コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


閉ざされた学園2 鏡の中の学園

ハァ、ハァ、ハァ
 闇の中で、誰かの激しい吐息が耳に響く。
 まるで追われているか、もしくは疲労し地面に伏しているようなひどい息だ。
 ハァ、ハァ、ハァ‥‥
 誰だ。

 ササキビ・クミノはベッドから起き上がると、部屋の電気をつけた。
 部屋には誰もいなかった。
「‥‥あの鏡のせいか」
 変な夢ばかり見る。
 クミノは前髪をかきあげ、小さく肩を上下した。
 あの鏡の中にあった景色。あれは偽りでしかありえない。
 世界はそんなに簡単に滅びはしない。
 しかし、自分に関しては‥‥あり得ないとは言い切れない。否、どこか心の奥であり得るかもしれない、その可能性があってもいい、とすら思っているのかもしれない。
 例え次の瞬間に全てを失ったとしても、大切な者達を護るために、この能力を使うという短い幻は、どこか甘美さすら感じる。
「‥‥ふ」
 クミノはベッドから立ち上がった。
 開け放された窓から忍ぶ風に揺らめくカーテン。その足元にあるキャビネットの上に、月明かりに照らされている丸い鏡があった。
 あの占い師から奪ってきた鏡だ。
「‥‥まったく、抜けている」
 クミノは自嘲するように口元を歪める。
 シャワーを浴び、体を湯で打ちながら、もう一度思い出す。
 あの占い師は三流だった。間抜けだから死んだ。
 しかし鏡は違う。
(よくも私に武器を抜かせたな‥‥)
 後始末はどうしてきたのだったか‥‥。思い出せないが、無意識のうちにもしっかり片付けてきたのであろう。
 少し記憶が曖昧としている。
 そんなにも動揺していたはずはないのだが。

 浴室から出て、バスローブをはおり、髪をタオルで拭いながら、再び部屋に戻る。
 窓の向こうの月は、大きな満月。
 一瞬見とれ、それから、ベッドの脇に置かれていたデスクの上の受話器を持ち上げた。
「‥‥モナ? ああ‥‥また店をしばらく頼むな‥‥」
 アンドロイドのモナ達が見ていてくれる限り、「ネットカフェモナス」は大丈夫。それはつまり、クミノの帰る場所はいつもあるということだ。
 いつまでも、では無いかもしれないけれど。
「さて」
 バスローブから、いつもの動きやすい服装に着替えて、クミノは鏡を手に取った。
「行くか」
 鏡の調査に。そして、彼女を狙った敵の破壊に。
『ピピピピピピ』
 刹那、彼女のコートのポケットの携帯が鳴り出した。
 クミノははっとしたように、それを手に取り、液晶画面を見る。『非通知』の文字が表示されている。
 仕方なくそれを耳に当てると、聞いたことのない男の声が聞こえてきた。
『ハイ。ベイビー、あまりこちらには近づかないことが念の為だ。鏡はこちらに返してもらえるかな?』
「誰だ?」
『IO2。アンジェラとでも名乗っておこうか』
 前にメールを届けてきた者か。女の名のコードネームとはふざけている。
「そうか、アンジェラ。この鏡のこと、何か知っているのか?」
『何も知らずに手に入れたのか。‥‥そいつは子供のおもちゃじゃない』
 アンジェラの声が低くなるる
『誰もいない街、って聞いたことがあるかい? もしくは阿部ヒミコ』
「‥‥さあ」
 噂話の類なら。
 口ではとぼけつつ、思考の回路を回転させる。‥‥虚無。虚無に関係する言葉に間違いない。
 そして思い到る。
 阿部ヒミコ。虚無の境界が大切にしているという強い霊力を持つ一人の少女。その彼女が持つ能力の一つが、架空の都市を作り出すことらしい。
 そんな噂話を聞いたことがあったのだ。
『わかったようだな』
 アンジェラが笑った。
『‥‥ベイビー、君が何を追うのかは分からない。だが、鏡は単に入口に過ぎない。君の欲しい物はそこにはないだろう』
「‥‥お喋りなアンジェラ。名前は覚えておく」
 クミノは口元をゆがめた。
「だが、私が何に興味を持つのか、それはあんたに決めて欲しくない」
 ピ。
 通話を切る。
 人の携帯の番号までジャックするとは、どこまで失礼な奴だ。
 しかし、再び携帯が鳴り出す。放って出かけることにしたが、20回でも30回でもコールを鳴らし続け、相手は待つつもりらしい。
「なんだ。うるさい」
「ベイビー、俺と会わないか?」
「会えばお前が死ぬ」
 ピ。
 嘘はついていない。
 携帯の電源を切り、机の上にそれを残し、クミノは歩き出した。

●廃ビル
 クミノの足は、郊外の古びた廃ビルへと向けられていた。
 バブルの時期に建築が進んだが、すぐに建築中止の憂き目にあい、そのまま数年間放置され続けている建物だ。
 時折、怖いもの見たさの若者が入り込んでくる以外には静かな場所である。
 クミノは上の階へと登っていき、一つのフロアに入った。
 15u程の広いスペース。その一角にだけ何故か天井からつるされた黒い幕がかかっていた。
 クミノはその幕の中へともぐりこむ。中は真っ暗だが、照明の替わりに、割れた窓から入ってくる月明かりが天井から微かにしのびこんで、灯りの代わりを務めてくれる。
「物理障壁はOK」
 呟くように言い、クミノは鏡を壁際に置いた。
 続けて、胸ポケットからバイザーを取り出し、顔にかける。そして彼女は静かに呼吸をした。

 鏡。何かを私に見せるつもりなら、見せるがいい。

 答えるように鏡の表面がきらりと光った。
 鏡の表面に何かがじわじわと浮かび上がってきた。それは、走っている二人の少女の姿。
 どこかで見たことのあるような二人組は、血相を変えながら、灰色の壁の建物のどこかを必死で走り続けていた。
 何度も角を曲がり、そして、鏡の奥からこちらに向かってかけているような、そんな様子になる。
 ‥‥助けて。助けて。助けて!
 鏡の中で走る少女の口は、そう叫んでいるように思えた。

 刹那。
 鏡が突然白い光を放った。
 視界を覆い尽くすような強い光。黒いバイザーをかけているのに、視界が真っ白に染まっていくのを感じる。
 やがて足元も天井も全てが光にのまれ、見えなくなっていた。
(なんだ、‥‥これは?)
 クミノはバイザーを外す。
 眩さは無かった。そこはまるで白く塗られた壁の中だ。
 そして、彼女の立つ視線の先に、丸く窓のようなものがあるのが見える。その向こうに映るのは、青い空にそびえる白亜の大きな建物。
「‥‥?」
 クミノは窓に近づいた。
 距離感すら掴みにくい白一色の中だが、近づくほどに窓が大きくなっていくのが分かる。
 窓に触れられるまで近づいた時、その大きさは屈めば、人がくぐれそうな広さになっていた。

(‥‥芝生?)
そこは校舎のような白い建物を見上げるような位置にある小さな公園だった。
 いや、中庭だ。クミノは思った。緑色の芝生の上には、白いレンガに囲まれた噴水があり、透明な水の流れの音がこちらまで聞こえてきている。
「‥‥学校?」
 そうだ、そうに違いない。
 クミノは小さく息を吸うと、その窓から外に出た。窓といっても硝子がはまっているわけではない。丸い穴、もしくは扉、という方が正しいのかもしれない。
 
 チチチ。
 小鳥の囀る声が心地よく、中庭の奥にある小さな林の中から響いている。
 季節の花があちらこちらに咲いている。植木は皆、よく手入れがされていて、日当たりのいい庭で元気よく伸びていた。
 校舎の向こう側から、この学園の生徒達の声だろうか。大きな声で何かを叫びあっているのが聞こえてきた。
「‥‥学校か‥‥」
 クミノはその地に降り立ち、呟いた。その手にはいつの間にか鏡が握られていた。
 学校。それはクミノにとって、あまり馴染みのよい場所ではない。
 ゲリラとして戦い続けていた幼い日々に、学校に行きたいなんていうはずもなく。 
 言葉も知恵も努力も、全て実戦の中で覚え、身についた。
 平和で中立された場所で、大人達に保護されながら学ぶという環境の学校には縁が無いといってもいい。
 上司や同僚達の協力で、クミノが学生という立場を手に入れたのは、ごく最近のことだ。それでも仕事があるたびに、足を向けられなくなり、まともに通っているとはいいがたい。
「‥‥」
 のどかな場所のようだった。
 何か心の中でどこかが安息の吐息をつく。敵中にある、ということを理解しているのに、空気はひどく柔らかく感じた。
 しかし、それが敵の罠であるということに気がつかない訳がない。
 クミノは意を決すると立ち上がった。
 池袋の占い師の元に出かけた少年少女達が、次々と姿を消すという事件。
 IOCのアンジェラの話では、姿を消した者達は、潜在的に能力を秘めた者たちばかりだったという。
 虚無の境界は何か大きなことを企もうとしている。それは間違いない。
 しかし、それとは何か。

「秘密はこの学園というわけか」

 そして多分、クミノの考えが正しいのなら、ここは虚無の境界の阿部ヒミコが作り出した世界の一部。
 同じ東京の空の下にありながら、次元の歪みの中に出来上がった誰も知らない街。
「‥‥」
 クミノは静かに校舎に向かって歩き出した。
 
 校舎は壁だけでなく柱も廊下も全てが、白い大理石で作られていた。
 廊下には深紅の絨毯が敷かれ、まるで宮殿のようである。階段の下の広間には、シャンデリアすら飾られていた。
「‥‥悪趣味だな」
 クミノは苦笑する。
 そのまま一階の階段を進んでいくと、声を揃えて大きな声で話している生徒達の声がひとつの教室から漏れてきた。
『私達は、地球を滅ぼす者を破壊する。破壊する。破壊する。破壊する。破壊する。破壊する。』
 思わず足が止まった。
 一クラス分の生徒達が声を揃えて叫んでいるのである。しかもその声はだんだんと大きくなるようだった。
「次」
 教諭の声らしい、凛とした女性の声が響いた。
 生徒達は息を吸い込み、次の言葉を続ける。
『私達は、この世界を救う救世主。正しい。正しい。正しい。正しい。正しい。正しい。正しい』
 なんだこれは。
 クミノは眉を寄せた。
 洗脳教育?
教室の窓から中を覗き見る。 
 そこには赤いボディスーツを着た女性が、立ち上がり声を合わせて叫んでいる生徒達を見回していた。
「よく出来ました。素晴らしいわ、皆さん。‥‥あなた達がこの世界を救うの。きっと世界中のみんながあなたたちに感謝する時代がやってくるわ」
「‥‥」
 クミノは次の行動を迷った。
 障壁を発生させれば、教室の生徒達までもを全て殺してしまう。彼らが一般人と分かっているから躊躇する。
 しかし。
『アナタ、ダレ?』
 ふと、彼女のすぐ近くから声が聞こえた。
 クミノは小さく驚愕し、唇が触れ合うほど目前に顔を寄せてきていた白い表情を見つめ返した。
 漆黒の腰まで届く程の長い髪。睫の長い濡れた大きな瞳。
 それは美しい少女だった。
 彼女は顔を離していく。しかし、離れたと思った時、その姿は数メートル向こうに立ち尽くしていた。
 白いパジャマのようなだぶだぶとしたジャケットとズボンをはいている。
『‥‥侵入者?』
「おまえは‥‥誰だ?」
 クミノは問い返す。
 彼女はくすっと微笑んだ。
『フフフ‥‥私とあなたは少し似ている‥‥そうでしょう?』
「どういう意味だ?」
『帰りなさい。あなたはここに必要とされてない。‥‥いいえ、必要とされていたとしても、あなたはまだそのつもりがないでしょう。けれど、次に会った時はお友達になってね‥‥』
 少女の腕が、クミノに向かって伸ばされた。
 その掌から白い光が広がっていく。それに呼応するように、クミノの持つ鏡も光り始める。
 刹那。

 まばゆい光がクミノの視界を再び奪った。

 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥。

 またあの呼吸が聞こえる。
 クミノは腕でその声を払うように、重い瞼を開く。
 そこは黒い幕の中。
 あの廃ビルのフロアに、クミノは倒れていたらしい。
 黒い幕から外に出て、割れた窓から外を見ると、そこには変わらない大きな白い満月が、夜を支配して輝きを放っていた。
「戻って‥‥きたのか」
 クミノはつぶやいた。ふと気付くと、その手の中には、端の部分が少しひび割れた鏡が握り締められていた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1166  ササキビ・クミノ 女性 13 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 初めまして。鈴猫(すずにゃ)と申します。
 大変お待たせいたしました。
 ■閉ざされた学園2 鏡の中の学園■ をお届けいたします。
 
 二度目のご注文ありがとうございます。
 今回のお話、クミノさん風にといろいろ考えをめぐらせているうちに、最初に予想したものとは大分違う展開になってしまいました。
 クミノさんのイメージを壊していないかとても心配ですが、お気に召していただければとても嬉しいです。
 また、何故か安部ヒミコも登場しています。
 次はこういう展開がいい、などのリクエスト等ありましたら、テラコン等で送っていただければなるべく叶えられるように努力しますので、もしありましたら宜しくお願いします。
 
 それではまた違う依頼でお会いできることを願って。

 ありがとうございました。
                                    鈴猫 拝