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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時の館


------<オープニング>--------------------------------------

「失せものを探してくれという依頼を聞いてきたんですが。」
 草間武彦は部屋の雰囲気に気圧されながら、老体の執事を見つめた。燕尾服に身を包んだ彼は、西洋の服装とは裏腹に細い目や髭などは中国の仙人を思わせる。
「何を探せばいいんでしょう?」
 分かりたくもなかったが、その依頼内容が分かるような気がして、草間は心の中で天を仰いだ。
「探してもらいたいのは時計です。」
「……やっぱり。」
 がっくりと草間は肩を落とす。部屋は一面いたるところに、所狭しと時計が並べてあった。針はてんでバラバラな時間を指しており、何に使っているのか、収集が趣味なのか、判別が付きかねた。
「どんな時計なんですか?」
「お嬢様の時間を指している時計です。あと5時間ほどでベルが鳴りそうな位置に針のある、うさぎ型の時計なのですが、私がうっかりこの屋敷のどこかに落としてしまったらしく……。本当に申し訳ありません。」
「そのうさぎ型を詳しく説明して頂けますか?」
「うさぎとしか言いようがありませんで。いくつか候補を持ってきて頂ければ、最終的に私が判断しますが。」
「……分かりました。善処します。」



 草間興信所のデスクで音がして、草間零は不思議そうに首を傾げた。兄である草間武彦はついさっき仕事に出かけて行ってしまった。誰かいるのだろうかと思って部屋を覗くと、草間がいる。
「もう帰ってきたんですか?」
「違う。吹き飛ばされてきた。」
「…………?」
 きょとんとした零に草間は簡単に依頼の説明をした。
「その時計がとんでもない代物だったよ。あれは、俺たち個人の時間を指している時計だったんだ。あのお嬢、起こされたことに怒って俺の時間を戻しやがった。今何時だ? んー、6時間弱前か。」
「ええと、つまり……兄さんは未来から過去へ飛んできたってことですか?」
「そういうことになるな。全く信じられんが。」
 草間はやれやれと肩を竦めた。怪奇探偵という異名を取ってはいるが、草間自身は自分にそんな縁はないと信じていた。
「とりあえず、助っ人を送るか。きっちり5時間後、必ず俺が時計をお嬢さんの元へ届けないとな。その瞬間、俺が時間を戻したらいいはずだ。くれぐれも現在俺が2人いるという状態をもう一人の俺に気付かせないように。」



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 信じられない話に、零はシュライン・エマと海原・みなもと顔を見合わせた。草間もそう簡単に信用してもらえるとは思ってなかったので、頭をがしがしとかいて困惑している。
「私は別に疑いはしてないんだけど、ちょっとびっくりして。」
 シュラインがみなもを振り返ると、彼女は目を輝かせて草間を見ていた。
「草間さんが二人もいらっしゃるなんてすごいことですよね。」
「おいおい、俺のことはバラすなよ?」
「分かってますよ。大丈夫です。」
 どこか心配そうにみなもを見つめながら、草間は説明を始めた。
「あの屋敷は3階建てで1階ごとに部屋は廊下を挟んで3つずつ、計6つずつある。合計すると、18部屋あるわけだな。お嬢さんの部屋が3階の真中にあって、俺が時計を見つけたのはその真下の部屋だ。」
「時計の形とか、指していた時間とかはどうだったの?」
「形もくそも……本当にうさぎだった。」
「え?!」
「アリスの白兎ですね!」
 みなもがにっこりと言う。
 草間が白兎を追っかけまわしている図を想像して、零は思わず笑いそうになった。
「文字盤とか針とかどうなってたの?」
「文字盤は普通だったと思う。針は腹についてたな、そういえば。時間まではちゃんと見てなかったが。何せ探すのに5時間かかったからな。すぐにも鳴りそうな時計っていうのはぴったりだったんだ。」
 シュラインがうーんと悩みこんだ。
「でも、本物のうさぎならやっかいよね。家中動き回ってる可能性もあるもの。」
「探し終わった部屋は鍵を閉めてしまうのはどうでしょう。鍵がついていたら、ですけど。」
「至る所に時計が置いてあって、扉を閉めるとかそういうことができる状況じゃなかったぞ。」
 みなもの提案はあっさりと踏襲されてしまった。
「まあ、とにかく、行ってみましょう。現場に行ってみないことにはどうしようもないわ。武彦さんはどうするの?」
「俺も行く。歩き回ったりして俺に見つかると大変だから、お嬢さんの部屋に隠れて様子を見ておくよ。」
「じゃあ、一応すぐに現在の武彦さんと違うってわかるように袖を捲るなりしててくれない?」
「分かった。」



「零さんに頼まれました。」
 そう言って突然助っ人が3人もやってきたので、草間は驚いて目を丸くした。
「どうした? そんなに大変な依頼じゃなかったと思うんだが。」
「あら、もちろん楽な仕事で給料ぶんだくろうって腹に決まってるじゃない。」
 シュラインがにっこりと笑う。日頃の恨みが溜まっているのだろう、と草間は明後日の方向へ視線を彷徨わせた。
「人手は多いほうが効率がいいですよ。はい、これをどうぞ。」
 みなもに何故か見取り図と手鏡を渡された。見取り図は分かるが、手鏡は一体何に使うものなのだろうか。首を傾げてみなもを見たが、それに対しての説明はない。
「……彼は?」
 もう一人は帽子にサングラスをして、なにやら草間と目を合わせないようにこそこそしている。
「あたしの連れなんです。すみません、人見知りで。シュラインさん、あたしたちは3階を探してきますね。」
「分かったわ、みなもちゃん。私は2階を探すから、武彦さんは1階をよろしくね。」
「あ、ああ。」
 てきぱきと場を仕切られ、草間は目を白黒させていた。
「ちなみに、それらしきものは見つかったの?」
「いや、うさぎに当てはまりそうなものはいろいろ見かけはしたんだが……時間がな。5時間前を指しているのが見当たらないんだ。一体なんなんだろうな、このバラバラな時間を指している時計たちは。」
「さあ。お嬢さんの趣味なんじゃない?」
 シュラインはしらっとそんなことを言って、草間を置いて2階へと足を運んだ。



 みなもはただの好奇心から、未来の草間とともにお嬢さんの部屋へとやってきた。部屋の中央に置かれた天蓋つきのベッドで、長い黒髪の少女がすやすやと眠っている。
「すごいですね。アリスというよりは眠りの森みたいですね。」
「眠ってればな。」
 過去へと弾き飛ばされた恨みのある草間はむっとしながら、帽子とサングラスを外した。シュラインに言われたとおり、少し袖を捲くっておく。
「それにしても冷や汗もんだった。お前ら、よくあんな大胆な作戦立てれるな。過去の自分の前に立つなんて。信じられん。」
「草間さん、小心者ですね。ああいうのは、堂々としているほうがバレないんです。」
「女って強いな。マジで。」
 深く溜息をつき、草間は周囲を見回した。隠れることが出来る場所を探している。
「クローゼットの中とかどうですか? あたしが外から扉を閉めてあげますよ。」
「そっか。それがいいかな。」
 だが、みなもの提案は半ば通らなかった。
「……よく考えてあるな。」
「……よく考えてありますね。」
 部屋からも溢れている時計を考慮してか、クローゼットは横開きの扉になっていた。わざわざみなもが閉めなくても、草間が一人で閉めることが出来る。
「それじゃあ、あたしは一応この部屋を調べてから、3階のほかの部屋を回りますね。草間さん、狭いかもしれませんけど、我慢して5時間待っててくださいね。」
「……5時間か……長いな。」
 いまさらながらその時間の長さに思い至って、草間はげんなりと肩を落とした。



 未来の草間が時計を見つけたと言っていた部屋を隈なく探したシュラインは、その中から目当ての時計を見つけ出すことは出来なかった。
「過去が変わってしまったせいかしら。それとも、やっぱり移動して来るのかしらね。」
 ようやく諦めて、他の部屋へと移る。廊下にまで溢れ返っている時計群になんだか気分が悪くなってきた。
「そういえば、この中に私の時計やみなもちゃんの時計もあるのよね。」
 一体草間の時計はどんな形をしていたのだろうか、とシュラインは興味を抱いた。
「からかうネタになるかしら。」
 結局、ざっと2階の部屋を全部探してみたが、うさぎは見つからなかった。下手に1階にいて、間違って草間が見つけたりしないように、シュラインは階下へと降りていった。
「武彦さん、見つかった?」
 廊下に這いつくばっている草間を見つけて声をかけると、疲れきった顔と出会う。時計を見ると、すでに3時間が経過していた。
「駄目だな。全然見つからない。」
「手に持っているのは?」
「一応時間が近そうなうさぎの時計なんだが……どうだろう?」
 それはうさぎの頭の形をしている時計だった。確かに、針は目覚ましの鳴る2、3時間前を指している。
「あとで執事に見せればいいかと思って持ってるんだ。」
「でも妙じゃない? これならうさぎの顔の形です、とか言うじゃない。うさぎとしか言いようがないって言ってたんでしょ? ちょっと違うんじゃないかな。」
「そうか。それもそうだな。じゃあ、これは違うのか。……まあ、一応持っておこう。」
 初めから違うとは思っていたらしい、草間はそれでも時計を手放す気はなく、再び廊下の時計を真剣に眺め始める。ふと気付いたようにシュラインを振り返った。
「2階はもう済んだのか?」
「ええ。手伝ってあげようと思って。どこまで探し終わったの?」
「あと2部屋なんだ。そっちを探してくれ。俺はこっちを探すから。」
「分かったわ。」
 草間が探すほうにうさぎがいませんように、とシュラインは願った。



 みなもは3階でうさぎを見つけていた。ぴょんぴょん飛び跳ねているのをやっとのことで捕まえる。
「わー、本当にお腹に針がついてる。すごいですね。」
 宙を蹴るうさぎの足が可愛らしかった。実際蹴られたら痛そうだが。
「あと2時間くらいですね。シュラインさんはいつ頃2階に草間さんを連れてくる気でしょうか。」
 うさぎを撫でながら考え込んでいたが、すぐにいい案が浮かんだ。
「2階で隠れてればいいんですね。」
 未来の草間に教えてから降りようかどうか少しの間悩んだが、みなもは結局何も言わずに2階へと降りていった。やきもきさせてやるのもいいだろう。
 例の部屋の向かいにみなもはうさぎと一緒に隠れた。ここなら階段の音もよく聞こえるから、誰かが上がってくると思ったらすぐにうさぎを向かいの部屋に放せばいい。
「よしよし、いい子ね。ちょっと我慢してくださいね。」
 拘束を嫌がって、うさぎがキーキー鳴く。みなもは出来るだけ優しく頭を撫でて落ち着かせようとしていた。
 最低1時間はここに隠れていないといけない。5時間もの長時間クローゼットに缶詰になっている草間はどんな気持ちなのだろうかと、みなもはそんなことを考えていた。



 残り時間が1時間ほどになった頃、シュラインは諦めて草間の元へ赴いた。
「……ないわね。もしかしたら私が見落としていたのかも。一緒に2階、見にきてくれない?」
「そうだな。3階のほうは大丈夫なんだろうか。」
「手が欲しかったらきっと言ってくるわよ、みなもちゃん。」
「そうだな。」
 軽く頷いて、草間はシュラインと共に2階へと上がった。
 うつらうつらとしかけてたみなもは、その音を聞きつけて急いでうさぎを例の部屋へ放り込んで、自分は再び姿を隠す。
「武彦さん、そこの部屋調べてくれる?」
 上がってきたシュラインは迷わず草間をその部屋へ向かわせた。シュラインはその向かいの部屋に入って、みなもと鉢合わせした。
「あら、みなもちゃん、2階に降りてたのね。」
「ええ。3階で見つけたので、持って降りたんですよ。」
「……ということは……。」
「おーい、これ見てくれ!」
 予想通り草間の慌てた声が聞こえてきたので、シュラインとみなもは顔を見合わせて笑いあった。そして、そんな気配など微塵も見せずに草間の下へ駆けつける。
「どれ?」
「これ、完璧うさぎだろ? 時計の針もちょうどいいところにあるし。」
「そうですね。執事さんに聞いてみましょう。」
 1階の奥で雑用をしていた執事を捕まえて聞いてみると、それが無くした時計だと判明した。
「……みなもちゃん、何してるの?」
「ううん。なんでもないです。」
 草間から返してもらった手鏡で執事が時計かどうかを調べていたみなもは、自分の考えが外れたことにがっかりした。



 3階に時計を持っていったとき、ちょうど目覚ましのベルが鳴った。
「もーうっるさーい! 人が気持ちよく寝てるのに起こさないでよねっ!!」
 突然けたたましく鳴った音に、お嬢さんが飛び起きた。眠っていれば大人しかったのに(当たり前)、ものすごい形相で睨みつけてくる。
 その剣幕に押され、思わず草間が後退さった。代わりに執事が前へと歩み寄る。
「お嬢様、起きる時間でございます。」
「うるさい! せっかく時計が逃げ出してくれたのに! あんたなんかこうしてやるーっ!」
 お嬢さんがむんずと掴んだのは間抜けな顔をしたカエルの形の時計だった。
 草間がきょとんとお嬢さんを見つめた。シュラインはこれが草間の時計なのかと思って、思わず失笑しかける。
「えいっ!」
「え?!」
 一瞬眩い光で視界が奪われる。
 シュラインとみなもが視力を取り戻したとき、その場に草間の姿はなかった。
「……消えた。」
「本当だったんですね……。」
「お嬢様! そんなことはしてはいけないとあれほど……。」
 呆然とする2人の背後から、未来の草間がクローゼットから飛び出してきて、お嬢さんから時計を取り上げた。理不尽に歪められたせいか、カエルの時計はひどく苦しそうに時を刻んでいる。
 草間は呆気に取られているお嬢さんと執事の前で針を元に戻した。ぐにゃっと空間が歪んだような錯覚に陥ったあと、カエルの時計が正しく動き出す。
 ようやく自分の怪奇現象が終了したことに、草間はほっと息を吐いた。
「な、何するのよ!」
 我に返って喚き出したお嬢さんの頬を草間は軽く叩いた。
「悪戯が過ぎるぞ。やっていいことと悪いことの区別をつけろ。」
 叩かれた頬を押さえ、ぽかんとお嬢さんは草間を見上げる。
「……あなた名前は?」
「草間武彦だが?」
「武彦お兄さまって呼んでもいい?」
 先ほどまでの態度は一体なんだったのか、お嬢さんはぱぁっと顔を輝かせて、無邪気に草間の腰にしがみついた。
「はあ?!」
「武彦さん、また新しく妹が出来たわね。」
「よかったじゃないですか。可愛らしい妹さんで。」
 やれやれとシュラインに呆れられ、みなもには本当に祝福され、草間の困惑はものの見事に黙殺されたのであった。



 草間の時計がカエルであることをシュラインに散々からかわれたかどうかはまた別のお話。



 *END*


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも) / 女 / 13歳 / 中学生】
(受注順で並んでいます。)

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、龍牙 凌です。
この依頼に参加していただき、本当にありがとうございます。
草間さんの時計があんなもんになってしまいました。何気に似合ってるような気がするんですけどね。どうでしょう?
新しい妹も増えたて、草間さんモテモテです。(笑)
時計探し、如何でしたでしょうか。
楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、また機会があったらお目にかかりたいです。