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夜間警備員
◆陰謀の影
「ねぇ、三下さん。アルバイトしません？」
「は、はいぃ？」
編集部のドアをくぐるなり、篠原に手を握られてにっこりと微笑まれて、三下は思わず声がひっくり返ってしまった。
篠原 恵美は広告代理店の社員で、よく編集部に出入りしているのだが･･･彼女の持ってくる話にはロクなことがない。
「アルバイトって言われても、会社員は社外労働しちゃいけないような･･･」
三下は咄嗟に身の危険を感じやんわりと断ろうとするが、篠原の大きく開かれたスーツの胸元に目がひきつけられ視線が反らせない。
「えぇ〜、そんなこと言わないで下さぁいよぅ。すっごく困ってるんですよぉ。」
そう言って篠原は握ったままの三下の手をきゅっと胸元に引き寄せる。
「私のお友達の勤務先に幽霊がでるんですって。それで夜の間警備をしてくれる人が欲しいなぁって･･･」
「ゆ、幽霊ビルの夜勤！？」
篠原の色気に騙されかけた三下も、その一言で一気に目が覚める。
「そ、そ、そ、そんなのダメですよ！絶対駄目！」
そう言って、その手を振り払おうとするが･･･その手を別の人物につかまれてしまった。
三下が手を掴んだ人物を振り返ると、そこにはにっこり笑顔の碇が立っていた。
「･･･編集長？」
「三下。私が許可する。行って来い。」
幽霊ビルの･･･なんて話題をオカルト雑誌編集長が聞きつけて黙っているわけがなかった。
三下は碇の反論は許さぬ完璧な笑顔に負けてしまった。
「とりあえず、詳しい話を聞かせてください。」
三下は篠原を会議室に通すと、アルバイトと言う名目の取材の話を聞くことにした。
「場所は、私の友達が勤務してる会社の自社ビルなんですよぉ。最初はよくある物音とか白い影だけだったんだけど、最近は社内中のＰＣがいっせいに壊れちゃったりとか、エレベーターの事故が起こって死者が出たりとかして大変なんですぅ。」
「････人が死んでるの？」
「ええ、エレベーターの中で感電死した人がいるんです。だから、深夜に社内に残る人がいないように、警備をしてくれる人を探してるんです。」
篠原は気軽なアルバイト程度のノリで言ってくる。
「警備会社とかに頼んだら？」
三下は編集長命令とは言え、気が乗らない。
しかし、篠原はそんなことはお構いなしで、にっこり微笑むと言った。
「えー、そんなこと依頼して死なれたら困っちゃうじゃないですかぁ。」
三下は半べそで立ち上がると、とりあえず一人では嫌なので道連れを探し始めたのだった。
◆三下と愉快な仲間たち
「道連れの命の保障はなしかよっ！」
編集部内の会議室に集められた一同は、そう怒鳴って三下の頭をぺしっと叩いた守崎 北斗の言葉に同意でうなずいた。
電話やらメールやら土下座やらでかき集めたのは総勢８人。
とりあえず、現場のビルに行く前に詳細を打ち合わせようと編集部に集まったのだった。
しかし、いかんせん三下の持ち込んだ話なので、聞けば聞くほど胡散臭い。それがあっての北斗の台詞だった。
三下を庇うように三下に抱きついている湖影 龍之介と北斗が火花を散らしあっているのを仲裁するように、今野 篤旗が割って入った。
「まぁ、そないに三下さん責めても話は解決しまへん。ここはきちんとプランを立てなあきまへん。」
「そ、そりゃそうだけど･･･」
北斗ももっともな今野の言葉に一歩ゆずる。
「今野くん･･･」
救いの神とばかりに潤んだ瞳で三下が今野を見つめる。
しかし、今野はにっこりと微笑んで釘をさした。
「でも、ちゃんと三下さんにも警備に参加してもらいますよ？」
「あう･･･」
言い出しっぺを逃すわけはなく、一同は三下を取囲んで詳細な打ち合わせに入るのだった。
結局、ビルが地上十階建てという比較的大きなビルであることを考慮して、８人プラス三下は二班に分かれて警備に当たる事とになった。
異変の多く起こっている５階から上の上層階班と死者の出た１階を含む下層階班の２班だ。
「では、私たちは上の階を巡回してきます。」
下層班となったメンバーは、そう言って階段を上がってゆく宮小路 皇騎、今野、霧島、護堂の４人を見送る。
「ちょっと待てよ！おい！俺はこっちの班なのか！」
涼しい顔の上層階班とは対照的に、不満めいっぱいの顔色で北斗は言った。
「どー考えても俺はそっちの班だろう！」
「文句は後々。はよ見回りにいかな夜が明けてまうよ。」
最後尾につけていた今野が、そう言って軽やかに手を振ると階段の上へと姿を消す。
「つーか、どう考えてもこっちはお笑い班だろうっ！おい！こら！待て！」
北斗は必死に呼び止めるが、叫びは虚しく暗闇へと吸い込まれてしまった。
「お笑い班とは失礼じゃのう。若いの。」
お笑い班ならぬ、下層階班の最年長、天宮 一兵衛が咳払いをしながら言った。
「いや、じーさんは知らねぇかもしれねぇけど、こいつらは立派にお笑い班だぞ！」
北斗は湖影・水野 想司・三下の三名を指して言う。
「お笑い班とはなんだよ！俺は三下さんの為に来てるんだからな！」
「失礼だな☆こう見えても僕はかなりシリアスバージョンもいけてるんだよ？」
「･･･お笑いで済めばいいですねぇ･･･」
三人はそれぞれ反論？するが、北斗はそれを耳をふさいで拒否した。
「あー、もうとにかく、遊ぶなよなっ！命かかってんだぞ！わかったか？」
北斗はそう言うと、遠足の引率の先生のように４人を並ばせると歩き始めた。
･･･なんだかんだ言っても、面倒見のよい北斗なのであった。
◆暗闇に潜む影
「三下さんは俺が必ず守るっス。大船に乗った気持ちでどーんと構えててくださいねっ！」
三下の手を握り締め、ニコニコ笑顔で湖影は言った。
今回は、心霊対策の為の武器まで姉に作らせて持参するほどの念の入れようだ。
これもひとえに三下への熱い想いゆえの頑張りか。
しかし、熱く語る湖影に比べて、三下の方はすっかり腰が引けてしまっている。
「む、無茶はしないほうが良いよ。何もないのが一番だよ。湖影クン。」
「もう、三下さんったら震える子猫のような繊細さんっすね♪そう言うところも素敵っす！」
そう言うと湖影は更に強く三下の手を握った。
「む。青春じゃの。二人の心は熱く燃え上がっているんじゃな。」
湖影と三下の様子を見て、一兵衛翁はちょっと外れた感想を述べた。
「何言ってんだよ、じーさん。あんなの青春じゃ･･･」
ないだろ。と北斗が呆れて言い返そうとした瞬間。
湖影と三下の雄叫びが辺りに木霊した！
北斗たちが振り返ると、三下の胸の辺りが燃えて煙が上がってる。
「うわぁぁっ！」
「三下さんっ！燃えてるっ！」
突然、発火しだした三下を、湖影は自分の上着でバタバタと叩いて消火する。
北斗も駆けつけ消火したおかげで、三下は上着を焦がしただけで済んだ。
「何やってるんだよ、いい年こいて火遊びしてんじゃねぇぞ？サンシタのおっさん！」
「い、いきなり火がついたんだよう･･･」
三下は半べそで訴える。
「はぁ？いきなり火がついた？」
三下はそう言うが、何かの気配は感じなかった。
「想司、お前か？」
「僕ならもっと派手にプロデュースするねっ☆」
北斗の問いに想司はケロリと答える。
「これは早くも怪異が始まったということじゃな。ほら、若いの！事件は現場で起こっておるんじゃ！さっさと警備を続けるぞ！」
考え込む北斗たちに一兵衛翁はそう言うと、持っていた杖でトントンと床を叩き急き立てた。
「そ、そうだな。」
とりあえず、一兵衛翁の勢いにおされて、妙に納得できないモノを感じながらも一同は事故があったという従業員用のエレベーターへと向かった。
事故が起こったエレベーターはエントランスにある客用とは別に作られた荷物運搬用のエレベーターで、実際には今は使われていないものだという。
そのエレベーターへと続く通路も物置状態で、ダンボールが積まれ、エレベータのドアすら見えない。
「ここで事件は起こったんじゃな。」
一兵衛翁は杖で目の前に積まれたダンボールを叩くと、後ろに立っている４人に言った。
「何をぼさっとしておるんじゃ？若いもんが動かんでどうする？ほれ、さっさっと荷物をどかさんか！」
「あ、ああ･･･」
一兵衛翁の言葉に、どことなく年寄りに弱い北斗と湖影が荷物を運び始める。
「三下さんはそこで休んでてください！こう言うのは男の俺の仕事っす！」
大きなダンボールを軽々とかついで、湖影が三下に笑顔を送る。
「ありがとう･･･僕も男なんだけど･･･」
三下は引きつった笑みで湖影に笑顔を返す。
「ねぇ、三下さん？こんなことチマチマやってるより、もっとパァッと一発解決を決めちゃおうよ♪」
その様子を黙ってみていた想司が、三下にこっそりと耳打ちした。
「一発･･･解決？」
「そうっ☆こんな所でチマチマ警備してるなんて時間の無駄だよ。暗いし怖いしめんどくさい。そんなお悩みを一発解決。僕のギルドの秘術にお任せさっ☆」
想司は明るく微笑んでそう言うが、過去に何度もギルドの秘術に素敵な経験を強いられている三下は素直にうなずく事ができない。
「いや、でも、ほら、みんな頑張ってるから･･･」
三下はやんわりと断ろうとするが、想司の耳にはそうは届かなかった。
「そうだねっ☆頑張ってるみんなにご褒美が必要だよねっ！」
想司は持っていたバックから何やら取り出すと、すっくと立ち上がった。
「電子の妖精アリアリの素敵な魅力が満載のこのノートＰＣに不可能はないのさっ♪」
そう言ってから、北斗と湖影が荷物をどかした隙間に入り込み、想司はノートＰＣとエレベータのコントロールパネルの所をコードで接続し始めた。
その手つきの鮮やかさに、一同は感心して作業を見守った。
そして、一通りの作業が終わると、エレベーターと繋がったＰＣに携帯を接続する。
想司はインターネットで何かダウンロードし始めたようだ。
「なんか、脱お笑い班の雰囲気がしてきたな。」
北斗が感心してそう呟いた時、ダウンロード終了の音が軽やかに響き渡った。
「これでパーフェクトっ♪さ、三下さん、湖影クン、ここからはキミたちのスペシャルステージだよっ☆」
想司は立ち上がりエレベータの中に入ると、三下と湖影に手招きする。
「え？なに？」
想司のいつにない真面目な作業ぶりに、三下も湖影もつい釣られてしまった。
他のメンバーもその様子を固唾を飲んで見守っている。
「ちょっとここに立って♪」
二人をエレベーターの中に立たせると、想司はスイッチを押して飛び出した。
「じゃ、行ってらっしゃーいっ☆」
「え？な、わあぁっ！！」
エレベーターは無情にもその扉を閉め、上へとあがって行った。
呆気にとられる、北斗と一兵衛翁。
「･･･どういうことなんじゃ？」
一兵衛翁は想司にたずねる。
「スペシャル呪い判定法だよっ♪このエレベーターが本当に呪われてるなら、あの二人は降りて来れないでしょ。無事降りてきたらこのエレベーターは何ともないってことさっ☆」想司は自信満々で答える。
「なんとまぁ強引な･･･」
流石の一兵衛翁も呆れの色が隠せない。
「しかし、お主が何やら機械をいじっておったのは何をしておったんじゃ？」
「あ、これ？これはここからノートＰＣの電源を借りたんだよっ☆今日納品のＯＭＣシチュエーションヴォイスさっ♪」
そう言って、想司はノートＰＣのキーボードをぺしっと叩く。
『まったく、もう、いい加減にしてよねっ！』
すると、少し気の強い感じの女の子の声が流れ始めた。
「ね、アリアリのスペシャルボイスも君を応援さっ☆」
想司は満足顔で言った。
「おおっ！若い娘のこえだのう。」
何故か一兵衛翁も感心する。
「･･･やっぱりお笑い班じゃねぇかよ。」
そして、その横で思わず頭を抱えて座り込んでしまう北斗なのであった。
◆密室の危機
「うわぁぁぁああっ！どうなっちゃうんだろうっ！湖影くぅんっ！」
ただエレベーターに乗っているだけなのだが、三下はパニック状態で湖影にしがみつく。
旧式なエレベーターはゆっくりとしたスピードで上昇している。
「だ、だ、大丈夫ッス！三下さん！俺がついてますよっ！」
湖影は震えながらしがみついている三下をちゃっかりと抱きしめた。
湖影の声が震えているのは･･･恐怖ではないことだけは確かなようだ。
さっきの発火騒ぎで上着を着ていない三下の感触を手の平にしっかり感じる。
「三下さん。意外と着やせタイプっすね･･･」
常に全速力で逃げ回りつづけている三下は、思いのほかしっかりした体つきをしているようだ。
もう少しその手触りを楽しもうかと手を下へずらそうとした時･･･ガクンと揺れてエレベーターが止まった。
「うわっ！うわっ！湖影クンっ！止まったよ！」
パニック極まれりといった様子で、三下が更にぎゅうっと湖影にしがみついた。
「み、三下サン･･･」
声を上ずらせながら、ほわ〜んと幸せなものが満ちてくる湖影だったが、目の前で開いたドアを見て一気にしぼんだ！
「う、わあぁっ！」
扉の向うに続く通路の置くから、ものすごい形相の生首が二人目掛けて飛んできたのだ！
「うわーーーっ！湖影クン！！！」
「扉閉めないとっ！」
湖影は急いでドアの閉じるボタンを連打する。
自分たちが乗せられた時と違って、妙にゆっくりと扉が閉まる。
「間に合えっ！」
湖影は必死にボタンを連打するが、ドアが閉じるその隙間から生首は飛び込んできた。
「うわっ！最悪！」
エレベーターの狭い個室の中に、湖影と三下と生首は閉じ込められてしまった。
「こここここここかげくんっ！」
三下はコアラのように湖影にしがみつく。
それはなんとも言えずに素敵なシチュエーションだったが、まったく湖影は身動きが取れない。
生首は恨めしそうな目で湖影と三下を眺めながら、グルグルと天井付近を旋回している。
欲望と安全の板ばさみ状態！
「三下さんっ！スイマセン！！」
しかし、湖影は心を鬼にして三下を体からぐっと引き剥がすと、呼吸を整えて拳に意識を集中した。
湖影の右手には姉の華那に念を入れてもらった銀色の指輪が輝いている。
この指輪さえあれば、湖影の拳は相手が霊体であってもまるで生身を打つように打撃を与えられるのだ。
そして、湖影は大きく息を吸い込むと、恨めしげなその生首の顔面に容赦のない一撃を打ち込んだ！
◆開けてビックリ？
エレベーターに乗って上がっていた湖影と三下を見送った３人は、ゆっくりとランプが降りてくるのを見つめていた。
「大丈夫なんだろうなぁ？」
「死んじゃってたら呪いだねっ♪」
けろっと言ってのける想司の頭を、北斗がぽかっと叩く。
「うむ。しかしわからんぞ。人生、謎に満ちておるもんじゃ。火のないところに煙はたたぬと言ってだな、ほれ、お主の後も燃えておるかも知れんぞ？」
一兵衛翁はからかうように北斗の後を杖で指す。
「何言ってんだよ、ジイさん。ここには火がつくようなもんは･･･うおっ！？」
北斗が振り返ると、何故か北斗の上着の裾から煙が上がっている。
「うわっ！うわっ！うわっ！」
北斗は慌てて上着を脱ぎ、バタバタと床に叩きつけて消火した。
「服汚して帰ると兄貴がうるせーんだよっ！つか、何で俺の服が燃えてるんだ？」
周りに火の気は一切なかった。ダンボールも移動してしまって周りには何もない。
それなのに、何故北斗の上着が燃え始めたのか？
一兵衛翁の言葉通りに･･･
そこまで考えて北斗ははっと気がついた。
「ジイさんっ！あんた言霊使いだなっ！」
言の葉を極めし者、その言葉に力宿れり。
その言葉を具象化することができる能力というものが在ると聞いたことがある。
しかし、一兵衛翁はすっとぼけた。
「はて、いったい何のことやら？」
「すっとぼけるなよジイさん。さっき三下のおっさんが、いきなり燃え出したときもなんか言ってたよなぁ？」
「そうじゃったかの･･･うっ！」
一兵衛翁は急に腰を抑えてしゃがみ込む。
「きゅ、急に腰が･･･」
そのあまりにも芝居がかった仕草に、一発ぽかっといってやろうかと北斗が構えた時･･･
「あ、エレベーターが戻ってきたよ！」
想司が三下たちの乗ったエレベーターの到着を告げた。
「お、無事なのか三下のおっさ･･･うおわぁっ！！！」
なんと、開いた扉の隙間から、ものすごい勢いで生首が飛び出してきたのだ！
思わずボールのパスを受けるようにその生首をつかんでしまった北斗だったが、ゾワリとした感触に慌ててそれを放り出す。
「うわ〜っ☆やっぱり呪いだったね！でもそれって三下さんの？湖影クンの？」
床に落ちて震えている生首を見て、想司がけろっと言ってのけた。
「俺たちは無事だっ！」
すっかり生首に気を取られていたが、エレベーターの方を見ると三下をお姫様抱っこ状態で抱きかかえた湖影が立っている。
二人とも首は無事だ。
「この生首は何だよっ！！」
「知らないよっ！上の階についた途端にエレベーターに飛び込んできたんだっ！」
そう怒鳴る湖影の腕の中で、気を失っているのか三下はぐったりとして動かない。
「なんとまぁ、奇怪じゃのう？」
一兵衛翁が横から足先で生首を小突くと、生首はフルフルと震える。
「おい、ジイさん余計なことするなよっ！」
北斗はそう言って一兵衛翁には釘をさす。
「それから、とにかくこいつを片付けちまわないとな。」
床にうずくまる生首を見て北斗は言った。
◆罪なきモノ
「Ｓｔｏｐ！そこまでや！」
北斗が生首を拾い上げようと屈みこんだ時、通路の向うから今野の声が聞こえた。
声の方を振り返ると、上層階班のはずの今野がこちらへと歩いてきていた。
それに、今野も何かを抱き抱えている。
それは毛むくじゃらの何かの生き物のようだった。
「何だよ、それ？」
北斗が問うと、今野はその生き物の首をつかんで見せた。
「その生首の正体や。」
「正体？」
北斗は生首をつかみあげる。
するとずっと震えていた生首はつるんと姿が変わり一匹の狐に姿を変えた。
「狐！？」
「そうや、上で狐を呼び集めてこのビルで騒ぎ起こしとった男を捕まえた。みんな騒ぎはこいつらのせいや。」
そう言うと、今野も腕に抱えていた狐を見せる。
狐と入っても普通の狐とは違い、大きなネズミくらいの大きさで、俗に言うクダギツネという奴のようだ。
「騒ぎと言っても人が死んでおるのじゃぞ？」
話を聞いていた一兵衛翁が腑に落ちぬと言った顔で言う。
「人騒がせにも程があるというもんじゃ。」
「ジイさんがそれを言うかよ･･･」
北斗は呆れ顔で言ったが、決して手に握った狐の尾は離さない。
「人が死んだんは偶然やったようや。使われていないエレベーターのメンテ不足っつうこうとやな。」
男は会社に恨みを抱いて騒ぎは起こしたが、人を殺すほどの恨みではなかったらしい。
ところが騒ぎに表のエレベーターを使うのを恐れた社員の一人が、メンテナンスされていなかったエレベーターを使い、偶然事故は起こってしまった。
今野は少し悲しげな顔で狐の頭を撫でる。
狐は道具で使われただけ。騒ぎを起こした犯人は人間だ。
「とりあえず、一件落着。めでたしめでたしじゃな。」
一兵衛翁が笑顔でその場を括った。
「なんか、騙されてる気がしなくもねぇが･･･」
北斗は釈然としない物を感じていたが、あたりを見回しても不満を述べている者はいない。
湖影はぐったりとした三下を抱えて幸せそうだったし、想司は納品されたボイスを楽しんでいる。それに、この飄々とした老人を責めても仕方がない。
こうして、北斗は釈然としないままではあったが、溜息一つで水に流すことにしたのだった。
◆記事
「何よ、これ。」
碇は目の前に出された紙の束を眺めてから、キロリと三下を睨んだ。
今回の騒動を記事にして認めた原稿用紙と･･･領収書の束だ。
「あの〜･･･それはですねぇ、今回かかった経費なんですけど･･･」
三下は俯き加減に碇から目を反らしたままこそっと言った。
「飲食代、お品代･･･はぁ？電気工事費に内装修復費？？」
碇は領収書を眺めて目を丸くする。
今回の騒ぎで壊したい燃えたりしたものの弁償代金だ。
「まぁ、しょうがないわね。必要だったんでしょ。経費で良いわ。」
天変地異かこの世の終りか？
いつもなら怒声が轟くこの事態に、なんと碇は笑顔で答えたのだ。
編集部員たちが驚きで凍りつく。
「え？いいんですか？」
てっきり怒鳴られて終りだと思っていた三下は、ぱあっと表情を明るくして言った。
それに碇もにっこりと笑顔で答える。
「もちろんよ。これだけの経費がかかるだけの記事が書けていたらね。まさか狐に騙されましたとかで終りじゃないでしょうね？」
「あう･･･」
碇の言葉に三下は顔色を失い、机の上に置いた原稿と領収書の束をそっと自分の手元に戻した。
「出直してきます。」
涙顔で自分の席に戻ってゆく三下を碇は笑顔で見送り、編集部はまたいつもの顔を取り戻したのだった。
The end ?
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
上層階班
0527 ／ 今野・篤旗 ／ 男 ／ １８ ／ 大学生
0461 ／ 宮小路・皇騎 ／ 男 ／ ２０ ／ 大学生
1231 ／ 霧島・樹 ／ 女 ／ ２４ ／ 殺し屋
1096 ／ 御堂・霜月 ／ 男 ／ ９９９ ／ 真言宗僧侶
下層階班
0424 ／ 水野・想司 ／ 男 ／ １４ ／ 吸血鬼ハンター
0568 ／ 守崎・北斗 ／ 男 ／ １７ ／ 高校生
0218 ／ 湖影・龍之介 ／ 男 ／ １７ ／ 高校生
1276 ／ 天宮・一兵衛 ／ 男 ／ ７２ ／ 楽隠居
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■ ライター通信 ■
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今日は。今回は私の依頼をお引き受けくださりありがとうございました。
お話はこんな展開となりましたが如何でしたでしょうか？
一応、お話は完結しておりますが、上層階へ向かった面々の話もあわせてご覧いただくと、話の全貌が見えてくるかと思います。よろしくお願いしますね。
なんと言うか心の中では湖影クンをものすごく応援してるんだけど、いつも肝心のところで邪魔もしたくなってしまう意地悪な心境で書かせていただきました。いつか、幸せな二人を見る日も来るかと思いますが、その日まで頑張ってください。期待しております。
では、またどこかでお会いいたしましょう。
お疲れ様でした。
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