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<東京怪談・PCゲームノベル>


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「うっうっ……っ寒いぃぃぃ……っ」
パジャマの上に半纏を着込み、三下は玄関口に一番近い木の根本に蹲っていた。
誰一人、手伝おうとか一緒に番をしようと申し出てくれる住人はおらず(と言うか最初から期待していないが)、オリオンの輝く寒空の下、三下は白い息を吐きながら玄関を見張っていた。
時刻は3時。
この調子で朝まで過ごさなければならないのかと思うと、気が重い。その上、今日に限って犯人が現れなかったりしたら目も当てられない。そう考えて、三下は溜息を付いた。
人生の9割は運の悪い自分である。そんな可能性がなきにしもあらず……。もし犯人が今日現れなかったら、明日も番をしなければならないのだろう。考えれば考えるほど気が重い。瞼も重い。冷え切った体も重い。
……半ば意識が飛びかけた時、門の辺りで何やら気配がして、三下は慌てて木に隠れつつ門へ向かった。
「……?」
犯人か。三下は僅かに身構える。
しかし、三下の目に映ったのは、一瞬煌めいた銀の光と飛び散る白い紙片……。
「レッツ八つ裂きの刑っ☆」
そして何やらやたら元気の良い子供……いや、少年の声だった。
ギャァ、ともグゥとも付かない短い叫び声と共に、黒い影が身を躍らせる。
「八つ裂き八つ裂きぃっ☆飛び散れぇ〜ぃっ!!」
深夜だと言うのに周囲を全く気にしない、科白の割に妙に楽し気な声。
「……水野……君?」
三下は隠れることを忘れて、思わず少年の名を呼んだ。
呼ばれた少年は、宙に翳した銀色のナイフを止めて振り返る。
「あっ三下さんだーっ♪こんばんはっ!」
暗闇に溶け込んでしまいそうな黒い服の少年は、確かに三下の良く知る水野想司少年だった。
露わになった白い顔と首筋、そして手だけがぼんやりと浮かび上がったように見える。
「君、こんな時間に何してるんだい……?」
少女の様にも見える、まだ何処か幼さとあどけなさを残した少年は14歳。午前3時と言えば家で寝ている時間であろう。しかし水野はそれに応えず、
「あっコノヤロウ、逃げるなっ!」
と黒い影に向かってナイフを投げた。しかしナイフは虚しく空を切り、硬質な音を立てて地に落ちた。
「クッソ」
水野は短い悪態を吐き、三下に向き直る。
「悪いけど!今、遊んであげる時間ないんだ。残念だけど!また今度遊ぼうねっ!じゃねっ☆」
三下が言葉を挟む間もなく早口に言うと、素早くナイフを拾い上げ闇に消えて行った。


水野想司は上機嫌で暗闇の中を歩いていた。
追い掛けていた吸血ゾンビを見事に仕留め、いざ眠りにつかんと手の中でナイフを弄びながら家路を辿る。
「あ。そー言えば」
と、住宅地の十字路で立ち止まって水野は首を傾げた。
「三下さん、一体何やってたんだろ」
吸血ゾンビを追い掛けている途中、偶然あやかし荘の通ったのだが、午前3時と言う時間に彼は玄関の横に潜んでいた。一瞬、閉め出されてしまったのかとも思ったが、出で立ちを思い出してみるとそう言う訳ではないらしい。その後も、あやかし荘近くの時度販売機の辺りをうろついてる三下とすれ違ったし、建物の裏手辺りをコソコソ動いているのも見かけた。
誰かを待っているのか、何かを探しているのか……。
腕に嵌めた時計を確認して、水野は右に曲がるべき道を真っ直ぐに進んだ。
午前5時。
もしかしたらまだ外に居るかも知れない。
「取り敢えず、行ってみよーっ☆やってみよーっ♪」
鼻歌を歌いながら、水野は暗い道を進んだ。
暗い道、と言っても目は充分に慣れているので足取りに迷いはない。
鼻歌に合わせてステップでも踏むように歩き、水野はあっと言う間にあやかし荘に辿り着いた。
門柱に身を隠し、玄関を覗くと……、いた。
隠れているつもりなのか、たまたまそこに座っているのか、玄関脇の木の下に蹲った三下は、ジュースの缶を片手に船を漕いでいた。
「……??もしかして、管理人さんに追い出されちゃったのかな……?」
呟き、水野は足音を忍ばせて三下に近付く。
三下は全く気付かないらしい。
半纏で体を覆うように丸くなってしゃがみ、ゆらゆら揺れている。
水野はスッと息を吸い込んで、三下の耳元に顔を近づけると、
「わっ!!!」
と声を上げる。
「うひわぁっ……!!!」
三下は奇妙な悲鳴を上げて、尻餅を付いた。その拍子に、手から缶が落ちる。
「三下さん♪こんな処で何してんの?」
だらしなく口を開いて呆然と自分を見る三下に、水野はにこりと笑いかけた。
「みっみみみみみっ」
「みみ?……耳?」
「みっ水野君ッ!?」
下を噛みそうな調子で言って、三下はキョロキョロと辺りを見回す。
「はい?」
「え?」
返事をした水野に、三下は身を起こしながら振り向いた。
「え?じゃないよー。呼んだから返事したんだよ?」
「え?あ、ああ、そうか。ごめんごめん」
「三下さん、こんな時間にこんな処で何してんの?」
横に腰を降ろして、水野は溜息を付く三下を見た。
「うん……、あ飲むかい?」
三下は半纏のポケットから缶コーヒーを2本取りだして、1本を水野に渡した。
「いや、実はね」
と、プルトップを持ち上げて開けると、もう冷たくなった元・ホットコーヒーを3口程飲んだ。折角貰ったので、水野も遠慮なく飲む。
「最近玄関に動物の死骸が置かれていてね」
三下は不器用だが手短に自分が外にいる経緯を話した。


「あー……もう5時を過ぎてるんだねぇ。眠いなぁ……」
経緯を話し終えた三下は辺りを伺って犯人の姿を探す。
「うーん……」
両手を空に向けて体を伸ばす三下の横で、水野はポンッと手を打って立ち上がった。
「そっか☆謎は全て解けたよっ☆」
「え?」
座った自分を見下ろす形で立つ水野を見て、三下は目元に浮かんだ涙を拭った。
「何が?」
「丁度、さっき女子高生の血液萌えを主張する変態さんな吸血鬼とその手下を滅殺したけれど…この夜に限って三下さんに出会いまくるその訳は…」
一気に言って、水野は細い指で三下を指す。
「ズバリ!事件の黒幕は、三下さんだったんだね!」
「え……えぇ!?」
にっこりと笑みを浮かべて三下を見下ろし、水野は続けた。
「動機は管理人さんにもてようという自作自演っ☆(ホロリ)」
「いっいや、あの、水野君、」
三下は我が耳と、目を疑いつつ水野に何か言おうと口を開けたが、言葉が出てこない。
しかし水野はそれに構わず、さっと銀のナイフを取り出して三下に向ける。
「ということで…謎が解けたらバトルに移るのがお約束っ☆」
「わっ!あ、ななな、何だい、危ないよっ!」
慌てて腰を上げる三下。
その様子を楽しむように、水野は満面に笑みを浮かべて身を構えた。
「さあ、三下さん!あの『ナチスのゾンビとフラダンスin水野祭り(←?)』の時の真の力…もう一度僕にみせておくれッ☆(はあと)」
「えぇぇ?な、何だいそ、それはっ……!」
三下にしてみれば、全く訳が分からない。
何故この寒空の下で延々番をした挙げ句に水野に襲われなければならないのか。
しかも『ナチスのゾンビとフラダンスin水野祭り(←?)』って何なんだ!?
ゾンビとフラダンスを踊った経験など一度もない、いやむしろ、水野祭りって何なんだ。参加した事ないぞ。
「ちょっちょっと、水野君!!」
軽やかに身を躍らせる水野から必死で逃げながら、三下は状況の説明を求めるべく口を開くが、逃げるだけで精一杯。言葉らしい言葉が出てこない。
立ち止まろうものなら水野が飛びかかって来るし、油断すれば(油断しなくても)銀のナイフが飛んでくる。
「ヒィィィィィッ!」
出来る事と言えば、精々叫ぶだけである。
「僕からは逃れられないよっ!三下さん!いざ覚悟っ!」
「うわぁぁぁっ」
ナイフ共々飛びかかってきた水野を間一髪で木の陰に隠れてかわし、三下は一瞬肩で息を付いた。
「凄いなぁ三下さん!流石僕が見込んだだけあるよっ!」
水野は次なる攻撃を仕掛けて暗闇の中で動きまわる。
「嬉しいなぁ☆三下さんとこうして戦う事が出来るなんてっ!」
頭を抱えて地にしゃがみ込み、三下はどうにかナイフから身をかわした。
「すっストップ!水、水っ野っくーん!!」
しかし水野に聞く耳はない。
更に楽しげな笑みを浮かべると、ぴたりと動きを止めて三下を見据えた。
「三下さん、意外と素早いんだね。でも、これで最後だよ」
言葉が終わるや否や、三下の胸元に飛び込む。
三下は逃げ切れず、水野共々地に伏せた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
三下の上に馬乗りになった水野が銀のナイフを振りかざす。
宙で妖しく煌めく銀の光。
ああ。死んだ。
今日と言う今日は死んだ。
何て人生なんだ。散々だ。こんな処で、こんな格好で、自分よりも遙かに若い少年に冤罪で殺されてしまうなんて。
呪うぞ。怨むぞ。我が人生!!
いよいよ生命の終わりを感じた瞬間、
スパコーンッ!
と、妙に小気味の良い音が空を切り、数秒送れて水野の手からナイフが落ちた。
「ヒィッ!」
落ちてくるナイフをとっさに顔を背けて避けると、三下は身を起こす。
水野は三下の腹の上で頭を抱えて呻いていた。
「ったぁーっ」
何事かと見ると、妙に大きなハリセンを持った天王寺綾が斜に構えて立ち、自分達を見下ろしていた。
「て、天王寺さん……?」
名を呼んだ三下に、天王寺は遠慮容赦なくハリセンを叩きつける。
「わっ!」
痛みに頭を押さえる三下。
「痛いなぁっ!」
水野はキッと天王寺を睨み上げた。
しかし、
「やっかましいわ!」
の一声に押されて息を飲む。
「何時やと思てんねん!朝っぱらから五月蝿くて眠られへんわっ!」
白い光沢のあるパジャマの上にコートを着込んだ天王寺には異様な迫力があり、水野も三下も一瞬本気で怯えた。
「い、いえ、天王寺さん、僕はその、玄関で番を……」
「どこが番してんねん!あんた等みたいに騒いでたら犯人かて逃げるわ!」
ごもっとも。
「あ、でもでも、三下さんが犯人なんだよー。だから僕が成敗を……」
「お黙り!」
三下の腹の上から起き上がった水野に一喝を入れて、天王寺はクッと顎を門の方に向けた。
「あれ、見ぃ」
水野と三下が門に目を向けると、門柱の下の方に、小さな獣の影があった。
よく見ると、猫だ。
「ね、猫……?」
ずり落ちた眼鏡を上げて呟いた三下に天王寺は頷いた。
「あの猫が犯人や。ほら、口に」
言われるままに口を見ると、猫は大きな鼠をくわえていた。
「やっぱり猫の仕業だったんですね……」
言って、三下は門の辺りでこちらに来ようかどうしようか迷うかのように右往左往している猫を見た。
「あれ?」
「三下さん、知り合い……?」
水野は銀のナイフを手の中で弄びながら尋ねた。
「うん、知り合いと言うか、2週間位前に箱に入ったまま川を流れてたのを助けた猫じゃないかな」
猫は金色の目を光らせて、既に死んでいるらしい鼠を地に置いて、一声鳴いた。
「もしかして、鶴の恩返しならぬ猫の恩返し?」
三下の言葉に応えるように猫は再び鳴いて、サッと闇に紛れて行った。
「なーんだ」
水野は興ざめしたように溜息を付いて、ナイフを仕舞う。
「犯人は三下さんじゃなかったんだ」
「違うよっ!」
額に浮かんだ汗を拭いながら、三下は溜息を付く。
兎に角、水野との戦い(いや、むしろ一方的な攻撃?)は終わったし、無事犯人が分かったし。
一件落着。
と言って良いだろう。
猫の恩返しに関しては、猫の気が済むまで暫くは好きにさせてやるしかない。
「あーあ、何か疲れちゃったなぁ」
時計を見て水野は体を伸ばした。
午前6時。
家に帰って惰眠を貪ろう。
猫の話しをしたら、森里しのぶが喜ぶかも知れない。
「そろそろ帰るね〜。三下さん、また遊ぼうねっ☆」
軽やかに足を踏み出して、水野はまだ暗い道を辿り始めた。
いや、もうちょっとあんまり遊びたくないかな、と言う三下の返事は、生憎耳に届かなかった。

end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
  0424 / 水野想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター


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■         ライター通信          ■
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ご利用、有り難う御座いました。