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<東京怪談・PCゲームノベル>


あやかし漂流記

何度も扉を開閉し、その度に頭を抱えたり叫んだりしていた三下が、ついにその場にへたり込むのをキャロライン・ウェルズリーは見た。
「何してんのやろ」
と、外見からは全く想像もつかない関西弁で呟いて、キャロラインは首を傾げる。
ズルズルと扉にへばり付くように座り込んだ三下が、何やら喚いている。
辺りを見回すと、自分以外に人気はない。
と言う事は、自分が話しを聞いてやらなければ、三下は延々喚き続けるのかも知れない。
「それはそれで…何や、気ぃ悪いなぁ…」
キャロラインは仕方なく……半分は好奇心も手伝い、三下に近付いた。
と、あやかし荘の玄関で、三下は泣いていた。
扉に頬と耳を押し当て、涙をダラダラ零しながら、ブツブツと何やら呟いている。
良い年をした大の大人が……、そこはかとなく、いや、とてつもなく、見苦しい。かも知れない。
キャロラインは指先でチョン、と三下の肩に触れた。
「ヒィッ!」
何だか心外な程に驚いて、三下は後ろに立つ少女を見た。
「きゃっキャロライン…さん…っっっ!」
突如三下はキャロラインにしがみつき、言った。
「こっここは一体何処で何がどーなって僕は何処にいてどーしたら中に入れるんでしょぉかぁぁっ!?」
「……へ……?」


スーツを着込んだ立派な成人男子が、10代の少女に縋り付いている様子は些か異様だったかも知れない。勿論10代なのは外見であり、実際キャロラインは10世紀を生きる妖魔なのだが。
「……と言う訳なんですぅぅぅ」
ズルズルズルズルッと鼻を啜り上げて、三下は眼鏡の奧の涙をスーツの袖で拭った。
「はぁ」
キャロラインは軽く相槌を打って、頬を掻く。
「いやぁ…前々から変な下宿やとは聞いとったけど、今日偶々前通ったら、三下はんが半狂乱になりながら入口開けたり閉めたりしとるで、とーとー三下はん壊れたかと思うたわ♪」
何故か楽しげににっこり笑ったキャロラインに、三下は酷いですよぉぉと…と、また鼻を啜る。
「…それはまぁ置いといて。まず入口がアカンのなら他の所をあたってみることやな。」
言うや否や、キャロラインはヒョイとへたり込んだままの三下を脇に抱え上げた。
「ひぃぃぃぃっ!」
失礼な程驚く三下に、
「暴れんといてや」
とキャロラインは言い、ヒョイと立ち上がる。
10代の華奢な少女が大人の男を軽々と小脇に抱えた様子は、明かに異様だ。しかし、本人は全く気にしていない。
「キャロラインさんっ!おおお下ろしてくださいよっ!?」
慌てる三下にキャロラインは平然と言ってのける。
「あかんて。三下はんと一緒に歩くよりうちが抱えて言った方が早いねんから。じっとしとき。取り敢えず、「あやかし荘」の周りぐるっと見てみるわ。窓とか裏口とか。全部同じ様に「開ける度違うとこに出る」んやったら、次は大声で下宿の住人はん呼んでみるんはどうやろな。向こうから扉なり窓なり開けてくれて、それがちゃんと「あやかし荘」の中に繋がっとるのならしめたモンや。三下はん放り込んで解決、なんやけど…」
「けど?」
三下が、キャロラインの言葉の続きを促す。
不安気な三下に、キャロラインはアッサリと、いとも楽し気に、可愛らしい顔に満面の笑みをたたえて、言った。
「…それでもアカンかったらしゃあない。壁なり屋根なりぶち壊して三下はん放り込むしかないかなぁ。一応壊す前に大声で断り入れるけどな……。あ、もち壊した下宿の修理は三下はんにも手伝わせる、っちゅうコトで♪」
「ひっ酷い………」
三下はキャロラインの脇腹辺りでまた涙を浮かべたが、何だかもう拒否権も、他に手だてを考える気力もない。
「ほな行こか」
意気揚々と足を踏み出すキャロライン。
三下は取り敢えず邪魔にならないよう、身動きしない事にした。


実際、三下がいちいち驚いたり喚いたり嘆いたりしながら見回るよりも、キャロラインがとっとと見回った方が遙かに早かった。
あやかし荘の窓と言う窓、出入り口と言う出入り口を丹念に調べて、再び玄関先に戻るまでの所要時間はほんの数分。
漸くキャロラインの脇腹から解放された三下は、ガックリと項垂れて溜息を付いた。
調べてみた処、玄関だけではなく全ての出入り口が違う世界に繋がってしまう事が分かった。
窓さえも、こちらからは普通に部屋や廊下が見えるのだが、開くとその度に、全く違う世界が目の前に広がる。
「ま、グズグズ考えとってもしゃあないわ。今度は、住人はんでも呼んでみよ。な、三下はん?」
キャロラインは三下を見る。
しかし三下はもう殆ど全てに対する気力を失ってしまっているようだ。
「あかんなー、しっかりしぃや。ほら、誰でもええから、呼んで」
と、キャロラインは三下の目の前で玄関を開いて見せた。
玄関の向こうには、ゲートルを巻いた兵士達の行進が続いている。
はためく国旗。
女子供のやや高い声が、なにやら勇ましい歌を歌っている。
そんな中へ呼びかけても大丈夫なのだろうか、三下は少々不安に思いつつもまず最初に浮かんだ管理人の名を呼んでみた。
「恵美さーん!!」
しかし頼りない小さな呼び声は、足並み揃った行進の音に掻き消されてしまう。
「あかんなぁ、もっと大きな声で呼ばんと」
言って、キャロラインは一旦扉を閉めた。もう少し、静かな方が良いかも知れない。
再び扉を開くと、今度は何だか長閑な畑の風景が広がった。
蒼い空、その下で畑を耕す農民。
「ええなぁ、こう言う風景。さ、三下はん、ここやったらええやろ。呼んでみ」
言われるままに、三下は再び管理人の名を呼んだ。
「恵美さーん、因幡恵美、さーん!!」
長閑な風景につられてか、三下の声はさっきよりやや大きい。
しかし、呼びかけには農民が上半身を起こしキョロキョロと辺りを見回しただけで、呼ばれた張本人からは返事がなかった。
「あっちの世界に行ってしまってるって訳やないんかなー」
うーん、と考え込んで、キャロラインは再度扉を閉め、開いた。
と、ふと何気なく開いた扉に気を惹かれて、中を覗き込んだ。
雨の降る、静かな夜道。
古い家並みが続き、外灯が濡れた道を照らしている。
三下はもう名前と言ったらそれしか思いつかないかのように、またしても管理人を呼んだ。
「因幡恵美さーんっ!」
何処かで犬が吠える。
その犬の声に重なるように、確かに間違いなく聞き覚えのある声が返ってきた。
「はーい!」
それはまるで、神の声のように三下の聴覚を刺激した。ついでに涙腺も刺激した。
「め、恵美さぁぁぁん!!!!」
滝のような涙を流しながら、三下は扉の向こうに身を乗り出して恵美の姿を探した。
しかし、向こうには雨と見慣れぬ家並みがあるばかりで、恵美の姿はない。
「恵美さぁぁぁん!何処なんですかーっ!?」
迷子の子供が親を捜して泣くより喧しい。
キャロラインは耳を指で塞いで、長方形の扉を舐めるように見て手で淵を触ってみる。
「何やろなぁ……」
何だか、おかしい。
三下の呼びかけに答えた声。
何処にも姿は見当たらないのに、やたら近くから聞こえる。
まるで、すぐ目の前にでもいるような近さ。
「あ」
ふと、ある考えが浮かんで、キャロラインはポンと手を打った。
「ちょっと、三下はん」
横で延々管理人を呼び続けている三下の襟を掴んで、キャロラインは扉の向こうに三下を突いた。
「わっ」
雨の中に転がり込む三下。
濡れた道路と、斜めに転げた三下の肩が付いた瞬間。
グラリと、キャロラインの視界が揺れた。
「あー………、やっぱりなぁ………」
「な、何がやっぱりなんですかぁ、酷いですよぉ」
身を起こして扉まで戻った三下をサッと玄関側に引き込んで、キャロラインは扉の4角をそれぞれ目で指した。
「見てみ、ずれてるやろ」
「え?」
濡れた眼鏡を拭って見ると、確かにずれている。
扉の4角と、扉の向こうの景色が完全に一致していない。
「よぉ見てみ。それぞれの角から、違う世界が広がってんで」
言われるままに見てみると、浮いたようにずれた右の角の向こうにはさっきの長閑な畑の風景が見える。そして、左の角の向こうにはゲートルを巻いた兵士の行進。
「な。」
な。と言われても、三下には何がなんだか分からない。
「次元がずれてるって言うんかなー、あやかし荘だけが、浮いた状態になってんねんな」
「はぁ……」
「はぁ、ちゃうやろ。あんたのこっちゃで。もっとしっかり考えぇ」
考えろと言われても、ずれた次元を元に戻す方法など一体どうやって思いつこうか。
三下の思考は完全に停止している。
「はぁ………」
キャロラインは深く溜息を付いた。
「しゃあないなぁ」
一旦乗り込んだ船。ここで見放す訳にはいかない。
「うちかてな、歪んだ次元を元に戻す方法なんか知らへんで。せやけど、何でもやってみんとあかんやろ。そうせんと三下はんはあやかし荘に入れへんねんもん」
うーん、と腕を組んで、キャロラインは4角を覗き込んだ。
4角の向こうに広がる次元の数々。
その何処かに、三下がいるべきあやかし荘が存在する筈なのだ。
「うん?」
キャロラインは首を傾げる。
「ああ、そうや」
声が聞こえるのだ。
こちらの声が、向こうに届くのだ。
そして、確かに返事があった。
「三下はん!」
「はっはいぃっ!」
「もうっ!ぼんやりしてる場合ちゃうやろ!名前や!」
「え?」
いちいち手間の掛かる男だ。
「名前!もう一回呼んで!」
言われるままに、三下は管理人の名を呼んだ。もう、何故と聞く事さえ思いつかない。
「恵美さーん!!」
「はーい!」
アッサリ返事があった。
三下がキャロラインを見て、次の指示を仰ぐ。
「もっと呼ぶんや。向こうにも三下はんを呼んで貰い」
「恵美さーん!僕の名前を呼んで貰えませんかー!?」
どこからか、恵美の声が届く。何故、と。
しかし恵美は親切に三下の頼みを聞き入れてくれた。
「三下さーん!………これで、良いですかー?」
4角を真剣に覗き込んでいるキャロラインが指を1本出したので、三下はもう一度呼ぶように頼んだ。
「三下さーん!」
再び恵美が呼ぶ。
そこで、キャロラインは扉を閉めた。
「ああっ!閉めてどうするんですか!?折角恵美さんの声が聞こえてたのに!!」
「シッ」
慌てる三下に、キャロラインは唇に指を当てて黙らせる。そして、閉めた扉に耳を押し当てた。
「な、何なんですか?」
にっこりと、キャロラインが笑った。
「?」
首を傾げる三下に構わず、キャロラインはヒョイと扉から身を離す。
それと同時に、扉が開いた。
果たして、扉の向こうに広がったのは、雨の景色でも田畑でも戦場でも草原でもない。
「三下さん?」
見慣れた、清潔な廊下だった。
そして、これまた見慣れた管理人・因幡恵美の姿だった。
「恵美さぁぁぁぁんっ!!!」
喜び勇んだ声とは裏腹に、恵美の姿を見た三下はへなへなとその場に座り込んだ。
「どうしたんですか?」
キョトンとした恵美。
その足元に、キャロラインは三下を蹴り込んだ。
「ぎゃっ」
「きゃっ」
蹴られた尻をさすりながら三下は恨めしげにキャロラインを振り返る。
「い、痛いじゃないですか」
「やかましい」
キャロラインは三下に4角を見るよう促した。
「あ」
ズレがない。
「多分な、別世界に繋がってまうのは、外から開く時だけやと思うねん。こっちで呼んで、返事が聞こえるっちゅうことは、すぐそこにあやかし荘の次元があるっちゅう事やろ?」
「はぁ」
やっぱり何だかよく分からないが、三下は取り敢えず頷く。
「こっちで呼んで、出来るだけあやかし荘の次元を引き付けんねん」
そして、向こうがこちらを呼ぶ事で、ピタリと次元が一致したのだろう。
「多分な」
確証ではないが、最終的にそうなったのだからそう言う事にしておこう。
「何で次元がズレたんか分からへんけど、ま、元に戻ったんやからええやろ。建物も壊さんで済んだしなぁ」
言って、キャロラインは大きく体を伸ばした。
「はーぁ、えらい処で変な時間使うてしもたわ」
「は、はぁ、すみません。どうもありがとうございましたぁ」
次なる居候先を探していたのだが………、キャロラインはヘコヘコと頭を下げる頼りなさ気、否、頼りない三下をちらりと見た。
(三下はんの精気吸ったら、えらい疲れそうやな………)
別先を探した方が良さそうだ。
「何だか良く分からないですけど、良かったらお茶でも如何ですか?」
客かと気を遣う恵美に、キャロラインはヒラヒラと手を振った。
「ええねん、気ぃ遣わんといて。うちはもう帰るさかいな」
「助かりましたぁ」
米つきバッタの如く頭を下げる三下にも手を振って、キャロラインはあやかし荘を後にした。
退屈しのぎには、なったか。
自分をそう納得させて。


end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
  1018 / キャロライン・ウェルズリー / 女 / 999 / 妖魔
  

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■         ライター通信          ■
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ご利用、有り難う御座いました。