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やさしい子守歌
■act.1 依頼
「ほら、最近寒いから」
出されたカップを両手で包み込んだ灰原 建(はいばら・けん)は、幸せそうな顔をしながら、そう話を切り出した。
「外で昼寝なんてよほどの事情でもない限り、しないじゃない? それがさ、吸い寄せられるように集まって昼寝している奴らが、いるんだそうだ」
しかも寒暖や雨・雪とか関係なく、ついで毎回メンツは変わるしで、誰もが皆、気が付いたらそこで寝ているらしい。
「取り敢えず凍死者が出る前に何とかしろーって話が回ってきてるんだけど」
一気にそこまで話した建はカップの中身を飲み干すと、にこっと微笑んだ。
「調査を手伝ってくれる奴、いないかなぁ?」
■act.2−2 春眠には早すぎる?
「なんて言ったら、いいか……馬鹿らしい」
小さな欠伸を何度も繰り返している瀬水月隼(せみづき・はやぶさ)は、小さな欠伸を何度も繰り返しつつ、現場近くの木陰から眺めていた。そこはオフィス街の一角の円形の公園内、数本の桜に囲まれるように設置された真新らしい木製ベンチ。
通りすがりのビジネスマン風数人(女性もいた)が寝ては目覚め、の繰り返し。皆、数分居眠りをした後、我に返って周囲を見回し、慌てて去っていくのだ。
時間は丁度、昼食タイムと言ったところ。灰原に聞いた所では、大体昼の十二時過ぎから二時の間に冷凍マグロ寸前の奴が続出している、らしい。
「こっちは『仕事明け』で寝不足だって言うのに」
なんてぶつぶつ言いながら、隼がもう一度小さく欠伸をした所で、待ち合わせてた朧月桜夜がやってきた。
「どうして、こんな所で寝てる人がいるのよっ」
と文句を言っている桜夜に、見た事をかいつまんで説明した隼は、一番幸せそうに眠っているおにーさんを揺すってみた。
「おい・にーさん、聞こえてるか?」
揺すられたおにーさんは、そのまま1分ほど揺すられた後、ようやく目を覚ます。
「なんだ君、うるさいな」「……このやろ」
思わず隼は拳を握りしめる。その横で桜夜は、どっちに対してかは分からないけれど、ため息をついた。
「お兄さん、今何時か知ってる?」「え?」
おにーさんは腕時計を見て……慌てて立ち上がる。
「うわぁ、会議の時間に遅れる!」
「ああっ、待ってっ。なぜこんな所で寝ていたの?」
「なぜと言われても……寝不足だなぁとは思っていたが。ともかく、急がなきゃ!」
そしてそのまま、質問しようとする二人を無視して、すたすたっと歩み去っていった。
それは後2回繰り返される。
「なによ、寝不足って」
ぷんぷん怒りだした桜夜の前で、隼は伸びをする。
『そっちも寝不足なら、こっちも寝不足さ』
そう思った途端、何かが聞こえた気がした。
ついでになんだかぐらっと世界が回り始め、それが落ち着くと、目の前に大きな木が一本見えた……
「あなたが寝てどーするのよーっ!」「……あん?」
桜夜の怒鳴り声と一緒に飛んできた痛みのおかげで、隼は自分がベンチに腰掛け寝ていた事に気が付いた。
■act.3 目に浮かぶ風景
「ようするに、この場所に何かがあるわけよね」
そう口火を切ったのはシュライン・エマ。
最初から現場が、この公園のこのベンチ限定だと分かっていたけれど、目の前で仲間に眠られてしまったからには疑いようもない事実になった。
「でも、本当にお休みになるんですね」
海原みなも(うなばら・−)は、何気なくマフラーを解いている建の横で寝た仲間の顔を見ている。
「桜夜さんは大丈夫でした?」「あたしはね」
横で痛そうに頭をさすっている隼をちらっと見た桜夜は、頬を膨らませていた。
「聞いたとこでは皆寝不足。忙しいのに寝てるのよ」
「でもさ……眠くなる前、なんか音が聞こえたぜ?」
実は桜夜にひっぱたかれて起こされた隼は、桜夜を密かに睨み付けていた。
「ついでに木とか見えたけどさ……まぁ、俺の守備範囲じゃないって事は確かだな」「そうなんですか……」
と言うことは、やっぱり人間がしている事ではないのだとみなもは確信、すぐ側の、すっかり葉を落としている木を見上げた。
「桜の木の下には、何かあるとは言いますけど……」
「うーん、確かになんかいる感じはまだしてるけど」
そう呟いたのは、胸元に揺れる銀のクロスに触れながら、周囲を見回している建だ。
「こう寒いとおれ的にどれか特定しにくいんだよね」
「……あんたってば、本当に冬場は役立たないエクソシストなのね。もうちょっと真面目になさい」「う」
呆れた顔のシュラインの鋭い指摘に、建は思わず胸を押さえる。当たっているので文句が言えない。
「じゃ、あたしがするわ。静かにしてて」
ほんとに役立たずなんだから、と思いながら桜夜は、皆の見ている前でバックから呪符を取り出した。それをそのまま右手の指に挟むと、両手を合わせて目を閉じ、その口は願いを伝える言葉を紡ぎ始める。
皆が注目している中、しばらく神経を集中していた桜夜は、一つの方向から霊気を強く感じて目を開けると、そちらの方にすたすたっと歩み寄った。
そこにあったのは、真新しいベンチ。
「ベンチから霊気を強く感じるわ」「ベンチぃ?」
隼は胡散臭そうな顔でベンチを軽く蹴った。
「間違いなく、これ」
「確かにこのベンチが設置されてから、被害が出るようになったのは確かだけれど」
胸元の眼鏡を掛けたシュラインは、その真新しいベンチを見つめてみるが、眼鏡を掛けたのに、ぼんやりとしか見えないのは気のせいだろうか?
「とにかく! このベンチに何かついてるのは確かなんだし、ちゃっちゃと払いましょ」
そう宣言して、手にした呪符をもう一度構えた桜夜の耳に、何か聞こえた気がした。振り返ると他の4人も何か聞こえているらしく、周囲を見回している。
シュラインがふと口にしたのは、聞こえて来るままのメロディだった。
「さっきと同じだ!」「これは……子守歌ですか?」
隼とみなもの声がきっかけだったのか、なんだか世界がぐらり、と回り始めた。
『木漏れ日あふれる大きな森
子供達の駆ける音
大きな幹を伸ばすもの
きらきらきら
笑顔と寝顔
優しげな風
木漏れ日を見つめる
その目は誰のもの? 』
<ちゃりん>
自転車のベルの音で、皆が我に返った。
「幻影……だったのですか?」
ちゃんと元の場所に立っているのを確認したみなもは、きょろきょろと周囲を見回した。
「でも何でしょう、懐かしいというか癒やされると言うか……あ、だから子守歌?」
「疲れてる心には反応しそうね、たしかに」
「集団で見る幻影なんて、なかなかないでしょ」
眼鏡を外しながらシュラインは、軽く頬をさすった。「ひょっとしてこのベンチ、どこかの森のご神木かなんかを使ってるんじゃなくて?」
「……ありえるよね。伐採された後、その欠片に霊気が宿ってても不思議じゃないしね」
建はふーっと白い息を吐く。
「さて、どうしたものか」
「お願いしてみてはどうですか?」
みなもは木漏れ日が通り抜ける桜の木を見上げた。
「この桜の木に花が咲き、緑にあふれた頃に人を誘ってあげて下さいって」
「それもどうかと思うけど」
シュラインはくすっと笑った。
「少なくともその時期なら、訴える人いないわね」
「じゃ、私にまかせて。説教してあげる」
と不気味に微笑んだのは桜夜。
「……説教じゃなくてもいいんだけど」
「役立たずは黙ってろ」「う」
隼に睨まれた建の背中を、シュラインは軽く叩く。
「いいじゃない、風邪ひいた人の分を言ってもらえばいいんだし」
「そうですよね」
シュラインとみなもは、顔を見合わせると微笑みながら頷いた。
■act.4−2 暖かい微笑みの中で2
「あいつ、聞いてくれたかしら?」「あん?」
部屋に帰ってまず、パソコンの電源を入れた隼は、メールチェックの操作をしながら桜夜の声を聞いた。
あれだけがみがみ言われたら、どんな奴でも聞きそうだけどなぁ、と思いながら「さぁね」と返事をしておく。取り敢えず隼の専門外のことでもあるし。
「ま、最悪払えばいいだけだし……でも疲れたわぁ」
そう言いながら大きく伸びをした桜夜の横に、隼はカップを手にして腰掛けた。胃袋にコーヒーが浸みる。
「寒かったしな」
「そそ。やっぱり昼寝の基本はぬくぬくの場所〜」
うふふ、と微笑んだ桜夜は、そのままごろーんと横になった。頭はもちろん、隼の膝の上。
「……このやろっ」
毎回俺の膝の上で昼寝すんじゃねぇ! という隼の声は聞こえたかどうか。
当の桜夜は幸せそうに寝返りを打ったのである。
おしまい
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
(応募順になっています)
【0444/朧月・桜夜/女/16歳/陰陽師】
【0072/瀬水月・隼/男/15歳/
高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/
翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1252/海原・みなも/女/13歳/中学生】
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■ ライター通信 ■
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皆様 はじめまして!
へっぽこライター、小杉 由宇と申しますです。
この依頼に参加していただきまして、本当にありがとうございました!
実は……今回が初仕事だったりしまして(おい)、どうなる事やらと不安に思っていましたところ、皆様とお出会いする事が出来ましたです。
かなり皆様のイラストが影響していると思われる今回の物語です(笑)が、楽しんで頂けたかどうか、今はどきどきしております。
さて。
本文中、act.2と4は個別で内容が微妙に異なっております。他の方の部分も読んでいただけるとうれしいかな、などと思ってますです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
隼さま、参加ありがとうございました。
見事にベンチの精(?)のお誘いに乗っていただいたのですが、いかがでしたでしょうか?(まて) 桜夜さんとの仲をうまく表現できたかどうか不安です。
桜夜さま、参加ありがとうございました。
「うわ、読まれてるし」と素直に負けを認めたライターがここにおります(笑)。お昼寝、お楽しみ下さいね。
シュラインさま、参加ありがとうございました。
別にメッセも頂き、感動しております。かっこいいお姉さま、と言った感じに書いたつもりですが、いかがでしょうか? 灰原に奢られてやって下さいね(笑)
みなもさま、参加ありがとうございました。
あなたがいなければ灰原は最期まで出てきませんでした。なかなか可愛く表現できず、申し訳ないです(汗)
ちなみに。
灰原 建/25歳/日英ハーフのフリーター
(多分エクソシスト)
でした。また出てきましたら後ろ指さしてやって下さいませ。
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最期になりましたが、感想や「こんなのうちの子じゃなーい」など苦情や文句等々、お伝えいただけるとものすごく嬉しいです。
それではまた、お会いする機会がありますことを!
小杉 由宇 拝
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