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楽園の休日
◆休日の計画
『休日は楽園で!<EDEN>で過ごす一日・ホリデーツアー』
キルカの研究室に呼ばれた篠原は、可愛い文字でそう書かれたチラシを手に苦い顔でキルカを見た。
「なんだよ、これ。」
「広報が企画したEDEN体験ツアーのチラシ。」
キルカはチョコレートのかかったドーナツを口に頬張りながら言った。
篠原が手にしているのは、EDENのスポンサー企業の一つが企画したユーザー体験ツアーのチラシだった。
大分有名になってきたとは言え、まだまだ顧客を集めたい広報が企画したのだと言う。
「いや、チラシはわかるんだけどさ。このチラシに写ってる写真は・・・」
「有名ネットアイドルのイズミちゃん。ご希望の方にはイズミちゃんが優しくガイドしてくれんだとさ。」
「ちょっと待て。イズミちゃんはそんな話知らんぞ。」
篠原は更に眉をひそめて言う。
イズミと言うのはネカマである篠原のネット上での仮の姿?で、EDENではちょっと有名な美少女だ。
「イズミのボディデータを作ったのは俺だからな。俺が許可した。」
キルカはまるで他人事のように言うと、二つ目のドーナツに手をのばした。
「なんだよ、それ。まったくもー・・・聞いてないよ〜。」
篠原は大げさに頭を抱えてソファにひっくり返る。
「イズミは謎の美少女なんだから、ガイドなんかしないんだよぉ、もう〜・・・」
なんだか少し論点がずれているような気がするが、篠原はブツブツ文句を言う。
「まあ、バイト代は出るって話だし、お前のさくらちゃんに新しいCPU入れてやるから・・・」
「やる。」
一言そう言って、篠原は目の色を変えて飛び起きた。
「さくら」とは篠原の溺愛する所有パソコンの名前だった。
キルカは自分が言い出したにもかかわらず呆れ顔で肩を竦めると、篠原にバイトの詳細を説明し始めた。
こうして、イズミのガイド付・EDEN体験ツアーが実現することとなったのであった。
『休日は楽園で!<EDEN>で過ごす一日・ホリデーツアー』
電脳仮想都市<EDEN>を体験しませんか?
初めて<EDEN>を体験する方も、日頃ご利用いただいている方も、のんびりEDENでお過ごしください。
ご希望者には、ネットアイドル・イズミの特別プライベートガイド付です。
◆楽園の休日
「お、なんだ。今日は珍しいメンバーが揃ってるな。」
ツアー企画の集合場所へ集まったメンバーを見て、大塚 忍は少し驚きの表情で言った。
メンバー的には見知った人物ばかりだが・・・集まると壮観というか、ちょっとしたドッキリのようだ。
「別に仕組んできたわけじゃねーぞ。」
少し不貞腐れたように守崎 北斗が言う。
兄の守崎 啓斗はクスクスと笑ってその様子を見ていた。
「今日はたまたま弟も連れて行こうと思ったんだよっ。」
啓斗のクスクス笑いを気にしてか、御崎 月斗も少しぶっきらぼうに言った。
そして、その月斗の隣りに立つ、月斗に良く似た顔の弟の御崎 光夜・・・。
これは偶然だったのだが、双子が二組揃ってしまっていたのだ。
流石にペアルックで現れるようなサービスは無いが、良く似た顔が2組ずつも揃っていると、珍しいというか・・・やはり壮観だ。
「まあ、顔は似てるけど中身の違いはよくわかるような気がするよ。」
大塚も笑いを堪えるようにして言う。
そこへ、今日のガイド役、篠原ことイズミも姿を現した。
「今日は。今日のガイドを務めさせていただきます「イズミ」といいます。よろしくお願いしますね。」
流石と言うか、完璧な女仕草でイズミは挨拶した。
現実世界の彼を知らなければ、アイドル顔負けの美少女ぶりだ。
「えーっと、本日ご案内するのは4名様・・・ですね?」
「あれ?大塚さんは?」
4名と言われて、啓斗はあれっ?と思って声をかける。
「俺は、今日は別行動さ。ガイドなし、電脳都市アンダーグランド探索さ。取材も兼ねてるんでね。」
大塚はそう言うと持っていたバッグを肩にかけなおした。
このEDENの中でも取材の時はそれなりの荷物になる。
パスに付いてる機能を使えば荷物はいらないのだが・・・これは気持ちの問題なのかもしれない。
「そっか、じゃあ、またどこか出会ったらよろしく。」
北斗も施設のあるエリアの方へと歩き出した大塚に声をかける。
大塚は、振り返らずに手だけ振ってそれに答えた。
「では、皆様も出発いたしましょうか?」
一同が大塚を見送ったのを確認すると、イズミは声をかけた。
「おばちゃん!今日はどこに行くの?」
「お、おばちゃん!?」
光夜の罪のない一言に、イズミはひくっと表情を引きつらせた。
中身が男でも、完全に女の子になりきってるイズミにはグサッと突き刺さる一言だったのかもしれない。
もっとも、光夜はまだ12歳だ。
イズミはその年齢差を考えたら微妙にオバサンなのだが・・・。
「これから行くのは楽しいところよ。『お姉さん』の案内について来てね。」
そして、少し力の入った手で光夜の頭を撫でると、イズミは気を取り直して言った。
「では、出発しますね〜♪こちらへどうぞデース!」
ツアーガイドよろしく、イズミは手を挙げると、4人をゲートへと案内した。
◆Under EDEN
ツアー参加者の列から離れて、一人街中へと向かった大塚は、広場の横に立てられたマップを見ると溜息をついた。
実際、アンダーグラウンドな部分の取材と息巻いてやっては来たものの、EDENの情報は異常なほど完璧にコントロールされていて、不確かな噂以上の物は得ることができなかったのだ。
「どうしたものかな・・・」
キルカに取材を申し込むことを考えたが、それでは面白くない。
どうにか彼らを慌てさせるような記事を書いてやりたいっ!と思うのが記者魂というものだ。
しかし、EDENの情報源としてキルカ以上の存在は・・・
「居る!」
大塚は少し前に出会った女性を思い出す。
EDENシステムの創設にかかわった人物が誕生させたEDENの中の新しい命とも言うべき女性・・・NPCのルダランドだ。
ルダランドなら、この世界のことに詳しいはずだ。
それに、ガイアのことも気になる。
ルダランドが付き添いつづけているのだろうか?
様子が見たい、できればお見舞いも・・・と思う。
「確か彼女たちの部屋はメインストリートの方だったよな。」
大塚はマップで所在地を確認すると、ルダランドたちが住んでいる特殊居住地区へと向かった。
洒落た概観のマンションはついこの間来たばかりなのに、なんだか非常に懐かしい場所のような気がした。
エントランスからエレベーターを使ってルダランドたちが住んでいる最上階へと向かう。
そのフロアに一つしかないネームプレートのない扉の前に立ち、大塚は深呼吸するとインターホンを押した。
『はーい。』
聞き覚えのあるルダランドの声がスピーカーから流れる。
『あれ?あなたは・・・ちょっと待ってて!すぐ開けるから!』
大塚が名乗る前に、ルダランドはそう言ってインターホンを切った。
ドアは音もなくスライドして開き、ドアの向うから黒髪の女性が笑顔で出迎える。
「久し振り。来てくれて嬉しいよ。オオツカさん。」
コンピューターであるルダランドが物覚えがいいのは当たり前なのだが、覚えておくべき人物としてデータに残しておいてくれたと言うことが、大塚にはなんだか嬉しかった。
「どうしてるかなと思って寄ったんだけど・・・いいかな?」
「大歓迎。ちょうどキルカも来てるんだ。あがってよ。」
ルダランドは大塚を部屋の中へ案内する。
植物いっぱいの広いフロアは以前と変わりなく、その中央のベッドに横たわった男・・・ガイアが無言であることを除けば、何も変わっていない。
そして、そのベッドの隣りには金髪に白い肌の少年が座っている。キルカだった。
「やあ、きみも来たのか。」
「あ、ああ・・・」
研究室で白衣を着ているキルカを見慣れた大塚には、ブルーのニットにジーンズと言うラフなスタイルのキルカを見て驚いた。
小さいなとは思っていたが、こんなにも幼いとは思わなかったのだ。
EDENという最高機密に携わる研究者が、こんな少年だとは想像もつかない。
「キルカの身体データって・・・少し若く作ってあるのか?」
大塚は思わずたずねた。
それに対してキルカは苦く笑ったが、気分を害するでもなく答えた。
「いや、このデータは寸分たがわず現実世界と変わらない。白衣は着てないがな。」
「そうなのか・・・」
「あんまりガキなんで驚いたか?これでも俺はガイアと同い年なんだぜ?」
「ええっ!?」
大塚はベッドに横たわるガイアとキルカを見比べる。
ガイアはどう見ても20代後半・・・若く見ても20代中頃にしかみえない。
「ちなみに篠原よりも年は上だ。」
「ええええっ!?」
「現実世界のガイアも、キルカと同じような子供の姿のままだったって聞いてる。」
ルダランドは大塚に椅子を勧めると、ベッドサイドの小さなテーブルにお茶を置いた。
「俺たちは電脳都市EDENの統括管理研究施設<エデン・コントロール>の併設施設<ヘブン・コントロール>の出身なんだ。」
「ヘブン・コントロール・・・?」
色々とEDENを調べてきた大塚だったが、初めて聞く研究施設の名だ。
「これは完全な極秘施設だからな。遺伝子操作による天才児の出生を研究している施設だ。俺もガイアも親は居ない。細胞の核とDNAだけを提供されてつくられた「人造人間」なんだよ。子供の姿を保っているのは脳の劣化を抑えるための薬を投与されているからなんだ。」
さらりと言ってのけたキルカだが、その言葉のもつ意味の大きさに大塚は絶句する。
ちょっとエデンの粗探しをしようと思ってきたのだが・・・大変な話を聞いてしまった。
「それって・・・非合法じゃないのか?人体実験じゃないかっ!」
「当然法律で許された世界じゃないさ。だが、あの施設がなかったらこの国の技術はここまで進まなかった・・・。」
キルカは冷めた顔でそう言う。
「EDENは実験設備でもあるんだ。娯楽のためだけじゃない。将来的に人類滅亡の危機に瀕するような環境異変や戦争に見舞われたときに、冷凍睡眠状態に保った人間が暮らすための楽園。地下に作られた安全なシェルターの中で生き残るためのシステム・・・」
「そんな映画や小説の世界じゃあるまいし・・・」
「でも、現実にEDENは存在し、現実世界では肉体を失ったガイアも今ここで生きてる。」
ルダランドはそう言うと、ガイアの額にかかった髪をなで上げた。
「今は休息時間に入っているけど、最近のガイアは随分行動が自由になった。彼がこの世界で、現実世界とまるきり同じ生活を取り戻すのはそう遠くない。」
「そんな・・・」
幾つもの企業が我先にと惜しむことなく金をだし、作り上げられてきた電脳都市EDEN。
ただの娯楽施設で終わるとは思っていなかったが、まさかここまでの計画だったとは・・・。
「も、もし本当なら、そんなことを俺に話してもいいのか?EDENの中にいる限り、エデン・コントロールへ筒抜けなんじゃないのか?」
大塚は悪い冗談だと振り払うように言った。
しかし・・・
「ここにはガイアがいる。ガイアはキルカや私に不利になるような記録は全て削除してくれる。もちろんあなたのもね。」
EDENシステムの生体パーツとして取り込まれたガイアは、いまやEDENの中枢を担っているといっても過言ではない。
「だから、あんたが黙っている限り、ここでの話は外へは漏れない。」
キルカも苦笑いのまま言った。
「俺だって記者だぞ?」
「もし他言するならば、あなたがログアウトする時に記憶の一部をデリートすることも可能だよ?」
大塚の言葉にルダランドが真剣な顔で言うが、それはキルカが止めた。
「あんたは言うなといったものを言うよな人間じゃないし・・・もし他言したとしても誰も信じないさ。EDENのオカルト話の一つで終わる。それに、もし誰かが聞いてそれを広めるようなことになれば・・・その人物は全てデリートされる。」
「・・・」
キルカの言葉は脅しではない。大塚を心配しているのだ。
「ならば、いっそ話さずに居て欲しかったよ。」
大塚は苦笑してそう言ったが、彼らがわざわざガイアの部屋をたずねてきた大塚を特別な人間だと思ったのもわからなくはない。
「ちょっと小ネタを聞こうぐらいの気持ちだったのに、とんだ大ネタつかまされたな。」
「まあ、悪いようにはしないよ。俺やガイア、ルダランドとコネがあるってのはこの世界では大きいぞ。」
「だったら、何か記事にできるようなネタが欲しいな。」
大塚の言葉に、今度はルダランドが微笑み答える。
「記事は足で探し、心で書く物・・・と人間界では言うんじゃなかったかな?」
「・・・ちぇっ。今日は一日収穫なしか。」
大塚はそう言うと、溜息をついた。
「まあ、今日は折角来てくれたんだからサービスするよ。ガイアももうじき目を覚ます時間だから、そうしたらご馳走でも作ってパーティーにしよう。それに、私たちよりガイアのほうが面白い話は知ってるかもしれないよ。」
「そ、そうかな?」
パーティーと言う言葉に少し気持ちを取り直し、大塚は微笑むとルダランドの入れてくれた御茶で口を潤すのだった。
しかし、ガイアの話してくれた話も結局はオフレコの話ばかりで記事らしい記事にできなかったことを追記する。
The end ?
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0795 / 大塚・忍 / 女 / 25 / 怪奇雑誌のルポライター
0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生
0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生
0778 / 御崎・月斗 / 男 / 12 / 陰陽師
1270 / 御崎・光夜 / 男 / 12 / 小学生(陰陽師)
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■ ライター通信 ■
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今回は本当にご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。
過去に遅刻も何度かあり、これからはこのようなことが無いように重々注意してまいります。
本当に、謝って済むような話ではないのですが、本当にごめんなさい。
大変遅くなってしまいましたが、電脳都市・楽園の休日をお届けします。
今回は少しイレギュラーなお話でした。大塚さんの記事になるような話・・・ではありませんでしたが如何でしたでしょうか?
アイテムが発行されるわけではないですが、大塚さんはキルカ・ガイア・ルダランドの信頼を得たので、今後の活動に協力を得ることができます。秘密の大きさも大きかったので、無茶も聞いてもらえるかもしれません。
これからの活躍も期待しております!頑張ってください!
それではまたどこかでお会いしましょう。
お疲れ様でした。
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