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<東京怪談・PCゲームノベル>


起きたら……?

「………柚葉さんっ?」

元気に響いた柚葉の声にいち早く反応して駆け出してきたのは九尾・桐伯。
ゆるくしばられた長目の髪を乱すこともなく目線を柚葉に合わせると
にっこり、微笑む。
その表情に安心したのか柚葉の顔が和らぐ。

そして。

「……何があったんだ?」
と、あやかし荘付近を散歩中であった、山中・小次郎―――外見は可愛い
茶色の犬である―――が何時の間にかちょこん、と座り込んでいた。
会話は彼の持つ音能力により話し掛けられているが柚葉はただ困ったように首を振るばかり。
「ボクにだって何があったかなんてわかんないよぅ。起きたら、こうなってたんだもんっ」
「……起きたらハエとかカマキリ?になってなかっただけ良いと思うが……」
「ですよねえ……あ、ところでそちらのお名前は? 私、九尾・桐伯と申します。
お見知りおきを」
「俺は山中・小次郎。見ての通り職業は犬だが……ま、こういうのに
それは関係ないだろうし宜しくな」
「ええ」

―――さて、柚葉嬢は元に戻る事が出来るのだろうか?


◆区別をつけましょう

桐伯は部屋へと入ると眠っている柚葉の髪に糸をつけた。
「……ちょっとばかり区別をつけましょうね。
眠っている方のほうへ糸をつけます。これでどちらが柚葉さんか判別つきますし」
この言葉に柚葉の表情が「むぅ」となる。
「ボクはボクだってばっ」
「まーまー。俺達にしたらあまりに同じに見えるから区別が難しいんだって。
ところで柚葉サン?」
「ん?」
「眠ってる方、起こして良いか? ちょいと試してみたいのがあるんだよ」
「勿論、いいよっ。ボクが戻るんならなんでもやってっ」
人間だったら、きっと「にやり」と笑ってただろうその言葉に小次郎は頷くと
眠る柚葉の顔を舐め、起こしにかかった。
桐伯もそれに対し、何処か違うところがないだろうかと目を凝らすほどにして柚葉を見ている。
だが。
「なんと言いますか同じに見えますねえ…柚葉さん双子の兄弟とか居ませんか?」
「ボク、兄弟とかは居ないよ?」
「そうですか……拳法漫画では良くある設定なのですが」
微笑を浮かべたまま桐伯はさらりと言う。
…本気なのか冗談なのかつかめないところが恐ろしいがそれはさて置き。
「お、それは俺も知ってる。あの漫画面白かったよなー!!」
「おや、ご存知でしたか。あそこまでちゃんとこじれず作れるって凄いですよね」
「……ふたりとも、ゴメン。ボクにはなんの事かさっぱりだよっ」
「おっと、そうか柚葉サンはあんまりそういう漫画は読まないかな?
さて…ちょいと起きたようだし柚葉サン、こっちに来てくれるか?」
目をこすらせながら、起きたもう一人の柚葉に柚葉本人を近寄らせながら
小次郎は、ふたりの額と額をくっつき合わせ……
ゴンッ。
かなりのいい音が室内に響く。
このショックで片方が消えるのではないかと言う小次郎の案はこの時点で消えた。
しかも。
「……い……痛いじゃないか小次郎さん!」
「そうだ、そうだ!!…って…え?」
向かい合うふたりの柚葉。
「参りましたね……声も、同じですが……」
桐伯は感心したように呟く。
ここまで同じだとは思いもしなかったのだ。
小次郎も同じだったらしく、かしかしと前足で顔を掻いた。
「参ったな…起こすという案を出したはいいがこれじゃあますます……」
「ぶつけてみたらショックで直るかもと言うのもダメですしね」
ぽつり。
桐伯の呟きに「うっ」と詰まるが負けじと彼も切り返す。
「ええい、次は真面目にやればいいんじゃないかっ」
「……小次郎さん、今まで真面目じゃなかったんだね……」
更に柚葉もぽつり。
「……はははっ」
何気に苦笑交じりの小次郎の声が柚葉たちの呟きに、混じった。


◆夢の中で

「それにしても三下君でなくて良かった、彼だと鬱陶しさに輪切りにしてたかも知れない」
おっとり…ではないけれど、やんわりといつも物腰の柔らかい桐伯にしては
珍しい事を言いながら台所を借りて仕切り直しをするかのようにお茶を全員分、入れていく。
柔らかな香りが部屋中を満たす。
「……それは三下さんに失礼だよ、桐伯さん」
「…なんだ、そんな鬱陶しいのがいるのか? 今度見てみたいもんだな」
「あまり、逢うのはお勧めしませんが……さて、柚葉さん昨日は何を食べました?」
「「じゃがいもの煮っ転がし!!」」
綺麗に柚葉の声が重なる。
アタタタと眉間に皺を寄せたくなる小次郎と「うーむ」と唸る桐伯。
……どうやら本当に「ボクが二人になった」と言うのは間違いではないようだが。
「…九尾サン…多分な…そういう質問はあれじゃあないかと俺は思うぜ?」
「ふむ……では質問を変えまして。昨日眠る前に変わった事、ありませんでしたか?」
「そうそう、ふたりともよーく考えてな? もしかすると、覚えてないそこら辺が
重要な鍵かもしれないし」
桐伯と小次郎、ふたりの言葉にふたりの柚葉もうーん、と唸る。
「…変わった事、なかったよね?」
「うん、昨日もその前の日も寝る前に変わった事はしてない筈」
互いで互いのことを確認しあっている姿を見て桐伯は頭を抱えた。
だ、誰がお互いで確認しあえといったのだ!
問題が一歩も前進してないのは気のせいだろうか。
…いいや、気のせいではあるまい。
小次郎の哀れむような視線が少しばかり、つらい。
どちらかと言うと……かなりであって、少しばかりではないかもだが。
それも手伝い思わずぼそりと呟きがもれた。
「……お互いで確認しあってどうしますか………」
「…ま、まあ問題ないなら良いんじゃないか?」
ぽふぽふと小次郎は桐伯の肩をたたく。
こうまで綺麗に分離されてしまっていると、いっそ暫く放っておくのも楽しいような気が
するのだが柚葉の「どうして戻してくれないの―――!!?」と言うツッコミが
返ってきそうであえてそれは伏せる事にする。
…だが本当にどうしたものだろう?
小次郎は何度目かの前足で顔を掻くと再び、案を出した。
「こうなったらいっそ、逆でやってみるか?寝てた柚葉サンが起きて起きた柚葉サンが眠る」
「ああ、それと私の方で試したいのもあるのですが……その案と一緒にやったほうが能率がよさそうですね」
「つまり」
一人の―――多分、桐伯の糸がついているのを見ると寝ていたほうだろう―――柚葉が呟く。
「ボクは起きてどうなるか見てろって事? …つまんないっ」
「…つまんない言われましても…ねぇ、小次郎さん?」
「…なんで俺に振るよ…まあ起きてる方の柚葉サンとは俺が一緒に遊んでやるから
それで勘弁してくれ、な?」
小首をかしげる小次郎を見て起きる方、と言われた柚葉の表情が笑顔に変わり
小次郎へとぎゅーと抱きつく。
突然の出来事に小次郎もびっくりしたが暴れるのもどうかと思い、そのまま大人しく
柚葉のぎゅー攻撃を受け止めることにした。
「ん、じゃあ良いや♪」
「で、ボクが寝るんだねっ? …でも眠れるかなあ……」
「大丈夫、お昼寝だと思えば眠れますよ」
本体の方であろう柚葉に、にっこり桐伯は笑いかける。
「…九尾さんはどうするの?」
「私は柚葉さんに添い寝をしようかと。…戻っていなければどうしてそう思ったのか、お教えしますよ」
「今じゃダメなの?」
「ええ、ダメです。手品も最初に種は明かさないでしょう?」
「それもそっか」
そして桐伯は立ち上がり、柚葉と一緒に布団を敷いてあった部屋へと行き……
暫くすると襖の向こう側から穏やかなふたりの寝息が小次郎の耳へと響いていた。


◆手のなる方へ

「……さてと」
「?」
「いや、遊ぶ前にもう少しだけ話をしようと思ってな」
「でも、ボク話すことあんまり無いよ?」
柚葉は首を少しかしげ、小次郎の頭へ触れた。
先ほど抱きついた時に、よほど小次郎の感触が気に入ったのだろうか
首をかしげている姿とは裏腹に触れている手は楽しそうだ。
「本当にそうか?」
「……うん」
問い掛けられて柚葉は戸惑うように頷いた。
本当に考えてもどうしてなのか解らない―――それは多分、向こうで寝ている
柚葉も同じだと思うのだけれど―――ただ、最近はお正月だったと言う事で
いつも人で賑やかなあやかし荘にも人が居なかったと言うことくらいで。
これは、自分自身のことではないから。
(それに…人が少ないって言っても遊ぶお友達は居たし)
だから、本当に変わらない。
いや、変わらないはずなのだ。
「じゃあ、良いが…何をして遊ぶかね?」
「えっとねぇ…外へ出る!ってのはダメ?」
「それはまた次回だな。……ふたりで出来るものって言うのも限られてるし
トランプでもするか」
「トランプより花札がいいなあ。で、何か賭けるの」
「…マテ、柚葉サン。」
「何?」
「俺と賭け事してどうする気だ」
犬である自分と賭けをしても柚葉にはなんの得にもならないと思うのだが。
と言うより賭けをして負けたときのことを考えるのが怖い。
更にその内容を考えるのはあまりにあまりにも思考回路が考える事自体を
拒絶していた―――金も無い、能力だけがある小次郎にそれはまさしく恐怖に近かったかもしれない。
「これもダメ? 面白いと思ったのに……」
「…ダメってか勘弁してくれ……どんな賭けになるのか想像するだけで怖い……」
「……失礼だなあ。むぅ…じゃあトランプでいいけど……ポーカーがいいなっ」
「結局賭けの様なカードゲームになるんだな……」
ぽそ。
小次郎の呟きに柚葉は子悪魔の様な表情でにんまりと笑う。
「勿論!だってボク、勝負事大好きなんだもんっ」
晴れやかに笑う顔は真剣に勝負するのだと言う事を楽しんでいるように見えた。

一方、場所は変わり気持ち良さ気に睡眠中の桐伯と柚葉。
傍に誰かいると言う事に安心しているのか本当に安眠中のようである。

(…………)

ぽんぽんと、誰かが何処かで手を鳴らしているような音がする。
自分を軽くたたいている音なのか、それとも向こうで小次郎と遊んでいる柚葉が
立てている音なのか解らないが、柚葉はゆっくりと桐伯の傍にすり寄った。
自分のではない音。
誰かが其処にいる安心感に柚葉本人が気付く事は無いだろうが―――幸せそうに
笑いながら。



◆夢の途中

「…小次郎さん、カード苦手なの?」
「や、そんな事は無いはずだっ」
柚葉の問いかけに思わず鼻息も荒く小次郎は答えた。
先ほどから「賭け」内容はなしにやっているポーカーだが、どうにも小次郎の
軍配は悪く柚葉の一人勝ち状態になっている。
引き分けが、ほぼ無いようなポーカーだけに柚葉も少し呆れて―――と言うより
勝ちばかりでつまらないようだ。
「だってさっきから、ボクが勝ってばっかじゃん」
「うーむ……と言うよりだ。カードチェンジ一回でストレートとかロイヤル
出す方がどうかと思わんか?」
「……そうかなあ? 小次郎さんのワンペア出す確率よりは少ないと思うんだけど」
「……どう考えても俺の方が普通だろう」
滝汗。
絶対に勝負の観点と言うか運が違いすぎる―――心の中でそう毒づきながら、あらぬ方向をみた。
勝利の女神様は柚葉がきっと大好きなのに違いない。
小次郎の「俺のが普通」に反論するかのように柚葉は再びカードを集め出した。
「むぅ…じゃ、もう一回…あ、あれ?」
「どうした?」
視線を柚葉へ戻す。
すると、どうした事なのか柚葉の身体の線が曖昧になっていた。
と言うより、朧気になっていた…と言うのが正しいのかもしれない。
ゆらり……。
空気に溶けるように柚葉の姿は跡形もなく、消えた。

そして。
小次郎が、襖を開けると柚葉は其処に寝ている柚葉一人だけになっていた。

「……どうやら、元に戻ったようですね」
小次郎の気配に薄目を開け、問い掛ける桐伯。
それに対し、小次郎も納得できないような顔で答える
「つーか…いきなり、消えられちまったんだが…満足いただけたのかね?」
「ふふ」
「…と、柚葉サンが起きちまうな。向こうで話するか?」
「そうですね…でもきっと、柚葉さんは」
「ああ。…そうだな」

人が、正月のせいもあってあまり居なくて。
ちょっとだけ―――寂しかったんだね。

桐伯も小次郎もその言葉を飲み込み、音を立てないようにゆっくりと襖を閉めた。
もう一度、起きた時にちゃんと一人に戻っている柚葉の笑顔を楽しみに待ちながら。

さぁ起きたら、次は何して遊ぼうか?




起きたら……?―End―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0332/九尾・桐伯/ 男 / 27 /バーテンダー】
【1211/山中・小次郎/ 男 / 999 /飼い犬(笑)】
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ライターの秋月 奏です。
今回は、こちらの「あやかし荘奇譚」の依頼に参加ありがとうございました!!
凄く久しぶりに依頼窓を開けて…と言うかシナリオを作って
参加していただけるか本当にどきどきでしたけど(汗)
今年も、ちまちまとながら頑張りたいと思いますので宜しくお願いいたしますね♪

さて、ここから個別の挨拶などを。

九尾PLさま、お久しぶりです!昨年は色々と依頼に参加して
頂いて有難うございました。
今年も九尾さんに出会えて嬉しかったです。
プレイングもほぼ私の予想しているところに近くて楽しく書かせていただきました。
少しでも楽しんでいただけたのなら本当に嬉しく思います(^^)


それでは、またいつかの日に。
お逢いできる事を祈りつつ。