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<東京怪談・PCゲームノベル>


破れかけた封印

●夢幻回廊にて【1B】
 あやかし荘の本館と旧館を繋ぐ通路・夢幻回廊。全長約1キロもあるこの通路を3人の女性がてくてくと歩いていた。
 先頭を歩くのは、切れ長の目で中性的な容貌を持つ細身で背丈の高い女性――シュライン・エマである。何故か思案顔のシュラインの少し後ろでは、2人が並んで歩く。
 進行方向に向かって右側を歩くのは、清楚可憐な細身の大和撫子――天薙撫子。雪の中にぽつんと、しかし鮮やかに咲く可憐な花をイメージさせる冬らしい和服に身を包んでいた。
 その隣を歩くのは、長く黒い髪が右目を覆い隠している、冷淡な雰囲気を醸し出す艶麗な細身で背丈の高い美女――巳主神冴那。やや着膨れの感もあるコートに身を包み、手にはやや大きめのバスケットを携えていた。
「……少し長くない?」
 歩みを止めることなく、不意にシュラインが口を開いた。疑問の声だ。
「……1キロもあるのでしょう……長いのは当然だわ……」
 冴那がそんなシュラインに対し、ぽつりとつぶやいた。その目はシュラインを通り越し、遥か続く通路の先を見つめていた。が。
「けど……歩けども歩けども全く先が見えないのは、おかしいのかも」
 と、すぐに付け加えた。
「どう思う?」
 今度は撫子に尋ねてみるシュライン。撫子は来た道を振り返ってから口を開いた。
「……ここに集う夢魔や他の妖かしたちに、術をかけられたとも思えないんですけれど」
 夢幻回廊のことは、嬉璃の茶飲み相手をしていた時に聞いていた。撫子はそう前置きをし、話を続ける。
「ただ、様々な怪異が起こるとお聞きしましたから、ことによるとこの通路の空間そのものがねじ曲がってしまっている可能性も捨て切れません」
「旧館に行くまでで一苦労なのね」
 撫子の推測を聞き終わり、シュラインが溜息を吐いた。恐らくは、その推論は正しいのだろう。すでに3人は、20分以上も通路を歩いていたのだから。
 普通に考えれば、1キロ程度の距離ならとっくに通り抜けていてもおかしくない。それがまだ通路の途中に居るのだから、何事か起こっていると考えた方が自然だ。
「ここでこれだと、旧館ではどうなることかしら」
 ぶつぶつと文句を言いながらも、歩みは止めないシュライン。とにかく、今は進むしかない訳で。
「妖かしが何やら悪さをしているのなら、まだ何とか出来たのかもしれませんけれど」
 後を歩きながら撫子が言う。と、シュラインがぴたっと足を止めて撫子の顔をじーっと見た。
「どうかなさいましたか?」
 にっこり微笑み尋ねる撫子。シュラインがぼそっとつぶやいた。
「何となく……楽しんでない?」
「そうでしょうか? 話に聞いていた場所だけに緊張はしていますが……」
「んー、じゃ気のせいかしら。目がね、どこか好奇心旺盛な子供のように見えたから。向こうの様子も、少し妙に見えるし……うーん」
 手にしたバスケットをちょうど開こうとしていた冴那を指差し、シュラインが言った。そしてどこか釈然としないながらも、再び歩き出す。撫子がくすりと笑った。
 身体を少しむずむずさせながら冴那がバスケットを開くと、中からは大小の蛇たちがにょろにょろと這い出してきた。冬だからか、その動きはやや鈍く感じられる。
「先にお行きなさいな……まだ、時間がかかりそうだから……」
 冴那は蛇たちにそんな言葉をかけ、先を急がせた。蛇たちはシュラインを追い越し、姿は次第に小さくなっていった。
 さらに歩き続ける3人。まだ旧館には辿り着かない。
「いい運動になりそうね……」
 表情を変えることなく冴那が言い放った。冗談なのか本気なのか、まるで読み取れない。
「……こういう形で運動するのは、ちょっと不本意な気もするんだけど」
 冴那の言葉に答える形でシュラインが言った。そして小さく溜息を吐く。
「何だかルームランナーやらされてるみたい」
「……金塊を全部回収して脱出する奴のことかしら……?」
「あー……それ、違うと思うわ。懐かしいけど……」
 本気とも冗談ともつかぬ冴那の言葉を、即座にシュラインが否定した。
「あ、見てください」
 その時、何かに気付いたように撫子が言った。
「ようやく旧館が見えてきたみたいです」
 通路の先を指差し言う撫子。確かに、今までとは異なり、先の方に通路ではない風景が見え始めていた。
 始まりがあって終わりのない物事などまずない。時間は30分以上かかったが、3人はどうにか旧館に辿り着くことが出来たのである。
「やぁ……っと着いたわね」
 途中で言葉を溜め、しみじみと言うシュライン。冴那がきょろきょろと辺りを見回した。
「居ないわ……」
「何が? さっきの蛇たち?」
「そう……きっと先に調べに行ってくれたのね……」
 ぎこちない笑みを浮かべ、冴那はシュラインに言った。
「あら?」
 その時後ろを振り返っていた撫子が、またもや何かに気付いた。その言葉に他の2人も振り返る。
 今やって来たばかりの夢幻回廊を、弓矢を携えた黒梨蛍と九尾桐伯の2人が、てくてくと歩いてこちらに向かってきていたのである。

●行き先は【2】
「あら? 確か先に行かれたはずでは……?」
 合流した3人に、蛍が不思議そうに尋ねた。経過した時間と夢幻回廊の距離を考えたら、3人が先に調査を始めていたとしても全くおかしくないのだから。
「我々を待っててくださったんですか? それとも、何か行く手を遮る輩が居たとか」
 桐伯がそう尋ねたが、それに答えることなくシュラインが質問を投げ返してきた。
「ねえ、ここ通るのにどのくらいかかった?」
「? 計っていた訳ではないですが、おおよそ10分程度かと」
 奇妙に思いながらも質問に答える桐伯。するとシュラインが苦笑した。
「やっぱり釈然としないわ」
「今ここに到着したばかりなんです。実は……」
 なおも不思議そうな桐伯と蛍に対し、撫子が事情を説明した。空間異常があったのか、何故か30分以上かかったと。
「……一本道だから迷いはしなかったけれど……」
 冴那がそう付け加える。もし一本道の夢幻回廊で迷うことがあったなら、空間異常も極まれり、という感じである。
「なるほど。不思議なこともあるもんです。ともあれ先を急ぎましょう」
 桐伯は撫子たちの説明に納得すると、皆に先を急ぐことを促した。問題の分かれ道まで行く間に、蛍が管理人室で聞いてきたことを先行していた3人に説明する。
 すなわち、嬉璃の記憶によれば件の封印箇所が子から卯の方角のどこかであることと、新しいお札を預かってきたことの2つだ。
「各々が持っていた方がいいと思いますから」
 蛍は恵美から預かっていたお札を、均等に分配した。
 そして問題の分かれ道に差しかかる5人。そこはちょっとした広間のようになっていた。格闘くらいなら、問題なく行える広さであろう。
 入ってきたのは午の方角、つまり南。残る通路は7方向だが、嬉璃の記憶によってすでに3方向まで絞られることになる。
「一応方角を確認してみましょ」
 シュラインが方位磁石を取り出して、方角を確認しようとした。だが、針はぐるぐると回り続け一向に止まる様子を見せない。
「……やっぱり、ね」
「とすると、これも」
 方位磁石の様子を見て、半ば諦めた様子で携帯型GPSを取り出す桐伯。案の定、携帯型GPSはエラー表示を出して役に立たなかった。
「機械は相性悪いとは思ったんですがね」
 苦笑しつつ、桐伯は携帯型GPSを仕舞った。
「子、丑寅、卯……結局、どの方角に行くんでしょうか?」
 蛍が皆に問いかけた。最初に答えたのは撫子だった。
「わたくしは、北東と決めていたのですが」
 そう言って他の者の反応を待つ撫子。次いで答えたのは冴那だった。
「あたしも陰中の陰、北東……丑寅の方角だと思うわ」
「怪しいのは北東と南西、いわゆる鬼門と裏鬼門ですが……嬉璃さんの記憶もありましたし、やはり丑寅の方角でしょうね」
 桐伯が撫子と冴那に同意するように言った。しかし、シュラインは思案顔だった。
「違うご意見がおありなんですか?」
 シュラインに尋ねる蛍。シュラインが口を開き、一気に意見を述べた。
「妖かしといえば丑寅の方角なのは同意見なんだけど……素直に北東の通路行っても、繋がってない気もするのよね。だから、南西の方角から向かってみることにするわ」
 旧館に向かう前からシュラインが漠然と考えていたことではあるが、先程の夢幻回廊での一件でそれはより強固な物となっていた。
「最終的に、北東の位置に行ければいいと思うの」
「裏鬼門ですか……一理ありますね」
 桐伯がそうつぶやいた時、冴那が何かを見付けた。
「……あら」
 その声に、他の4人も冴那の視線の先を見た。視線の先は子の方角、そこには蛇が1匹鎮座していた。子の方角だけではない、卯、辰巳、酉、戊亥の各方角にも各々鎮座していたのだ。
「そう……分かったわ……」
 冴那は蛇たちに対して何事か小さく頷いてから、皆に向かってこう言った。
「あの子たちは……何も見付けられなかったそうよ」
「そうなると、残ったのは鬼門と裏鬼門ですか?」
 蛍が確認するように言った。該当する方角には蛇が居ないのだから、そう判断するしかないだろう。
 結局――5人は残った2方向を手分けして探索することとなった。丑寅の方角には桐伯・撫子・冴那・蛍の4人が、未申の方角にはシュラインが1人で、と。
「空気が妙です……どうかお気を付けて」
 シュラインにちょっとしたまじないを施しつつ、撫子が言った。
「ん、分かってるわ。そっちこそ気を付けて」
 シュラインはそう言い残すと、一足先に未申の方角へ歩き出していった。
「さあ……我々も行きますか?」
 桐伯が他の3人を促すように言った。

●裏鬼門【3B】
 未申の方角へ歩き出したシュライン。通路は夢幻回廊同様に一本道であった。
(うーん、印をつけずに進めるのはよかったんだけど……)
 旧館に印をつけることを躊躇っていたシュラインにとっては、このこと自体はいいことであった。しかし、それ以前の問題がある。
「……もしかして、凄く危険なことしてるのかしらぁ、これ……」
 1人きり、薄暗い通路をとことこと歩いてゆくシュライン。危険と言えば危険な状態かもしれない。空気が広間より澱んでいるような感じがあったのだから。
 しかし、奇妙な点があった。静かなのである。
 旧館に住人は居ないのだから、静かなのは当然かもしれない。が、静かすぎるのだ。違和感のある妙な静けさで。
 聴音に優れるシュラインだから、そう感じるだけなのかもしれない。とりあえず静かすぎる気もするが、妖かしが現れないだけましと言えよう。
 と――通路の前方より不意に何かが現れた。妖かしのお出ましかと身構えるシュライン。だが、心配は杞憂だった。現れたのは、蛇が1匹。恐らく冴那が放っていた蛇だろう。
「何だ……驚かさないでよ」
 安堵の溜息を吐くシュライン。
(戻ってきたってことは、ここは違ったのね)
 引き返そうかと考えた時、蛇がシュラインの足元へやって来た。けれど何だか様子がおかしい。鎌首を持ち上げ、まるで人間がいやいやをするように動かしているのである。
「?」
 蛇の奇妙な様子に、シュラインは嫌な予感がした。そして、その予感は見事適中することとなった。適中しなくていいのに、だ。
「なっ……何なのよっ、あれぇっ!!」
 通路の先に『それ』を発見してすぐ、シュラインは脱兎のごとく来た道を駆け出していた。振り返ることもなく。

●君の名は【4】
「……追いかけないといけないのよね……」
 広間で冴那がぼそりとつぶやいた。他の3人も同意見である。追いかけないことには、シュラインが1人でどうなっているか、全く分かりはしないのだから。
「ですね。一刻も早く追い付きましょう」
 桐伯がそう頷いた時、未申の方角より声が聞こえてきた。シュラインの声だ。
「来ちゃダメよっ!! 『ヤツ』が追いかけてきてるわっ!!」
 叫ぶようなシュラインの声。それを聞いた広間の4人は、すぐさま身構えた。ややあってシュラインが未申の方角より飛び出してきた。
「大丈夫ですかっ? それに『ヤツ』とはいったい……?」
 息の荒いシュラインに、撫子が心配したように声をかけた。
「あれは……妖かしじゃないわっ! ううん、妖かしは妖かしなんでしょうけど、そんな生易しい物じゃなくって……! 例えるなら――」
 シュラインが息を整えながら説明しているうちに、件の『ヤツ』が姿を現した。皆が思わず息を飲んでしまった。
 『ヤツ』は大柄で褐色の逞しき肉体を持っていた。手足の指の先には鍵爪が。背には蝙蝠のごとき黒き羽根が。頭には鈍く光る鋭き角が2本。口から凶悪な牙が覗いており、両目は血のごとき色。そして何より、額にはもう1つ目がついていた。
「――悪魔だわ」
 的確なシュラインの言葉だった。

●悪魔降臨【5】
「ふははははっ! 我を封じていた忌わしき封印は破れたりぃっ!!」
 悪魔が皆に向かって叫んだ……ような気がした。正確に言えば、頭の中に直接語りかけられているような感じだ。もっと具体的に言うなら、出来損ないの音声多重放送と言うべきか。微妙に音声がずれていて、気持ちが悪い。
「まさか悪魔が相手だとは……しかも封印は破れましたか」
 桐伯がぐっと奥歯を噛み締めた。
「けれど、どうして悪魔がここに……」
 疑問を口にする蛍。すると、悪魔の額の目が妖しく紅く輝き始めた。
「いけませんっ! 目を逸らしてください!」
 はっとして撫子が叫んだ。が、一瞬遅かった。悪魔の額の目が、激しく光を放った。咄嗟に目を逸らす5人。
「あうっ……」
 だが、シュライン1人がその場に崩れ落ちる。すぐさまそばに居た冴那が抱え起こしたが、シュラインはぐったりとして動かない。
「……気を失ってるみたい……」
 ゆっくりと頭を振って、冴那が言った。恐らく今の光に、気絶させる作用があったのだろう。
「くっくっく……我復活の祝いだ! お前らの血で祝ってみせるわぁっ!!」
 悪魔はそう語りかけたかと思うと、その姿が一瞬だけ揺らいだ。次の瞬間、悪魔の姿は8方向に分裂していたのである。
「そうはさせません!」
 撫子が未申の方角に向かって妖斬鋼糸を放った。妖斬鋼糸は悪魔の身体に見事巻き付いたが、再び悪魔は語りかけてきた。
「はっはっは! そんな鋼の糸など、我には効かぬわぁっ!!」
「ではこちらに!」
 今度は桐伯が丑寅の方角に鋼糸を放った。やはり悪魔の身体に見事巻き付いたが――。
「くくっ、生温い! 生温いぞぉぉっ!!」
 やはりこれも効果がなかった。それを見ていた蛍は、弓を構えたまま撃つべき方角を決めかねていた。
「……まさか、攻撃が全く効かないなんてことは」
 先の2人の攻撃がまるで効いている様子がない。蛍が懸念するのも当然だと言えよう。
 このまま為す術もないかと思われた時、冴那が小声でつぶやいた。

●鉄槌【6】
「ちょっと待って……」
 どうやら蛇たちに指示しようとした際、何かに気付いたらしい。
「……足元……」
 そのつぶやきに、他の3人がはっとした。8方向、各々の悪魔に蛇が向かっている。その蛇たちには影が出来ていた。けれども、悪魔たちには影の出来ていない奴が居る。
 影のない悪魔は7体、唯一影のある悪魔が居る方角は――午の方角。すなわち、広間からの脱出口となる南の方角であった。
「そうと分かれば!」
 撫子が午の方角の悪魔に向かって、再度妖斬鋼糸を放った。
「ぐっ!?」
 今度は悪魔の様子も違っていた。明らかに驚いている様子だった。
「ほら、まだ終わってませんよ」
 続いて桐伯が可燃性の糸を放った。それは悪魔の身体に幾重にも絡み付く。そして頃合を見計らって、糸を発火させる。たちまちに悪魔の身体が火に包まれた。
「ををぉっ!? 何をするぅっ!!」
 すると他の7方向に居た悪魔の姿がすぅ……っと消え失せた。他の7体は、悪魔による術か何かだったようだ。
「おのれ、人間ごときが……人間ごときが我をぉぉっ!!!」
 呪うような悪魔の叫び。けれども、悪魔には最後の鉄槌が待っていた。
「これで……とどめです!」
 蛍が矢を放った。的は悪魔の――額の目。矢の先には、封印に使うはずだったあのお札を突き刺して。
 蛍の放った矢はまっすぐ的に向かって飛んでゆき、見事に悪魔の額の目を貫いた。
「ぐっ……ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 断末魔の叫び。火に包まれていた悪魔の身体は次第に崩れ去ってゆき、火が消え去った時にはそこには何の痕跡も残されていなかった……。

●何もかも流れ行く【7】
「う〜……まだ頭がくらくらするぅ……」
 シュラインが頭を抱えてうなっていた。あやかし荘本館・1階管理人室での光景である。
 悪魔を倒した後、5人は本館へ戻ってきていた。無論、再封印を行ってからである。もっとも、封印すべき相手を倒してしまった以上、意味があるのかどうかは分からなかったが。
「大丈夫ですか?」
 皆に茶を出しながら、恵美が心配そうに尋ねた。こくこくと頷くシュライン。
「甘い物を食べると、多少は回復が早いかもしれませんよ」
 茶を出す手伝いをしていた撫子が、シュラインに声をかけた。またシュラインがこくこくと頷いた。
「そうぢゃ。この栗蒸し羊羹と、雷おこしは美味しいぞ」
 もぐもぐと口を動かしながら、嬉璃が言う。こたつの上には、撫子の持参した栗蒸し羊羹と、桐伯の持参した雷おこしが仲良く並んでいた。三たびこくこく頷くシュライン。
「……食べないのなら、食べてしまうけれど……?」
 冴那がそう言うと、またしてもシュラインはこくこくと頷いた。……どうやら、まだ気絶のショックから立ち直ってはいないらしい。
「それにしても、封じられていたのが悪魔だなんて……驚きました」
 素直な感想を口にする蛍。嬉璃が茶を一口飲んでから答えた。
「あの頃は妙な輩がたくさん入ってきた頃ぢゃったからな。何か封じられておったのは知っておったが、そういう輩とは知らなかったぞ」
「その、あの頃とはいつのことですか? 確か、昔の記憶と仰っていたと思いますが」
 桐伯が疑問をぶつける。すると嬉璃はしれっと答えた。
「維新直後ぢゃ」
「……それはまた」
 桐伯はそれ以上何も言えなかった。
「人が流れるのと同じように、妖かしもまた流れてゆくのぢゃ。開国した直後のこと、悪魔とやらが日本に流れてきてもおかしくはなかろう。ほれ、テレビでも言っておったぞ? ぐろぉばらいぜぇしょんとか何とかとな」
「じゃあ、今はさらに流れてきているんですか?」
 蛍が嬉璃の目をじっと見つめて言った。
「……どうぢゃろなあ」
 嬉璃はぼそっとつぶやくと、ずずっと茶を飲み干した。

【破れかけた封印 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
          / 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 1193 / 黒梨・蛍(くろなし・ほたる)
              / 女 / 21 / 大学生兼古美術商 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ゲームノベル あやかし荘奇譚』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全9場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・という訳で、『破れかけた』どころか『破れてしまった』封印にまつわるお話をお届けいたします。本文にも書きましたが、封じる対象を倒してしまった以上、再封印に意味があるのかどうか全く分かりません。いや、後世への憂いが1つなくなった分、よりよい結果なのですが。
・方角の考察については皆さん鋭かったですね。ただ、今回の高原は少しひねくれてみました。その結果は本文をご覧の通りです。ちなみに柚葉が方角を言わなかったのは、きっと柚葉も方角をよく分かっていなかったのでしょう。
・それからあの悪魔なんですが実は能力的にはかなり低かったりします。長く封印されていたせいもありますし、元々の能力が低いこともあります。何せあの時点では、ろくに攻撃魔法が使えないと設定していたのですから。ゆえに『危険度3』な訳です。
・気絶するかどうかは、サイコロで決めさせていただきました。基準を低めに設定し、能力次第でさらに基準を下げたんですが……やっぱり1人は気絶者が出るものなんですねえ。
・シュライン・エマさん、40度目のご参加ありがとうございます。方角の考察は大正解でした。が、ちょっと危険だったかもしれませんね。終わりよければ全てよし、ですが。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。