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<PCシナリオノベル(シングル)>


ある夜の出来事

 こんな綺麗な月夜の晩に、渋沢ジョージは何の因果か美女の手厚い歓迎を受けていた。
「なんでこんなことに、なったんだっけ?」
 美女の歓迎をひらりとかわしたジョージは、う〜んと唸り声を上げつつ考えてみる。
 確か記憶が正しければ、よく出ると評判のパチンコ屋に行き、閉店まで打ち続けてぼろ儲け。両手に袋を抱えて、気分良く帰路に着いていたはずである。
 それがどういうわけか、路地を一本曲がったところで、自体は一変してしまったのだ。
 外灯に照らし出された、金の髪を揺らす美しい女性。どこか妖艶ともとれる笑みを浮かべて、自分を見つめる冷たい瞳。普通なら背筋に悪寒が走り、動けなくなってしまうかもしれない。
 けれどジョージは掛けていたサングラスをポケットに仕舞い込み、そんな彼女を見つめた。
 アンティークな服装とは似ても似つかない空気を纏ったその女性は、さっきとは打って変わって華やかな笑みを浮かべてみせた。
「あらっ、綺麗なお姉様〜♪どう、俺とお茶でも♪♪」
「あなたは渋沢ジョージさんですよね?」
 感情の伴わない声が、ジョージの名前を呼ぶ。それは温度を与えず、何かを確認しているようにも思えた。
「俺の名前知ってんの?……そりゃ話しが早いや。──アンタ何者?」
 ジョージはそれを気にした素振りを見せず、薄暗いこの場所でも判る白髪のような銀髪を揺らし、首を傾けて相手へ笑顔を送る。ふざけて見える態度もそのままだが、その目は相手をしっかり観察していた。紅く鋭い眼差しが、銀糸の間から女性へと向けられる。
 しかし訊かれた女性は笑みを浮かべたまま、人とは思えない素早さで間合いを詰めてくると、月夜に照らされた深紅の爪を真横に動かし小さな声で返答した。
「わ………は…………ンダよ」
「ほうほう、名前はミランダさん。そりゃピッタリな……ってやっぱり戦うわけ?」
 すんででかわしているとはいえ、ジョージは横一文字に裂かれたシャツを見て、何が起こったのかを察知する。
 相手はまず自分の力量を測ってきた。これくらいかわせるだろう、という動きで自分を試したのだ。
 あの俊敏な動きでなら、間違いなくジョージの咽元を裂く事も出来ただろうに。
「困ったね。恨みを買うのは慣れてるけどサ、どうもそういう……ッ!!」
「お喋りは命を落とすわよ……ジョージさん」
 今度は明らかに咽元を狙って腕が振られた。
 危うく咽を引き裂かれそうになるが、手にした景品を犠牲にしてミランダとの間合いを開ける。背にはビルの壁が、ひんやりとした温度を感じさせた。
「ふ〜危ない、危ない」
 女性だと侮っていたわけではないが、戦闘能力はずば抜けているのだろう。
 こういう事態に慣れているジョージでも、その素早い動きに避けるのが精一杯だった。懐に差し込んだ指先に当たるものも、今回は出番がないらしい。
 ──これじゃ心許無いナ…──
 人間相手ならこちらの方がラクなのだが、照準を合わせている暇など与えてくれないようだ。あの動きに対抗するには、自分の能力を使う必要がある。
 ──今日は大安吉日だったはずなのにナァ〜。綺麗なお姉様ともお知り合いになれたっていうのに…──
 折角取った山程の景品は既にゴミと化しているし、目の前の女性は問答無用で攻撃してくるし、でジョージは溜息を付かずにはいられなかった。

「私と戦って下さい。お手間は取らせませんわ」
「既に戦いの火蓋は、切って落とされていると思うんだけどナァ」
 冗談交じりにジョージが言えば、相手は薄笑い…というには不気味さのない笑みを浮かべてみせた。
「勿論タダというわけではありません。死ななければ…とても有意義なお話しをして差し上げますわ」
「ん〜万が一死んだら?」
「死んだら………食べて差し上げますわ。───ふふふ」
 微笑みを浮かべたままミランダの拳が空を斬ると、ドカッ!!という破壊音と共にビルに直径数メートルの穴が開いられる。
 あれをまともに喰らっていたら、人間の内臓なんて一溜まりもないだろう。ぐしゃりと潰れて、即あの世行きだ。
 ジョージはミランダを飛び越えて攻撃を避けると、背後から彼女を思い切り蹴り飛ばす。そしてミランダの体がビルの壁へ叩き付けられている隙に、そのままビルとビルの間に体を滑り込ませて臨戦態勢を整えた。
 手にしたのは53枚のトランプ。それをまるでマジシャンのようにスーッと片手に広げ、思案するわけでもなく一枚を抜き取り指先に挟み込む。
「いきなりそりゃないナァ〜。どう?やっぱり二人でお茶を飲むなんて」
「残念ですけど私はお茶より、貴方の魂を食べたいですわ」
「交渉決裂……か」
 ジョージが指先に挟んでいたトランプを投げたと同時に、ミランダが一気に走り込み、空を切り裂く拳と爆発音を奏でた。

 ズダァァァァァンンン!!!!
 ドガガガガガガガァァァァァ!!!!

 ミランダの拳はビルを破壊し、その影響でジョージが隠れていた一角が轟音を立てて倒壊していく。空からは流星…のような綺麗なものじゃなく、コンクリートの灰色がジョージの身へと降り注いだ。
 噴煙が舞い上がり視界が閉ざされると、ミランダはコンクリートが崩れ落ちた先を凝視していた。普通の人間なら、まず間違いなく死んでいるに違いない。
「これくらいで死んでしまいますか。………少しがっかりですわ」
 数分…いや数秒だっただろうか。
 噴煙が治まり始めたその矢先──…
「残念ながら、俺はまだピンピンしてるよ♪」
 声はミランダの後方、しかも高い位置から聞こえてくる。
 ハッとミランダが振り返れば、そこには傷一つ付いていないジョージが、月を背負い佇んでいた。逆光で表情は見えないと思われたが、ジョージが一歩動いて対面するビルに顔を向けたことで、その表情はミランダの目にもハッキリ映る。
 口元に笑みが浮かんでいる。
 しかも狂ったような笑みではない。今にも笑い転げそうな、そんな笑みだった。
「どういうことかしら?」
「簡単なことだよ。キミが攻撃した場所に、ダミーを配置させただけ♪キミが気を取られている隙に、さっさと移動させてもらったよ。その拳だけは受けたら痛そうだからね」
 そう言って笑うジョージが、先程まで指先に挟んでいたのはハートのエース。彼の能力でカードは特殊な効果を与えられ、投げたと同時に渋沢ジョージの影を作り出していたのだ。
「貴方は食べ応えがありそうな人ですわ」
「それはどうも。生憎と食べられる趣味は持ち合わせていないから、諦めて欲しいんだけどナァ〜。やっぱりお茶は……」
「くどいですわ」
「──だよねェ。さて…と。それじゃ殺さない程度に頑張りますか♪」
 ジョージは再度違うカードを手にすると、背伸びをしながら対面するビルへと小さな笑みを向けた。
 対面するビルでは黒づくめの男が二人、ミランダの様子を伺い見ては何やら小声で話しているようだ。その視線は勿論、いきなり攻撃を受けているジョージにも向けられ、闇夜に不釣合いなサングラスが月光に浮かび上がる。
「ターゲットとの接触を確認。我々は待機し、指示を待つ」
 二人の様子を確認した男は、小型の無線機でどこかへと連絡を入れる。会話らしい会話をすることもなく、男達は表情なぞないようにまた視線を下へと向けた。
 そこにはついさっきまで隣りのビルに居たジョージが、既にミランダと戦闘している真っ最中である。破壊音と二人が蠢く様しか窺い知ることは出来ない。
 そしてジョージはと言えば……男達の目的を知ることなく、ミランダとの戦闘へと身を投じていった。

 ドダンッッッ!!!
 バキッッッッ!!!

 ミランダの攻撃は止むことなく、的確にジョージの息の根を止めようと腕を振り下ろす。逆にジョージはそれを避けつつ、次の攻撃への準備として手持ちの道具を選別していた。
 しかしどうにも奇妙な感覚に、ちらりちらりと視線は空を泳ぐ。
 場所はビル街の一角。先程のミランダの攻撃で一つのビルが倒壊していた。にも関わらず誰一人として、この場所の様子を伺いに来る者がいない。火事が近所で起こっただけでも、人間という生き物は足を運ぶ。それがビル一つ消えたということに、警察も消防車も姿を現さないのだ。
「もしかして、何か細工でもしてる?──おっと危ない」
 綺麗な足を振り抜いたミランダだが、その蹴りはジョージが屈んですり抜けてしまい、コンクリートを粉々に蹴り砕いた。
 頭上から崩れ落ちてくる壁に、ジョージは「ちぃっ」と小さく舌打ちをして、指先に挟んでいたスペードの7を投げ付ける。
 するとそれは淡い光を放ち、崩れ落ちた壁を瞬時に砂へと変えてしまった。
「まぁ素敵な能力ですこと。やはり私、貴方を食べてしまいたいですわ。それと細工に関しては、私は存じ上げません」
「誉めてくれてありがとう♪ってことは、あそこで傍観決め込んでいる、黒づくめの連中の仕業ってことかな。まぁどっちでもいいんだけどね」
 人が来ないなら来ない方がいいに決まっている。これだけの被害を出しているのだ。一般人が少しでもいれば、巻き込まれて何人の死者を出してしまうか判ったもんじゃない。
 ──何かシールドでも張ったか?そういう能力持たれてると面倒なんだけどナァ〜──
 人事のように胸の内でごちてから、ジョージは最後の攻撃用にと取っておいたカードを2枚手にする。既にビルは2つ倒壊。このままでは埒が開かないからだ。
 しかも自分に対する攻撃が何を意味しているのかさえ教えては貰えていない。
 こうなったら、相手を負かして聞き出すしかないだろう。
「ミランダさん。そろそろ終わりにして、この熱くなった体を冷ましにいかない?」
「そろそろ終わりにする、には賛成ですが、冷ましに行く必要はないと思いますわ」
 にこりとミランダは笑みを浮かべ、ジョージに感情を映し出さない顔を向けた。
 戦っている時から、その行動に一切の迷いがないことは充分理解している。だからこちらにも迷いは生じていないが、あの破壊力だけは先に止めておかなければならない。
「そんなことないと思うケド?冷まし序に、色々教えてもらいたいしね」
「お教えできるといいんですけどね」
「してもらうよ♪」
 ジョージの言葉を受けて、ミランダが一気に加速して来た。
 と同時にジョージは一枚のカードを前方に投げ、特殊効果を発動させる。投げたカードはミランダとジョージの前で姿を変え、巨大な兵士を生み出す。
「今投げたのはジャック。意味通り兵士となって、まずはその素早い動きを止めさせてもらうよ」
 先程よりも早い動きで近づいていたミランダを、巨大な兵士がガチリと掴み動きを封鎖する。
 けれどこれくらいでミランダの攻撃が止んだわけではない。その兵士に向かって、重い一撃を放ち一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。
 振り回される手足は、人の目では確認することすら出来ないだろう。
「やっぱりこれくらいじゃ駄目だと思ったんだよネェ〜。ってことで……」
 巨大な兵士の肩に乗っていたジョージがスーっと飛び降りミランダの後ろへと着地した。
 刹那──…
「何を!!!」
 バキ、ボキ、という音を立て、ミランダの両腕がぶらりと垂れ下がる。
「序にこっちもね〜♪」
 言葉とは裏腹に何かが折れる音が二人の耳に届く。折れたのは…ミランダの両足だった。
 ガクリと膝から崩れ落ちるミランダに、更にカードをちらつかせて微笑みを浮かべて見せるジョージ。そこには勝利の笑みというより、愉快だと言いたそうな笑みが浮かんでいた。
 そして手にしたカードを夜空へと舞い上がらせ、変化して落ちてきたものが、重厚な音を立ててジョージの手に納まと、
 カチリ──
 そんな音と共に、銃口がミランダの眉間へと突きつけられる。
「これでジ・エンド。キミは人間じゃない。精巧に出来ている”生きた人形”だよね」
「あら、そんなことまで判ってしまったの?でも貴方の攻撃、面白いわね。動きこそ私に勝てないのに、色々なものでそれをカバーしていくなんて…」
 首だけを動かしてミランダが言葉を紡ぐ。けれどそこには負けたという悲壮感は微塵もない。
「誉めてくれてありがとう。──さて、俺が勝ったら、色々話してくれるんだよねぇ?キミの目的は何?あの男達は何者なのかな?」
「さぁ?私は何も知りませんわ。目的は貴方を喰らい尽くすこと。それだけです」
「答えてくれないなら、俺とお茶でもしながら、のんびり語ってくれるのを待つ、でもいいんだけど?」
 妖艶に微笑んだミランダに、にっこり笑顔を向けて返すジョージ。互いに隙を伺いつつの言葉遊びだ。
 が、先に言葉遊びを切り上げたのはミランダの方だった。
「もう少し遊んでいたかったのですが、この体では無理のようですわね」
 言うや否や一陣の風が吹き荒れ、ジョージは溜まらず目を腕で覆い隠す。
「また是非ともお会い致しましょう。その時は必ず貴方の魂を喰らってさせあげますわ」
 うふふふ…という笑い声が消え去り、そっと目を開けた先に見たものは──……
「風と共に去りぬ……か」
 ミランダが消えただけじゃなく、黒づくめの男達の姿もないことを確認し、誰も居なくなったこの場所からジョージはゆっくりと離れて行った。

「それにしても…景品はパァになるし、お茶しようとした相手には攻撃されるし、序にその女性には逃げられるし、う〜ん今日は天中殺かなぁ〜」
 ポケットに入れておいたサングラスを掛け、はぁ〜と溜息ばかり付くジョージ。
 けれど最後に聞いたミランダの言葉、そして自分達を見下ろしていた男達の存在、自分を確認した上で攻撃してきたことなど諸々。ジョージは頭の片隅に追いやって、夜の繁華街へと消えていく。
 そこは眠らない街。
 そこはかとない哀愁を漂わせたジョージを、温かく迎え入れてくれるに違いない。

 多くの謎を残したままで──…

【了】