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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


調査コードネーム:或る捨てられた者の物語
執筆ライター  :戌野足往(あゆきいぬ)
調査組織名   :月刊アトラス編集部
------<オープニング>--------------------------------------
 住宅地の片隅に、古惚けた神社がある。
 朽ちて苔生した鳥居が、最早その神社を奉る者のいない事を静か
に物語る。
 もう、どのくらいの時が経ったのだろうか。
 誰も知らない、誰からも忘れさられた神社。
 止まったまま動かないはずの時が動き始めたのは、一匹の仔犬が
ここに住み着いた時からであった。
 住み着いた?
 いや。

「‥‥‥ごめんね、タロウ。新しいお母さんが犬飼っちゃいけないっ
て。今日で、お別れだよ」


「じゃあ、さよなら。元気で生きるんだよ‥‥‥」

「だめだよ、着いて来るなよ‥‥‥待て! 待てだったら!!」

 主人の命を不安げに受ける黒柴の仔犬は、小さくなっていくその
背中を吠える事無くただ、じっと見つめ続けていた。
 そして、それからの一週間。
 仔犬の可愛らしさに近所の住人が餌をやっても、仔犬は見向きも
せずに一点を見つめている。
 待て、という命令は、何も他にせずに次の主人の命令を待つ事、
なのであるから、それを残していった少年の事をずうっと待ち続け
ていた。
 雨の日も、風の日も、凍てつく風の中で、何をすることも無く。
 そして、一週間後のその日。
 そんな仔犬と少年の事を、たまたま自転車ですれ違って見ていた
主婦がワイドショーに投稿をし、忠犬にまつりあげられた仔犬の周
りには、レポーターと野次馬が人垣を作り始めた。
 見世物にされた仔犬は心底迷惑そうであったが、相変わらず与え
られた餌を食べる事も無く、ただ待ち続けていた。
 連日テレビをにぎわす仔犬のニュース。
 それを見て同情をする人々と、見ても無関心な人々。そんな中に
混じって、人気者にされた仔犬に無意味な敵意を持つ人々もいた。
 そんな騒ぎの中、また、一週間の時が過ぎた。
 冬休みとあって、毎日仔犬の元に通っていた少女が、今日も食べ
ては貰えぬ餌を片手に神社に向かう。
 そして‥‥‥たどり着いたその場所で、少女は絶叫と共に立ち尽
くす。そして、次の瞬間、大粒の涙を浮かべて泣き叫んだ。
 そこにあったのは、焼け爛れ、赤黒い肉を晒す、仔犬の死体であっ
た。既に命の光を失ったその瞳が見つめる先は‥‥‥去って行った
少年の行った道で。

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』

 その日から、周辺で通り魔事件が発生し始める。起きた事件の数
件かは、殺人事件に発展していた。
 そんな情報をまとめていた月刊アトラス編集長碇麗香は部下の三
下忠雄の名を呼んだ。
「この事件、絶対うち向けの事件だわ。他社の連中より早く記事を
あげるのよ。じゃあ、行って来て!」
「えっ‥‥‥通り魔なんて、危ないじゃないですか。死人も出てる
事ですし」
 そんな抗議なんて聞き入れられる訳も無い事は、三下だって分か
り切っている。けれど、いつもボロ雑巾のようにこき使われる毎日
にそんな事の一つも言いたくなる。
「‥‥‥骨は拾ってあげるわ。それより、ここで死にたくないなら
とっとと行ってくる!」
「は、はいっ!!」
 猫から逃げ出す鼠の様なダッシュで編集部のドアをくぐる三下。
 ‥‥‥とは言え、危ない事件っぽいよなあ。また、誰かに助っ人
頼んでみようかな‥‥‥‥‥‥。



[1.罠 ]
 朝靄の中、人影が一つ。
 血に染まる大地は慟哭し、地に落ちた骸は黒く焼け焦げる。
 連日発生する通り魔事件は周辺の住民を恐怖のどん底へと叩き落
していた。
 そんな事件を三下くんは調べるように編集長に仰せ付かる。
 さて、そんな彼が危険を感知し、人伝てやらなんやらでかき集め
た人材は4人。いずれも劣らぬ曲者ぞろいで。
 さて、彼等が事件の真犯人と睨んだ者、それを調査するためにあ
る場所に一行は出向いていた。
「うぅ、さぶぅっ!! 何もこんな早朝に調査を始めなくても。だ
いたい、もう仔犬の死体なんか保健所が持っていった後じゃない」
 こんな朝じゃTVにも映りようがないしっ、なんて考えてる少女
(?)は‥‥‥彼女から貰った名刺には瀬水月咲也と書いてありま
した。
 彼女が言うにはスーパー陰陽師なのだそうで。
 一見、普通の可愛い高校生ですが‥‥‥。
 が、彼女の言葉を聞いて思わず溜息を付いて、三下は首を振る。
「残念ですね、もう片した後ですか」
「何が残念だと言うんだ? まさか写真でも取ろうなんて考えてい
たのではあるまいな」
 聞き咎めて、睨みつけて来た青年は雨宮薫。
 このメンバーの中ではなんと言うか‥‥‥一番まともに頼りにし
ていい人間に見えるのですが。
「えっ、だとしたら最低っ!? 三下さん、そんな事しようと思っ
てあたしたち連れてきたんですか?」
「い、いや‥‥‥」
 思わず口篭ってしまうが、その時。
 茂みの辺りを何か探していた少女が、振り返りこちらに歩いてく
る。
「そんな事はどうでもいいでしょう。クライアントの目的が取材で
ある事は先刻承知のはず。なら、是非もない」
 そう咲也に言ったのは篠宮久実乃。
 どう見ても小学生なのだが、何か異様な雰囲気を漂わせ、普通の
人間ではない事が感じられた。
 多分、僕よりは確実に強いでしょうから‥‥‥でも、こんなに幼
い人だとは知らなかったなぁ。
 そう、心の中で溜息をつく三下くん。
「何か、言ったか?」
「い、いえっ!!! 何も一言も申し上げておりませんっっっ!!」
 そう思った瞬間の久実乃の発言に心臓が口から飛び出すかのよう
な勢いで直立不動でそう答える三下くん。
「そちらは何かあったか?」
 社殿の方を見て回っている黒い長い髪が美しい女性に薫がそう声
を掛ける。
「何も無いな‥‥‥」
 そう答えた彼女の視線は問うた薫とは別の方角をじっと見つめて
て。そんな彼女は霧島樹。
 大変美しい女性なんだけれど、何か近寄り難いと言うか金属のナイ
フのエッジを思わせる人を近づけ難い雰囲気を漂わせている。
「何か、あるの? あはっ、まさか好みの男でもいたあっ??」
 その視線に気付いた咲也がそうはしゃぐが、その先を見てみても誰
もいる様子は無い。
 この少女、こんなもんならまだ可愛い方で、とにかくあった時から
お下品ひゃくぱーで、一同に気まずい雰囲気を漂わせる事、集合から
すでに五、六回と飛ばしまくっている。
「そんな物はどうでもいいが‥‥‥惨殺された現場にしてはあまり悪
い気を感じる事が出来ないな」
 薫がそう呟いてあたりを見渡す。
 それだけここに奉られている者の力が強いと言う事なのか。
 しかし、おかしい。何の力も感じ‥‥‥無さ過ぎる。
「んー、じゃああたしがちょっと調べてみるねっ」
 天然術者である彼女の素養は相当に高く、そしてそれに比例する感
応力を兼ね備えていた。
 集中を始める咲也。そして、霊力の走査が始まる。
「‥‥‥朽ちた門‥‥‥」
 その口から、呟きが漏れた。
 樹も咲也の元に歩み寄ると、一同は次の言葉を待つ。
「朽ちる大地‥‥‥放たれる炎‥‥‥燃える‥‥‥寝台‥‥‥」
 そう言った咲也の髪の毛の先、服のそでなどがちりちり音を立てて
白煙を発し始めた。
「まずいっ!!」
 人差し指と中指を立ててその他の指を握って刀印を作ると、薫は咲
也の双眸の上を切り裂くように横にそれを振る。
 すうっ、と体から力が抜け、咲也はそのまま後ろへ倒れていく。
「大丈夫か?」
 その体を樹が受け止めて顔を覗き込む。どうやら意識を失っている
ようだ。
 それを見た久実乃は辺りをぐるりと見渡すと、スタスタと歩いてい
く。そして戻ってきた彼女の手にはミネラルウォーターのボトルが握
られている。
 おもむろに久実乃はその蓋を開くと、何も言わずにそのボトルを逆
さにする。咲也の顔の上で。
「‥‥‥きゃんっ! なにっ!? つめた、つめたあっ!! 何すん
のよおっ!!」
 
 さて。
 そんな光景を見つめる影が二つ。
 とは言っても、二人の間に関係は無く、別々な位置からそれを見て
いた。
 冬は特に早朝から行動しないと体に悪いので、興味深げなニュース
を調べてみようと歩いていた所、このメンバーを見つけて暇潰しに見
ていたのは青柳冬馬と言う青年で。
「なんか今、体から煙が出ていたようですが‥‥‥」
 季節は冬。
 まだ6時前の街は出勤する人影も疎らで、犬の散歩をする人々が何
度かその道を通っただけで。
 やがて興味を失ったのか、冬馬はそこを離れてぺたぺたどこか歩い
て行く。
 そして、その様子を見ていた後一人の男。
 彼もこの事件のことを独自に調査してみようと考えていたようで、
この場所を調べてみようと思っていたのだが、既に先客があり、こう
して様子を伺っているのであった。
「やれやれ。ここからでは何も感じませんでしたが。調べようと術と
か何かを使うとあのようになってしまうと言う訳ですか」
 取り出そうとしていた式鬼符を苦笑と共にしまう彼は鄭玉星。
 結構な犬好きな彼は、今回の事件に少々心を痛めており、独自に調
べて引き起こした連中に相応の目にあって貰おうとしているのである
が。
 どうも調べてみると、通り魔はある共通性をもった若者を襲ってい
る傾向がある。彼等が事件を引き起こしたのだろうか。
 それにしてもたかが仔犬があのような罠を仕掛ける事が出来るもの
なのだろうか。
 疑問はいくつか浮かんでくるが、取りあえずは先客がおり、わざわ
ざ出て行って彼等と調査を共にする気は無い。
「どこかで暇を潰して、また見に来ますか。どうせ式鬼は一般の方の
方には見えませんしね」
 肩を竦めてその場を去る玉星。
 気付かれてはいないと思いますけれど‥‥‥あの視線は気になりま
す、ね。

[2−1 赤熔神社 ]
 あの後調査するも、手かがリは全く見つからず、その後の調査方針
をまったく決めてくれない三下くんを見捨てて、咲也と久実乃はあの
神社の背景調査をしようと図書館に足を運んでいた。
 最初は久実乃ネットカフェモナスと言う所にあの神社のことをネッ
トで調べるよう携帯で何か話していたが、あのような朽ちた神社のこ
とを調べてデータベースに挙げる奇特な人間もいないらしく、結局分
かったのは赤熔神社、と言う名前だけであった。
 そう言う郷土資料に強いのは図書館、と言う事でこうして訪ねてき
たという訳なのである。
「すみません、赤熔神社について調べているのですが、それに関する
資料はありませんか?」
「赤熔神社ですか? 少々お待ちを」
 意味も無く精一杯可愛い声で語り掛けられて、司書は何か困ったよ
うなうれしいような微妙な笑みを浮かべ、パソコンで検索を始める。
「あー、ありましたけど、これ一般のお客さんは閲覧できない資料な
んですよ。大学関係者‥‥‥じゃ、ないですよねぇ」
 見た目、既に違う二人であった。
 樹がいれば辛うじてそうも見えないことも無いのだろうが、彼女は
野暮用があるとふらりとどこかへ行ってしまっていた。
「あ、あたし大学生なんですっ!! ですから‥‥‥」
「身分証を拝見できますか?」
「う゛っ‥‥‥」
 そんな物あるわけも無く、言葉に詰まる咲也。
 その時、後ろに気配を感じて、体を寄せて受付のところをあける久
実乃。
 すると、緑の髪でカラーコンタクトでもしているのか緑の瞳の女性
が久実乃に一礼をして受付の司書に話し掛ける。
「すみません、"赤熔奉事記"を閲覧したいのですが‥‥‥」
 今、話していた本ゆえ司書も少し驚いた表情をするが、型どおりに
身分証の提示を求める。
 そして彼女は帝東大学の学生証を示すと、司書は書類を出してなに
らの記述を求め‥‥‥そして、受付が終わり、閲覧用の席に彼女は向
かっていく。
 そして、その彼女が司書の所から見えない席に座ったのを確認する
と、二人はその彼女の正面の席に腰を落ち着けた。
「何か?」
 その言葉には他にいくらでも開いているのに、何故にわざわざ自分
の前の席に座るのか、という意味がこめられているのであろう。
「あの、大変申し訳無いんですけど、私達にもその本を見せて貰えな
いでしょうか」
 お願いするだけに少々丁寧な口調の咲也だが、その女性は二人の顔
を見比べて、少々困ったような苦笑をする。
「よろしいですけれど。読めますか?」
 現代の読みやすい本とは違い、製本技術が発達していない時代の物
なのか、縦書きの筆文字が並んでいる。
 所々読めなくも無い。教養が高い人物が書いたのか、かなり綺麗な
筆致に見える。
「読めないようですね‥‥‥って、あはは。なあんてね」
 突然雰囲気ががらりと変わった女性。
「まあ、読めなくて当然でしょうけれど。これは江戸時代の僧が伝承
と起こった事件を取りまとめた本よ」
「起こった事件?」
 伝承、というのはまあ、いろいろ本当の話作り話含めてあるのだろ
うがその時起こった事件となると話は穏やかではない。
「‥‥‥まあ。その辺は自分達で調べなさいな。そうでなければ、ゲ
ームは成立しないもの」
 そう言ってくすくすと笑う女性。その視線は実に挑戦的な光を帯び
ており、久実乃は忌々しげにそれを睨み返した。
「ゲームとは御挨拶ね。一体あなたは何者? 何が目的で私達の前に
現れたの?」
 それを受けても、なおくすくす笑い続ける女性。
「私が誰か? さあ、誰でもいいじゃない。ん‥‥‥最後に一つだけ
教えてあげる。力に力で抗してはそれ以上の力で押さえ込むより他に
法は無いわ。ならばどうすればいい? 後は自分達で考えなさい。死
すべき運命を背負いし者達よ‥‥‥」
 私が‥‥‥と言い始めた直後から、その女性の体は段々とおぼろげ
になって行き、そして言い終った所で何処へか消えて行った。
 後に二人と、赤熔奉事記を残して。

[2−2 交錯する運命 ]
 さて、優柔不断な三下くんと最後まで残ったのは薫だけであった。
 結局何をしようと自分から考える事をしないので、通り魔の犯行の
現場と被害者について調べる事にした。
 カメラマンなどはつけてもらえなかったので、本当に三下くんと薫
だけである。
「ここが3件目の現場です」
 資料を見ながら、道路の中央辺りを指差す三下くん。が、薫はその
指の先の空を刀印で切ってから、その手を押さえた。
「人が死んだ所を指差すんじゃない。いらない物を貰うぞ」
「ひ、ひいいいっ」
 それも、大袈裟過ぎて失礼だ。
 思わず苦笑するが、場の空気は変わっていない。
 苦しみと熱さでそのような事にまで目が行かないのだろうか。
 成仏を祈って祓いを行ってから、その現場の検証を始める。
「何か分かりますか?」
 ではなくお前もなんか考えろ、と言いたくなる調子で聞いて来るが
そんな事に一々構っていたらこの人物とは付き合えない。
 黙って聞き流し、その場所を見る。
 おかしい。
 警察の発表では、ガソリンを掛けられて火を放たれ、殺されたとい
う事であったが、アスファルトがとけて抉れている。
 ガソリンでこのような事になるには人目につかずに個人で携行でき
る量では不可能なはず。
 それに、この場に残る残留霊力は‥‥‥炎の力を持った霊が力を行
使したような焦げ臭い残香がある。
 仔犬の霊がそのような力を持ちうるものだろうか。

 さて。
 そんな疑問を持ちながら現場検証を行う薫たちとは別に、冬馬は地
道な聞き込みで、犬を捨てたと思しき人物の家へと到達していた。
 だが、一番なついていたとされる少年は学校に行っている時間であ
る。この辺の学区だと浅葱南小学校に通っているはずである。
 なら、下校時間辺りに通学路で待ち伏せしますかね。
 ‥‥‥‥‥‥っ。
「何か、聞こえた?」
 妙に耳に引っかかる声に、興味を持った冬馬はそちらのほうに足を
向けてみる。
 そして、そこで見た物は‥‥‥。
「うっ、こ、これは!?」
 蛋白質を焦がした独特の匂いが辺りに漂っていた。
 そして、黒く焼け爛れ、地に伏している男と‥‥‥その場に佇む、
火を持った堂々とした体躯の男。
 その瞳は爛々と赤を帯びて輝き、髪は燃え出しそうな炎の色をして
いた。
 もしや‥‥‥この男が犯人っ!?
 本能的にヤバさを感じるが、もしこの男が仔犬と何か関係があるの
なら、ダッシュで逃げるのも躊躇われる。
 犬は逃げるものを追う習性があるのだ。
『何を見ている。用が無いのならば即刻この場を去れ。あるのならば
早うに申せ!』
 元より、命がヤバいところまで踏み込む気は毛頭ない冬馬はその言
葉に従ってその場を去ろうとするが、放たれる強烈な威圧感に圧倒さ
れているのか、脚が言う事を聞かない!
『ならば、この者と同じ道を辿るか?』
 凶悪な熱さが、冬馬に迫ってきていた‥‥‥‥‥‥。

 何だ‥‥‥この力は‥‥‥?
 現場検証をしていた薫の背をヒリヒリと熱を持って、強烈な熱さを
伴った霊力がどこからか響いてきた。
「何かがいる!?」
「えっ、何かいるんですか??」
 不安げに三下くんはそう尋ねてくるが、集中してその発信源を辿ろ
としていた薫は無言で辺りを探る。
「近いな‥‥‥」
「えっ、えっ、ええっ!?」
 猛然とダッシュを始めた薫の後ろをどたばたついて行く三下くん。
 そして、ついた先には凶悪な熱を持った炎のような物を手に具象化
している男と、その前で立ち尽くす青年であった。
「あんた、何をしている。逃げろっ!」
「あ、ああっ。もちろん逃げます!!」
 我に還ったのか、猛然と走っていく青年。だが、目の前の男はそれ
も攻撃の態勢を解かない。
『あまり長居をするつもりは無い。貴様も去らぬと申さば、この場に
て屠る!』
 足下に転がる死体。この男が犯人かっ!?
 こんな所を通行人に目撃されては面倒なので、隠形符を体に貼り付
け、そして間髪いれずに複雑な印を次々と切る薫。
「碧光招来 霧霞覆衣 玉葉玄君纏衣借身 急急如律令!!」
 彼の知りうる最強の防護呪文玉葉玄君借衣法を唱えると、目の前の
男と対峙する。
 本能は逃げろと言っている。
 だが、かように危険な男を野放しにすることはできない。
 そう、天宮の名に賭けてっ!!

[2−3 時代の影 ]
 とりあえず、神社の周辺の調査は終え、暫く賽銭箱に腰を掛けて何
やら考え込む玉星。
「結界‥‥‥ですか。満足に術が使えなくなってますね。何かを意図
的に隠そうとしているかのようですが‥‥‥」
 それも気になるのは、神社本体には殆ど力を感じる事が出来ず、妙
な事に子犬が殺されたと思われる鳥居の前がそうされているのである。
 何者かがそれをさせぬために事件後に結界を張ったのだろうか。
「さてさて。先程の彼等にそのような様子も無く。と、言うより結界
に絡め取られていたようですが‥‥‥」
 結界を壊す事も出来ようが、さらに何か仕掛けてあると見るのが妥
当だろう。それ程周到な者ならやっているに違いない。
「仔犬にここの神が何かをしたのですかね。それにしては妙に空虚な
感じのする社ですが」
 あまりここにいる事に対する価値を見出せなくなってきたので、玉
星は事件現場を周ってみることにした。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 何気に人気の無い裏路地に入っていく玉星。
 突き当りまで歩を進めたところで振り返る。すると、彼の視線の先
には‥‥‥樹がいた。
「何か御用でしょうか」
「こちらに用は無い。だがおまえがこちらを伺っていたようなのでな。
用件は何か聞きに来たと言う訳だ」
 玉星にしてみれば、別に樹たちを見ていた訳ではなく、あの神社の
様子を伺っていただけなのであるが、そう答えた所で信じてもらえる
かどうかも分からない。
 それに何か、弁解するのも面倒だ。
「答える義務はありませんね」
「義務は確かに無い。だが、権利はある。答えなければ身体に聞く事
になるが、それで構わないか?」
「ふっ‥‥‥身体に、ですか?」
 よもや自分がこのような脅し文句を食らうなど考えていなかった玉
星は思わず苦笑して樹の顔を見る。
「権利、ですか。ならば僕の権利を行使させていただきましょうか!」
 ビビらせたら、退散するだろう。
 そう踏んで出来るだけ奇怪な容姿をした者としようと思う。
「式鬼召喚 窮奇亜血 急急如律令!!」
 そうして現れたのは窮奇と呼ばれる中国の妖で、体躯は牛、虎の脚
を持ち、針鼠のような剛毛で口からよだれをだらだらとたらしている
異様な混合獣で、その性格は劣悪。黒の長髪の女性を頭からバリバリ
食べるのが好きというどうしようもない者であったが、玉星に降伏さ
れてその式鬼として使われている、という訳である。
『ぐへへへへっ、この娘食らっていいのかぁ!?』
「と、申しておりますが、どうされますか?」
 正しくこの化け物の好みの女性な樹であるが。
「ふん。東京も巨大な化け物屋敷に成り果てたようだ。最近この手の
化け物話には事を欠かないな。まあ、そちらがそのつもりならこちら
とて、容赦する必要は無い訳‥‥‥だ!」
 その言葉が終わると同時に玉星に向けられた右手の中指の先から、
銀閃が玉星に向けて放たれる。
「ふざけるなっ!」
 樹の手から放たれたニードルはあやまたず玉星の左肩を貫いたはず
であったが、千々になったのは人形の呪符であった。
「この程度ですか?」
 再び向けられた手に苦笑する玉星。同じ攻撃とは芸の無い、と。
 だが今度は指先ではなく掌を向ける樹。
「し、しまったっ!」
 掌の中央部が丸く開き、強烈なフラッシュライトが玉星に向けて放
たれたのだ。瞬間、視界が真っ白に染まる。
「亜血っ!」
 その声と同時に妖が樹向けて、体当たりをかましてきた。
 予想より段違いに早いスピードで向かってきたそれを、避ける事叶
わずその巨大な体躯の突進を正面から受けてしまう。
 
 ドゴーーーンッッ!

 たまらず板塀に吹き飛ばされる樹。
 派手な音が辺りに響き渡るが、然程のダメージは無いのかすぐに起
き上がろうとする。しかし。
「投了です、お嬢さん」
 苦笑を含んだ終了の宣言をする玉星。
 だが、鋼鉄を貫く亜血の体毛が皮膚に傷一つ付けられないとは‥‥。
この女性も只者ではないと言う事ですか。
「ふっ‥‥‥はははははははっ!!!」
 突如として笑い声をあげる樹。気でも触れたかと思わせるその声に、
瞬間の隙を玉星は作ってしまっていた。

 ズゴゴゴゴゴッッーー!!!

 なんと、樹の背中から噴射口のような物が現れて、青い炎を吹い
ているではないか。そして、亜血ごとそれは空へと舞い上がっていく。
「SPARK!」
 青い電気の糸が樹の身体から弾け、たまらず亜血は地面へと飛びい
た。
「同業者だろう、おまえ。殺すまで気を抜かない事だ」
「‥‥‥笑い声まで計算づくで、ですか。食えないお人だ」

 ‥‥‥ピーポーピーポーピーポー
 玉星が苦笑した所で、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえて
きた。いかに人気の無い裏路地とは言え、些か大きな音を出しすぎた
らしい。ここは東京、本当に人気の無いところを探すほうが難しいの
かも知れない。
 どちらとも無く、その場を後にする。
 そして、路地裏の影の中には誰もいなくなった。

[3−1 熔ける街(1) ]
 気を抜くと高熱に倒れてしまいそうな、そんな空気の中。
 街は焼け爛れ、家から焼き出された人々は逃げ惑って辺りを彷徨う。
 炎は炎を生み、際限なく広がっていく。
 空しく響く消防車の叫び声。
『脆いな、人間。もう終わりか?』
 炎のような灼熱の固まりは、炎ではない液体のもの。
 まともに触れれば、命は無いだろう。霊理物理両方の力を持つ、か
なり凶悪な能力だ。
「煩いっ。この程度でどうこうなるかっ! 式神召喚っ 朱雀っっ!

 朱色の光をたなびかせて現れる炎の鳥、朱雀。
 そろそろ、玉葉玄君の力も霧散しかけている。
 このまま攻め手が無いまま攻撃を受けていたのではジリ貧だ。
 だが、防御せずにあれをくったら間違いなく死ぬ。
 考えた挙句に出した朱雀。この式神ならば霊属性は火なので、攻撃
されてもダメージは無い筈である。
『ほう。朱雀か‥‥‥で、攻撃はどうする?』
 にやりと笑うその男。
 確かにそれは相手にも言えることである。属性攻撃はそれが一緒で
あれば全く意味をなさない。さらに今の薫にはこのクラスの式神を二
体同時に操るだけの力は、既に残されていなかった。
「このまま貴様を封じて見せるさ」
『‥‥‥ふん。気に入らないな、術者よ。さっさと逃げれば追いもせ
ぬ物を。ならば‥‥‥これはどうする!?』
 男が両腕を振り開くと、手指の一本一本から強烈な力が飛んで行く
のを感じ取る。
「やめろおおおおおおおおっっ!!」
 届かぬ絶叫。そして、男の力の先にあった家の屋根や外壁が赤熱し
て熔け、数秒後に紅蓮の炎が家だった物をその中に落としていく。
 ええい、ままよっ!!
 朱雀を手の中に収めると、今度は青龍を召喚する。属性は真逆なの
だろうが、このレベルで倒せる相手とは思えない。
「青龍衝天 発雲降雨 急急如律令っ!!」
 薫のその声と共に天井からバケツを引っくり返したような雨が突然
降り出した。火勢は少しは弱まるが、熔けた金属の炎をすぐに冷やす
までには至らない。
『死ぬ気か? 朱雀を返すとは‥‥‥』
「‥‥‥‥‥‥」
 既に言葉を発する気力も無いのか、薫はそのまま地面に崩れ落ちて
いく。
「くだらんな。戦う力が無いのであれば、最早興味すら起きぬ」
 男の手から灼熱の色をした固まりが飛び、空間を揺らす。そして、
それは円状に散り、虚空に赤色の穴を開けた。
『無謀さに免じて今回は見逃してやろう。さらばだ、小童』
 そう言って男がその穴に消え、固まりも中に吸い込まれて行って、
元の何も無い空間へと戻る。
 後に残された薫は、自ら降らせた雨に打たれ、地に伏していた。
 今だ燃える炎を水溜りが映し、まるでそれは血の海に沈んでいるか
のようで‥‥‥。

 ぽりゴミ箱。
 その中で携帯を抱きしめて震える男が一人。
 三下くんであった。
 外はどうなっているか分からないが、とりあえず樹、そして咲也と
久実乃をこの場所に呼び出してから十分ほどが過ぎようとしていた。
 相変わらず、騒ぎは収まらない。
 雨が降り出したようだけれど‥‥‥。

 そこへ行く道すがら三人は合流して、その場所へ急いでいた。
 樹の足の速さは尋常ではなく、久実乃もそれに続いて息一つ乱さず
走っている。
 だが、そう言う意味では普通の高校生の咲也は反吐を戻しそうにな
りながらひぃひぃ言って走っていた。
「も、も‥‥‥うち‥‥‥っと‥‥‥ゆっ‥‥‥くり‥‥‥‥‥‥」
 どうやら倒れてしまう前に現場に到着したようだ。
 戦場を思わせる惨状に、樹も久実乃も表情を欠落したかのように、
それを見つめる。
「で、で‥‥‥三下さんと雨宮くんは‥‥‥」

 ゲスッ!!
 
 ゴミ箱に蹴りを一つ加える樹。
 3mぐらい空中を飛んだ後、着地するゴミ箱。
 そして、中からゴミがぶちまけられた。
「生ゴミっすかー」
「生‥‥‥だね」
 糸目になりながら、それを見る咲也。そして、じっと見つめる久実
乃。
 まあ、もう既にお分かりであろうが、三下くんいりのゴミ箱で、ぶ
ちまけられた彼は車に引かれたカエルのようになって着地している。
「な、なにするんですかぁ」
「雨宮は?」
 抗議は一切きっぱりと無視して、樹は彼と一緒にいた筈の薫のこと
を尋ねる。何か、いつものシチュエーションだなあなどと思いつつ、
何とか立ち上がる三下くん。
「向こうのほうに走っていった直後に火事とか爆音とか何かもうこの
辺すごくて」
 大変だったんです、と言葉を続けるが、その頃には既に三人ともそ
ちらの方角に走っていった後であった。

[3−2 襲い来る"あか" ]
 死んだように倒れる薫を見つけたのは、それから5分程度経った頃
だったろうか。
 いや、本当に死んでいるように見える。
 憔悴した表情は生者の物ではないかのようだ。
 だが‥‥‥。
『赤熔様は甘い。手向かった人間を生かしておくとは』
『殺しとく?』
『放って置けば死ぬかもしれないが、常世で自らの愚かさを悔いて貰
おうか』
 薫の上の宙に佇んでいた少年の一人が徐に手を上げると、紅の火球
がそこに現れる。
『死ねっ!』
「させないっ!!」
 それに真っ先に反応したのは咲也だった。
 天然系陰陽師である彼女は系統だった知識を要するト占等は苦手で
あったが世界に満ちる力を使う術には非常に才気を発する。
「天地陰陽 水風井 爻辞意召召 今生具現 急急如律令っ!!」
 薫に投げ掛けられようとしていた火球に向かって自らの中に浮かん
では消える意を捕まえて、言葉にして発する。
 するとその言葉に乗って、澄水が現れて火球を直撃コースから押し
流す‥‥‥が、術で作られた炎はそれだけでは消えず、ブロック塀に
ぶち当たって爆裂して止まった。
『貴様等‥‥‥この男の仲間か?』
『うっわーっ、雑魚がぞろぞろ現れたぁ』
 その言葉にかちんときたのか、咲也はツカツカと少年達に歩み寄っ
ていく。
「ち、ちょっと‥‥‥待ちなさい、咲也さん」
 この場合、あまりに無防備な彼女の行動は久実乃にはちょっと理解
の範疇を超えていた。
 行動で制止しようかとも考えたが、それよりも彼等の動きを見て牽
制した方が戦術としては正しいと思い止まる。
「小僧が思い上がってんじゃないわよっ。アンタ等何者かそりゃ存じ
上げませんけど! 雑魚だろうが何だろうが知り合いボコられて黙っ
てられる程、こちとらお人好しにできてないんで!! 雷公喚喚 急
急如律令っ!!」
 一気にまくし立てて、いきなり少年達の目の前で呪文を行使する咲
也。現れた電雷が正確に雑魚と言った少年を直撃する。
『ふ、ふぎゅーーーーっ!!』
『おのれ、人間っ』
 今だっ!
 状況を静観していた久実乃と樹が何の合図も無しに行動を開始する。
 そして、咲也の後ろから近付くと、少年が火球を発したの同時に後
ろに引き倒す久実乃。
 樹はその隙に倒れた薫を片手で肩に担ぎ上げると、猛スピードでそ
の場を離れる。
『その雑魚は僕の獲物だっ!』
 雷撃を受けた少年は朱の炎を咲也と久実乃目掛けて放つ!!
『な、何だとおっ!!』
 久実乃に向けて発せられた瞬間、その炎は何かにぶつかったかのよ
うに弾けて消えた。何が起こったか分からないように少年はその場を
見つめる。
『障壁か。やるな‥‥‥小娘っ!!』
「‥‥‥」
 何故か、久実乃の手にはオーストリアのGlock22が握られている。プ
ラスティック製の部品が多く軽量で、10mmの40S&W弾を使っているので
威力の割には反動も小さい。
 と、銃の説明は兎も角として、辺りには混乱で走り回っている住民
がいる。
 ここは割に死角になっているようではあるが、銃声があれば銃の存
在位露見するだろう。
 ここは東京の住宅地。しかも火事で混乱中、である。
 前後を考える必要の無いその筋の人であればともかく、そうでは無
いのだから使用は諦めざるを得ない。
 どこかへそれを返すと、咲也の身体を抱きかかえてそのまま後ろへ
退避する。
 身長差があるので、マネキン抱いているような不自然な走りだが、
それでも何とかある程度距離は取れた。樹も同様に薫を退避させてい
る。
『ちょこまかと煩いわっ! 朱鈴。あれを行くぞ!』
『うん。紅鈴、分かったよ』
 二人は横に並ぶんでくっつくと、お互い接している側の腕を前に突
き出して、親指を下にして掌を返す。
『爆炎招来 朱紅乱舞!』
 強烈な二色の炎が、久実乃と咲也に襲い掛かる。どうも、先程の雷
撃にまだこだわっているらしい。
 だが、再びそれは届く前に四散する。先程と同じように、壁にぶつ
かったように破裂して。
「ほえーっ。何で何でえっ!?」
 驚く咲也の後ろで、溜息をつく久実乃。
 今度現れたのはM136AT4。歩兵用対戦車ミサイルで84mm弾を搭載でき、
400mmの鉄板を貫通する能力を持つ。
 有効射程が最低30m‥‥‥ギリギリはなれてるかどうかのところ
だ。
 とは言え、拳銃を我慢したのに対戦車ロケットなど、撃てようわけ
も無い。
 つくづく不便な能力、と首を振ったその時、背後に気配を感じて注
意をそちらにも振り分ける。すると‥‥‥。
「おおっと。さすがに鋭いですね。でも振り向かないで、手だけ後ろ
に出してください」
 攻撃する意図があるなら、何も気配が察知されるまで近付くことは
無い。
 近距離でしか攻撃できないにしても気付かれた時点で殴れば良い話
だ。
 何の意図があるかは分からないが、取りあえずは言う事を聞いてみ
てもよいかもしれない。
 そして、手を差し出すと何か紙の様な手触りがあった。
「隠形符です。それを貼り付けた物は辺りから見えなくなります。何
に貼りますか?」
 何に、と問われるのもおかしな気がする。そのつもりで渡したのだ
ろうに。
「後ろ、危ないぞっ」
 瞬時に気配が失せる。どうやら人ではないものであったらしい。

 シュッ‥ドッグォォオンッッ!!!

 30mの距離でなら、着弾までに要するのは1秒に満たないだろう。
 6本のフィンが開いたのでさえ、見えた人物は果たしていたのだろ
うか。
『朱鈴ーーーーーッッ!!』
 直撃を受けたであろう少年は、木っ端微塵に吹き飛んでいた。
 裏を返せば、先程の攻撃をもろに食らっていたとするならば、久実
乃がそうなってしまったと言う事になる。
 能力の選択を彼等が誤っていなければ、逆転もありうるが‥‥‥感
情に任せるのであればそれもままなるまい。
『うわああああああああああああああっ!」
「いかんっ!!」
 樹はなんと、全員の体を持ち上げ、力任せにその場を離脱する。
 彼女のタックルにも似たその行為に、思わず息が詰まってしまう咲
也と久実乃。
「な‥‥‥何をっ!?」
「く、くるしぃいいっ!!」
 抗議に一切耳を貸す事無く走る樹。その後を白い炎が追いかけてく
る。
 息苦しいのは不自然な格好のせいだけではない‥‥‥。
「燃料気化爆弾と同じという訳!?」
 米軍のアフガニスタン侵攻でも用いられたその爆弾はデイジーカッ
ターと言う可愛い名とは裏腹にその威力は凶悪で、空気中の酸素を気
化された燃料で使い尽くしてしまうので、周辺の人間は爆発に巻き込
まれなくとも死ぬ可能性がある。
『逃がすかあっ!!』
「逃がします」
 突如として現れた七色の雲が紅鈴の行く手を阻む。
『くそっ、待てえええええっ!!』
 待てといわれて待つヤツはいないだろう。
 追ってくる声を聞きながら、ふと路地を見ると笑みを浮かべる男が
一人。
 樹と目が合った所でその男の姿はそこから忽然と消え失せる。
 ‥‥‥‥‥‥玉星であった。

[3−3 最後の縛鎖 ]
 逃げて逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて‥‥‥‥‥‥逃げて。
 突然、ぴたりと止まる冬馬。
 追っても来もしないようだ。なら、逃げる意味があまり無いような
‥‥‥。
 遠くで上がる黒煙と消防車のサイレンの音を聞きながら、弾む息を
何とか整えようとする。
 ふと気付くと、少年少女の集団下校の列にぶつかっていた。
 ‥‥‥この中に飼い主はいるだろうか。
 だが、先生同伴のこの集団に仔犬のことを話し掛けて行っても、恐
らくはあっさりとあしらわれて終わるだろう。
 さて。
 どうしましょうかね。
「とりあえず‥‥‥期を待ちますか」
 少年の家の場所は既に分かっているが、その周りをあまりうろつい
ていたら変質者と間違われかねない。
 ふむ。
 あの列の中に少年がいた、と仮定して少年の脚でと自分の脚の差を
考えて‥‥‥。
 後、3分程度ですかね。
 少年達の先頭が見えた所で曲がり角を曲がって、少年の家の辺りを
ぐるっと一周する。そうして、様子を伺ってみると、帰宅からすぐに
どこかに出かけるようだ。
 塾に行くわけでも無いようですが。
 その手に握られているのは牛乳パックと小さな花束で‥‥‥。
 自ら行くのでしょうか。ならば、無理して押す事はありませんかね。
 先を行く少年の後を何気ない雰囲気でついて行く。
 そして、やはり付いたのはあの神社。少年は自ら仔犬に待て、とい
う命令を下した場所に花束と牛乳パックを供えている。
 あの仔犬とあの男がなんらかの関係があるのなら、少年がこの現場
に現れた事で一緒に姿を現す可能性は高い‥‥‥。
 一生懸命祈っている少年の後姿をそんな事を考えながら考えている
と、遠くからガガガガガ‥‥‥と言う音が響いてきた。
「なんでしょうか‥‥‥!!?」
 振り向いた冬馬の目に飛び込んできたのはなんと、パワーショベル
であった。
 えっ、どこに!?
「わあああああっっ!?」
 なんとそのパワーショベルは少年を蹴散らして、神社を取り壊しに
掛かったではないか。その鋼鉄の爪は木製の鳥居をなぎ倒し、瓦を弾
き飛ばす。
 呆然とその様子を見つめる少年。
「あーっはっはっは!! 壊れろ壊れろっ‥‥‥俺は殺されねーぞっ
絶対に。俺が先にお前を壊してやる。たかが、あんな事で殺されてた
まるかってんだっ!!」
 血走った目でそう叫びながらさらに神社に爪を入れていく。
 だが!
「あ‥‥‥熱い‥‥‥う、うわああああっっ!!!」
 パワーショベルが赤熱し、一気にその形を失って解けていく。三千
度の高熱が男を逃げる瞬間を与える事無く消滅させてしまう。
『我が社に手を掛けるとは‥‥‥愚かな人間めが。だが、これで後に
残された縛鎖は後一本‥‥‥』
 逃げた所にいた男。それが‥‥‥目の前にいる。
 その意味を感じる暇も無く、空間が歪んで傷だらけの少年がそこか
ら現れた。
『も‥‥‥申し訳ありません、赤熔様‥‥‥』
『ど、どうしたっ。その姿は‥‥‥』
『赤熔様がとどめをお刺しに為らなかった術者を始末しようとしたと
ころ、後から現れた仲間と思われる連中にやられました。我々はやは
り‥‥‥赤熔様とは違い‥‥‥炎には耐え切れませんでした。私も‥
‥‥どうやら力を使いすぎたようです。どうか‥‥‥‥‥‥‥‥‥や
り過ぎに為られませぬよう‥‥‥』
 それだけ言うと、少年の姿はふっと消え去り、半ば壊れた狛犬が地
面に転がって、そして、砂のように細かい粒子が風に舞い‥‥‥そし
て消えて行った。
 膝を付き、その粒子を抱きしめるかのように掴み挙げて胸に当てる、
その男。
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥人間どもがっ、最早許さぬぞ!! そこに隠れ
ている者よ、貴様に命ずっ。貴様が言葉を交わしていた術者と仲間を
探してここに連れて来い。連れて来れねば貴様を殺すっ!!』
 そ、そんな馬鹿な‥‥‥。
 思わず立ち尽くす冬馬。今すぐ逃げられる相手でも無かろうし、例
え逃げ切れたとしても、これからずっと後ろを気にして生活していく
のはごめんだ。
 他人を差し出すのは気が向かないが‥‥‥生きるためには仕方ない。
『縛鎖の最後の一本は‥‥‥貴様か? 少年』
 震えながら見上げる少年を見て、その男はそう言って唸る。
『だが‥‥‥判らぬ。貴様は殺せば鎖は消えるのか‥‥‥いや、そん
なことよりまずは我が眷属を滅せし者を見つけるのが先だ。少年よ、
命は預けておくぞ』
 そう言って社に引き上げて行く男。
 呆然と動く事も出来ない少年と、同じく立ち尽くす冬馬。
 一陣の熱い風が、ただ、その間を通り抜けて行った‥‥‥。

 WANTEDな一同が落ち着いたのは虎縞病院。
 ここは医者が某球団の熱狂的なファンである事を除けば、非合法な
治療もしてくれる、こう言う家業の人間には便利な病院だ。
「なんじゃこりゃ。どんな仕事をしてきたかは聞かんが、暫く出さん
ぞ」
 気絶している薫の治療をそのままじっと見つめていても仕方が無い
ので、とりあえず処置室を出て待合室に落ち着くことにした。
「とりあえず、あの男は何者なんですかね」
 三下くんが溜息混じりに呟く。
「赤熔って言ってたな」
 三人担いでダッシュしても疲れた表情を見せない樹がそう答える。
「何かあの男について情報でもあれば、いいんですけどね」
 徐に懐から本を出す久実乃。
「あ、あっー! それって赤熔奉事記っ!?」
 目を大きく開いてそれを指差す咲也に樹と三下くんの視線もその本
に集中する。
「セキュリティもへったくれも無かったんで、一寸借りてきたわ」
 借りてきたってあんた、禁帯出って書いてるぞ、と三下くんの顔に
は書かれている
が今はそれを気に止めている場合でもない。
「だけど、これ読める人いるの?」
「‥‥‥‥‥‥」
 無言でそれを樹と三下くんに示すが、表情から言って二人とも読め
そうも無い。
「ちぇーっ。これじゃあ宝の持ち腐れだよ」
「読んで差し上げましょうか?」
 ふうっと大きな溜息の咲也の後ろに立っていたのは玉星であった。
「あ、あなた何者!?」
「そんなことより、その本の内容を知りたいのではありませんか?」
 ふふ、と笑う玉星に、無言でそれを差し出す久実乃。読めないのを
うだうだいじっていても仕方が無い。
「とは言え、この厚い本を全部読むのは少々骨が折れますね」
 そう言いながらページを手繰る玉星。
「ほう‥‥‥面白い記術を見つけました」
「面白い!? ど、どどんな話ですかっ!?」
 これだけの事件に面白い原稿を書けねば編集長に殺されかねない三
下くんは、玉星の言葉に飛びついて、次の言を催促する。
「明暦の大火はご存知ですか?」
「振袖火事のことですか? ですが、あれは‥‥‥後世に付与された
話で、当時の幕府の陰謀説が有力ですよね」
 どこにそんな知識があるのか、久実乃は玉星の問いにそう応じる。
しかし‥‥‥。
「不自然ではありませんか? 江戸城まで焼いた火事ですよ。それに
当時の幕府の力なら強制的にやりたい事をやれるはず。まあ、この
本によると明暦の大火は明暦三年正月十八日、当時の老中阿部忠秋
の屋敷から出火、翌十九日、未明に一旦鎮火したものの、昼前に再び
小石川伝通院表門下、新鷹匠町の武家屋敷から再び出火、江戸城北丸、
本丸、二の丸、三の丸を焼き、本郷から芝口までの六十余町を焼き尽
くし、海に達して燃やせる物が無くなって鎮火。この火事での死者十
万八千余‥‥‥とありますね」
「もしかして、その原因が‥‥‥」
 息を飲んで咲也は玉星の顔を見る。
「この赤熔なる神は‥‥‥」
「神っ!? 神さまですかあっ!!」
「三下、黙ってろ‥‥‥それで?」
 樹の一喝にしゅんとしてしまう三下。苦笑しながら、玉星は続ける。
「この本によると、この神は遣唐使の時代、自ら人の姿を取って大陸
より渡ってきたとありますね。その後歴史に現れたのは上杉氏から北
条氏に支配が変わった江戸‥‥‥東京にて都市の建設に関ったとあり
ます」
「都市の建設?」
「大量の釘を作るのに便利な能力だったようですが‥‥‥しかし後に
この釘が彼の能力によって熔かされ、紙と木の都市であった江戸は灰
燼と帰す発火剤となる訳です」
「鉄を熔かす能力‥‥‥!?」
「ええ。それが彼の能力。そして、この本には彼を眠りにつかせる方
法が書いています。陽極まれば陰となり、陰極まれば陽となる。晴明
桔梗を模して、陽なる寝床を作るべし」
 そう、玉星が話した時‥‥‥何気についていたTVのバラエティー
番組が突然報道スタジオに切り替わる。

『緊急ニュースです。先程から続く放火爆弾テロに右原慎太郎都知事
が会見を開く模様です。それでは会見場、どうぞ。

 皆さん、東京都知事右原慎太郎です。現在都下にで犯行中のテロリ
ストは現在を持っても行動を続けています。
 本日18:00に東京都知事の権限で24区全域に非常事態宣言と
夜間外出禁止勧告を発令いたします。
 そして知事権限で陸上自衛隊第一師団に治安出動を要請致しました。
都民の皆様の御協力をお願い致します‥‥‥

 こちら現場上空です‥‥‥東京タワーが、東京タワーがっっ!!』
 TV画面に映し出されているのは、飴細工のように熔けて崩れ落ち
る東京タワーの姿だった。
 興奮のあまり絶叫するリポーター。
 混乱は、東京に再び明暦の大火をもたらすのであろうか‥‥‥。

[4 晴明桔梗 ]
 冬馬は自衛隊や機動隊、警察が警戒して回る街を薫達を探して歩き
回っていた。
 とは言え彼も阿呆ではない。
 ちゃんとしていない病院、というか融通が聞く病院、そして何処か
の組織に属していない病院、となるとそんなに多くも無いのである。
「この虎縞は‥‥‥」
 ドアから覗くと、数人の男女が待合室に見える。
 二人を除いて、その身体には火傷やら衣服の焦げなどが多数見える。
どうやら彼等のように思える。あの少年が言っていた仲間、と言うの
は。
 意を決して、鍵の掛かっていないドアを開く。
「すみません、赤い少年に心当たりはありませんか?」
 一瞬にして張り詰める空気。
 それが、答えが正解であることを如実に物語る。
「貴様‥‥‥何を‥‥‥」
「赤熔と言う人物が、あなた方を赤熔神社に連れて来いと」
 この際物を隠してもしょうがないだろうと冬馬は思った、
「罠?」
 ぽつりと呟く咲也に大きく首を振る久実乃。
「意味が無い。我々程度虫ケラほどにも思っていないだろう? 相手
が神だと言うならば。殺されに来いと言っているんだよ」
「が‥‥‥そこに活路があります」
 絶望的な雰囲気に、口を開く玉星。
「あの神はあの場所に封じられていました。ならばその封印の姿を元
に戻せば、荒ぶる神を鎮めることが出来る可能性があります」
 水を打ったように静かになる待合室。それぞれ心の中で何を思うの
であろう。
「虎口に入らずんば、虎子を得ず‥‥‥中国の諺だったわね」
 久実乃が楽しげにそう言って笑った。
「東京が灰燼に帰す前に、行くか」
 相も変わらず表情を崩す事無く、樹が呟く。
「もー、こうなったら毒を食らわば皿までよっ!!」
 半ばヤケクソ気味に言い放つ咲也。
「ふふ‥‥‥修羅場はいつでも楽しい‥‥‥」
 誰にも聞こえない小声で呟く玉星。
「まいったな。ユーたち怖くないんですか?」
 ビビって絶対逃げ出すと思っていた冬馬は一同の顔を見渡す。
「さあて、どうなんでしょうね。ただ、負け犬でいる事が嫌なだけ、
かしら」
 幼い久実乃の口から吐かれた言葉に、思わず苦笑いする。
 勝とうが負けようが‥‥‥最後に生き残ったヤツが正しいのに、と。

 結局、足手まといになると言う理由で三下くんは縛り付けて置いて
おき、樹、玉星、久実乃、咲也(以上五十音順)の四人は赤熔神社に
向かっていた。
 そして、ついた時にまず目に飛び込んできたのは、そこに無い筈の
過去の光景。つまり結界壁部に映し出された何も無い時の神社の様子
であった。
 が、その程度今更見破れない訳も無く。
「野次馬が集まってくるのは神様も好かぬと見える」
「その割には派手に暴れてらっしゃいますけどねぇ」
 樹の言葉に嫌味入り敬語で続ける咲也。
「で、封印の方法は書いてあるの?」
 久実乃の言葉に、首をすくめる玉星。
「陽を極めると言う事はあの地の一切の陰を消失させて、その上で神
社内にある封印の残骸を元に戻す必要があります。この本によると、
桔梗紋上に置かれた炉に火を点けて室内の陰気を払拭し、中央の炉に
神を降ろす事で封印、つまり眠らせる事は可能になるようです」
 ‥‥‥
「力ではない、何か」
 久実乃の呟き。
 恐らくは主のいない神社が解呪によって姿を現す。
 かつてショベルカーであった物の固まった物と、一人の少年が倒れ
ている、何とも異様な光景。
「だいじょぶっ!??」
 駆け寄った咲也の揺さぶりで目を覚ます少年。
「うわああああああああんっ!!」
 火の点いたように泣き出す少年。何を見たかは知らないが、この固
まりが何であったかを思えば少年には苛烈な光景だったのだろう。

『くぅううううん‥‥‥』

 足元でする犬の鳴き声に、思わず顔をあげて少年はそっちをみる!
「タロウっ!?」
 その体には一本の鎖が絡みついており、身動きの取れない仔犬の姿
がそこにあった。
 恐らく先程の解呪で、霊的均衡の崩れたこの場所に残されていた別
の術も一緒に解けたのであろう。
 その鎖の色を見て、玉星は頭の中にある言葉が浮かんだ。
 令鎖の類か?
「ねえ、きみ。この仔犬‥‥‥タロウが死ぬ前に何か‥‥‥」

『来たか、卑小な人間どもっ!!』
 
 命令をしなかったですか、と尋ねようとしたその時、上空にあの男
が現れた。
「赤熔!?」
『いかにも。我が眷属の死、貴様等の命にて償ってもらうぞ!!』
 急激に上昇する辺りの気温。
 そして、放たれる赤い濁流!
 溶岩と見紛うばかりの熔けた金属は、あの東京タワーの骨組みで
あった。しかしそれは上空にて四散し、辺りに飛び散って火の手を
挙げる。
 だが、この展開はもう既に見ていた玉星は、既に呪符に念を込め
て術を完成させていた。
「清源妙道真君!!」
 八角形の符の中から、中国の甲冑をつけた猛々しい男の姿が一瞬浮
かび上がり、そしてその手に握られていた二匹の龍が空に放される。
 すると、薫が青龍を放った時のような豪雨があたりに降り注ぎ始め
た。ちなみその符は玉星の手を離れ、空中でくるくると回っている。
「自動制御です。これで心置きなく戦えるでしょう」
「面白いっ!!」
 本当にそう思っているかどうか判らない樹がそう言って左手を差し
出して赤熔に向けると、親指がかぱっと折れて、中から青色の弾丸が
飛んでいって‥‥‥空中ではじけた。
「こ、これはっ!?」
 予想外の爆発に戸惑う赤熔。
 朱鈴、紅鈴と違って、火薬による爆発ではダメージを受けないはず
なのに、こうしてダメージを受けている。
「液化窒素!?」
 驚いたように久実乃は樹を見つめるが、自分の手に握られているア
タッシュケースの中身はもっと驚くべき物で。
 久実乃がそれを開いた瞬間、しまえと樹が叫ぶほどの物だった。
 地域限定核。
 10km四方は灰燼と化すだろう小型の核が、その手にあった。
 と、言う事は先程の攻撃はその位の力はあったと言う事なのか。
『人間にしてはやる。ならばこれはどうだっ!!』
 金属を熔かす以外の彼の能力‥‥‥それは‥‥‥。
「あ、熱いっっ!!」
 霊子を摩擦して高温を発生させ‥‥‥生体発火をさせる能力!
 さすがにこれは久実乃の障壁でも防ぎきれずに、全員の体温を上げ
始めていた。
 たった一人、樹を覗いて。
 強制冷却によってギリギリ体温を保っていられる。
 なんとか周りの人間の蛋白質が凝固を始める前にあの術を破らねば。
 液体窒素は種切れ、ならば!!
 今度は白い弾丸が赤熔をに向かって放たれる。
 そして、炎によって弾かれたそれは、化学反応によって追いかけて
炎を消すハロン系消火剤であった。
 それを受けて集中力が途絶えたのか、神なる赤熔の術が解ける。
 しかし!
『カラクリ人間がっ。貴様から熔かしてくれるわっ!!』
 ついに樹の体を直接熔かしにかかって来た。三千度を超える高熱が
襲い掛かり、ぷすぷすと黒煙と白煙を体の随所から上げる樹。
 だが、他の全員は先程の術にて素早い動きをすることができなかっ
た。このまま、私は‥‥‥私という存在は熔けてなくなるのか‥‥‥。
 膝から崩れ落ち、そして倒れる。
 最早彼女はこれまでか、と諦めが各自の頭によぎった瞬間、影が一
つ走りこんで来た!
「青龍召喚っ!!」
 氷を伴った水の球が樹の体を捕らえた。水は沸騰を始めるが、次か
ら次と新たな水が現れて熱を逃がす。
『き、貴様っ!!』
「あ、あなたは‥‥‥薫くんっ!?」
 無理やり連れてきたのか、疲れ果てている冬馬と一緒に薫がそこ
に現れた。
「話していた内容は聞いた。ならば成す事は唯一つ!」
 一直線に社殿に向かう薫の姿を見て、その後に続く。
 封印をしてしまえば、戦う必要もない!
 しかし、社殿の中はフォークリフトによってぐちゃぐちゃになって
しまっていた。
「これでは‥‥‥」
 思わず絶句する薫を後ろから押し込める玉星。
「日本人! 晴明桔梗紋を思い浮かべて!!」
 見ると、中央の炉は無傷のようだ。気を取り直して、恐らく芒角が
あったと思われる場所に立つ。
「早くしろっ! 来るんだっっっ!!」
 すぐに玉星が立ち、咲也と久実乃も続く。これで、4人!
 だが、樹は動く事が出来ず、冬馬は来る気がないらしい。
『何をしているか知らんが、無駄な事をっ!』
 さすがに社殿に火を放つのは躊躇われたのか、樹の向かった炎を
投げ付けるが‥‥‥その狙いが狂ったのかその熔鉄の濁流が少年に
向かっていく。

『!!』

 鎖につながれながら、少年の前に飛び込んでくる仔犬。
 強烈な熱に顔をゆがめながら、少年は叫んだ。
「タロウ、逃げろーーーーーーーっ!!!」
 その瞬間縛鎖が消滅する‥‥‥が、濁流は仔犬を捕らえた。
「な、な‥‥‥」
 なんと、一瞬だがその流れが止まったではないか。
「ああっ、くそおおおおっっ!!!」
 なんと、今まで傍観していた冬馬が少年の身体を抱きかかえてその
濁流から助け出したでは無いか。
 しかし、濁流はその次の瞬間、仔犬を飲み込んで大地を焼く。
 タロウの姿は‥‥‥もうそこにはない。
『‥‥‥っ、しまったぁ!?』
 戸惑う赤熔の隙を見て、なんと冬馬は少年を抱えて社殿に駆け上が
る!
「晴明桔梗紋を思い浮かべて!」
 玉星の言葉に、薫が思い浮かべたそれが炉の上に浮かび上がり、そ
れを見た久実乃と咲也と冬馬、そして玉星がそれを同時に思い浮かべ、
さらに中央の星形の紋が大きくなっていく。
「後は任せたぞっっ!」
 社殿に意を絡め取られていた赤熔に向けて、胸の中央から一発の光
弾が発射された。純然たるエネルギーの固まりは赤熔の体をその星の
中に吹き飛ばし‥‥‥そして、樹の胸に大きな穴が開く。
 光の矢が光の星に飛び込んで行った。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!』
「陽力よ、極まれっ!!!」
 放たれた光が収束して。
 静寂がそこに訪れる。

-----------------------------------------<エピローグ>---------
 三下くんの収集したデータは、結局編集長が焼きなおして記事にし
て、その号の月刊アトラスは史上空前の売上げを記録する。
 なにせ、テロと思われていた物の真実が発表されているからだ。
 ま、信じる信じないは別にするとして。

 ネットカフェモナスに戻ると、優しげな微笑を浮かべてモナが出迎
えてくれた。
 まあ、赤熔の気持ちも判らないでもない。
 目の前でなんかあったら、なんかしようって言うのは誰でもある
だろう。
 だが、方法を誤った‥‥‥。世の中には良くある話。
 それにしても、外の世界は疲れる。
 人が沢山いる所にいるだけで、何故こんなに気疲れするのか。
 だが、そんな東京の居心地もそう悪い物ではない気もする。
 多すぎる人は、私のような人間も目立たせる事無く、その中に沈
ませておいてくれる。
 忘れられる事、忘れられた事。
 私も要らないことは、忘れ去りたいかな。
 今回の事件は覚えていてもよいけれど‥‥‥。
-------------------------------------------------------<Fin>-

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       登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1166/ ササキビ・クミノ / 女 / 13 / ネットカフェ店主 
  (ささきび・くみの)
0112/ 雨宮・薫 / 男 / 18 / 高校生
  (あまみや・かおる)
1196/ 青柳・冬馬 / 男 / 28 / ホームレス
  (あおやぎ・とうま)
1231/ 霧島・樹 / 女 / 24 / 殺し屋
  (きりしま・いつき)
1131/ 鄭・玉星 / 男 / 126 / 殺し屋
  (チェン・ユィシン)
0444/ 朧月・桜夜 / 女 / 16 / 高校生
  (おぼろづき・さくや)

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              ライター通信       
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 まずは遅刻の段、誠に申し訳ございませんでした。
 週を挟んでの遅延、許されることではありませんが、言い訳するの
もみっともない話ですけれど、締め切り一日前にデータ飛んで木金土
日で書き上げましたが、内容は消える前の物をきちんと踏襲しており
ますです。
 まずはプレイングの改変についてご説明いたします。
 テラネッツの立場としては、1エントリー1キャラ描写と言うのが
原則になっております。従って、モナを使っての行動はボツと言うの
が会社の見解でした。この点に付きましての疑問はテラネッツに直接
お問い合わせください。
 ご不満等多々あるとは思いますが、それは真摯に受け止めたいと思
います。ご意見ご感想をクリエータールームかテラコンからいただけ
れば幸いです。
 それでは、今回は戌野足往を御指名くださいましてありがとうござ
いました。
 またのご依頼を心よりお待ち申し上げております。