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不思議体験童話館U
「駅前の変な建物のこと知ってる? あれはね、不思議体験童話館って言って、夢の中でおとぎばなしの登場人物になれちゃう、バーチャル映画館なんだよ。」
瀬名雫はにこっと笑って、その館内に入ったらゴーグルを受け取って眠り、その中で映画を見るのだ、と説明した後、こう言った。
「雫は新作出ると行ってるんだけど、今度は二度目のオリジナル童話を上映するらしいよ? 今度のは、こんなお話」
『舞台は昔の日本。山の狐は、村のお地蔵様に備えられたオハギが食べたくて仕方ありません。でもオハギが食べたいのはみんな同じ。村の子供、野のうさぎ、川のカッパ、それから北の洞窟に住む子鬼。みんなが狙うオハギを食べられるのは一体だぁれ?』
「雫だったらどのキャラクターを選ぶかな? ん〜。兎に角オハギが食べたいよ〜!!」
<シュライン・エマ>
「随分面白そうな事してるのね」
駅前にひっそりと作られた、大正風のレンガ造りの建物を見上げ、シュラインは呟いた。彼女にしては珍しく、黒髪を下ろし、ラフなセーターとボトム姿に、夕暮れの光を避けるためかサングラスなど掛けている。
入り口の立て看板には、『今世紀最大のお楽しみ! 不思議体験童話館』と大きく書かれ、隣には今回のストーリーに関する誇大広告的なあおり文句が連ねられている。
上を見上げれば、なんだか昔の見世物小屋のような看板に、嘘臭い匂いのする古風なタッチで良くある日本昔話風な絵が描かれていた。
ここが最近巷で噂になっている事をシュラインは知っていたから、このアナクロさが評判を呼んでいるのだろうか、などとふと思う。
「いかがですか〜? いかがですか〜?」
表には呼び込みの女の子がチラシを持ってうろついている。そして、シュラインが興味深げに足を止め、看板を見上げている事に気付くと、声を掛けてきた。
「いかがですか? ほんの20分くらいのお話なんですけれど」
「どんな内容なの?」
「それはもう、お客様次第です。ほわっとアットホームなお話かもしれませんし、アクション大作になるかもしれません」
シュラインは手渡されたチラシを斜め読みして、尋ねた。
「へぇ…面白そうではあるわね。どのキャラクターにもなれるの?」
「ええ勿論。選んでいただければ」
シュラインは相手の熱心さについ微笑んで、腕時計を見た。編集者との待ち合わせ時間にはまだあるから、20分くらいなら大丈夫だろう。
「分ったわ。私もちょっと、見てみたいしね」
シュラインは係員に背を押されるように、館内に入っていった。
***
昔々のとある場所。木々は秋風にさやさやと鳴り、青く澄んだ空には雀がチチチと飛んで、野焼きの白い煙が雲と一緒に東へ流れていく…そんなのどかな村の入り口に、二体の地蔵様が隣り合わせに立っておりました。
その内の一体は、村に入ろうとする悪霊を端から血祭りに上げると有名な朧月桜夜地蔵。もう一体は病気や悩み事を良く聞いてくれると言われているシュライン・エマ地蔵です。「…ああぁ…疲れた…」
天高く、馬肥ゆるその傍に建てられた簡素な木造の屋根の下で、穏やかながら引き締まった表情のエマ地蔵が、深〜いため息をつきました。「ずぅっとにっこり立ってるのも肩が凝るのよね」
誰も通りかからないという保障さえあれば、今すぐこの場でラジオ体操1番2番でもやって見せたいところだが、地蔵というものはそもそも、ピクリとでも動いてはならぬもの。ましてや村人が首に巻いてくれた刺し子いりの赤布と赤帽子をさりげなく整えながら、疲れたなどという呟きは漏らしてはならないので、エマ地蔵はちょっとお疲れ気味だったのです。
すると、隣に立っていた桜夜地蔵が言いました。
「何言ってんの。アタシたち石作りじゃない。肩が凝るなんて気のせいよ」
彼女は村地蔵にしては珍しく、大金をかけて奉られた、大理石造りのお地蔵様でした。エマ地蔵と揃いの赤い布に帽子をつけていますが、なぜだかこちらはフリルつきで、お地蔵さまにしては活気のある力強い顔立ちをしています。
「精神的肩凝りなの。あなたはちょくちょくその辺歩き回ってるから平気よね」
エマ地蔵は、ひと月ほど前に桜夜地蔵が巻き起こした事件を忘れてはおりませんでした。
桜夜地蔵は何も答えず、さりげなく右の錫状を左に持ち替え、何も無かったかのように大きく欠伸をしました。
「ふぁあ〜あ。何か面白いこと無いかしら。この間みたいに村に泥棒が来るとか」
そんな不穏な願いが天の何処かにでも通じたのでしょうか。ふと目を上げた桜夜地蔵はその視線の先にぽつんとちいさな人影を見つけました。
「あれ…? 村の子じゃない。こんな時間に珍しいわね」
桜夜地蔵は目を細め隣のエマ地蔵のわき腹を突付きます。エマ地蔵が小声で桜夜地蔵を叱りつつもそちらに目をやると、確かに膝丈までの絣の着物を着た4頭身くらいの子供が田んぼの畔を伝ってやってきます。
「あれは今野の篤旗君ね。村外れ一番地字今野で、お爺さんとおばあさんに育てられてる子よ」
「あ〜。あの、桃から生まれたんだかお椀に乗って川から流れてきたんだか良くわかんない子ね? しばらく見ないうちに育ったわね〜 …ん?」
桜夜地蔵はふと土手の隅っこに目をやりました。何やら箱を抱えて歩いている今野君は全く気付いていませんが、土手の影に隠れつつ、何者かさらに小さな人影が、こっそりその後をつけているらしいのです。
「…何してんのかしら」
という桜夜地蔵の呟きに、同じく注目していたエマ地蔵が答えました。
「あれは確か、北の瀬水月山に住んでる子鬼の隼だわ」
なぜそんなに詳しいかといえば、勿論普段から良く村人の話を聞いているからです。
一方、人の話など殆ど聞いていない桜夜地蔵は、遠目ではありますが、初めて見た子鬼の隼にうっとりと見ほれておりました。
「ちょっと小柄だけど可愛いわ〜! 継ぎの当たったボロい着物も、ボサボサの髪からちょこっと出てる一本角もとってもキュート!」
大理石の瞳をきらきらさせつつ、今にも動き出してしまいそうな桜夜地蔵を抑えつつ、エマ地蔵はそっと耳を澄ましました。エマ地蔵は遠耳の技を持っているのです。人の声は勿論、鳥や獣や、それから人間の考えていることまで聞くことが出来たのでした。
エマ地蔵の遠耳の力を借りて知るところに寄れば、今野の篤旗君は、どうやら御萩をお地蔵様に御供えしてくるようにとお使いに出されたようでした。
すると箱の中身は、村一番の御萩作り名人と言われるおばあさんの作なのでしょう。
── あ〜あ、御萩ニ個しかないねんな。3っつあったら僕一個貰えたんになぁ。
篤旗君はそんな事を考えながらゆっくりゆっくりと歩いています。村は平和ではありましたが、とある事情により豊かと言うには程遠かったので、おばあさんは日ごろ村を守ってくれるお地蔵様たちの分しか作ってくれなかったのです。
その代わり、お供えした後のお下がりでなら食べてもいいよ、とも言い含められてはいたのですが、篤旗君の脳裏には蒸かした米を半殺しにする様子やら小豆を煮るいい匂いやらが行ったり来たりで、正直「お下がり」まで待てそうに無く、歩きながら箱の中身が食べたくて仕方ありませんでした。
── 僕、餅米のあのつぶつぶした感じが好きなんよね。
当然、地蔵様の所に進む足取りも鈍くなります。辿り着いてしまえばお供えするしかありませんから。
ですがひょっとして、家を出たときからずっと後をつけて来た子鬼の隼の事に気付いていたら、そんな暢気な事など、出来なかったかもしれません……。
子鬼の隼は毎年毎年この季節、お地蔵様に御萩がお供えされることを知っていました。 勿論御萩が食べたかったからに他なりません。
だから毎年この時期になると数日前から今野家の周りをうろつき、村で一番美味しいという噂の御萩が手に入らぬものかと画策していたのですが。
── 去年まではお供えされる前を狙ってたからダメだったんだな。
今野家のおばあさんは、100歳を越えて尋常ならぬ力でも身につけているのか、こっそり台所に忍び込んだ隼を、毎年さらりと気絶させてきたのでありました。
しかも、今後をつけているあの家の子供は、ああ見えて、火の力や水の力を操る不思議な力を持っているそうで、迂闊に手を出すのも躊躇われます。それに自分は子鬼ですから、村の人間に姿を見せるのも、余り宜しく無いのです。
── あいつが御萩を手放したら…そん時にペロリってもんだ。
しかし、子鬼には他にももう一つ懸念がありました。
それは、正にこれから御萩が供えられようとしている村地蔵の事です。
北の洞窟は村から数キロ離れた山奥にありましたが、子鬼の隼は情報戦が大好きでした。
山を越えた隣村の大鬼一族を、噂一つ流しただけで完膚なきまで潰した事もあった程で、村を守る2体のお地蔵様が、村に入った泥棒を、朝になったらツープラトンで足の下に敷いていただとかいう噂をしっかりキャッチしていたのです。
これは頭の使いどころだな、と子鬼の隼は歩を緩めました。
── とすると…ふむ。
子鬼の隼は足を止め、くるりと踵を返すと何処かに駆け去って行きました。
その頃、山から吹き降ろす秋風に枯れススキがゆらゆら揺れる野原の中で、二つの影が身じろぎもせずに対峙しておりました。
ススキの間にぴょこりと見えるのは、長い二本の耳とツヤツヤに磨いた白いお皿。
「うぅん、その手で来ましたか」
顎先に手を当てて胡坐をかいた一羽の白兎が、将棋盤を前に思い悩んでいます。
兎の名前はウォレス・グランブラッド。櫛を入れて整えられた茶色い髪の間に、『兎耳止めバンド』が見え隠れしているような気もしますが、きっと気のせいでしょう。彼はいつの間かこの村に移り住んできた外国産の兎で、誰も聞いちゃいないのですが、自分は150年程前にペリーの黒船に乗って、浦賀という港に着いたのだ、と常々言っております。
そんなウォレス兎の対面に座った男が尖った口元に紫煙を燻らせながらながら言いました。
「これで俺の勝ちは決まりだな。さあ、出すもの出せよ」
その嬉しそうな事。どうやら彼はこの先の川に住む、真名神族の慶悟河童のようです。
昔は社を貰ってきちんと奉られていた尊い一族だったようですが、彼が族長になってから、村の煙草畑を襲うようになったので、自業自得とは言え、最近ではきゅうりの一本も供えられず、大層な貧困生活を送っておりました。
「ふう…仕方ありませんね。ではお約束の」
そう言うとウォレス兎は3つ揃えのタキシードの懐から、兎肌に温まった柿を一つ差し出しました。「ああ、私の今夜のおかずが……」
「ごちそうさん。…これで通算55勝55敗2引き分けだな。思えば毎日毎日良く飽きないもんだ」
貰った柿を水かきの付いた手で試す返す検分し、慶悟河童は背中の甲羅をよいしょと下ろすと、背中側のフタを開け、柿を大事に仕舞い込み、黒いスーツの上に背負いなおしました。
「他にやる事無いですからね」
と、ウォレス兎が、こちらも使っていた将棋盤を大事そうに兎穴に仕舞いこみ、穴から出した杵と臼を荒縄で背中に巻きつけようとしていた、その時。
ススキ野原を掻き分けて、二人の座った空き地にひょっこり顔を出したものがありました。子鬼の隼です。
「おい、お前等」
いきなり現れた子鬼の姿にさほど驚いてもいないような兎と河童に、彼は不遜に声を掛けました。「いい事教えてやろうか」
「いい事? 勿論いい事なら大歓迎ですよ。一体なんなんですか?」
不審そうな顔をしたまま煙草を燻らす慶悟河童とは裏腹に、兎のウォレスはにこやかに尋ねました。
「村の地蔵に御萩がお供えされるんだぜ。俺見てたから知ってんだ」
「なにっ?」
殆ど知らん振りをしていた慶悟河童がはっとしたように振り返りました。何を隠そう慶悟河童は煙草の次に御萩が大好きだったのです。ちなみに胡瓜は第三位です。あんまりにも驚いたので、思わずその尖った嘴を、口元から外してしまいました。
「エクセレント! 御萩はニッポンの代表的なお菓子…是非食べたいものです」
ウォレス兎はトロッコ駅の駅前で外国語教師を勤めておりますが、日本に渡航してきてまだ一度も御萩を食べた事がありませんでした。
「…だが待てよ。確かあの村地蔵共は一筋縄じゃ行かない。それに子鬼、お前も御萩は大好物のはずだろう。どうして俺たちに情報を……」
けれど、子鬼の隼は、もうそこから姿を消しておりました。
さて、当の御萩の箱を抱えた今野の篤旗君は、もう四半刻も地蔵の前でじぃっと立ち尽くして何事かを考えておりました。やきもきする桜夜地蔵の前で、風呂敷包みを開けようか…開けまいか…そんな仕種を繰り返しています。勿論その心中では、他人には予測できないほどの葛藤がなされているのでしょう。
── ちょっとちょっと、何してんのよ。さっさとお供えして行っちゃいなさいよ。
考え事をしているらしい今野の篤旗君を目の前に、桜夜地蔵はイライラと言いました。無論その声は、普通の村人である篤旗君には聞こえておりませんでしたが。
── まぁまぁ。もう少し待ちましょうよ。ありがたいじゃないの、こうしてお供えしに来てくれるだけでも。
エマ地蔵は、今にも動いて子供の頭を錫杖でぶん殴り、気絶させた上で御萩を食べようとせんばかりの桜夜地蔵をたしなめます。
しかしそれでもとうとう今野の篤旗君は動きを見せました。風呂敷を開いて御萩をひょいと2体の前に置いたのです。
── きゃ〜! なんて美味しそうな御萩なのかしら。
ですが、物事は桜夜地蔵が期待していたようには進んでくれませんでした。足元に置かれた御萩を、篤旗君はまだじぃぃぃっと眺めているのです。
その時エマ地蔵がはっと目を周囲に走らせました。傍の木陰、土手の下、辻の向こう。誰かが居ます。確かにこっちを見ています。
桜夜地蔵は全く気付かず、篤旗君と御萩を見ていますが、エマ地蔵はちょっと考え込むと、ははんと頷きました。あれはさっき篤旗君の後を付けてきた子鬼の隼に違いありません。数が増えている所をみると、誰かを連れてきたのかも知れませんが、さて、御萩は2つしかないのにどうする気かしら、とエマ地蔵はちょっとトホホな気持ちで足元の篤旗君を眺めました。
彼女には今野の篤旗君が考えている事が伝わってきていたのです。
── お地蔵様の口元に餡子塗って『お地蔵様が食べました』としらばっくれてみよっかな。それともこう…外側だけ残して中を掘るように食べてみたらどうやろか……。見た感じは分らんしね。うん。
彼はどうやらおはぎの中でも『餅米の粒々した』部分が好きらしいです。
ですが村で評判の良い子である今野の篤旗君は結局考えるだけで踏みとどまった様子です。でもその代わり…
── どのくらいの時間お供えしたら食べてもええんやろか。
じっと聞き耳を立てていたエマ地蔵が呆れてしまったのも無理はありません。…尤も、彼女は何も篤旗君だけに呆れていた訳ではありませんがね。
と、その時。
「オイ、子供」
考え込んでいる今野の篤旗君の傍に、一つの影が忍び寄りました。屈んでいた篤旗君は、急に辺りが暗くなった事に気付いて、雲でも出てきたのかと訝しそうに顔を上げました。
顔を上げた篤旗君は、夢を見ているのかと思いました。大の大人が河童のコスプレをしてそこに立っていたからです。でもその程度で驚いている場合ではありませんでした。腰を抜かして河童を見上げている篤旗君の周りに、兎耳と尻尾…ふわふわの白い綿毛で出来ています…を着けた外国人紳士や、金色の目がやけに鋭いちびっ子まで、いつの間にか沸いて出て来たのです。
その時篤旗君は人間として当たり前の反応を示しました。ゆっくりじっくり考えてこう呟いたのです。
「…なんや。夢かぁ」
と、ぽんと手を叩きました。ところが、
「これでも夢か? 夢か?」
「ひででてで!」
慶悟河童は容赦なく篤旗君のほっぺたをつねったわけです。「いきなり何するんや!」
「OH! 暴力はいけませんよ、河童どん」
そこにウォレス兎が割って入り、微笑を浮かべて篤旗君に言いました。「さあ少年、済みませんがそこをどいてください。我々はその御萩を食べに来たのでゴゼエマス」
「なんやて? どこが河童やねん。嘴ないやん。変な甲羅背負いおって」
「あれは嘴型酸素マスクだ。陸では必要ないんだよ」
いらない事を言ったばかりに更につねられ赤くなった頬を押さえ、篤旗君はよろめきつつ一歩下がりました。そこにはエマ地蔵が立っているはずだったのですが、しかしどうも感触が…。
「後ろには気をつけないと転ぶわよ」
振り返った先には、随分と背の高い、優しげな女性が立っておりました。
「て、…天女様?」
そう思ったのは彼女が真紅の薄い絹衣を纏っていたからですが、頬の痛みも忘れ、いよいよこれは夢に違いないと目を回しかけた篤旗君は、ふと気づきました。その右手に錫杖が持たれている事、そして左手に宝珠…ではなく、先ほどからじっと見ていた御萩が乗せられていた事…。
「残念だけど私は天女じゃなくて地蔵菩薩よ。いつもお供え有難う」
にっこりと微笑まれると、思わず頬が赤くなります。でも思い切りつねられた直後のことでしたので、エマ地蔵には分りませんでした。彼女は背を屈めて篤旗君に手を差し出しました「この御萩なんだけど……」
エマ地蔵は村人にも感謝しておりましたが、毎年のお供えをしたり、お爺さんやお婆さんの教えが良いせいなのか、自分たち地蔵菩薩の前を通るたび、きちんと手を合わせていく今野の篤旗君がなかなかお気に入りでした。だからこそ考えあって、彼に本当の姿を見せ、一つ尋ねてみようとしたことがあったのですが。
「その御萩! 貰ったぜ!!」
突然少年の甲高い声がし、エマ地蔵と篤旗君の間に素早い影が飛び込んできたのです。
「えっ、あら、ら…」
一瞬で掌の上から消えた御萩にエマ地蔵は思わず暢気な声をあげ、篤旗君は目を丸くして、それからはっと声を上げました。
「何するんや! それ僕の…」
このとき既に、篤旗君はこれが夢だろうが現実だろうが…多分現実ではあるのですがその辺には目を背けて…どうでもいいから利益を守りたい気がしておりました。普段なら、もしくは御萩の数がもっと多ければ、そんなことは考えなかったでしょうけれどね。
「誰がお前のだって決めたんだよ。こういうのは食ったもん勝ちだって知らねーのか?」
ちびっ子は勿論、子鬼の隼でした。自分が呼んで来た各々がかち合って混乱し始め、御萩を奪うチャンスを狙っていたのです。ですが、悪い事は出来ないもの…彼が鋭い牙の生えた口を大きく開けて、御萩をひと呑みしようとした、その時。子鬼の隼の背中に大きく黒い塊がすっ飛んで来てぶつかりました。
「えっ、おっ、と、っとっと!?」
エマ地蔵と篤旗君に気を取られていた子鬼はバランスを崩し、その手からポロリと御萩は地面に落下していきました。
多分、それだけだったら二人とも諦めたりはしなかったでしょう。ちょっと土を払って食べてしまえばいいことです。ですが、地面に落ちた御萩は、子鬼にぶつかった本人…どこからか弾き飛ばされ宙を10メートルほど舞ってきたウォレス兎の体の下で潰されてしまったのです!
「「あああ〜〜〜!!」」
二人が思わず叫ぶ前で、ウォレス兎は腰をさすりながら立ち上がりました。自分の身体に下に御萩があった、などと言う事にはさっぱり気付いておりません。
「痛たたた…。ぎっくり腰になりかけてしまいました」
背中に10kgはある臼と杵を背負っているのだから、それは無理も無いことです。
「僕の御萩、僕の……」
今野の篤旗くんはがっくりと地面に手を付き項垂れて呟いております。
「何すんだよ、おっさん!!」
子鬼の隼が、顎を思い切り上げて兎のウォレスに食って掛かると、ウォレス兎は漸く気付いたように、彼らと潰れた御萩を見比べて、外国産の兎が良くやるように、「OH〜〜!」と肩を竦めました。
「悪気は無かったのですよ。いや、本当に全く」
ウォレス兎は先程の『篤旗君ほっぺた捻り』に参加せず、桜夜地蔵の足元にあった御萩に気付き、
「おや、こんな所に御萩が落ちていますね。これは幸い」
などと無防備に手を出したのですが、無論桜夜地蔵がそれを許すはずなど無く、あっという間に実体化した彼女に、放り投げられたのです。だから本当に悪気などありませんでした。
しかし、田舎育ちの子鬼と村の子供には、ウォレス兎の口調が何とも人を食ったようにしか聞こえなかったのです。
「おい、篤旗!」
「おうっ」
子鬼は村の子の名前を初めて呼び、村の子供は強く頷きました。初めての異世界交流の瞬間です。
「「やっちまえ〜〜〜!!」」
「むっ! なんと御無体な!」
飛び掛ってきた二人の子供は自分に比べて大層小柄ではありましたが、ウォレス兎は身の危険を感じて背中に荒縄で括り付けていた杵と臼を引き抜きました。
さあ、戦闘開始です。
一方。争いの原因となったウォレス兎の巴投げをした人物…というかお地蔵様は
「『おん かか びさんまえい そわかっ! 』この御萩は私が貰ったのよっ!」
慶悟河童と対峙し、高らかに真言を唱えておりました。
彼女はまるでタンゴダンサーのような赤いフリルのドレスを着ております。元はエマ地蔵と同じ絹の衣でしたのでしょうに、そこはそれ、実体化する際には桜夜地蔵の趣味が反映されたようなのです。
「何を寝ぼけたことを言っている。そういうものは手に入れた者勝ちだと古今東西決まってるんだぞ」
齢200年にしてたかだか150年ほどしか生きていない子鬼の隼と全く同じ屁理屈を言いながら、慶悟河童は完全戦闘態勢に入りました。周囲に水のオーラがほとばしります。「オン・マリシエイソワカ……」
陽光が頭の皿に煌き、彼の周囲を覆っていた水気にはじけました。
「な、な、何よ、なんなのよっ!!?」
ふと気付けば心なしか着ているスーツも露にぬれ、
「……これがホントの、水も滴るいい男…クッ…」
慶悟河童は口端を上げ、ニヒルに微笑みました。…誰も聞いちゃ居なかったようですが。
ですが恐ろしい事にその直後、慶悟河童の身の回りを覆っていた水気が、陽光を吸収し始め、徐々に形を取り始めたのです。
「なに…まぶしいわ…」
『この偽うさぎー』とか『月から来たんやったら力餅食べてりゃええやろ〜!』とか『NO! これは猿蟹合戦です。その証拠に柿も持ってマス!』『だったらその柿寄越せ!』などと押し合いへし合いいがみ合い、くんずほぐれつすったもんだしている一人と一羽と一体をどうにか引き剥がそうと、慶悟河童たちに背を向けていたエマ地蔵でさえ、その光の洪水に振り返ります。そしてその光が収まったとき、ただの水しかなかった場所に、なんと13体もの慶悟河童が立っていたのです。
「大人しくその御萩、こちらに渡してもらおうか!」
くわえ煙草の13体の河童は声をそろえて言いいながら桜夜地蔵に飛び掛りました。ですが彼女はその程度の多重音声では怯みません。
「妖術使いの慶悟河童って、あなたのことね! …でも、人のもの取るやつは……」
桜夜地蔵はまたも真言を唱えると、体の真ん前で印を切りました。
すると、天のいずこからか、するすると長い紐が降りてきたのです。
「猪口才な!」
桜夜地蔵の真意を知らぬ慶悟河童たちは、彼女の周りを取り囲み、そして急襲します。
「甘いわよ!!」
桜夜地蔵はくんっと天から伸びる紐を引きました。すると次の瞬間!
地面が裂け、轟音がし、その場に居た人々全員の足元から、何かが湧き上ったのです。
「う、うわああぁああ!」
「な、なんやなんやっ?」
「きゃあぁあっ!」
そして気づいた時には、同胞であるエマ地蔵まで含め、全員がまるで罠に掛かった森の獣のように、粗目の捕獲網でもって宙に吊り上げられておりました。
「…な、なんともこれは、ケッタイな自体に」
長い耳と手に持った杵だけを網の外にぷらんとさせて、ウォレス兎は下方を見下ろしました。
さっきまで争っていた村の子供も同じ網に掛かり、ふと前方を見れば、他の網には慶悟河童とエマ河童がぎゅうぎゅう詰めにされています。
「こんな所でまで腐れ縁なのね私たち…」
「なぜか分らんがそんな気がするな」
辺りには他にも大量の慶悟河童がキーキー言いながら網に掛かっておりましたが、本体はどうやらこれだったようです。
桜夜河童は嬉しそうに彼らを見上げました。
「どうだったかしら、アタシのおもてなしは」
「僕は関係あらへんやろ、出せ〜! 降ろせ〜!」
「そうは行かないわよ。だってあなたも御萩、食べたがってたじゃない」
桜夜地蔵はしれっと言いましたが、網の中の獲物の数をひーふーみーと数えて、ふと気付きました。「あら…あの可愛い子鬼ちゃんは……?」
見回し、ふと気付くと『子鬼ちゃん』は、体が小さいばかりに網に掛からず、しかしウォレス兎の柿の実アタックにて相当のダメージを喰らい、桜夜地蔵の足元に転がっておりました。
「おは…御萩……」
子鬼は最期の気力を振り絞り、桜夜地蔵の持った御萩に手を伸ばしました。
「まぁ…」
なんて執念なのでしょう。桜夜地蔵は、ほんのちょっと、ほんのほんのちょぴっとだけなら、子鬼に御萩を食べさせてあげてもいいかなと思いました。好みのタイプだったのもありますし。
でも残念な事に、子鬼の隼はそのまま気を失い、がくんと崩れ落ちてしまいました。
「全くもう…」
しんと静まり帰った中に、ふぅ、と深い溜息が聞こえました。エマ地蔵です。「桜夜地蔵菩薩、いい加減にして私たちをここから降ろしなさいな」
言葉は格好いいですが、網に顔が押し付けられていたので少しだけ間が抜けております。 ですが、エマ地蔵は、地蔵としてのキャリアで言うなら桜夜地蔵より100年も先輩です。桜夜地蔵も本気でたしなめられたら反省するしかないのです。
倒れた子鬼を見て流石にちょっと罪悪感が沸いてきていた桜夜地蔵はエマ地蔵を見上げました。けれどまだもじもじしながら皆を解放しようとはしません。
「でも…だって、御萩は私が貰ったんだもの。甘いもの大好きなんだもの〜」
「じゃあ一つだけじゃなくて、もっと沢山食べたいと思わない?」
エマ地蔵が言い、皆の視線と耳が彼女の方に集中しました。一体どういうことだ? と言わんばかりに。
「私にいい考えがあるのよ。だから……ね?」
エマ地蔵は地蔵菩薩の真骨頂とも呼べる微笑みを浮かべつつ、桜夜地蔵を説き伏せました。
そして……数日後。
「お婆さん、美味しい御萩を作るコツを教えてくださいな」
ここは、村はずれ一番地字今野……つまりは篤旗君のお家。
「御萩を作るもち米を炊くときには塩を一つまみ入れるのがコツだ〜ね。そんでもって餡は熱い内に絡めてまぶすのもコツだ〜よ」
エマ地蔵に尋ねられ、美味しいおはぎの作り方を伝授しているお婆さんの周りでは、ウォレス兎に慶悟河童、桜夜地蔵、それから勿論この家の子である篤旗君が、皆で一生懸命おはぎ作りに精をだしておりました。
村一番のおはぎ作り名人であるお婆さんの所に教えを請いにという理由をつけて、沢山のおはぎを自分たちで作れば、沢山の美味しいおはぎが食べられる…そういうことなのです。
え? 貧乏なはずの村に材料があったのかって?
いいえ、今はもう貧乏村ではないのです。とある理由によりお金が沢山入ったので、もち米も餡子もきな粉も枝豆も、今はしっかりありました。
ではこの村が貧乏だった訳とは一体なんだったのでしょう。
それは何と、今もここに居る慶悟河童とその一族のせいだったのです。
彼らが村の主生産品である煙草の畑を荒らしていたもので、本来なら豊かなはずの村が寂れていたのでした。
「これを機に禁煙したらどうやろか」
炊いたもち米を丸めつつ、慶悟河童に篤旗君がちくりと言います。
「煙草は河童の精神統一剤でもあるんだ。そうやすやすと止められるか」
奪った煙草を村に返してヤニ切れ中の慶悟河童が答えます。「変わりの御萩がいつでもあるなら別だがな」
その隣では、出来たモチを餡に包む作業が行われております。
「これがニホンの御萩製作過程…この餡の輝き、ほのかな小豆の香り、つぶつぶした感触…素晴しい、私は今ニホン文化に直接触れ合っている…!!」
出来上がった御萩一つ一つを眼前に掲げ試す返すしながら、これぞ究極のフォルムです。などと、頬を染め、そのまま御萩に頬ずりでもしそうな勢いのウォレス兎。その隣では、
「大袈裟なんだよな…」
と呟きながら、背が足りないため、台座を貰ってその上に立ち、同じくモチ米にきな粉を絡める子鬼の隼。さりげなくつまみ食いしたのか、口元に餡が付いています。
そして今日はきちんとした着物を着、しかしフリルのついたエプロンをつけた桜夜地蔵が、出来た御萩を手早く皿に乗せて居間へと運びます。そして、卓の上を一通り眺めると満足そうに頷いて振り返り、皆を呼びました。
「お茶の支度が出来たわよ〜!」
裏で薪をまとめていたお爺さんも皆も、一段落した手を休め、土間から居間へと上がってきました。そこには既に、熱いお茶とお茶請けのたくあんが並べられ……なんて美味しそうなんでしょう。食べる前から思わず頬が緩み、歓声が上がります。
そして皆はずらりと並んだ今日のおやつを前に、各々席に着きました。
美味しい美味しい村一番の御萩。
皆で食べれば、尚、美味し。
さぁて皆さんご一緒に。
「いただきます!!」
<END>
*
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【役名】 【館内ID】【出演】
お地蔵様(A)・・・0086/シュライン・エマ
お地蔵様(B)・・・0444/朧月・桜夜(オボロヅキ・サクヤ)
村の子供 ・・・0527/今野・篤旗(イマノ・アツキ)
子鬼 ・・・0072/瀬水月・隼(セミヅキ・ハヤブサ)
川の河童 ・・・0389/真名神・慶悟(マナガミ・ケイゴ)
野の兎 ・・・0526/ウォレス・グランブラッド
(出演順:敬称略)
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*
*
…おや、まだ何かありますよ。
エンドロールのおまけ映像ですか?
小豆を煮る良い香りに釣られて山からやって来た小さな子狐。
どうやら、満腹になった皆の残りを分けてもらえた……みたいですね。
めでたし、めでたし。
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、皆さん。ライターの蒼太です。
『不思議体験童話館U』いかがでしたでしょうか。
東京怪談という偽装人格を作るゲームの中で、更に偽装人格を作っていただくという変なシリーズがこの不思議体験童話館です。
初めての方も二度目の方もいらっしゃったかと思いますが、皆さんまるで『不思議体験』するのが初めててではないかのようにすんなりと物語に溶け込んでらっしゃいましたね。
プレイングを読ませていただいたときは、相当笑わせていただきました。皆さんコメディというよりギャグに近い内容で、とぼけた事もたくさん書いてあって、普段とはまたちょっと違ったPCさんたちの顔が見られた事が楽しかったです。
そして皆さん、いつも依頼に参加してくださって、本当に有難う御座います。
期待にお答えできるよう、これからも頑張っていこうと思います。
またご縁がありましたら、是非依頼をご一緒させてくださいね。
では、また!
蒼太より
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