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<PCシナリオノベル(シングル)>


■絆の形■
 その日、こんこんはいつものように草間興信所のソファの上で寝そべっていた。しっぽをおなかにくるりと巻き入れ、ストーブの側のあったかい温風に眠気を誘われながら、依頼解決に出かけた草間の帰りを待っている。
 草間は霊能力が無い為、本来彼が受けるべきものではないと思うのだが、草間は協力者として霊能者を連れ、その依頼に出かけていった。
 依頼は、国立博物館の職員が持ち込んだものであった。紺色のスーツとストライプのネクタイををきちんと身につけた、その中年の男性は、“騎士の世界展”と書かれた一枚のチラシを草間に手渡し、深刻な表情で草間に語り始めた。
「今回の展示で、当館に展示予定だった一本の剣があるのです。えー‥‥日本語に訳すと“黒翼”という呼称の、古い剣なのですが‥‥」
 剣の写真に目を移しながら、草間は話しの続きを促す。黒い鞘に、幅広の剣身。鞘には装飾があしらってあり、不気味に黒光りしていた。その横には鞘が写っており、そちらも漆黒で細かい装飾が施されていた。真ん中に、深蒼のサファイアがはめられている。
「いわく付きの剣だとは聞いていたのですが、ここ最近妙な鍔鳴りのような音だとか、騎士の霊が歩いていたとか、剣の周辺でそういった怪現象が続いているようなのです。‥‥そこで、何とかしていただけないかとお願いに参った次第でして‥‥」
「とは言われても、うちはそういった事件は扱っていませんし‥‥」
 草間はもううんざり、といった表情で答えたが、相手の困り果てた様子を眺めているうちに、断りきれなくなったらしい。どこかに電話をすると、草間は出かけていった。
 何となく‥‥嫌な予感はしていたのだが、それは獣の予知能力というものだろうか。
 ふ、とこんこんは顔を上げた。瞬間、電話のコール音が鳴り響く。こんこんは伸びをすると、ぴょんとソファから飛び下りて、受話器を握った零の側に寄った。
 彼女は青ざめた表情で、イスに掛けてあったコートを手に取ると、こんこんを見下ろした。
「‥‥ここに居てね」
 こんこんはふるふると首を横に振り、零について駆けだした。何かがあったらしい。草間の身に、何か危険な事が‥‥。

 彼が運ばれたのは、牧村優美という医者の元であった。古代魔法に詳しいという彼女は、零を草間の所へ案内した。
 こんこん達が見たのは、眠り続ける草間の姿。
 こんこんはぴょん、とベッドに飛び乗ると、草間の顔をのぞき込んだ。
「それで‥‥どうなんですか、様態は。一体、どうしてこんな事に‥‥」
 今にも泣きそうな顔で、零は牧村に詰め寄った。少し眉を寄せ、彼女は首を横に振る。
「同行していた霊能者の人は、残念ながら助からなかったわ。‥‥詳しい事はよく分からないんだけど、とにかく原因となった剣の事は、私の方で調べてみたの」
 牧村が言うには、その剣はかつて騎士が持っていたもので、騎士の強い怨念がついているという。
「剣は、人と外界の絆のようなものを断ち切る力があるの。命の存在、命のぬくもり、そういったものが感じられなくなり、やがて魂が枯渇して壊死してしまうわ」
「それじゃあ、草間さんはもう助からないって言うの?」
 牧村の白衣にしがみつき、零が叫んだ。
「いいえ‥‥こんな剣が、何の呪縛もなしに放置してあるはずがないわ。おそらく、一緒にあった鞘が、封印の役割を果たしていると思う。サファイアは魔除けの宝石だしね」
 こんこんは、牧村の病院を飛び出した。

 今は眠らせてあるが、牧村の魔法も今夜零時までが限界。
 だから、それまでに剣を破壊するか、封印しなくちゃ。牧村は、念を押すように言った。

日が暮れ、深夜まであと一時間に迫った国立博物館は、ひと気が無くなっていた。入り口に警備員が立っているが、何やら話し込んでいる。
 そっと近づいていくと、困惑した様子の警備員が二人、時折中を伺っていた。
「‥‥じゃあ、あいつはその草間とかいう興信所が何とかしてくれる、って言うのか?」
「いや、興信所の草間もやられて、虫の息らしいぞ。霊能者だか何だか連れてきたが、効果がなかったらしい」
「どうする‥‥人も死んでいるんだろう? 明日になったら、大騒動だぞ。それに、あいつはどうなる」
 あいつ?
 こんこんは、そっとその場を離れた。
 あの心配そうな口調からすると、警備員の仲間か何かだろう。剣に関係があるというのだろうか。
 ともかく、表からは入れない。しかし、他の出入り口は皆閉じてあり、なおかつ警備員ががっちり固めていた。あちこちウロウロした結果、トイレの窓から進入する事にした。
 小さなこんこんの体は、トイレの斜めの窓から何とかねじ込む事が出来た。頭を突っ込み、足で窓枠を蹴って転がり込むと、ぽん、と床に投げ出された。
 ぷるぷると体を揺さぶり、汚れを落とすとトイレから廊下へと出た。冷たく暗い廊下は、非常口の緑色のライトに薄く照らされていた。どこからか、冷たい風が吹き付けている。
 どうやら、ここは展示室から展示室へ繋がる廊下の途中らしい。
 確か、この右側に鞘を展示してあるはずだ。ガラス張りの展示台の中には、古い書物や貴族がしていたと思われるアクセサリーが展示してある。
 だが、こんこんが目的の場所にたどり着くと、そこには鞘は無かった。
(‥‥??)
 耳を澄ますと、こつんこつん、と革靴で歩く音がした。それとともに、血のにおいも‥‥。
 こんこんは、その方角へとにおいを頼りに忍び寄っていった。かしかしという、廊下を蹴る爪の音も、相手の靴の音にかき消されている。
(草間‥‥草間のおっちゃんは、こんこんが絶対に助けてあげる!)
 こんこんは人の姿に変化すると、走り出した。
 展示室に入ると、そこには鎧や剣がたくさん置いてあった。床には血が飛び散り、ガラスは割られ、中のものが手当たり次第に投げられていた。
 その中に、写真で見た鞘が床の散乱物に紛れていた。ぎゅっ、と手が掴むと、こんこんは視線を右手に向けた。
 廊下が向こうに続き、その暗闇の向こうから音が近づいている。
 からからと、何かを引きずる音。ゆっくりと影の中から、人が現れた。
 きっ、と視線を向けるこんこん。
 足音は、展示室に入った所でぴたり、と止まった。
 こんこんの視線は、その若い警備員に向けられているのではない。手の中の、剣に向けられているのだ。剣は黒光りし、怪しい気配を放っている。
「おとなしくするの。‥‥お前が呪いをかけた草間は、こんこんが救ってみせる!」
『‥‥』
 剣は、無言で振られた。凄まじい速さの剣撃に、こんこんとて飛び退くのが精一杯だ。続けざまに横に振られる剣。
 獣の本能で床に伏せたが、肩に熱と激痛が走る。暖かい血が、つつ、と流れた。
 このままでは、あっという間に切り刻まれてしまう。こんこんは、幻術を警備員にかけた。
 一瞬、剣の動きが止まる。警備員はこれで、動けなくなったはずだ。
 が、剣はするりと警備員の手を放れ、空を飛んで向かってきた。
(!)
 こんこんは炎を呼び出し、剣を焼こうとする。炎に焼かれ、剣は熱く燃えていたが、それでも剣はこちらに向かってくる。
 凄まじい攻撃に、こんこんは避ける事しか出来なかった。避けるどころか、少しずつ傷をうけ、体力を奪われていた。
(草間‥‥)
 草間を助けたい。こんこんは、壁にかかった時計を見る。
 あと5分‥‥。時間が無い!
 こんこんはすうっと立ち上がると、最後の力を振り絞った。すう、とこんこんから立ち上る炎。そこからのびた影は、獣の姿を造っていた。
『貴様が人を襲うのは、勝手だ。だが我の大切な者に手を出した事は、許す訳にいかぬ。‥‥その罪、汝の業で償え!』
 こんこんは、九尾たる狐の本性を全て出しつくし、剣を炎で包んだ。炎に焼かれながらも、こんこんに斬りつける剣。しかしこんこんは、その剣を甘んじて体で受けた。右肩に刺さった剣の柄を、しっかりと掴む。暴れる剣が体から抜かれ、血が飛び散った。
 血まみれながらも、こんこんは剣を掴んで離さない。草間は今も苦しんでいるのだ。時計が零時を示すちょうどその時、かちん、と乾いた鉄の音が響き、剣が鞘へと収まった。
 静かに見上げる視線。
 草間は‥‥助かったのか?

 こんこんが牧村の元に戻ったのは、時計は零時半を回っていた。
 零はまだ心配そうな顔で、草間の側についている。草間は眠り続けており、牧村は時計をちら、と見ながら××の肩に手をおいた。
「心配ないわ、きっと草間さんは目を覚ますわ。‥‥私の友人が博物館に向かってくれたんだけど、剣は鞘に収められていたそうよ」
「‥‥本当ですか?」
 零は、牧村の顔を見上げて聞いた。こくり、と笑顔を浮かべて頷く、牧村。零の肩に手を回すと、ぎゅっと抱きしめた。
「きっと目を覚ますから‥‥信じてあげて」
 零は牧村に連れられ、涙を拭きながら部屋を出ていった。
 草間は、まだ目を覚まさないようだ。
 何故? 剣は鞘に戻したのに‥‥。
 間に合わなかったのか?
 子狐姿のこんこんは草間のベッドにぴょん、と飛び乗ると、草間の顔にぺちぺちと手を当てた。
(草間のおっちゃん、目を覚ますの!)
 ぱしぱし、と後ろ足で蹴ってみる。
 こんこんの目から、うるうると涙がこぼれた。
(おっちゃん‥‥こんこんが見えないの?)
「おっちゃん‥‥」
 こんこんは、草間を呼びながら、顔をぺろりと舐めた。
「目を覚まさなきゃ、駄目なのっ!」
 かぷ、とこんこんが草間の鼻の頭を噛んだ時、ぽろりと涙が草間の顔に落ちた。頬を伝って落ちる涙の雫が、枕に染みこむ。
 ‥‥?
 草間の頬が、ぴくりと動いた。
「草間のおっちゃん!」
 こんこんは、ぱし、と草間の顔を叩いた。
「目を覚ますの!」
 草間は、こんこんの大切な人。
 だから‥‥。
「‥‥うっ‥‥」
 草間が、うめき声を上げた。静かに、手が上に上がる。
「おっちゃん‥‥」
 草間の手がゆっくりと顔に向けられ‥‥。
 わしっ、とこんこんを掴み上げた。
「‥‥っ‥‥誰だ、顔の上に居るのは‥‥」
「きゅう‥‥」
 こんこんは、鳴き声を上げて草間を見下ろした。草間は、ぼうっとした顔でこんこんを見つめている。とっても元気そうだ。こんこんを見ている。こんこんを見て、うれしそうに笑っている!
 じたばたと動いて草間の手から逃れると、こんこんは草間の顔の上に寝そべった。
(草間が目を覚ました!)
「こら、そこをどけ!」
 草間の声に、こんこんはぷるぷると首を振った。いつもの暖かい、草間の声。
 草間の手のぬくもり。
「草間さん!」
 部屋に戻って来た零が、声を上げた。
 いつもの、元気な声。
 こんこんはようやく安心し、草間の頭の上で寝息をたてたのだった。
 大切な人の側で‥‥。