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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


かくれんぼ
<オープニング>

投稿者;奈々
  件名;霊??

 友人の様子が変なんです。
 その子は私の高校の友人で、仲も良かったのですが、彼女は地方の大学に進んだので高校卒業以来、会っていませんでした。彼女に関する噂も、彼女からの連絡もなく、どんな生活を送っているのかも知らないままでした。
 ですが社会人になった今になって、彼女が急にこちらへ帰ってくることになりました。
 私は喜んで迎えたのですが、彼女は顔色が悪く表情も沈んでいました。何かあったのかと訊いても、話そうとはしないし、それに人と会いたがらないのです。
 私に対しては拒絶する様子がないので、平日もなるべく会うようにして彼女が悩みを話すのを待つことにしました。私は家の家事を手伝っているだけですので、平日も暇なのです。
 一週間が経って、彼女は少しずつ顔色が良くなってきました。ですが、まだ何があったのか話そうとはしません。言いかけるのですが、やめてしまうのです。
 私はなるべく彼女を外に連れて行くようにしました。と言っても近所の自然公園を散歩するだけですが、自然を見れば心がなごむと思ったんです。

 いつものように彼女と自然公園に行こうと家を出ると、近所のお母さんが話しかけてきました。
「公園に行くなら萌がいるか見てくれる? 出かける約束をしていたのにまだ家に帰ってこないのよ」
 萌ちゃんはここの家の子供で、小学一年生になる女の子です。
「わかりました。萌ちゃんがいたら、そう伝えておきます」
 そう言って出かけました。

 公園には、子供達が四人で遊んでいました。
 萌ちゃんはいませんでしたが、近所の子達で、私達とも知り合いです。遊んでとお願いされたので、かくれんぼをすることにしました。私が鬼です。
「亜美も一緒に探してよ」
 私は彼女を振り返り、驚きました。亜美は一段と顔色が悪く、身体が震えていました。
「どうしたの?」
「何でもないわ。私はちょっと休むから、奈々だけで探してきて……」
 私は一人で探し、四人を見つけました。
「これで全員見つけたから、おしまいね」
 すると、子供の一人が不満げに、
「まだ一人いるよ。木のところに人影が見えたもん」
 私は子供達を数えました。1、2、3、4……これで全員な筈です。
 (一人、増えている……)
 私が恐る恐る視線を木へと向けると、女の子が一人、現れました。腰近くまで髪を伸ばし、赤いマフラーを巻いた子です。
「なんだ、萌ちゃんじゃない」
 私は胸を撫で下ろしました。
 けれど萌ちゃんは黙ったままです。いつもは明るい子なのに。
 萌ちゃんは前方を睨みつけていました。
 その視線の先を辿ると……青ざめた亜美がいました。
 亜美は驚くほど目を見開いて、
「綾香!!」
 と叫ぶとそのまま気を失い倒れました。
 私は訳が分からず、とりあえず亜美を私の家へ運ぶと、そこで静養させることにしました。

 それからの亜美は、黙りこくったままベッドから動こうとしません。
 食事をほとんど摂らないので顔色は悪くなるばかりですし、常に怯えた顔をしています。
 不思議なのは、萌ちゃんも同じです。
 萌ちゃんには学校帰りにあの公園へ寄ってからの記憶がないのです。
 訳がわかりません。
 私は綾香という人は知りませんし、第一綾香と呼ばれたのは萌ちゃんです。
 (もしかして、亜美は霊にとりつかれているんじゃ……)
 そう思ったので、ここに書き込んでいます。
 誰か、亜美を守ってください。

 読みえ終えた雫は、疲れたように目をこすった。
「長いし、変な文章だし、内容もよくわからないし……困ってはいるみたいだけど……」



[1]

「ん〜……やっぱり眠いなぁ……」
 休日の朝。
 新堂朔は隣に住む霧島樹の部屋へ遊びに来た。
 リビングのソファーに座り、大きなあくびをする。
「昨日遅くまで起きていたからだろう。寝不足だ」
 霧島樹は淡々と言いながらも、ホットミルクが入ったマグカップを朔に渡した。
「ありがとう。でも何でホットミルクなの?」
「ホットミルクは胃を保護する。寝不足の時は胃が荒れて食欲が無くなることがある」「そうなの?」
「ああ。これからは早く寝た方がいい。お前に夜更かしは向いていない」
「そうだね。でも面白かったよ、深夜の映画☆」
 朔は両手でマグカップを包むように持ち、ゆっくりと飲んでいる。
「まぁ、たまには夜更かしもいいかもしれないが」
 樹はつけっぱなしのパソコンに向かった。
『ゴーストネット掲示板』――そんな文字が見える。
「掲示板見てるの?」
「昨日見忘れていたからな」
「そっかぁ。何か面白いこととか載ってる?」
「そうだな……」
 樹は数秒黙っていたが、
「面白いかどうかは別として、妙に長い依頼文がある」
 と、スクロールしていたのを止め、文章を読んだ。
「よくわからないが妙な依頼だ。朔、どうする?」
「…………」
 返事がない。
「朔?」
 樹がソファーを見ると、朔は小さな寝息を立てて眠っていた。
(どうやら依頼以前に、朔を起こすところから始めなければならないらしい)
 だが、樹は朔を起こそうとはせずに毛布を持ってくると、寝入っている朔にかぶせた。
(記事を見せるのは、もう少し後でもいいだろう)


[2]

 二月十一日、午後一時。
 G駅から少し離れた所に、個人経営の喫茶店がある。
 小さな店、常連客ばかり、経営者は客に深入りをしない等、集まるのにはうってつけの店だ。
「このタルト美味しい☆」
 タルトを一口食べて、新堂朔は嬉しそうに言った。
「ねぇ、樹は食べないの?」
「いや、私はいい。朔も食べてばかりだとミルクティーが冷めるぞ」
 言い終わると、霧島樹はダージリンを口にした。朔のようにお菓子の類は頼んではいない。
 九尾桐伯はオレンジ色に施された照明を見上げ、
「随分入り組んだところにありますが、良い店ですね」
 依頼者である奈々へ向けて言った。
「いえ、私ではなくて、このお店は光月さんが選んでくれたんです」
 どこかたどたどしい丁寧語で、奈々は光月羽澄に頭を下げた。
「場所も時間も光月さんが決めてくれたんです。私、普段家からあまり出ないからお店とかわからなくて。ありがとうございました」
「偶然、私が最初に連絡取ったから。他の人が最初にメールしていたら、その人が場所を決めていたと思うし」
 羽澄は当たり前のように返したが、
「でもお礼言われると、やっぱり嬉しいかな」
 と、付け加えた。羽澄の笑った顔は、毅然とした部分が消え、可愛らしくなる。
「本題に入ろう」
 樹が促され、奈々は居住まいを正した。
「あ、はい」
「亜美さんの容態は?」
 羽澄の質問に、奈々は陰りを見せる。
「悪くなる一方です。最近は、私の母を見ても叫びだすんです。『綾香!』って。でもそれは単なる見間違えなので、すぐに落ち着くんですけど」
「ちょっと待ってください」
 桐伯が話を止めた。
「見間違えといっても、前回と年齢差がありすぎませんか? 幼稚園児に反応するならまだ分かりますが……」
「ええ。というよりも、目に映る人全てを綾香という人と間違えるみたいなんです。私だけは例外で、まだ認識出来るみたいなんですけど、いつまで持つか……」
「末期だな」
 樹の言葉に、奈々が頷く。
「そうですね……」
 朔はタルトを食べ終えると、ねぇ、と奈々に呼びかけた。
「これから亜美ちゃんに会えないかな? 亜美ちゃんに霊がとりついてるか見たいな」
「本当ですか? 助かります」
「じゃあ、今から行こうよ」
 羽澄に促され全員が席を立とうとしたが、
「今から向かうのには賛成ですが、その前に一つ聞いておきたいことがあります」
 桐伯が呼び止めた。
「奈々さん、亜美さんは大学に通っていたとのことですが、何学部でしたか?」
「え……」
 奈々は少し戸惑ったようだ。
「そういえば、何学部だったかな……」
「民俗学や史学、考古学ということはありませんか?」
「そ、そうですね……そうかもしれません。高校の時、亜美はよく変なことを訊いて来ましたから」
「変なことというのは?」
「昔話のことです。わらしべ長者の話をしてみて、とか。昔話というのは同じ話でもパターンが幾つかあるらしいんです。私の知っているわらしべ長者は、珍しい方らしいです」
「そうですか……。では行きましょうか」
 桐伯は席を立った。


[3]

「どうぞ。家族には家を空けてもらったので、ゆっくり話が出来ると思います」
 奈々はリビングの電気を点け、全員の荷物をここに置くように言った。
「奈々ちゃん、亜美ちゃんは?」
「こっちです」
 玄関に入ってすぐの部屋が亜美にあてがわれていた。
「亜美、入るよ」
 部屋の端に置いてあるベッドで、亜美は眠っていた。
 やつれきった顔、目元には隈が濃く出来ている。おそらく数日振りの睡眠だろう。身体が限界に来ていたのかもしれない。
 奈々はドアを閉めた。
「寝ているみたいですが、どうしますか?」
「ん〜……」
 朔は少し迷って、
「今はやめておいた方がいいかな。近寄って起こしちゃったら悪いもん」
 朔らしいな、と樹は思う。自分なら起こすところだろうが、朔が選んだことなら敢えて反論はしない。
「じゃあ、どうします?」
「萌ちゃんに会いに行こうよ。そしたら時間が無駄にならないし」
 羽澄の提案に桐伯も頷く。
「それがいいですね。確か、萌さんはご近所なんですよね? 亜美さんからあまり目を離すのもどうかと思いますし、萌さんをここに呼んではどうでしょうか」
「そうですね、呼んできます。皆さんはリビングで待っていてください」
 奈々は玄関のドアを開けながら言った。


[4]

 数分後、奈々は髪の長い女の子を連れて戻って来た。
「この子が萌ちゃんです」
「こんにちは」
 萌は明るく頭を下げる。
「萌ちゃん、こんにちは」
 羽澄は笑顔で萌に挨拶をした。
 萌が笑い返すのを見て、小さな手を握る。子供の心を近づけるには有効なことだ。
「萌ちゃんは髪、伸ばしてるの?」
 頷く萌。
「結んだらもっと可愛くなるわよ。やってあげようか?」
「うん」
 羽澄は萌の髪を結びながら、本題に触れた。
「萌ちゃんは、他の人には見えない人って見えたりする?」
「?ううん」
「そうなの? この前みんながかくれんぼしてた時あったでしょう? その時の記憶は無いのよね?」
「うん」
「じゃあ、記憶が無くなる前に、誰か見なかったかな?」
 萌は少し考え込んだが、首を振った。
「思い出せないの」
「……そう」
 丁度、萌の髪を結び終えた。
「可愛いわよ。話してくれてありがとうね」
 手鏡で萌に見せてあげながら言った。
 萌は、はしゃいでいる。
「萌ちゃんが幽霊を見る体質ではないってことは、少なくとも幽霊は無差別に萌ちゃんの中に入ったって訳ではないのよね」
 小声で一同に問いかける羽澄。
「やはり、幽霊がこの子供に宿るきっかけがあったのだろう。朔、記憶を引き出せるか?」
「うん。やってみるね」
 樹の問いに朔は頷いた。
「萌ちゃん、苦しくなったりしたら言ってね。カナン、萌ちゃんの記憶を覗いて、あたし達に見えるように映し出して」
 白い羽を羽ばたかせた精霊が、萌の記憶を映し出した。

 公園のところに、萌がいる。一人遊びをしているようだ。
 他の子供達が公園に入ってくる。
 奈々と亜美も姿を現した。
 奈々に駆け寄る子供達。遊び相手を欲しているようだ。
「遊んでくれるの? じゃあ、かくれんぼしうよ」
 ――!!

「痛い!!」
 萌が頭を抑えた。
「カナン、もういいよ!」
 朔の声に、カナンは消えた。
「萌ちゃん、大丈夫?」
「ん……へいき」
「ごめんね……。痛い思いさせるつもりはなかったのに……」
 申し訳なさそうな朔。
「お詫びにこれあげるね」
 カラフルな紙に包まれた飴を萌に渡した。
「ありがとう」
 萌はお礼を言い、部屋を所在なさ気に見渡した。
「萌さん、どうもありがとう。もう帰っても平気ですよ」
 桐伯が萌の頭を撫でた。
「送ってあげますよ」
 萌を外まで連れて行ったところで、桐伯はさりげなく訊ねた。
「かくれんぼで遊ぶことは多いんですか?」
「うん。よくするよ。自然公園って広いけど、あんまり遊ぶ物がないんだもん。今日もすると思うよ」
「萌さんも参加するんですか?」
「うん!」
「そうですか……」
 桐伯はそれ以上訊くことはしなかった。


[5]

「どうぞ」
 間が持たず、奈々は紅茶を全員分淹れた。
「結局、萌ちゃんは何も憶えていなかったね」
 残念そうな朔。
「樹はどう思う?」
「確かに憶えてはいなかったが、かくれんぼというのが何かしら関係しているのは確かだな。霊はかくれんぼに何か思い出があるのかもしれない」
「そうだね。ねぇ、その霊ってやっぱり綾香さんなのかな」
「おそらくそうだろう」
「やっぱり樹もそう思う?」
 嬉しそうな顔。
 樹は一瞬拍子抜けしてしまう。
(何故そこで喜ぶのか……)
「とにかく……綾香という人物に対して、亜美は後ろめたいことがあるのだろう」
「うん。きっとそうだよね。でも、どんなこと?」
「今の段階ではわからん」
 話はそこで止まってしまった。
 羽澄が呟く。
「亜美さんに聞くにしても、証拠があれば楽なんだけどね」
「証拠、ですか?」
 身を乗り出す奈々。
「亜美さんと綾香さんが交友があったっていう証拠。それがあったら突きつけて聞きだす。その方が早いと思わ」
 その言葉に、朔は心配そうな顔つきになった。
「でも、今の亜美さんにそんな強い態度をとったら……」
「大丈夫よ。ショック療法っていうか……そうした方が本人のためにもなると思うわ」
「でも……」
 朔は樹を見た。
「私も、その方がいいと思う」
「そっかぁ……」
 うつむいて黙り込む朔。
 その横で、樹も考え深げにしている。
(証拠……か。探せばあるかもしれないな)
「話は変わるが、亜美がここへ来た時の荷物はどこにある?」
「亜美の部屋にあります。大きなバッグが一つだけですけど」
「中を覗いたことはあるか?」
「いえ、ないです。亜美が触らせないようにしているので」
「そうか」
 それきり、樹も黙り込んだ。
「九尾さんは、どう思います?」
 奈々の問いに、考え込んでいた桐伯は顔を上げた。
「そうですね……亜美さんと綾香さんの関係はわかりませんが、かくれんぼについては少し気になることがあるんですよ」
 そこまで言いかけた時、亜美の部屋から音が聞こえた。
「起きたみたいです」
「それじゃあ、亜美さんに会いましょう。聞きたいことがありますし」
「あの、かくれんぼの話は……?」
「亜美さんに訊くことになるので、すぐにわかりますよ」
 微笑して、桐伯は立ち上がった。


[6]

 奈々がドアをノックする。
「亜美、入るよ?」
 ドアが開かれると、金切り声が響いた。
 人が現れることに対し、亜美はひどく怯えている。
「誰!?」
「亜美、この方達は大丈夫よ」
 奈々の言葉を、亜美は信用しない。
「出てって!! 誰にも会いたくない!!」
 クッションをこちらへ投げつけてくる。
「どうする? 時間を置いた方がいいかな……?」
 朔の問いかけを、羽澄が否定する。
「いいえ。後に延ばしてもきっと同じよ」
 羽澄は亜美を肩を掴む。
「何するの!? 離してよ!!」
 抵抗する亜美を、羽澄が強く抱きしめた。
「落ち着いて!! 私達は貴方の味方よ!!」
 暴れる亜美の動きが、弱まった。
「大丈夫、貴方を守るわ」
 羽澄の言葉に、亜美はおとなしくなる。
 その瞬間、樹はベッド付近にあったバッグを掴み、音を立てずに、部屋を出た。
 急いで中を調べる。
 服等、中はごちゃついていたが、手を入れると紙らしきものに触れた。
(これは手紙か……?)
 更に探ると、小冊子が出てきた。
(これは……)
 二つを掴み、樹は部屋へ戻った。
「カナン、亜美ちゃんが霊にとりつかれているか調べて」
 天使の姿をした精霊が姿を現す。
 羽が羽澄ごと亜美を抱きしめるような状態で調べた結果、カナンは首を横に振った。
「霊はいないみたいだね」
 その間、亜美はぐったりとうなだれていた。落ち着いてきたらしい。
 羽澄は亜美から手を離した。
「貴方を守るためにも、何があったか話して欲しいの」
「………………」
 亜美は答えない。
「こんな物が見つかったんだが」
 樹の声に、皆が視線を向ける。
 樹が取り出していたのは、手紙と「子供の権利ノート」と書かれた小冊子だった。
 だが、はさみで切ろうとした形跡がある。
「持ち主の名前は、山谷綾香」
 亜美は青ざめていた。
 桐伯は確かめるように、
「それは、児童養護施設の子供に配布される物ですよね」
「そのようだ」
「では、その手紙は児童養護施設から亜美さんへ向けた手紙ですか?」
「おそらくそうだろう。手紙には行方不明になった綾香のことで悲嘆にくれている亜美を励ます内容が書かれている。子供達がよく遊んでもらっているとのことで貴方にとても感謝しているというような記述もある」
「そっかぁ。亜美ちゃんは、養護施設の子供達の遊び相手をしていたんだね」
「そうね。本来なら良いことだと思うんだけど……」
 朔の台詞に、羽澄も相槌を打つ。
 だが亜美は表情を曇らせたままだ。
「別に、ボランティアのつもりでやっていた訳じゃない……。その上子供一人を見失ってしまったわ」
「貴方は民族学を専攻していたのですか?」
 桐伯の唐突な質問に、亜美は「そうだけど」と答えた。
「昔話や子供の遊び、それらにはそれぞれ意味があるらしいですね。それらの遊びを子供を交えてやっていたのではありませんか? 児童養護施設なら、子供達に不自由しませんからね」
「ええ。子供の遊びは、子供がするからこそだから。遊びながら、子供達の表情を調べたりしたわ」
「かくれんぼもしたんですね?」
「……そう。かくれんぼがどういう遊びかは知っているでしょう?」
 隠れている子供。
 このまま見つからないのではないかという恐怖、見つかるのではないかという不安。
 見つからないまま過ごす喜び、孤独。その間にある酩酊を楽しむ遊びと言われている。
「昔はこれに似た神事――神隠しがあったのでは、という説もあるわ。死の隠喩であるとも言われているわね。それくらい惹きつけるものがある遊びなのね。昔では人攫いのこともあったから、今でも夕暮れ以降にはかくれんぼをしてはいけないと言われているわ。子供がいなくなるかもしれないから」
「それをしてしまったのですか?」
「ええ。本当は昼ごろにやる予定だったんだけど……」
 言葉に詰まる亜美。
 樹は小冊子を亜美に渡した。
「綾香とは仲が良かったのか?」
「あの頃は良く慕ってくれていたけど……今はきっと私を憎んでいると思う」
「その時の記憶を覗いてもいいか?」
「いいけど、どうやって?」
 記憶を覗ける訳がない、亜美はそんな表情をしている。
「朔」
「うんっ。 亜美ちゃん、頭が痛くなったりしたら言ってね」
 一呼吸置いてから、
「カナン、亜美ちゃんの記憶を映して」
 朔の声を合図に、記憶は映像として現れた。


[7]

 山付近に子供達がいる。数は十人。手を繋ぎ蛇のように動いている。「子を取ろ」という遊びだ。
 そのうち、遊びに飽きた子供達から「かくれんぼ」の提案がある。
 承諾する亜美。
 そこに、一人の子供が現れた。
 腰まである長い髪。萌に似ているその顔は、赤くなっている。目がうつろなこともあり、高熱にうなされているのは明らかだ。
「綾香! 熱があるんだから寝てなさいって言ったのに……」
 綾香、と呼ばれた子供は首を大きく横に振る。
「あたしも、みんなとかくれんぼしたい」
「絶対に駄目。帰りなさい」
「もうへいき。大丈夫だもん」
「いいから帰りなさい」
 亜美の言葉は冷ややかだった。
「……どうしても?」
「そうよ。寝てないと、治らないんだから」
 綾香は他の子供を羨まし気に見てから、来た道を帰り始めた。
「じゃあ、かくれんぼ始めるわよ。私が目を瞑って三十秒数えるから、みんな隠れてね」
 いーち、にーい、さーん……。
 亜美の記憶のため、その間は暗闇が映る。
 数を数え終わると、亜美は子供達を捜しはじめた。
 十人全員があっさりと見つかる。
 見つけ終わったところで、子供達を帰した。
 時間はまだ夕方前。

 だが夜が近づくと、周りでは騒ぎが起きる。
「綾香が昼過ぎに出かけたまま、帰ってこない」と。
 亜美は否定した。
「綾香は確かに帰った筈……」
 誘拐、という言葉が脳裏に浮かぶ。
 だが、どれだけ付近を捜しても、綾香は見つからず、神隠しだと騒がれた。
 神隠し。
 その言葉を聞いて、亜美は気がついた。
 綾香は自分が目を瞑って数を数えている間に、戻ってきて山に隠れたのではないか。
 羨ましそうに他の子供を見ていた綾香のことだ。いかにもありそうなことだった。
 周りは否定するだろう。山の中にもどこにも綾香は発見されなかったのだから。
 だが、この地方には伝わっていないが、かくれんぼには禁止されていることがある。
 夕暮れ以降にかくれんぼをすること。
 それをすると神隠しにあうことも知っていた。
 しかし、亜美が知っていたのはそこまでだった。
 神隠しにあった子供を、再びこの世に戻す方法は聞いたこともなかった。

 以降、亜美は子供達と遊ぶことはしなくなった。
 他の子供も同じ目にあわせてしまったら、そんなことばかり考えていた。
 ある時、山付近を通りかかると、子供達が遊んでいるのが見えた。
「みーつけた」という声。
 かくれんぼをしているのだろう。
(思い出したくない)
 すぐに立ち去ろうとした時だった。
 髪の長い子供が視界に入った。
 懇願するかのような目、何か言いたそうな口。
 綾香だった。
「綾香!!」
 叫んだ時には、既に綾香の姿はない。
(幻……リアルだわ)
 綾香は何が言いたかったのだろう。
 想像が恐怖を交えて、綾香の言葉を作る。
『あの時、おねえちゃんが帰らずにあたしを捜してくれていたら、あたしはまだここで生きていられたのに』
 亜美は走った。
 ここに居たくはなかった。
 家にも、山にも、この地域に居るのはもう嫌だった。


[8]

 ダイニングテーブルに一同は集まっていた。
 亜美は記憶を長く思い出したため、疲労がたまり部屋に寝かせている。
「亜美ちゃんにご飯でも作ろうか?」
 朔が気を利かせたが、奈々も朔の気持ちを判った上で断った。
「いえ、後で私がやります。今日は少しでも食べてくれるといいですね」
「うん……」
 神妙な面持ちの朔。亜美に疲労を感じさせてしまったことを気にしているようだ。
 その朔の様子を、樹は気にかけていた。
「今日中に綾香のことを解決させれば、すぐに回復するだろう」
「……そうだね。早く解決しなきゃ!」
 問題はどうすれば解決するのか、である。
「綾香ちゃんって亜美さんをどう思っていたのかな?」
 羽澄の言葉に、桐伯が答える。
「亜美さんが言うように、憎んでいたとは思えません」
「そうだよね。でも、奈々さんの話だと、萌ちゃんに綾香ちゃんが乗り移った時、亜美さんを睨んでいたって言うし、よくわからないわ。奈々さん、萌ちゃんは亜美さんを睨んでいたんでしょう?」
「ええ、確かに睨んでいました」
 はっきりと証言する奈々。
「どういうことかしら? やっぱり憎んでいたのかな」
「憎んでいたんじゃなくて、怒っていたんだと思う。許せないくらいに」
 朔がボソっと呟いた。
「あたし、綾香ちゃんの気持ちが解かる気がするよ。亜美ちゃんのことを凄く信頼していたんだと思うよ。お母さん代わりだったんじゃないかな。かくれんぼの時のことも、亜美ちゃんを憎んだりなんてしていないよ。自分が言うこと聞かなかったからだって判っている筈だもん」
 喋る朔の胸元で、母の形見であるラピス・ラズリのネックレスが揺れた。
「今はただ、亜美ちゃんに自分を捜して欲しいんじゃないかな。たとえ見つけてもらえなくても、その気持ちが見えるだけで嬉しいと思うよ。でも、亜美ちゃんは、綾香ちゃんを見ないようにして東京に逃げた。その上、綾香ちゃんが自分を憎んでいるに違いないって思い込むことで目を逸らしている。それが許せないんだよ。あたしにそういう体験は無いけど、同じ目にあったらきっと悲しいと思うもん」
 確かに、その通りかもしれない。
「じゃあ、亜美さんに綾香さんを捜すように言えば解決になるのかしら?」
 自分で言った台詞に、羽澄自身が否定する。
「駄目ね、彼女自身でそう思わないことには意味が無いわ」
「それはそうだろう」
 樹も同意する。
「亜美自身が綾香から目を背けている。その事実を綾香に突きつけることは出来ても、最終的には亜美自身で解決する必要がある」
 だが、どうやって亜美に伝えるか。
 そのまま亜美を責め立てても意味はないどころか、自虐的な考えに向かうだけだろう。
「それに関しては、一つだけ方法があります」
 桐伯が静かに言う。
「亜美さんは民族学は学んでいても、怪談話には疎いようですね。実は怪談にも、これに良く似た話があるんですよ。しかもその話には、神隠しにあった子供がこちらへ戻ってくる方法も出てくるんです」
「……そういうことは早く言って欲しかったわ」
 羽澄の台詞に桐伯が苦笑する。
「タイミングが掴めなかったものですから。怪談を要約すると、まず夕暮れにかくれんぼをすると子供が一人いなくなる。そしてその子をもう一度呼ぶと、再び現れるというものです。要は、今までずっとやっているかくれんぼを終わりにしてあげればいいんですよ。勿論演技ではなく、亜美さん自身が綾香さんを心から直視した形でね」
 一番の解決法に思えるが……樹には引っかかることがあった。
「だが、それには綾香の出現と、綾香がいなくなった場所に行かないと出来ないことだと思うが、それはどうするんだ?」
 今からその地方へ行くとなると時間が非常にかかる。
「大丈夫ですよ。萌さんを送る時に、今日はかくれんぼをして遊ぶということを聞きましたから、おそらく萌さんは再び綾香さんにとりつかれます。萌さんは綾香さんにそっくりですから、身体の波長も合いやすいんでしょうね。そろそろ来ると思いますよ」
「成る程。よく解かった」
「あたしは解からないよ」
 朔は不満気に樹の服の袖を引っ張る。
「樹、綾香ちゃんが現れても、場所の方はどうするの? 綾香ちゃんが居なくなった場所ってここから遠いんだよね?」
「綾香は今、亜美に対して憤りを感じている。逃げていないで、自分を捜して欲しいからだ。それはさっき朔が言っていたとおりだと思う。東京で萌に乗り移って亜美を睨んでも、亜美は怯えてばかりで効果は無かった。朔ならどうする?」
「そりゃあ、自分を捜してもらえるように現場へ連れて行って……そっか! そういうことだね!」
 朔の声が弾み、嬉しそうに笑った。
「そういうことです。綾香さんがここへ来たら後をつけて、上手く行くようにお手伝いをしましょう」
 桐伯も合わせるように微笑む。
「でも九尾さん。萌ちゃんに今日の予定を訊いた時点で、ここまで考えていたの?」
 羽澄が冗談めかして不満気な声で訊く。最初から解決法が判っていたなら、随分無駄なことをした気がする。
「まさか。亜美さんと綾香さんの関係も、綾香さん自身の気持ちも、私には判りませんでしたよ。ただ綾香さんは再び亜美さんと接触するだろうということと、その時には再び萌さんに乗り移るだろうということは予測していましたから。萌さんの話で、乗り移るにはかくれんぼという言葉が鍵になっていることが明白になりましたので、先に萌さんの予定を訊いておいただけですよ」
 サラリとかわした桐伯だが、表情は相変わらず微笑んでいる。
 だが、蛍光灯の光の具合のせいだろうか、その微笑は含み笑いとも取れるものだった。
「来たみたいだな」
 樹が誰とも無しに呟いた時、鍵が掛けてある筈のドアがゆっくりと開いた。
 数秒後、亜美の部屋から悲鳴が響いた。
 部屋に入ると、萌が倒れていた。
 気絶しているところを見ると、綾香は抜けているようだった。
 亜美の姿もない。
 ベッドの脇で、黒い渦が巻いている。
 萌の傍に奈々を残し、全員が渦の中へ飛び込んだ。


[9]

 雪の積もった山の前に出た。
 人の居ないこの場所に、亜美は一人呆然と座り込んでいる。
 萌の身体から
「寒〜い!!」
 身震いする朔。
 暖房の効いた部屋から雪の中では温度が違いすぎた。
 亜美がこちらを振り返る。状況がよく飲み込めていない顔だ。
「ここは……」
「貴方と、綾香さんが居た場所ですよ」
 桐伯の声に非難めいたものはない。
「かくれんぼをしませんか? 私達はここの地理に詳しくないですし、ハンデとして亜美さんに鬼役をお願いします」
「え? は、はぁ」
 訳がわからないまま、承諾する亜美。
「あ、じゃあ十数えてくれる? その間に隠れるから」
 羽澄はすぐに木々の間に入っていった。動きが速いのは、寒さから開放されたいという思いからだろう。
 亜美は戸惑っていたが、数秒の後
「いーち、にーい、さーん……」
 辺りに声が響いた。
「……きゅーう、じゅーう!」
 亜美は目を開いた。
 目の前には雪をかぶった山が見える。
(またここでかくれんぼをすることになるなんて……)
 後ろでザクっという音がする。
 振り返ると、樹が立っていた。
「見っけ」
「……そうか」
 樹は亜美の横に並んだ。
 見つかった、というよりも元から隠れる気が無かったと言った方が正しい。
「早く終わらせたいなら協力しよう」
「どこに隠れたか見ていたの?」
「見てはいなかったが、今調べている」
 樹は木々を凝視する。網膜センサーを使えば、人を見つけるのは簡単だ。
「あそこだ」
 そっと指を指す。
「調べてくるわ。でも手伝ってくれるのは、こんなの馬鹿らしいと思っているからでしょ? だったら最初からこんな遊びするの反対してくれたら良かったのに」
「そうではない。かくれんぼ自体は重要だが、今お前が捜したいと思っているのは私達ではないだろう」
 亜美の動きが止まった。
「……何を言っているのよ」
 樹から逃げるように、亜美は言われた木の後ろへ行った。
 頭の中では、あの時の記憶が開かれている。
 熱のために潤んだ瞳、赤くなった頬。
『あたしも、みんなとかくれんぼしたい』
 泣き声ともつかないあの喋りが、脳裏にこだまする。
 振り切るように声を大きくあげた。
「見っけ!」
「見つかりましたか」
 桐伯は苦笑いしている。
「次は左後ろの木の後ろだ」
 樹の声が響く。
「それから手前の木の上もだ」
 羽澄と朔も見つかった。
「見っけ!」
 という声が二回。
 四人全員が見つかった。
 だが、亜美はそこから動こうとしない。
「亜美ちゃん」
 朔の呼びかけに、亜美は視線だけをこちらへ戻した。
 表情が固まっている。
 完全に過去を思い出していた。
「まだ……見つけていないわ」
 脳裏に言葉がこだまする。
『あたしも、みんなとかくれんぼしたい』
 あの子は確かにそう言った。
 みんなとかくれんぼがしたい。
 だから、
「あの子……まだ隠れているんだわ」
 木々の枝に風が吹いた。
 亜美が叫ぶ。
「綾香!!」
 呼応するように、風が強く吹く。
 亜美は声を張り上げた。
「綾香、見っけ!!!」
 声が山に響き渡るのと同時に、亜美の身体に柔らかなものが抱きついてきた。
 亜美を見上げる少女は、目を潤ませ身体を震わせていた。
 抱きついているその小さな腕は、亜美に確かな感触を与えていた。
 綾香は戻ってきたのだ。
「綾香、おかえり」
 今は心からそう言える。
 離れていた亜美の記憶も、ようやく此処へと戻ってきたのだ。


[10]

「私はここに残るつもり。奈々にはそう伝えて欲しいの」
 離れようとしない綾香に苦笑しつつ、亜美は言った。
「わかったわ。伝えておくね。きっと奈々さんも喜ぶと思うわ」
 明るい表情の羽澄。
 だが弾んだ表情とは裏腹に、気温のため声は震えている。
 別れの言葉を済ませると、一行は亜美に教えてもらった駅に向かって早足で歩き出した。寒い。
「でも良かったよね! 綾香ちゃん元気だったもん。隠れていた間に熱は下がったんだね」
「きっと身体ごとこの世から消えた時に、リセットされたんだと思うわ。そうじゃなかったら、戻ってきても命に関わることになったかもしれないもの」
 嬉しそうに会話をする朔と羽澄。
 だが、樹と桐伯の表情は暗かった。
「樹どうしたの? せっかく綾香ちゃんが戻ってきたんだよ? もっと喜ぼうよ〜」
「……お前は気楽でいいな」
「どうかしたの?」
「いいか、よく考えろ。亜美の話だとこの雪の中、駅まで一時間は歩くんだぞ。しかも電車は二時間に一本だ。つまり……」
 寒さのために切れ切れになる樹の台詞を、苦笑しながら桐伯が継ぐ。
「奈々さんのところへ戻る前に、少なくとも誰か一人は倒れますね」
 そんな言葉も、白く空へ上っていく。
 ………………寒い。

 終。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男/27/バーテンダー

 1231/霧島・樹(きりしま・いつき)/女/24/殺し屋

 1232/新堂・朔(しんどう・さく)/女/17/高校生

 1282/光月・羽澄(こうづき・はずみ)/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員

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■         ライター通信          ■
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「かくれんぼ」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。

 皆様のプレイングを総合した結果、このような話になりました。
 綾香が消えてしまった原因であるかくれんぼと、亜美が綾香の心を見つけるという心理面でのかくれんぼ。
 今回は特に私の能力の至らなさを痛感しましたが、
 それでも何処か一箇所でも、「いいな」と感じていただけたら幸いに思います。