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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


神隠し

「教授を探しに行きます」
 そう書置きを残して、笙子は失踪した。

「山畑教授と笙子が不倫関係にあったことは、みんな知っていました。先生のご家族のことまではわからないけど、少なくとも私たちゼミの仲間同士なら、分からないわけがなかった。
二人はいつも仲が良かったし、笙子はゼミの中では教授の奥様気取りみたいにしているときもあって‥‥。でも、悪い子じゃないんです。やめた方がいいよ、とはみんな言ってたけど、
嫌われてるとか、そういうんじゃなくて‥‥」
 あー、と太田雪は、髪に手をやった。
「つまり、不倫はしていたけど、嫌われるような子ではないと」
 草間は足を組み、煙草に火をつけながら尋ねるように言う。雪は、そうそう、と元気よく頷いた。
「でももう2年も前になっちゃうんだけど、教授、突然失踪しちゃったんです」
「失踪?」
「はい。みんなで箱根の山小屋に泊まりにいった時に、夜に笙子と教授で二人だけで出かけて行って、戻ってきたのは笙子だけだったんです。笙子、真っ青になってて、教授がいない、消えちゃった、って半狂乱で泣いて戻ってきたの」
「‥‥ほう」
 草間は顎を撫でた。剃り残しに気がつく。といっても今ここで、シェーバーを取り出すわけにもいかない。とりあえず、撫で続けた。
「その後、警察に連絡して、大掛かりな捜査とかもしてもらったんだけど、教授の居場所わからなかったんです。それでもう二年がたって、私たちももうすぐ卒業って時期なんですけど、
そしたら笙子が「私、もう一度山に行く、って。山に行って、教授との思い出を置いてくる」って行ってしまったんです。‥‥そしてそのまま姿を消して‥‥。どうか、笙子を探してもらえませんか? 教授に続いて笙子まで同じようにいなくなるなんて、私ちょっと信じられないんです!」
 雪は草間に叫ぶように言うと、涙を浮かべ、顔を両手で押さえた。
「むぅ」
 草間は頭をかく。
 行方不明者の捜索とはまた厄介な。

「あ、そ、そうだ。そういえば」
 しばらく泣いていた雪はふと顔を上げて、草間を見つめた。
「二人が行方不明になった場所、変な噂があったんです。着物を着た子供が山の中に現れて、人を迷わすことがあるって。そのせいで遭難した人もたくさんいるって‥‥。この噂があったから、怪奇探偵さんのところに来たのに、‥‥うっかりしてました」
「‥‥」
 俺は怪奇探偵じゃない。
 その突っ込みばかりでは、今回は無さそうな表情で、草間はもう一度、煙草を口にした。


■■■相談者
 渋谷の道玄坂通りにあるお洒落な喫茶店の窓際の席。
 待ち合わせの相手を待ちながら、二人の女性は雑談交じりに事件のことを話題にし始めていた。
「不倫かぁ〜‥‥。なんだか大人な響きって感じだね!」
 瞳をキラキラさせて新堂・朔(しんどう・さく)は両手の指を組んで、窓の外の人の流れを見ながら呟いた。
 ショートカットの大きな瞳の可愛らしい高校生の少女である。彼女の年頃の心の辞書には「不倫」とひくと「ロマン」と書いてあるのかもしれない。
 この街を行くたくさんのカップルの中には、表では堂々と出来ない関係の人たちもいるのだろうか。そう思いながら見ると、あっちもこっちも怪しいカップルばかりだ。
「あのね、朔?」
 注意するように長い黒髪をかきあげながら、霧島・樹(きりしま・いつき)が朔を軽く睨む。
 朔の保護者役でもある彼女は、明るい朔とは対照的に、見るからにクールな雰囲気の女性だ。朔は軽く口をとがらせて見せて、それからふふ、と朗らかに微笑む。
「わかってるよぉ。不謹慎だって言いたいんでしょ?」
「わかってるなら‥‥」
「でも、不思議だよねぇ〜。だって、2年前に男の人が消えて、それから今度は女の人が後を追うように消えちゃったなんて‥‥。どこにいっちゃったんだろうねぇ」
「‥‥だな」
 樹は小さく頬笑む。しかし、それが朔には気に入らなかったのか。
「どうして笑うの? またお子ちゃま、とか思ったんでしょう」
「ん?」
「樹はどう思うの?」
 ぷぅと頬をふくらませて樹を見つめる朔。ころころと変化するどの表情を見ても、可愛く思えてしまう。そんなことを思いながら樹は、「そうだな」とひとりごちるように呟いた。
「‥‥駆け落ちとかな」
「駆け落ち? 神隠しじゃなくて?」
「調査はこれからだし、分からないけどね。可能性は大きいと思うけど」
 不倫の行く先なんていいものではない。教授は自分の家庭を投げ出し、逃げていった。そして彼女はその行方を知り、続けて消えたのかもしれない。
「うーん」
 朔はやはり頬を膨らませたまま、俯いた。
 彼女の肩のまわりには、人型の小さな影がふわふわと二つ浮いている。普通の人には見えないのだが、それは天使型の「カナン」と悪魔型の「セト」という二つの名前と人格を持っていた。
 そのセトの方が朔の肩の上に座り、ニヤニヤと笑っている。そのセトの上に手の平を被せて、朔は不満そうに呟いた。
「なんだかそれだと夢がないなぁ」
「夢って」
 樹は破顔した。
 喫茶店の入口の来客を知らせる、鐘が響いた。
 二人はそこで同時に振り向いた。待ち合わせの相手がそこに立っていた。
「すみません、遅くなっちゃって」
 大田雪。草間興信所に依頼を持ち込んだ相談者であり、行方不明になった笙子の親友で、山畑教授の教え子でもあった。
「こちらこそすみません。お呼びだてしちゃって」
 朔がにっこり微笑む。雪はいいえ、と断りつつ、二人の向かいに腰掛けた。
「笙子のことですよね。何でも聞いてください。私、なんでも協力しますからっ」
「‥‥ありがとうございます」
 樹は微笑み、それでは、と本題に入った。
「笙子さんと教授の関係なんですが、ご家庭の方にばれたりとかはしてなかったのでしょうか」
「‥‥うーん、それは」
 雪は複雑な表情を見せた。
「あの子、最初は不倫だっていうことを承知していたのだけど、どんどん本気になっていってたんです。教授は、奥さんとの間に子供もいないし、仕事で忙しいからって大学の近くにマンションを借りてて、別居に近かったし。夫婦仲は悪いって思ってたみたいで」
「‥‥実際はどうだったのかな?」
「朔」
 たしなむような樹の視線に、朔はあわててジュースを両手にとり、ごまかすようにストローを口にした。
「教授と奥さんって学生恋愛でずいぶん長い交際の末に、結婚したって評判だったし‥‥。先輩たちは無理じゃないかなぁって言ってたよ。私はまあ‥‥笙子がそれでよいなら、って見てたけど」
 雪は溜息をついた。
「でも、止めた方がよかったのかもしれない。今はそう思う。‥‥あの子、教授が消えた後、すごく痩せたの。ものすごく傷ついてたみたい‥‥。それからずっと引きずって、ようやく最近、新しい恋でも見つけようかな、って言ってくれていたのに。こんなことになっちゃうなんてね‥‥」


■■■調査
 閑静な高級住宅街と呼ばれる、街路樹の緑の美しい路地を草間探偵の運転するセダンが抜けていく。
 その助手席に座り、事前で分かるだけの情報をファイルされた資料に目を向けながら、シュラインは「ああ、そうなのね」と溜息をつくように呟いた。
「どうした? シュライン?」
 草間がハンドルを握りながら、横目でシュラインを見つめる。
 長い黒髪と褐色の肌を持つ、彫りの深い端正な顔立ちの美人だ。草間興信所のアルバイトとしても活躍してもらっているこの女性は、何かと草間の信任が厚い。
「教授の専攻、もしかして民俗学じゃないかしら、と思っていたの」
 その想像は外れていなかった。山畑教授は民俗学専門の教授であり、また柳田国男研究に熱心だったようである。
「それでは民俗学にも詳しかったのでしょうね」
 後部席にいた九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)が身を乗り出す。肩まで伸びた黒髪を後ろで一つにまとめたスタイルのいい美しい青年だ。夜の町でバーを営むというだけあって、どこか特有の色気のようなものを漂わせている。
「ええ。箱根のこと、もしかしたら何か知っていたかもしれないわね」
 シュラインは頷きながら呟いた。

 やがて車は1軒の緑の屋根の美しい、豪邸ともいってよいような大きな住宅の前に停車した。
 インターホンを通して到着を知らせると、車庫の入口がオートで開いた。そこに車を停車させ、彼らは広い庭を抜けて家の方へと歩いていった。
 山畑邸。
 教授の失踪した後、教授のである弓子が留守を守る家だった。
 山畑弓子は、日本舞踊や華道などの幾つもの免許を持ち、カルチャースクールで教室を掛け持ちしているという才女だ。
 その実家は、山畑教授が勤めていた大学の理事長をしており、説明されなくても、山畑教授がその年齢よりも若くして教授の資格をとった後ろ盾になってくれていたことは明らかだろう。
「‥‥今ではもう、‥‥あの頃のことがまるで夢のようで‥‥。とても後悔しておりますの‥‥」
 清楚な白紬に身を包んだ弓子は、応接室に三人を通し、御茶を差出ながら、深い溜息をついた。
「あの子と二人で、あの人を追い詰めてしまった‥‥。私もなんて年甲斐ない真似をしてしまったのかしら‥‥恥ずかしながら、あの時はもう嫉妬ばかりで、前も後ろも見えていないような状況だったのです」
「ご主人の浮気のことはご存知だったのですね」
 草間が尋ねると、弓子は深く頷いた。
「ええ。‥‥笠間・笙子さんだったわね。あの方がある日、突然この家にいらして「ご主人と別れてください。お願いします」って。とても真剣な目だったわ」
「何かきっかけがあったのでしょうか? 失礼ながら、もしかして、笙子さんは‥‥」
 九尾は、遠慮がちに言葉を選ぶようにして尋ねた。
 弓子はうなだれ、瞼を伏せた。
「ええ。‥‥笙子さんは妊娠していました。‥‥けれど、教授はおろすようにって彼女には話したらしいの。でも、笙子さんは産むと言い張って」
 弓子と山畑の間に子供は恵まれなかった。山畑との子を授かった笙子は、弓子に離婚を迫り、また山畑にも子供を育てることを認めさせようと奮戦した。
 しかし、山畑は笙子に簡単には折れてくれなかった。彼は笙子を愛してもいたが、弓子もまた愛していたのだ。さらに長年連れ添った弓子と別れることはまた、彼の今の地位と財産、名誉を全て失うことでもあった。
「‥‥そうですか」
 九尾は納得しつつも、その膝に置いた拳を強く握っていた。
「けれど教授の失踪後、笙子さんは結局赤ちゃんはおろしてしまったらしいですわ。‥‥あの人は答えを出さずに逃げてしまったから、きっと落胆したのでしょう」
「‥‥あの、質問してもいいですか?」
 シュラインが弓子に話しかけた。
「もしかして、奥様は、教授が箱根の山からどこへ消えたのか、ご存知なのではないですか?」
「えっ」
 弓子は目を丸くした。
「そんなの知りませんわ。知っていたら、とうに訪ねています。‥‥あの人は、何もかも残して一人で行ってしまったのよ」
「‥‥それじゃ質問の言い方を変えますね。‥‥教授はいなくなる前に、箱根の山の「神隠し」を調べられていたのではないですか?」
「‥‥」
 弓子は黙って、手の平で口元を押さえた。
「だって、‥‥教授は山の中で消えたのです。‥‥普通だと道に迷ったとか、谷に落ちたとか、遭難って風に考えるものだと思います。でも、奥さまは教授はどこかに行かれた、行方をくらませたと考えていらっしゃるようですし‥‥。何か思うところがあるのかしらって」
「‥‥そうね」
 弓子はシュラインを見つめて微笑んだ。
「あの人は箱根の「神隠し」の研究をしていましたわ。‥‥いなくなる前に聞いた事があります。もし、自分がいなくなったら、箱根の山の首なし地蔵を探せって」
「首なし地蔵‥‥?」
 九尾が問い返した。
「あの人がいなくなった後、私何度も箱根に行って、首なし地蔵を探し回りました。でも、どれだけ探しても見つかりませんでした。だけどきっと、主人はそれを見つけた。そしてどこかに隠れてしまった。‥‥そう思っているのです」
「‥‥」
 俄かには信じられないような言葉だった。
 けれど三人は同じ思いを胸に抱いた。
 弓子は山畑教授の生存を信じているのだ。そして自分が見つけ出すか、もしくは山畑が自分の意思で戻ってくることをこれから先も待ち続けるつもりなのだろう。
 そしてそんな彼女に、山畑教授を追うように、最近笙子が姿を消したことを話すことはためらわれた。

■■■山の中
 バス停で降り、そこから急な坂道を登り続けて三十分。ようやく目的のキャンプ場が見えてきていた。
「あのロッジだな‥‥」
 額に浮かぶ汗を拭うのは、黒いスーツ姿のピアスをつけた青年、真名神・慶悟(まながみ・けいご)。金髪に染め抜いた髪にスーツの下の鮮やかな色のシャツがよく目立つ。
「これくらいで息が上がるとは、修行が足りませんね」
 その隣で微笑むのは、斎・悠也(いつき・ゆうや)。艶っぽい黒髪に金色の瞳が甘く輝いている。高級ホストクラブでホストのアルバイトをしているという彼は、佇まいだけでもクールで涼しげだが、その額にはやはりじんわりと汗が光っているのを慶悟は見逃さなかった。
「‥‥そろそろですよ〜」
 二人の少し先を歩いていた守崎・啓斗(もりさき・けいと)が坂の上から呼びかけた。
 やはり元気の違いは、高校生という若さだろうか。爽やかな風情で、森を渡ってくる風にサラサラな茶色の髪を揺らしている姿に、悠也と慶悟も力が入る。
 啓斗の側まで追いついてくると、目的のロッジはすぐ近くに見えた。
 ロッジの近くの電柱には、古い尋ね人の張り紙がついている。山畑教授を探すものらしい。
「ほんとにどこに消えちゃったんでしょうね‥‥二人とも」
 啓斗は腰に手を当てて呟いた。
「こういう場合、例えば笙子さんが教授を殺して死体をどこかに隠した!っていうのも定番の一つとは思うけど、その後大規模な捜索がされたみたいだし、その線は外れかなぁ〜」
「どうだろうな。捜索といえど、死体を捜したわけじゃなく、遭難を前提としての捜索だからな。もし地面の下に教授がいたら見つからなかっただろうな」
 慶悟が山を眺めて、息をついた。
「‥‥そうですね。‥‥うーん」
 啓斗は額に指をついた。
 霊の気配はあまり辺りには感じなかった。幾つかの人の強い思念のようなものは森の奥に感じるが、箱根の山全体に流れる荘厳な霊気のようなものに包まれ、その気配はけして強くない。
「こちらが北‥‥」
 瞼をつむり、何かを感じるように、悠也が指を向ける。地上の磁場の流れを読み、指し示したのだ。
 北を向くと、右が東、左が西。背後が南。それぞれの位置関係を把握する。
 ロッジは南西にあり、そこから広がる森の入口は東北の向きだ。あまりよろしいとはいえない地形かもしれない。
 三人は、予約しておいたロッジの方へととりあえず足を向けた。
 それぞれ人と会ってから、ここに向かってくるという四人と草間探偵を待つためだ。

 ロッジの主人は、その事件の事を今でも鮮明に覚えていた。
 二年前の夏の日、ゼミの講習生7人と共に、山畑教授はロッジを訪れた。山畑教授がここを訪れるのは初めてではない。その一ヶ月前に、ゼミに参加していた女子大生の一人と共に二人で泊りに来ていたからだ。
「その時は、教授さんと生徒さんだなんて全然知りませんでしたけどね。後からいらっしゃってびっくりですよ」
 ははは、と熊のような大男の主人は豪快に笑ってみせた。
「二人で来た時は、何かこの辺りを散策したりしていたのでしょうか?」
 悠也が訪ねる。
「そうだね。山の中で何かを探したり、それと、この辺りに伝わる伝説を調べるって言ってたよ」
「伝説?」
 慶悟が問い返すと、主人は頷く。
「この辺りには昔から、着物を着た子供が現れて、旅人を道に迷わすって伝説があるんだよ。‥‥教授はそれを調べに来ていたみたいだったが」
「着物の子供‥‥」
 それは草間興信所に訪れた時に、雪が告げていたのと同じだった。
「片目のない子供らしいよ。教授はそう言ってた。地元の俺たちも知らないが、山の下の図書館やらの古い文献を調べて知ったらしい」
「へぇ〜。着物を着た片目の子供かぁ。ゲゲゲの鬼○郎みたいだね」
 明るく笑いながら啓斗が言う。慶悟はふむ、と腕を組み、顎に指を当てた。
 その時、悠也の携帯電話が鳴り響いた。悠也が取ると、それはシュラインからのものだった。
「そうですか、わかりました」
 ひととおり聞いて電話を切る悠也。
「みんな今、こちらに向かっているそうです。後1時間くらいかな?」
「そうか」
 慶悟と啓斗は頷き合った。

■■■山に響く声
 美しい蝶が、森の中を抜けていく。
 その横を編み笠を被った小さな法師も、光輝きながら後に続いていた。
 箱根の山中に複数放たれたその不思議なコンビは、何かを求め彷徨うかのように、はっきりと意思を持ち、闇の森を進んでいった。
「最近の陰陽師っていうのはさー」
 啓斗はロッジの窓から外を眺め、お互いの式神から入ってくる情報に集中している、悠也と慶悟の二人を眺めながら頭をかいた。
 金髪にピアスをつけた派手な外見の青年も、女性を惑わす甘いマスクの青年も、夜の街の匂いをぷんぷんさせた遊び人風。何故だ。
「世の中乱れてる‥‥うん」
「俺は陰陽師ではないですよ」
 悠也が振り向いてくすりと微笑む。
「あうっ。聞こえてたのかっ」
「生憎、地獄耳でね」
 くすくすと悠也は指を顎に当てて、微笑み続ける。啓斗は頬を赤くして、ぷいと首をそらした。

 ピッ。ピッピッピッピッ‥‥ピッ。
 他人には聞こえないような微かな音を発して、網膜センサーが辺りをモニターしていく。
 闇に落ちた森の中を、樹は朔と共に歩いていた。
「ねね、あれ見て。綺麗っ」
 朔が指差し、離れて歩き出すのを、樹はその手を慌ててつかんだ。
「離れるな、朔」
「あ、うんっ」
 後ずさりして、過ぎていく二つの光輝く動く物体を眺める朔。美しい蝶と、小さな法師。それは悠也と慶悟の扱う式神達が、人の目の届かない位置まで探索するために放ったものだ。
 着物を着た片目の子供。
 首なし地蔵。
 多数の行方不明者。
「カナン、あなたも行ってみてくれる?」
 朔は肩にいる、天使に声をかけた。カナンはこくりと大きく頷き、闇の中に清浄な光を放ちながらもぐりこんでいく。
「‥‥その子に会えば、きっと行方不明になった人達のことがわかるよね」
「だといいな」
 樹は朔の頭をなでた。
 手分けして調査をしたおかげもあって、行方不明者に関するデータも幾つか集められていた。
 ここ数年でこの辺りで失踪したと思われる者5人のその時の状況を調べると、借金に苦しんでいたもの、病気に悩んでいたもの、失恋したもの、皆、心に悩みを抱えていた。
 教授もしかりだが、そのため自殺を決意して山に入ったものと警察も考えていたことがわかった。

「九尾さん‥‥ね、九尾さん?」
 声をかけられ、桐伯ははっとしたように背後を振り返った。
 ロッジのテーブルに資料を広げ、草間探偵と相談をしていたシュラインは、心配そうに桐伯を見つめた。
「大丈夫? さっきからなんだか元気ないみたいだけど?」
「‥‥いいえ、大丈夫です」
 桐伯は薄く微笑んだ。
「そう?」
 シュラインは軽く首をかしげた。
 草間と共に地図を隅々まで見渡し、ロッジの主人にも聞いてみたのだが、弓子の言っていた
 ロッジの主人からコーヒーを受け取ってきた啓斗が、皆に運んできてくれた。桐伯はそれを受け取りながら、小さな声で言った。
「笙子さんは、子供をどうして中絶したのでしょうね」
「ん?」
 草間が振り向く。
 九尾が納得いかないのはそこだった。
「愛した人の子供であれば、例え一人であっても産んで育てようと考えるものではないのでしょうか」
「そればかりじゃないでしょ。経済的なこともあるし、笙子さんは学生だったし」
「‥‥それに、切り札って考えてもありますね」
 シュラインに続けて、慶悟と共にテーブルにやってきていた悠也が言った。
「教授を奥さんと離婚させて、自分と結婚してもらうために彼女には必要だったんじゃないかな。けれど、教授はどちらも選ばずに、一人で姿を消してしまった。彼女は子供を育てる勇気も、産む勇気も失った‥‥」
「‥‥勝手だ」
 九尾は深く息を吐いた。テーブルに強く置いたカップが、ゴト、と大きな音をたてた。
「子供は道具じゃない‥‥」
「そうだな」
 慶悟が頷いた。
「教授は柳田国男研究をしていたって言ってたな。‥‥片目の子供と聞いて思い出したんだが、確か柳田国男の本で一つ目小僧について扱われてた本があったな」
「え、ええ。『一つ目小僧・その他』ですね。聞いたことがある。確か、片目の子供は、生贄にされた子供の象徴ではないかと‥‥」
 何でそんな話を、というような表情で桐伯が答えると、慶悟は頷いた。
「神への供物として捧げられる予定の子供は、目印に片目を傷つけられ、そして村の者皆で神のように崇めたあとで、供物と称して殺してしまう。そんな風習が昔はあったらしい」
 慶悟は暗い森の方を眺めた。
「‥‥隠れ里に導くっていうその子どもは、そんな風に神と人の架け橋として死んだ子どもかもしれない。片目の子供に導かれる場所、それは神の住む場所なんじゃないだろうか」
「神の住む場所‥‥?」
 シュラインが問い返す。
 草間が山間の地図を再び眺め回す。
「この辺りで神が宿りそうな場所‥‥」
「それなら」
 黙って聞いていたロッジの主人が口を開いた。
「この山から真っ直ぐ奥に行って、それから谷川沿いに降りたところに、大きな滝がありますよ。昔は坊さんたちの修行場だったらしいが、今はほとんど人も立ち寄らないですが‥‥」

■■■
「んっ」
 センサーに熱反応が突然現れた。
「なんだ?」
「どうしたの?」
 朔はカナンをその方向に向かわせる。
 カナンは元気良く闇の中へと消えて行くと、しばらくすると微笑みながら戻ってきた。
「お帰り、カナン。何があったの?」
 カナンは朔の耳に近づくと、そっと囁いた。
 それを聞いた朔の目が丸くなる。
「えーっ」
「どうした? 朔」
「大変! 女の人が倒れてたって。多分、笙子さんみたいだって!!」
「何!?」
 二人が駆け出そうとした時、どこからともなく笛の音が辺りに響いてきた。笛の音はだんだんと大きくなっていく。
「‥‥朔、離れるな」
「う、うん‥‥」
 不安を表情に浮かべる朔を樹は強く引き寄せ、息を殺す。
 森の奥から、葉を踏む足音を響かせて、一人の青い水干を纏った少年が笛を吹きながら歩いてくる。
 少年は二人にまるで気がつかないように、まっすぐに向かってきた。やがて近づいてくるに従って、その少年の左目が傷ついていることに二人は気付いた。
 まるで刃物でえぐられたような傷だ。
「聞きたいことがある‥‥」
 樹は少年に話しかけた。けれど、少年は笛を吹くことに夢中で、こちらを見上げることもない。
 カナンは二人の前に出ると、白い光を放ち、二人を守る壁を作った。
 けれど、少年はそれらを全て無視して、二人の身体をすり抜けるようにして、すれ違っていく。
 少年の背を見送る二人の耳に、ロッジからかけてきた仲間達の声と足音がやがて響いてきた。すると、少年はふっと空気に混じるように消えていった。
「あ、あれっ」
「なんだ?」
 朔と樹は視線を見合わせた。
(仲間と一緒に行けってことか?)
 樹は、少年の消えた方向を見つめ、そう思った。少年と入れ違いのようにして駆けつけてきた仲間達と合流し、一行は滝の方向へと駆け出していく。それは、笙子が倒れているのをカナンが見つけた位置と一致していた。

 滝の音が近い。
 谷川沿いに歩いた途中の道に、笙子は眠るように倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
 九尾が声をかけ、揺り起こす。赤いヒールもワンピースも泥だらけだが、外傷らしい外傷は無い。
 二週間以上行方不明になっているのだが、飢えて痩せたという印象でもなかった。
「‥‥んぅ」
 笙子は瞼を薄く開いた。その視線の先には、シュラインと悠也が映る。
「‥‥あなたは?」
「あなたを探しにきた探偵よ。‥‥大丈夫ですか? 怪我はしていない?」
「怪我‥‥?」
 笙子は起き上がると、辺りを見回した。
「ここは?」
「ロッジの近くの森の中よ」
「‥‥えっ」
 笙子は突然立ち上がった。そして辺りを見回す。
「嘘」
「何があった?」
 慶悟が問う。笙子は慶悟を驚いたように見つめた。
「何って‥‥私、教授に会いに来て‥‥」
「教授の居場所を知ってるのか?」
「知らないわよ‥‥そんなもの‥‥」
 笙子はぽつりと呟き、再び葉の上に膝を崩した。
 悠也が前に踏み出し、笙子の顔を覗き込んだ。女性を扱うには自信がある。
「笙子さん‥‥落ち着いてください。‥‥私達は東京からあなたを探しにここまで来たんです。お友達の雪さんが依頼してくれたのです。‥‥何があったかゆっくり聞かせてくれませんか」
「‥‥雪が?」
 笙子の顔色が変わった。
「そうそう。お姉さんが消えてからもう二週間もたってるんだよ。‥‥その間どこに行ってたの?」
 啓斗が苦笑しながら話すと、笙子はさらに驚いた表情を見せた。
「二週間‥‥? そんな‥‥。やっぱりあそこは‥‥」
「やっぱり?」
 樹が繰り返す。朔はふと思いたち、滝の方向に向けてカナンを向かわせる。
「滝に何かあるのか」
 慶悟が呟く。式神は数回もその前を通っているが、特にかわった様子は見つけられなかったのだ。
 同じ結果の悠也も首をかしげる。既に二人の式神は滝の前で待機していた。
「‥‥私、教授に会っていたんです‥‥」
 笙子は呟いた。
「でも、すぐに返されたの。‥‥ついさっきのことです。‥‥二週間なんて‥‥」
「!?」
 驚いて皆が表情を変えた時。再び笛の音が森の中に響き始めた。
 今度は滝の方向から、おかっぱ頭のまずしい着物を着た少年が、クスクスと声をあげながら木陰に隠れたり手を振ったりしている。
「あれは‥‥」
「あ‥‥」
 笙子が顔色を変えた。
「呼んでるみたいね」
 シュラインか呟く。頷くと皆は森の奥に向けて歩き出した。
 少年はとても楽しそうな様子で、滝に向かって歩いていく。
 悠也に手を引かれながら、笙子も複雑な表情でついてきていた。

 長い下り坂を一行が降りている時、滝の前にその白い影はぽうっと空中に現れるように出現した。それを見守っていた式神はそれに驚き、近づこうとする。
『‥‥やあ、こんばんわ』
 二つの式神に右手を伸ばし、山畑教授は微笑んだ。
 後から追いついてきたカナンが、教授を見つけて、その周りを飛び交う。山畑は優しく微笑んだ。
『可愛いお客さんがたくさんだね‥‥君たちの連れに私は話をしなくてはならない。そうだろう?』
 カナンは教授を、下から見上げて、小さく声をたてた。
 山畑教授の左目が消えていた。そこには深く鋭利なもので傷つけられた跡があったのだ。

■■■回想
「あなたも首なし地蔵を探しにきていたの?」
 シュラインは歩きながら、笙子を振り向いて尋ねた。
「首なし‥‥地蔵?」 
「教授が奥さんに言っていたそうだから。‥‥自分がもしいなくなったら、箱根の山の首なし地蔵を探しなさいって」
「‥‥そういえば、入口にあったわ」
 笙子はぽつりと呟いた。そして深い吐息をついた。
「そんなこと言ってたんだ‥‥奥さんには‥‥」
「それじゃ何をしに来てたの?」
 啓斗が尋ねると、笙子は首を横に振った。
「思い出を捨てようって思ったの。教授にはもう二度と会えないんだ、ってきっぱりとあきらめようって‥‥」
「へぇ」
 啓斗は笙子を斜めに見つめた。
「そんな目で見ないで」
 笙子は啓斗を睨み返す。
「私だって‥‥教授のこと愛してたの。‥‥奥さんになんか負けないくらい‥‥。なのにどうして‥‥奥さんにはそんなこと‥‥」
 笙子は再び吐息をつき、ぽろぽろと涙をこぼした。
「まだ泣くには早いな」
 慶悟が苦笑しつつ笙子に告げた。
「滝で教授が待っている。何かを伝えたいらしい」
「えっ」
 笙子は顔を上げた。
 隣で悠也も暗い表情を浮かべ、それから笙子の手を強く握った。
「もうすぐですよ」
「‥‥私、行かない‥‥行きたくない‥‥」
 笙子は足を止める。
「どうして?」
「‥‥」
 悠也に見つめられて、笙子は黙った。

 滝の下で待っていた教授は、一行が近づくと、優しく目を細めた。
『お手数をかけましたね』
「あなたが教授ですね」
 草間が前に出る。教授は手を差し伸べ、二人は固く握手をした。
 全員が気付いていた。山畑教授のその姿は、生きている人間のそれではなかった。幽霊だった。
『彼女を頼みます‥‥無事に家まで送り届けてください』
「ええ」
 悠也は頷く。怯えた表情の笙子の腕は硬く握ったままだ。
『笙子』
 教授が笙子を呼んだ。
 笙子は泣きそうな顔で教授を見上げる。
『私は君を愛していたよ。だから、君の判断を責めない、それに、そのおかげで私は里に住むことができた。‥‥感謝すらしています』
「教授‥‥」
 笙子は涙をこぼし、膝を崩して地面に座り込むと大声で泣きだした。
「教授がいけないの! 別れようなんていうから! 私が欲しいのはお金じゃないって、わかってるくせに!!」
「どういうこと?」
 啓斗が悠也を見上げた。
「あなたが思ってた通りですよ。‥‥笙子さんは二年前、ここで教授を殺したんだ」
「えっ!!」
 啓斗は大声を出して、恐る恐る教授を見上げた。シュラインと草間も驚いて、悠也を見つめる。
『笙子を責めないでやってください。全ては私が悪いのだ。‥‥ただ、いつまでも私を待ち続ける妻が可哀想で、彼女を安心させるためにはあれが必要だと思うんです』
 教授は滝の方を指差した。そこにはおかっぱ頭の着物の少年がいて手を振っている。
 草間と啓斗が駆け出した。
 少年が指し示す大きな岩をひっくり返すと、そこには白骨が散らばっていた。
『私の昔の身体です』
 教授は微笑んだ。

 二年前のあの夜。
 ロッジを出た教授と笙子は、真夜中の山を歩きながら、近くにあると聞いていた滝を見に出かけていた。
 教授は滝と少年が関係あるのではないかと疑っていた。翌日にゼミの講習生と共に訪れる予定ではあったのだが、教授に二人だけで行こうと持ちかけたのは笙子の方だった。
 その頃には、笙子と教授の関係はあまり上手くいってなかった。
 人前で仲睦まじくすることを、少しずつ教授が嫌がり、困った表情をしてみせるようになっていたことを笙子は気付いていたのだ。
 二人きりになって話したい。けれど、滝の下で話していた二人の話は、次第に別れ話へと変わっていった。
「笙子、お前は若い。‥‥私のような老いぼれの相手をしなくても、幸せになれるんだよ」
「‥‥あなたでなくちゃ駄目なんです。‥‥どうしてそんなことをいうの?」
 二人の話はいつまでも終わらなかった。やがて二人の頭の上に、聞いたことのない笛の音が響き始めた。
「ああ‥‥そろそろ戻らないと、山の神が怒り出したかもな」
 教授は苦笑した。
「帰ろう、笙子。皆が起きて心配しているかもしれないよ」
「嫌」
 笙子は駄々をこねるように呟く。
「笙子」
 困った顔の教授。しかし、笙子はここから離れれば、もう二度と教授は二人きりでは会ってくれないに違いない。そう確信していた。
「教授、それなら、ここで私と死んでください」
「えっ?」
 笙子は持ってきていたナイフを、バッグから出すと、教授を見つめていた。
「あなたを殺して私も死にます」
「‥‥笙子」
 教授は溜息をついた。そして、笑った。
「殺すなら、私の左目に刺してくれ。死ぬのはいいよ、笙子に殺されるなら満足だ」
 左目を傷つける意味を笙子は知っていた。それは冗談だったのかもしれない。けれど、笙子は教授の隙をつき襲いかかると、背中を刺し、腹部を刺し、そして最後に左目に深くナイフを突き刺した。
「満足でしょ‥‥これで」
 笙子は微笑んだ。
 息絶えた教授の身体を、滝の近くに穴を掘って埋め、返り血のついた上着を脱いで畳んで腕にかけると、ロッジまで急いで帰った。

『笙子には感謝しています。この滝は、神の世界と通じています。私は、里の住人として迎えてもらって、今はここで幸せに暮らしています』
 教授は微笑む。
 ふわりといくつもの大小の光の玉が滝から現れ、教授のまわりに飛び回る。
 ふと地面で泣きじゃくっている笙子の身体の中からも、小さな光が飛び出す。
『この子は私が育てるよ、笙子』
 教授は微笑む。
 九尾は溜息をついた。
「あなたは‥‥優しいのかもしれないけど、ひどい人です」
『‥‥ええ』
 教授は頷いた。
『わかっています』

 やがて滝の周りには深い霧がたちこめてきていた。
 教授はそれを見上げ、彼らに告げた。
『そろそろ帰られた方がいい。‥‥笙子のように道に迷わせてしまう』
「そうか」
 慶悟は教授に頷いた。
「何か奥さんに伝言はありますか?」
 シュラインが尋ねると、教授は首を横に振った。
『伝えれば、彼女はここに来ようとします。骨だけで十分でしょう』
「そう‥‥」
 シュラインは頷いた。
「それがいいだろうな」
 樹はいい、笙子を立ち上がらせる。
「おまえは‥‥? 別れの言葉はいいのか?」
「私は‥‥」
 笙子は俯き、微かに震えていた。
『すまない、笙子』
 教授は頭を下げた。けれど、それ以上会話をするわけにはいかなかった。霧がどんどん深くなっていき、道が見えなくなってきたからだ。
『道がわかるうちに早く』
 教授の声を背に聞きながら、彼らは駆け出した。
 来た時よりも倍以上の距離を駆け続け、ロッジにたどり着いた時には、既に朝になっていた。
 
■■■エピローグ
 ロッジから戻ってきた一行は、草間興信所でひと時の休息をとっていた。
「笙子さんはどうしてもう一度、箱根を訪れたのかしら?」
 事件の全容をファイルにまとめつつ、シュラインはふと浮かんだ質問を草間探偵に投げかける。
「‥‥遺体の場所を、別な場所に移し帰るのが目的だったらしい。岩の下に押しつぶされた場所では気の毒だから、墓を作るつもりだったんじゃないかな」
「そう」
 シュラインは呟いた。
 笙子はその後、警察に出頭した。自主出頭ということで、罪は幾分か軽くなるかもしれないが、人を殺してしまった罪は重い。
 しかし償わないよりも、心の呵責は減ることだろう。
 こもっていく霧の中で、首なし地蔵を見たのは、朔だけだった。
 駆け出していく仲間達の中で、セトが朔を背後から呼んだ。
 朔がつられて振り返ると、霧の奥には、見たこともない里の入口が広がっていた。
 石が詰まれた門の脇には、首のない地蔵が赤い前かけをして立っていた。
 その里の入口の前で、教授と、着物を着た片目の子供達が、にこやかに手を振っているのを見たのだ。
「‥‥不思議な事件だったねぇ‥‥」
 忘れられないその景色。思い出しながら朔が呟くと、紅茶を入れてくれた樹が、それを差し出しながら微笑む。
「そうだな。‥‥」
「女性とは哀れなものです」
 同じく紅茶を受け取って、桐伯は深く息を吐いた。
「そうですよ。女性とは哀れなものだ」
 納得しながら悠也が頷く。ホストクラブでたくさんの女性客を見てきた彼がいちばん、笙子の気持ちを理解しているのかもしれない。
「まあ、でも、解決したし。雪さんもほっとしてるかな‥‥いや、驚いてるだろうけど」
 啓斗が頭をかきながら、眠そうに目をこすっている。車の中で少しは寝ていたとしても、一晩寝ていないのだ。
 けれど、ずいぶんと早い一晩だった気はする。あの霧の中に入ると、時間は早送りに流れるのだろうか。
「驚いているだろうな」
 慶悟は苦笑する。
「だが‥‥案外、わかっていたりしてな。‥‥女の勘は鋭いっていうし」
「そうね」
 シュラインは弓子の事を思い浮かべながら頷いた。もしかしたらあの人もわかっていたのかもしれない。
 何もかも。
 けれど、夢のような物語のような、そんな伝説を愛した主人の言葉を信じて、修羅の思いに身をやつされるのを避けたのかもしれない。
 そんな気がした。

                         おわり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 シュライン・エマ 女性 26 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0164 斎・悠也 男性 21 大学生・バイトでホスト
 0332 九尾・桐伯 男性 27 バーテンダー
 0389 真名神・慶悟 男性 20 陰陽師
 0554 守崎・啓斗 男性 17 高校生
 1231 霧島・樹 女性 24 殺し屋
 1232 新堂・朔 女性 17 高校生
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■             ライター通信                ■
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 うう。またもやお待たせしてしまいました。
 本当に申し訳ありません。
 お世話になっています鈴猫です。反省して箱根の山に篭って、滝に打たれてきたい心境です。
 そのまま隠れ里に消えてしまうかも! でもそれもいいなぁ‥‥。<マテ
 
 またもや長いお話になってしまいました。
 皆様のプレイングを眺めているうちに構想がどんどん大きくなってしまって。
 OPの時に想像していた話とは少し変わってしまいましたが、皆様どんな感想をお持ちになりましたでしょうか。
 また違う依頼で、皆様とお会いできることを楽しみにしております。
 それではまた。

                                鈴猫 拝