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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


優しい木曜日

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ひとみ
――でさ、数学のテストが今度の木曜なんだー

えり 
 ――私、木曜日は嫌い。

えり 
 ――木曜日なんて無くなっちゃえばいいのに。


---”一手”さんが入室しました---


一手 
 ――こんばんは

ひとみ
 ――一手さんこんばんは

えり 
 ――こんばんは。

一手 
 ――ところで、そんなに木曜日が嫌いなのかい?少し気になったんで入室してみたんだ

えり
 ――とても憂鬱になるの。

一手
 ――では私が何とかしてあげよう

えり
 ――本当に?どうやって?

一手
 ――本当だよ。このページへ行ってごらん?


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それから、その女の子には二度と木曜日が来る事はなくなりましたとさ…か」 
 雫はモニタに向かって小さく呟くと、くるりと向き直った。モニタに映し出されているのは、あるチャットのログである。
「この女の子、雫の知り合いなんだ…英里(えり)ちゃんっていうんだけど」
 めずらしく、雫の顔は暗く沈んでいる。
「木曜日にあったことは全部忘れてしまうみたいなの。学校の宿題も、友達との映画の約束も、全部」
 そう言って雫は少し俯いた。

 金曜日に英里が、『昨日ね』と話し出すのは水曜日の事。
 反対に級友に『木曜日』の話をされても首を捻るばかり。
『私には木曜日が来ないの』
 ――そう、真顔で言うという。
 では。
 木曜に学校に通って来る英里は一体誰なのだろうか?

 チャットのログに残されている『一手』が案内していたアドレスにも、今では何も置かれていない。
「本当にどうしちゃったのかな…。どうしたらいいと思う?」
 原因はきっとこのチャットなんだけど…。雫は溜め息を吐いた。

*

 土曜日の午後。ネットカフェからガラス越しに街が見える。道行く人達は皆真冬の装いで、ほんのりと暖かい、寒さの弛んだ今日には少しだけ相応しく無い。昨日までがとても寒かったから咄嗟の切り替えが出来ないのだろうか。それとも今が1月だからだろうか。
 日本人は季節を着る。夏であればどんなに肌寒い日にも夏らしい格好を。冬であればやはり冬らしく。
 …外国人の目には奇異に映るらしいけれど。
 窓の外を見遣りながらぼんやりとそんなことを考えていたシュライン・エマ(・)は、ふと漂った香りに後ろを振り返った。そこには和服姿の女性が立っていた。
「あら、こんにちわ」
「こんにちわ」
 シュラインに相手の女性もにっこりと笑み、礼を返す。常葉の着物がその瞳の碧に呼応するように金の髪に映える。草壁・さくら(くさかべ・)であった。
「急に振り返られるので、びっくりいたしましたわ」
 さくらは言ってふうわりと微笑んだ。
「いえ、さくらかしら?何か良い香りがしたものだから…」
「香り…」
 さくらは少しだけ首を傾げると思い付いたように、にっこりと微笑んだ。
「それなら私かもしれませんね」
 そう言ってさくらは右手を、何か宙から受け取るように広げた。その手の動きに乗せて、シュラインの言う香りが、ふとその場にまた漂った。
「ん。そうそうこの香り。何と言ったかしらね…」
「伽羅ですわ。ここへ来る前に伽羅の数珠を扱っておりましたから、布越しに香りが移ったのでしょうね」
「伽羅か。香木ね」
「ええ」
 伽羅の香木に数珠と聞いて、シュラインはさくらが居る骨董屋、櫻月堂を思い出した。
「とても良い品で。そうですね、また一度御覧になってくださいな」
 シュラインの興味深げな眼差しに、さくらはそう勧めた。
「とても良い品、ね」
 目利きの店主が良いと言うからには、相当に値も良いだろうことが伺い知れる。
「本当に見るだけになりそうだわ」
 言うと、さくらに向かって苦笑した。その本意を悟ってか悟らいでか、さくらも笑みを返した。
「ところで、例の件なのですが…」
 さくらは表情をあらためると、シュラインを見つめた。今この時間にここに居るということはシュラインも、雫の、英里の為にここに居るのだろう。シュラインはさくらの言葉に軽くうなづくと、壁にかかった時計を確認する。もう間もなく午後3時である。
「そろそろ予定の時間よね。…多分あの子達もそうじゃないかしら」
 少し離れた位置に高校生くらいの三人組が見えた。





* +


 新堂・朔(しんどう・さく)は椅子に座っていた。朔が軽く見上げる視線の先には掛け時計が3時を報せている。
 ――土曜日って今日だよね…。
 雫の書き込みを見てここまで来てはみたものの、肝心の雫の姿が見当たらないのだ。朔は座ったまま左手に抱えた弓を所在無げに揺らしている。
 ――弓も樹に預けてから来ればよかったかなあ。
 朔は自分の背よりも高いその弓を見上げて首を傾げた。
 この時間帯には珍しく、ネットカフェには人もまばらであった。朔はぐるりと辺りを見回した。
「…よし、…よし」
 朔の斜後ろで、青い髪の高校生くらいの男子がモニタに向かっているのが見える。瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)であった。高校生ならもしかしたら関係者かもしれないな、と朔はそのモニタを覗き込んだ。
「何これ?」
 モニタには碁盤の目が広がっていた。青い髪の彼は、そのマス目の一マス一マスを素早く右手のマウスを操りクリックしていく。クリックされたマス目は凹み、数字が現れて行く。なんだかよくわからないが朔はその動きをじっと見守った。
「よし、100秒切ったな」
 しばらくすると彼はマウスから手を離した。
「キミ、今何やってたの?」
「これは、何をやっているんですか?」
「あん?」 
「え?」
 隼は自分の両側から、朔は隼の向こう側から、それぞれ聞こえた声に反応した。朔が声のした方を見ると、黒髪の女の子が立っていた。
 きれーな子だなあ…。
 漆黒の髪とは対照的に肌の色がぬけるように白く、すらりと背は高い。どちらかと言うと「かわいい」分類に属する朔は少し憧れの眼差しをその少女に向けた。
「あの、もしかして二人とも雫ちゃんのお手伝い、かな?」
 軽く首を傾げると、朔はそう話し掛けた。
「はい。ええと、あなたも…、あの、お名前をよろしいですか?」
「あ!そうだね。あたしは新堂・朔。キミ達は?」
「私は崗・鞠(おか・まり)と申します」
 言って鞠は目を閉じて軽く礼を返した。
「鞠ちゃんね!よろしく」
 朔は鞠に向かってにっこりと笑った。
「で、キミは?」
 唐突に朔のその大きな瞳に見つめられて、隼は所在無げに目線をそらした。
「隼。瀬水月・隼だ」
「隼かー。なんかカッコ良い、ぽいよね?あ、名前がだよ?」
 朔の笑顔につられるように鞠も微笑んだ。隼は椅子に座ったまま、そんな二人に目を細めた。
「あんたらも、例の『木曜日』か」
「ええ」
 その時、うなづいた鞠の横で声が上がった。
「やっぱりそうね」
 草間興信所の事務員、シュライン・エマ(・)だった。
「こんにちは、初めまして。そちらのお二人はお久しぶり、かしら?」
 鞠と隼の姿を見つけてシュラインが微笑んだ。
 シュラインから少し下がった位置にもう一人、柔和な笑みを浮かべて和装の女性が立っていた。
「はじめまして、草壁・さくら(くさかべ・)と申します」
 さくらが深くお辞儀をすると、そこに居た3人も軽く礼を返した。
「割と人が集まったわね…五人か」
 シュラインはその場に居る皆を見渡した。見知った顔が多いのには苦笑してしまう。尤もシュラインの人脈が広い、ということもあるのかもしれない。
「それで、肝心の雫さんはどちらなのでしょうか?」
 ここにもどうやら姿は見えない。さくらは小首を傾げた。
「データをまとめて来る、とおっしゃっていました」
 鞠が雫との会話を皆に説明した。
 もう3時を少し過ぎている。雫を待つまでの間、その場はなんだか自己紹介大会になってしまった。


* + *

「おまたせー。遅くなってごめんね」
 雫が何枚かのメモを持って皆の前に現れたのは3時を15分程過ぎたころだった。一応鞠の方から、いくばくかの事情説明があったので皆あまり気にはしていないようだった。
 カウンタの近くに椅子をぐるりと並べ、雫を囲むように皆座った。近くのテーブルに雫からのお詫びとお礼の飲み物が置かれていた。
「早速、質疑応答だな」
 隼は手にしていた熱いコーヒーの入ったカップを置くと口を開いた。
 そんな隼の声に促されるように最初に口を開いたのは鞠だった。両手で新しく煎れた紅茶の入ったカップを挟むように持っている。
「木曜日の英里さんが他の日とどう違うのか…、何か雫さんが気付かれた事はありますか?ほんの些細なことでも構いません」
「気付いた事、かあ…んんー?」
 雫は言って、何か考えているのだろう。そのまま顔をふせると目を瞑った。その隣の席で、朔も片手を顎に付けて考える。
「木曜日の英里ちゃんって、英里ちゃん本人なのかな…」
「どういうことでしょう?」
 朔の言葉にさくらが聞き返す。
「うん。英里ちゃんB、みたいな別人が英里ちゃんになりかわっている…とか」
「うーん。姿形は英里ちゃんとどこも変わらない、と思うの」
 顔を上げると鞠と朔と視線を交わして、雫はそう言った。
「そっくりのご姉妹とか、双子さんである事はありませんよね?」
 さくらも思い付くままに聞いてみる。
「うん。英里ちゃんは一人っ子だったと思う」
「もし木曜の英里ちゃんが英里ちゃん本人なら…何らかの方法で木曜日の記憶だけ消され続てるってことだよね…」
 そんな考えに至り、朔の声のトーンが下がる。
「催眠術…」
 朔の言葉にシュラインが真剣な面持ちで呟いた。
「例のチャットから英里さんがどんなページへ案内されたのかはわからないけれど…、木曜を忘れるという暗示を与えられているのじゃないかしら…」
 シュラインの言葉に隼が目線を上げる。
「暗示か…」
「私は、この一件は単に悪意から生まれたものではない気がします…。どうでしょうか」
 さくらはそう言って雫を見た。
「うん。…雫は、分からないの。確かに英里ちゃんは何も困ってないし、反対に木曜日が無くなって嬉しそうなくらいだし…。困るのはむしろ雫達の方で。…だから、もしかして余計なお世話なのかなって思ったりもするんだ…」
 雫がそう言うのを聞いて朔は奥歯を噛んだ。
「余計なお世話なんて、そんなことないよ。この先の嫌なこと全部避けて通れる筈もないんだし」
 朔の言葉に鞠もうなづいた。
「私も、朔さんと同じ意見です。木曜が消えるということは、嫌な事と一緒にその日に起こる楽しいことも全て消えてしまうということですから」
「そうね。木曜日にもしも英里さんの人生にとって重要な出来事があったとしても、それを知らないまま過ごす事にもなるわ」
 シュラインも静かに続けた。
「そうか、そうだよね」
 励ましてもらったようで、雫は皆に向かって少し微笑んだ。

 迷いを振り切った雫を確認すると隼は話を戻した。
「で、原因は例のチャットから案内されたサイトにあるとして、問題はどうやってそのサイトに行ってみるか、だが」
「一手さんがチャットにあらわれるというのなら、同じような書き込みをするのはだめでしょうか?私も、木曜日が嫌いだ、と」
「子供騙しのような手だが、接触の手立てはそれくらいか…」
 さくらの案に鞠が眉根を寄せる。
「危なく、ありませんか?」
「まあ、あんまりヤバそうならすぐに引き返すが」
 話を聞いていたシュラインが、ふと思い付いたように口を開いた。
「その、チャットのログや消えたサイトのアドレスからなにか手繰れないのかしら?」
「…駄目なんだ」
 隼がシュラインの言葉を聞き、首を振る。
「チャットに残されていたサイトのドメインは『帯刀』のものだった」
「企業ね」
「それも『大』が付く、な」
 帯刀と言えば世界のtaitoとも言われる一部上場の大企業である。
「まさかそこの社員が…」
 朔の言葉に隼はもう一度首を振る。
「違うな。どういう方法かで『一手』は帯刀にそのサイトを作ったんだろう」
「どうして、そう言い切れるのですか?」
 鞠が黒い瞳で隼を見つめる。
「サイトだけなら、俺も『帯刀の関係者』だと、そう思ったさ」
 言って、隼は雫に視線を向けた。
「さっき、みんなが来る前にチャットのログを辿ってもらってたの。無料のレンタルチャットで解析機能がなかったから隼君にお願いして」
「利用者のIPはitte.go.jpから発行された物だ。もともと政府内に有った物なのか、どこをどう経由して開設したのかは分からないが。まあ実際に両方の関係者だという線もないわけじゃないんだろうがな…」
「…一体、何者なのかしら」
 シュラインは隼の言葉に表情を堅くした。
「とりあえず、今は英里さんの事が優先ですわね」
 シュラインの表情に気付いたさくらがそう言うと、シュラインもうなづいた。
「3時半に、英里さんがこちらへ来て下さるそうです、お話を伺いたいと思いまして」
 鞠が静かにそう言った。
「あたしも英里ちゃんと話してみたいなあ」
「そうね、私も」
 朔とシュラインも英里との会見を望んだ。
「俺はさっきの方法で『一手』の奴に接触できないかやってみよう」
 実際には自室でやるほうが遥かに効率が良いのだが。好奇心旺盛な同居人に見つかったら何を言われるか。いや、何をされるか、である。
「では、私も手伝いますわ。お邪魔でなければ、ですが」
 隼はさくらの言葉に軽くうなづいた。
「いや、暗示の類いだとヤバいからな…。誰か傍にいてくれたほうが助かる」
「はい」
 そんなやり取りの中、カフェのドアが開くのに気付いた朔が目を遣ると女の子が一人、中へ入ってくる所だった。


* + * +

 隼とさくらは雫に案内されて少し奥まったテーブルに着いた。
「一番速いやつはこれか?」
「うん」
 雫がうなづく横で、その席がいつもシュラインの指定席であることに気付き、さくらが少し笑んだ。
 チャットへは雫のHPから飛ぶ。というか、雫の管理するチャットなのだ。
「ハンドルか…」
 隼はキーボードで『せみ』と入力するとそのまま入室した。その場には3人程の参加者が居た。とりあえず無難に挨拶から始める。
 さくらは隼の少し斜後ろからその様子をしっかりと見守って居た。もしも…もしも何かがあった時には力を行使できるように。
「そういえば…」
 隼は目線はモニタに預けたまま、雫に話し掛けた。
「チャットに一緒に居てたっていう『ひとみ』ってやつはどうなんだろう?」
「え?」
「そいつは、無事なのか?」
 隼の言葉にさくらもはっとした。
「瞳ちゃんも雫の知り合いだよ。話を聞いてみたんけど、怪しい気がしたから『一手』の案内したサイトには行かなかったんだって」
「瞳さんには…」
「うん。なにも起こって無いよ」
 雫はさくらを見つめた。
「じゃあやっぱりそのサイト自体が怪しいのか…。よし、そろそろ行ってみるか。『一手』のやつが上手く接触してくれるといいが…」
 隼はキーを叩く。

せみ
 ――ところで、ちょっと人に聞いたんですが「えり」という人がここで会った「一手」って人に木曜日を無くしてもらったらしいですね。

 その隼の普段の口調からは想像できない丁寧な文面に、雫は思わず笑みを零した。
「笑うな」
 隼が注意する。

せみ 
 ――知りませんか?残念だな。

 参加者の反応は無い。あの場に居たのが英里と瞳だけだったのだから当然と言えば当然かもしれないが。

せみ
 ――私も、木曜日は憂鬱なんです。えりさんが羨ましい。

 隼が続けてそう書き込んだ時だった。
「あ!」
 モニタを横から覗いていたさくらが声を上げた。


---”一手”さんが入室しました---

一手 
 ――こんにちは


「あっさりかかったな…」
 こちらの運が良いのか、それとも罠なのか。しかし、かかったからには逃す訳にはいかない。隼は唾を飲んだ。参加者が次々と挨拶を返して行く中、『せみ』もとりあえず同じように挨拶を返した。


一手 
 ――ところでさっきから見ていたんだが、君もそんなに木曜日が嫌いなのかい?

せみ
 ――ええ。えりさんがとても羨ましいですね。

 隼はもちろん、さくらも雫も固唾を飲んで成りゆきを見守った。『せみ』のその書き込みの後、なかなか返事が返ってこなかった。
 あまりに見え透いていたか…。
 作戦の失敗を隼が覚悟しようかという頃だった。

一手
 ――このページへ行ってごらん。君の希望を叶えられるかもしれない。

 一手はそう書き込むと続けてアドレスを提示し、そして退室した。


「あんた、えーと」
「さくらです」
「さくらさん、そっちのPCからも一緒にこのリンクを辿って見て貰えないか?」
「分かりました」
 さくらはうなづくとPCを起ち上げる。隼はその間にリンクをクリックし、一手が示すページへと飛んだ。

-----
 別のページへジャンプしようとしています
 画面が変わらない時は下記のURLをクリックして下さい。

 http://www.fujiwara-e.co.jp/itte/
-----

「今度は富士原電気か…たらいまわしにする気か?くそ」
 掲示されたドメインを見て隼が呟いた。あくまでこちらは指示に従うしかない。
 隼が呟く間に画面は自動的に次のサイトへと移る。移った先からはまた別のサイトへと、ぐるぐると旅をさせられる。末尾が『jp』とあることから日本のどこかのサーバであることは確かだが、企業から研究機関まで様々な所を転々と移って行く。次々と切り替わる画面に何をすることもできず眺めていた隼の耳にさくらの声が聞こえた。
「隼さん、だめです。何もありません」
 隼がさくらの前のモニタに目を遣ると、そこには『Not Found』の文字があった。
「やけに手際がいいじゃないか」
「ええ」
 そう返事してさくらは目を閉じる。隼の通過を確認してすぐに削除したのだろうか。その手際があまりにも良すぎるのだ。
「…これから、何が起こるのでしょうか」
 さくらは再び隼の傍に着いた。
「さあな…」
 そう答えることしかできなかった。

 何十回という移動をくり返し、ようやくあるサイトで移転は終了した。

 ●必要事項を入力してください。
 
 隼は振り返るとさくらを見た。ここまで来れたのだ。引き返す訳にはいかない。さくらは隼に向かってうなづき返した。
「正直に入力するほうが良いのでしょうか?」
「正直に、って言うほどのモンじゃないけどな」
 そこにあるのは簡単な質問が20程。例えば『普段親しい人からは何と呼ばれていますか?』だの『年令は?』だの『好きな色は?』だのといった具合だった。
 特に個人を特定できる項目はないな。
 隼は偽ることなく、項目を埋めて行った。
 『OK』をクリックするとしばらくして画面が切り替わった。


 ●これから先は音声が案内します。周囲の環境を確認し、必要ならばヘッドフォンを着用してください。準備が出来たら『OK』をクリックしてください。

 
 さくらはその記述に目を細め、シュラインの言っていた『催眠術』という言葉を思い出す。
「見るからに危険、ではないですか?なんでしたらもう、ここで…」
「毒喰らわばってな。とにかく向こうが何をするのかまでは見届けたい」
 心配そうなさくらに隼は平気な顔を見せた。
「音は、大丈夫か?」
「うん…ヘッドホンはどうしよう?」
 雫が隼に聞き返す。
「やめましょう。危険が大きすぎます」
 さくらが代わりに首を振った。
「でも、もしも呪詛なんてのが流れた時は俺達3人、いや今ここにいる全員が危ないかもしれないぜ?」
「いいえ、あなたが何を聞かれているのかが分からなければ、私は傍に居て何も手出しできません。もしもの時は電源を落とす事もできましょう」
「そうか。そうだな」
 さくらのその真剣な表情に押されるように隼もうなづいた。
「念のため、音は小さくね」
「ああ」
 雫にうなづくと隼は『OK』をクリックした。


 カリカリとハードディスクが音を立てる。何かをダウンロードしているようだ。
「嫌な感じがしますね…」
 その音に、さくらは思わずそう呟いた。
 やがて音が止むと、別ウインドウで何かのプログラムが立ち上がり、スピーカから声がした。
「ようこそ」
 男性とも女性ともつかない、中性的な声が流れる。モニタはただ鮮やかに白いままである。
「まずはマウスのポインタを右下の円に合わせてください」
 その声が止むと、白い画面の右隅に黒く塗りつぶした直径5cmほどの円が出来た。隼はマウスを操作すると言う通りにした。
「準備ができたらワンクリックしてください…はい。結構です。これから私が行う質問に対して『はい』ならば一度だけクリック。『いいえ』ならばダブルクリックで答えてください。『わからない』時には何も行わなくて結構です。では、準備がよろしければクリックしてください」
 隼は一度クリックした。
「あなたは、はやぶさですね?」
 『はい』
「あなたは男性ですね?」
『はい』
 それらの質問が先に入力した情報であることにさくらは気付いた。でもこれは一体何をしているのだろうか?質問はしばらく続き、その間に同じ質問が何度となくくり返された。
 そして隼も、周りに居る者もいい加減その問答に飽きてきたころだった。
「今、あなたの周りに人は居ますか?」
 唐突に、今までとは毛色の違う質問が飛び出した。
『いいえ』
 隼はダブルクリックで答えた。
「もういちど質問します。今、あなたの周りに人は居ますか?」
 先程とはパターンが違う。このような聞き返しかたはしなかった。さくらの表情が険しくなった。どこかでこれと同じ物がなかったか。当たり前の質問に答えさせて、そのパターンを探る…。
「うそ、発見機…」
 思い当たって隼を見る。
「結構、やばいかもな」
 モニタを見つめたまま、隼はそう答えた。
 警戒すべきだったのだろう。単調な質問をくり返し、その反応速度が計測されていたのに違い無い。今まで淀み無く質問に答えてきたのだ。考えてから答えるのとでは反応の仕方はやはり異なってくる。脳波や体温まで測定されていないのが救いだろうか。
「もういちど質問します。今、あなたの周りに人は居ますか?」
 もう一度、隼はダブルクリックで返した。なるべく自然な解答の仕方になるように。
 カリカリとまた嫌な音がする。
「ヘッドフォンを装着、又は静かな環境ですか?」
『はい』
「これから、プログラムを開始します。最初に、次の質問に全て『はい』で答えて下さい。よろしいですか?」
『はい』
「あなたはこの声が好きですか?」
『はい』
「あなたはこの声が好きですか?」
『はい』
「あなたはこの声が好きですか?」
『はい』
「あなたはこの声が好きですか?」
『はい』
「あなたはこの声が好きですか?」
『はい』
「それではこれから始まる音に従って目蓋を閉じたり開いたりして下さい」

「ちっ」
 隼はその説明を聞いて舌打ちした。
 さくらもそして思わず目を瞑った。心臓が冷たくなる。「この声が好きですか?」という質問は今五種類の声で行われたが、最後の説明はその中の4番目の声で行われたのだ。
「隼さん…」
「ああ。俺が良いと思った声だ」
 その用意周到さに、溜め息が出た。催眠誘導において対象にとって耳障りの良い声を準備する。今このサイトは何に繋がっているのだろう。
「プログラムを開始します。これから始まる音に従って目蓋を閉じたり開いたりして下さい。途中いくつかの質問が行われますが、同じようにクリックで答えて下さい。それでは準備がよろしければクリックしてください」
 隼は少し考えるとクリックした。
 ポン、ポンと単調な音がくり返される。画面はいつのまにか黒く塗りつぶされていた。
 指示された通り、音に合わせて隼は目蓋を動かした。ちょうど秒針の速度くらいだろうか、ゆっくりと規則正しく。そしてごく単調に。
 それが3分ほど続けられた頃、質問が行われた。
「目蓋が疲れてきませんか?」
『はい』
「大丈夫なようですね。そのまま続けましょう」
 そうして、やはり3分程経った頃同じ質問がくり返された。
「目蓋が疲れてきませんか?」
『はい』
 隼がそう答えると今度はポンポンと鳴る速度が緩やかになった。その音量もやや絞られたようだ。
「目蓋が重いなら、もう閉じてしまいましょう」
 囁くように、ゆっくりと声が聞こえる。隼は言われるまま目を瞑る。
「あなたの意識は暗い穴へと降りて行きます、ゆっくりと…」

「さくらさん…!」
 雫はさくらの方へ向き直った。さくらは雫にむかってうなづくと隼へ近付きその頬を打った。
「はっ!」
 驚いたように隼の体が跳ねた。浅く眠りの入り口に居たのだ。目を見開いた隼にさくらは首を振った。
「これ以上は危険です」
 打たれた頬をさすりながら隼はうなづいた。
「ああ、助かった。これは催眠暗示、だな」
「ええ…。英里さんにどういった暗示が掛けられたのかはわかりませんが」
「…どうやってそれを知るのか、か」
 立ち上がった隼がその暗い画面を見下ろすと『ERROR』の文字が赤く点っていた。




* + * + *

 とりあえず僅かながらも手がかりを掴んだ隼とさくら、そして雫は先程まで話していたテーブルに戻って来た。
「英里ちゃん、もう帰っちゃったんだ?」
 その場に3人しかいないことに気付いた雫が朔に声をかけた。
「宿題が、あるんだって」
 朔は少しむくれたような表情で両手で頬杖をついた。
「首尾は、とお聞きしたい所ですが…」
 シュラインの表情から、英里との会見があまり上手く行かなかった事を悟ったさくらが語尾を濁す。
「おおまかに概要が分かった、くらいかしら」
「概要、か」
 隼は空いていた椅子を引くとそのままそこに座った。
「ええ。英里さんは、水曜の晩眠って目を覚ますと金曜の朝だと、そうおっしゃっていました。」
 鞠がシュラインの後を続けた。
「そうですか」
 さくらと雫も椅子に腰掛けた。
「ただちょっと、おかしかったよね」
「おかしい?」
 朔の言葉に隼が聞き返す。
「木曜日の英里ちゃんが例えば部屋の物を動かしていたら、当然水曜の英里ちゃんは金曜日に起きた時にびっくりすると思うの。例えば鞄とか。『あれ?寝る前にはここに置いておいたのに』って。あたしなら絶対に不思議に思うと思う」
「そうですね」
 さくらは朔の言葉にうなづいた。
「学校にも行ってるよね?」
「うん」
 雫が返事を返す。
「だったらもっと、金曜日に学校のノートとか見ても不思議に思う筈でしょ?『ここ、習ったっけ?』って。そういうのは全然ないの」
「英里さんが本当に『木曜が無くなった』と信じているなら、ね?」
 シュラインにそう言われると朔はうんうん、とうなづいた。
「英里さんは木曜が消えてしまってはいないことを知っていると思います」
 鞠は冷めてしまったカップを手に取った。
「私の質問に、―水曜から金曜日に飛ぶ間に違和感を感じないかと言う質問に『だって』と、そうおっしゃられましたから」
 そう言うと、冷めて渋みの出たお茶を一口含んだ。
「ところで、そっちこそ首尾はどうだったの?」
 さくらを振り返るとシュラインはそう聞いた。
「一手さんには、少しだけ接触できました。それからチャットにあったサイトで何が行われようとしたのかも、その方法だけですけど」
「え?何、何?」
 朔が少しだけ身を乗り出すように、体を起こす。
「そっちの姐さんがビンゴだ」
 隼はシュラインに視線を遣った。
「PCを介する催眠暗示ってとこだな」
「PCを介する…そんな事ができるんですね…」
「端から疑っている奴に100%効くとは言えないが、少なくとも藁をもすがる思いで案内されてきた奴には、効きやすいんじゃねえかな」
 さくらも隼の言葉にうなづくと口を開いた。
「隼さんも良い線まで行きましたものね」
「ば!余計な事は言わなくてもいいんだよ」
 隼の頬がほんのりと赤く染まる。
「そうなんだ」
 朔の目が笑っている。
「ちっ。それくらい真剣だったんだよ。それに真剣にやらないと先に進めないように出来ていた、と思うぜ」
 隼は『ERROR』の文字を思い出した。
「そうでしたね」
 さくらも先程の流れを思い起こした。シュラインは呟く。
「暗示、か」
「ただ、暗示の内容までは分からないのです」
 さくらが言う。
「木曜日一日の出来事は全部忘れてしまうように…かしら」
「でもそれだと、木曜日の英里ちゃんは英里ちゃんだよね?」
 朔が聞き返す。
「そうよね…」
「あの、いいですか?」
 それまで何かを考えるように黙っていた鞠が口を開いた。
「ええ」
「英里さんは何故、『木曜が来ない』と言うのでしょうか?」
「…どういうことだ?」
「『木曜が来ない』ということが英里さんの本当の望みで、暗示によって記憶を消されているとして」
 鞠は言葉を切る。
「『木曜が来ない』と、人にそう言うものでしょうか?」
「記憶を消されている、ということを知らないのかも知れないだろう?」
 そう言う隼に朔が首を振る。
「違う。知っていたんだよね?記憶がどうかとかは置いておいて、本当には木曜日が消えていない、と言う事を」
 鞠がうなづく。
「その上で『木曜が来ない』と言われるのが、私には納得がいきません。ただ木曜日が消えることが望みなのならば、私なら人には黙っています。約束を忘れてしまうというようなことも、ごまかしきれないことはないと思います」
 その場に沈黙が訪れる。しばらくして、シュラインが顔を上げた。
「木曜日が実際には消えていない事をを知っていてそう言うなら…、そう、例えばそれは主張ね」
「主張?」
 朔が首を傾げる。
「『木曜日の私は英里ではない』、もしくは『木曜日の私の行動には関知しない、責任を持たない』」
「あ」
「とにかく木曜日の英里さんにも会ってみないと何とも言えけれど。…あと、親御さんは何か感じているのかしら?」
  



* + * + * + *

 再び、土曜日の午後3時。天気は晴れ。場所はもちろんネットカフェ。
 雫を含めた5人は英里の為に再び集まっていた。
「結局、木曜の英里はその優里って奴だったのか?」
「はい」
 隼の質問に鞠がうなづいた。
「なんか要領を得ないな。それだと一手はどう関わってくることになるんだ?そもそも優里って誰なんだよ」
「隼君、木曜日に来ないからだよ」
 朔が人さし指を立てて軽く笑った。
「いつもいつも暇な訳じゃねんだよ…バイトも有るし」
「え?バイトなんてやってるんだ?何?何のバイト?」
「黙秘」
「ちぇっ。けちだなあ」
「知るか」
「私も、木曜日はすみませんでした」
 さくらが横から頭を下げた。
「あ、だってさくらさんはお店があるんだもの。仕方ないですよ」
 朔は右手を振りながらそう言った。
「あの…お話を元に戻して構いませんか?」
 鞠が微笑みながらもそう言った。
「お二人に改めてお聞きしますが、暗示は確実に行われたと思われますか?」
 鞠は隼、さくらへと視線を遣った
「おそらく…な」
「ええ」
 隼とさくらはうなづいた。
「何をどうされたのかは分からないが、少なくとも『木曜が無くなる』きっかけにはなっている筈だし、事実そうだろう?」
「そうですね…」
 鞠は考え込んだ。
「何故『優里さん』が出てくるのでしょう」
「木曜日を無くす、という暗示では無く、例えば別の人格である優里さんに木曜日を代わって過ごしてもらう、というのはどうでしょう?」
 さくらが提案する。暗示によって木曜日を過ごす為の人格が作られているとしたら。
「ありそうな線だな。しかし、そもそも何がそんなに嫌なんだろうな」
 隼は背もたれに体重をかけると首を回した。
「ピアノ、が関係あるみたい」
 背から聞こえた声に隼が振り返るとそこにはシュラインが立っていた。
「遅くなったわね。ごめんなさい」



「これが、預かった手紙です」
 朔が鞄から紙片を取り出した。鞠と朔が預かった手紙。ルーズリーフに青いペンで書かれている。木曜の彼女、優里が英里へと宛てた手紙である。
「シュラインさんにアドバイスを貰っておいてよかった」
 朔が笑った。
 木曜の英里が別人ならば、英里とその木曜の英里とで手紙を介して意思疎通できないかと提案したのはシュラインだったのだ。
「役に立ってよかったわ」
 シュラインが笑む。
「こっちは、これ。優里さんよ」
 シュラインは鞄から一枚の写真を取り出した。
「優里って実在する奴なのか」
 暗示で作られた人格だとばかり思っていた隼は少し驚いた。
「ええ、英里さんの実のお姉さんね。年は10離れていて、ちょうど10年前、14歳の時に交通事故で亡くなられているわ」
 シュラインは言うとその写真をさくらに預けた。
「写真をさらに写真に撮ったものだから見難いかもしれないわね」
「いえ。でも姉妹で良く似ていらっしゃいますわね」
 さくらがシュラインから受け取った写真には優里が笑っていた。その髪の長さの違いがなかったら英里だと言っても通るだろう。
「これはどうしたんですか?」
「もちろん、盗み撮りよ。木曜日、英里さんの家にお邪魔した帰りにお母さまに写真を見せていただいたから」
 シュラインは言って鞠に笑った。
「まさかスクールカウンセラーが盗んで来る訳にもいかないでしょ」
「そう名乗って行ったのか?」
 隼が驚いた声を出した。
「いけなかったかしら?できるだけ詳しく話を聞きたかったのよ。興信所所員じゃいかにも怪しいし」
「いや、良い度胸だよ」
 言うと頬杖をついて、隼は苦笑した。
「で、結局は嫌なピアノを、ピアノ好きだった姉貴を作って、押し付けてたってことか?」
「押し付けた、というより譲った、という所ね」
 シュラインの返事に隼は良く分からない、といった顔をした。


 
「背格好は英里さんくらいでよろしいでしょうか?」
 さくらが写真に目を遣ったまま、訪ねる。
「多分そんなに違わないんじゃないかな?」
 憶測だが、朔はそう答えた。
「こうかしら…」
 さくらは力を行使し、優里の幻を創り上げる。
「英里ちゃんより髪が長いんだね」
 雫が呟いた。
「声は英里ちゃんと同じで良いかしら?」
 シュラインはその声帯模写という特異な能力で英里の声を創る。
「うわーすごいすごい」
 朔は喜ぶと手を合わせた。鞠がその様子を見て微笑んだ。
「声までは分からないですものね」
 さくらが微笑した。
「でもまあ、同じ声ってのも英里にとってインパクトがあって良いと思うぜ?」
「そうですね」
 隼の意見に鞠も同意した。
「朔さんも頑張ってくださいね」
「そう」
「うん」
 鞠と隼に言われてうなづくと、母親の形見であるラピスラズリにそっと手を触れ朔は目を閉じた。
 上手く、英里ちゃんを救えますように。




 打ち合わせが済んだころ、雫によってカフェの奥まった所へ英里は案内された。
「あれ?」
 英里と目があった鞠が軽く会釈した。
「私に会わせたい人って、またこの人達?」
 英里がそう言った時に、少し奥から英里の声が聞こえて来た。
「英里」
 驚いた英里が声を辿ると、その先には写真で見た優里が座っていた。
 シュラインは続けて手紙を読みあげた。
「私はあの日の選択を後悔してはいない。私の事は気にせず、あなたはあなたの人生を生きて。ピアノもできれば続けてね。英里のノクターン、聞きたいな」
 手紙はそれだけだった。それだけを伝え終えるとさくらの創った幻はすっと姿を消した。
「どういう意味だ?」
「しっ」
 隼に話し掛けられた鞠が人指し指をそっと立てる。

 ――鞠の隣では英里が涙をこぼしていた。


「英里ちゃん…あなたにかけられた木曜日の暗示を解くね」
 朔が静かに優しくそう言うと、英里は目を閉じてうなづいた。
「カナン…カナン…力を貸して…」
 朔はラピスラズリを握り締めながら、そっと呟いた。
 光と共に現れた天使が英里を優しく抱くと英里はそのまま椅子に崩れ落ちた。


* + * + * + *

「ふう」
 カナンが還ると朔は思わず息を吐いた。
「朔さん…」
「上手く行ったみたい」
 朔はそういうと鞠に向かって微笑んだ。


* + * + * + * +


 英里が帰った後、一同は英里を送っていった雫から事情を聞いていた。
「木曜日のね、ピアノが嫌だったんだって」
 雫は言ってホットチョコレートを一口飲んだ。
「そんなつまらない理由で…」
 隼はコーヒーのカップを覗きながらそう言った。
「今英里ちゃんが練習しているノクターンは、お姉ちゃんが発表会用に練習していた曲なんだ。先生に練習の度に『お姉ちゃんはこの曲を弾くのを楽しみにしていた』とか『お姉ちゃんが生きていれば』とか『お姉ちゃんの分まで』とか、そういうことを言われるのが嫌だったって」
「そうなのですか…」
 さくらは目を臥せる。
「あと、お姉さんが自分を庇って事故に遭ったという事も、英里さんの負担になっていたのでしょうね」
 シュラインが少し遠くを見ながらそう言った。
「え」
 思い掛けないシュラインの言葉に朔は声を上げた。
「お母様は、知らないだろう、っておっしゃってたけれど、英里さんが当時4歳。微妙な所よね」
「そうだったのですか…」
 鞠は言って目を閉じた。
「木曜日を暗示で死んだ姉貴に譲ったつもりか。まあ、手を貸す人間が居なければそんな事も起こり得なかった訳だが…」
 上手く解決したから良かったものの。結局一手ってやつは何だったんだろう。隼はコーヒーを一口飲んだ。
「でも英里さんは『木曜日は無い』と言う事で、木曜日の自分は別人だって、気付いて欲しかったのですよね」
「何の為にですか?」
 さくらの言葉に鞠が聞き返す。
「そんなことしなくてもいい、って言ってほしかったんじゃないかな…」
 朔が横から答えた。
「矛盾しているけれど。でもそれだけ辛かったんだと思う」
 朔の言葉にシュラインがうなづいた。
「お姉さんもそれで見ていられなかったのでしょうね」
「お姉さん?」
「優里さんよ。手紙を残したでしょう?」
 隼の問いにシュラインが答える。
「ちょっと待ってくれよ。木曜の英里は優里って、それは暗示で創られた人格だったんだろ?」
「そうよ」
「だったらその『お姉さん』ってのは結局英里じゃないのか?」
「いいえ。天国の優里さんよ」
 あまりにもきっぱりとそう言うシュラインに鞠が口を開く。
「何故、そう言い切れるのですか?」
「あなたたち、木曜の5時から英里さんに会ったのよね?」
「はい」
「何時くらいまで?」
「手紙を書いて頂いて、6時頃には分かれました」
「そう。あなたたちが英里さんに会う時間に合わせて、英里さんのお宅にお邪魔したのを憶えてるかしら?そう、英里さんの留守に会う必要があったからよ。その時、お母さんから英里さんは『ピアノ教室に行った』と聞いたので驚いて後で確認しに行ってみたの。私は5時半にピアノ教室で英里さんに会えたわ」
 朔が息を吸い込んだ。
「どうして二人、居たのかしらね」
 シュラインはそう言うと微笑み、暖かい眼差しを天へと向けた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0072 / 瀬水月・隼    / 男 / 15 /
          高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /
      翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0134 / 草壁・さくら   / 女 / 999 /
                骨董屋『櫻月堂』店員】
【0446 / 崗・鞠      / 女 / 16 /
                        無職】
【1232 / 新堂・朔      / 女 / 17 / 
                       高校生】

※整理番号順に並べさせていただきました。


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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。

 PC名で失礼いたします。
 崗さん、新堂さん初めまして。
 瀬水月さん、再びお目にかかれて嬉しく思います。
 シュラインさん、草壁さんいつもありがとうございます。
 皆様この度はご参加ありがとうございました。

 途中で分岐している場面等
 参加されている他の方の文章を読まれると一層分かりやすいかと思います。
 というか、読んで頂かないと分かり難い箇所が多いと思います。
 すみません。

 設定や画像、他の方の依頼等参考に
 勝手に想像を膨らませた所が多々あると思います。
 イメージではないなどの御意見、
 御感想、などありましたらよろしくお願いします。
 
 それではまたお逢いできますことを祈って。

                 トキノ