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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:激突! 魔スキー!?
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 スタート時刻が迫っている。
 冬の青空は無限なまでに高く。
 暖かみを欠いた日差しが、ゲレンデに乱反射していた。
 カムイ・スキーリンクス。
 旭川市から程近い場所にあるスキー場である。
「あと一時間でスタートね」
 純白のスキーウェアに身を包んだ新山綾が呟いた。
 茶色い髪が朝日を浴びて輝いている。
 全日本アドベンチャースキー大会。
 それが、彼女の出場する大会の名だ。
 平均斜度二七度、最大斜度四六度という化け物じみた特設ゲレンデを、一八キロメートルに渡って滑走する。
 文字通り冒険スキーである。
 しかも、スラローム競技ではない。
 林を抜け、氷壁を駆け、ひたすらゴール地点を目指す大滑降だ。
「転んだらそこでアウトね‥‥」
 ストックの握りを確かめる。
 これが、認められている唯一の武器だ。
 冒険スキーなのだ。
 敵は、大自然の造形だけではない。
 四〇名の参加者、すべてが敵である。
「お手柔らかに頼むぜ」
 横合いから声がかかった。
「武彦。あなたもきてたの?」
「一〇〇〇万の賞金は魅力だからな。今日ばかりは本気で勝ちに行くぜ」
「わたしは、完走賞の一〇万円でいいけどねー」
「そんなこと言って、じつは入賞狙ってるんだろ?」
「バレた? 道産子としては無様な戦いはできないからね☆」
 綾が笑う。
 もう心理戦は始まっているのだ。
 参加者たちの息が濛々と立ち上がっている。
 まるで、合戦を控えた武者どものように。




※スポーツシリーズ第5弾です。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。
※2月3日(月)6日(木)の新作アップは、著者、私事都合によりお休みいたします。
 ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
※代わりといってはなんですが、シナリオノベルの方を3度ほど開けようかと思っております。よろしければご利用ください。
※また、2月2日(日)午後9時頃から、コミネットにおいて東京怪談と界境線のチャット会を開催します。こちらも、よろしければ覗いてみてください。


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激突! 魔スキー!?

 シグナルが青に変わり、四〇名の猛者たちが一斉にシュプールを描く。
「ひゃっほぅ!!」
 まず先頭に踊り出したのは巫灰慈だ。
 ひと呼んで、ゲレンデの帝王。
「何人たりとも、俺の前は走らせねぇぜ!」
 どこぞのアニメ番組のような台詞を撒き散らしながら、気合い充分で飛ばす。
 台はブルーのヤマハ。
 直進性能を極限まで高めたスノーエリートだ。
 柔軟性に欠けるためスラロームには向かないが、このような滑降なら、
「さーて、何人ついてこれるかな?」
 不敵に笑う。
 耳元を通過する風は、ごうごうと啼く。
 すでに時速八〇キロメートルを越えているのだ。
 体感速度なら、一五〇キロメートルといったところだろう。
 スタート直後の難関である。
 壁とでもいうべき斜度四〇度。
 四キロメートルほどを一気に駆け下りるのだ。
 スキーコントロールを誤れば、まずここでリタイアである。
 ウェア以外、身を守る術はない。
 八〇キロの速度で転倒したら、最低でも捻挫くらいは覚悟しなくてはならないだろう。
 誰だって、そんな無様な負け方はしたくない。
 だからこそ、初手は慎重になるものなのだが、野性的な体躯の赤い目の男は違っていた。
 むろん計算がある。
 周囲の慎重さに乗じて、ある程度の距離を稼ぐのだ。
 団子状で林間コースに突入しては、乱戦になるだけだ。
 このまま先頭を走り、迫ってきた敵は各個撃破する。
 それが、巫の立てた作戦である。
 無謀なように見えて、筋の通った作戦だ。
 どこかでギャンブルに出なくてはいけないなら、早いほうが良い。
 終盤になって、余力がなくなってからでは、賭けに勝てない。
 このあたりは、積極攻撃型の巫らしい判断といえる。
 ただし、どんな作戦でも実行されるより前に失敗することはない。
 古くさい警句であるが、赤い瞳の浄化屋は、自身で体感することになった。
 いたのだ。
 彼と同じ作戦をとっているものが。
「やるじゃない。ハイジ」
「だが」
「私たちを忘れていただいては困ります」
 声とともに影が併走する。
 新山綾、草間武彦、草壁さくらの三人だ。
 白のK2とライトグリーンのフィッシャーが横に並んだ。
 前者は綾、後者は草間の台である。
 ともにレース使用のチューンが施され、性能は巫女のヤマハとほとんど変わらない。
 その三人をぴったりマークするさくら。
 クリーム色の真新しいウェア。
 風になびく金色の髪。
 そして、竹スキーと竹ストック!?
 なんでこんなモノでグラスやカーボンのスキーと同等の速度が出せるのだろう?
 ‥‥まあ、さくらだから、という解釈で大過あるまい。
 どうやら、この四人が先頭集団を形成したようだ。


 他方、中段あたりでは、
「先に行っても良いのに。悠也。私は完走狙いなんだから」
 シュライン・エマが口を開く。
 ミントブルーのウェアとディープパープルのケスレーが見事なコントラストだ。
「俺だって完走賞で充分ですから」
 漆黒のウェアに身を包んだ斎悠也が笑う。
 ゴーグルからなにから、すべてブランド品で固めている。
 台は、むろんフランスのロシニョールだ。
 巫あたりであれは舌打ちの二ダースばかりプレゼントしたくなるような格好だが、妙に気障が似合う青年なのだ。
「意外に無欲ねぇ」
「そういうこといいますかぁ?」
 苦笑する斎。
 口には出さないが、彼がシュラインと行動をともにするのには、ちゃんと理由がある。
 ようするに、ボディーガードを務めるつもりなのだ。
 弱い、というのは言い方が悪いが、こと肉体面に関する限り、シュラインの能力はけっして高くはない。
 もちろん、幾度も修羅場をくぐっている分、一般の女性に比すれば体力も体術も高いが、ただそれだけである。
 この大会に参加しているような荒くれ者連中とは違うのだ。
 本来ならシュラインを守るべき草間は、なにを考えているのかずっと先行している。
 たかが一〇〇〇万円の賞金のために恋人を置いてゆくとは。
「ほんとに、どうしようもない男ですねぇ」
 斎の感想も一理あるが、まあ、草間の意見も聞いてみたいところである。
 貧乏探偵には貧乏探偵なりの苦労があるのだ。きっと。
「シュラインになにかプレゼントでもするつもり、とかだったら殊勝ですけどね」
 内心で笑う。
 この年長のカップルは、本当に、笑ってしまうくらい不器用なのだ。
「なにニヤニヤしてるの? 気色悪いわよ。悠也」
 見事なターンで林をすり抜けながら、青い目の美女がツッコミを入れる。
「気色悪いとはひどいです。せめて、気持ち悪いと言ってくださいよ」
「どう違うのよ?」
「言われたときのダメージが、ちょろっとだけ」
「なにそれ」
 シュラインも笑う。
 まだまだ余裕たっぷりである。
 高速で林を駆け抜けているとは思えなかった。
 なんだかんだいっても、シュラインもかなりのテクニックを持っているのだ。
 それが目立たないのは、なにしろ周囲が普通でなさすぎるからだ。
 女性陣だけ論っても、さくらに綾である。
 千歳の時をふった妖狐と、冷血の女魔術師。
「ちょっと対抗するのは、アレよねぇ」
 慨嘆する興信所事務員だった。
 もっとも、金髪の妖狐も茶髪の魔術師も、シュラインには一目置いているのだが。
「林を抜けますよ!」
 斎が注意を促す。
 やがて、ふたりの視界が開け、緩斜面にさしかかった。
 とはいっても、斜度は相変わらず三〇度近くあるだろう。
「なにか仕掛けられるとしたら、ここでしょうねぇ」
 脳細胞に収められた見取り図を正確にトレースしつつ、青年が確認する。
「でしょうね。すでにやられちゃってる人もいるみたいだし」
 左右に視線を走らせるシュライン。
 斜面に座り込んでいる参加者が、二、三人ほど見て取れた。
 もちろん転倒したからといって失格になるわけではない。
 優勝争いから脱落するだけだ。
 ただ、板が折れたり怪我をしたりすれば、当然、完走は不可能になり、途中棄権するしかなくなる。
 最初の難関で何人が脱落したかまでは判らないが、彼女らの前方には、巫やさくらを含めた一〇名ほどが疾走しているはずである。
 そして、おそらくこの緩斜面が最大の激戦地になるであろう。
「ここを過ぎればギャップのコースに入りますからね」
 やや深刻に考える斎であった。
 コブだらけのコースとなれば、ほとんどモーグル状態になる。
 余程のテクニックを持つものでなくては、攻撃も防御もできるものではない。
 だからこそ、ここでできるだけライバルを消そうとするだろう。
「戦略的には、正しい判断です」
「悠長に評価してる場合じゃないわよ。性質の悪い運命がスキーヤーに変装して接近してくるわ」
 シュラインも、充分に悠長なことを言っている。
 超聴覚によって、接近する擦過音を捕らえているのだ。
「ま、それも戦略的には正解ですね」
 斎が苦笑する。
 青い目の美女と金瞳の青年は、たしかに一番弱そうに見えるだろうから。
 このようなバトルロワイヤルでは、弱い部分から崩してゆくのが常道だ。
 繊弱げな二人が狙われるのは、ある意味当然といえる。
 むろん、シュラインにも斎にも、黙ってやられてやる義務はない。
「くるわよ!」
「了解!」
 同時に右手のストックを順手に持ち帰る二人。
 中天から照りつける陽光を浴び、アルミの棒がキラキラと輝いた。
 竜殺しの聖剣のように。


 七キロメートルに渡って続いたギャップを抜けると、もうゴールは目前だ。
「残り一キロ! 気合い入れていくぜ!!」
 黒髪の青年が吠える。
 現在、トップ集団は、巫、さくら、草間、綾の四人で占められている。
 迫ってきた後続を、彼らは協力して弾き飛ばしてきたのだ。
 過酷なサバイバルに生き残るため、一人ひとりがバラバラに行動するより、集団として結束した方が効率がよい。
 しかも、この四人は互いに知己であり、連携力が高かった。
 これまでは。
 しかし、協力プレーもここまでだ。
 昨日の友は今日の敵。
 最後に勝つのは一人だけなのである。
「どりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
 謎のかけ声とともに、草間がさくらに襲いかかる。
 目を血走らせ、口角から涎を飛ばしつつ。
 べつにヘンな人ではない。
 ここまで一七キロメートルに渡って滑走しているので、疲労が顔に出ているのだ。
「お甘いですわ。草間さま!」
 金髪の美女の右手が閃き、アルミと竹のストックが絡み合う。
 技量は互角。
 ただ、あえて分けるとすれば、剛の草間と柔のさくら、ということになろうか。
 壮絶な鍔迫り合いが展開される。
「チャンス☆」
 強敵ふたりが相争う間に、綾が速度を上げた。
「漁夫の利ってやつだな!」
 浄化屋もそれに続く。
 この二人には、互いに争う理由がないのだ。
 どちらが優勝してもかまわないのである。
 恋人同士なのだから。
 ただ、もちろんアスリートとしてのプライドがあるから、勝ちを譲ろうとは思わない。
 最後まで堂々と戦い、決着をつける。
 それで、もしも自分が敗れたなら、潔く相手の勝利を讃えようではないか。
 ヴァージンロードのような新雪をはじきながら、恋人たちがシュプールを描く。
「させるか!!」
「そうは問屋が卸しませんわ!」
 馬に蹴られても文句を言えないような台詞を吐き、草間が巫に、さくらが綾にストックを伸ばした。
 どうやら、一時休戦したらしい。
「やるな! 武さん!!」
「お前こそ!」
「いかせませんわ!」
「く! やるじゃない! さくらちゃん!!」
 男女の声が入り交じり、もつれ合う。
 ストックが光の帯を引いて打ち交わされ、火花を撒き散らす。
 アクロバットのように体勢が入れ替わる。
 突き刺し。
 斬り裂き。
 薙ぎ払う。
 四人が四人とも、まず一流と評して良い戦士だった。
 妖狐、怪奇探偵、浄化屋、魔術師。
 いずれも甲乙つけがたい。
 金銭への執念が。
 恋人への愛が。
 チョコレートへの妄執が。
 道産子のプライドが。
 白銀の世界を極彩色に染め上げてゆく。
 勝敗の帰趨は、もはや誰にも判らなかった。
 ゴールまで、およそ七〇〇メートル。
 誰が先頭でテープを切るのか。
 と、そのときである。
「ちょいまち!」
「シュラインさまが!!」
 巫とさくらが、同時に攻撃の手を止め、斜面の上方を眺めやった。
 他の二人も、思わずそちらに視線を移す。
 三色八つの瞳が見たものは‥‥。
「もう! しつこい!!」
 怒鳴りながら、ストックを振り回すシュライン。
「モテませんよ。そんなんだと」
 けっこう冷静に、敵のスキーの留め金を狙って攻撃を繰り出す斎。
 ギャップを抜けても、敵がまったく減らなかった。
 むしろ、勇猛果敢に戦う二人に触発されたように、数が増えてきている。
 現在、シュラインと斎は第三集団の先頭だ。
 ここまでくると、もはや優勝は不可能である。
 トップとの差が三〇〇メートル近く開いてしまっているからだ。
「こいつらバカじゃないの?」
 攻撃を避けながらシュラインが言う。
 優勝の見込みがない以上、争っても仕方あるまい。
 仲良く完走賞を狙えばいいのだ。
 その程度の計算すらできないのだろうか。
「まぁ、簡単に潰せると思っていた俺たちにあしらわれて、逆上してしまってる。と、いったところですかぁ」
 飄々と解説してくれる斎。
「丁寧な説明、ありがと。悠也」
 青い目の美女の言葉に皮肉がこもっていないと誤解するのは、五歳の幼児でも不可能だろう。
 攻撃は、強さと激しさを増してゆく。


「‥‥くそ!」
 草間が吐き捨てた。
 躊躇は、ごく短かった。
 軽くストックできっかけを作り、身体を反転させる。
 逆プルークでブレーキをかけているのだ。
 もちろん、レース中にこんなことをすれば、愚者の誹りを免れないだろう。
「ホント。大バカね。武彦」
「そして俺たちもな」
「大切な友人ですから」
 怪奇探偵の横には、同じように速度を殺している仲間たち。
 考えることは、皆おなじだ。
 シュラインも斎も、かけがえのない友人なのだから。
 たかが一〇〇〇万円と引き替えになど、できるわけがない。
 そう。
 たかが、なのだ。
 たとえば貧乏王の草間にとって、それはとんでもない金額であるが、シュラインと比較するならゴミクズとイコールである。
 巫にとっても、さくらにとっても、そしてもちろん綾にとっても。
 友と金銭を秤にかけることなどできない。
 バカといわれようと、それが彼らの流儀だ。
「賞金でハイジのスーツ新調してあげたかったけど。ごめんね」
「俺の方こそ。綾に何かプレゼントしたかったんだけどな。許してくれ」
「まあまあ、お二人とも。完走の賞金で温泉にでもいらっしゃってはいかがですか?」
 なんだか謝り合っている恋人たちを、さくらが慰めた。
 四人の横を、二番手集団がすり抜けてゆく。
 暖かみを欠いた太陽と銀世界が、愚かで優しい男女を見つめていた。


  エピローグ

「掴み損ねた一〇〇〇万に!」
「誰も怪我しなかったことに!」
『かんぱーい!!』
 巫とシュラインの音頭に、六人の声が唱和する。
 祝勝会ならぬ、チクショー会だ。
 結局、優勝の栄冠は掴むことができなかった。
 だがまあ、参加者四〇名のうち二三名が脱落するという過酷なレースで、全員がゴールできたのだから、これで良しとすべきなのかもしれない。
 残念な思いは、それぞれあるだろうが、呑んで騒いで憂さを晴らそう。
 ロッジの夜は、賑やかに更けてゆく。
 中天にかかる月が、ゲレンデを白く照らしていた。







                          終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「激突! 魔スキー!?」お届けいたします。
いかがだったでしょうか?
楽しんでいたたけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。