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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dolls

「はーっ!!!」
盛大な溜息を付いて、羽柴遊那は両手に提げた荷物を下ろした。
酷く肩が痛い。
首を軽く回してから、遊那は時計を確認した。
午後10時40分。
予定を少し遅れてしまったが、まぁ良い。遅くても11時と言うのが約束だった。
右手で肩を叩きながら、遊那は建物を見上げて満足気に頷いた。
あやかし荘。
名前は変だが建物は良い。
緑の多い敷地に、古びた3階建ての建物。古びた、と言っても古臭いのでも薄汚れているのでもない。
むしろ古さの割に清潔感があり、どこかノスタルジックな雰囲気がある。
フォトアーティストの遊那が人気子役女優の写真集の仕事を受けたのは1週間程前。
このあやかし荘を見つけたのはつい先日の事だった。
女優と、あやかし荘のイメージがぴたりと一致した。
このあやかし荘を舞台に、写真を撮りたい。
そこで管理人の電話番号を調べ、約束を取り付けてカメラを持って訪れたのだ。
今日は取り敢えず、建物のイメージを掴むためのテスト撮影。
尋ねるには非常識な時間帯だが、物のイメージは時間によって全く異なる。
明日が日曜である事を前提に、午後11時から午前1時までの撮影許可を取った。
「しかし重いわ……」
溜息を付いて、遊那は下ろした荷物を再び持ち上げる。
カメラだけでも大概重いが、今日はそれに加えて豪華重箱5段重ねの手料理を、住人達への差し入れとして持参した。
大事なカメラを納めたケースと、紙袋に詰めた重箱。
これはもう、殺人的な重さだ。
「こんばんはー」
遊那は玄関に立ち、余所行きの声で呼びかける。
このアパートの管理人は因幡恵美と言うらしい。
玄関で声を掛けて下さったらすぐに出ますと言われたのだが、綺麗に掃除された廊下に人気はない。
「こんばんはー、羽柴と申しますが」
遊那は再度声を掛ける。
しかし、管理人からの返答はない。
よもや約束を忘れて寝てしまったなどと言う事はあるまい。
例え管理人が忘れていても、ここで声を掛ければ住人の誰かが気付きそうなものだ。
「あれ、どうしたんだろう?」
待てど暮らせど返答はない。
耳を澄ませてみると、何か物音が聞こえる。と言う事は、住人が居ないわけではない。
「すみませーん。管理人の因幡恵美さんはご在宅ではありませんか」
少し声を大きくして呼びかけるが、やはり何の返事も返ってこない。
「音が聞こえてるから大丈夫だと思うけどちょっと、おかしいわね」
遊那は呟いて、中へ足を踏み入れた。
キョロキョロと辺りを見回す。
確かに何処からか音が聞こえるが、その所在が分からない。
そして、廊下にも階段にも人の姿はない。
しかたがない、ここでボンヤリ立っているよりは何処でも良いからドアを叩いて管理人室を教えて貰おう。
遊那は玄関に一番近い扉を叩こうとして、手を止めた。
この部屋に誰かがいるならば、玄関で呼びかけた時に既に返事があっただろう。と言う事は、留守なのか。
いっそ一番離れた扉を叩いてみよう。
遊那は重たい荷物を抱えて廊下を進んだ。
「でも何だか妙に静かね……、本当に住人居るのかしら……」
音が聞こえる=誰かがいる、だろうと思うが、音と言っても鼠が動くような小さなコソコソと言う音だ。
「戒那がいたら、サイコメトリーして貰えるのに」
どうにか音の所在を確かめようと耳を澄ませて、遊那は呟いた。
「…………」
一番奥の部屋に辿り着く寸前になって、足を止めた。
振り返って、玄関からの距離を測る。
充分に声の届く範囲だ。
「2階かしら」
遊那は既に行きすぎた階段まで戻り、段を登った。


「こんばんはー」
二階の踊り場に立って、遊那は呼びかけた。
期待していないが、返事はない。
「夜の11時に誰もいないアパートなんて、ちょっと珍しいわよね」
それに、確かに管理人は「その時間帯なら殆どの方がいらっしゃいますよ」と言った。
住人達が全員そろって外出した、なんて事はまずあり得ないだろう。
「あ」
長い廊下を見渡して、遊那は一つだけ僅かに開いた扉があることに気付いた。
僅かに光が漏れている。と言う事は、あそこには誰かがいるのかも知れない。
この際寝ていたって起きて貰おう。
遊那はいい加減重たい重箱の入った紙袋を下ろし、カメラだけは肩に下げて扉の前まで進んだ。
扉の上には『桔梗の間』と書かれた板が貼られていた。
扉をノックしかけて、手を止める。
中から声が聞こえた。
テレビかラジオから聞こえてくるような小さな声だ。
人の部屋を覗き見するのはどうかと思ったが、遊那は好奇心に駆られて、僅かに開いた扉の影からそっと中を覗き込んだ。
「………」
目に映った光景に、遊那は眉を歪める。
部屋中、テーブルや棚、ベッド、椅子、至る所が人形に埋め尽くされていた。
「何なの、これ……」
遊那は思わず声を殺して呟いた。
異様なまでの人形の数。
子供が持つような20cm足らずのバービー人形、高価そうな西洋のアンティーク人形、派手な着物を纏った日本人形、妙にリアルな30cmほどの大きさの人形もある。それぞれにスーツや着物、エプロンなどを身につけて目を開いて虚空を見つめている。
「妙にリアル……?」
いや、リアルどころではない。
「人間をそのまま小さくしたみたいだわ……うんん、そうじゃない、」
人間。
人間が、何者かによって人形にされたとしか思えない。
遊那は視線を廻らせて更に部屋の中を見た。
「……!」
一瞬声を上げかけて、慌てて手で口を塞ぐ。
釘付けになった視線の先には50cm程度の少女のアンティーク人形と、それよりやや小さい少年の人形が宙に浮いている。
古びているが、高価そうな人形だ。
少女の方は石膏の肌に、大きな青い瞳。やや濃い茶色の髪は緩やかなウェーブを描いて背中に垂れている。
黒いフリルのヘッドドレス、純白の大きなリボンを結んだ黒いブラウス。小さな手には、黒いレースの手袋を嵌めている。
少年は幼い顔立ちで灰色のスーツに茶色の革靴。
その下に、2体の人形を見上げる人形がもう1体。
そちらは30cm程の大きさで、背中をこちらに向けているが、金色の巻き毛がふわりと背に垂れている。
不意に、少女の人形が地に降りたち、コトコトと足音を立てて巻き毛の人形に近付いた。
何か話しているらしい。小さな唇が、人形とは思えない優雅さで動く。
遊那は更に耳を澄ました。
「何を話しているのかしら」
人形達が話しをする異様な光景。
写真に納めてみたい気もするが、今はそれどころではない。
この人形達の中に、アパートの住人がいるのならば、助けなければ。
そう考えた遊那の耳に、やや高い少女の声が届いた。
「私達と一緒に、人形の家族を増やすのよ!私達を捨てた人間を、みんな人形に変えてしまうの!」


「駄目よ!」
思わず叫んで、遊那は扉を開いた。
3体の人形が一斉に振り返る。
「そんなの、駄目よ」
「oh,驚きましたネ」
巻き毛の人形が振り返り、白い石膏の可愛らしい顔を器用に動かして、驚いた表情を浮かべる。
少女と少年の人形は遊那を睨み付け、動きを止めた。
「君たちがこれをやったの?どうして?」
「ミーじゃないでース」
巻き毛の人形は肩を竦めて答える。
「どうして、ですって?」
少女がゆっくりと口を開き、宙に浮き上がった。
「あなた達人間の勝手にはうんざりだわ。何時だって、あなた達は私達をただの玩具としか見ていない。」
大きな青い目で真っ直ぐに遊那を見つめて、あどけない少女の顔を持った人形は続ける。
「気に入っている間だけ可愛がって、飽きたら捨てる。忘れられた私達がどんなに惨めかなんて考えもしない」
そんな事ない、と言いかけた遊那を人形は指さした。
「あなたも、人形にしてあげる。私達人形の家族の一員よ。」
にこりと微笑む少女人形の横で、優しい茶色の瞳を持った少年の人形がクスクスと笑った。
「この人はどんな役割なの、お姉ちゃん?」
「何でも、あなたの好きに決めて良い。それともプリンキア、あなたが決める?」
少女人形は巻き毛の人形を振り返った。
「プリスと呼んで下サい」
「良いわ、プリス。あなたがこの人間の役割を決める?」
プリンキアと呼ばれた人形は困った様に微笑んで、遊那に近付いた。
「待って。人間を人形に変えたって、キミ達の惨めさなんて誰にも伝わらないわ」
「あら、あなた達みたいに自由気ままに動きまわる事の出来る人間が自由を奪われてただ座ってるしか出来ないって、凄く惨めだと思うわ」
「そう言うのは、良くないネ」
「え?」
首を傾げる少女人形。
「ミーはこのヒトを人形にして欲しくないでース」
少なくとも、このプリンキアと言う人形は見方らしい。
遊那は少女人形を真っ直ぐに見つめた。
「ねぇ、彼等は君達とは違う。君達人形が人間になれないように、私達人間も人形にはなれない。彼等を元に戻して」
「sorry、ミーはユー達の仲間にはなれないヨ」
「プリス、人形なのに人間の見方をするの?」
少年人形が遊那とプリンキアを交互に睨み付ける。
「ミーはドッチの味方もしたくないでース。 ミーは人形も人間も大好きヨ」
「馬鹿みたい!」
少女人形は叫んだ。
「人間なんて大嫌いよ。私達は人間と暮らした事を永遠に覚えているのに、人間はそんなのすぐに忘れちゃうのよ。私達なんかいなかったみたいに振る舞うんだから!何度も抱いて可愛がってくれた。色んな名前で呼んで毎日語りかけてくれたのに、いつの間にかそんなの忘れちゃうの、そして私達を捨てるのよ!」
少女人形は駄々をこねる子供の様だった。
遊那は思わず少女人形を抱きしめた。
「違うわ」
「何よ、離してよ!」
胸の中でゴソゴソと動く少女人形を更に強く抱きしめて、遊那は言った。
「違うの。私達は君達を忘れてなんかいない。色んな事情があって、君達を手放したりしたけど、君達と遊んだこと、ずっと覚えてる。忘れてなんかいないわ。思い出して、懐かしく感じるもの」
「…………」
もがくのを辞めて、少女人形は遊那を見た。
「永遠に、私達が死ぬまで、君達と過ごした記憶は残ってるよ」
「本当に?」
「本当」
遊那は少女人形の耳元に、子供の頃持っていた人形の名を囁いた。
「可愛い名前ね」
少女人形は僅かに笑みを浮かべて、ゆっくりと遊那から身を離した。
「君は、この部屋の人間の持ち物なの?」
頷く少女人形に、遊那は微笑んだ。
「だったら、凄く大切にされてると思うわ」
「ミーもそう思イまス」
プリンキアが頷く。
「Miss綾はDollがトッテモ好きでース」
プリンキアに頷きかけて、遊那は続けた。
「キミの着てるドレスも、あっちの少年が着てる洋服も、とっても素敵。髪だって綺麗に梳かしてる。ただ飾ってるだけなら、こんなに綺麗に手入れしないもの」
「うん、ここの人間は、僕に話しかけてくれたよ」
「でしょう?」
「僕たち、凄く寂しかったんだ。」
少年人形の言葉を、少女人形が継いだ。
「ある日、自分たちが意志を持って動ける事に気付いたの。そして、人間を人形に変える力を持っている事にも気付いたの」
寂しさを紛らわす為に、自分達を捨てて忘れた人間に復讐する為に、このアパートの住人達を人形に変えたのだ、と少女人形は言った。
「ごめんなさい」
少女人形はゆっくりと目を閉じた。
「彼等を人間に戻すわ。そして、私達はまたただの人形になる」
少女人形は少年人形に手を伸ばし、小さな石膏の手を重ね合った。
重なった小さな手の間から、光があふれ出す。
あふれ出した光は、大きな輝きになって部屋中を包んだ。
眩しさに、遊那は目を閉じる。
やがて光が収まって、再び目を開くと、そこには人間に戻った住人達の姿があり、すぐに何故ここにいるのかと大騒ぎになった。


どうにか事情を説明して、住人達が落ち着きを取り戻したのは午前1時になる前だった。
遊那の持ち込んだ差し入れと、人形と同じプリンキアと名乗る女性が持ってきたシューマイを囲んで夜食を兼ねたお茶会となったのだが、特別に人形達を招待した。
テーブルを囲む住人達と、小さな人形達。
童心に返ってママゴトでもしているようで、男性陣は少々照れていた。
「すみません、こんな事になってしまって。写真、撮れませんでしたね」
管理人が困ったように笑って、遊那のカメラケースを見た。
「仕方ないですね。また今度、ゆっくりお邪魔して構いませんか?」
「それは、勿論です」
管理人の快い返答に安心して、遊那は笑った。
「あ、でも、今日1枚だけ撮って構いませんか?記念撮影とでも言いますか」
構いませんよと答えた管理人に甘えて、遊那は数ある人形達の中からあの少女人形と少年人形を選び出し、住人達との集合写真を撮った。
小さな手を重ね合った2体の人形と、それを囲む男女。
ノスタルジックな建物の中で笑い合う住人達と穏やかな笑みを浮かべた人形の記念写真は、どこか優しい気持ちになれると言って、遊那の写真仲間には好評だった。


end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1253 /  羽柴遊那 / 女 / 35 / フォトアーティスト 
0818 / プリンキア・アルフヘイム / 女 / 35 / メイクアップアーティスト
  

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■         ライター通信          ■
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ご利用、有り難う御座いました。

**羽柴遊那様**
「戒那がいない場合」の方で話しを進めさせて頂きました。
申し訳ありません。