コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


少し前の物語〜雪が降っていた頃のお話〜

これは、少しだけ前の話。
そう、この地に雪が降っていた……ある夜の話

その夜。
天気予報の「お昼から洗濯日和になるでしょう」の予報を外しまくり
昼を過ぎた頃から白く世界を染めるように雪が降った。
犬は喜び庭駆け回る、世界のはずだが。
山中・小次郎は何気に「うーん、肉球が冷たい(笑)」などと思いながら
夜道をてくてく……という音はいささか正しくないかもだが、歩いていた。
そう、小次郎は人間ではなく、犬なのである。

…と言っても元々は獣人の一族だったのだがこうなってしまった、というのが正しい。
今はある喫茶店とアパートでの飼い犬であったりするのだけれど
時折、鎖を器用にもはずして散歩に出かけてしまう癖があったりする。
そして、役所仕事の方に追いかけられることもない訳ではないが、やはり自分で
好きな道を好きなように歩きたい!!というのが小次郎の考えで、本日もまた
雪があんまり見事だったのでついふらふらと夜の散歩にきた、という次第だ。

深々と降る雪は何処か現実離れをしていて見るのは大好きだ。
まるで世界全てが変わってしまったかのように見えなくもない、色合い。
何とはなしに、遠回りをしたくなって小次郎はいつもの道から
ほんの少し逸れてみた。
身体はちょっと冷えてしまっているけれど、こういう景色は
滅多にお目にかかれるものではないし。
……そう、思いながら。

(おっと、こんなところに神社があったんだな)

ほんの少しだけ、いつもの道から離れただけなのに面白いものだ。
ただ、この神社は廃れてしまって数年は経っているのだろうか。
どうにも鳥居と言い狛犬と言い、手入れが行き届いていない感がある。
中もかなり寂れているのだろうか…という好奇心が勝ち小次郎は
神社の参道へと足を踏み入れる。
意外にも参道はしっかりしていて雪を踏みしめて歩いていても
砂利はおろか泥すら混じらず、ただ道を白く染めている。
あるのは小次郎の足跡だけだ。

不意に、視線。
ふと顔をあげると。
少年か、または少女か。
どちらとも取れるような不思議な顔立ち。
短い黒髪は雪にぬれる事がないように艶を放っている。
そしてやはり雪に濡れていない黒のダッフルコート。
少しばかり視線がここにない様にも感じられる人物と目が合う。

『……誰……?』

声は不思議な音程で小次郎の頭に直接響く。
小次郎は、普通の言葉…と言うかキャンキャン吠えても通用するような
気がしないでもなかったが折角人と話せる能力もあるのだから…と
こちらの能力を行使する事にした。
「音」能力で日本語を喋って尋ねる。

「俺は山中・小次郎。見ての通り、怪しい犬さね。で、お前は?」
『僕は………』
考えあぐねるように首をひねり続ける人物に小次郎も少々ばかり
頭の中に「?」が飛ぶ。
名前と言うのは初めに与えられるものなのにそれさえも忘れてしまうと
言うのは記憶喪失か何かなのだろうか?

(もしそうなら…一番近い派出所は何処だったろうか…じゃなくて!)

…こういうとき、何故かこんな事を思う自分が憎くなってくる。
だが今はそれを確認するより先にどうしてここに居たのか、を聞くのが
先決な様な気がした。

「? 言いたくないなら言わんでも構わん。だが何をしてた?
こんな寒いところにずっと立っていると風邪を引くぞ?」
『…空、見てた……あんまり、綺麗だったから……』
「雪を見るのは初めてか。そうだな、確かに綺麗だな…昔は、俺も
これを見て天から降る花びらとはこのようなものかと思ったことがある」
『うん……』
深々と、降る雪。
音もなく積もるから、ただ静かな。
『……少しだけ、僕の話を聞いてくれる?』
「俺でよければな」
『…言ってる意味が良くわからないけれど…聞いてくれると嬉しい』
「ああ」

そうして、この不思議な人物はぽつりぽつりと話しはじめた。
自分の、事を。
ゆっくりと。


『僕は吸血鬼狩りを仕事としているんだ……まだ、この世界には
上手い具合にやつらが隠れているからね。害があるからには退治しなくちゃいけない。
……幼いころから、そればかり仕込まれて……もう、今では反射的に身体が動く。
自分の意思よりも先に。…だけど……』

追い立てるときの緊迫感と共にある『何か』
何処までも何処までも消えていく骸。
残るのは灰だけ。
害があるから殺せと教え込まれてきた。
……だが。
解らなくなった。
殺せと言われても何も残らない。灰だけしか残らない彼ら―――夜の使徒。
解らない……解らないからどうして良いのか判断がつかない。

―――ねえ。

『死』って、何?
死ぬってどういうこと?
今ある、この身体が消えると言う事?
それとも喋ってるのが普通なのに喋れなくなる事?
この、自分と言う思考がある入れ物の機能が停止する、ということ?

なら生きるって事は、その逆なんだろうか?
こういうことを考える僕はもうおかしいのか?
判別がつかないなんて事あっていい筈もない。

言葉に詰まる。
どう、言って良いのか解らない。
それを察したかのように目の前の人物―――どうしてなのか自分には
小次郎は犬ではなく人間に見えるのだが―――は問う。

「どうした?」
『―――”死”って何だろう』
「……随分と難しい事を聞くな。死って言うのは…生きてるものに与えられる
時間制限つきの装置さ―――誰にでも与えられてるものだ」
『誰にでも? 僕にでも?』
「そうだ」
『……その時は、いつ……?』
「死ぬときか? 誰にもそればっかはわかりゃしないのさ。誰にも。
だから時間制限つきの装置なんだ。種族によって長さも全て違う」
『………』
「何か、後悔しているものでもあるか」
『………違う。この…雪だっけ? 白くて綺麗で……僕とも、貴方とも
決して混じりあわないのを見てたら……』

また、ぽつぽつと少年は話し出す。
が、会話はどうしても切れ切れで。
繋がる会話など一つもなくて。
これはそのまま、少年の精神状態を思わせた。

(………何に対して考えている?)

混じりあわないと言う、その言葉が。
死とは何だと言う、その心が。
とても寂しいものなのだと小次郎にはどうしても言えなかった。

そう言ってしまえば今、生きている少年の今までの人生を無駄にする事になる。
気付かない事はとてつもなく、寂しい。
寂しい、けれど。

(気付く事は出来る筈だ)

もし、奥底に少しでも寂しいと思う心があるのなら。

「混じりあわないのは雪と人が違うからだ。雪は白さと冷たさで全てを包み込んで
見る人によっては歓喜と恐怖を呼ぶ」
『こんなに綺麗なのに怖いの?』
手のひらに決して降り積もらない雪。
こんなに―――こんなに綺麗なのに怖い?
「今、俺達がここに居てこの雪を綺麗だと思うのは―――滅多にこの地に
雪が降らないからだ。だから綺麗だと思う。けどな、毎日のように見ていて
この寒さを存分に知っている人たちは別の意味で雪が持つ恐怖も知っている」
不意に少年の脳裏に吸血鬼たちの姿が浮かんだ。
優美な姿をしていても、その裏にあるのは『恐怖』だ。
彼が言いたいのはそういう事なのだろうか。
どんなものにも表があり裏があると。
『…………』
「…………」

長い沈黙。

雪は、ただ緩やかに降り続ける。
何かを呼ぶかのように。
しんしん、しんしん 音もなく。

『……戻れる事はないんだね』
「何に対して戻りたい?」
『……知らなかった頃に』
「そいつは無理な相談だな。人は知ってしまったら知らない頃には戻れないように
出来ている……まあ、戻ろうとするやつが居ないわけでもないが」
『…………』
「黙るのは癖か?」
『違うよ、今まで僕が居た所の人たちとは違う事を言うから……どう答えていいか…わからなくて。
でも、聞いてくれてありがとう』
「人はそれぞれ違うから面白いんだ。同じじゃつまらんだろ? それさえも教えてもらえなかったか?」
『そう、かもしれないね。僕には残念ながら人は違うから面白いと言うのは良く解らないけど……』

少年は、再びゆっくりと天を仰ぎ見た。
暗い空から白い雪が降る光景は何とも綺麗で幾度となく見惚れてしまう。
その姿に小次郎は、まるで少年が消えていきそうな気がして「おい」とだけ声をかけた。

『何?』
「最後に一つ俺から言わせてくれ。―――あのな、嫌なときは嫌だって言っていい。
辛い時は逃げたって構わないんだ」
表情がわずかに曇る。
『…………そうする事は誰かに迷惑をかけることだよ』
「時には迷惑をかけるのも悪くはない」
『誰かに迷惑をかけたことはある?』
「腐るほどにな」
『……そうなんだ』
「やりたくなければやらなければいい、迷うのならば考える事だ。
何がしたいか。そして、何が出来るかを」
小次郎の言葉に少年は少し、首をかしげる。
『こんな、何も知らない―――解ってない、僕が考えていいと思う?』
その問いかけに小次郎は苦笑した。
誰が自分以外に自分にとっての最大の主になれる、と言うのか。
「お前の事はお前以外の誰が決めるんだ?」
『……うん』

その、瞬間。
うっすらと―――まるで空気に溶けるかのように少年の姿は消えた。


「少しは……俺でも話相手が出来たかい?」


天に話し掛けるように小次郎は問う。
悩むなら悩んでいい。
何処へ行こうと何をしようか決めるのも自分次第。


『何処へ行こう?』


 ―――何処へでも。自らの道標が指し示すままに。



ゆっくりと小次郎は神社を後にする。
雪がやみ晴れ渡る空になろうともこの神社を二度と決して見つけられないだろうと気づきながら。

それは雪が降ったある夜の話。
決して誰かに語ることのないだろう、一つの出逢いの―――話。






-End-