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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:憑依
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜6人

------<オープニング>--------------------------------------

 それは、一本の電話から始まった。
 草間興信所。
 新宿区の片隅にある古ぼけたビルに入った探偵事務所である。
 外観は、どこにでもありそうな貧乏くさい興信所だ。
 だが、ここはアンダーグラウンドにおいて、けっこう知られた存在なのだ。
 所長の名は草間武彦。
 奉られたあだ名は、怪奇探偵。
 有り難くも面白くもないが、この探偵事務所には奇妙な事件の依頼が舞い込む。
 頻繁に。
「神社なり寺なりに頼んで欲しいものだけどな」
 受話器を置いた草間が嘆息する。
 年も改まったというのに、怪奇事件は一向に減らない。
「憑依ねぇ」
 依頼内容は、ようするに除霊だ。
 憑かれているのは一五歳になる娘。
 依頼人は、その娘の両親。
 先日、祖母の墓参に行ったときから様子がおかしくなったという。
 人格が変わったようになったり、奇妙なことを口走ったり。
 なかには、死ぬだの殺されるだのという単語も混じっていて、両親としては気が気ではないらしい。
 病院で診てもらっても、原因も治療法もわからない。
 寺に行っても冷たくあしらわれる。
 思い屈したあげく、藁にもすがる思いで草間興信所に電話したというわけだ。
「有り難いことさね」
 煙草の煙を吐き出しながら、草間が呟く。
 皮肉が籠もっていないと見る人間は、いささか観察力が足りないだろう。
「兄さん?」
「零。人を集めろ。六人くらいでいい」
 お茶を持ってきた妹に、怪奇探偵が命じた。
「ま、料金分の仕事はしてやるさ」
 内心の声を隠しながら。







※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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憑依

 白い結晶が、窓の外を埋め尽くしている。
 すべての穢れを隠すように。
 鉛の空は、無力な人間たちを嘲笑いつつ、白い雪をばらまく。
「もう少し積もったら、交通機関がダメになっちまうな」
 誰に言うともなく、草間武彦が口を開いた。
 雪に弱い東京では、たかだか数センチの積雪で都市機能が麻痺することがある。
「東京って街は、雪と怪獣には弱いことになってるのよ。昔から」
 悪戯っぽい笑顔で、シュライン・エマが応えた。
 最高級の白磁を思わせる繊手には、今回の依頼に関する詳細な調査報告が握られている。
 墓参の際に少女に取り憑いたという霊。
 はたして事実か虚偽が、そとも誤認か。
「それを、これから調べるわけだな」
 熱い緑茶などを啜りつつ、武神一樹が確認する。
 怪奇探偵の妹の煎れかたは、なかなかに名人芸だ。
「それは良いとして、今回の編成には問題がありそうな気がするな」
 わずかに苦笑を浮かべる久我直親。
 黒い瞳の陰陽師の視線は、草間零と談笑する若者たちを捉えていた。
 守崎北斗、啓斗の兄弟。巫聖羅。
 いずれも一七歳だ。
「‥‥子供の遊びではあるまいし」
 溜息を漏らす。
 まあ、歴戦の久我が不安を抱くのも無理はない。
「らしくないわね。久我さん。年齢は問題じゃないでしょ」
 シュラインが口を挟んだ。
 正論というべきだが、この手の依頼の場合、実際の能力よりも人生経験がものをいうことが多い。
 ことはメンタルな部分に関わるからだ。
 ターゲットと2つほどしか年の違わぬ高校生が、何ほどの役に立つだろう。
 やや深刻に懐疑する陰陽師だった。
「今回は零の人選だそうだからな」
 呑気な口調で、平均年齢を二歳も上げている男が窘める。
 調停者という異名は伊達ではない。
 こんな、どうでもよい場面でも仲介役を買って出てしまう。
「歳が近い方が心を開きやすいということもあるだろう。俺や草間などでは、その少女と一五も違うからな」
「なんで俺を引き合いに出す?」
 じつに不本意そうな怪奇探偵。
 武神と草間は、同年の三〇歳である。
 いわゆる三十路なのだ。
 若者、と称するには、やや無理のある年齢になってしまった。
 時の流れだけは、万民に公平なのだろう。
「くそぅ。もっと悪いことをしておけば良かった」
「これ以上悪事をはたらいたら刑務所行きよ。武彦さん」
「しくしくしくしく」
「夫婦漫才はそのくらいにして、そろそろ詳細を説明してくれ。シュライン」
 久我がからかう。
 普段であれば真っ赤になる事務員だが、
「そうね」
 と、微笑して頷く。
 探偵事務所の室温が、七度ほど低下した。
 精神的に。
「やっぱり、墓地から何か拾ってきたって考えるのが普通じゃない?」
 聖羅の言葉は奇をてらったものではないが、説得力は充分にあるだろう。
 心霊現象というものは、なんの原因にく起こるものではない。
 調停者の語録を借りれば、
「結果がある以上、必ず原因がある。つまり、原因を究明して取り除けば、問題は解決するというわけだ」
 と、いうものになる。
「でも、本当に取り憑かれていてるのか? 女ってものは感受性が強いからな。とくにあのくらいの世代は」
「そうそう。意外と、ただ思いこんでるだけってのもあると思うよ」
 啓斗と北斗が、口々に言う。
 見た目のほとんどそっくりな双子が喋るのは、なんだかステレオ感覚である。
「簡単な見分け方は、落ち着きがないのか弟の北斗で、元気がないのがお兄ちゃんの啓斗ね」
 とは、シュラインの評だ。
「冷静沈着なのが、俺」と、啓斗。
「元気溌剌なのが、俺」と、北斗。
 なかなか的を射た自己評価ではあるが、
「目が青いのが北斗で緑なのが啓斗でいいじゃん」
 じつにあっさりと聖羅が切り返す。
 ちなみに、彼女の瞳の色は紅である。
 いろいろカラフルな高校生トリオであった。
「なんにしても、もうちょっとその子の事を調べてみないと」
 啓斗が結ぶ。
 この上ない正論であり、期せずして、怪奇探偵を含めた六人の仲間は苦笑しつつ肩をすくめた。


 少女の名は、ヒカリという。
 信心深い性格というわけではなく、どこにでもいる中学三年生だ。
 それが、どうして憑依などということになったのか。
 受験期のストレスが原因だ、と、病院は言った。
 供養が足りない、と、霊能者はのたまった。
 子孫の不幸を願う先祖などいない、と、菩提寺の住職は語った。
 いずれの答えも、少女の両親を完全には納得させなかった。
「じゃあ、どんな解答だったら、アンタらは満足したんだよ?」
 最も気が短い北斗が、皮肉を口調に込める。
 彼を含め、すでに探偵たちには状況が見えていたのかもしれない。
 少女の自宅。
 ごくありふれた一軒家。
 訊ねた怪奇探偵たちは、両親から話を聞いていたのである。
 ところが、話は一向に要領を得ず、探偵たちを苛つかせただけだった。
 まず、墓参に行った日の午後一一時過ぎから様子がおかしくなり、奇妙なことを口走るようになったらしい。
 ここまでは良い。
 ところが、そこから先が脈略がないのだ。
「とても素直な子なので‥‥部屋を暗くして線香を一本焚いてください‥‥これでやっと成仏できます」
「海で溺れました‥‥水は怖い‥‥山に埋めてください」
「現代の世はなっていない。科学と技術ばかりがすすみ、このままではたいへんなことになる」
「神さまにお願いしなさい。神の力でなくては」
「私は浮遊霊です」
 と、まあ、これがヒカリが口にした言葉の数々だという。
「なんだかなぁ」
 聖羅が頭を掻く。
 もし全て事実だとすれば、少女には幾体もの霊が憑いていることになる。
 両親が混乱するのも、判るというものだ。
「ま、事実とすれば、だけどね」
「そうだな」
 啓斗が軽く頷く。
 一般に、霊とは万能の存在だと思われることが多いが、じつのところ、そんなことはない。
 死んだ時点より先の知識を「学ぶ」ことはできないし、それによって自らを成長させることもない。
 たとえば、江戸時代に死んだ人間が幽霊になったとする。
 その霊の知識は、江戸時代のままだ。
 適応力というものは、生あるものだけに備わった力だからである。
 霊にしてみれば、現代の科学力などは魔法か妖術としか思えないだろう。
 それどころか、どの道具にどういう機能があるか、それを理解することすら不可能である。
 先ほどの例を論うなら、現代社会への警鐘などというものが、まずおかしいのだ。
 そもそも霊とは、なにかやって欲しいことや訴えたいことがあって現れる。
 その結果として、取り憑かれた人間に害を為してしまうこともある。
 霊障といわれるものは、ほとんどがそれだ。
 むろん、最初から悪意や害意をもっているケースもあるが、多数の霊体が関与することはありえない。
 語弊のある言い方をすれば、霊とは個人主義者なのだ。
 連携を取ったり、共同作戦を企画したりすることはない。
 まあ、現世に魂を留めておくこと自体、個人的な事情によるものだから、当然だといえるだろう。
 となると、先ほどの言葉の中にも矛盾点を見出す事ができる。
「病院から、薬は処方されたか?」
 武神が訊ねた。
 どうでも良さそうな質問である。
 やや面食らった様子で、両親が頷く。
 病院から、精神安定剤が処方されているという。
「じゃあ、その薬を娘さんは飲んだかい?」
 これは久我の質問だ。
 頭を振る両親。
「飲ませようとすると、暴れたり吐き出したりする。そうじゃありませんか?」
 さきまわりするシュライン。
 両親が驚き、探偵たちが頷く。
 これこそ、核心に迫る問いなのだ。
 薬が処方されていることは、じつは探偵たちは調べ上げている。
 それが偽薬ではないことも。
 にもかかわらず、あえて訊ねたのは、両親の反応を見るためだ。
 一歩踏み込んで考えるゆとりがあるかどうか。
「んじゃ、ヒカリちゃんと会ってみるね」
 席を立つ聖羅。
 双子もそれに続いた。
 さらに両親が続こうとするが、
「ここは、俺たちだけで良い」
「多感な時期ですし」
「親御さんがいては、除霊に差し支えるかもしれないからな」
 年長の三人が押しとどめる。
 その顔は、すでに成功の確信に満ちていた。


「結局のところ、原因は受験とかのストレスだと思う」
「それと、進学への不安ってのもあるんじゃないか?」
 シュラインと久我が言葉を交わす。
 もちろん、少女の霊障についてだ。
 より正確にいうなら、なぜ少女がそのような虚言を弄するのか、ということである。
「いままでの友達と、離れ離れになってしまうからな」
「でも、新しい友達ができるじゃん」
「聖羅みたいに、神経の太いヤツばっかじゃないんだよ」
 高校生トリオにも真相は見えている。
 少女には霊など憑いていない。
 すべては演技というわけだ。
「考えてみれば、病院と寺は正しいことを言っていたのだがな」
 武神が嘆息する。
 両親が相談を持ちかけた三者うち、二つは正解か、またはその近くをかすめている。
 残りの一つだけが、見当違いの方向に飛んでいるのだ。
 すなわち、霊能者とやら名乗る連中であるが。
 そして、よりによって、正解から一番遠い結論に飛びついた両親。
「時代の流れ、と、言い捨てるのは、少し哀しいな」
 寂寥を台詞に乗せ、吐き出す。
 家族から逃げるために嘘をつく。
 あまりにも寂しいではないか。
 少女の内心でどのような葛藤があったのか。今の段階で知ることはできぬが、ストレートに両親と話し合えなかった事だけは、確かなようである。
「あの親じゃねぇ」
 戯けた口調で北斗が言う。
 人間は、見たいものしか見ない。
 聞きたいことしか聞かない。
 この両親は顕著なようだ。
 親に内心を吐露できぬとしたら、子供は何を頼って良いのか判らなくなる。
 その結果として、今回のような事になるのだ。
「最初は、ただふざけただけだったのかもしれないわね」
「話が大きくなりすぎて、引っ込みがつかなくなったってこと?」
 シュラインの言葉に聖羅が反応した。
 いわれてみると、そういう可能性もあるように思われる。
 中学生が、深慮遠謀に基づいて何かを計画した、と考えるよりリアリティーがあるだろう。
「冬休みが終わり、学校に行くのが億劫で、病気のフリをする」
 一節一節を区切って久我が言った。
 まるで言葉遊びのようだ。
「そうだな。ただの仮病だったのかもしれん。だが」
 武神が語を繋ぐ。
 両親の反応は、娘が期待したものより大きかった。
 少女の演技力が高かったのか。
 両親が迷信深かったのか。
 それとも、なにか心に秘すことがあるのか。
「‥‥それは、あの母親が‥‥」
「やめときなって。啓斗」
 口を開きかけた少年を、反魂屋が制した。
 シュラインと草間を除いて、全員が霊視能力をもっている。
 わざわざ口に出して説明する必要はあるまい。
「なるほどね」
 青い目の美女が頷く。
 語調と表情から、緑眼の少年が言いたいことを漠然と察したからだ。
 つまり、取り憑いているとしたら娘ではなく母親だということである。
 水子霊‥‥と、よばれるもの。
 自らの心に罪を抱く者は、その罪に怯える。
 そういうものだ。
「どっちにしても、あとはヒカリという子と話をすれば終わりさ」
 感傷を振り切るように肩をすくめた北斗が、扉に手を伸ばした。


 老兵のスチーム暖房が不満のウォーターハンマーを打ち鳴らしながら、暖気を撒き散らしている。
 外は身を切る寒さだが、事務所内はほどよい暖かさだ。
「それにしても、やけにあっさり認めたわね。あの子」
 迫りくる睡魔を打ち払い、シュラインが言った。
 一同が頷く。
 苦笑混じりではあったが。
 留守番をしていた零がコーヒーを配る。
「あの子自身も、本当のことを言うタイミングを計っていたのかもしれんな」
 下顎に湯気をあてつつ、調停者が感想を述べた。
 仮定の話に留めたのは、彼なりの配慮だろう。
「でも祓っても見せる必要なんてあったのかな? いもしない霊を」
「事実は、生者と死者の両方を傷つけることがあるからな。ときには解釈のほうが重要なこともある」
 聖羅の疑問に久我が答え、双子たちも頷いた。
 探偵たちは、事実を明らかにしなかった。
 娘には霊が憑いている。
 だから、草間興信所を代表する霊能者たちがそれを祓う。
 霊から解放された少女は、両親とも上手くゆく。
 誰も傷つかない。
 少なくとも生きている人間で傷つく者は、誰もいない。
 めでたしめでたしだ。
「ちょっと甘すぎるような気もするけど」
「でも、この方法は意外と効果があるのよ」
 悪戯っぽく微笑するシュライン。
 いつの話だっただろう。悪魔憑きの少女の事件を、この方法で解決したことがあった。
 その後、少女は父親と仲直りし、虚言を弄することもなくなった。
 まあ、興信所にたびたび押しかけるようになったが。
「あれは勘弁して欲しかったがな」
 草間が苦笑する。
「けっこう楽しんでたクセに」
「ああ。アイツのことか」
 シュラインと武神も微笑む。
「やだねぇ。なんか思いだし笑いしてるぜ」
「ロートルは、思い出話が多くなるもんだからな」
 双子がからかった。
 どうやら、二六歳の美女も、一緒にカテゴリーわけされてしまったようだ。
 久我は、何も言わなかった。
 が、宙を泳いでいる視線が、
「俺はまだ若いぞ!」
 と、力の限り主張していた。
 陰陽師の肩に、手が置かれる。
 見上げた先には聖羅の顔。
 赤い瞳の女子高生は、溜息をつきながら首を左右に振っていた。
「同情の目でみるな!」
「だって‥‥ねぇ」
「ねぇってなんだ! 同意を求めるなー」
 何はともあれ、これで事件解決である。
 となれば、解決後恒例の打ち上げが待っている。
「でも、啓斗と北斗は、自腹参加ね☆」
 にっこりと笑うシュライン。
 引きつった笑いを浮かべる双子。
 壁に掛けられた時計が、困ったような顔で時を刻んでいた。






                          終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
1087/ 巫・聖羅     /女  / 17 / 高校生 反魂屋
  (かんなぎ・せいら)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0095/ 久我・直親    /男  / 27 / 陰陽師
  (くが・なおちか)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「憑依」お届けいたします。
いかがだったでしょう。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。