はひどい目にあった。
(あの女は吸血鬼だ!騙されるな!)
そう叫んだ闖入者。
そして、哄笑する教祖を名乗る女性。操られているようなパーティ客達。
やっとの思いで、会場から脱出し、外に逃れた時、パーティ会場であったホテルは突然崩壊した。いまだに原因は判明していないらしい。
『考えておくわ‥・』
麗香の声が、小さくなった。
「なんだよ、あの時の三下の写真、ずいぶんな特ダネになったんだろ? 知ってるぜ?」
タマゴをフライパンに落とし、奈美は笑いながら尋ねた。
『ええ、すごい売れ行きらしいわ。‥‥警察に口止めされて、全部書けないのが困りものだけどね』
麗香は笑い、それから、小さく言った。
『手紙がね、来てるの』
「手紙?」
『真波・瑞樹から』
「‥‥」
ジュウ、とフライパンが白い煙を噴出し、音をたてる。
奈美は一瞬、ぼうっとし、それからあわてて火を止めた。
真波・瑞樹。それは、あの新興宗教の女性教祖である。美しい一輪の薔薇のような、可愛らしい女性。しかし、その正体をあの青年は「吸血鬼」と言った。
『これから編集部に来れる? 奈美』
麗香の声に、奈美は、「ああ」と小さく頷いた。
●東京タワー
『東京タワーの展望台で待ってます。あの方にもお手紙しました。
お話したい事がきっと沢山あるでしょう?
貴方と眼鏡の方で是非、いらしてください。待ってます
愛する貴方』
月刊アトラス編集部の応接室。麗香に手紙を見せられ、奈美はさすがに憤りを覚えずにはいられなかった。
聞きたい事といえば、あまりにもたくさんある。
あのホテルの爆発で死んだ客の数は、百数十人もあった。あのパーティ会場にした客達はほぼ全滅に近かったという。
何故殺した?
もしくは、何故、見殺しにした。
あの女を慕い、金をつぎ込み、忠誠を尽くした者達ではなかったのか。
それとも、既に生きてなかったか?
吸血鬼という女の意思どおりに動く、まるで人形のような客達。
パーティの最中に彼らに感じていたのは、そんな印象だった。
「あ、あ、あの‥‥や、や、やっぱりぃぃ、ボクも行くの、、ですよね?」
応接室の端にこっそり座っていた、三下が自分を指差し、自信なさそうに呟く。
麗香は苦笑して、こくり、と静かに頷いた。
「‥‥はうううううっっ」
奈美も口の端をゆがめて、三下を見つめた。
「命とネタどっちが惜しい?」
「えっ‥‥、そ、そ、それはぁぁ」
「ネタよね?」
にっこりと麗香が笑う。
「三下男なんだし、奈美一人を行かせようなんていうはずがないわ。‥‥足手まといだろうけど、よろしくね、奈美」
「‥‥ああ」
奈美は頷く。反対に、三下はがっくりと首を落とした。
品川にある東京タワーまでは、タクシーで出る。
招待状にあった時間よりも、少し早めに着くことができた。
「‥‥20分前か‥‥」
南美が腕時計を見て確認する。一緒にタクシーから降りてきた三下は辺りをきょろきょろと見回し、それからタワーを見上げて、大きく溜息をついた。
「‥‥まだ早いですかね」
「行ってみようか」
南美は背広のポケットに手を突っ込み、三下に笑う。
三下はびくりと身を固め、硬直した。
「どうした?」
「‥‥い、い、いえ」
「はは」
南美は、瞼を伏せて軽く微笑むと、歩き出そうとする。
「もし、命の方が惜しいなら、今から引き返しても良いんだぞ?」
「えっ」
三下は、目を見開いて、ぱちぱちと瞼を動かす。
南美は肩越しに振り向き、目を細める。三下はその瞳にみるみる涙をため、まわれ右と、踵を返す。
「あ、あ、ありがとうございますっっ! タクシーの運転手さん!! もう一度!」
「あーっっ!! 待て待て!!」
タクシーに再びもぐりこみそうになった三下の襟首を、南美は慌てて掴む。
「冗談だ」
「はあっ!?」
瞳に溜まった涙が、ぽろぽろとこぼれた。
「泣くのはまだ早い。今更、もう後にはひけないだろ。逃げても奴は必ず追ってくる。標的は俺だけじゃないようだし」
「‥‥あうぅ、やっぱりぃぃ」
分厚いフレームの眼鏡の下の涙を、南美はそっと拭うと、肩を組むようにして東京タワーに誘った。
「助かりたければ、ここで踏ん張るしかない。行くぞ」
「は、はいぃぃ、ついてゆきますぅぅぅ」
ひくっとしゃっくりを一つあげ、三下もまた東京タワーに向けて歩き出した。
エレベーターで展望台へと上がる。
東京に住む者は、東京タワーに足を向けることはあまり無いという。その話の通り、南美もここに来たのは、小学生の時の遠足以来かもしれない、と思い至る。
しかし、風景は記憶にあるものと同じだった。
売店があり、まばらな観光客がいて、そして少し古びた望遠鏡。
彼女は三下と共に、その場に立ち、辺りを見回す。
「いるか?」
南美は小さく三下に尋ねた。
三下も辺りを見回し、小さく告げた。
「あの人‥‥そうじゃないですか?」
エレベーターから左の方向に、ガラス窓に向き合って立っている白いワンピースの長い髪の少女がいた。
「‥‥だな」
南美は苦笑するように小さく頷く。
二人はゆっくりと歩き出した。
近づくと、それを背後から察知したように、彼女は振り返った。
白い透き通るような肌に、漆黒の長い髪、そして印象的な赤い艶のある唇。
「ごきげんよう」
天使の笑顔。
無邪気で儚げで、美しく彼女は微笑んでいた。
真波・瑞樹。
「久しぶりだな。こんなところに呼び出したりして。告白だったらもっと相応しいところがあるだろうに」
彼女の隣に立ち、南美は皮肉めいた口調で言った。瑞樹はくす、と破顔する。
「ええ、お会いできて嬉しいわ。よかった、あなたなら、ちゃんとあの時、逃げ延びてくれていると思っていたのよ」
「‥‥そうか」
南美は溜息をつく。
彼女はそっと気付かれぬように息を小さく飲んだ。
南美の能力である、指先を銃口にして気の塊を発射する技。それを意識しようとした。
「人前よ」
くす、と瑞樹が見透かしたように笑う。
確かに周りには、観光客たちが多数いる。すぐ隣で老人と孫のような二人が、望遠鏡を見て楽しげに笑っている。
彼女を攻撃することが叶っても、ここは大騒ぎになってしまうだろう。下手をすれば警察沙汰。‥‥ここでは無理か。
南美は拳を握り、瑞樹を睨みつけながら答えた。
「それで何が言いたい」
「あなたが、きっと私のことを誤解しているのではないかって、とても心配だったの」
「誤解?」
「‥‥あの人に何を言われたか知らないけど」
瑞樹は口元をハンカチで押さえ、眉を寄せ嫌な顔をしてみせる。そして、窓の外に目を移し、悲しげに呟いた。
「私はあなたのことをとても気に入ってる。‥‥あの人の言うことなんて信じないで。そんな怖い顔もしないで。ね?」
「‥‥」
南美は溜息をついた。
「あのホテルをどうして爆破した」
「あれを私のせいだっていわれるのですか? ‥‥私の大切な信者さんを、たくさん巻き込んでしまった‥‥あんな大きな悲しいことが、私がしたと仰るの?」
瑞樹は顔を伏せる。そして肩を震わせた。
「ああ、どうしたら誤解が解けるの? 全てはあの人の仕業というのに」
「あの人?」
「俺か?」
南美の肩を、背後から叩く手があった。びくりとして振り返ると、これまた見知った顔。‥‥あの騒動の最中で出会った青年、七瀬晶がそこに立っていた。
瑞樹は驚いたように、晶を見つめた。
「久しぶり、元気にしてたか」
晶は瑞樹に知らないふりをして、南美、三下と肩を組み、微笑んだ。
新蔭流の使い手であり、そしてかつての瑞樹の恋人の青年‥‥否、彼の話では、彼の恋人であったかつての女性は、瑞樹の正体である吸血鬼に殺され、その身を乗っ取られていると言ったのだ。
俄かには信じがたいこと。
しかし、今はそれも、半ば信じている自分がいる。
この女は人間ではない。
人間の皮を被った何かだ。
南美は確信していた。
「怪我は平気か?」
南美は、晶に苦笑してみせた。晶は頷く。
「簡単な鍛え方はしていない。‥‥こいつを倒すまではな」
世間話をするかのように晶は、横目で瑞樹を見つめながら呟いた。
「‥‥この男は、気が狂っているわ!」
瑞樹が叫ぶ。
「どっちがだ」
晶は舌打ちするように言い、なぁ、と南美に囁いた。
「おまえのことも信じているわけじゃない」
南美は自分の肩の上の晶の腕を降ろし、軽く睨みつける。晶は笑った。
「気に入った」
言うなり、晶は南美を押しのけるように、瑞樹の前に飛び出すと構えを作る。刹那、そのまま高くジャンプし、彼女に向かって手刀を決めようとした。
「正体見せろ! この化け物!!」
「きゃあああっ」
瑞樹は悲鳴を上げた。
しかし、手刀は命中しなかった。咄嗟に二人の間に入ったのは、通りがかりの老人だった。彼女を庇い、背中に、鍛え抜かれた肉体の持ち主である晶の手刀をくらった老人は、血を吐き、その場に崩れ落ちる。
「瑞樹さまぁ‥‥」
小さな呟きを残し、老人は絶命した。その光景を見て、展望台内が騒然となっていく。
「何だとっ!?」
晶は叫ぶ。辺りでは救急車を呼べだの110番やら、声が飛び交う。
瑞樹は老人に寄り添い、座り込むと、はらはらと涙を落とし、動かない老人の腹に顔を覆った。
「なんてことなの‥‥。なんてひどい‥‥」
「‥‥晶」
南美もさすがに動揺し、言葉が出ない。三下などは、座り込み、壁に背をつけがたがたと震えている。
「‥‥騙されるなっ」
晶は叫んだ。
「こいつも、‥‥この女の手先だ! 洗脳されてる、んだ」
「おじいちゃん!!」
少年の声がした。見ると、その老人の連れであるらしい小学生くらいの少年が、トイレから戻ってきて、その場に立ち尽くしている。
「どういうこと? ねぇ、おじいちゃん、起きて、起きてぇ??」
「あなたのおじいさんなの? ‥‥この方は私を庇って、‥‥申し訳ないことをしましたわ」
はらはらと惜しげもなく美しい雫をこぼし、瑞樹は泣き続ける。少年は首を何度も振り、そして立ち上がって、晶を見つめた。
「おまえだな! おまえがおじいちゃんを!! よくもっっ」
「‥‥何」
飛び掛ってくる少年に、さすがに動くことのできない晶。
しかし、少年は違った。
彼は半ズボンのポケットから、何かを取り出した。
そしてそれを晶に向ける。それは小型拳銃だった。
パーン!!
乾いた音が響き渡り、ガラスの割れる音が続く。
「晶!!」
南美は叫んだ。しかし、倒れていたのは、晶ではなかった。身の危険を感じた晶は、咄嗟に新蔭流の技である指を日本刀に変える技で、少年をなぎ払っていた。
床の上に朱に染まり、絶命している少年。そして、窓ガラスが割れた場所からは、強風が吹き込んでいる。
「きゃああああ!!」
近くにいた女性が叫び声を上げる。
晶は自分の指についた少年の血を見て、目を見開いていた。
「‥‥くそぉっっ」
「人殺し!」
瑞樹が老人の側から立ち上がり、晶を見つめ、口元に笑みすら浮かべて、叫んだ。
「あなたは立派な殺人者だわ! ねぇ、南美。これでもあの人を信じるの?」
「‥‥お、お、俺は‥‥」
南美は動揺を隠せないまま、晶と瑞樹を交互に見つめた。
「私を信じるべきよ、ねえ、そうでしょう?」
瑞樹はくす、と微笑む。動けない南美の腕を、売店の女と、職員の女が両脇からつかんだ。三下も別の男たちに捕らえられている。
「‥‥どういうことだ? 洗脳、されて、るのか?」
「あなたも瑞樹様を信じればいいの」
南美に、売店の女は微笑んだ。彼らは洗脳されてはいない。
自分の意思で、彼女に従っているのだ。
「あ、あ、あ‥‥」
指の銃で彼女達をなぎ払うことは簡単だった。しかし、生身の人間である。そんなことをすれば、彼女達を殺してしまう。
「‥‥しっかりしろ、南美!」
晶が叫んだ。
「こいつらは、この女の手下だ。本物の店員たちは皆、殺されてるのかも知れないな」
「ふふ、それはどうかしら。人殺しはあなただけよ」
微笑む瑞樹。
「‥‥俺は騙せない!」
晶は、南美に飛び掛った。そして彼女を掴んでいる二人の女を、その指先の日本刀で切り裂いた。悲鳴を上げ倒れる女達。
「晶‥‥」
南美は自由を取り戻した。
しかし、足元に倒れていた女達は苦しげに呻き声をあげている。
致命傷に近いはずだ。助からないだろう。
「‥‥ひどい」
「ひどいのはあの女だ、南美」
晶が息を吐きながら呟く。
「あの女を倒すんだ」
「‥‥」
南美は、瑞樹の方を振り向いた。瑞樹はくすくす、と目を細め、美しく微笑んでいる。
「素敵よ、晶さん。あなたってとても愚かで素敵だわ。大好きよ」
「うるさい、黙れ!!」
晶は瑞樹に飛び掛った。南美も彼を助けようと、指の銃を瑞樹に向ける。
刹那。
瑞樹が悲鳴を上げた。そして喉をかきむしり、苦しげに暴れはじめる。右手を天井に掲げ、がたがたと震え始めた。
「‥‥な、なんだ?」
南美と晶は動きを止める。
「ぐ‥‥ぐ、ぐ、‥・ぐぅぅぅ」
震えながら瑞樹は、白目をむき、苦しんでいる。しかし、その苦しみが一瞬、途絶えた。
目元から一筋の涙がこぼれ、瑞樹の口元から、小さな声が発せられる。
「‥‥あ、あき‥‥ら、は、はやく‥‥ころし、て‥‥」
「‥‥瑞樹?」
晶の瞳が見開かれた。
「は、‥‥は、はやくぅ‥‥」
瑞樹は目を細め、愛しそうに晶を見つめて、懇願する。
晶は茫然自失とし、肩を落として、彼女に近づいた。
「‥‥瑞樹、瑞樹なのか?」
「晶、どうした?」
南美には何が起きているかわからなかった。
晶はしかし、苦しみ、呼吸を荒げている瑞樹を抱きしめていた。
「‥‥どういうことだ?」
(瑞樹だ! 本物の瑞樹だ!)
心の中に晶の声が響いた。
(!?)
吸血鬼にその身を奪われる前の、真波・瑞樹に戻ったということか?
しかし、そうだとしても。
「晶! 瑞樹から離れろ! 危険だ!」
南美は叫んだ。
晶はその声に驚いたように、南美を振り返る。
晶の腕に抱かれた、瑞樹の瞳も南美を見つめていた。そして、その瞳は、突然くすりと微笑んだ。
「惜しかったわね」
瑞樹は笑った。
そして、晶の顔面を掴み、強い力を込める。晶は悲鳴を上げ、暴れ始めた。
「死になさい!」
瑞樹は立ち上がった。晶の体を顔面で捕まえ、宙吊りにする。可憐で小柄な彼女のどこにそんな力があるのだろうか。
そしてガラスに向かい、強い力でほうり投げた。展望台の分厚いガラスはその力によって大きな音と共に破裂し、血まみれになった晶の体は地面に向かって落下していく。
「晶!!」
南美は叫んだ。
びゅうびゅうと風が吹き込む展望台の真下で、ドン、と物が落下する音が響いていた。
「‥‥まったく‥‥」
瑞樹は胸を押さえて、苦しそうに眉を寄せた。
「ようやく死んだようね‥‥。さて、次はあなた‥‥味方になってくださらないなら、死んでもらうしかなさそうね」
瑞樹はゆっくりと歩き出した。
南美は、背後に三下を庇い、息を吸った。
「簡単には殺されない」
南美は、掌を瑞樹に向けた。
掌を拳につむり、そして強く開く。同時にその綺麗な指の五本の先から、銃弾が飛び出した。瑞樹は、くっ、と小さく呻くと、腕で自分の顔を覆うように持ち上げる。
光が瑞樹の体を覆い、銃弾はその光にはねかえされてしまったようだ。
「くっ、もう一度っ」
南美は、今度は指銃を彼女に向ける。
瑞樹はくすりと微笑んだ。
「あまり遊びに付き合ってはられないの。‥‥悪いけれど、もうさようならね」
「言ってろ!」
指銃から次の弾が発射する。瑞樹は軽くかぶりを振り、それを避けた。
じりじりと近づいてゆく距離。
何か、何か、策はないものか。
南美は息を飲んだ、その時。
「風龍!!」
外で叫ぶ声があった。
同時に、強い突風が展望台内に吹き荒れる。吹き飛ばされた近くの人間たちが、数人、割れたガラスの際まで追い込まれ、落下していった。
「晶かっ」
南美は窓の方を見た。
そこには、血まみれの青年が宙に浮いていた。両腕の先は十本の日本刀。彼は肩で息をしながら、南美に向かって叫んだ。
「逃げろ!早く!!」
「晶!」
「うわああああああ!!」
晶は叫び、瑞樹に再び飛び掛った。瑞樹は耳まで避けるかのように大きく口を開く。その口元から強い風が吹いた。
「死ねぇぇぇ!!」
「あなたには、私は殺せない!」
あはははは! 哄笑と共に、瑞樹は晶の体を光で包み込んだ。
炸裂するような白い光が辺りに広がる。
南美と三下はその光に腕で顔を覆った。
強い突風と、響き渡る客達の悲鳴。そして、いろいろな礫が体に当たっていく衝撃と音。
その全てが収まった時、ようやく南美は、瞼を開いた。
そこには全てのものが消え去っていた。 硝子は全て割れ、売店の店舗も消え、植木鉢も消え、人もいない。
ただひとつ残っていたのは、傷だらけで横たわる晶の体。
彼は、南美と三下を庇うように、二人の側に倒れていた。
「‥‥大丈夫か?」
「は‥‥よかった無事だったか‥‥」
晶は南美を見ると、目を細めた。
「‥‥次は‥‥確実におまえが狙われる‥‥覚悟しろ」
「晶‥‥」
「‥‥あの女の中に、まだ瑞樹が生きてる‥‥それしか勝ち目はない‥‥」
晶は南美を見つめ、優しく微笑んだ。
「後は頼んだ‥‥ぜ。‥‥」
微笑みは表情の中に沈みこみ、晶の全身から力が抜けていくのがわかった。
南美はあわてて、その体に触れる。
けれど、その心臓は止まっていた。彼は絶命していた。
「‥‥ど、ど、どうしましょう‥‥」
三下が震えながら南美に呟く。
「‥‥どうするって」
南美は苦笑する。
「‥‥引導渡されちまったな。だけど‥‥」
どうやってあの女を倒せばいいのだ。自分の無力感を体にずっしりと感じ、南美は自分の体から力が抜けていくのを感じるのだった。
おわり。
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