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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


狂ったカレンダー

■誰か遊びに来て欲しいです
「またですか……」
雫は掲示板の書き込みを見て、ため息をついた。
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きょうも誰も家に来なかった。誰か遊びに来て欲しいです。
みく
書込日付:2060年3月17日 0時08分 
IP:2F:FD:10:20:22:09:78:30
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 三ヶ月前から毎日のように「みく」からの書き込みが続いていた。文章は全く同じではないものの、内容は似たようなものだった。
「友達いないのかしらねぇ。チャットでもすればいいのに」
 そう口には出しながらも、内心では少し心配をしていた。ひょっとして体がひどく不自由で外出ができないとか、何か事情があるのかも知れない。もしそうだとすれば、自分が何か手助けできないだろうか。
 もうひとつ気になっていることがある。書込日付とIPアドレスだ。書込年が「2060年」とえらく未来になっていて、表示IPアドレスも普段見かける4つの数字の並びではない。
 みくさんはコンピュータのカレンダーが壊れていても、直し方を知らないのかもしれないな。ひょっとしたら、壊れているパソコンを直せない小学生くらいの女の子かも。
 ちょうどその時、のどの調子の悪いヒキガエルのようなカウベルの音がして、カフェのドアが開いた。
「あ、あなたかぁ。ちょうどよかったよ。ほら、この書き込み。ねぇ、あなたがみくさんの家に行って、パソコンのカレンダーを直してあげてよ☆ 実はログ記録から住所も調べてもらっていたんだよ。これが地図ね。じゃ、よろしく! 何か不思議なことがあったら絶対に教えてよね☆」

【 狂ったカレンダー:悠也編 】

■悠也
 久しぶりに小説を読んだ。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
 ハリソン・フォードが主人公で映画化もされたが、原作本の方がはるかに良い出来だと思う。初めてページをめくった時には、純粋にSF作品として読んでいたのだが、工学部に進んでからは別のパースペクティブからこのストーリーを捉えるようになっていた。
『機械は心を持ちえるのだろうか?』
 人工知能などのプログラムレベルの話ではない。例えば、毎朝愛用しているトースターがあるとする。ある日、そのトースターでパンを焼かずに、コーヒーだけで食事を済ましてしまったとしたら、トースターは自分のことを心配してくれるだろうか。
 疲れてるな。
 ちょっとは研究から離れて、女の子を誘ってデートでもしてみたい。例えば、柔らかな髪を頭の両側で結んでいて、目はちょっときつめのほうがいいかな。
 と。
 今想像した通りの姿の女の子が目の前に立っていた。いつものネットカフェの入り口だ。中の様子を伺っているのだろうか。
「こんにちわ、怪しくないですから、どうぞ」
 自分をお目当てに店に来る常連の客にもめったに見せない、一二〇%の笑顔で女の子に声を掛ける。女の子はちらっとこちらをふり向くと、紫の稲妻に打たれた金魚のように口をぱくぱくしている。無敗記録更新。この必殺の笑顔の魔力は少々の魔女をもってしてもそう簡単には打ち破れまい。
 女の子を後ろに連れて、こんにちわ、とカフェに入ると、いつものように羽澄が居た。とはいえ、今この場所に着いたばかりらしく、マフラーも首に巻いたままだ。
「うしろの女の子は? あんた、ま、まさか、ナンパしてきたとか?」
 羽澄があいさつもなしにいきなり失礼な言葉を撃ってくる。悪気がないとは思うのだが、この攻撃的な性格はもう少し何とかしたほうがいいかもしれない。
「あなたという人は……。彼女に失礼じゃないですか」
「はじめまして、巫・聖羅(かんなぎ・せいら)です。たまたまこの店に立ち寄っただけですよ」
 女の子は羽澄に負けず気が強いと見えて、全然物怖じせずに羽澄の攻撃を切り返した。なかなか見どころがあるかもしれない。
「あ、でも、この人だったらナンパされてもいいかナ」
「コイツ、高いよ?」
 羽澄が失礼の度合いを一二〇%に上げる。しかも、コイツ呼ばわりだ。一度教えてやった方が良いかもしれない。
「コイツ、ホストをしてるんだよ。しかも、飛びっきり高級なお店の」
「なるほど、お金には不自由してないってことね」
 聖羅が頭と肩を落として小さくため息をついた。悠也も決してお金には不自由していないわけではない。ただ、収入の八割が郵便貯金と定期積金と貯蓄型生命保険に消えているだけの話だ。今日の昼食も二九〇円の牛丼並盛りである。
「ちょっと三人にお願いがあるんだけどさぁ」
 いちばん隅っこの端末に座っていた雫が、ひらひらと右手を上下にふって三人を端末に呼び寄せた。そして、一通り「みく」の書込の話をしたあと、半ば強引にA4カラーでプリントアウトされた地図を三人に手渡した。「みく」の家は電車で三つほど先の駅の近くになる。
「と、いうわけで、よろしくね。何か面白いことがあったら絶対教えてよね!」

■邂逅
 三人がたどり着いた所はワンルームマンションの一階だった。夕方のマンションにはぬるいオレンジ色がまとわりついていて、どことなく甘く切ない雰囲気を漂わせている。交番でこの住所を聞いた時には、特に変わったことはないよ、と眠たげな目をした警官が話していたっけ。
 女の子の家に行くということで、途中、悠也は薔薇の花束を、羽澄はクリームがたっぷり乗ったイチゴのショートケーキを四個買っていた。聖羅は道すがら羽澄が持つケーキの箱を、指をくわえて眺めていたが、着いてからね、と羽澄にたしなめられて、甘酸っぱい香りだけでなんとか我慢をしているようだった。
 悠也が玄関の呼び鈴を押した。緑色の耳に優しい電子音が鳴る。一分待ったが、誰も出ては来なかった。もう一度呼び鈴を押してみたが、やはり中から返事はなかった。
 こんにちわ、と悠也がノックしてドアのノブを回すと、あっけなく扉が開く。
「不用心よねぇ?」
 羽澄が部屋の中をのぞいたが、中には人がいる気配はなかった。
「おじゃまさせていただきますよ」
 悠也がていねいにあいさつをして、三人は部屋の中に入っていった。

 とりあえず、ぐるりと部屋を見回してみる。部屋の壁に沿ってプラスチックが固められたような、冷たい触り心地のグリーンの半透明のテーブルが置いてあった。テーブルの上には見たことのないデザインのノートパソコンが開けっ放しになっている。アルミニウムシルバーの筐体にオレンジのラインが格好良い。その隣の本棚には、難しそうなタイトルの研究論文と、やたらと少女趣味の漫画本が整然と並べられている。
 部屋には毛足の長い茶色のじゅうたんが敷かれていたが、どことなく成金趣味のようで悠也の好みではない。部屋の真ん中には簡素なガラステーブルがひとつ、忘れられたように置かれている。天井をよく見てみると、四隅に小さな球形のカメラのようなものがくっついている。
「なんか、監視されてるみたいで嫌ね」
 聖羅はスタイルの良い体の前で、両ひじを抱えるようにしてじっとカメラをのぞき込んでいる。雫さんの掲示板への書き込みが罠で、実は何かのTV番組の企画なのかもしれない。アメリカに端を発したリアリティショー自体は、すでにブームを過ぎているとは思うのだが。
「どっきりカメラってとこですかね?」
 羽澄がテーブルの上のノートパソコンを見ながら悠也をひじでつついた。
「悠也、こんなノートパソコン発売されてたっけ?」
「英語キーボードですから、外国の製品かもしれませんよ」
 突然、ノートパソコンの電源が入り、画面上で数字や図形がくるくると動き始める。透き通るようなグリーンで細々と文字が表示されている画面では、見たこともないOSが動いているようだった。
「わ、私、どこもさわってないからね!」
「俺だって、さわってないですよ」
「ママ! やっと来てくれたんだね!」
 いつの間に現れたのか、部屋の真ん中には十歳くらいの女の子が「透けていた」。白のふわふわセーターに赤いチェックのプリーツスカートがよく似合っているが、その画像はぼんやりとしていて、ちょうどプロジェクターでテレビを見ているのに似ている。
「ゆ、幽霊?」羽澄の声は裏返っていた。
「幽霊なら幽霊の『気』があるものだけど、彼女の『気』はちょっと違うわね」
 聖羅があっさりと自信たっぷりに幽霊説を否定する。
「ゆーれーさんじゃないよぉ。みくだよぉ。ママ、ひどいよぉ」
 今やはっきりとその姿を見せた女の子は、羽澄のせりふに拗ねているようだった。みくの声は小さい頃によく食べていた「ミルキー」を想像させる。何となく懐かしい雰囲気だ。「ママ」というせりふも気になる。いつも人のことを「女たらし」などと断言してくれるお礼に、ちょっとばかり遊んでやろう。
「羽澄さん、いつの間に子供を作ってたんですか。言ってくれれば、お祝いくらいは」
「ちょ、ちょっと待って、私は、そんなこと、断じて、して、ない!」
「そんなことっていうと?」
 次の瞬間、羽澄の右ストレートが悠也のボディをめがけて飛んできたが、羽澄の行動パターンは単純なので、この位のパンチは目で見なくても右手一枚で受け止めることができる。
 聖羅はみくに視線を合わせてひざ立ちになり、真剣な面持ちでみくに質問を投げかけた。
「みくちゃんは、幽霊なの?」
「みくは、ゆーれーさんなんじゃなくて、『えーあい』さんだよ」
「えーあい?」
「そうだよ。ママが作ってくれたんだよ」
 やわらかそうな頬を思いっきりゆるませて、みくがつま先立ちでくるりんと一周する。プリーツスカートがふわりと浮き上がる。
 みくが姿を現した時にノートパソコンが動き出した。ということは、みく自身が、自らも言ってるようにノートパソコンのAIなのかもしれない。おそらくAIが高速演算をもって、みくの画像データをはじき出し、プロジェクターを通して空間に造影しているのだろう。天井を見上げると、先程の四隅の球体からは赤青緑の三色の光が放たれているのが見える。
「見つけた。あそこだ」
 悠也は羽澄の視線を天井へと促した。羽澄も球体に気づいたようだった。球体からの光を手で遮ると、みくの画像が不正確に揺らぐ。
「驚いた。こんな技術が今の日本のご家庭にあったんだ」
 羽澄の驚きは本当のようだった。無理もないだろう。羽澄はおろか、自分の情報ネットワークからでさえ、こんな巧妙な仕組みがあるという情報を耳にしたことがない。
「超高度な人工知能を作って3D画像と音声を構成させている、というところだろうね」
「そんなプログラム書けるのは、よっぽどの天才か、よっぽどの馬鹿ね」
 羽澄は悔しいだろうな。おそらくは天才プログラマーの羽澄でさえも、ここまでのプログラムを作り上げることは不可能だろう。世の中には上には上がいるということだ。
「ねぇねぇ、せっかく来てくれたんだから、すわってよぉ」
 みくが不安そうに三人の顔をかわるがわる眺めるので、みんなで柔らかいじゅうたんに座ることにする。羽澄がケーキの箱をガラステーブルの上で開けると、部屋にはイチゴショートの甘酸っぱい香りが広がっていく。
「わはぁい、ケーキだぁ! ママ、お皿は冷蔵庫の上だよ。あと、飲み物は冷蔵庫の中!」
 人が遊びに来てくれることがよほど嬉しいのか、みくはさっきから、はしゃぎっぱなしだ。
「みくちゃんはケーキ食べられないんじゃないの?」
 聖羅は少し心配そうな顔でみくを見た。
「『せいぶんぶんせき』っていうんだって。それでおいしさがわかるんだよ」
 成分分析機能までAIとリンクさせているというのは大変な懲りようだ。
「たいしたAIですね」
 みくの3D画像の前にはいつの間にかフォークと本物そっくりのイチゴショートの画像があらわれている。このケーキの映像もカメラからスキャンしたものなのだろう。
 四人はいただきますをして、それぞれのケーキをぱくついた。もっとも、みくの分の本物のケーキは減ることはないのだけれど。
「おいしいねぇ、ママ」
「そ、そうね、あはははは」
 ママ、という言葉に羽澄は敏感に反応しているようで、こめかみの辺りが微妙に震えているのが手に取るようによくわかる。
 さて、この場も和んだところで、そろそろ本題の書込の件について聞かなければならないな。今回の目的は女の子とお茶をしに来たことではない。AIの件ですっかり忘れてしまいそうになっていた。
 悠也はプロフェッショナルな笑顔をみくに向けた。
「さて、みくちゃん、雫さんところの掲示板に、誰か遊びに来て欲しいって書いたのは、
みくちゃんかな?」
 みくはフォーク(の画像)を握りしめたままうつむく。
「だって、誰もいなくなっちゃったんだもん。誰かに遊びに来て欲しかったんだもん」
 確かにみくがAIというのなら、掲示板に書込をすることはデータを送り付けるだけなので、じつにたやすいことだ。感情野や記憶野にまで連動しているというところが、ものすごい技術だと思う。
「でも、ママが来てくれると思わなかったよ! あたし、とってもうれしいよ!」
「ママ」という言葉のところでぱぁっと表情が明るくなる。くるくると表情が変わって見ていてとてもかわいらしい。複雑な計算式の上になり立っているデータの合成だとは到底思えない。
「誰もいなくなっちゃったの?」
 夕陽の色が溶け込んだような紅い瞳で、聖羅がみくを愛おしげに見つめる。
「うん、みくのえーあいがおかしくなってから、みく、一人ぼっちになっちゃった」

■崩壊
 悠也は女の子達が話しているのを横目にノートパソコンのキーボードをはずしてみた。ノッチをはずすだけで、キーボードはあっけなく外れたのだが、その中身をみて悠也はあ然となった。基盤には髪の毛よりも細い光ファイバーのような線が、電子部品らしいモノの間に、縦横無尽に張り巡らされていた。金属のプリント版ではない。恐るべき技術だ。
「羽澄さん、ちょっとこれを見てくれませんか」
 羽澄がパソコンの中身をのぞくと驚きのあまり言葉を失ったようだった。
「みくのえーあいはだんだんと壊れてるんだよ」
 羽澄がふりむくと、みくは今にも泣き出しそうな顔で羽澄の方を見上げていた。
 ノートパソコンの裏にはシールが貼られていて、「二〇五〇年、誇り高き日本製」と書かれていた。隣には筆書きの闊達な文字で「命名:未来(みく)」と書かれている。
「みくは何かの因果でこの世界に迷いこんできたんだね」
 聖羅が遠くに沈みゆく夕陽を見つめながら、何かを思い出しつつ話しているようだった。
「みくの『気』、未来から来たものが纏っている『気』なんだ」
 未来から来たもの。道理で見たことのない部品と構造のはずだ。悠也は羽澄と目が合うと、両肩をすくめてお手上げのポーズを取った。
「二〇五〇年にみくはママから生を受けた。掲示板の書込年が二〇六〇年だったから、
みくのAIのカレンダーは二〇六〇年じゃない? で、何かの理由でみくはこの時代に飛ばされた。みくのママが消えたんじゃない。みくの方が消えたんだ。というところがあたしの推理なんだけど」
 すべてのパズルが解かれた。聖羅の推理はおそらく当たっているだろう。なぜ未来のものこの時代にが紛れ込んで来たかはわからなかった。悠也はトースターの話を思い出していた。この時代に来たのがみくの意志だとしたら……。
「悠也……」
 羽澄はすがるような目線で悠也を見つめていたが、どうなるものでもない。そもそも構造がわからないのだから。
「見たこともない部品ばかりですから、修理は無理でしょうね」
 悠也と羽澄はノートパソコンの中身を眺めてため息をついた。
「みくはもうすぐ消えていなくなるんだね」
 さっきから背中を見せていたみくが、くるりと体をよじって三人の方に目を向ける。
「でもね。あたし、幸せだったよ。ママとみんなと一緒に遊んだり、お話したり。最後にママにも会えたから、みくは幸せだよ」
 聖羅がみくの前に座り直した。
「あたしはね、みくの中にも魂があると思うんだよ」
「たましい?」
「その魂は天国っていうところで安らかに眠るものなの。わかる?」
「うん……」
「みくちゃんも消えていなくなるんじゃなくて、安らかに眠るの、ね。ママのそばで」
 みくは羽澄を見上げた。羽澄はにっこり笑って、うなずいてみせた。
「これからも、ママ……一緒な……ね」
 みくの音声と3D合成画像が乱れ始める。忘れられた時間のテレビで見る砂嵐が、みくの姿と重なっては消えていく。みくはそこまでしてまで、俺たちに何を伝えに来たのだろうか。
「みくちゃん、おやすみ。また遊ぼうね」
 悠也が小さく手を振った。
「みくちゃん、ママはみくのそばにいるからね」
 みくの頭の画像をなでるように羽澄が右手を動かした。
「今日は……ありが……おやす……みんな……やすみ……ママ……大好きだよ!」
 みくはこぼれんばかりの笑顔とちょっぴりの涙を浮かべていた。
 そして、みくの画像が赤青緑の三原色に分解されて、静かに消えていった。聖羅が手を合わせて黙とうを捧げた。
 次の瞬間、三人のいる部屋が朽ち始め、その色彩がはぎ取られていった。店にいる客が一人ずつ消えていく。そんな感じだ。そして、すべての客が帰ったあとには多くの疲労と静寂しか残らない。
 一分後、その部屋に残されたものは、壊れかけの木の机と古めかしい冷蔵庫、そして、イチゴショートが一つ。
 羽澄がみくのケーキを元の箱に詰め、三人は部屋を出ることにした。
 みく。もしあなたに心というものがあったというのなら、あなたは……。
 宵の明星が、くるりとつま先立ちで回って見せるみくの姿と一瞬重なった。

■合成感情
 三人は沈みかかった夕日を背にして、住宅街の中を駅に向かって歩いていた。街灯がちぢれるような音を出しながら次々に明かりをともしていく。口から吐き出される白い吐息は冬の夜風に溶けていく。
 みくは消えていった。どこから現れたのかは結局わからず終いだった。頬のゆるんだあどけない笑顔で、いくつかのなぞなぞを俺たちに残していった。
 空を見上げると、冬色の風が雲を裂きながらうなり声を上げていて、その雲のすき間からはいくつかの星座たちが、心細げに銀色の光を放ち始めていた。
 手近の自動販売機からミルクティー二本と、自分には無糖のブラックコーヒーを買った。砂糖入りの飲み物はみくの心を思い出させるようだったから。
 三本の缶の温かみが手から肩、そして心へと伝わってゆく。こんなに心が温かくなれるのは、みくのお陰なのかもしれない。温かい心を持った、未来のみく。
「はい、おふたりさん」
 悠也は羽澄と聖羅に缶入りのミルクティーを手渡した。自分のコーヒーのプルタブを開けてその中身を一気に飲み干す。
 あのAIはプログラミングされた思考ルーチンではなくて、本当に心を持っていたのかもしれない。ママを愛する心。最初は単なるプログラムだったかもしれないが、そのプログラムが感情というラッピングを施していったとしたら。
 俺はこの先学校を卒業したら、情報ネットワークを活かした仕事をしていくことになるだろう。その時に作り上げたものが心を持ったとしたら。何かとてつもない奇跡が起こるのかもしれない。
「へへへ」と羽澄が突然思い出し笑いをした。
「何ですか、女の子が急に笑いだして、気持ちの悪い」
「なんでもないよ」
「あ、そういえば、ケーキが一つ残ってたんじゃない?」
 聖羅は思い出したように、くりくりした目で羽澄に微笑んだ。
「これは……みくのだから、だめだよ」
「そんな事言って、あとで独り占めするんだ」
 ケーキの取り合いとは女の子らしい。もし、感情をプログラムするとすれば、こういう要素も取り入れないといけないのかもしれない。それでも、機械やプログラムが感情を持ってくれるのならば、そういう要素を自分でプログラムすることも不要になるのだろう。
「もう、みっともないからケーキの取り合いなんかお止しなさい。私が夕食をご馳走してあげますから」

【狂ったカレンダー:悠也編 終わり】

■■■■■      CAST      ■■■■■
 斎  悠也(いつきゆうや)
   #164 男性 21歳 
     大学生・バイトでホスト
 巫  聖羅(かんなぎせいら)
   #1087 女性 17歳 
     高校生兼『反魂屋(死人使い)』
 光月 羽澄(こうづきはずみ)
   #1282 女性 18歳 
     高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員

■■■■■    ライター通信 #01    ■■■■■
 ライターのいずみたかしです。今回はご依頼いただき、誠にありがとうございました。結構多忙だったので遅くなりました。ごめんなさい。気に入っていただければ良いのですが……(心配性)。今回のストーリーは三人の方にご参加いただいてますので、三人それぞれの作品を読めば、さらにお楽しみいただけるということになっております。
 さて、今回の設定は未来の幽霊(?)でした。お三方とも楽しいプレイングを組んでいただいて、書いてるほうも楽しかったです。とはいえ、字数制限には相当厳しいものがあります。エピソード一つ割愛してますから。次回は連作にするかもしれません。
 私のキャラはこんなんじゃねぇ! などの、お叱りやその他の感想がございましたら、
ぜひメールでお寄せください。で、もし、気に入っていただけたのでしたら、次回の参加をお待ちしております。
 いずみたかし 百拝
 izmin@heartlink.jp