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<PCシナリオノベル(シングル)>


第二話 壱比奈
◆誘われる路地裏
とある休日の昼下がり。
何気なく立ち寄った街の街角で、巫 聖羅は見覚えのある人影を見かけた。

「あれって・・・もしかして・・・」

少女の姿に導かれて、聖羅の脳裏に先日の出来事がよみがえる。
「壱比奈・・・」
夢かとも思った。
血塗れの列車の中で・・・笑っていた少女のことを思い出す。
あまりにも現実離れした、あやふやな記憶すぎて・・・
しかし、それが夢ではなった証拠が目の前にいた。

聖羅の視線の先に、通りを走り抜けてゆく壱比奈の姿が映っている。

壱比奈は、建物と建物の隙間のような裏路地へと入ってゆく。
聖羅は急いでその後を追いかけて、角から路地を覗き込む。。
奥を見ると、少女のスカートの裾が路地の突き当たりの影に消えた。
「道が続いているの?」
誘うようにチラチラと姿を見せている壱比奈。
聖羅は乾いた唇を舌先でちろっと舐めると、意を決して路地へと踏み込んだ。

一歩踏み込んだだけで、生ゴミのような生臭いが鼻をつく。
足元はどこからか染み出している水でぬかるんでいる。
そんな不衛生この上ない場所を、聖羅は急いで抜けてゆく。
道幅は本当に狭い。
体を横にしてすり抜けるようにして奥まで進んだ。
そして、後少しで曲がり角・・・というところで、バタンとドアの閉まる音がする。
(何処かの建物に入った?)
聖羅は慌てて角を曲がる。
この建物の隙間のような路地には色々な建物の裏口が面していた。
そのどれに入ったか判らなくなってしまっては、元も子もない。
しかし、その心配はなかった。
ドアは、その通路の奥、行き止まりのそこに一つあるだけだったのだ。
聖羅はほっと胸をなでおろす。
(でも・・・ますます状況は罠っぽいかも・・・)
慎重にそのドアに前まで進む。
何かの倉庫の裏口だろうか?
高くそびえる壁に窓は一つもなく、錆びた鉄の扉がそこにあるだけだ。
そして、扉には赤いスプレーでKeepOutの文字。

誘っているのか?
自ら罠に飛び込むのか?

「ここで会ったが百年目。受けてたってやろうじゃない。」

聖羅はこのまま泣き寝入りするようなタイプではない。
ぐっと錆びたノブをつかむと、一気にドアを押し開いた。

◆暗闇の中で
ドアの中は真っ暗闇だった。
ドアから射し込む光が届かないところは、まったく何も見えない。何があるのかも判らない。
空気は埃っぽく淀んでいて、しばらく誰も来ていない様だったが、照らされた足元の埃の上に小さな足跡が残っている。
「・・・この奥・・・ね・・・」
聖羅はドアが完全に閉じてしまわないように、通路に置いてあったダンボールをドアにはさんで建物の中へ入った。
しかし、その光も奥までは届かず、すぐに暗闇に飲み込まれる。
視界がまったくきかない訳ではなかったが、相手のことを考えると少し不安だ。
(どうするかな・・・)
壁を探りながら歩くが、スイッチのような物は見つからない。
それに長いこと使われていないこの建物自体に電気がきていない可能性もある。
しばし考えて、聖羅は口の中で小さく呪を唱えた。
手の平に小さな鬼火が浮かぶ。
力を使えば相手に感づかれる可能性があるので避けたかったが、このぐらいならば大丈夫だろう。

小さな鬼火は建物奥まで淡い光で照らした。
「あ・・・」
それまで気がつかなかったが、そこは広い倉庫のような場所で、がらんとした部屋の奥に階段があるのが見えた。
床を良く見ると小さな足跡は奥の階段のほうへと続いている。
(上・・・?)
聖羅も足音をたてないように慎重に階段へ近づき、上へとあがる。

踊り場を曲がり二階へ・・・。

階段を上がりきると通路に面したドアが並んでいる。
一階はフロアぶち抜きの大部屋だったが、二階はいくつかの部屋に割られているようだ。
ここより上の階はない。
外から見たとき、大きな建物だと思ったのだが、思ったより大きくはなかったということだろうか。
それか、どこか違う空間に迷い込んでしまっているか・・・?
聖羅は慌てて階段を下り、一階の自分が入ってきたドアの方を覗く。
「やられた・・・」
一階は真っ暗な闇に包まれていた。
ダンボールをはさんで光を取り込んでいたはずのドアはどこにも見当たらない。
いつの間にかどこか違う場所へ移動してしまったようだ。
聖羅はどうするか考えたが、このままここでうろうろしている訳にも行かない。
「・・・行くしかないわね。」
この先がどこに繋がっているのかもわからなかったが、とりあえず聖羅は二階のドアの一つを開けてみることにした。

◆異界の迷路
「悩んでいても仕方ないかな。」
聖羅はしばらく目の前に並ぶドアを見比べていたが、ドア自体には何の変哲もなく、中から音や気配も感じない。
どれに入っても結果は同じようだ。
罠か、何もないか。そのどちらかだろう。
すでにこの建物の中に閉じ込められている以上、ドアを開ける以外に道はないのだ。
聖羅は思い切って一番手前のドアを開けた。

「ひっ!」

聖羅は思わず悲鳴をあげて後さずった。
ドアの向うは・・・空だった。
何もない空間に雲が浮かんでいる。
恐る恐る足元を覗くと、はるか下のほうに建物の影が見える。
「何なのよ、これ・・・」
吹き上げてくる風も、空気の匂いも間違いなく屋外のようだ。
一歩踏み出していたら、落下していた。
聖羅は黙ってドアを閉じる。
部屋の中は建物の中とすら限らないのか。
「迂闊にドアも開けられないの?」
聖羅は通路で再び考え込んでしまった。

「残念、空から落ちちゃえば良かったのに。」

不意に背後から少女の笑い声が聞こえた。
聖羅が振り向くと、通路の奥に壱比奈が立って笑っている。
「それとも、地獄の炎に焼かれて死にたい?」
壱比奈はそう言って、すぐ側のドアをあける。
すると、今度はドアから凄まじい熱気と共に紅蓮の炎が吹き上がった。
「どっちもごめんよ。あたしは生きてこのビルから出て行くわ。」
聖羅は壱比奈の側まで行くと、蹴飛ばすようにして炎の吹き上がるドアを閉めた。
「その前にあなたを倒してからねっ!」
「それはどうかなぁ?それとも、お姉ちゃんまた殺されたいの?」
壱比奈は聖羅を見上げてクスクスと笑う。
聖羅は自信満々で笑っている壱比奈を見てくすっと笑う。
「異界から何かを召喚できるのはあなただけじゃないのよ。」
そう言うと、聖羅は静かに唇に指先を当てると呪を唱えた。

「深き冥府の闇より出でよ、禍き御霊を統べる者!」

聖羅の言葉と同時に足元から黒い靄が吹き上がり、辺りに黒い霧が立ち込める。
「死・・・神?」
壱比奈の見上げるその先、聖羅の背後に黒い大きな影が立ち上がる。
「残念ね、そんなに優しい存在じゃないわ。」
聖羅は一歩下がりその影の隣に並ぶ。
「こんな仮初の姿でも、あなたのお相手には充分なはずよ。」
影の中から赤い瞳が輝く。
禍々しい、呪いの瞳。
「魔・・・」
その正体に気づいた壱比奈の顔色が変わる。
壱比奈は慌てて後さずるが、影はすかさず腕を伸ばし壱比奈を捕らえた。
「ひっ・・・!」
喉を引きつらせて悲鳴のような声を上げるが、顔はそのまま恐怖に強張る。
影の中の赤い瞳が笑うように歪む。
「命を弄んだ罰よ。」
聖羅が最後の命令下す。
「禍き御霊を統べる者よ、この少女と共に永久の闇へ戻れ!」
聖羅の言葉を引き金に、黒い霧が急速に収縮する。
壱比奈を捕らえた影もその霧に乗って、暗闇の中へと移動してゆく・・・

「継比奈ぁっ!来てっ!」

壱比奈が叫んだのは、後少しで暗き闇に全てが飲み込まれる寸前だった。

◆冥府の闇
壱比奈の叫び声と同時に、冷たい風がさあっと吹き抜ける。
そして、どこからともなくもう一人の少女・継比奈が姿を現した。
継比奈は影に捕らわれた壱比奈の手を握ると、力いっぱい引っ張った。
するとあんなにしっかりと捕らえて動くこともなかった壱比奈の体が、影の腕からするっと抜け出してしまった。
「再び捕らえろっ!逃がすなっ!」
聖羅は消えようとする影に再び命を下す。
影は再び色濃く姿を現し、二人の少女に躍りかかった。
「消えちゃえっ!」
壱比奈と継比奈はしっかりと手を繋いだまま、襲い来る影に向かって叫んだ。
「お前なんかっ!元の世界へ帰れっ!」
二人の少女が影に向けてのばした手から閃光が走る!
影はスパークする光としばらく揉み合うようにしていたが、やがて光に押されて姿を消した。
聖羅は驚きに目を見張る。
この少女の力は魔人の力すら凌駕する物なのか・・・
聖羅の持つ力では、この世界では勝つことは出来ないのだろうか・・・
(この世界・・・?)
ふと在ることに気がつき、そっと背後のドアに近づくとドアノブに触れた。

影を封じ込めた少女たちは肩で息をしながら、聖羅のほうへ振り返る。
「お姉ちゃんなんか大っキライよ・・・」
壱比奈は涙の跡を残したままの顔で、聖羅を睨みつける。
「お姉ちゃんなんか炎に飲まれて死んじゃえっ!!」
言葉と同時に壱比奈の足元から炎が吹き上がった。
吹き上がる炎は生き物のように躍り、聖羅へと迫った。
しかし、聖羅は笑みを崩さず、静かに言った。
「消えるのは、あなた達の方よ。」
聖羅はつかんでいたドアノブを回す。
「永遠に冥府の闇を漂えばいいわ!」

そして、背後にあるドアを思い切り開いた!

「!」
壱比奈と継比奈は巻き上がる炎と共に、聖羅が開いたドアの中へと引き摺られる。
ドアの中は何もない漆黒がぽっかりと口をあけている。
そこへすごい勢いで吸い込まれようとしているのだ。
二人は必死で足を踏ん張ったが、その勢いに負け暗闇へと躍る。
「きゃっ・・・!」
完全に飲み込まれる寸前にドアの淵に手がかかり、二人は僅かに抵抗したが、体は完全に浮かび上がってしまっている。
この闇の先はどこに続いているかはわからない。
「やはり、あなた方の世界はこの通路だけ。ドアの向うは別の世界。」
聖羅はドアの影から二人を覗き込んだ。
「ドアの向うを冥府から魔物を召喚する要領で繋げたのだけど、上手く繋がったようね。」
必死の形相でドアの淵につかまっている壱比奈を見た。
壱比奈は負けん気の強い顔で、聖羅を睨みつけている。
「このままじゃ済まさないからっ!」
しかし、吸い込む力は衰えず、淵につかまっている指は血の気を失い白くなっていた。
聖羅は冷ややかな瞳で微笑む。

「次があったらね。」
そう言うとドアから手を離す。
ドアは吸い込まれる風に乗り、勢いよく閉じてしまった。

閉じられたドアはぴったりと空間を閉ざし、近寄ってももう何の気配も感じない。
聖羅は安堵の溜息をこぼすと、再びドアに触れた。
「私の生きる世界へ・・・」
そして、ドアを開く。
そこは聖羅が入ってきた入り口前の路地だった。
ドアの外は別の世界に繋がっている。
その通り、聖羅はもと来た世界を召喚し、ドアに繋げたのだ。
「これで終りね。」
聖羅は空気の悪いもと来た路地に踏み出す。
濁った空気も生きている世界の証拠だ。
そして、後ろを振り返らずにもと来た道を戻ってゆく。
角を曲がれば表通りが見えるはずだ。

「このままじゃ済まさないから。」

後少しで角・・・というところで背後から囁くような声が聞こえた。
慌てて振り向くと、後ろでゆっくりとドアが閉まるところだった。

その閉まる暗がりに小さな少女が覗いていたのは気のせいだろうか?

聖羅はそんな気持ちを振り払うように一回頭を振ると、そのまま表通りへと出て行ったのだった。

The end ?