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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


書きかけの絵本
●始まり
『むかしむかしあるところに とてもとても優しい王様ととてもとても優しい王妃様 とてもとても可愛いお姫様がすむ とてもとても豊かな国がありました
 しかしある日 その国に不運がおそいかかりました
 空は病み 森はかれ 草花は泣き 風がとまりした
 王様はなんとかできないものかと国中に賢者達を集めましたが どうすることもできませんでした
 そこへ 一匹の竜が舞い降りてきました
 その竜は言いました
「姫が16の誕生を迎えるその日 私に嫁ぐならば助けてやろう」
 王様はとてもとても悩みました
 しかしこのままでは国中の者がいなくなってしまう
 王様は竜に約束をしました
 すると空は晴れ 森は生き返り 草花は歌い 風が吹き始めました
 それから12年後……お姫様は16の誕生日を迎えることになりました……』

「それで?」
 碇麗香に差し出された紙切れ。それには小学生くらいの女の子の字で綴られた物語が書かれていた。
「この物語の続きを考えてきて頂戴」
「は?」
 集められた面々は目を丸くする。訳を聞けば、この話を書いていた少女は、志半ばで他界。しかし物語に固執するせいで成仏できずにいるらしかった。
「成仏してないなら、その子に書かせればいいと思ってるでしょ? そうはいかないのよ。その子死んだショックで続き忘れちゃって……」
 ほら、と麗香が持っていたポールペンの後ろで背中の方を指さすと、可愛らしい少女がにこにこと立っていた。勿論透けている。
 これみたら信じない訳にいかないでしょ……と困った顔でため息。
 少女の名前は小浜美紀(こはま・みき)。麗香の古い友人の親戚の子供、という話だ。
「という訳で、期限は明日! いいわね?」
 いいわね、と言われても全く持って困る。

●物語の続き
 麗香に押しつけられたメンバーは、幽霊・美紀とともに一つの会議室に集まっていた。
「竜とお姫様の物語……はぁ〜、ロマンチックよね☆」
 順番に物語を読み直している中で、巫聖羅が頬を軽く紅潮させて呟く。
 色素の薄い光彩により金色の輝く茶色の髪に、ねこのような大きな瞳。美少女、と呼んでも過言ではない女子高生は、実は反魂屋なのである。
 そして赤色の瞳を光らせながら、うっとりと言葉を紡ぐ。
「そう言えば『南総里見八犬伝』のお姫様とモノスゴイ犬『八房』……だったかな、のお話に少し似てるかも。……と言う事は、やっぱり美紀ちゃんの書いたお話の中のお姫様も、竜の事愛していたのかな……? あたし的にはそっちの方がいいな♪」
 その横でエルトゥール・茉莉菜がタロットカードをテーブルの上に広げていた。占い師然とした怪しい格好も、こういった仕草では様になる。闇色の絵の具を溶かしたかの様なつややかな黒髪と、不思議な光彩をたたえる黒色の瞳は、いっそう雰囲気を醸し出す。
「素敵なお話だね。私も続きが気になるなぁ……絶対ハッピーエンドだと思うんだけど」
「それを考えるのが今回の私達の仕事だ」
「へ? あたしが考えるの!?」
「……碇女史の話を聞いてなかったのか」
 ぽややんとした感じで言った新堂朔に、霧島樹が冷静に突っ込みをいれる。
 少し長めに切った茶色のショートカットに、黒い大きな瞳。胸元のラピス・ラズリのネックレスが視線を呼ぶ。くるくると表情を変え、無表情で言い放った樹の顔を上目遣いに見つめる。それに樹は神秘的な銀色を宿した瞳で朔を見つめ返した。闇よりも深く見える黒のストレート。まっすぐに見つめるその表情からは、なかなか感情を伺えない。しかし、樹を知るものは、朔対して好感情を抱いている事がわかるだろう。
「ううう……」
 唇を尖らせた朔の向かい側には男性二人が座っている。片方は困った様な笑顔。もう片方は仏頂面だ。
「まさか物語まで考えさせられるとは思ってませんでしたよ」
 困った顔の九尾桐伯。僅かに赤がとけ込んだかのような長い黒髪に、全てが見えてしまいそうな赤い瞳。一見近寄りがたく見える容姿ではあるが、それを補うような笑みだ。
「いったいどんな話にさせたいんだ……」
 仏頂面の真名神慶悟。こちらの容姿は一見してホストのようである。金色の髪に頑固そうな黒い瞳。姿形だけをみれば職業はまさしくホスト。しかし本職は陰陽師である。
 たまたま編集部に来た二人は、強制的に手伝わされる事になっていた。
「すみませぇん……」
 二人の後ろにぬっと現れて、美紀は瞳に大きな涙をためる。
「思い出せたらいいんですけど……」
 今にもこぼれ落ちそうなそれに、二人とも似た様な息と共に僅かな笑みを作った。
「気にするな」
「気にしないで下さい」
 口調は違えど、気持ちは同じである。
「あらあら……」
「? 何か出たの?」
 呟いた茉莉菜に聖羅が問いかける。
「現在が「世界」の逆位置。過去が「月」の正位置。……どうやってもハッピーエンドにはなりませんわ」
「えー、そうなの!?」
 身を乗り出して朔が悲愴な声をあげる。
「『王様の自分勝手で起きた問題。失望と不安の未来』」
 淡々と語る占い師の口調。
「でも「自分」を示すカードは「皇帝」の正位置。「リーダーシップ」を表すカードですわね。「魔術師」の正位置や「運命の輪」の正位置も出ていると言う事は……。お姫様自身の意志がキーになるお話にしたかったんじゃないかしら?」
 カードから視線をあげて美紀を見る。それに美紀は悲しそうに瞳を伏せただけだった。それは思い出せない、と言う返答。しかし茉莉菜は優しく笑い、言葉を続けた。
「そうですわね……きっと王様は約束を破ろうとするんですわ。でもお姫様は自分の意志で約束を守るんでしょう。そして竜と幸せになるんです。王様は不幸かもしれないですけれどね」
 どう思われます? と言う茉莉菜に、桐伯が口を開いた。
「その誕生日に今度は別の魔物が現れ、不死の力を得る為に彼女を喰らうのだ、と攫っていった。それを知った竜は姫を救うべく単身乗り込む。強大な力を持とうとも、一人の力では劣勢は否めず徐々に力を磨り減らしていく。やがて首魁を討つと同時に力尽きるのを、姫野願いに拠って復活する。『代償として竜としての力も寿命も引き換えとし、ただの人となっても彼女の傍にいたい?』……言うのはどうでしょう?」
「うまいな」
 感心したような慶悟の声に、桐伯は曖昧な笑みを浮かべた。
「素敵なお話ですねー」
 美紀の言葉に、桐伯は更に困った顔になる。
「俺は……物語を考えるのは得手じゃないな……」
 言いつつ美紀を見る。
「この物語を生み出したのが彼女であるなら……この物語を連ね、終わらせるのはやはり彼女しかいないだろう?」
「そうだよね。考える事も出来るけど、やっぱ美紀ちゃんの本当の物語を見つけてあげたいよね。あたしが考えて『えー、なんか違う……お姉ちゃんセンスなーい」ってのも悲しいし。ねぇカナン、どうしたらいいと思う?」
 天使姿の善霊「カナン」に問うと、カナンは静かな笑みを浮かべる。それに朔はやっぱりそうだよねー、と呟きつつ続ける。
「美紀ちゃんの精神世界にあたし達入れないかな? そしたら話の続きをこの目で見てくる事が出来ると思うんだけど……。ついでに異世界の冒険も出来ちゃうし。あたし的には、お姫様は実は正体が竜と知らずに青年と恋に落ちてる〜、とか。他国の王子様が現れて竜を倒し〜、とかハッピーなの希望だな♪」
「何を夢見がちなことを……」
「いーじゃんそれくらい期待しても〜」
 樹に言われ、朔は再び唇を尖らせた。
「第一精神世界など、お前はそれが危険だとかそういう方向に頭が回らないのか?」
 大仰なため息。
「大丈夫だよ☆ だって樹もいるし」
 にっこりと断言した朔に、樹は額に手をあてた。
「美紀」
「はい」
「心残りはそれだけか?」
「え?」
 樹に問われて美紀は目を丸くする。
「そんなに幼いうちに亡くなったんだ。他に心残りはないのか?」
 口調は淡々としていて厳しいように聞こえるが、内情の優しさを感じて美紀は笑む。
「よくわからないけど、これだけだと思います。……パパとママにはごめんなさい、しなくちゃならないけど……」
 生まれた時から心臓に先天性の異常があった。長くは生きられないだろう、と判断された美紀は人生の4/5以上を病院で過ごしていた。
 外を走り回ったり出来ないが、手と空想する頭は自由。それ故につたないながらに物語を綴り続けていた。
「よ〜し!! ハッピーエンド目指して、どんどん続き考えちゃえ〜☆ 勿論美紀ちゃんと話しあいながらね♪」
「はい」
 聖羅ににっこり笑われて、美紀も笑みを作った。
「……ただ単純に話し合う、と言っても本来の物語であったであろう話から外れても困る……」
 立ち上がった慶悟は美紀の前に屈み、額に手をあてるようにして視線を合わせる。
「今はただ、ショックで記憶のどこかに封じ込めてしまっただけだ……培った想いは決して失われる事はない……お前の中にある……物語を連ねようとしていた自分をまずは思い出せ……」
 言いながら、木火土金水を各々に記した札を並べていく。周囲に満ちる気を整え、霊という不安定な存在故のさまざまな【ゆらぎ】を調律し、記憶を取り戻す手助けを会話と共にすすめていく。
「陰陽の理を引き出すのは言霊の連ねを以てだ…お前の物語も、お前の言葉、文字を以てこそ、真となる。お前の物語は思えの物だ。思い出せ」
 それは呪文にも似た言葉。美紀の瞳がトロンとなり、焦点が定まらなくなってくる。
「こんな俺でさえ操る言葉だ。物書きたるお前に為せない筈はない……」
 微かに笑み。それに美紀も微笑む。
「良い感じだね。これに同調して精神世界、見られないかな」
「そうだな」
 慶悟によって作られている結界にも似た空間。それにカナンと樹の力が干渉する。
「……精神世界って言うのも面白そうよね」
 カードをしまいながら茉莉菜は見守る。
(反魂の必要、とかなさそうね)
 ぐるぐると物語の続きを考えつつ、聖羅は美紀を見つめる。
 桐伯も優しい笑みをそれを見守り、しかし何かあった時に備え、気持ちの準備はしていた。
 瞬間。空間が弾けた。
 皆の目の前が真っ白になり、意識が遠のく。
 そして次に気がついた時には、見も知らぬ空間に立っていた。

●物語の登場人物?
「どこだここは?」
 それは中世、城中の一室のようだった。冷静に辺りを見回した樹の目に、メンバーの姿が入る。
「……いつの間に着替えたんだ?」
「へ?」
 間抜けな返答で朔は自分の姿を見ると、軽装な鎧をつけていた。あれ? と首を傾げつつ樹を見ると、似た様な格好をしている。
「精神世界に入ってしまった、という所でしょうか」
 ため息混じりの桐伯の声に、慶悟は苦笑する。
「面白そうね。美紀ちゃんと一緒に物語の続きを考えるつもりだったけど……こっちの方がいいかも」
 すでにやる気満々な聖羅。
「俺らで物語の登場人物になって完成させろって事か?」
 慶悟の格好はどちかと言うと魔法使い風。茉莉菜の服装も同じである。
「何をしている!」
 不意に声をかけられて、全員いっせいに振り返る。
「早く姫の警護に当たらぬか。その為に集められた者たちであろう」
「はぁ?」
「はぁ、ではない! さっさと持ち場につけ」
 問い返した慶悟に、兵士はがなりごえをあげる。
「持ち場ってどこ?」
「そんな事も知らぬのか。ついてこい」
 むー、と嫌な顔をしつつ聖羅が訊ねると、男は顎でしゃくる。
 6人はそろぞれ胸に色々抱えながら、兵士の後をついていった。
「王様、特別警護兵を連れて参りました」
「ご苦労」
 広間に通じる一室に通され、兵士がそう挨拶して退室する。
「お前達に頼みたいのは姫の警護だ」
「やっぱり竜には姫を渡さないって事ですの? 約束をなさったのに」
「……」
 茉莉菜にきっぱりと言われ、王はうなだれる。
「わかっている……わかっているんだ……しかし……」
「まぁ、親なら渡したくない、って気持ちはありますよね」
「でもむしがよくねぇか? てめぇの願い事は叶えて貰って、その代償は知らん顔ってのは」
 桐伯のフォローをボロボロにする慶悟。
「この世界じゃ仕事もしてもお金貰えないよね……」
 顎をつまんで聖羅は思案顔。
「あああ、でもほら、みんなで幸せになれる道もあるかもしれないし、ね。頑張ろうよ」
 あせあせ、と朔が両手をバタバタ動かして必死に叫ぶ。
「……物語の展開は思惑通りには進まない。従うだけだ」
 冷静な顔で、樹は天井を見上げた。

●さらわれたお姫様
 姫の誕生を祝うパーティーは滞りなく行われていた。
「物語の先は決まってるのに、見えないってのも……面白そうか」
 ニヤリと慶悟は笑い、人の輪に囲まれ微笑む姫の姿をみやる。
「……でもさ、姫様表情、かたくない?」
 天性の勘かなんなのか、朔がぼそっともらす。ちょっと行ってくる、と朔は樹が制止する前に走っていってしまう。
「自分のやるべき事を知ってる、って顔ですわね。やっぱりキーはお姫様自身か」
「ここで竜倒しちゃったらどうなるんだろ」
 茉莉菜の後に続いて聖羅の素朴な疑問。
「倒せなくはないが……望んではいないだろうな。物語の神は」
 樹の言う神、とは美紀の事である。
「そろそろお開きですね。来ますよ」
 注意を促す桐伯の言葉に、皆構えた。
 刹那。大きくとられた窓から突風が入り、それに耐える為に体勢を崩した瞬間、姫の姿が消えていた。
「あ、あそこ!」
 身を乗り出して聖羅が叫ぶ。その指の先には大空を行く竜の姿。その背には小さく人影が見えた。
「すぐに姫を取り返すのだ!」
 兵達の混乱の叫び。
「……ストーリーの都合上、あたしらが行くしかないよね」
 振り返って聖羅はいたずらっこの様に笑った。
「約束的にはこれでいいはずなんだが……なんか腹立つな」
「そうですね。まぁ、お姫様の意志は固まっていたみたいですが……」
 慶悟は緩く拳を握りしめる。窓の外をみやりながら桐伯はふと何かに思い当たり、口を閉じてメンバーを見つめる。
「……新堂さんは?」
「朔!?」
 混乱の人混みに向かって樹が叫ぶが、返答はない。手近にいる人を捕まえ、ほぼ胸ぐらを掴みあげる状態で朔の事を問う。
「……そ、そんな子が姫様に抱きついていたかもしれなっ……」
 言いかけで放り出され、樹を非難がましい、しかし怖がる様な目で見る。
「あの、バカ……」
「助けなきゃならない人が増えたみたいですわね」
 騒乱の最中、端に置かれたテーブルの上で占いをしていた茉莉菜が顔をあげる。
「方角は北西。山に囲まれた小さな谷、屋敷」
 占い結果を読み上げていく。
「すぐに行く」
 固い樹の声に、皆姿勢を正した。

「……あの……」
「あ、あはははは……ついて来ちゃった」
 困った様な顔の姫に、朔は乾いた笑いをかえす。
 突風が吹いた瞬間、姫に抱きついていた。それは本能の行動で自覚は全くない。
「それにしてもすごいねー。空飛んでるー」
 初めて乗る竜の背中。それは恐怖よりも好奇心がまさり。嬉しそうな朔の顔を見、姫も笑みを浮かべた。
「ねぇねぇ」
「はい?」
「竜、怖い?」
 辺りの景色を楽しそうに見ながら朔は唐突に尋ねる。
 それに姫は困った様な笑みを浮かべただけ。
「大丈夫だよ。この竜、目が優しい」
 背中にしがみつき、目元を覗き込む。
「……少し、懐かしい感じがします……どこかで逢った様な……」
「どーしても嫌な、助けが来るから大丈夫。その時は一緒に竜さんに謝ってあげる」
 にこにこ顔の朔のおかげで、姫は安堵の笑みを浮かべた。

●目指すは竜の城!
 慶悟の式神により、位置を特定した。
 美紀の精神世界にいるのだが、それぞれの能力は衰えていないらしい。
「矢でも鉄砲でも持ってこいって感じよね」
 普段の仕事とはほど遠い仕事に、聖羅の様子は少しいつもと違う。
 純粋に楽しんでいる女子高生、という感がある。
「新堂さんの安全を確保しつつ、お姫様にどうしたいのかを尋ねましょう」
 連れ戻す、とは桐伯はいわない。王と竜との約束があるから。しかしそれは当事者が蚊帳の外であった約束が故、本人の希望を尋ねなければならない。
「お姫さんが竜の傍にいたくない、っていうなら何か考えないとな」
「そうですわね。……でも「恋人」のカードも出てますし……杞憂に終わりそうですわね」
「あ?」
 含んだような笑みの茉莉菜に、カードの意味など全くわからない慶悟が問い返す。しかしそれ以上の返答はなかった。
「行くぞ」
 暢気に話しているメンバーを尻目に、樹はさっさと歩き出す。いつもは冷静沈着な彼女だが、自分でもわからない感情をもてあまし、いらだちを感じているようだった。
 少し考えれば愛しく思った者への親愛の念により、心配と不安がわきだし、
衝動をとめられないといった事がわかるのだが、いかんせんそちらの方向へ頭が回らない。
 それは彼女の体の3分の2が機械のせいなのか、性格故なのか、わからない。
「とにかく、行こう」
 聖羅の声で、一同竜の住む谷へ向けて出発した。

「この部屋に住むと良い」
 言って人型になった竜は、そのまま二人を置いて出て行った。
「……なんか、いい人……竜って人って言うのかな? みたいだね」
「はい……」
 朔の言葉に頷いた姫は、心ここにあらず、と言った面持ちで竜が出て行ったドアをぼんやりと眺めていた。
「すっごい綺麗な部屋だね」
 緊張をほぐすかのように朔は無駄に大きな声で部屋を探索する。
 整えられて調度品。決して華美ではなく、みすぼらしくもない。
「……私の部屋にそっくりです……」
 ようやく夢から覚めた様な顔で振り返った姫は、改めて部屋の中を見回して瞬いた。
「……姫用にちゃんと用意したって事? ……部屋とか覗かれていたなら変態さんだぁ」
 おっかなびっくりの声になった朔に、姫は笑った。
「そそ、明るく行こうよ。ね」
「はい」

「そこに見えるのが城だな」
 竜の住処はすぐにわかった。
 それは国でも有名だったからだ。手当たり次第に尋ねればすぐにわかる。
 しかし空を移動する竜が住む場所の為か、人が歩ける道など存在しない。5人は鎧を纏ったまま山登りを課せられる事になった。
 桐伯は器用に糸を使い、岩に縛り付けそれを伝って上る。みなそれにならい、上っていく。
「先に式でも飛ばして様子を見ておくか」
 慶悟は山を登りながら式に命令する。
 精神世界で、美紀に作られた世界とは言え、能力はかわらないらしい。ご都合主義、と呼んでしまえばそれまでであるが。
 そして、ようやく山を下りた頃、式が二人は無事であると告げた。

「あの、お名前は……? 私の名前はアルテシアです」
「あたしは新堂朔。そうだよね、名前わからないと呼びにくいし」
 食事の時間。黙々と人間と同じ食事を食べる竜に、姫が呼びかける。
「……カーゼ……」
「いるのはここか?」
 僅かな沈黙の後、ようやく竜が口を開いた時、慶悟の声が割って入った。
「式の話じゃ、結構話が通じそうな相手らしいんで、お邪魔させて貰った」
「朔」
 慶悟の前に樹が一歩進む。
「樹!」
 嬉しそうに朔はかけより、抱きつく。
「あ、あの……」
 困惑したような姫に、茉莉菜が微笑む。
「一応助けに来た、ってとこかしら? 帰る帰らないは本人の自由ですけど」
「そうそう。決めるのはお姫様、って事で。竜さん、手出ししたら容赦しないよ」
 にこにこ笑っていた聖羅の瞳が不穏に光った。
「どうしてお姫様が必要だったのか、聞かせて貰えませんか?」
 氷のような青い瞳で、何の感情も浮かべず侵入者を見つめていた竜は、桐伯の声に一度瞬きをした。
「約束だからな」
「それだけには思えませんが。貴方を見る限りでは、そういう事をしそうにも見えませんし」
「……」
「私は、私は約束ですから、ここに残ります」
「それじゃ駄目だよ」
「え?」
 朔の声に弾かれるように姫は決意でこわばった顔をあげた。
「いやいや一緒にいるのはよくない。だからそれじゃ駄目」
「朔の言うとおりだな。本当にイヤなら、ここから連れ出す事は可能だ」
 抑揚の無い声音で樹は姫を静かに見る。
「……一つだけ、頼みがある」
「はい」
 まっすぐに姫を見て、竜が口を開く。
「カーゼイン、と呼んで欲しい」
「カーゼイン……」
 言われて姫は口の中でかみしめる様に何度か繰り返す。
「それが竜さんの名前だね! カーゼインって言うんだ」
「村で聞きました。竜の一族はすでに滅び、貴方しか残っていない、という事を」
「だから、誰かに傍にいて欲しかったのか?」
 優しさを含んだ桐伯の言葉の後に、慶悟が例えがたい笑みを浮かべる。
「カーゼイン……中庭で出会ったおにいちゃま……」
「ん?」
 記憶の糸を辿る様に、姫は小さく呟く。
「そう、約束をしたのは私の方だわ。昔、カーゼインが庭に現れた時、約束をしたの。大きくなったら傍で名前を呼んでいてあげる、って。あまりに小さくてすっかり忘れていたけど……」
「それなら話は早いね☆ 相思相愛なら、そう王様に言って了解して貰おう。攫われたんじゃなくって、ついてきたんだ、って」
 ね、と先ほど瞳に宿していた光を払拭させ、聖羅は笑う。
「『恋人』に『運命の輪』ってこういう事ですのね……」
 指に挟んだ二つのカードを見て、茉莉菜は微笑んだ。
 その後、竜の背中に乗り一同は城へ戻り、王へと報告した。
 最初は勿論反対だった王様も、自分との約束や、姫の真剣に折れた。
 そして物語はめでたしめでたし、で終わる訳である。

●書き上がった絵本
 ふと目が覚めると、テーブルの上に完成した絵本が置かれ、美紀の姿はどこにもなかった。
 鉛筆を握っていたのは朔で、書かれている文字も朔のものだった。
「美紀ちゃん、成仏出来たのかな」
 窓から外を見て聖羅が呟く。
「ほら、ここを見て下さい」
 桐伯の声に、一同の視線が便箋へと集まる。そこには美紀からのメッセージが書かれていた。
『ありがとうございました。多分、私が考えていた物語よりずっと素敵な物になりました。本当に、本当に、ありがとう』
「反魂の術で書かせてあげても良かった、かな……」
 聖羅の呟きは誰にも聞こえなかった。
「でも良かったね、美紀ちゃん、ちゃんと成仏出来て。本当に良かったね」
「喜んでいるなら、何故泣くんだ?」
 ぽろぽろと涙を流しながら言う朔に、樹はハンカチを差し出しながらため息。
「嬉しいけど、悲しいんですわよね。大丈夫、美紀ちゃんの未来は明るいですわ」
 カードで占った結果。彼女は輪廻の輪に入る事が出来た、と出た。
「そうですか、良かったです……」
「ちゃんと行けただろうな……気持ちが晴れてたみたいだからな」
 にっこり笑った桐伯に、慶悟は空を見上げた。
 そこに、美紀のとびきりの笑顔が見える様だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0033/エルトゥール・茉莉菜/女/26/占い師/−・まりな】
【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー/きゅうび・とうはく】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1087/巫・聖羅/女/17/高校生兼『反魂屋(死人使い)』
【1231/霧島・樹/女/24/殺し屋/きりしま・いつき】
【1232/新堂・朔/女/17/高校生/しんどう・さく】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして&こんにちは、夜来聖です。
 久々の月刊アトラスの依頼でした。
 初めて担当する方のいて、ちょっと緊張しました。
 皆さんの能力が十全に生かせる依頼ではありませんでしたが、夜来は楽しんで書けました。
 精神世界へ、というプレイング多かったのでこんな形に変身してみたり。
 当初は普通に話し合って書き上げるだけのスタイルだったのですが……こういうのも楽しいですね。
 皆さんにも楽しんで頂けたら、それで幸いです。
 それではまたの機会にお目にかかれる事を楽しみにしています。