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<東京怪談・PCゲームノベル>


実録!三下さんの華麗なる受難

●トラブルシューター
 何処までも続く長い廊下で、奉丈・遮那(ほうじょう・しゃな)は唖然としていた。
 ここはあやかし荘。
 「チャレンジャー☆キラー」と名高い、地獄の一丁目である。
 一向に玄関に着かない異空間の捻れに飽きてきたせいもあったが、最も大きな理由を挙げろと云われれば、迷わずこう即答しただろう。
 絹を裂くような男の悲鳴のせいだと。

「いや〜〜あ〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・」
 廊下には消えた『へっぽこ万年ヒラ編集者』の三下の声が響き渡っていた。
 それだけではない。
 便所前にこびりついた残留思念の強さと不意打ちの出現が遮那をひどく疲労困憊させていた。
 同じような木枠の窓が延々と続いているのも、それを煽っている原因でもある。唯一、彼の精神を救っているのは、徐々に柔らかくなってゆく午後の冬の陽射しだけだ。
 凛とする寒さに、ほのかな暖かさが加わり、春の訪れを感じさせる。花のほころぶ時期も近いらしい。
 春だ。
 そう思うだけで癒される。しかし、そんなことは気休めでしかないことぐらい遮那には分かっていた。殊更、眼前に居る管理人の因幡・恵美(いなば・めぐみ)は堪えている事だろう。
「三下さんが消えてから、一ヶ月経ってるのよ」
 思い溜息を吐くと、物憂げに目を伏せる。その顔には疲労の色が窺えた。
「何処に行ったか、検討はつきますか?」
 遮那はメモを手に状況説明を聞いていた。その熱心ぶりは新米刑事にも劣るとも勝らない。そんな遮那の姿を恵美の隣で物見遊山を決め込んでいた嬉璃(きり)がちろりと眺めやる。
 途端、いつもの「ニヤ〜リv」と云う嫌な笑いを浮かべた。縦に見ても横に見ても意地悪く見える。外見こそ幼女そのものだが、遮那はこの不吉な笑いが前から苦手だった。
「分からないわ・・・ただ、ここが以前『薔薇の間』っていう部屋だったことが原因かな?ってぐらいで・・・」
 言いかけた時、銀髪の女性が角を曲がってきた。反対方向を向いていた恵美は気が付かなかったらしい。先に気がついた女性は声を掛けてきた。
「どうなさったのかしら・・・」
 風雅な声音に微笑を乗せて、その女性が云った。
 遮那はついついその姿を見つめてしまう。整った美貌に優しげな雰囲気が遮那には眩しい。
「管理人さん?」
「あ・・・お帰りですか?」
 恵美は苦笑混じりの笑顔で云った。
 そちらをチラッと見ると、遮那はペコリと頭を下げる。嬉璃のほうは無視であった。
「こら、嬉璃ちゃん!・・・あの、ちょっとね・・・困ったことになっちゃって」
 幼女の態度を咎め、肩をすくめて恵美が云った。
「三下さんが居なくなったそうなんです・・・」
 そう云ったのは遮那だ。
  童顔で華奢な体つきや可愛らしいと言ったほうが似合うような優しげな雰囲気は女の子に見れられることもしばしばあった。しかし、おっとりした中にも強い意志を秘めた少年である。控えめに云った言葉の中にもそれが窺えた。
「違うのじゃ、居なくなったのではない」
 嬉璃が云った。
「居なくなったって、どういう・・・」
 その女性が言いかけたところで、風采の上がらなそうな青年が何処からとも無く現れた。
 ・・・と同時に
「ぃぃいいや〜〜あああああああああ・・・・・・・・・・・・」
 と叫び、消える。
 遮那は飛び上がらん程に驚き、目を白黒させた。一方、春神の如き美貌の女性の方はと云うと、叫ぶ青年の残像をじっくり眺めていた。
 玄関から数メートル先にある扉の前で、スーツを着た男がけたたましい悲鳴を上げながら扉の向こうへと消える。
 おや?と思う間も無く、男の姿が扉の前に現れた。
 そして、またまた・・・悲鳴。
「ぃぃいいや〜〜あああああああああ・・・・・・・・・・・・」
「喧しいの〜ぅ」
 嬉璃は吐き捨てるように云った。
「さ・・・三下さんが・・・」
 つい、遮那は呟いてしまう。
 それが本物なのではないと分かっていたが、ここまではっきりとした残留思念だと本物にしか見えない。恵美たち、あやかし荘の住人にとっては日常茶飯事なのだろう。あやかし荘最後の良心とも言える恵美こそ心配そうな表情であったが、嬉璃なんぞは毎度毎度の三下の恥態にせせら笑いさえ浮かべる始末。
「居なくなったのではないぞ。攫われたのじゃ」
 にべもなく嬉璃は云った。その声が殊のほか楽しげに感じたのは遮那だけであったのだろうか。
「えぇッ!だって・・・」
「彼奴等の陣地に踏み込んだ形になっただけなんじゃろうが、虐めが大好きな彼奴等には関係無い。多分、今ごろ三下を痛ぶり抜いておるじゃろうな・・・」
 嬉璃の言葉に驚いた少年はあんぐりと口を開け、未だニヤニヤ笑いを止めない嬉璃を注視した。
「彼奴等は『いじめられっ子来々・嫌がらせ推奨・悶絶上等☆』がポリシーじゃからのぅ・・・」
「悶絶ぅ!!・・・悶絶って・・・そんな」
「三下に運が無かっただけじゃ・・・いや、三下ごときに運なぞ求めてはかえって不憫かの」
 うんうんと頷く嬉璃である。恵美もそれに倣って頷きかけ、慌てて否定した。
「三下さんにだって『運』ぐらいありますッ!」
「今、自分も頷きかけたじゃろう」
 鋭い突っ込みに恵美は仰け反った。かなり痛いカウンターアタックである。
 二人のやり取りの横で、遮那が怒りに肩を震わせる。
「そんな・・・酷い!」
 ぐっと握りこぶしを固め、遮那は決意に満ちた瞳を皆に向けた。その時、遮那の目には決意という炎が燃えていた。

―― こんなことではいけない・・・・・・三下さんが不幸な星の元に生れ落ち、不幸という名の『責務』を背負っているのならば、尚の事、助けなければ! きっと僕のカードが役に立つはずだ。そして不幸という呪いを解いて、三下さんの未来を取り戻すんだ。

 遮那の脳裏には、悪しき呪いの煉獄から解放され、『光輝く太陽の下へと羽ばたいて行く三下』というイメージが焼きついていた。

―― そうだッ!僕がやらなければ!!
 きっと僕のカードは不幸の原因を教えてくれるはず。
 戦え、遮那!お前がやらねば、誰がやる!

「僕が行きますッ!」
「遮那くん、本当ッ!!」
 遮那の言葉に恵美が瞳を輝かせた。
「だって恵美さんが困ってるのを、いつまでも放っておけません。相手の正体が分かってれば、まだ何とか耐えられると思いますし」
 遮那はドンと痩せた薄い胸を張って云った。
 片や恵美の方は、『行け逝け☆我らがヒーロー!』と奉丈遮那の無謀なる挑戦に瞳でエールを送っていた。
「まあ、あなた。場所は分かって?」
 その様子を見ていた美しき人は少年に微笑みかける。
「いいえ・・・」
 その言葉に真摯な瞳を曇らせ、困ったように遮那は云った。
「それでは行けないわね・・・えっと、あなた・・・」
「僕、奉丈・遮那と言います」
「では遮那さん。何か他の方法は思いつきますの?」
「僕にはこれしかないんですけど・・・・・・」
 照れ気味にそう云って遮那が取り出したのは、太陽の絵が描かれたタロットカードであった。それを見るとその人は「おや?」と云った顔をした。そして、遮那の真剣な眼差しに好感を持ったのか、笑みを浮かべる。
「いい案ですわね」
「はい。これには自信があります!」
 やや、頬を紅潮させ、遮那は云った。
 カードを扱う技術は一級だが、遮那は話術などの技術はまだまだ未熟である。自分と同じ占術師の道を先に歩んでいる先輩が目の前に居るとはつゆ知らず、意気揚揚とカードをシャッフルし始めた。
 その手付きをその女性は隙無く観察していたが、集中している遮那は気が付かなかった。

 開かれたカードは「11」剛毅(STRENGTH)。活力と牙を抜かれたライオンのカードで、勇気・自信・偉大な力・決断・行動と危機に直面する事を示唆している。人間の精神力の強さや確固とした意志と行動力で困難に立ち向かう姿を意味するのだが、今回は逆位置で出ていた。
「う〜ん・・・つまり、外圧に屈伏するということ。欠乏。無気力。力の乱用。弱さ。不意打ち。卑怯。無駄なあがき。陰険な振る舞い。挫折する愛・・・・・・三下さんが危なーいッ!」
「違うのよ!」
「じゃあ行ってきまーす。三下さぁ〜ん!」
 と叫ぶや否や、制止する声も聞かず、遮那は御手洗いに飛び込んでいった。

●間奏曲〜カードの女王と王子様のStrange waltz〜
「あらら・・・」
 呆気にとられていたが、つい恵美は呟いてしまった。
「『11』剛毅(STRENGTH)ね・・・確かにそうなんだけど。もう既に危機には直面していると思うの・・・・・・間違ってますかしら?」
 展開されたカードを拾い、優雅に美しき女占星術師は読み上げた。
 この女性、名をエスメラルダ・時乃と云い、占星術界では著名な占い師であった。カードを使った星読みと退魔術を駆使する、強力な魔導師(ウィザード)でもあった。
「いいえ。あれからもう2週間だから、あるならあったで、もう何か起きてるかと思うわ」
 恵美がエスメラルダの問いに答えて云った。
「正解は無気力に既に陥っている人物『三下さん』の気配及び残り香のような物に注意し、追えということね・・・まだまだ読みが甘いわね」
 フッと笑むとエスメラルダは扉の前に落ちている鞄を見つけ、そこまで歩いていった。
 かなり使われてズタボロになった鞄が落ちている。それは薔薇の芳香にまみれていた。
「これは…落し物ですね。お届けしないと・・・・・・」
 小さく呟いたエスメラルダはトイレのドアを開けた。
「用足しかの?」
 エスメラルダのふいの行動に、嬉璃がニヤリと笑う。
「私がトイレなんて行くと思います?」
 嫣然とした表情でエスメラルダは云った。
「はぁ・・・・・・」
 エスメラルダの問答無用の笑顔に恵美は言葉が出なかった。

 若き少年占星術師と麗しき銀の魔導師はこのようにして出会った。遮那の後を追い、異世界へ向かったエスメラルダが展開したカードに遮那自身の未来が描かれていたことを・・・・・・彼は知らない。

●あたいの美少年キラー☆
「嫌ですぅ!ご遠慮させていただきますッ」
『逃げちゃイヤン〜♪』
 救出に云った遮那は早速、窮地に陥っていた。
「あなたたちは間違ってるっ」
 遮那は顔を仰け反らせ、アルプスの少女的コスプレをしたマッチョ三下から逃れようとした。その見るもおぞましい姿に遮那は気を失いそうになる。
 ふわりと広がるスカートの裾からは脛毛の生えたヒラメ筋の発達もたくましい足が、レースつきのパフスリーブからは力強い二の腕が覗いている。
「仲間になりましょ〜うvv」
 地を這うような重低音は誰もを魅了するバリトンボイスであったが、顔が三下となると、ちっとも美しく感じられない。それどころか品性の欠片も無かった。おまけに女言葉では救いようもなく、遮那は唸った。
「冗談じゃありません!」
『こんな可愛い顔ですもの、きっと似合うわよォvv』
「お断りです!!」
『仲間外れはノンノンvvほら、三下クンだって、着てるじゃない』
 マッチョ三下は三下オリジナルを指して云った。
 三下は同じカッコをし、薔薇に飾られた籠に寄り添うようにこっちを見ている。。
「そんなに仲間が欲しければ、新宿二丁目に行ってくださいッ!」
 堪らなくなって紗那は叫んだ。
「ここでは仲間外れはタブーだって言いながら、三下さんだけ檻の中にいるなんて変じゃないですか…て、鍵も何もかかってないじゃないですか、三下さんッ!」
「だって、だって・・・恐いんですよう(泣)」
 そう云うや否や、三下はしくしくと泣き始めた。まったくもって鬱陶しい。
 遮那は弱弱しい三下にいらついたがグッと堪えた。そして湧き上がる怒りを押さえた声は震える。
「遮那さん・・・怒ってます?」
 それを察知した三下はおずおずと言う。そんな三下を無視して遮那は云った。
「早く出て。それじゃあ帰りましょう。多分、帰りたい場所を強く願えば、帰れると思いますから」
 くるりと振り返ると遮那は『過剰倒錯マッチョ三下』に言い放つ。
「あっ、もし今度こんなことしたり、あやかし荘に出てきたりしたら、今まで滞納してる家賃全部払ってもらうって管理人さんが言ってましたから。やめたほうがいいですよ」
『ここから出れると思ぅ〜、夢見さんッ♪』
「え?」
 言われた意味が分からず、遮那は聞き返した。
『うふふ・・・あたいら知ってるんだも〜んvv』
「げ・・・ぇ・・・」
 遮那の顔は蒼白になる。何も云ってないのに、何故、自分の能力を知ってるのだろうか。そして、それがここから出ることとどう関係があるのか。
『何があったか忘れちゃったの?』
「え・・・っと・・・」
 云われて遮那は考え込んだ。
 自分はトイレに飛び込んで、ここへ来た。そして三下を見つけ連れて帰ろうとしたが、気絶したままの三下は目覚めずにいた。
 そして自分は・・・・・・
「あッ!」
『やっと気がついたようね♪』
「がぁ〜〜〜〜〜ん!」
 何があったか知るために自分は夢見の能力を使ったのだ・・・と云う事は?
「僕、出れないんですかぁ!!」」
『当然よぅvvさぁ・・・これを来ましょうね。それとも白雪姫がいい??』
「どっちも嫌ですぅ!」
『何云ってるのよう。ダンスパーティーにはドレスよ〜vv』
 耳に心地良い声で、マッチョ三下たちは、を〜〜〜ほほほッ・・・と笑った。脳髄を冒す声音が容赦無く響く。
「耳から毒がぁ!!」
『まぁ、ヤダわ。ヒドイひとね♪』
 特製の薔薇の檻に張り付き、遮那は固唾を飲んだ。これからの自分の処遇を考えると、いっそ楽に死なせて欲しいぐらいだった。

●来迎降臨!カードの女王と赤薔薇肉鎧騎士団
「遮那さぁ〜〜〜〜ん(泣)」
 エスメラルダが三下の元にたどり着いた時、三下は檻の中で蹲って泣いていた。
「やっと助けてもらえると思ったのにぃー」
 二十歳も過ぎた大人が情けなくもべそをかき、しゃくりあげている。
 三下の隣では、見事に捕まった遮那少年が倒れていた。
「独りはいやだよ〜〜〜ゥ!」
「こんばんわ、よい夜ですね」
 と云って、見るものを魅了する微笑でエスメラルダは話し掛けた。ポカンと口を開け、予想もしなかった人物の登場に三下は暫し目を奪われた。
「だ、誰?」
「月が無いのが残念ですが…」
 エスメラルダは優雅な足取りで檻に近づき、そう三下に声を掛けた。月が出ているどころか、今はまだ昼過ぎである。せいぜい時間が経っていたとしても3時ごろのはずだ。
「あのう・・・ここはどこでしょう?」
 鼻をスーツの袖で拭いながら、三下はエスメラルダに訊ねる。
「それは・・・カードだけが知っています」
 テンポの狂った奇妙な会話が繰り広げられているというのに、三下は一向に気が付かない。何とも間抜けた会話だった。
 首に巻いたエメラルドグリーン色の布地に天使の絵が描かれた正絹のスカーフを外し、エスメラルダは三下の目の前の床に広げた。そして、頼まれもしないのにカードをシャッフルし始める。
 床にペタと座り、三下は檻越しにカードを見つめた。
「このカードは・・・」
 エスメラルダはカードを見つめた。
 開かれたカードは『1』の魔術師(THE MAGICIAN)の逆位置である。
 意味は詐欺師。ペテン師である。
 つまり、薔薇の間の住人のずるさや腹黒さに堪え、悪い変化や悪い判断を受け入れ、利用され、弄ばれる場所だとここを暗示している。
 KeyWordは「打算」
 文句無しの大当たりである。ここまでくると完璧。パーフェクト。商店街のお姉ちゃんの作り笑いとともに聞こえる『オメデトウゴザイマ〜〜ス☆』の嘘っぽい声とカランカラ〜ンという葬式の鐘の音にも似た音が聞こえてきそうだ。
「何なんですか?」
 一抹の不安を感じた三下はすかさず訊ねた。
「いえ、お話しない方がいいわね。これは…。さて、私はそろそろ帰ります。三下さんへ鞄を届ける為に来ただけですから・・・」
「え?助けに来てくれたんじゃなかったんですか?」
 今にも泣きそうな声で三下が云った。
「助けて欲しいのですか?」
「勿論ですよぅ!」
「意味がよく分かりませんが・・・ええ構いませんよ」
「本当ですか!」
「別に、あやかし荘の方々に依頼されたわけではありませんが・・・ここはあなたの部屋なのでしょう?なのに、何故ここから出たいなどと・・・」
 意味が分かりかねますと、エスメラルダは首を傾げた。
 エスメラルダの言葉に打ちのめされ、三下の顔は更に紙のように白くなった。
「依頼・・・されたんじゃないんですか?」
「ええ、そのような話は『一言も』伺っておりません」
 妙にそこだけきっぱりと、しかもきっちりとエスメラルダは言い切った。
「皆、酷い!!」
 うあ〜ん!と三下は泣き始めた。蹲ったままの体勢で泣いているので、泣くたびに三下の尻がピコピコと揺れた。とても見苦しく、辛い眺めだったが、エスメラルダは涼やかな笑顔を崩さない。
「ではついて来てください」
 泣く三下を無視して、もと来た道を歩いていこうとする。もしかしたら、三下が居なかったとしても探さずに帰宅していたかもしれない。三下は置いてかれまいと急いで立ち上がった。
「遮那さんは置いていってもよろしいのかしら?」
「えっ?・・・あッ!」
 そんな三下を眺めやり、エスメラルダは云う。
「遮那さんを忘れるなんて」
「エスメラルダさんだって、ぼくらを置いてこうとしたじゃないですかぁ」
「ほほほ・・・・・・万物は流転していますのよvv」
 あさっての方向を見てエスメラルダは云った。かの美しき占星術師は下界のことに囚われない性質(たち)なのか、悠然と微笑む。
「いいんだ・・・僕なんか」
「まぁ、悲観的になるのは財務整理が終わってからになさいな」
 ・・・とまた意味不明なことを云う。三下はボロボロになった(元々、そうだったが・・・)スーツの袖で鼻水を拭う。エスメラルダに背を向け、イジケポーズで遮那を揺り起こした。
「遮那さぁ〜〜ん、起きてくださいよ・・・」
「うーん・・・はッ!こ、ここは?」
「僕だって分かりませんよう」
「さ、三下さん!」
 ガバッと遮那は飛び起きる。エスメラルダの姿を見つけ、立たない腰を引きずってにじり寄った。
「悪魔・・・あれは悪魔ですよ!」
「まぁ・・・どうなさったの?遮那さ・・・・・・」
 エスメラルダの言葉を遮るように、鋭い雄たけびが上がった。
『ぼ・く・ら・のーッ!『薔薇の間』へよぉ〜こそッvv』
 うおおおおッ!とか、わあああッ!と云う喚声に二人は振り返った。その時、三下と遮那の心に湧き上がった奇妙な感情に名を付けるのなら、言い知れぬ恐怖というのが相応しい。エスメラルダにいたっては、夕暮れ時の涼風ぐらいなものだったろうが・・・
 岩盤が迫り出した天辺に、一人の男が立っていた。そこには盛り上がった筋肉をより美しく見せるため、奇妙なポーズを決る三下・・・もとい、三下顔のマッチョマンが屹立していた。天を射すよな腕の動きに歓声が上がる。
 顔には気色悪いほどのポジティブスマイルを浮かべていた。噂通りである。
 ざわざわとさざめく気配に耳をすませば、『ドゥ〜イ、ドゥ〜イ』と声がした。それに合いの手を入れるように『アイアイアイアイァ〜〜〜』という声も聞こえる。
 どうやら今回のテーマソングは『荒らしのマッチョマン』ヴェル○ァーレ風テクノヴァージョンらしい。・・・とくれば、先程の『ドゥ〜イ、ドゥ〜イ』という輪唱は『Do it!』のことだろう。彼等の云いたいことが分かって、遮那は非常に嫌な気分になった。
 当の三下オリジナルに至っては、それ以上である。
 例えて云うならば、叫び散らした挙句マッチョ三下のどてっ腹に中段の蹴りを叩き込み、泣き喚いて頭突き連打を喰らわせたい気分だった。しかし、それも萎え、また座り込んでしまう。基本形が弱虫な三下に反抗心が芽生えたとしても、一瞬で消え去る海の泡より儚いものであろう。
 そんな二人の周囲を華麗なクイックターンで旋回しつつ、マッチョ三下軍団は歌い上げていた。

♪荒らしのマッチョマン×2
 厨房マッチョマン×2
 今夜は眠らせないでぇ〜☆ カキコカキコvv
 
 Good〜(^^)b 愛・鍵(KEY)
 アイアイアイアイァ〜
 BAD スレ 破ァァッ!
 アイアイアイアイァ〜

 ユーモア・バナー(バナー) 
 ハロー・マスター・ジャンキー☆(ジャンキ〜†)
 ギコ猫 スレタテ 止めれなッい〜♪

 喜悦の表情でマッチョ三下はくねくねと躍りまくる。その度に腰蓑と胸に飾ったレイが揺れた。
 きらり☆と光る白い歯。闇に乱れる艶やかでしなやかな肌には薔薇の刺青。しかも、それはワセリンでぬめっている。盛り上がった筋肉がムキムキと動くのを見ると、三下は泣き顔になった。
 何処から見ても、フラダンスの衣装を纏ったボンレスハムである。無論、ダンスビートはフラではなく、扇情的なテクノだ。しかも、不○家のペコちゃん級の愛くるしい瞳でやられたら堪らない。
 とてもとても熱く・・・・・・激しい†(死)
「わぁーっ!」
「五月蝿いーっ!」
 三下と遮那は頭を抱えてへたり込んだまま動けずにいた。
「声が野太いよ〜(泣)」
「何の歌ですの?」
 いともあっさりエスメラルダは言った。
『ぬ・・・なぁに〜ィ!』
 ニッコリと笑って質問をしたエスメラルダに、三下マッチョは愕然とした。こちらは嫣然と微笑み返す。
「わたくし達はこれから帰還しますの・・・邪魔しないで下さいね」
『ここでは仲間外れはタブーって、知ってるかい?』
「いいえ」
『帰さないといったら?』
「帰れますわ・・・」
 自身に満ちた表情でエスメラルダは云った。
『出来なかったらどうするのかなぁ〜vv』
 三下マッチョはガハハッと哄笑した。
「カードも私も嘘は付きませんわ」
 エスメラルダは言い放った。瞳を染めた軽蔑の色は三下マッチョを気色ばませるのに十分だった。
「いらっしゃいな・・・」
 エスメラルダはカードを広げた。そう口火を切ったのが戦い(カーニバル)の始まりだった。
 肉の鎧を纏った漢たちがエスメラルダに殺到する。大地を蹴ると同時に突進してくる。クルリと身を反転させるとエスメラルダは後退する。エスメラルダのウエストより太い足が宙を凪いだ。
「わたくしたち、暇人じゃありませんのよ」
 そう云って赤き華を描いた退魔用カードを前に突き出す。
「恐怖と驚愕の道化師。幽界の民よ退きなさい!」
「いやあああだよォォォォ〜〜〜ん」
 カードを嫌がり仰け反りながら、三下は増殖し、更に仲間を増やそうと蠢いた。
「まったく・・・ゴキブリみたいな方々で困りますわねぇ」
 おっとりとエスメラルダは云いながら、肉鎧軍団を優雅に避ける。
「困りますねって・・・エスメラルダさん」
 遮那は懇願するように云う。目は潤んでいた。
「大丈夫ですわ、方法はありますのよ」
「じゃあ、早くやってくださいよう!」
 立ち上がりながら遮那は云った。
「あなたの力が必要ですのよ・・・座っていらっしゃったから、待ってましたのvv」
 これまたのんびりとエスメラルダは云う。
「ま・・・待って・・・た?」
「えぇ、そうですわ・・・・・・これです」
 エスメラルダの差し出したカードは星(THE STAR)。
「希望・・・ですか?」
 遮那はカードを見つめた。意味が分かりかねているよな表情をエスメラルダは覗き込んだ。
「ちょっと違いますわ」
「だってこのカード・・・・・・」
「状況によって意味は変わりますのよ。直感だけではダメです。最も大切なのは的確な判断と導きですわ。意味に踊らされてはいけません」
 エスメラルダは三下もどき達に向き直る。
「さあ、行きますよ。あなたも星(THE STAR)のカードを出してくださいね」
「はい」
 エスメラルダの指示に従って、遮那はカードを取り出した。
それをきっかけにエスメラルダは詠唱をはじめた。
「汝が守護の子を守れ、星の光よ。導きは汝が世の為に。廻れ、時の円環。我が訴えを聞き届けよ」
 二つの札は光を導き放った。閃光が網膜を焼く。魂の芯から発する熱さが遮那の身体を支配した。
「あ・・・熱ッ!」
「堪えなさい!あなたも使えるのよ」
「え?」
 星見の力だけだと思っていた遮那は驚いてエスメラルダのほうを見た。
「あなたは・・・・・・の意味を考えたことがあるの?」
「何・・・聞こえな・・・」
 更に強い光が遮那の脳裏を瞬いた。気をとられ遮那は聞き損ってしまった。奔流は三人を押し流した。

●女王様の切り札〜トラブルジョーカー〜
目が覚めたとき、遮那は管理人室で寝転がっていた。高くない天井を焦点の定まらない瞳で見る。ゆっくりと記憶が繋がり、ここが何処だか分かった時、窓の外はすっかり暗くなっていたことに気がついた。
「僕・・・・・・」
 込み上げる涙を掛布団の端で拭う。
 ゆっくりと時間が過ぎるあやかし荘は時に置いていかれたような気分になる。
 膨れ上がった光と熱。すべてを焼くような閃光に恐怖した、自分。聞こえなかった・・・言葉。
 銀の魔導師。
「・・・ん?」
 ふと手に触れたものを遮那は見つめた。
「これは」
 天球儀が描かれたタロットカード。銀の運命の環の女王(アリアンロッド)・・・エスメラルダの星(THE STAR)。
 星(THE STAR)は17番目。7は神の数字。
 神の綾織り糸は再び同じ結び目を創り上げることはあるのだろうか。
 遮那は女王の切り札、『星(THE STAR)』を握り締めた。
「僕・・・・・・また逢えるのかな・・・」
 誰も聞くことの無い遮那の呟きを、あやかし荘は無言で聞いていた。

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0305 /エスメラルダ・時乃/女 / 25 / 占星術師

0506  / 奉丈・遮那 / 男 / 17 / 占い師 

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして朧月幻尉です。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 ご意見・感想・苦情等がございましたら、どんどんお申し付けくださいませ。お待ちいたしております。
 さて、占星術師の対決と相成りました。良いタイミングでした、ホント。書いた本人の私もビックリです。
 丁度、同じ日に発注が入って来たのです。
 偶然?それとも星の導き?どちらにしても、書いた私にとっては印象深い作品となりました。ギャグとシリアスが混在する話は難しい(汗)
 お客様はどんな印象を持たれましたでしょうか。

 実はこのお話は、エスメラルダサイドの話も存在いたします。向こうとこっちで少し書かれていることが違うのです。
 東京怪談コミュニティーの方から、作品の検索フォームへ行くことが出来ます。(心霊治療院ですねvv)
 是非、エスメラルダお姉さまの方もぜひ御覧下さいね♪

 それでは失礼いたします。また、お会いできることを願って・・・
              朧月幻尉 拝