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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


僕と古都と冬の恋人ブラック


 よう、日々元気に生きているか?俺は生命活動は絶っているが、とりあえず日々元気に存在している。
さて、冬だ。最近、京都にも雪が降った。まあ、それは特に関係はない。俺たちに寒さは感じないのだし、やろうと思えば、どこぞの小学生のガキんちょのように、雪降る中Tシャツ一枚で乾布摩擦することも可能なのだ。俺はしないがな、そんな無意味なことは。

さて本題なのだが。
俺の友人で、頭がイカレポンチな科学者がいる。男の俺から見ても、外見ははまあ良いほうだ、とは思う。まだ20代半ばの若い野郎なのだ。だが、頭の中は水の入った綿が詰まってるのに違いない。下らない発明品はするのだが、それ以外に関しては全くさっぱりどころか、見事なまでの社会不適応者っぷりを曝け出している。しかも日々、元気に。
そのイカレポンチ変態野郎な科学者が、つい先日とてつもなく厄介な代物を発明、完成させた。その名も「ザ☆冬の恋人ブラック」。…ああ、ツッコミどころ満席御礼状態だが、何も云うな。云わないでくれ。
かいつまんで云うと、このザ☆冬の恋人ブラック略して冬恋は、女性型ロボットなのだ。アンドロイドというヤツだ。俺も一度チラリと見たことがあるが、本物の人間と全く遜色がない作りだ。
しかしここで問題が発生した。この略して冬恋、女性型ロボットと云いつつ、実はボディ自体は男性なのだという。いや、顔のつくりは女性と云われても信じられるのだが、男性型なのだ。どうやら性格のデータ云々をこの冬恋に入力するときに、エラーがあったとかでこういう問題が起こったのだそうだ。
そして更に厄介な問題があるのだ。
イカレポンチ変態野郎な天然ボケ科学者のヤツが言うには、この冬恋、現在「あたい恋愛したくてたまらんでごわすよ症候群」らしい。…この病名は件の科学者の阿呆が命名した。
男性型とはいいつつも、性格は女なので、要はオカマというやつなのだが。アンドロイドのくせして、恋のときめきなんぞという背筋が凍るようなものを求めているらしい。

そして今回もまた、勇気があり且つ些細なことには動じず、おまけにユーモアもある皆に告ぐ。
この冬恋の恋愛云々症候群により、普段からもイカレポンチな科学者の頭が更におかしい具合になっている。男性型(一応心は乙女)ロボットに執拗にせまられ、現在心の病に片足ほど突っ込んでいる引きこもり野郎を何とかして助けてやって欲しい。科学者と冬恋は京都の山奥に住んでいるので、またもや皆にはこちらまで出向いてもらうことになるのだが…。
それでも構わない、という心の優しいものは、是非とも力を貸して欲しい。

それでは、皆の協力を、心より待っている。


                   匿名希望





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「さみぃっ!さみぃじゃねーかよちくしょーっ!」
 俺の目の前では、20代後半ほどの男が、自分の肩を抱きながらブルブル震えていた。
こうしてみると、生きている人間というのは不便なものだと思う。飛ぶことも出来ないし壁をすり抜けることも出来ないし、寒さ暑さには滅法弱い。まあ弱くない奴もいるがこの際それは無視だ。と云いつつ、この俺も死ぬ前は無論生きている人間だったのだけど。ああ?いつ死んだのかって?幽霊に歳を尋ねるもんじゃない、覚えてるわけないんだからな。
 目の前に居る男は、名を渋沢ジョージ(しぶさわ・ジョージ)と名乗った。白に近い銀色の髪に透けるような白い肌を持っている。おまけに黒いサングラス。見るからに不健康そうな男だ。といっても顔はそれなりに整っている分類に入るのだろう。って何を俺は野郎なんぞを詳しくチェックせねばならんのだ。云っておくが、俺に男をジロジロ見る趣味はないぞ。
「我慢しろ。京都に来るのだから、寒くなるぐらい分かっていたことだろうが」
 ブルブル震えているジョージに冷たく言い放ったのは、ジョージの横に立っている霧島樹(きりしま・いつき)という名の女だ。…一応女だとは思う。だが色気は皆無だ。ジョージと同じく白い肌に、腰ほどまで伸ばした漆黒の髪、その瞳は銀色に輝いている。ジョージよりも明らかに薄着だが、全く寒さは感じていないらしい。結構身体にフィットした服を着ている割に、女性らしいところは全く伺えない。…まあ、何か事情でもあるのだろう。俺は何も云わないことにした。というか不用意に何か言ったら、即座にぶっ殺されそうな雰囲気を漂わせている。
 やれやれ、また変な奴らが集まったもんだと首を振り、ふと二人の後ろに眼をやると、なんとそこには春のオーラが漂っているではないか。ふよふよと蝶々でも飛んできそうだ。俺には見えるのだ、ほんわかしたピンク色のオーラが。
 彼女は俺の視線に気づき、懐かしい緩慢な動作で首を横に傾けた。俺が何か云う前に、彼女の口が開いた。
「……お久しぶりね…幽霊さん…。またお会い出来て…とても、嬉しいわ…」
 はんなりと、冷たい俺の心を暖かく溶かすような笑顔でこちらに語りかけていくる。お会いできて嬉しいと?きみはそう云ったか?それはもうオッケーということだな?よし、オッケーだな?今夜は寝かさんぞ、ハニー。
「……幽霊さん…?」
 …はっ!!!
訝しげな彼女の声に、一瞬で我に返る俺。ふう、ヤバイヤバイ。妄想の淵を漂っていたようだ。
 彼女の名はシャルロット・レイン。以前とある事件で出会った女性だ。初めて会ったときから俺の心を鷲掴みに…ってまあ、それはどうでもいい。今回彼女も来てくれたということで、俺も随分救われたようだ。シャルロットが居るだけで、場の暖かさが5割増しだ。ちなみにシャルロットが居なくなると、場の冷え冷え度は8割増しだ。
 相変わらずの穏やかな笑みを浮かべ、貴婦人のようなふんわりした服装で其処に立っていた。軽く波打つ銀色の長い髪が俺の心を癒してくれる。実を言うと、もうあの変チキ科学者やら変態オカマアンドロイドやらはどうでも良くなってきた。このままシャルロットを連れ去り、嵐山あたりを散策でもしたい気分だ。
 しかしそんな俺に、二つの冷たい視線が突き刺さった。
「…おい、幽霊。人をわざわざ呼び出しておいて、何をふやけたような顔をしている」
「おいコラ、何のためにこの俺がこんな寒ィとこに来たと思ってやがる!」
 まるで殺し屋のような雰囲気を漂わせて、樹が冷たいナイフのような視線で俺をにらんでいた。その横のジョージは何やらわめいているがこれは気にしないでおく。
俺は慌てて取り繕った。そしてわざわざご足労頂き誠に有難う御座います私はあなた方のお越しと助けを非常に嬉しく思っております的なことをまくし立てた。やれやれ、なんだか物騒な奴らが来たもんだ。しかしこいつら本当に殺し屋とかじゃあるまいな?どちらにしてもカタギの人間ではあるまい。…まあ俺は既に死んでいるのだから殺される心配はないが、ふとした瞬間に科学者の眉間を銃で一発ズドンといかれるかもしれない。奴には念を押しておこう、うん。俺だって、奴が俺の同類になるのは勘弁してほしいのだからな。
「おい、このクソ幽霊!さっさとその科学者んとこに連れてけよ!」
 寒くてたまらん、とジョージが尚喚いている。確かに生身の人間にはちと辛いものがあるだろう。ここは京都の洛北、北国ではないもののその突き刺すような空気の寒さはたまらない。もうじき雪も降ってくるだろう。ジョージが更に五月蝿くならないうちに、さっさと奴のところに連れて行ったほうがよさそうだ。




















「おい、おることは分かってんのや、はよ出てこい!」
 俺は無駄に馬鹿でかい扉の前で声を張り上げた。鞍馬の山奥にある、灰色の無機質な建物。その見るからに重そうな扉の横には、ミミズがのたくっているような下手糞な文字で、『ひみつきち』と書かれた看板がぶら下がっている。ちなみに使っている材質はダンボールの切れ端だ。…奴の○チガイさが伺えるというものだ。
「なあ早く入ろうぜ!ますます寒いじゃねえか」
 心なしかジョージの声に生気がなくなっている。うっすらと地面には雪が積もっている。やはり寒いのだろうがまあ我慢してくれと言う他ない。
「鍵がかかっているのか?」
 樹が不機嫌そうな声で尋ねてきた。仏頂面をしているが、これはこの際彼女はいつもこうなのだと思うことにする。
「そうみたいやな。あの野郎、まだ引き篭もっとるみたいや」
 さて、どうするか。この中に入らないことには何も始まらない。
重い扉の真ん中には、強固な南京錠。無論、俺に鍵開けの技術は無い。
 俺が途方にくれていると、ジョージがハァとため息をついた。その息は白い。
「仕方ねえなあ…はいはい、そのお嬢さん方退いて退いて」
 だるそうに首を振ったかと思うと、コートの中に手を突っ込んで、重そうな黒い金属の塊をにゅっと出した。それを見た俺の顔は一瞬で固まる。
「おおおおいおいおい!!!何やそら!っちゅうかなんちゅー危ないモン持っとんねんお前は!!」
 ジョージの右手に握られているのは、黒光りする一丁の拳銃。危険なのは樹だけかと思ってたら、お前もかジョージ!くそう、何でこんなに物騒な奴らが集まってくるんだ!?
「おい、こんなところでぶっ放すつもりじゃないだろうな?」
 樹の視線に、ジョージはニヤリと何を考えているか分からない笑みを浮かべ、
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。そんなに心配すんなって樹ちゃん。サイレンサーつけてるからさ」
「付けていても煩いことは確かだろう」
「いいじゃん、どーせ開かないんだし。それに俺は、もうこの寒さにはうんざりなんだよ」
 そう云ったかと思うと、手馴れた手つきで銃のげきてつを下ろし、引き金に指をかける。
俺が静止の声を上げる暇もなく、数発の弾音と、銃弾が金属にぶつかる嫌な音がした。
「一丁あがりぃ」
 気持ちよさそうに拳銃をぶっ放したジョージは、これでどうよ?と云いたそうな顔で、後ろの二人と上のほうに浮かんでいる俺を見る。俺の口の端はピクピクと痙攣していた。ああああ前回も前回でアブナかったが、今回も中々スリルがあるじゃねーかチクショー!!
 頭を抱える俺を他所に、今度は樹が動いた。まだ煙を上げているボロボロに大破した南京錠に向かい、それの手をかける。俺が眼を丸くする間に、あっけなく南京錠をバキバキという音を立てて引きちぎった。ど、どれだけの馬鹿力持ってんだこの女はっ!しかも銃弾がぶち込まれたばかりの錠だ、容易に触ることなどできないはずだ。
 呆気に取られている俺を見上げ、
「開けるぞ」
 と一言。そして長い足で扉を蹴り、難なく扉をこじ開けた。
「うー寒々。コタツとかねえかなー」
「お前は熱燗のほうが良いだろう」
「まぁね。へへー酒と美女があればこの世は楽園ってね」
「全く腐れた野郎だ」
 等と会話を交わしながら、悠々と扉の中に入っていく二人。俺は頭が痛くなるのを感じながら、其の後に続こうとした。そしてその俺に、背中からシャルロットの穏やかな声で鋭い一言。
「…幽霊さん……。貴方が……扉をすり抜けて…中に入れば良かったんじゃないかしら…」
 ――――――きっかり5秒、俺はその場に固まった。


















 …まあ気を取り直して。
俺たちはずかずかと他人の(研究所兼)家に不法侵入し、辺りを見回していた。
以前来たときと余り変わらない家だ。一つ変わっていることといえば、床に乱雑に散らかっているコードだのネジだの設計書らしき紙切れだの。
 床に散らばるそれらを呆れた顔で眺めながら樹が言った。
「…それで?肝心の科学者のアンドロイドは何処にいるんだ?」
 この家は無駄に広い。家といっても研究所も兼ねているから、これがどれ程の広さを持っているのか、俺も知らないのだ。なんせこの山一つ奴の持ち物なのだから。
 俺たち4人は、灰色のコンクリートがむき出しになっている廊下に出て、ドアを見つけては其の中に奴が居るのかどうかを確認して回っていた。云わなくても分かると思うが、十分地味な作業だ。
嫌気が差してきたのか、ジョージが俺を見上げ、
「なあ、きみさぁ。幽霊なんだから、なんかこう…ビビビと居場所を特定ーみたいなことできねーわけ?」
 阿呆か。それは幽霊じゃなくて鬼○郎だ。
「んな便利なこと出来とったら今頃やっとるわボケ」
 俺はそう言い捨て、次のドアを目指してふいと飛んだ。生憎、俺は男に振りまくような愛想は持ち合わせてないのだ。
そのとき、俺の背後に居たシャルロットが声をあげた。
「…あら…珍しいわね……こんなところに…」
 穏やかな微笑を浮かべ、彼女が軽く手を触れているものを見て、俺は目を丸くした。ジョージはヒュゥと口笛を吹き、樹は見た目には殆ど変化は無かったが、それでもやはり驚いたようだった。
「えらく風流なモンがあるじゃねえの」
「風流というか、明らかに場違いだな」
 シャルロットが触れているもの、それは盤の目に仕切られた細い木枠の中に皺一つなく綺麗に張られた和紙。わざわざ口に出さなくても分かるがだろう。
「なんっか、見るからに怪しいよな」
 ジョージがニヤニヤと口元を歪ませ、肩をすくめる。俺も彼に同感だ。このコンクリートに敷き詰められた殺風景すぎる建物の中、ポツンと廊下に存在している障子。これが怪しくないっていうんなら、一体何が怪しいんだ?
「おい、幽霊」
 樹が口を開いた。
「お前が以前ここに来たときには、これはあったのか?」
 以前にも見たことがあるのならこんなに驚いたりはしない。
「あらへんあらへん。俺も初めて見たんや」
「ふーん。じゃ、とりあえず入ってみようぜ」
 ジョージがそう云って、障子を勢い良く引き開けた。そしてボソッと一言。
「…ある意味予想通りだなあ」
 ジョージの脇をすり抜けて、俺も部屋の中へと入った。部屋は4畳ほどの広さしかなく、さも当然というように床には畳が敷かれている。床の間には妙な形の壷に生けられた黄色い花。良く見なくても分かる。…あれはヒマワリだ。多分、品種改良された小型の。
 そして真ん中には、部屋の殆どを占領している状態でドドンと置かれている古いコタツ。それにぬくぬくと背中を丸めながらのほほんと温まっている奴が居た。云わなくても分かるだろう、…奴だ。
俺は肩をがくーっと落とし、ポカンとした目で奴を眺めていた。そしてピクピクと口の端が痙攣しているのを感じながら叫んだ。
「おまっ…何をこんなとこでのんびりしとんねん!!!」
 俺の叫びに悟ったのか、樹が俺を見上げ、
「…ではこいつなのか?その科学者というのは?」
「…なんっか、全ッ然悩みとかなさそーな顔してんだけど…俺の気のせい?」
 …それは多分ジョージの気のせいではない。
 奴は俺の叫びも樹たちの言葉も全く耳に入っていない様子で、相変わらずのほほんとした空気を漂わせながら、もぞもぞと腕をコタツ布団から出した。そしてコタツにはやっぱりバナナだよねえ等と独り言をのたまいかながら、机の上に無造作に放り出してあったバナナを手に取り、もそもそと食った。
 俺はその姿を眺めていて、何処かどうしようもなく情けないものを感じながら、すぅと大きく息を吸った。そして奴の頭上まで飛んで行き、腹の底から出した大声で叫んだ。
「…こッのど阿呆ッ!!!!コタツには蜜柑やろが―――ッ!!!!」
「おい、論点はそこじゃねーだろ」
 ジョージの冷静なツッコミが聞こえるがこの際それは無視の方向で行く。
「ええ加減にせえ、俺らはお前のためにここまで来てやったんやぞッ!!!何でそのお前がこんな部屋でのんびりバナナ食っとんねんッ!!ホンマ切れるぞおいコラッ!!!」
 俺の渾身の叫びにようやく気がついたようで(とことんムカツク野郎だ)、奴はん?と首をかしげながら俺のほうを見た。そして気の抜けた炭酸のような笑顔で、
「何だきみかあ。いつからそこに?ってきみは幽霊だから神出鬼没ってわけだねナルホド」
「さっきから居ったわッ!!!」
 俺は怒鳴った。全く、こいつといるとストレスがたまって仕方が無い。奴はそこで始めて樹らの存在に気がついたようで、戸口に固まっている彼らを見て、
「ああ何だ泥棒さん?巧(たくみ)ちゃんチには金目のもんは山ほどあるけど取っちゃったら駄目だよっ。呪いかけるからね三代先どころか百代先まで消えない呪いだからね怖いよ」
 云いながら自分で悦に入ったのか、うふふふふと笑い出す科学者。無論かなり不気味だ。
「おい幽霊!」
「何や?」
「こいつが…その…科学者なのか?」
 ジョージが俺と同じひきつり笑いを浮かべながら、未だにコタツに背中を丸めて温まっている科学者を指差した。まあ気持ちは分かる。白みがかかった灰色の髪は整いもせずボサボサなまま、少し垂れている目はほんのりと赤みが差している。どうやら先天的な色素異常があるようで、太陽の光が滅法苦手なこいつの肌はやはり白い。まだ20歳前後な筈だか高校生のような外見をしている。奴はジョージが指で自分を指したことにひどく気が触ったようで、ふやけた笑いを一転、頬を膨らませて眉を吊り上げて怒り出した。どうでもいいが反応がいちいち餓鬼のような男だ。
「まったく失礼な泥棒さんもいるもんだよっ。巧ちゃんはそりゃ天才的な科学者だけど科学者だなんて総称で呼ばれたくないねっ。第一人を指で指すなんてどーいう教育受けてんだかっ!全く、きみのお友達はろくでもないクソ泥野郎ばっかだねホントっ」
「だから泥棒じゃねーっての」
「そうだ。大体、総称で呼ばれたくないというのなら名を名乗れ、名を」
「泥棒じゃなくても他人の家に不法侵入する輩のことを巧ちゃんは泥棒って呼んでるんだよ」
「おいこらちょっと待て」
 俺は未だにプリプリ怒っている科学者…巧にストップをかけた。
「不法侵入ゆうたかて、お前居留守使ってたやんけ。俺ら何度もチャイム鳴らしたし扉も叩いたんやぞ?」
 そうだ。何もチャイムも鳴らさず土足で上がりこんできたわけじゃない。俺がそういうと、巧はまた気の抜けた笑いをヘラリと浮かべて、
「だってとても寒かったからね、コタツから出ると寒いからね、巧ちゃんはここから出たくなかったんだよ」
 と云った。どうやらこいつは俺たちが何度も来訪を知らせていたのを全部知っていた上で、敢えて無視をしてコタツのノンビリ入っていたらしい。…時々、本気でこいつをぶっ殺したくなってくる。
巧は樹に向かい、またもや早口でまくしたてた。
「それに巧ちゃんは巧ちゃんだよ、それぐらい分かっておきなよ男か女か分かんないからオニネーサン」
「…おにねーさんとは何だ?」
「オニーサンとオネーサンの合体バージョンだよ、ねえオニネーサン」
 樹はこめかみのあたりを人差し指で支え、眉間に皺を寄せながら云った。
「…もういい。私の名前は樹だ。霧島樹」
「ちなみに俺は渋沢ジョージ、奥にいるお嬢さんがシャルロット・レインだ。金輪際泥棒なんて呼ぶなよ、ああ?」
「まあ結局のところきみたちが泥棒なんてどうでもいいんだけどね、むしろ巧ちゃんとしてはきみたちが泥棒さんだったほうが都合がいいんだけどね、呪いかけれるもんね」
 そう言って、またうふふふふと奇妙な笑いを漏らす。…どうやら最近のこいつはそういう系に凝っているようだ。
ジョージはそろそろ巧に付き合うのも厭きてきたのか、やれやれと首を振り、
「ああもう、そういうのはどうでもいいからさあ。俺たち、一応きみを助けに来たんだけど?ほら、何ていったっけ…」
「あのアンドロイドだろ?その性癖修正に来てやったんだ。本来ならば感謝されてこそ、呪いなんぞかけられる覚えもないぞ」
 ジョージと樹が二人揃って、例のアンドロイドのことを口に出した。そう、それが重要なのだ。誰も好き好んでこいつに会いに来たわけじゃない。
 そういえば、こいつはそのアンドロイドに迫られて、廃人状態になっているのではなかったか?俺は仲間の幽霊にそう聞いたんだが…。
そう思い、ふと巧を眺めると、俺は奴の異変に気がついた。アンドロイドの話題が出た途端、巧の全身が小刻みに震えだした。表情は気の抜けた笑みを浮かべたまま、姿勢も猫背になり丸まったままで。その固まった笑みのままで、ガタガタ震えている。…これもなかなか怖い状態だ。
「あー……やっぱ、ちょっとヤバイ状態なわけね」
 ジョージが引きつった笑みを浮かべ、後頭部をポリポリとかいた。うむ、俺もそう思う。
震えている巧をひとまず置いておいて、さて如何したものかと皆で顔を合わせたところで、突然部屋自体が震えだした。床の間に飾ってある壷(何故かヒマワリが生けてある)がカタカタと鳴っている。
「な、何だ?地震か?それともこいつの震えか!?」
 そんな阿呆なことがあるか、とジョージに突っ込みを入れようと思った瞬間、突如遠くのほうから地響きが聞こえてきた。ずぅん、ずぅんと云う何か重いものが交互に床を鳴らすような音がする。そしてそれは確実にこの部屋に向かって来ていた。足がない俺には感じないが、生身の人間であるジョージたちには、やはりリアルに伝わるらしい。足元から伝わる振動に焦った面持ちで辺りを見回している。
「…廊下からか?」
 樹はそれでも冷静に、襲ってくる振動に何とか耐えて廊下へ続く障子を開けた。俺のほうからは見えないが、樹は廊下の向こうからやってくる『何か』を見て固まってしまったようだ。…一体何を見たというんだ。何となく予想は出来るがあまり考えたくない。そういえば、巧はどうしたんだとコタツのほうを見ると、いつの間にか忽然と姿を消していた。俺は慌てて辺りを見回すが、巧の姿は何処にもない。すると、(こちらもいつの間にか)シャルロットを振動から庇っていたジョージが俺に向かって云った。
「あの科学者なら、振動が来た途端コタツの中に隠れちまったよ!」
「…何やと!?」
 …なるほど、ジョージの言うとおり、コタツ布団の一方が人の形に微かにかたどられている。何を考えとるんだこの阿呆は。…だがこいつの反応ではっきりと分かった。地響きを立てながらやってくるモノの正体が。
 そして青い顔をした樹が、バンと障子を後ろ手に閉めた。そして一言。
「…来るぞ」
 その樹の背後に、彼女の一回りほど大きく黒い影がにゅっと浮かび上がった。
 





















 そして数十分後。巧は四畳半の和室の片隅で一人、背中を向けて膝を抱えて座りながらどす黒いオーラを発し、それ以外の面々は各々コタツに入って暖を取っていた。先程まで巧が陣取っていた上座には、新しい顔が一つ。ゆるいパーマをかけた赤茶色の髪を肩辺りまで伸ばし、髪と同じ色の瞳を笑顔の形にゆがめ、ニコニコと俺たちの顔を見渡している。その服装は何故かセーラー服だ。…まあ外見は可愛らしい16歳ほどの少女なのだから、大して違和感は無いと言えば無いのだが。だがこの少女こそがあの巧を名前を聞くだけで震え上がらせる程のトラウマを受け付けた主なのだ。そして廊下を地響きを立ててやってきたのも彼女だ。先程チラリと見た廊下には、彼女の足跡がくっきりと残っていた。…ちなみにコンクリートの床だ。その彼女が、今は俺たち三人と卓を囲んでコタツにあたってる。云うまでも無いがかなり異質な空間だ。
「ご主人様ぁ、寒うあらへんの?」
 彼女…巧に言わせれば『ザ☆冬の恋人ブラック』が、部屋の片隅の辺りできのこでも生えそうなほどじめじめとした空気を背負っている巧に声をかけた。巧は、というと、無論振り返りもせずにブツブツ壁に向かって何か小声で延々と語りかけている。うん、見事なほどの壊れっぷりだ。
「えっと…ザ☆冬の恋人ブラック…だったか?」
 樹がクソ真面目にあのふざけた名前を確認した。少女は手を胸の前で組み、ブンブンと首を振った。どうでもいいがパーマをあてた髪がぺちぺちと横に座っている樹とジョージの顔に当たってるぞ。
「いやん、そない変な名前で呼ばんとって!うちの名前は詩織よ!」
「…詩織……」
「一つ聞いても良いか?」
「なぁに?」
 ニッコリと樹に向かって首を傾ける。
「…その名前は何処から取ったんだ?」
「ご主人様のやってはったゲームからよ?」
 きょとんとした顔で答える冬恋…否、『詩織』。やはりとは思ったが…どうやらこのクソ科学者、今度はギャルゲーにまで手をつけていたらしい。
「しっかし、アンドロイドねえ…しかもこれで男の体ねえ…」
 樹の向かい側に座っていたジョージが、ジロジロと興味深そうな目で詩織を眺めていた。と思いきや、ふいににゅっと手を伸ばし、詩織の体をべたべたと触り始めた。そして叫んだ。
「…ああっ!やっぱり男っ!!」
 おい、いきなり何をしとるお前はっ!!
 だが俺がツッコミを入れる前に、樹にバコンと頭を叩かれるジョージ。
「何をしとるんだお前は」
 樹の冷たい視線に苦笑いし、
「えー、だってこれだけ可愛いから、男の体なんてもったいないよなーと…ああ、でも複雑だ…実に…」
「いややわぁ、可愛いやなんて、お上手なんやからっ!」
 そう言って、バチンとジョージの肩を平手打ちする。おい、お前もちょっとは嫌がれよ。セクハラだぞセクハラっ!
「そういえば…ジョージはんって…結構格好いいんやねえ」
 嫌がるどころか、ジィッとジョージの顔を覗き込む。その頬がほんの少し赤くなっているのは俺の気のせいか?
ジョージは叩かれた肩が相当痛かったようで、必死でさすりながら、詩織の目線からも必死で目をそらす。
「い。いや。その…あの…もう間に合ってるからいいっす。いやホントにっ!」
「そうなん?うーん、残念やわあ」
 この冬恋…いや詩織、確かに誰でもいいから恋がしたいようだ。本当に残念そうにジョージを見つめている。
そしてそのとき、今まで黙っていたシャルロットが口を開いた。
「……冬恋さん…」
「いやや、うちは詩織ってゆうたやないのっ」
「……ならば…詩織さん…」
「なぁに?」
 詩織はニッコリと、向かい側に座っているシャルロットに笑いかけた。シャルロットも、いつもの穏やかな笑みを浮かべて詩織を見つめる。
「…貴方は…恋愛がしたいのね……」
「うん、そやねん」
 ニッコリと頷く。
「…その…相手は…決まっているの…?」
「…え?」
 訝しげに首を傾けた。そして横に座っているジョージと樹に向かって尋ねる。
「それってどないな意味なん?」
「…さあ?俺にゃ分かんねーよ」
「私も同感だ」
 シャルロットはというと、何か含んだような笑みを浮かべ、
「…そう…分からないのならば……この人達と…貴方の運命の相手探しを…して来たら如何かしら…?」
「………」
 詩織は暫し驚いたように目をぱちぱちさせていたが、そのうちに何か思いついたように顔を輝かせ、
「せやなっ!運命の相手っ!めさええ言葉やわあ…」
 恍惚とした表情を浮かべ、手を胸の前で組んだ。
その詩織を横にして、ジョージと樹が顔をつき合わせて、ごにょごにょと相談を始めた。
「つーことは…俺らはこのアンドロイドの…」
「面倒を見るってことだな…何だ、ナンパか?」
「まあそういうことになるんじゃねーの?」
「良かったな、お前の得意範囲だろう」
「得意つーか……ま、俺の腕前ご披露っていうか?」
「…一人でやってろ。第一、彼女は一応体は男だが心は女だから、相手は男だぞ?」
「うっ……まあいいか。河原街のあたりにでも繰り出すか?」
「…そうだな」
 俺は二人の相談が固まったところで、シャルロットのほうに視線を向けた。
「…そんで、シャルロットはどうするんや?」
 俺の言葉に、シャルロットはいつもの微笑を浮かべて云った。
「…わたしは…科学者…巧さんの…心の傷を癒すことにするわ…。それが、わたしの…本来の努めですもの…」
「心の傷…つったら、あれか?あの…詩織に迫られたっつーやつか?」
「……それだけじゃないわ……まあ…わたしに任せて頂戴…」
 ふふ、と柔らかく笑うシャルロットに俺が反論できるわけも無く。
 俺は肩をすくめて、任せる、とだけ云うしかなかった。
























「舞妓さんっ、舞妓さんはいねえのかな〜」
 数十分前とは大きく違い、輝くような笑顔で夜の祇園をキョロキョロと見渡すジョージ。うん、まあ俺も舞妓さんは嫌いではない。あの結い上げた黒髪と白いうなじに何度胸を躍らせたことか…ってそれはどうでも良いのだ。
「おおっ、そこ行く美人のお嬢さん方っ。俺とお茶でも…」
 早速通りがかる若い女に声をかけるジョージ。勿論すぐさま樹の鉄拳制裁が下ることになるが。
「いい加減にしろ、脱線してどうする。今の目的を忘れたわけじゃないだろう?」
「ちぇー。んなこと云ったって、どうすりゃいいわけ?云っくけど俺、ゲイなんかナンパしたくないからな?」
 ジョージはハァとため息をつき、詩織の肩をポンと叩いた。
「なあ、体は男の詩織ちゃん。やっぱり男のほうがいいんだろ?」
 詩織は何を当たり前のことを、という顔をして、
「そりゃそうやろう?うちが女に恋愛してどないするの」
「…体が男なら、それがフツーなんだけどなあ…。うーん、難しいとこだな」
 そう言って、何かひらめいたというようにポンと手を叩いた。
「ま、とりあえずウロチョロしてみよっか。ほら、ゲイはゲイを見つけるって云うじゃん?」
「…云うのか?」
「云うらしいぜ?まあ、そのうち出てくるでしょ、詩織ちゃんにお似合いのヒトが」
 そう根拠も無しに云うと、ジョージは頭上に浮かんでいる俺を見てニヤリと笑った。
「な、それでいいっしょ、幽霊サン?」















「わっ!あのヒトカッコええっ!」
「なあお兄さん、うちと茶ァせえへん?」
「あー…あのカノジョムカツク…」
「むっ!向こうの路地にイケメン発見っ!」
「んもう、あの肉体美がたまらんよねえ」
「あのオニーサンみたいな知的タイプも好みやわぁ」
「黒スーツに青シャツ!ホストやろかあ。うちも貢いでみたいわぁ」
「でもB系なにいちゃんもええよねえ」





「うーんもう……誰でもええから、うちとレンアイしてっ!!」









 見境無く色んなタイプの男にツバつけた挙句、街中で突然叫んだ冬恋…もとい詩織を慌てて路地裏に引きずりこんで、その口をふさいだ。普通の人間には見えない俺はいいとして、生身の人間であるジョージと樹にとってはいい迷惑…どころか赤の他人のフリをしたいぐらいだろう。
 ジョージは呆れ果て、ハァーッと長いため息を漏らした。
「あのさあ…冬恋ちゃんよう」
「詩織やってゆうてるでしょう?」
「じゃあ詩織ちゃん。いい加減にしてくんないかなあ。体育会系が好きだと云えば知的な眼鏡も気になるとか云うし、ホストの後付いていったかと思えばゲーセンでたむろしてるガキどもに近づいていく。結局、きみはどんな奴がタイプなわけ?やっぱ色んな奴にツバつけたっていいことなんか無いよ?」
「そうだぞ冬恋…もとい詩織。あんなに積極的に迫ったところで、大概の男は尻込みするに決まっている。アンドロイドだから、生身の人間以上に男を求めるのは分かるが、ちょっとやりすぎだ。やはりここは一人に決めてだな…」
 ジョージと樹、二人の相互からの説教にしゅんとしていた詩織だったが、そのうちに、その肩がふるふると震えだした。そしてバッと顔を上げ、二人をキッとにらむ。
「じゃあどないすればええって云うんよ!?別に誰でもええっていうわけやないけど、うちは寂しいんよ!!うちは数ヶ月前に生まれたばっかり、周りにはあのご主人様しかおらへんかった。ご主人様以外にうちに話しかけてくれるヒトもおらへんかったし、ましてや笑いかけてくれるヒトもおらへんかった。誰でもええわけやないけど一緒にいてくれるヒトが欲しいんや!でもそれが誰かまだ分からへん!やから色んなヒトに声かけてみようって、この中の誰かがうちと一緒におってくれるヒトかもしらへんからって、そう思う気持ち、どこが間違ってるってゆうんよっ!!?」
 一気にまくしたてると、顔を真っ赤にさせてしゃくり上げ始めた。
「そりゃ…こんなんが間違ってるってうちも分かってる…でも何処にうちの運命の相手がおるか分からへんから。やから、せめて目に付くヒト皆声かけてみようって…そう思ったんや…」
 まあ確かに詩織の言うことも分かる。彼女はまだ生まれて間が無い。それだけでなく心と体が別々な、非常に不安定な状態だ。だからこそ、共に居てくれるような人を求めていたんだろう。だが―…。
「…成る程、ね」
 ジョージは気まずそうに、ポリポリと後頭部をかいた。
そんなジョージに物云いたげな視線を送るのは樹だ。その視線に気づき、ジョージは肩をすくめて云った。
「何か云いたそうだけど、樹さん?」
「もうお前自身も分かってるだろう?アレをやってやったらどうだ」
 …アレ?
「おい、ジョージ」
「なんでしょうかねえ幽霊サン?」
「アレって何やねん、アレって」
 俺の言葉に、ジョージはやれやれ、と首を振り、
「あーあ…これの出番が来ちまったか。いやあね…俺にもちょっとした特殊能力があるわけで。まあそれが…これなんスけどねえ」
 そういうと、ジョージは懐からそんなに大きくは無い長方形の束を取り出した。上から覗いてみると、どうやらトランプの束のようだ。
「…トランプで何するつもりなんや?」
「まあ見ておけ。悪いようにはさせないだろう」
 樹が不安要素は何も無い、というように言い放った。そんな言い方をされてはこの俺も黙っているしかない。
ジョージは慣れた手つきで束を繰ると、それを扇状に手の上で並べ、詩織に差し出した。
そして芝居掛かったような口調で、詩織にそれを引くようにを促す。
「さあお嬢さん、一枚どうぞ?それが貴方の運命です」
「うちの…運命…?」
 詩織は裏返られたトランプに、おずおずと手を伸ばし、少し迷ってからその中から一枚を選んで引いた。
その一枚を裏返したままジョージに差し出す。
 ジョージは、その選ばれた一枚のトランプを自分だけに見えるよう、ヒラと表に返した。
その刹那、微かな光がトランプに宿った気がしたが、それも一瞬のことで。
 そしてジョージは今までにない優しい笑みを浮かべて詩織を見た。
「…分かったよ、お嬢さん。きみの運命がね」




















「……お帰りなさい……如何だったかしら…?」
 また何故か科学者の研究所兼自宅へ舞い戻り、呼び鈴を一度だけ鳴らすと、すぐさま扉が開いた。そこで待っていてくれたのは我が心のヒロイン、シャルロット。
「たっだいまー。シャルロット、あいつは?また四畳の和室?」
 ジョージが聞くと、シャルロットは小さく首を振って、
「……いいえ……研究室にいるわ…詩織さん…」
「…なに?」
「あなたが…生まれたところに……」
 そう云うとふんわりしたスカートをひるがえし、俺たちを案内するように無機質な家の中を進んでいく。
俺はたまらずにシャルロットの横に並ぶように浮かび、そっと囁いた。
「なあ、どないやったんや?巧の野郎、何かあったんか?」
 シャルロットは俺の囁きにあわせるように小さく答えた。
「…ええ…あの方……昔…お友達の方に…押し倒されたことがあって…それがトラウマになってると…仰ったわよね…」
「ああ…そやけど…それがどうした?」
「…きっと…それが…あの方の、過去の傷になっていると思ったの…だから……少し、カウンセラーの真似事を…やっていたわ…」
「カウンセラー…そんなもんがあいつに効くんかいな?」
 俺は疑問を持って呟いた。だがシャルロットは笑って首を振った。
「そんなことないわ……誰にでも…心の傷はあるけれど……癒せないものなんて…ないもの…。特に…本人が望んでいる場合はね…」
 …本人が望んでいるだと?つまりそれは巧自身が癒されたいと思っていたとでもいうのだろうか。うーん…。
 俺が悩んでいるうちに、どうやら研究室の前に着いたようだった。
シャルロットが扉を開ける前に、くるりと俺たちのほうに振り返った。そして詩織のほうに視線を向け、ゆっくりと話し出した。
「詩織さん…」
「は、はい」
 何故か姿勢を正してしまう詩織。そういう雰囲気が今のシャルロットにはあった。
「貴方は……運命の相手を…見つけられたかしら……?」
 シャルロットの静かな問いに、詩織は首をうな垂れた。
「それが…見つけられんかったんや…うちのは、そんなもんおらへんのかもしれん…。どーせうちは、心も体も別々な機械やさかい…」
「そんなことねえよ」
 そう言って、詩織の肩を抱いたのはジョージだった。
彼はポケットからトランプ…その表にはハートのエースが描かれている…を差し出し、
「きみの運命の相手は絶対に居る。俺が保障してやるよ」
「…ほんまに?」
「ああ。そして、きみの運命の相手は…」
 そう言って、ジョージはトランプのエースをまっすぐ突きつけた。





















 後日。 

 再び京都を訪れた彼らを、俺は祇園にある和菓子屋で迎えた。無論、今度は何処かの誰かに憑依してだが。
 抹茶スカッシュをズズズとすすりながら、ジョージは向かいに座っているシャルロットに云った。
「結局きみは、全部知ってたっつうわけかい?」
「……それは……どうかしら……」
 シャルロットはまた意味深な笑みを浮かべ、白玉団子を優雅に口に運ぶ。
「あれから彼らがどうなるか…それは分かっているのか?」
 そう尋ねたのは樹だ。独特の器に入った抹茶を美味そうにすすっている。
「それは…分からないわ……わたしも…彼女が、あの部屋に入ったあとのことは…見てないもの…」
「ま、見ないほうがいーだろうねえ」
 感慨深そうに呟くジョージ。
それは俺も同感だ。彼女があの部屋に入った後に、扉の中から聞こえてきたアイツの腹の底から搾り出すような叫び声と、ボキボキと骨が折れるような音は、未だに俺の耳にこびりついている。
 はぁ、とため息をついた俺たちに云ったのか、それとも此処には居ない彼らに向けてのことか。
シャルロットが遠くを見るような目をしながら云った。
「愛には……色々な…形があるものね……」
 俺も全くそのとおりだと思う。




 あれ以来あの科学者には会いに行っていないが、風の噂によると、16歳ほどの美少女となかなか仲良く暮らしているそうな。










                           完









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1158 / シャルロット・レイン / 女 / 999 / 心理カウンセラー】
【1231 / 霧島・樹 / 女 / 24 / 殺し屋】
【1273 / 渋沢・ジョージ / 男 / 26 / ギャンブラー】


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■         ライター通信          ■
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いつもお世話になっております瀬戸太一です。
今回のご依頼は如何だったでしょうか?
勝手に「京都毒舌幽霊」シリーズ第二弾となる今回、
楽しんでいただければ非常に嬉しく思います。
とりあえずなハッピーエンドとなりました。
科学者とアンドロイドには、少々歪んだ愛の形を発展しながらも
末永く幸せに暮らすことと思います。

シャルロットさん、二度目のお目見え非常に嬉しく思います。
またもや毒舌幽霊には非常に気に入られてしまいましたね(笑
今回は大変良いお言葉で締めさせていただきました。
どうも有難う御座いましたv

樹さん、ジョージさん。
初めてのお目見えでしたが如何だったでしょうか。
楽しんでいただけると光栄であります…。
また良ければうちの依頼に参加してやってくださいませね。

感想等有りましたら、テラコンのほうからどうぞお気軽にお送り下さいませ。


それでは、またお会いできることを祈って…。