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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 空高く 
 
 (オープニング)

 一つ。
 二つ。
 三つ。
 草間興信所の前まで来ている妖怪の気配は三つだったが、しかし大きなものではなかった。
 最近、妖怪が良く来るな…
 草間はため息をついた。
 まあ、仕事が無いよりはマシか。
 彼は妖気の主達が入ってくるのを待つ事にした。
 一分。
 二分。
 三分。
 時間が過ぎる。
 妖気の主達は興信所の外にたたずんだままだった。
 草間は机を離れて、無言でドアで開ける。
 「ご、ごめんなさい。」
 「ご、ごめんなさい。」
 「ご、ごめんなさい。」
 興信所の外に居たのは、男2人に女1人。人間の中学生位の姿をした3人組だった。
 3人は声をそろえて謝る。
 「いや、謝らなくて良いから…」
 草間は3人に声をかける。
 『わかりました』
 3人は声をそろえて頷く。息はぴったりのようだった。
 『あの、草間さんにお願いなんですが!』
 相変わらず、3人一緒にしゃべる妖怪達。
 「いや、わかったから3人一緒にしゃべるのやめてくれ。
 聞いてて疲れる…」
 草間は3人を部屋に通しながら言った。
 『ご、ごめんなさい!』
 3人は声をそろえて謝った後、あたふたとした。
 草間はため息をついた。
 話を聞いてみると、3人は東京都西部の霊峰八国山に住む『カマイタチ』という風の妖怪だという。
 今度、霊峰八国山の妖怪達の主催で、近隣の妖怪と人間の子供達向けに凧上げ大会をする事になり、3人のカマイタチが運営をする事になったそうだ。
 「一応、宣伝したり会場の準備をしたりって事は僕達がやったんですけど、当日は雨が降りそうで困ってるんです。」
 3人のカマイタチは風の妖力を総動員すれば、凧上げ大会が行なわれる周辺の天気を晴れにする力はあると言うが、当日はそれで手一杯になってしまうという。
 「当日、僕達の代わりに凧上げの仕方を指導したり色々やってくれる人や妖怪を探してるんです。
 草間さん、何とかしてくれませんか?」
 カマイタチは言う。
 なるほどなと、草間は頷く。
 「任せとけ、誰か探しといてやるよ。」
 いざとなったら、俺が1人で行きゃいいか。
 そう思いながら、草間は頷いた。

 (本編)

 1.草間興信所

 凧上げかぁ。
 まあ、どう考えても危険な仕事ではないだろうと、草間は思う。
 だが、逆に仕事が地味すぎる。
 助っ人が思うように集まるかどうか多少不安だったが、とにかく草間は何人かの仲間に連絡を取った。
 『大丈夫ですか?』
 カマイタチ達は、声をそろえて言う。
 「まあ、心配すんな。」
 草間は答えて、電話をかける。
 「なるほどねぇー。
 でも、毎度思うんだけど、八国山の妖怪って愛嬌あるわよね。」
 草間の電話に答えたのは女性だった。
 「いいわよ、私受付手伝うわ。」
 サバサバと話すのは、シュライン・エマ。翻訳家兼幽霊作家の娘だった。
 今から草間興信所に集まって打ち合わせをしようというので、シュラインは興信所へと向かった。
 結局、草間、一樹、シュライン、霜月、京一郎、の5人が今回のメンバーになった。
 カマイタチ達と一緒に、5人は当日の分担などを話し合う。
 「最近の子供達は刃物の使い方もろくに知らないそうだな。鉛筆をナイフで削ったこともない子も多いというのは、ちょっと信じられん。俺の店から肥後の守と竹を持ってくるから、凧作りの段階から本格的にやってみようぜ。」
 まず言ったのは、武神一樹だった。
 彼が店長を勤める骨董屋『櫻月堂』には、その手の品物は幾らでもあった。
 「肥後の守かぁ。そいつは本格的っすねぇ。」
 一樹の言葉に頷いたのは、新宿の中堅食品会社で熱血営業マンをやっている、成瀬京一郎だった。
 「ほほう、若僧のくせに肥後の守を知ってるか。たいしたもんだ。昔の子供は皆、一度は肥後の守で鉛筆を削ってたものなんだがなぁ。」
 しみじみと言う、一樹。
 「なんなのよ、肥後の守っていうのは?」
 つまらなそうに尋ねたのは、シュライン・エマだった。
 「包丁ならともかく、肥後の守のようなナイフの類は、女子にはあまり縁の無い物かも知れませんな。」
 解説を始めたのは、護堂・霜月。人魚の肉を食べて長生きをしている真言宗の僧侶だった。
 「肥後の守は明治時代に開発された日本製ナイフの傑作です。一樹様の世代の者達なら誰もが知っている、万能ナイフですよ。
 竹とんぼや水鉄砲、竹を削って作る凧など、当時の子供のおもちゃは何でも作ることが出来た、文字通り万能ナイフでございます。」
 千年近く生きてる男は、さすがに良く知っている。
 「竹を削り、凧を組み立てる作業は一樹様が詳しいようですな。
 ならば私は糸を操り凧を操作する方法を主に担当すると致しましょうか。糸の扱いなら、お手のものですしな。」
 鋼糸を暗器として懐に忍ばせている僧侶は言う。
 「うーん、まあ凧上げ大会だから、凧上げの仕方を指導するのも大事だけどさ、それだけじゃだめよね?」
 凧上げについて語り合う中年男性達に問い掛けたのは、シュラインだった。
 「そうですね。
 受け付けやらゴミの処理、昼ご飯の準備等々、裏方の仕事こそ山ほどありますよね!」
 営業マン、京一郎が答える。
 なるほどと、草間達も頷く。
 「そういう事。
 凧上げの指導はおじ様達に任せて、私と京一郎君は裏方に回りましょうか。」
 シュラインは言った。
 「え?
 あ、いや、俺も子供の頃は野山を駆け巡った方だから、どっちかと言うと凧上げの指導の方が・・・
 あ、いえいえ、裏方も手伝いますよ。任せてください!」
 笑顔を浮かべる営業マンは苦労人だった。
 「まあ、手の足りなそうな所を手伝うさ。」
 要するに俺は裏方だなと思いながら、草間は言った。
 「そーいえば、カマイタチさん達、まだお名前聞いてなかったわね。
 良かったら教えてくれる?」
 5人の大体役割分担も見えてきた所で、そういえば名前を聞いてなかったっけかと、シュラインはカマイタチ達に尋ねた。
 『そーいえば、そうですね。』
 カマイタチ達は声をそろえて、名前を言った。
 「・・・いつも三人一緒って言うのも、良くないぜ。
 一緒に言われても、わからん。」
 苦笑しながら言ったのは一樹だった。
 ごめんなさいと謝りながら、カマイタチ達は別々に名前を名乗る。
 「僕、長男の霧風(きりかぜ)です。」
 「私、妹の霞風(かすみかぜ)です。」
 「僕、弟の光風(ひかりかぜ)です。」
 略して、きり、かすみ、ひかりと呼んで下さいと三人は言う。
 「ごめんなさい、僕達、テレパシーで頭の中が繋がってて、同じ事を一緒に考えたりしちゃうんです。だから、つい一緒にしゃべっちゃうんです。」
 言ったのは、長男の霧だった。
 「なるほどねぇ。
 それじゃあ、少し聞きたいんだけど、ゼッケンとか飲み物の手配とか、そういう準備はどれくらい進んでるのかしら?」
 シュラインが霧達に尋ねる。
 『えーとー・・・』
 声を合わせて答えるカマイタチ達。
 こうして、もうしばらく打ち合わせは続いたのだった。

 2.凧上げ大会(午前の部)

 凧上げ大会の当日。
 今にも雨が降りそうな空の下、一行は凧上げ大会が行われる『小金井公園』に居た。
 天気予報では、午前中には雨が降り始めるという。
 「さてと、参加者が集まってくる前に色々と準備しなくちゃね!
 武彦さん、燃えるゴミと燃えないゴミ、あと、資源ゴミ用にゴミ箱並べといてね。
 うん、場所は大体そこら辺で良いから。
 京一郎君って営業マンなんでしょ?
 近所のお店で、暖かい飲み物でも仕入れてきてくれる?
 え、あんまり関係ない?
 まあ何とか頼むわよ。」
 受付を担当するシュラインは、忙しそうに働いている。
 京一郎と草間がそれを手伝っていた。
 「がんばれよ、お前達。」
 一樹は、天候操作の妖術を使おうとするカマイタチ達に声をかけた。
 彼らの能力は、凧上げ大会の会場位の広さなら、どうにか天気を晴れにする事が出来る。
 「あんまりつらくなったら、早めに言えよ。何とか手を考えるから。」
 一樹の言葉に霧、霞、光の三人は
『わかりましたー』
 と言って三人で並び、空を見上げて何やら祈り始める。
 すると、今にも雨が降りそうな曇り空だったのが、凧上げ大会の一角だけきれいに晴れ始めた。
 どうやら彼らは、上空まで続く風の結界を展開し、雲を外へと追いやっているようである。
 一樹は、そんなカマイタチの様子を眺める。
 これだけがんばってるんだしな。出来れば裏方だけでなく、後で大会に参加させてやりたいものだが・・・
 何とかしようと武彦は思う。
 一方、霜月は一樹が自分の店から持ち込んだ万能ナイフ『肥後の守』と、竹、紙などの材料を一セットにして子供達に配る準備をしていた。あらかじめ準備をしておいた方が、凧作り&凧上げの指導に時間が費やせるからだ。
 何しろ、凧についてやりたい事は幾らでもある。時間は少しでも惜しかった。
 「大凧に連凧、やはり凧は和凧に限る。
 紙を切って風車のようにして糸に付けると、上手くするとそのまま糸を伝って上っていくのだが、それも教えねばな。
 ふふふ、今日は忙しくなりそうじゃ。」
 霜月は楽しそうに凧の準備をする。
 案外、今日のイベントを一番楽しみにしていたのはこの男かも知れなかった。
 そうこうするうちに、開場の時間になり、凧上げ大会の参加者が集まり始めた。
 シュラインが受付で様子を見た感じ、近所の子供と八国山の妖怪達が主な参加者のようである。比率的には、さすがに人間の子供の参加者が多いようだった。
 「はい、それじゃあゼッケンと名札を付けたら向こうに居るおじさん達の方に行ってね。迷子になったら、ここに来るのよ。」
 受付に居るシュラインと草間は、やってくる子供達を奥へと案内していく。
 広場の中央では、おじさん達、一樹と霜月の二人と、まだまだ若い京一郎の三人が子供達に凧の作り方を指導していた。
 予定としては午前中に凧を組み立てて、昼食を取った後に上げてみようという事だったが、まあ、進行具合によっては午前中から上げるのもありという感じだった。
 まず、竹を削って凧の骨格を作る作業では一樹が特に張り切っていた。
 明治30年代に兵庫県で開発された和製ナイフ、肥後の守の由来から使い方まで、熱く語りつつ指導する一樹。子供達は多少引いていたが、それでも面白そうに竹を削っていた。
 面倒見の良い京一郎は、色々と動き回って子供達に指導している。
 妖怪の子供達の方が全般に器用なようだったが、特に八国山からやってきた『小豆とぎ』の子供達は器用だった。
 「いつも小豆といでるから、手先は器用なの。」
 小豆とぎの子供は言う。
 「なんか妖術使えるの?」
 人間の子供に言われた小豆とぎの子供は
 「必殺高速小豆とぎとか出来るよ!
 お米とかもとげるけど、小豆以外はあんまり得意じゃないの」
 と答えていたが、
 「どこが妖術なの・・・」
 と言われると、困った顔をしていた。
 まあ、こういうのも人間と妖怪の交流なんだろうと一樹は思う。
 竹を削って骨組を作った後の指導は、主に霜月の仕事だった。
 「良いか、これから私が1000年前より伝わる、成層圏まで届く凧作りを教えてしんぜるぞ。」
 霜月は各種凧の作り方を子供達に説明し、指導していった。
 穏やかであるが、気合の入り方は一樹に負けず劣らずだった。
 「なんか、おじさん達が燃えてるねぇ・・・」
 霜月と一樹の様子に苦笑しながら、京一郎は子供達に個別に指導して回る。
 細かい所に気がつく彼のフォローが、おじさん達の熱意を上手いこと子供に伝えていた。
 「一樹様、私にも肥後の守を一本お貸し願おう。成層圏まで届く大凧を作るゆえ。」
 凧作りの作業が落ち着いてきたところで、霜月が言った。
 「霜月、あんた本気で言ってたのか・・・
 面白いじゃねぇか。俺も手伝うぜ!」
 一樹が霜月に答えた。
 「よし、俺もやるっすよ!」
 京一郎もそれに乗る。
 「なんだか、盛り上がってるわね・・・」
 草間と一緒に受付で昼食の準備をしていたシュラインは、そんな様子を呆れたように眺める。
 「あれが男ってもんだ。」
 草間は苦笑して答えた。
 「実は、武彦さんも混ざりたいんでしょ?」
 悪戯っぽくいうシュラインに、武彦は気まずそうな顔をした。
 「受付もあんまりやる事無さそうだし、午後から行って来なさいよ。」
 シュラインはおかしそうに言った。
 悪いな、と草間は返事をした。
 そうこうするうちに時計は昼の12時を過ぎていた。

 3.凧上げ大会(午後の部)

 昼食は、シュラインと草間が地味に用意していた豚汁とおにぎり、それに京一郎が会社から持ち込んだ、甘酒の新製品のサンプルが振舞われた。
 「京一郎君、こんなにいっぱい会社のもの持ち込んで平気なのか?」
 草間が京一郎に尋ねるが、
 「なぁに、試供品のサンプルですからね。いっぱい配った方が宣伝になるんですよ。」
 と、京一郎は答える。
 霧、霞、光のカマイタチ三兄妹の方にも、シュラインと一樹がお昼を差し入れに行った。
 すでに会場の周りは土砂降りだったが、会場は三人の風の結界で守られていた。
 『急いでご飯食べたら、また結界張りますね。』
 カマイタチ達は、言いながら豚汁とオニギリを急いで食べる。
 言ってる間にも、黒い雨雲が会場の上空へと広がり始めていた。
 「三人とも、もうちょっとだからがんばってね。」
 シュラインが言う。
 「うーん、何とかしばらくの間だけでも、誰か代わってやれないもんかなぁ。」
 大会に来ている妖怪たちに聞いてみるかと、一樹は思った。
 そして、午後の部が始まる。
 午後はとにかく凧上げだ。
 参加者達は凧を上げる。
 一樹や霜月、京一郎、草間達は子供達を指導するかたわら、『成層圏まで届く大凧』を組み立てていた。
 「武彦さんも向こうに行っちゃったから暇よねぇ。」
 シュラインは受付でつぶやいた。特に迷子騒ぎなども起こらず、午後から参加しに来る人や妖怪もほとんど居ないので、受付は暇だった。
 私も向こうの凧上げに行こうかしらとシュラインが思い始めた頃、この日最後になる参加者がやってきた。
 中学生位の男の子と小学生位の男の子、小学生位の女の子の三人連れだった。
 三人とも着物を着ている。
 「シュラインさん、おひさしぶりです。」
 中学生位の男の子が言った。
 シュラインの知っている顔である。
 「あんた達、今ごろどうしたの?」
 八国山に住む『化け猫』の若者陸奥。砂かけ婆見習の少女須那美と、子泣き爺見習の少年炎石の三人だった。
 「須那美ちゃんと炎石君が八国山まで遊びに来たんですけど、今日はこっちでイベントがあるんで、一緒にどうかなぁと思って連れてきたんです。」
 陸奥は無邪気に言う。
 「よろしくお願いします!」
 「僕、泣かないから平気でちゅ!」
 須那美と炎石が声を揃えて言った。
 「そ、そうなの。じゃあ、あっちで凧上げしてるから行くと良いわ。」
 シュラインは答えた。
 須那美と炎石の姉弟は、凧上げで盛り上がっている現場へと歩いて行った。
 「シュラインさん、すいませんね。
 凧上げ大会なんで、炎石君はちょっと危ないかと思ったんですけど、連れてこないのもかわいそうだったんで・・・」
 陸奥は言う。
 「そうよねぇ。まあ、大丈夫よ。」
 どうしたもんだかと、シュラインは答えた。
 重力を操るのが妖怪『子泣き爺』なのだが、妖力を上手く操れない子供の子泣き爺は、泣き出すと妖力が暴走してしまい、周囲のものの重さを何でもかんでも重くしてしまう。
 かつて、子泣き爺見習の炎石の妖力が暴走してしまった現場にシュラインは居合わせた事があった。
 凧上げの凧が重くなって地面に墜落でもし始めたら、大会どころじゃなくなってしまう。
 「もう、受付もやる事なさそうだし、私も一緒に行くわね。」
 エマは陸奥と一緒に凧上げの現場へと向かった。
 「うお、須那美に炎石じゃないか!」
 草間が炎石と須那美を見て言った。
 「ほ、本当だ!」
 一樹も気づいて言った。
 嬉しい反面、炎石の能力を思い出して不安がよぎる二人だった。
 こんにちはーと、須那美と炎石は一樹達の所にやってきてあいさつをした。
 「妖怪の子供達ですか?」
 「一樹様の知り合いですかな?」
 一樹や草間と一緒に大凧を作っていた京一郎と霜月が言った。
 「あ、ああ。」
 一樹は答えて、二人の事を紹介する。
 「な、なるほど。
 今日は楽しく過ごすがよかろう。」
 ようするに炎石を泣かせたらマズイ事を理解した霜月は、どうしたものかと思う。
 「なんだ、泣いてばっかり居たら良くないぜ!
 お兄ちゃんが色々教えてやるから、一緒に凧を上げよう!」
 ひざをつき、炎石の目線と同じ高さまで目線を落として元気に言ったのは、京一郎だった。
 「お、お願いしますでちゅ。」
 京一郎の元気の良さに、ちょっとびっくりしながら炎石は答えた。
 「よし、じゃあ行こうぜ!」
 そう言って、京一郎は炎石を他の子供達の所に連れて行った。
 「ふむ、案外ああいう熱血漢の方が子供には良いのかも知れませんな。」
 霜月は炎石の様子を眺めながら言った。
 「そうだなぁ。俺も熱血派だけど、京一郎とはちょっと違う気もするしな。」
 一樹は頷いた。
 「では、我らは成層圏目指して大凧造りに励むとしましょう。」
 霜月が言う。
 ひとまずそうするかと、一樹も作業に戻った。大凧の完成は間近だった。
 中年男性が凧造りに没頭する間にも、凧上げ大会は続いた。
 京一郎も乗ってきて、子供達と一緒に凧を上げる。
 一度、炎石が泣きそうになったが、
 「男の子は簡単に泣いちゃだめだ!」
 京一郎が熱く言うと、
 「わかったでちゅ。」
 と、炎石は泣くのを我慢していた。
 「なんだ、結構うまくやってるじゃない。」
 どうやらあんまり問題無さそうである。
 受付からやってきたシュラインは拍子抜けしてしまった。
 「すいません、うちの弟がいつも心配かけまして・・・」
 傍らにいる須那美がぺコリと頭を下げていた。
 「いいのよ、いちいち気にしないで。」
 シュラインは須那美の髪を優しくなでる。
 そうして夕方になり、そろそろ凧上げ大会も終わりが近づく。
 一樹達が作った大凧も完成してそろそろ上げてみようという事になり、シュラインや京一郎、炎石達も大凧のそばに来ていたのだが、
 「一樹、あっちのカマイタチ君達、何とか混ぜてやれないもんかな?」
 草間が一樹に言った。
 「だよなぁ。
 俺もずっと気になってたんだけど、何とか変わりに天候操作してやれないもんかなぁ。」
 天候操作のような大掛かりな事が出来る妖怪は、来ていないようだった。
 「うーん、僕もそんな大掛かりな事は出来ませんしねぇ・・・
 長老が居れば何とかなるんですが、あのボケ・・いえ、長老様、今朝から行方不明なんですよ。」
 陸奥もカマイタチ達の事が気になるようである。
 シュラインや霜月、京一郎達も同感だった。
 仕方ないから、俺と一樹で結界でも張ってみるか?
 と草間が提案した時、陸奥が目を細めながら広場の隅を指差した。
 みんな、そっちに目をやる。
 猫が一匹居た。
 やる気の無さそうな年寄り猫。見覚えのある猫だった。
 みんなに見られてる事に気づいた猫は、そーっと振り返り、知らんぷりして去っていこうとする。気のせいか冷や汗をかいているように見える。
 「長老!
 何やってるんですか!」
 叫んだのは陸奥だった。
 「わ、わしはただの年寄り猫にゃ。」
 猫がおどおどしながら答えた。
 「ただの年寄り猫がしゃべるか!」
 言ったのは一樹である。
 「ごめんなさいにゃ。」
 長老は謝った。
 「あんた、こんな所で何してたの?」
 不思議そうに長老猫に聞いたのはシュラインだった。
 「霧や霞、光達がちゃんとやってるかどうか、影ながら見守ってたにゃ。」
 長老が言う。
 「だったらそんなにおどおどしなくても、良いのではござらぬか?」
 霜月が言うと。
 「それもそうにゃ。」
 長老猫はぽんっと、手を打った。
 そして、大きな化け猫の姿に変化する。
 「どこかで様子を見て、霧達の代わりに天気を操ってやろうと思ってんだけど、なかなか出づらくて困ってたにゃ。」
 長老が偉そうに言った。
 「じゃあ、今がその時です。
 さっさと行って来て下さい。」
 陸奥がさらっと言った。
 「わ、わかったにゃ・・・」
 そう言うと、長老化け猫はカマイタチ達の方へと寂しそうに行ってしまった。
 「な、なんか長老なのに扱い悪いんだな。」
 京一郎が陸奥と長老の様子を見ながら言った。
 霊峰八国山の人間関係、いや、妖怪関係は良くわからないと京一郎は思った。
 やがて、長老と入れ替わりに霧達、カマイタチ三人組がやってきた。
 「うおしゃ、そしたら大凧上げるぞ!」
 草間が言った。
 『おー!』
 と、歓声が上がる。
 「私の計算どおりに行けば、糸さえ切れなければ成層圏まで飛びます。」
 霜月が直径3メートル程の大凧を眺めながら言った。
 まあ、多分、そこまで持たずに糸が耐えられずに切れてしまうだろうと思っていた。
 「そう言えば、僕、一つ新しい妖力を覚えました。」
 炎石が言いながら笑った。
 「へぇ、どんなの?」
 シュラインの問いに、
 「笑うことで物を軽くするんでちゅ。」
 と炎石は答えた。
 「なるほど、凧と糸の重さを軽くすれば、高くまで凧を上げても糸にかかる負担は小さくなりますね!」
 京一郎が頷いた。
 「よし、炎石、お前はずっと笑ってろ。」
 一樹が真顔で言った。
 そして大凧は上げられた。
 「じゃあ、僕達が成層圏まで凧を持っていきますね。」
 そう言ってカマイタチ達は空に飛び上がると、凧を持った。
 「ちょ、ちょっと、それって凧上げとは違うんじゃない!?」
 シュラインの叫びは、カマイタチ達には届かない。
 まあ、一日中天候操作をやっていて、ようやく自由になった霧達の好きにさせてやろうと思い、みんな文句は言わなかった。
 大凧を抱えて空へと上っていくカマイタチ達。
 「これがカマイタチ流の凧上げという事にしておきましょう。」
 霜月の言葉に、みんな笑うしかなかった。
 結局、霧達3人のカマイタチは、はるか上空まで上って行ったが、空気が薄くなって来たので6000メートル付近で降りてきたと言う。すでに地上からは見えない。果たして凧が成層圏まで達したのかは、誰にもわからなかったが誰も気にはしなかった。
 「みんな楽しそうだにゃー。」
 会場の片隅で長老化け猫が寂しそうにつぶやく中、凧上げ大会は終わっていくのだった。
 その夜、霊峰八国山に立ち寄った一樹が、
 「酒よりマタタビの方が良いにゃ。」
 などとぼやく長老と朝まで飲み明かしたと言うが、それは全て終わった後の話であった。
 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 /シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0173 /武神・一樹 /男/30/骨董屋『櫻月堂』店長】
【0836 /成瀬・京一郎/男/25/熱血営業マン】
【1069 /護堂・霜月 /男/999/真言宗僧侶】


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■         ライター通信          ■
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 毎度おつかれさまです、MTSです。
 今回は裏作業や受付などに回ろうとするPCがシュライン1人だったので、色々と忙しそうな感じでした。
 また、キャラ名の表記についてなんですが、確かに語感だけで選んでいました。お気に障ったら申し訳ありません。
 良く考えてみると、草間を始めとする仲間達が、シュライン・エマの事をわざわざ苗字で呼ぶのもちょっとおかしいと思いますし、
 今回からは名前の表記はシュラインで統一する事にしました(特に苗字で呼びたがるPCやNPCなどは、もちろん別ですが)。
 あと、お気づきのように八国山関係の妖怪はそっち系の妖怪以外はほとんど居ません(笑)
 そんなんでよろしければ、またよろしくお願いします。では。