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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


『すいきょうさま』の怪【調査編】
●オープニング【0】
 師走に入る前後より、ゴーストネットの掲示板ではある話題が見られるようになっていた。
 最初は匿名の書き込みだったようだ。『ようだ』と書いたのは、サーバにトラブルでもあったのか、今はもうその書き込みが残っていないからだ。だが瀬名雫を含めて、書き込みを目撃した者は多く、以降その話題がよく書き込まれるようになったのである。
 その話題とは『すいきょうさま』なる物だ。雫の記憶では最初、次のように書かれていたそうである。
『池のほとりで水面を覗き込みながら、「すいきょうさま、私の未来を教えてください」と3回唱えると、未来の自分が水面に映ることがあるんだって』
 けれどもその後には、こうも続いていたのだとか。
『でも映ることはまれで、すいきょうさまの機嫌が悪いと神隠しに遭っちゃうらしいよ』
 まあ……よくある類の噂話だ。事実、その後にいくつも『何ともなかった』という書き込みがあったのだから。雫自身も試してみたが、やはり何もなかったそうだ。
 しかし、書き込みの傾向が変わってきたのは最初の書き込みがあってから、10日近く経った頃だった。
『うちの子供がもう3日も帰ってこないんだ……! すいきょうさまの話をしたら、とても興味深く聞いていたようなんだが……本当に神隠しなのか?』
『すいきょうさまを試しに行くって言ってた友だちが行方不明なの!』
『お姉ちゃんが消えちゃったの! たった5分、あたしが池から離れてただけなのに……』
 こういった内容の書き込みが、現在までに10件前後あったのである。そしていずれもまだ見付かっていないそうだ。
 しかし、『すいきょうさま』を試して何ともなかった者も数多く居る。果たして、本当に神隠しが起こっているのだろうか。それとも……?

●先客あり【1B】
 昼間の人通りの少ない住宅街を、1人の青年が歩いていた。白に近しい透けるような銀髪で背も高く、丸いサングラスをかけたなかなかな男前だ。これでやや伸び気味の銀髪をもう少しきちんと整えたなら、男前度は1割アップしているのではないかと思われる。
 その住宅街の住人……として考えるには、ちと雰囲気が違う。その青年には、住宅街より都会の雑踏の方がよく似合っていると思われる。そんな雰囲気だ。
 上から下まで黒のスーツで身を固めたその青年は、やがて住宅街を通り抜け大きな公園の前にやってきた。
「とりあえず、ここからかねぇ」
 その青年――渋沢ジョージはぼそりとつぶやくと、そのまま公園の中に入っていった。
(『すいきょうさま』で行方不明者が出た現場の1つ、だしな)
 ジョージがこの公園を訪れたのは、件の『すいきょうさま』にまつわる失踪事件を調査するためであった。掲示板にこの公園の名前が出ていたのである。
 もっとも名前が出ていたのはここだけでなく、他にもいくつか出ていたのだが、その中からどうやって決めたかというと――コインであった。
 つまり、コイントスして表が出たら行く、裏が出たら後回し、というように決めてみた所、この公園の番で表が出たのだ。何ともギャンブラーらしい決め方である。
 さて、ジョージが公園の奥の木々を抜けると、そこには中くらいの大きさの池があった。
 もちろん池から50センチほど間隔を空けた周囲には、1メートル20センチほどの高さの転落防止用フェンスが張り巡らされていたが、乗り越えて池のほとりへ行くことは容易であった。
「ん?」
 目を細めるジョージ。見ると池の反対側には、黒いスーツに身を包んだ金髪の青年の姿があった。その青年はゆっくりと池の周囲を散策しており、何かを探している風にも見えた。
「やるこた同じ……って訳か」
 ジョージはニヤッと笑みを浮かべると、池のフェンスのそばまで歩いていった。

●急転直下【2A】
「よ、調査ご苦労さん」
 渋沢ジョージは池の周囲を一回りしてきた真名神慶悟に、軽く声をかけた。慶悟の眉がぴくっと動いた。
「誰だ?」
「おっと、そう警戒するなって。お仲間さ……すいきょうさまを調べてる。キミもそうだろ?」
 ジョージがニヤッと笑った。
「……ああ。調べている、が」
「が?」
「おかしな場所だ、ここは」
 そう言うと慶悟は、吸っていた煙草を靴で踏み消した。
「ほー、笑いでも込み上げてくるかい? と、冗談冗談。どうおかしいか聞かせてくれよ」
 ジョージは煙草を取り出すと、それに火をつけた。ちょうど入れ替わりである。
「この池の周囲には、祠や石碑の類、神隠しに通じるような曰くが全く見当たらない。しかし……霊気の残りカスらしき物が辺りに漂っている。もっともだいぶ消えてしまっているがな」
 神妙な表情で言い放つ慶悟。するとジョージがひゅうと口笛を吹いた。
「なーるほど、霊感って奴か。じゃ、池の中に霊だか神様だか潜んでんだろうよ。……俺としては、どっちにしろ美人サン希望♪」
 どこまで本気か冗談か、区別し難いジョージの言葉。が、話はこれで終わりではなかった。
「で……実際、自分の未来が見えたって人は居るのかな?」
 軽口を叩いていた様子はどこへやら、ジョージが懐からトランプを取り出しながら、本題を切り出した。
「……いや。言われてみれば妙だな。未来が見えたという報告はなかったような」
「だろ? 今の所、何もない or 神隠し? って二択ぐらいに見えるんだけど」
 ハートとスペードのカードを1枚ずつ取り出し、慶悟に見せるジョージ。
「未来うんぬんってのは、人を誘き寄せるための単なる噂なのかねぇ……あ〜、夢がないなァ〜」
 ジョージがとても残念そうに言った。
「誘き寄せる、か。言い得て妙だ。沼沢の水気はこの世ならざる物や死者に通じ……現世と異なる場を繋ぐ。水面はその入り口ともいう。もし誘き寄せた上で、それが行われたなら」
 慶悟がじっとサングラスの奥に隠れている、ジョージの紅い瞳を見つめた。
「……覗き込むと吸い込まれちゃうってことかね? でも、神隠しに遭ってる現場を目撃した人は誰一人居ない訳で。1人の時を狙ってるのかねぇ」
「だとすれば、随分巧妙な話だ。スイキョウ……行く末を映す水鏡か、狂いし水か、酔狂たるただの噂か……む?」
「漢字にすると『みずかがみ』ってな具合かい……ん?」
 慶悟とジョージは、池の方に異変を感じ咄嗟に視線を向けた。
 水面に3つの波紋が起きていた。池の奥の波紋から龍の顔が、池の手前の波紋から蛇の顔が覗いていた。
 そして池の中央の波紋からは――。
「前言撤回。狂いし水……だな」
 ジョージは淡々とそう言うと、トランプのカードを1枚捲った。現れたのはジョーカー。
 慶悟は池の中央を瞬きもせず見つめたまま、ぎりっと奥歯を噛み締めていた。
 池の中央に、食いちぎられたと思しき右手と左足がぷかぷかと浮かんでいたのである……。

●泣きじゃくる雫【3A】
 シュライン・エマと草壁さくらが急いで草間興信所に戻ってきた時、すでに事務所には他の者たちの姿があった。
 所長である草間武彦はもちろんのこと、渋い顔をした真名神慶悟、壁にもたれ腕組みをしている渋沢ジョージ、濡れたタオルで顔を冷やしている天薙撫子、困ったような表情を浮かべる海原みなも、草間の肩の上にちょこんと乗っているこんこん。それと――泣きじゃくっている雫。総勢8人と1匹だ。
「沙耶ちゃんがっ……沙耶ちゃんがぁ……」
 雫は七森沙耶の名前を呼びながら、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
「何だか……大変なことになったみたいね」
 重苦しい空気の中、シュラインが口を開いた。
「大事だ。沙耶がすいきょうさまとやらに捕まったんだからな。しかも、それだけじゃあない」
 草間が煙草を取り出し……火をつけずに、口にくわえた。
「どういうことですか?」
 さくらが草間に尋ねた。すると、何故か慶悟が後を受けて話し出した。
「……悪い知らせがある。行方不明者らしき少女の手と足が、見付かった」
「最悪の展開だね。おかげで警察に事情聴取されるわ、疑われるわ……それで戻ってきたら、この事件っしょ」
 ややおどけたように言うジョージ。けれども、サングラスの奥の瞳は笑っていなかった。
「順序立てて話そう。実はだ」
 草間がここまでの経緯を話し出した。まず、みなもとこんこんがずぶ濡れの鞄を持って事務所にやってきたことが最初だった。
 続いて、遺体の一部を発見し事情聴取を受けていた慶悟とジョージがやってきた所で、泣きじゃくる雫からの電話。それが、沙耶が『すいきょうさま』に捕まったという内容だった訳だ。
「不覚でした……本当に、申し訳なく思います」
 悔しさを顔に滲ませる撫子。撫子は、雫とともに現場に居た1人であった。
「自分を責めるな。済んだことは仕方ない、これからどうするかだ」
「きゅうぅぅぅっ!」
 草間が撫子を気遣うと、それに同意するようにこんこんが前脚を上げて鳴いた。
「ほら、こいつだってそう言ってる」
「……絶対に助け出さないといけませんよね……!」
 皆の顔をまっすぐに見つめてみなもが言った。そう、助け出さなければならない。沙耶も、他の者たちも全員。
 そのために、全員が最善を尽くす必要があった――救出のチャンスは、まだ消え失せてはいないのだから。

【『すいきょうさま』の怪【調査編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0102 / こんこん・ー(こんこん・ー)
               / 男 / 1 / 九尾の狐(幼体) 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1273 / 渋沢・ジョージ(しぶさわ・じょーじ)
                / 男 / 26 / ギャンブラー 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全16場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お届けするのが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。以後、今以上に気を付けたく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
・さて、本文ですがこのような流れとなりました。皆さん『すいきょうさま』の意味を色々と考察されていて、プレイングを読んでいてとても楽しかったです。何しろそのものズバリの方、居ましたからねえ……驚きです。
・途中で他の方と合流されているかと思いますが、この組み合わせはアトランダムに行わせていただきました。何気に面白い組み合わせになったかな、と思いました。
・他にも色々と書きたいことはありますが、それはまた次回にて。
・本文にあれこれとヒントはちりばめてありますので、ぜひとも次回のプレイングの参考にしていただければと思います。その上でどのように行動されるのか、高原は非常に楽しみにしております。
・次回『完結編』は、草間興信所の方より出ますのでくれぐれもご注意ください。
・渋沢ジョージさん、初めましてですね。考察は鋭い部分を突いてきましたね、お見事です。そうです、未来を見たという書き込みは現時点で1つもありませんでした。まあ……どうも『すいきょうさま』は美人には程遠いようですが。あと、OMCイラスト参考にさせていただきました。
・宣伝になりますが、コミネット・eパブリッシングにおいて『温泉へようこそ☆ ―ソーラーメイド さなえさん―』という高原の新作の購入受付が開始されております。もし興味があるという方は、チェックしていただければ幸いです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。