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<東京怪談・PCゲームノベル>


VS!!

冬の昼下がり。
まだ暖かな湯気を上げる酒まんじゅうの包みを手に、天薙撫子はあやかし荘を尋ねた。
来る者を拒まないアットホームな雰囲気が気に入り、時折土産を持って遊びに来るのだが。
「こんにちは」
今日、撫子を迎えたのは管理人の因幡恵美でも座敷童子の嬉璃でもなく、見た事のない少女だった。
「こんにちは。恵美さんか、嬉璃さんはいらっしゃいますか?」
尋ねた撫子に、少女は何故かフォークを手に持ったままにっこりと笑いかける。
「オネーサン、コンパスって10回言って?」
質問とは見当違いの回答に、撫子は些か面食らったが、子供の遊びを無下に断る事もない。
すぐに「コンパス」と10回繰り返した。
「角度を測る時に使うのは?」
この少女は人に会う度に同じ質問をしているのだろうか、間違った答えを期待した目が何とも言えず愛嬌がある。
撫子は既にこの質問の正しい答えを知っていたが、間違うべきなのか、一瞬迷う。
決められないままに口を開きかけたその時、
「あら、撫子さん」
と背後から声がかかり、撫子は少々安堵して振り返った。
聞き慣れた声の主は、見慣れた猫柄のエプロンを身につけたあやかし荘の管理人、因幡恵美だ。
「いらっしゃい」
突然の訪問にも嫌な顔一つせず、恵美は快く撫子を迎える。
「こんにちは」
撫子はそんな恵美に微笑んで、土産の酒まんじゅうを渡そうとした。
しかし、恵美の手に皿があり、その皿にほかほかと甘い湯気を立てるホッとーケーキが積み重なっていたので少し困ってしまう。
「恵美、ホットケーキー!」
不意に後ろから高い声があがり、恵美が撫子の後ろに向かって返事をする。
「はい、璃々ちゃん。出来たわよ」
そこで撫子は一瞬存在を忘れてしまっていた少女を思いだし、少女の名前が璃々と言う事を知る。
差し出された皿を受け取って、部屋へ駆け込んでいく少女を見送って、撫子は漸く恵美に酒まんじゅうの包みを差し出した。
「これ、お土産です」
「わ、嬉しい。じゃあ、すぐにお茶を入れますね」
恵美はパッと顔を輝かせて受け取ったが、何か何時もと様子が違う。
撫子は不思議に思いつつ、ふと辺りを見回した。
「あら…、嬉璃さんは?」
普段なら恵美と一緒に迎えてくれるはずの嬉璃がいない。
「あ、嬉璃ちゃんならここに…」
恵美は撫子の前でクルリと振り返ってみせる。と、何故か嬉璃が恵美の腰にぶら下がっていた。
「き、嬉璃さん……?」
撫子は驚いて嬉璃を見た。
見慣れた着物を身に纏った嬉璃は、拗ねたように頬を膨らませがっしりと、恵美の腰にしがみつき撫子を見ようともしなかった。
「一体どうなさったんです……?」
見知らぬ少女と言い、恵美にしがみついた嬉璃と言い、何だか困った様子の恵美と言い。
何時もと変わらぬあやかし荘に、何やら異変が起きているらしい。


「はぁ………」
恵美の入れた玉露を一口飲んで、撫子は息を吐いた。
撫子の正面では恵美が酒まんじゅうを囓り、その横で恵美に寄り添った嬉璃がメイプルシロップをたっぷりかけたホットケーキを食べている。
そして。
「そう言う事ですか……」
チラリと目をやった先には、こちらに背を向けてテレビを見ながらホットケーキを食べる少女、璃々の姿。
「座敷童子が一件に二人」
溜息を付く恵美と珍しくやたら静かにホットケーキを口に運ぶ嬉璃を見て、撫子は自分の中の記憶を辿る。
民俗学の講義で、ザシキボッコ、クラワラシ、ウスツキコなどさまざまな名で呼ばれる座敷童子は東北地方の北部に伝えられている童子の姿をした精霊と習った。
しかし、一件の家に複数の座敷童子が存在したかどうかは分からない。
座敷童子は福をもたらすと言うから、二人の座敷童子に好かれた恵美は幸運と言うべきなのかも知れない。
「同じ座敷童子なのに、この二人ったらもう、凄く仲が悪くって」
深々と恵美が溜息を付く、と同時に恵美の両サイドから声があがる。
「同じじゃないもん!璃々の方が可愛いし、その古い座敷童子より役に立つもん!」
「あんなチャラチャラした子供と一緒にされるのは心外ぢゃっ!」
恵美を挟んで飛び交った火花に、撫子は苦笑した。
嬉璃がチャラチャラした子供と言ったように、確かに璃々は座敷童子とは思えない近代的な格好をしている。
嬉璃の着物に下駄と言う出で立ちは、いかにもと言う感じだが、璃々は一見普通の子供と変わらない。
栗色の髪は兎のように頭のてっぺんで二つに結んで赤いボンボンを付け、ピンクと白のボーダーシャツにオーバーオールを着込み、小さな手の爪にはマニキュアまで塗っている。
随分お洒落な座敷童子だ。
「座敷童子にも流行があるのでしょうかねぇ」
「さぁ……」
撫子と恵美は同時に首を傾げる。
しかし今は座敷童子のファッションを語っている場合ではない。
「嬉璃さん、二人の座敷童子が一つの家に居ると言う前例があるのでしょうか?」
座敷童子の事は座敷童子に聞け。
と言う事で、撫子は取り敢えず聞いてみる。しかし嬉璃はそっぽを向いてホットケーキを口に運ぶばかり。
何時もの10倍くらい子供っぽい。
撫子は同じ事を璃々にも聞いてみた。
璃々はテレビに目を向けて、フンと鼻を鳴らす。
「璃々、そんなの知らなーい。ってゆーか璃々にカンケーないもん。」
なんとも可愛気のない返答だ。
「璃々さんはどうしてここに来たの?」
「璃々はここに来たいから、来たんだもん。恵美の事好きだし。絶対出て行かないからね!同じ家に座敷童子が二人いちゃ駄目なら、そっちの古い座敷童子が出て行けば良いでしょ」
「出て行くのはお主ぢゃっ!」
……話しにならない。
撫子と恵美は同時に苦笑し、頭を抱えた。


二人の座敷童子はそれぞれに自己を主張し、恵美から離れようとしない。
その上、ちょっとでも視線がぶつかれば互いにけなし合いを始めるものだから、双方に話しを聞こうにも聞けず、解決の糸口がサッパリつかめない。
撫子は取り敢えず神社である実家に電話をかけて、座敷童子が同じ場所に二人存在すると言った前例があるかを調べて貰う事にした。しかし、例えそんな前例があったとしても、この二人では一緒に暮らすなどと言う事はまず出来ないだろう。
そんな事を思いながら、撫子は互いに火花を散らし合う二人の座敷童子にゲームを提案した。
「今、わたくしの実家に座敷童子の事を問い合わせています。何か分かったら連絡を呉れるそうですから、それまでゲームでもしませんか?」
ゲームと聞いて、璃々の顔が輝いた。
「賛成!何するの?そっちの古い座敷童子とも、少しなら遊んであげても良いよ」
少々小憎たらしい。
ムッと口を尖らせる嬉璃を宥めて、恵美が提案した。
「座敷童子ならではの競い合える事が良いわね」
「そうですね」
撫子も同意する。しかし璃々が不平の声を上げた。
「やだよー!そんなのつまんないじゃん!ってゆーか古い座敷童子と二人だけで遊ぶなんてイヤー!恵美も、オネーサンも一緒に遊ばなくちゃ!」
「負けるのが恐いのぢゃ!」
ここぞとばかりに笑う嬉璃。
璃々はフンと目を細めて自分よりやや小さい嬉璃を見下した。
「そっちこそ。大体、座敷童子ならではの競い合える事って何なのよ!?」
不機嫌のとばっちりを、恵美が受ける。
「そ、そうね…」
「座敷童子と言えば、その家の住人に幸福をもたらすそうですから、これから電話が入るまでにどちらがより多く恵美さんを幸せに出来るか競争しますか?」
「そんなのゲームじゃないもんっ!」
璃々は撫子の提案に大反対!と顔を歪める。
「負け犬の遠吠えぢゃ」
「うるっさいっ!違うもん!璃々は楽しいゲームがしたいの!」
「座敷童子としての立派なゲームぢゃ」
「璃々は皆で遊びたいの!」
埒があかない。
撫子は溜息を付いて二人の座敷童子を制する。
「璃々さん、チキンと10回言って下さい」
「え?」
突拍子のない撫子の言葉に、璃々はキョトンとした。
「10回ゲームです。もし璃々さんが引っかかったら、負けです。嬉璃さんと座敷童子として正々堂々と競い合って下さい」
璃々は何か文句を言おうと口を開きかけたが、撫子の真剣な表情と嬉璃の馬鹿にしたような笑みにしぶしぶ頷く。
「チキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキン」
「台所の事を英語で何て言うの?」
間髪入れず撫子が尋ねる。
相手に考える時間を与えてはいけないのだ。
「チッキン…」
思わず言ってしまってから、璃々は慌てて口を塞ぐ。
すかさず撫子は手で×印を作って見せた。
「さあ、約束通り璃々さんの負けです。嬉璃さんと競い合って下さいね」
ゲームや賭け事は、不正がない限り絶対だ。
璃々はまだ唇を尖らせていたが、大人しく頷いた。
「負けた方は、わたくしの所で引き取ります」
撫子が言い、素敵な提案だと恵美は思った。
行き場がないと言うのなら仕方がないが、二人の座敷童子を我が物にしたいと思うほど欲張りではない。
ついでに言えば、この仲の悪い二人と一緒に暮らすなど、考えただけで頭が痛い。
しかし、撫子がにっこりと優しい笑みを浮かべて言ったにも関わらず、何故か嬉璃と璃々は背筋に冷たいものを感じて後退った。


座敷童子としての腕の見せ所、とばかり嬉璃が意気揚々と管理人室を後にして30分。
もう一人の座敷童子、璃々はと言うと、ぺったりと恵美にくっついて大層機嫌良くテレビを見ている。
動かずして恵美を幸せに出来るのか、動く気配がなければ何かしようと言う様子もない。
ふと、楽しげに漫才番組を見ていた璃々が振り返り、恵美ににこりと笑いかけた。
「恵美、幸せ?」
「え?」
黒目の大きな目で見上げる様子が可愛らしい。
「幸せ?」
嬉璃と憎まれ口を叩き合う時とは打って変わって子供らしい素直そうな様子に、撫子は少し奇妙な感じを覚える。
「ええ、勿論幸せよ」
恵美が答えると、璃々は嬉しそうに恵美の腕に頬を寄せて笑う。
嬉璃にはない、ごく普通の子供らしい仕草だ。
あやかし荘に来る以前、璃々は一体何処にいたのか。
「璃々さんのような可愛らしい子供と一緒に居られたら、それだけで幸せになりますね?」
「そ、そうですね」
撫子の言葉の意図は分からないが、恵美は頷く。
すると、璃々は幸せそうな笑みを浮かべて二人を見た。
「璃々は立派な座敷童子になれるでしょ?だからずっとここに置いてね」
撫子は一人、心の中で手を打つ。
「でも、前に一緒に暮らしていた方たちは、璃々さんを失ってきっと寂しくて仕方がないでしょうね。わたくしだったら、きっと辛くて泣いてしまいますわ」
「…………」
不意に、璃々の表情が曇る。
撫子は更に続けた。
「璃々さんのように可愛い子供なら、絶対に手放したくありませんものね」
撫子と恵美は、璃々の目に涙が浮かぶのを見た。
「だって、気付いてくれないんだもん」
心細気な声で言い、璃々は撫子を見る。
「璃々、ずっと一緒にいるのに、誰も気付いてくれないんだもん。恵美は気付いてくれたし、オネーサンも気付いてくれたのに」
撫子はハンカチを取り出して璃々の目に浮かんだ涙を拭い、皿に残ったホットケーキを指さした。
「それはきっと、璃々さんの居る場所が違うからでしょう。あのホットケーキ、璃々さんが今まで食べたものと味が違っていたでしょう?」
「美味しくなかった」
恵美には申し訳なさそうに、それでもハッキリと璃々は言った。
「勿論、作る方が違えば味も変わりますものね。でも、璃々さんの為に作られたホットケーキが、別の場所にあるのよ」
「どこにあるの?」
尋ねる璃々の目は寂しそうだった。
「ずっと、璃々さんを呼ぶ声が聞こえていませんか?璃々さんがいなくて寂しいと言う声。璃々さんが側にいるだけで幸せだと言う声。その声の方へ行けば良いの」
璃々は目を閉じて、耳を澄ました。
「璃々ちゃ……」
呼びかけた恵美を、撫子はそっと制する。
驚く恵美と、静かに璃々を見守る撫子。
目を閉じたままの璃々は、少し首を傾げてにこりと笑ったかと思うと、スッと消えていなくなった。


「え?」
撫子の言葉が信じられないと言うように、恵美は尋ねた。
「ですから、璃々さんは座敷童子ではなく、幽霊だったのですよ」
「え?」
恵美は自分の耳を疑って、両手で頬を覆った。
「迷子の幽霊と言いますか……、自分が死んでしまった事をハッキリ理解出来ていなかったようですよ。だからこちらで恵美さんに気付いて貰えて、嬉璃さんと言う座敷童子の存在を知って、自分も座敷童子になろうとしたのでしょうね。自分は存在するのに、ご両親に気付いて貰えなくて寂しかったのでしょう」
「ええ?」
座敷童子と思い込んでいたとは言え、一日を幽霊と過ごしたのかと思うと背筋が寒い。
「どこか嬉璃さんとは違うと思っていました。そうしたら『璃々は立派な座敷童子になれるでしょ?』と仰ったので、もしかしたらと」
「でも、それじゃ璃々ちゃんを呼ぶ声って言うのは……?」
困ったような、怖がっているような、何とも言えない表情の恵美に、撫子は微笑む。
「それは勿論、お仏壇の前で璃々ちゃんを呼ぶご両親の声です。」
「はぁ………」
随分気が強く自己主張の激しい幽霊がいたものだ。
問題の種がなくなった事と、無事璃々が自分の居場所に帰れた事を喜ぶべきなのだろうが、取り敢えずの処、恵美は溜息を付くしか出来ない。
「あ、それから。一つの家に二人の座敷童子が存在すると言う例は、あるそうですよ。」
璃々が消えた後になって漸く入った電話の内容を、撫子は語る。
男女二人等、複数の座敷童子が住み着いていたと言う話しがあったそうだ。
「精霊と言われていますが、何代か前の亡くなった子供の霊と言うように素性の知れた座敷童子もいるそうですから、もしかしたら璃々さんも何れ座敷童子になれるかも知れませんね。」
湯飲みを置いて、撫子は漸く戻ってきた嬉璃に微笑みかける。
「でも、ここには嬉璃さん一人で充分ですね」
何も知らない嬉璃はキョトンと撫子を見て、敵の姿を探した。


因みに、撫子があやかし荘を辞する頃になって分かったのだが、嬉璃の「恵美を幸せにする」とは何故か2階の住人である三下忠雄を追い出す事だったらしい。
勝手に上がり込み、荷物を全て庭に放り出しているのを見て、恵美は慌てて片付けに取り掛かった。
一緒に居ることで恵美を幸せにしようとした璃々と、住人を追い出すことで幸せにしようとした嬉璃。
形は違えど、相手を想う気持ちが異なる訳ではない。
「可愛らしいですね」
一人呟いて、撫子は笑った。



end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
  0328 / 天薙撫子 / 女 / 18 / 大学生(巫女)
  

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■         ライター通信          ■
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ご利用有り難う御座いました。