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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ガラスの向こう側

□■オープニング■□

 今日も賑やかなインターネットカフェ。雫はいつもの席に座り、いつもどおり、自サイトの掲示板をチェックしていた。
(うーん……今日はいい情報ないなぁ……)
 書きこみが少なかったわけではないのだが、雫をそそるようなネタは見あたらなかった。
 諦めてパソコンの電源を落とし、帰ろうとしたその時。
  ――ガタッ
 雫が立ち上がる前に、隣に座っていた少年が突然勢いよく立ち上がった。驚いて目をやると、少年は何故か怯えた顔をして画面を眺めていた。呆然、ともとれる。
「……? どうかしたの?」
 その様子が気になった雫は、失礼とは思いながらもひょいと画面を覗きこんだ。
 それはどこかのチャットルームだった。
「――し……死んだはずの人が……チャットに現れたんだ……」
 震える声を無理に押し出して、少年は呟いた。



□■視点⇒光月・羽澄(こうづき・はずみ)■□

 調達屋の仕事としてではなく、純粋にインターネットを楽しみたい時。私はよくインターネットカフェを使う。仕事用のアカウントで痕跡を残すわけにはいかないし、ネカフェ(こういう略を使う)の方が気楽で自由だからだ。
(もっとも)
 痕跡をたどられたところで、私本人にたどりつくような間抜けなアカウントは使っていないけれど。
 その日も私はネカフェにいて、自由きままにネットを楽しんでいた。ネット歌手としての私を取り上げたサイトをチェックしたり、ふざけたフラッシュを見て笑ったり。各種ゲームも無料なので、何時間いても飽きることがない。
 そんなふうに時間いっぱいネットを満喫して、そろそろ帰ろうとカウンターへ会員証を取りに行こうとした時だった。
  ――ガタッ
 私がちょうど真後ろを通りかかった時、突然立ち上がった少年。私は思わず脚をとめた。彼の両側に座っていた二人も、驚いて彼を見ている。
「――し……死んだはずの人が……チャットに現れたんだ……」
 その少年の言葉は、私たちをさらに驚かせた。
(死人がチャットだって?)
 気になった私はちらりと、彼の視線の先でいまだリロードを続けているチャットルームに目をやった。
(……!)
 見た瞬間、気づいた。
「――キミ、チャットは初めて?」
「えっ?」
 唐突に背後から声をかけた私に、驚いた少年はこちらを振り返った。少年と呼ぶに相応しい、若い顔。16歳くらいだろうか。
「ソレ、AIだよ」
 アゴで『ソレ』を示して告げると、少年は目をぱちくりさせる。
「え、えーあい?」
 どうやら私の予想は当たっているらしい。
「……人工知能。人間じゃない、プログラミングされたものだ」
 私は髪をかきあげながら答えた。
「?!」
 少年の視線はモニターに戻る。リロードされてもそれ以上流れないログを、必死に読み返しているのかもしれない。
(死人を装ったAI)
 そう言ってみれば実に怪しいものだけれど。実際のところはこの少年が勝手に知り合いだと思いこんだだけだろう。
 私はそう判断して、再びカウンターへ脚を向けようとした。
 しかし。
「――あの、どうして亡くなった方だと思ったんですか?」
 少年の右隣に座っていた少女が、少年に声をかけた。細身で背の高い、けれどまだ幼さの残る顔立ちをした少女。
 私はその問いの答えが気になって、結局はその場に留まる。
 少年の声は、少しだけ落ち着きを取り戻していたが。
「だって……俺たちしか知らないことを、知ってたんだ……」
 それは私を拘束するのに、充分な力を持った言葉だった。

     ★

 それから私は、少女――海原・みなも(うなばら・みなも)と共に、赤埴・友有(あかはに・ゆう)少年の話を聞いた。
 亡くなった知り合いとは、幼なじみの少女のことであり、半年前に交通事故でこの世を去ったのだという。
「あいつとは、まだ恋人同士なんかじゃなかった」
 そう淋しそうに告げた友有の存在は、言葉以上にその距離の近さを物語っていた。
 友有がこのチャットルームのURLを知ったのはつい昨日のこと。それだけ書かれたメールがケイタイに送られてきたのだと言う。いつもなら確認もせず捨ててしまう迷惑メール。それができなかったのは、アドレスに彼女の名前が入っていたからだ。
 友有はすぐにそのサイトを開こうとしたが、ケイタイでは無理だったため、こうして今日ネカフェへやってきたのだった。


「それで――開いてみたらAI彼女のいるチャットと繋がった、というわけだね」
「AI彼女って……」
 私の表現に、友有は顔を赤らめた。
 場所は先程と変わっていない。友有の左隣に座っていた少女はいつの間にか帰ってしまったようで、私がその場所に腰かけていた。
「ログを拝見させていただきましたが、本当に人と会話しているみたいに自然ですね。気づいた羽澄さんが凄いわ」
 みなもがそんな感心の声を上げる。
(確かに)
 よくできたプログラムなのだ。何気なく会話しているだけなら、まったく気づかないのも仕方がないかもしれない。
(私が気づけたのは)
 初めからそのログに疑問を持って見たから。そして私自身、プログラミングの経験が豊富だからだ。
「AIは、発言すべてに反応しているわけじゃないからね。登録されている単語に反応し、登録された答えを告げている」
 私はそこで切ってから、問題のチャットルームに目を移した。
「ただこのAIが優れているのは、こちらの答えをある程度操作しているということ」
「えっ? そんなことができるのか?」
 操作されている意識がまったくない友有は、心底驚いたような声を上げた。私は説明を続ける。
「できるよ。そもそも、天気の話を持ち出して思い出話に繋げようとしているのは『彼女』の方だ。キミのあらゆる答えを予想しあらかじめレスをプログラミングしておけば、知らず組み立てられる会話なんて簡単にできるんだよ」
 「へぇ」「ほぉ」とそれぞれに感心の声を上げ、二人の視線もモニターに移る。
「――問題は、誰が何のために、ですね」
 やがてみなもが口に出した。私はそれに頷く。
「送られてきたメールアドレスはフリーメールのものだから、送信者の特定は難しいだろうね」
(ただし『ここでは』ね)
 心の中で私は続けた。『家』に帰れば、探る自信はあるのだ。二人に言えはしないけれど。
 みなもは私の発言に頷き返し、今度は友有に話を振る。
「『彼女』の知り合いで、心当たりとかありませんか?」
 しかし友有は、左右を見るだけだ。
 そしてそれどころか。
「……なぁ、これ、本当にあいつだっていう可能性はないのか?」
 そんなことを言い出す。
「どうして?」
 むっとして私は返した。その感情にも、気づかず友有は答える。
「だって……後悔してるんだ! あの日、些細なことで喧嘩別れして、俺…街を彷徨ってた。そしたら雪が降ってきて、何十年ぶりかに積もったんだ。それで、あいつは俺を捜していて、スリップした車に……」

     ★

 翌日。
 私は○×病院の前に来ていた。
(昨日)
 家に帰った後、私は調べた。
 フリーメールを偽名で取得した者と、あのチャットルームを作りし者。
 フリーメールの方は、たとえ偽名で取得していても本サーバーのアクセス履歴を覗き見すれば簡単に遡れる。チャットルームの方はもっと簡単で、あれは借り物のサーバーだったのだから、誰が借りたのか調べればすぐだ。
(そしてその線は)
 一本に繋がった――
「あら? 昨日の……羽澄さん?」
 高い病院を見上げていた私を、誰かの声が呼んだ。
(昨日の)
「みなも…ちゃん?」
 お互いここへ来た理由は、訊くまでもなくわかっていた。
 隣へやってきたみなもが、同じく上を見上げる。
 静寂。
「――行こうか」
「そうですね」
 やがて落ちた言葉を、みなもは当たり前のように拾った。
(待ち合わせなど)
 してはいない。けれど言葉だけは自然に、流れ落ち形作ってゆく。
 私たちは。
(これから訪れる現実を)
 本当は悟っているから、かもしれない。


 受付でお目当ての人物に連絡をとってもらう。面会を断る隙を与えぬように、初めから『彼女』の名を出して。
 やがて通された部屋には、不気味なほど真っ白な白衣を着た男性がいた。目の前に立つ私たちに、訝しげな視線を送る。
「――君たちは、娘の知り合いかね?」
 その人が先に、口を開いた。
 私は答えの代わりに、問いを返す。
「何故、あんなものを作ったのです?」
 直球を投げた。
 するとその人は驚きもせず、少し笑った。
「そのことだと、思ったよ」
 その態度が、癇に障る。
「何故……友有さんを驚かせるようなことを?」
 みなもも同じなのか、声はいつもより鋭かった。
 その人はまるで、見えるはずのない行間を読んでいるように、ゆっくりと時をおいて。
「……話したいだろうと、思ってね」
 そんなふうに答えた。
「友有が? 『彼女』と?」
「逆だよ。娘が友有君と、さ」
「えっ?!」
 問ったの私。驚いたのはみなもだ。
「生きて……いるの……?」
 あの時の友有と同じように、みなもの声が震えている。様々な感情がそうさせているのだろう。
 私はみなもの肩に手を置いた。
「話せない状態なのですか?」
 それからまた、問いをかける。
 今度はその人も、すぐに答えた。
「脳が、死んでいるからね」
「?!」
 それは想像を遥かに超えた、残酷な言葉だった。
(脳死……)
 生と死の、堺に位置する者たち。自分の意思ではどちらにも逝けぬ者たち。
「……っ」
 それ以上問いを投げられなくなった私たちに、『彼女』の父親は真実を降らす。
「娘が友有くんと話すには、これしか思い浮かばなくてね。もっとも、プログラミングの知識が皆無だったために、完成までこんなにかかってしまったが。――日記を見ながら、一つ一つ言葉を埋めこんだよ。娘ならばきっと、こんな言葉を返すだろう。こう言って笑うだろう。そんなことを、考えながらね」


 無力だと思った。
(私は)
 これだけ様々な能力を身につけていても。
(見守ることしかできない)
 『彼女』と真実の前では、あまりに無力だ。
(結局)
 私とみなもは、真相を胸の中にしまっておくことにした。その方が、誰もが幸せだと、思ったからだ。
 モニターのガラスを挟んで、二人はいつまでも会話をくり返せばいい。
(その瞬間)
 二人は確かに生きて、そこに存在しているのだから……。







                        (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/  PC名   / 性別 / 年齢 / 職業】
【 1282 / 光月・羽澄  / 女  / 18 /
        高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1252 / 海原・みなも / 女  / 13 / 中学生】


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■         ライター通信          ■
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 光月様、海原様、初めまして^^
 この度は私・伊塚の初チャレンジにお付き合い下さりまして本当にありがとうございます(>_<)
 きっと私よりずっと勇気がいったのではないかと思います(笑)。
 何だか思ったよりも現実的でシリアス、そしてちょっと重い話になってしまいましたが、少しでも気に入っていただけたら幸いです。

 光月様へ
 折角いただいたプレイング、これでもかというくらい活かせていなくて申し訳ないです(>_<) 代わりといってはなんですが設定はかなり使用させていただきました。いかがでしょうか?
 私の中では光月様は、どうも「かっこいい女性」のイメージが強くて、語尾が多少男の子っぽくなってしまいました。光月様自身のイメージとまったく違ってしまったらすみません。

 それでは、またお会いできることを願って……。