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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:たたり
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜6人

------<オープニング>--------------------------------------

 奇妙なモノを見た。
 屋根にのぼる少年と、おろおろとしている大人たち。
 なんだか昔のコメディー映画のようだ。
「どうしたんですか?」
 立ちすくむ人を掴まえ、草間零が問いかける。
「弟が‥‥弟が‥‥」
 だが返答は、明瞭からほど遠かった。
 溜息を漏らす零。
 血は繋がっていないのだが、トラブルに好かれるのは兄ゆずりなのだろう。
「落ち着いて話してください。もしかしたらお力になれるかもしれません」
 柔らかく笑いかける。
 その効果があったのか、状況を見守っていた一人が口を開いた。
「じつは‥‥」
 屋根にのぼっている少年は、どうやら猫の霊に取り憑かれているらしい。
 小学校の近くにいた野良の子猫を虐待して殺したから。
 荒唐無稽な話だが、零は笑い飛ばさなかった。
 そういう例証が皆無ではないことを、黒髪の少女は知っていた。
「‥‥お話は、だいたい判りました。私、こういうモノです」
 聞き終えると、名刺などを取り出してみる。
 むろん、草間興信所の、である。
 まさに期を見るに敏。
 だいぶ似てきたようだ。
「よろしければご一報ください。お役に立てると思います」
 零がにっこりと笑う。
 内心で、スタッフの選抜をすすめながら。






※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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たたり

 川が流れる。
 母なる海へと。
 嘆きと哀しみを、悠久の流れにのせて。
 水は、ただ青く澄んで、人々の営みを見つめ続ける。
「‥‥哀しい色ね」
 河水と同じ色の瞳に憂愁の光をたたえ、シュライン・エマが呟いた。
 先入観かもしれない。
 ここで、ひとつの命が消えたから。
 子猫の命が。
「こんな冷たい水の中で‥‥寒かったろうね‥‥」
 流れに手を浸し、巫聖羅が口を開く。
 この世にいないものに語りかけるように。
 と、彼女の肩に手が置かれる。
 大きく、暖かく、優しい手。
 武神一樹だ。
 調停者の黒い瞳と女子高生の赤い瞳から放たれた視線が、一瞬、交錯する。
 あるいは、哀しみの共有。
「‥‥行こう。ここには、何もない」
 武神が言った。
 水面をさざ波がはしる。
 供えられたばかりの花と線香の煙を、風が揺らしていた。


 小学校の近くにある小さな神社。
 古ぼけた境内の下層。
 そこが、すべての発端だった。
 ダンボール箱に入れられた子猫が、三人ほどの女生徒によって世話をされていたのだ。
 昨今の住宅事情を考えれば、なかなか、家に連れて帰るということもできない。
 けっして最良の環境ではないが、ここなら風雨をしのげる。
 子供たちなりに、そう考えたのだろう。
 浅はかだろうか。
 だが少女たちは、かいがいしく猫の世話をした。
 給食の残りを運び、家からタオルなどを持ち出し。
 一生懸命だった。
 そしてそのことを知っていたのが、件の少年である。
 名を小島祐という。
 彼は、危機感も覚えていた。
 小島少年の家では猫を飼っており、当然、ペットの飼い方について知識があった。
 だからこそ危惧したのだ。
 たとえば人間の食事は、猫にとっては味が強すぎる。
 まあ、空腹時ならなんでも食べるだろうが、塩分と糖分の多すぎる食事を与え続ければ、まず間違いなく病気になってしまう。
 さらに、一生世話をするというのならともかく、人間からエサをもらう癖をつけるのは好ましくない。
 独り立ちできなくなるからだ。
 狩りを憶えないと、野良としては生きてゆけない。
 厳しいようだが、自然界で生きるということは、そういうことなのだ。
 だから、小島少年は少女たちに内緒で子猫に接近した。
 秘密にしたのは、女の子たちの中に入るのが恥ずかしかったから、という事情もある。
 しかし、それ以上に、「説明しても理解してもらえない」だろうという思いもあった。
 彼のおこなおうとしていることは、躾だったから。
 甘やかすだけの少女たちから見れば、きっと虐待しているようにしか見えない。
 それでも、生きるために必要な知識は与えなくてはならなかった。
 人間の匂いを付けられた子猫には、おそらく他の猫たちが寄ってこない。
 猫社会で学ぶことができない以上、少年が教師役を務めるしかないのだ。
 小さな虫を用意して、これを狩らせる事からはじめる。
 少女たちが置いていった給食の残り物も捨てて、狩りの結果に応じて、ちゃんと計算された量の猫用の食事を与える。
 とくに柔らかすぎるものは厳禁だ。
 顎が弱くなるし、虫歯になってしまう。
 それから、猫社会のマナーも教えなくてはならない。
 なわばりのことや、先輩猫との接し方まで。
 子猫はまっすぐに人間の目を見つめるが、これはまずいのだ。
 猫の間では、目が合うということは、すなわち決闘の合図である。
 そういったことを含めて、仕込まなくてはいけないことがいくらでもあった。
 もし飼い主を探すというなら、トイレの躾もしておいた方が良い。
 家猫でも野良猫でも、どちらにも対応できるようにするのだ。
 難しいかもしれないが、できなければ子猫が死ぬ。
 少年は、自分の時間を削って、子猫にさまざまなことを教えていった。
 そう。
 世話をするとは、本当はそういうことなのだ。
 無原則に甘やかすだけではダメだ。
 その後のことまで、きちんと考えなくては。
 しかし、少年の行動を知った少女たちの反応は、好意的ではありえなかった。
「可哀想じゃない」
「なんでいじめるの?」
「乱暴者!」
 たしかに、少女たちから見ればそうなのだろう。
 それに対し、小島少年は反論する。
「可愛いって理由だけで、こんなところに連れてくるな。この子の将来に責任を持てるのか!!」
 正論である。
「だからって、ほっといたら死んじゃうじゃない!!」
 少女たちの言い分も、また正論だった。
 とはいえ、野生動物ならば、九割は淘汰されて死んでいるのだ。
 適者生存という言葉が示すとおりだ。
 それが自然界の掟である。
 最後まで面倒を見られないのなら、子猫など拾うべきではなかった。
 生きるか死ぬかは、その猫の運と実力に任せて、通り過ぎるべきだったのだ。
 あるいは、生の苦痛を味わわせたくないなら、保健所に連絡するか。
「そんなひどいことできるわけないじゃない!!」
「じゃあ、こんなところで甘やかしてるのは、ひどいことじゃないのかよ!!」
 猫は、いまは一〇年以上生きる。
 小学生の慰みだけで、可愛がられた猫こそ、良い面の皮だろう。
 単純計算で、彼女らが二〇歳以上になっても保護し続けなくてはいけないのだ。
 できるはずがない。
 中学に進み、高校へ進学し、大学や社会へと出る。
 その過程で、必ず猫のことは忘れるだろう。
 そのとき、猫はどうなる?
 生活力もなく、躾もできていない猫は?
「お前らのやったことは、逆にコイツの寿命を縮めたんだよ!!」
 少年が言いつのる。
 だが、むろん少女たちは納得しなかった。
 自分たちの善意を信じていたから。
 それに、小島少年の言葉が高圧的だったから。
 少年は大人ではなく、辛抱強く少女たちを説得することができなかった。
「もういい! あたしたちの猫かえしてよ!!」
 少女の一人が、少年から子猫をひったくり走り出す。
 乱暴者から守ったつもりなのだ。これで。
「やめろ! そいつはまだ‥‥!!」
 叫びながら、少年が後を追う。
 逃げる少女たち。
 猫は、急激に環境が変わるとパニックを起こす。
 旅行などに猫を連れて行ってはいけない、と、いわれる所以である。
 少女の腕に抱えられ、生まれて初めての高速走行を体験した子猫が、パニックを起こさないわけがなかった。
 川にかかる橋の上。
 恐怖に耐えかねた猫が、少女の腕から飛び出す。
 それは、幾重にも重なった不幸な偶然。
 もしも、少年が猫を鍛えていなかったら。
 もしも、少女がしっかり抱えていたら。
 もしも、橋の上などに逃げなかったら。
 もしも、少年が追いかけてこなかったら。
 もしも、ガードフェンスが設置されていたら‥‥。
 子供たちの目前。
 宙に飛んだ子猫が、水面に吸い込まれてゆく。
 哀しげな鳴き声を残して。


「じゃ、あのガキは取り憑かれてなんかいないってこと?」
 戻ってきたシュラインたちから説明を受け、守崎北斗が訊ねる。
「いまのところ、なんとも言えないわね」
 慎重に答えるのは、光月羽澄だ。
 緑の瞳が思慮深げに揺れている。
「猫なんて、毎日どっかで死んでるぜ。いまさらこんなことで憑くとは思えねぇけど?」
 北斗の言葉は乱暴だが、事実からそう遠くはない。
 交通事故に保健所での薬殺。それに動物実験。
 べつに珍しくも何ともない。
 保健所で処分されるものだけでも、年間に四〇万匹を超えるのだ。
「そう、その通りです。だからこそ狂言を疑ったのですが」
 黒髪を掻き上げつつ、九尾桐伯がさらに続ける。
「どうも、嘘をつく理由はなさそうですね」
「まったくだ」
 武神も頷いた。
 知者は、ときとして同じ橋を渡る。
 彼らが共通して考えたことは、小島少年が嘘をついている可能性だった。
 虐待死ということになれば、非難は少年に集中する。
 それを回避するために、取り憑かれた「ふり」をするという図式だ。
 怪奇探偵の妹から話を聞いた時には、可能性が高いように思えたのだが。
「いまとなっては、な」
 苦笑を浮かべる調停者。
 少年が演技する理由がない。
「それに、恨まれるっていうならあの子たちの方よ! 悪いのは小島くん、って、ぜんっぜん反省もなにもしてないじゃない!!」
 怒っているのは聖羅だ。
 調査に参加した六人のうち、興信所事務員と調停者と反魂屋の三名が聞き込みと情報収集を担当したのである。
 残りの三名は、少年の自宅をいち早く訪れ、家族の説得などをおこなっていた。
 情報は、なるべく広範囲から多量に。
 それが怪奇探偵の流儀なのだ。
「まあまあ、聖羅ちゃん」
 平和主義者のふりをしつつ、シュラインが窘める。
 少女たちの態度は鼻持ちならないものがあるが、善意から出たことではある。
「まあ、悪意の成功より善意の失敗の方が、往々にして傷が深くなるものだけどね」
 肩をすくめつつ、羽澄が言った。
「たしかに」
 九尾も同調する。
 土地を放射能汚染させるために原子力発電所を建造する人間などいない。
 自国を焦土にするために戦争を始める人間などいない。
 すこし大げさにいえば、そういうことだ。
 よかれと思ってやっているのだ。
 結果が伴わないだけで。
 今回のケースでも、子猫に害意をもっていたものなど、一人も存在しない。
 小島少年にしても少女たちにしても。
 ごくささいなスタンスの違いが、回避しえざる氷刃となって一閃した。
 事故だったのだ。
 むろん、だからといって無反省で良いということではないが。
「なんにしても、アレをなんとかしないとな」
 北斗が屋根を見上げる。
 硬柔いずれの対応を取るにしても、少年の身柄を確保しない事には、どうにもならない。
 それに、ぐじぐじと考えるのは苦手だ。
 行動あるのみ、である。
「桐伯さん!」
「はいはい」
 微苦笑を浮かべながら、九尾が右腕を振る。
 瞬間。
 地表から屋根まで張られる糸。
 銀糸よりも細く、鋼よりも強靱な。
 黒髪のバーテンダーの武器。
「いくぜ!」
 北斗の身体が宙に舞う。
 ほとんど一挙動で糸の上に乗り、そのまま屋根へを駆け上がっていった。
 とんでもない体術である。
 さすがは忍者の末裔というところだろう。
「あたしも行く!」
「仕方ないから、私もいくわ」
 聖羅と羽澄が続いた。
 さすがに北斗よりは遅いものの、バランスの悪さなどものともしない身のこなしである。
「元気なことだ」
 武神が笑う。
 アクションは高校生たちに任せて、観客に徹するつもりのようだ。
 気楽なものだ。
「ところでシュラインさん?」
「どしたの? 九尾さん」
「先ほどから黙りがちですが、どうしました?」
「えっと‥‥」
「シュラインには、真相が見えているのさ」
 調停者が、二十代の会話に割り込む。
「というと?」
「良心の呵責。猫の将来にまで心を配る子だもの。自分を責めて責めて、ついにはありもしない幻影に取り憑かれちゃったのね」
 やや寂しげに告げるシュライン。
 男二人が頷いた。
 感想らしいことは口にしなかった。
 ただ、赤と黒の瞳には沈毅な色が宿っていた。
「残念だけど、私たち探偵の領分じゃないわ。カウンセラー、いえ、精神科医の仕事でしょうね。ここからは」
 蒼い瞳の美女が呟く。
 屋根の上から、捕らえられた少年の絶叫が聞こえていた。
 高らかに歌われる鎮魂歌のように。


  エピローグ

 花束が、流れにのる。
 子猫の命が消えた川。
 本当は、もっと多くの命を飲み込んだであろう川。
「結局、入院になっちゃったわね。あの子」
 手を合わせた羽澄が、ぼつりと言った。
「仕方ねぇさ。シュラインの台詞じゃないが、俺たちに出来ることなんてたかが知れたもんだ」
 北斗が小石を投げる。
 それは、水面に七回バウンドし、対岸へと飛んでいった。
「誰が悪かったわけでも、ないんだよね。きっと」
 河原に腰掛けた聖羅が、誰にともなく訊ねた。
 もちろん、答えを持ち合わせるものなどいない。
 善意が空回りした結果だから。
「象が歩けば虫が踏みつぶされる。だが、それは象の責任じゃない」
「でも、虫は象に踏みつぶされるために生きてるわけじゃないわよ」
 武神とシュラインが、抽象的な会話を交わす。
 首をかしげる高校生たち。
 そう。
 歳を取らなくては理解できぬことも、たしかにこの世にはある。
「‥‥理解できた時には、たいてい手遅れなんですけどね」
 口に出さず、九尾が呟いた。
 水面を渡る風が強さを増し、探偵たちの髪を乱暴になぶってゆく。
 やがて訪れる夜へと誘うように。













                          終わり



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
1087/ 巫・聖羅     /女  / 17 / 高校生 反魂屋
  (かんなぎ・せいら)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
1282/ 光月・羽澄    /女  / 18 / 高校生 歌手
  (こうづき・はずみ)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0332/ 九尾・桐伯    /男  / 27 / バーテンダー
  (きゅうび・とうはく)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「たたり」お届けいたします。
綾、草間、嘘八百屋、零。
わたしが扱うメインNPC4名それぞれがホストになった新春推理シリーズ。
いかがだったでしょうか?
お客様の推理は当たりましたか?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。



☆お詫びとお知らせ☆

※2月3日(月)6日(木)の新作アップは、著者、私事都合によりお休みいたします。
 ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

※代わりといってはなんですが、シナリオノベルの方を3度ほど開けようかと思っております。よろしければご利用ください。

※また、2月2日(日)午後9時頃から、コミネットにおいて東京怪談と界境線のチャット会を開催します。こちらも、よろしければ覗いてみてください。