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恋絵馬
□オープニング
春日神社は長い階段を延々と上った先にある。
三下は何度かの休憩をとりながら漸く鳥居の前に辿り着いた。
「はぁ。つっかれたー。しかし絵馬ドロボウと幽霊か……」
春日神社は縁結びで有名な神社である。男女でそれぞれハートの絵馬の片方づつを奉納し縁結びを願う。そして恋がかなった二人はお互いの絵馬を組み合わせて完全なハート型になった絵馬を奉納し恋の成就を祝い永続する事を願う。
三下は一人の少女に目を留めた。
ハート型の絵馬の奉納場所で彼女はぽつねんと佇んでいる。
制服姿でおさげ髪の初々しい少女だ。ハート型の絵馬の奉納場所にいるからにはきっと恋人でも待っているのだろう。そう思うと少しその彼氏が羨ましくなった。
「さてと、取材取材と」
「しかし、絵馬を盗むなんてひどい事をする人もいるもんだなあ」
取材を終えた三下はため息をつく。他人の幸運を欲しがる人が、或いは片思いの相手が奉納した絵馬を自分のものにする事で恋の成就を願う人が絵馬を探して持って行ってしまうという。
他の人の願いを掠め取ってもきっと良い事など起きないだろうにと三下は思うが、そうは思わない人間も少なからずいるらしい。
そして、もう一つの噂――こちらが三下の取材の本命だ。
「神社の中にいる恋を叶える幽霊」についての噂は目ぼしい手掛かりは得られなかった。
(あれ……?)
三下はあの少女がまださっきの場所に佇んでいる事に気がついた。
思わず近付いた三下に少女は問い掛けた。
「あなたの好きな人は誰ですか? 私に恋のお手伝いをさせてください」
「……は?」
「私この神社でとても悪い事をしてしまったんです。神様に、その悪い事の償いに誰かの恋を手伝いなさいって言われて……。ご迷惑はかけません。ただ恋のお手伝いをしたいだけなんです」
少女の手にはハートの絵馬の半分だけが握られていた――。
□早春の夕暮れ
暦では春を迎えたとは言え、まだ寒い日が続いている。小春日和にも春一番にも程遠い『春』。歌ではないが、まさしく春は名のみと言った季節である。
そんな肌寒い日々の中の密かな春の訪れがある。誰の家の庭だろうか、仄かに白い梅が咲き誇っている。夕闇に染まったその白い花を九尾桐伯(きゅうび・とうはく)は微笑ましげに見上げた。
「あら、もう梅が咲く季節なのね」
「ええ」
隣を歩く男の視線に気が付いてそれを目で追った女性はやはり口元を綻ばせた。
彼女の名はシュライン・エマという。三下に呼び出された二人が駅でばったりと出会ったのは、お互い方向が逆とは言え同じ沿線を使っているせいだろう。私鉄の駅が路線によって密集しているこの地域ではそういう偶然も珍しい。
友人同士という気安さもあり、散歩がてらのんびりと歩いていた二人に背後から声がかかった。
もっとも二人の耳にはとうに彼らを追って駆けて来る二人分の足音を聞きつけていた。おかげで驚きは無い。むしろその二人の為に足を止めていたと言って良い。
「あー、やーっと追いついたっ。つっかれたー。やっぱりシュラインだったわ」
そこまで言うと胸に手を押えて呼吸を整える。さらさらのストーレートロングの髪が乱れているのに気付いて、慌ててちょっと調えると照れ笑いするのが可愛らしい。
「桜夜っ置いて行くなっつってんだろ!?」
やや遅れて駆け寄った少年が叱りつける口調で彼女に文句を言う。二人と旧知の仲のエマは相変わらずだと少し微笑ましく思った。
少女の名を朧月桜夜(おぼろつき・さくや)と言い、少年は瀬水月隼(せみづき・はやぶさ)という。朧月とエマとは年の差はあるものの良い友人である。瀬水月の方とはそこまで面識は無いが彼女から常々噂を聞いているせいでよく知っている気がする。
やはり三下に呼び出されたと言う二人に改めて九尾が挨拶をすると朧月は愛想良く。瀬水月は少し不機嫌に挨拶を返した。瀬水月の視線が自分より朧月に向けられている事を悟りなるほどと思った九尾だった。
「で、あの角曲がると神社だって?」
「ええ。そうみたいね」
「三下さんが呼んだ残り二人ももう着いているみたいですね」
「え? じゃあ。急がなくちゃ!」
朧月の言葉に頷いて4人は角を曲がる。
「あ! 皆さーんっ、お待ちしてましたーっ」
聞き慣れたと言えば十分なほど聞き慣れていた三下の声が途端にかかる。一緒にいるのは軟らかそうな髪の少女――首元に下げた十字が印象的だ――と、薄い色の髪とサングラスの少し軽薄そうな青年。青年の方が朧月とエマを見て口笛を一つ吹いた。所謂賞賛の口笛と言う奴だ。
「いいねぇ、今日は美人さんに出会える星周りだね」
「ジョージさん、そういう問題じゃないと思います」
嬉しそうな声に即座に少女が生真面目に答える。声が心持ち冷たいのは気のせいではないだろう。
渋沢ジョージ(しぶさわ・)は、そんな年若い友人を笑って誤魔化そうとした。しかし、麻生雪菜(あそう・せつな)は誤魔化されてくれずに、これ見よがしにため息をつく。
「あー、悪かったって。雪菜」
「わかればいいんです」
静かに頷いた麻生と肩を竦めた渋沢の二人に三下はおろおろと視線をさ迷わせた。ややあって思い出したと言うように一つ手をうつ。言った言葉は仲裁の言葉ではなかった。
「えーっと、皆さんそろった事ですし、そろそろ上に行きませんか?」
□幽霊と泥棒と
三下の案内で社務所も閉まった境内に入ると、絵馬の奉納場所に彼女は佇んでいた。全員の視線を受け彼女は困った顔で頭を下げた。彼女に最初に近付いたのは渋沢である。
「ねぇ、そこの可愛い君。ちょっとお茶でも……じゃなかった、君はいつもここにいるのかい?」
「はい。……あ、でも、お手伝いをしている時はここにいません」
「お手伝いってアレ? 恋を叶えるってヤツ?」
瀬水月の言葉に頷いた幽霊は困ったように三下の後ろに隠れた。瀬水月の彼女を観察する冷静な目に怖気づいたせいだ――もっとも隠れる相手が三下という点で間違っている。
「セコい事するやつもいるもんだな」
「でも、縁結びの幽霊さんがいるだけあって、普通と違う特別な効果があるんでしょうか?」
麻生の言葉を受けて視線が幽霊に集中する。彼女は困ったように首を傾げた。
「わ、私は罰を受けている身ですから」
「そう。その悪い事ってまさか……絵馬を盗んだ、とか?」
「あ! それアタシも思ってた」
多かれ少なかれ同様の事を思っていたらしい――唯一、三下だけが驚いている――全員の視線が幽霊に集中する。彼女は申し訳なさそうに頷いた。
「……すいません。お守りにしたかったんです」
「絵馬ってお守りにはならないわよ。むしろ神様に怒られると思うんだけどなあ」
「え? なんで? ああ、願掛けで奉納したのを持っていくから?」
渋沢の言葉に朧月が頷き、奉納された絵馬の一枚を示す。
「ほら、馬が書いてあるでしょ? これが生贄の代わりなのよ」
絵馬といえば合格祈願のお守りのようなイメージがある。そんな物に生贄という生々しい単語は似合わない。確信有り気な朧月の言葉に落ちた沈黙を破ったのは九尾だった。
「生贄、ですか?」
「そ。馬を一々殺していちゃ大変だから絵に描いた馬で代用しているの。絵馬って言うのは平安から続いている由緒ある願掛けの方式よ」
朧月は陰陽師の知識を淡々と口にする。エマがそれに納得行かない様子で訊ねた。
「つまり、馬を生贄に捧げるからお願い叶えてねって事?」
そう、とあっさりと朧月は頷く。そういう言い方をするとなんだかロマンティックな縁結びの神社がおどろおどろしく見えてくるのが不思議だ。瀬水月は思わずぼやいた。
「縁結びの絵馬なんて少女趣味だと思ったけど、そう言われるとなあ。……まあ、確かにそれなら横から掠め取ったら怒られそうだけどさ」
「つまり彼女は怒った蔡神に一種の呪いを掛けられてしまったという事ですね」
ため息のように九尾が言う。なんとも重苦しい空気が辺りを包んだ。
ふと渋沢が思いついて口を開く。
「なんで、彼女だけ? 盗まれた絵馬は一枚だけじゃないんだろう?」
「そういや、そうだな。一枚だけじゃあ事件にならねえ。っつーか、むしろ騒げないだろ。これだけある絵馬の一枚や二枚無くなった所で、わかんねえだろうし」
「あの……」
瀬水月の言葉に反応して幽霊がおずおずと口を開く。
「前々から色んな人が絵馬を盗んだりしていました。でも、最近……同じ人がよく来るんです」
「ちょっと待って前々からってあなたいつからここにいるの?」
エマの言葉に彼女は首を傾げて「さあ」となんとも曖昧な返事をする。
「覚えてないんですか?」
「……ごめんなさい」
「そんな悲しげな顔したらせっかくの可愛い顔が台無しだよ? で、最近ってどのくらいの期間?」
「えぇと……ここ二、三週間です。その前から段々多くなってたんですケド……」
幽霊の言葉に瀬水月がうんざりと頭を振る。
「つまり何か? この幽霊と絵馬泥棒は別件?」
「そういう事のようですね」
「絵馬泥棒は絵馬泥棒でとっ捕まえてやりたいわよね。人の一途な気持ち踏みにじるなんて良くないと思うのよね」
「そうですよね。皆さん一生懸命お祈りしてるんでしょうし」
「だからってこのコを放って置く訳にも行かないわね」
「それじゃ、絵馬泥棒を捕まえるのと彼女を助けるのと両方って訳だね」
全員の意見をまとめる渋沢の言葉に全員が頷いた。
■絵馬泥棒
外灯の灯りだけが神社を照らしていた。周りを木々で囲まれているせいで外灯以外の灯りがない。
暗闇と静寂が守るその神社を駆け上がって来る影がある。麻生は少し緊張したが、姿を見て安堵した。瀬水月だ。
「悪ぃ、遅くなった」
社務所の裏手からは絵馬の奉納場所が良く見える。大きな影が死角になると潜んだは良いが、この季節は寒い。瀬水月が近くのコンビニに買出しに出かけたのだ。
「熱いコーヒーと紅茶。あと、これ」
何かのついでのように白い物が麻生に手渡された。それはほんのりと暖かい。渋沢にも同じ物が手渡される。
「お♪ 気がきいてるねえ」
「暖かいです。ありがとうございます」
「コンビニ出てすぐ開けたから、もっと暖かくなると思うぞ」
ぶっきらぼうにそう言うと瀬水月はしゃがみ込んで無糖の缶コーヒーを開けた。
プルトップを開けると湯気が香気と共に漂う。瀬水月は缶の上の部分を握って一口飲んだ。すっと白いハンカチが差し出されたのはその時だ。首を傾げた瀬水月に麻生は自分の缶を見せる。缶にはハンカチが巻かれていた。成程、その上からなら熱くないだろう。既に渋沢も同じ様にしている。瀬水月も倣う事にした。
「さんきゅ」
しばし、飲み物を飲む静かな沈黙が落ちる。ため息と湯気だけが暗闇を白く染める。
半ばほども飲んだ頃だろうか人影が現れた。ポニーテールにリュックサック。あれか、と全員が思う。
少女はまっすぐに奉納場所に向かうと絵馬をリュックに詰め始めた。一度に三枚四枚と手に取っていく様は一種異様だった。
あれは絵馬泥棒だろう。しかし何かイメージと違う。あれは絵馬を手当たり次第に持っていくというのが正しい。これが頻繁に起こるなら確かに話題にもなるというものだ。
渋沢が向うに行くように合図を送る。瀬水月は迂回して鳥居の方へ、麻生がその少女の方へと向かう。ギョッとしたように少女が振り返えるタイミングを渋沢は待っていた。
手に持っていたカードを渋沢は中空に投げる。
――太陽のカードはその名に相応しい強烈な光を放った。
目をくらませる少女から麻生がリュックを奪う。驚いた少女は闇雲に慣れた道を逆行して瀬水月の方へと走って来た。その腕を捕えて瀬水月が彼女に向かって言う。
「さて、事情を聞かせてもらおうか?」
□絵馬泥棒と二人のM
次の日の昼。駅に程近い喫茶店あびぃ・ろーどに6人が揃った。店の入り口に置いてある大きなスヌーピーのぬいぐるみがOPENの札を持っているのがなんとも微笑ましい。
「それで動機はなんだったの?」
エマの言葉に瀬水月が呆れたようなため息をついた。麻生が困ったように答える。
「小遣い稼ぎなんですって」
「? なんで、絵馬で小遣いが稼げるわけ?」
「好きな人のイニシャルがある絵馬をお守り代わりに持ちたい人がいるんですって……」
「お守りになるんですか? それ」
「さあ? 俺にはよくわかんないねえ。まあ、手当たり次第だったのは後で区分けして必要なのを探し出すって魂胆だったわけさ」
「まあ、夜中探すには暗いでしょうけどねえ。残りはどうするんですか?」
「燃えるゴミは月水金」
渋沢のシンプルな言葉にやれやれと九尾はため息をついた。それはいくらなんでもあんまりと言う物だろう。その九尾に納得行かない様子で声をかけたのは瀬水月だ。
「で? なんだって神社に突き出すんじゃなく、今日呼び出しな訳? あの絵馬探し代行業」
「代行も何も分捕ってきてるだけじゃないのよ! とっとと突き出しちゃえばいいのよ! 一途に思ってるんだなあとか思ってりゃあさあ! 代行する方もする方だけど、させる方もさせる方よ!」
「落ち着けって、桜夜」
「落ち着いてるわよ、十分っ。んで、幽霊の方なんだケドさ」
朧月がちらりとエマに視線を送る。学校に忍び込んで卒業アルバムを軒並み借りてきたのだ。夜通しそれをチェックしていた成果はと言えば。
「連絡取れたわ。……まぁ、どっちがそうなのかは不明ね」
「どっちがそう、ですか? 片思いの相手らしき人が二人とか?」
「彼が想っていたのがどっちかって事。まず幽霊さんの名前は相楽鞠(さがら・まり)、三年前に亡くなってるわ」
九尾が差し出した新聞のコピーには『神社の前で高校生交通事故』という全部で10行にもならない記事が載っている。しげしげとそれを眺めてから渋沢が確認した。
「これには絵馬の事は書いてないな」
「確認した所によると、絵馬は握ってなかったそうよ」
「でも、絵馬を盗んだって幽霊さん――あ、いえ、相楽さんおっしゃってましたよね?」
「盗んだのは別の機会の可能性もあるな。で、ニュースソースってどこさ?」
「田中直登(たなか・なおと)くん。現在21歳でT大の教育学部に在学してるわ。ちなみにこっちが葛西芽衣(かさい・めい)さん。相楽さんの親友だったんですって」
エマの視線に頷いて朧月がアルバムのカラーコピーを見せる。それらには赤ペンで印がつけてあり、それら全てが三人揃って写っている。仲が良いというのがよく判る写真ばかりだ。瀬水月が深く頷く。
「なるほど、鞠と芽衣、どっちもMだな」
「そういう事。この二人も神社に呼び出してあるわ。鞠さんに見えれば良いんだけど」
「それ以前に思い出すかどうかよ」
自分の名前すら覚えていなかった幽霊を思い出して朧月はため息をついた。
□もしも叶うなら
社務所が閉まるのを待って一同は境内に上る。絵馬奉納所にいつも通りに幽霊はいる。ぼんやりとしていた彼女が彼らを見つけ、頭を下げようとしてそのまま凍りついた。
「……直登くん、芽衣ちゃん」
「あの声、聞こえる?」
振り向いた瀬水月が訊ねるのにも答えず葛西が足を速めた。田中は驚いた様子でそれでも葛西の後について行く。どうやら見えているらしいなと全員が胸を撫で下ろした時にそれは起こった。
「このバカ鞠っ」
「芽衣ちゃーん、それはいくらなんでもあんまりじゃ?」
思わず言った渋沢の言葉にも気付かぬ様子で葛西は幽霊に抱きついた。実際は幽霊に触れないのでその辺りに手を置いたと言うのが正しい。
「横断歩道で赤信号がダメだなんて幼稚園児でも知ってるのよ!? 一緒に成人式するって約束したじゃないのっ」
「どうしてあんな早朝に一人で神社になんか……。その上神社にずっといただなんて知らなかった。芽衣、鞠が窒息するよ」
「ごめんね、二人とも……」
幽霊と二人のやり取りを見ていた自称絵馬探し代行業がマジに幽霊と呟いたので麻生が生真面目に頷いた。
「絵馬を盗んだ罰で恋を叶えなければいけない幽霊さんです」
「……私、代行業辞める」
「いい心がけね……えぇっと田中さん? 一つお聞きしたいんだけど良いかしら?」
エマの声にはっと田中が振り返り頷く。
「彼女の持っているその絵馬のMは誰だったの?」
「…………鞠です」
「今は?」
「別に関係ないと思うんだけど」
思わず黙り込んだ田中をかばうように葛西が言う。朧月が葛西に言い聞かせるように声をかけた。
「あるのよねー。それが。鞠サンは絵馬を盗んだ罰でここで『恋を叶える幽霊』になってるの」
「恋を叶える幽霊?」
「そう。『あなたの恋のお手伝いをさせてください』って、誰でもいいのかも知んないケドさ。やっぱり絵馬を盗んだ責任を取った方が良いんじゃないかって思うのよね」
「それに3年経ってるわけだし、心変わりするなって方が難しいじゃねえの」
同調した瀬水月の言葉に田中は少し考えてから「今好きなのは確かに芽衣です」と答えた。芽衣が驚いた顔で振り返る。
「ちょっと待ってよ。鞠はそれでいいの?」
「私は恋を叶えなきゃいけないし。それに二人が幸せになってくれるなら嬉しい」
「ここに二人の為の絵馬があるからさ、奉納して行ったらどうかな?」
渋沢がすかさず絵馬とペンを差し出した。素直に二人は受け取り書き始めた。
「これで恋が叶えられたって訳だね。ハッピーエンドって訳だ」
「いえ、まだです」
それまで押し黙っていた九尾が断言した。渋沢が目を丸くして振り返る。
「え? なんで?」
「絵馬が一枚消えただけでは、騒ぎにはならない。では、一度も恋を叶えた事のない幽霊がアトラスに来る程の情報になるでしょうか?」
九尾の言葉にエマが腕を組んでしばし考えてから答える。眉を寄せて考えているのは他の者も同じだ。情報を整理するように声に出して推論を組み合わせていく。
「……確かに、それならせいぜい神社に幽霊がいる程度の噂よね」
「でも、実際の噂は『恋を叶える幽霊』だったって事は幽霊が恋を叶えた前例が幾つかあるって事か」
「じゃなかったら、『恋を叶えます』なんて言う幽霊がずっといるか、だよな」
「ちょっと待ってください。鞠さんがなくなったのは三年前。……それから、ずっと?」
遠慮がちに麻生が首を傾げていうのに朧月が信じられないという表情になる。
「じゃあ、いつになったら罰が終る訳!?」
「終らせたいと思いませんか? 鞠さん。あなたに罰を与えた蔡神はどこにいるんですか?」
「ここにおる。最初からずぅっと」
涼やかな女性の声が答えた。いつのまにか彼らの前に白い和服を来た女性が立っていた。
□罰の終わり
蔡神だという女性に九尾は真剣な眼差しを向けていた。それは一度も揺らぐ事なく蔡神を見据える。彼女は面白そうに問い掛けた。
「ここは我の領域だ。最初からずっと見ておった。それで何を持って終わりとする?」
「これまで彼女は十分やって来たんじゃないんですか? 三年間も。元々盗んだ絵馬の相手の恋も結び、絵馬泥棒は一人大手を捕まえました」
「え!? 私っ!? もう二度とやりませんっ! ごめんなさいっ」
突然話題を振られて自称絵馬探し代行業は大慌てで頭を下げる。エマがやれやれと肩を竦める。
「まあ、彼女も反省しているみたいですし、これから大丈夫です。他の人も止めてくれるわよね?」
何度も頷く少女を興味なさそうに見つめ「まあいい。報いはどうやっても来るからの」と物騒な事を蔡神は言った。いかに女性と言えど声を掛ける気になれなかったらしい渋沢が「報いって」と思わずこぼす。
「他人の願いの力を借りて願いを叶えようとする悪行は、多かれ少なかれ報いとなって現れる。それが理と言う物であろう」
「なんで鞠サンが幽霊になってまで奉仕してるのに、これはいいのっ!?」
「なんか罪が平等じゃないよなあ」
朧月が少女をこれ呼ばわりした事を咎めるでもなく瀬水月も同意する。
「相楽鞠の罪はそれだけではない。不浄で絵馬と神域を怪我した事じゃ」
「不浄ってなんですか?」
「血じゃ。己の血で汚した絵馬が今もここにある。それが罪業を深め、相楽鞠をこの場所に縛り付けた」
「それってつまりさぁ、血で汚れた絵馬がどこかに残っててそのせいで鞠ちゃんが成仏出来ないって事?」
渋沢の確認に蔡神は頷く。我が意得たりと麻生が全員を見た。
「神社前で事故でしたからあの辺りを探してみましょう。それでそれをちゃんと片付ければ鞠さんを解放してくれるんですよね?」
「うわっそれなら早いうちに探さなくちゃ。暗くなったら探すの大変になっちゃうわよ」
「あの辺り竹やぶあったろ? あれっぽくねえかな?」
朧月と瀬水月が頷き、年若い三人が慌てて鳥居の方へと向かっていく。まだ何か言いたげな九尾は彼らが離れてからもう一度口を開く。
「教えてください。事故を起こしたのはあなたですか?」
「違う。あの娘の尽きかけた命運に報いが重なった結果じゃ。あの娘は病でな、ここに来た時からもう長ごうはなかった」
「あ、だから、『一緒に大学に』なのね」
エマが納得して頷いたが九尾は諦めきれずにもう一度訊ねた
「……止められなかったんですか」
「無理じゃ。やりとうてもそれは不可能じゃ。我にはこの神域を守る事と絵馬に書かれた願いが叶うよう少しの力を貸すだけ……昔ならばいざ知らず、蔡神とは無力なものじゃ」
詠嘆するその口調にそれ以上何も言わずに九尾は頭を下げた。顔を上げた時には既にその姿はない。ただその場所に何枚かの絵馬が残されていた。詫びのつもりなのだろうか。
渋沢が誰に言うともなく言った。
「神サマにだって出来ない事がある。案外神サマもあの子助けたかったのかねえ」
誰も答えを返さなかったのは同じ事を思ったからだろうか。
■恋絵馬
絵馬が見つかったのは、探し始めてから2時間近く経過ごした後だった。
何度も頭を下げながら消えていった相楽の笑顔は最早淋しそうではなかった。
それを確認して田中と葛西は帰って行った。自称絵馬探し代行業は財布をひっくり返して賽銭箱に入れてから帰っていった。どうやら稼いだ分は返そうと思ったらしい。
朧月はハート型の半分の絵馬を一枚貰うとそれに書き込み始めた。
「実は前々からやってみたかったのよね、これ♪」
上機嫌の朧月の背中を見ていた瀬水月はやや呆れた視線で見ていたが、すっと絵馬を取り上げた。
「桜夜、何やってんだお前」
「ちょっとぉ! なぁにすんのよっ」
『来年も一緒にすごせますように』そう書かれた文字をちらりと見て、瀬水月も絵馬を取った。同じ事を書き込もうとして思い直して『ずっと一緒に過ごす』と書き込み、二つの絵馬をハート型の完成形にする。まじまじと見ている朧月の視線にしぶしぶ口を開く。
「何だよ。何か文句あんのか?」
「ううんっ、ないないっ、ね、一番高い位置に奉納してよ」
「ばーろ。それはおみくじだろ、おみくじ」
じゃれ付いてきた朧月にわざとぶっきらぼうに答えてそれでも瀬水月は一番上の位置に絵馬を奉納した。
fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0072/瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)
/男性/15/高校生(陰でデジタルジャンク屋)
0081/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男性/27/バーテンダー
0444/朧月・桜夜(おぼろつき・さくや)/女性/16/陰陽師
1273/渋沢・ジョージ(しぶさわ・)/男性/26/ギャンブラー
1297/麻生・雪菜(あそう・せつな)/女性/17/高校生
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■ ライター通信 ■
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依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
小夜曲と申します。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。
年明け初の依頼は納期ぎりぎりでした。本当に申し訳ありません。
この依頼を書くにあたって絵馬を調べてみたのですが、平安時代から続く願掛けの方式というとなんだかとてもご利益がありそうですよね。
でも、馬を殺して奉納する代わりに絵馬にしたと言うのはちょっとシュールかもしれません(笑)。確かに馬を殺したら労働力はなくなっちゃうんですけどね。
でも、昔の神様はやはり何処も血の供物を求める物なのでしょうか。
あと、非常にどうでもいい話なのですが、誰も三下の恋路を手伝う気がなかったのがなんとなく楽しゅうございました。
瀬水月さま、初のご参加ありがとうございます。
ぶっきらぼうで格好いいというイメージを持っておりますが果たしてPCのイメージ道理なのかどうか……、もし何かございましたらどんどんご指導くださいませ。
瀬水月さまと朧月さまの関係をとても楽しく書かせていただきました。ラストシーンが絵馬の奉納のシーンになったのはお二人のプレイングのおかげです(笑)
頭脳派で書かせていただきました。自称絵馬探し代行業が大人しく神社に来ていたのは実は瀬水月さんが彼女のデータを押えていたからだったりします。
今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
では、今後の瀬水月さまの活躍を期待しております。
いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。
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