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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:呪いの家 セカンド
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 紅唇から溜息が漏れる。
「これじゃ、どっかの貧乏探偵と一緒ね‥‥」
 呟くのは新山綾。
 北海道の拠点都市、札幌にある総合大学。一角に設けられた心理学研究所である。
 綾のデスクの上には、調査依頼書が鎮座ましましていた。
 茶色にカラーリングされた髪が左右に揺れる。
 まったく、自分はいつから調査員になったのだろう。
 研究者であったはずなのに。
 とはいえ、自動人形のように首を振っていても、現実は立ち去ってくれない。
 諦めて行動するしかないのだ。
 サラリーマンとは、つらいものである。
「築二〇年か。まあ、中古住宅ならそんなものでしょうね」
 ぺらぺらとページをめくる。
 調査しなくてはいけないのは、白石区にある庭付き一戸建て。
 幽霊が出るだの、呪われているだの、とにかく曰く付きの物件だ。
 この手の物件は価格破壊を起こしているの常である。
 それはいいとして、上司がこんなものを買ったところに問題があろう。
「なんでわたしが‥‥」
 嘆いても無益である。
 階級社会というモノだ。
「‥‥学生連中にでも押しつけようかな‥‥?」
 それも、階級社会というものだろう。
 あまり良い子にはオススメできないが。
「やだなぁ‥‥」
 心霊関係の苦手な助教授の嘆きが、研究室の壁に反射していた。




※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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呪いの家 セカンド

 目に映るものは、白と黒。
 無彩色の絵画のように。
 積もった雪と夜の闇。
 陰鬱なコントラストを描いている。
 天空を飾る月が、白磁の光で地上を照らす。
 一片のぬくもりも感じさせず。
 生命の存在すら許さぬ夜の姫。
「‥‥妖月ってやつね。なんか出来すぎな感じ」
 シュライン・エマが紅唇を開いた。
 蒼い瞳が、月に劣らぬほどの冴え冴えとした光を放つ。
 札幌市。
 北の拠点都市と呼ばれる街は、廃墟のように静まりかえっている。
 零下一〇度の世界。
 深夜に活気があるのは、歓楽街のススキノくらいなものだろう。
「怖いですか? シュラインさん」
 黒髪金瞳の青年が、優しげな声をかける。
 斎悠也だ。
 どんなときでも気遣いは忘れないのが身上だ。
 むろん、それは女性にのみ限定して発揮されることである。
 苦笑を浮かべつつ肩をすくめる巫灰滋。
 赤い瞳の浄化屋としては、幾重にも面白くなかった。
 シュラインに斎が接近するのは、まあ許そう。
 だが、巫の恋人たる綾に、花束やお守りを渡すとは。
「どういう了見だ!」
 と、怒鳴りたくなってしまう。
 充分に大人である浄化屋がするはずはないが。
 だいたい、怒りの方向性がどちらに向いているか、巫本人にもよく判らない。
 チューリップの花束など、べつに求愛でもなんでもなかろう。
 ただの社交儀礼だ。
 そんなものに嫉妬しても仕方がない。
 仕方がないのだが、つい反射的に腹が立ってしまうのだ。
 一つには、彼が恋人に対してプレゼントらしいプレゼントをしたことがない、という事情もある。
 したがって、怒りの何割かは自分自身に向けられているのだ。
「綾がもうすこしモノをねだってくれたらなぁ」
 得手勝手なことを考えてみる。
 実際、恋人が何かを欲しがったなら、彼は多少の無理をしてもプレゼントしようとするだろう。
 ところが、茶色い髪の魔術師は、自分からものをねだったことがない。
 物欲に乏しいのか。
 一緒にいられることで満足しているのか。
 それとも甲斐性のなさに諦めきっているのか。
 これも、巫には判らなかった。
 普段はとくに気にしたこともないのだが、このような一件があると、やはり考えてしまう。
 愛しみ合う男女でも、完全に相手を理解するというのは困難なものだ。
 その判らない恋人は、三人よりわずかに遅れて歩いている。
 一人ではない。
 ほぼ同じ身長の少女を伴っていた。
「こんな時間になっちゃったけど、大丈夫?」
「べつに門限があるわけじゃないもん。平気だよー」
 元気というか、脳天気に応える緑の瞳の少女。
 伊那文和という。
 北斗学院大学の学生宅に転がり込んでいる家出少女だ。
 綾の立場では、あまり推奨することもできないが、このあたりは個人の事情だと割り切っている。
 大学職員は、教育者ではなく研究者なのだ。
 忖度しても仕方がなかろう。
 それに、綾は知らないことだが、文和は未成年ではない。
 それどころか、一行のなかで最年長である。
 つまり、普通の人間ではない、ということだ。
 さすがに斎や巫などは、すぐに気がついたが、追求したりしなかった。
 怪奇探偵と呼ばれる男とも馴染みの深い彼らにとって、それが流儀だから。
 話せることなら、あるいは話したいことなら、いずれ自分から言うであろう。
 わざわざ問いつめるような野暮は、慎むべきだ。
「それにしても、ホントに呪われてるわけー?」
 茶色の髪を夜風になぶらせながら、文和が訊ねる。
 当然の疑問だろう。
「前に、こんなことがあったわ」
 口を開いたのはシュラインだ。
 それは、もう一年以上も昔の話。
 東京で起こった、ある事件。
 幽霊が出るという家。
 夜ごと日ごとに繰り返される騒霊現象(ポルターガイスト)。
 泡沫経済が産み落とした悲喜劇。
 哀れで滑稽な中年男。
「じゃあ、それは結局、心霊は絡んでなかったのか?」
 聞き終えた巫が訊ね、青い目の美女が頷いた。
「この件も、可能性はあるでしょうね」
 斎も思慮深げに、黒いコートに包まれた腕を組む。
 怪奇現象の多くは人が作るもの。
 そんな警句がある。
 間違いとは言えない。
 誤認、錯覚、願望。
 そういったものが、ささいな事柄を心霊現象にしてしまうのだ。
 むろん、多数例に含まれないところで、本当の心霊も存在する。
 どちらの場合も、嫌というほど斎は見てきた。
 今回は、果たしてどちらだろうか。
「あ、見えてきたよ」
 文和が指をさす。
 件の中古住宅が、静かに彼らを待っていた。
 黒々とわだかまる闇の城のように。


「結局、この手の住宅って、もともと欠陥があったりするのよね」
 軽く柱を叩きながら、シュラインが言う。
 心霊などというものは、何の理由もなく現れるものではない。
 当たり前の話だ。
 したがって、恐れる必要はない。
 なにしろ、五人は少なくとも、この家に取り憑く霊に恨まれる筋合いがないから。
 むろん、そんなモノがいればの話だが。
「で‥‥どうなの‥‥?」
 巫の腕にしがみつきつつ、綾が訊ねた。
 いちゃついているわけではない証拠に、がたがたと震えている。
 怪談の苦手な助教授であった。
 まあ、いまさらの話ではない。
「頼むから暴走してくれるなよ」
 茶色の髪を撫でてやりつつ、浄化屋が内心で呟く。
 彼にしてみれば、心霊現象より恋人の暴発の方が、はるかに恐ろしい。
 もし住宅街のど真ん中で、物理魔法が暴走したら‥‥。
「万単位で住民を避難させないと」
「むしろ綾さんを気絶させるべきでは?」
「ていうか、そもそもなんでついてきたの? 綾って」
 シュライン、斎、文和が、視線だけで会話を交わした。
 文和などは全員と初対面なのだが、もうすでにアイキャッチが成立していたりする。
 これは、少女の人徳によるものというよりは、共通した危機感に基づく紐帯というべきだろう。
 論われる綾こそ良い面の皮であるが、これは八〇パーセントくらい自業自得だ。
「ま、なんにしても、ここに悪霊の類はいねぇぜ」
 浄化屋が太鼓判を押し、
「ええ‥‥まあ、そうですね」
 やや曖昧に金瞳の青年も頷いた。
 その様子を、ちらりと文和が見る。
 何か言いたそうではあったが、少女の唇は動かなかった。
「ぶっちゃけた話、欠陥住宅よ。ここ」
 言って、興信所事務員がいきなり壁紙を剥がす。
 なかなかに乱暴なことではある。
 一同が息を呑む。
 シュラインの行為に対してではない。
 蛍光灯に晒された壁面に、びっしりと黒カビが生えていたのだ。
「ぅわ‥‥」
「直接的な原因は結露ね。これ、二階に上がったらもっとひどいわよ。きっと」
 淡々と告げるシュライン。
 北海道に限らず、寒冷地の住宅には充分な断熱材が使用される。
 その上で機密性を高くし、冬の極寒から住人を守るのだ。
 ところが、外気温と内気温の差が大きくなるほど、結露は起こりやすくなる。
 それを防ぐために、外壁から内壁の間に断熱材を敷き詰めるのだが、
「この通りよ」
 蒼い目の美女の繊手が壁にめり込んだ。
 ふたたび息を呑む一同。
 非力な女性にすらやすやすと壊せるほど、壁が脆くなっているのだ。
 ボロボロと耐火ボードが崩れ落ちる。
 そして、彼らの目に映ったのは、なにもない空間だった。
「こりゃ一体‥‥」
 巫の呻き声。
「断熱材すら入っていないのですか‥‥?」
 斎の呟き。
 呆れた話だった。
 これでは、二重構造にする意味は全くない。
 内壁の表面温度は外部と同じになる。結露が起きない方がおかしいだろう。
「つまり、壁紙を貼って誤魔化してただけなんだね。不動産屋さんの仕業だね」
 文和が結論づけた。
 苦みを帯びた表情である。
 人間は、人間を騙す。
 いくつかの経験から、身をもって学ばされている少女だった。
 表面だけ取り繕えば、人間とは簡単に騙されるイキモノである。
 立て直すより、壁紙の張り替えで誤魔化した方が、不動産は安くつくのだ。
「ついでにもう一個いうと、この家、いつ倒壊してもおかしくないわよ」
 皮肉げな口調を作り、またシュラインが柱を軽く叩く。
 遊んでいるわけではない。
 超聴覚を有する彼女は、自らの耳をソナーとして家の音波検査をしているのである。
「‥‥あ、ホントだ。大黒柱が腐って空洞になってる」
 歩み寄った文和も、耳を澄ませて探索を開始した。
 少女の聴覚もまた、シュラインに勝るとも劣らない。
「柱の中に空洞‥‥梁もぼろぼろ‥‥ぅゎぁ‥‥土台も腐ってるし‥‥」
「そういうことね。いまだに建ってるのが不思議なくらいよ」
 肩をすくめてみせる興信所事務員。
 残念ながらこの家を救う方法はない。
 一度壊して、立て直すしか。
「じゃあ、呪いだの幽霊だのは?」
 綾が小首をかしげる。
 恐怖心は完全に消えたようだ。
「呪いなんぞ、最初からねぇぜ」
 くすりと笑う浄化屋。
「これだけ欠陥がある住宅なら、怪現象の三つや四つ、普通に起こるでしょうねぇ」
 斎も笑っていた。
 この場合の怪現象とは、心霊の絡んだものではない。
「たとえば、ちょっと耳を澄ませてください、綾さん。他の方も少しお静かに」
 悪戯っぽく笑った青年が提案する。
 言われた通りにする一同。
 五人の息づかいに混じって、なにかの音が聞こえる。
 女性のすすり泣きのような音。
 綾の顔が強張った。
「大丈夫だって」
 笑いながら、恋人の頭に手を置く浄化屋。
「どっかから漏れた水滴が、地下の水溜まりに滴って、反響してるんだ」
「その通りです。巫さん。ようするに水琴窟の原理ですね」
「夏に聞くと風情もあるが、こんな季節じゃ寒々しいだけだな」
「まったくです。何も知らないで聞けば、さぞ不気味でしょうねぇ」
 男性二人が苦笑を浮かべる。
 むろん、この怪しい水琴窟は、住人の意志で作られたものではない。
 家の欠陥が生み出した偶然だ。
 そもそも、住宅の地下に水溜まりがあるというのがどうかしている。
「これじゃ住人が居着かないのも当然ね」
 もっともな感想を綾が漏らし、
「いままで事故がなかったのが、せめてもの幸運ね」
 シュラインが応えた。
 これで一件落着のようだ。
 あとは、事務的な問題だけである。
 この家を買った綾の上司が不動産業者と交渉し、新たに立て直させるなり、売買契約を白紙に戻すなり。
 あるいは、裁判沙汰にまでなるだろうか。
 入居したことのある人々が、不動産を告訴するかもしれない。
 だがまあ、いずれにしても、彼らの仕事は、ここで終わりである。
 たいして面白くもない結論だが、怪奇現象のほとんどはこんなものだろう。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
 と、いうやつた。
「じゃ、帰りましょうか。ともあれ事件解決なんだから、打ち上げでもしましょ」
 歩き出す綾。
 なんだか、どこぞの怪奇探偵みたいなことを言っている。
「べつに、そこまで似なくても良いと思うけど」
 くすくす笑いながら、シュラインが後に続いた。
「大丈夫。わたし以上にシュラインちゃんが似てきたからー」
「うあー それ最悪ー」
 馬鹿な事を言い合いながら、外へと出てゆく二人。
 どうやら、本格的に事件は終わったらしい。
 少なくとも、霊感のないものたちにとっては。
 残された三人は、苦笑しながら顔を見合わせる。
「それじゃ、さっさと済ませちゃう?」
 文和が言った。
「そうだな」
「そうですね」
 男たちが応えた。
 彼らには見えていたのだ。
「この城を守護したてまつる御霊」
「かしこみかしこみ申す」
 二人の祝詞がゆっくりと紡がれてゆく。
 手抜き工事で建造された欠陥住宅。
 それでも、それを必死に守ろうとしていたモノ。
 地霊だろうか。それとも、かつての入居者の縁者だろうか。
 そこまでは判らない。
 判っているのは、いつ崩れてもおかしくない家が建っていられたのには、相応の理由があるということだ。
「いままでご苦労さまでした」と、斎。
「ゆっくりやすんでくれ」と、巫。
「お疲れさまだったね。ばいばい」と、文和。
 口々に労をねぎらう。
 三人にしか見えない光が深々と頭をさげ、静かに昇っていった。
 天井越しの夜空へと。
 これで、本当に終わったのだ。
 外に出た彼らを、炯々とした月明かりが迎える。
「罪を犯すのは人間。それを暴くのも償うのも、人間、か」
 少女の唇が、寂しげに言葉を紡いだ。
 それは、あるいは人ならざる身だからこその呟きだったかもしれない。
 その気持ちは、悠也には半分だけ判る。
 白い指先が、茶色の髪を撫でた。
「ん‥‥」
「だからこそ人間は奥が深い。そう思いませんか?」
「‥‥そうだね」
 言葉は、目の前に一瞬だけ白くわだかまり、空気に溶けてゆく。
 思いを流す河のように。
「ハイジー みんなー」
「さっさとこないと、置いて行っちゃうわよ」
 少し離れたところから、美女たちが手を振っている。
「さ、行くぜ」
 浄化屋が、斎と文和の肩を叩いて笑った。
 つられて青年と少女が微笑む。
 やや複雑な笑みになってしまったのは、仕方ないことではあるが。
 天空には、たおやかな夜の姫と無数の眷属たち。
 ひらひらと雪が舞う。
 すべての汚れを覆い隠すように。







                          終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)
1008/ 伊那・文和    /女  /999 / 家出少女の獣人
  (いな・ふみか)


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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「呪いの家 セカンド」お届けいたします。
この前、ネットの海を旅していたら、「YUKINO」というフラッシュアニメを見つけました。
同じ名前にびっくりして見てみたら、けっこう良かったです。
まあ、ただそれだけなんですけどね。

さて、如何だったでしょうか。
前の「呪いの家」から1年ちょっと。
わたしの原点のようなスタンスの作品ですねぇ。
楽しんで頂けたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。