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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ガラスの向こう側

□■オープニング■□

 今日も賑やかなインターネットカフェ。雫はいつもの席に座り、いつもどおり、自サイトの掲示板をチェックしていた。
(うーん……今日はいい情報ないなぁ……)
 書きこみが少なかったわけではないのだが、雫をそそるようなネタは見あたらなかった。
 諦めてパソコンの電源を落とし、帰ろうとしたその時。
  ――ガタッ
 雫が立ち上がる前に、隣に座っていた少年が突然勢いよく立ち上がった。驚いて目をやると、少年は何故か怯えた顔をして画面を眺めていた。呆然、ともとれる。
「……? どうかしたの?」
 その様子が気になった雫は、失礼とは思いながらもひょいと画面を覗きこんだ。
 それはどこかのチャットルームだった。
「――し……死んだはずの人が……チャットに現れたんだ……」
 震える声を無理に押し出して、少年は呟いた。



□■視点⇒海原・みなも(うなばら・みなも)■□

「――し……死んだはずの人が……チャットに現れたんだ……」
 突然立ち上がった、左隣の席の人がそう呟いた。
(死んだ人とチャット?)
 そんなことがもしできるのなら。
(ちょっと、会いたい人がいなくもないかな)
 そんなことを考えて、あたしはその人のパソコンに目をやった。
 怖くはなかった。それはパソコンを、媒体としているからかもしれない。
 好奇心から覗きこむあたしの他にも、何人かが見つめていた。リロードをくり返す、変わらないチャットルーム。
 やがて一人が、パソコンの前で立ち尽くす男性(というほど年上ではないけど)に声をかけた。
「――キミ、チャットは初めて?」
「えっ?」
 男性が振り返るのと一緒に、あたしも視線を移す。
(わぁ……)
 青みがかった長い銀の髪。緑の瞳。どれをとっても文句なくキレイな女性が、そこに立っていた。
「ソレ、AIだよ」
 凛とした声も美しい。
「え、えーあい?」
 男性がそのままオウム返した言葉に、その人は説明をつけ加える。
「……人工知能。人間じゃない、プログラミングされたものだ」
「?!」
(?!)
 二人の会話を聞いていただけのあたしも驚いた。
(これが……AI?)
 先程から、見える部分だけではあるけれどログを読んでいる。けれど別に不自然な部分はなかった。
(こんな完璧なAIもあるんだ……)
 あたし自身AIに詳しいわけではなかったので、その人の言葉をあっさりと信じた。
(――あれ?)
 でもそうすると、他の疑問が湧いてくる。
『死んだはずの人がチャットに現れた』
 男性はさっきそう告げた。しかしこれがAIならば、そんなはずはないのだ。
「――あの、どうして亡くなった方だと思ったんですか?」
 好奇心に負けて、あたしは直接男性に問いかけた。
 男性はかなり動揺しているのか、見知らぬあたしのそれにも当然のように答えてくれた。
「だって……俺たちしか知らないことを、知ってたんだ……」

     ★

 それからあたしは、これがAIだと教えてくれた女性――光月・羽澄(こうづき・はずみ)さんと共に、この男性――赤埴・友有(あかはに・ゆう)さんの話を聞いた。
 亡くなった知り合いとは、幼なじみの少女のことであり、半年前に交通事故でこの世を去ったのだという。
「あいつとは、まだ恋人同士なんかじゃなかった」
 そう淋しそうに告げた友有さんの存在は、言葉以上にその距離の近さを物語っていた。
 友有さんがこのチャットルームのURLを知ったのはつい昨日のこと。それだけ書かれたメールがケイタイに送られてきたのだと言う。いつもなら確認もせず捨ててしまう迷惑メール。それができなかったのは、アドレスに彼女の名前が入っていたからだ。
 友有さんはすぐにそのサイトを開こうとしたが、ケイタイでは無理だったため、こうして今日ネットカフェへやってきたのだった。


「それで――開いてみたらAI彼女のいるチャットと繋がった、というわけだね」
「AI彼女って……」
 冗談めかした羽澄さんの表現に、友有さんは顔を赤らめた。
 先程と同じ場所で。羽澄さんが話を訊き出している間に、あたしはそれを聴きながら残されたチャットログに目を通していた。
 会話が途切れた瞬間を見計らって、言葉を振る。
「ログを拝見させていただきましたが、本当に人と会話しているみたいに自然ですね。気づいた羽澄さんが凄いわ」
 正直な感想を告げた。
 これに気づいた羽澄さんは、もしかしたらプログラミングに精通しているのかもしれない。
「AIは、発言すべてに反応しているわけじゃないからね。登録されている単語に反応し、登録された答えを告げている」
 そのあたしの予想を肯定するかのように、羽澄さんは説明を始めた。あたしの目は彼女の横顔を捉える。
「ただこのAIが優れているのは、こちらの答えをある程度操作しているということ」
「えっ? そんなことができるのか?」
 心底驚いたような声を上げた友有さんに、羽澄さんはさらに説明を加えた。
「できるよ。そもそも、天気の話を持ち出して思い出話に繋げようとしているのは『彼女』の方だ。キミのあらゆる答えを予想しあらかじめレスをプログラミングしておけば、知らず組み立てられる会話なんて簡単にできるんだよ」
 そう簡単に言い切られても、実際にそれを行うにはかなりの知識が必要なのだろう。
 あたしと友有さんは感心するしかなかった。自然と、視線がモニターに戻る。
 ウィンドウが閉じるまで、永遠に続けられるリロード。誰かが言葉を打ちこむまで、AIは待つだけだ。
(誰か……?)
 違う。
 考えてから気づいた。
 それは明らかに限定されている。
(友有さんが)
 言葉を返すまで、だ。
(それならば……)
「――問題は、誰が何のために、ですね」
 あたしは口に出した。それに羽澄さんが頷く。
「送られてきたメールアドレスはフリーメールのものだから、送信者の特定は難しいだろうね」
(そう、そうだ)
 フリーのメールアドレスは、無料で簡単に、しかもいくらでも取得できる。そこから送信者にたどり着くのは至難の業だ。もともと使い捨てのようなアドレスなのだから。
 あたしは羽澄さんに頷き返し、今度は友有さんに問いかける。
「『彼女』の知り合いで、心当たりとかありませんか?」
 しかし友有さんは、左右を見るだけ。
 そしてそれどころか。
「……なぁ、これ、本当にあいつだっていう可能性はないのか?」
 そんなふうに羽澄さんに問った。
「どうして?」
 少しの感情を含んだ声で返した羽澄さんに気づかず。友有さんは一息に告げた。
「だって……後悔してるんだ! あの日、些細なことで喧嘩別れして、俺…街を彷徨ってた。そしたら雪が降ってきて、何十年ぶりかに積もったんだ。それで、あいつは俺を捜していて、スリップした車に……」

     ★

 翌日。
 あたしは○×病院へ向かっていた。
(昨日)
 あの後ずっと、あたしは『彼女』と会話していた。
(そして気づいた)
 『彼女』は何かを伝えるために、作られたのではないか。
 『彼女』より強い誰かの想いが、そこにあるのではないか。
 そう思ってから答えを引き出すまで、そう時間はかからなかった。
(羽澄さんの言葉を思い出した)
 特定の言葉に特定の言葉を返すのがAI。ならば正解を見つけられたら、『彼女』自身が答えを語るかもしれない。
(その予想どおり)
 『彼女』自身のことを問った時、彼女は教えてくれた。
(鍵は病院にある)
 たどり着いた視線の先に、あたしは見覚えのあるキレイなモノを見つける。
「あら? 昨日の……羽澄さん?」
 羽澄さんは病院を見上げていた。彼女もまた、何らかの方法でここへたどりついたのだろう。
 あたしも隣に並んで、同じように見上げた。
 静寂。
「――行こうか」
「そうですね」
 言葉は唐突だったのかもしれない。けれど答えは必然だった。それは流れるように自然だったから。
(流れるように……)
 あたしたちがこれから行き着く答えも、自然であればいいと、願った。


 受付でお目当ての人物に連絡をとってもらう。面会を断る隙を与えぬように、初めから『彼女』の名を出して。
 やがて通された部屋には、不気味なほど真っ白な白衣を着た男性がいた。目の前に立つあたしたちに、訝しげな視線を向ける。
「――君たちは、娘の知り合いかね?」
 その人が先に、口を開いた。
 あたしが答える前に、羽澄さんが問いを返す。
「何故、あんなものを作ったのです?」
 それは直球。
 けれどその人は驚きもせず、少し笑った。
「そのことだと、思ったよ」
 その態度が、癇に障る。
「何故……友有さんを驚かせるようなことを?」
(何がしたかったのか)
 伝わらなければ、何の意味もないのに。
 自然と声が鋭くなった。
 そんなあたしが冷めるのを待つかのように、その人はゆっくりと間をおいて。
「……話したいだろうと、思ってね」
 そんなふうに答えた。
「友有が? 『彼女』と?」
「逆だよ。娘が友有君と、さ」
「えっ?!」
 問ったの羽澄さん。驚いたのはあたしだ。
「生きて……いるの……?」
(生きているのに)
 会えない?
 言葉を交わせない?
 視線を交わすことすら?
(それは同じ)
 死んでいるのと同じだ。
 生きているのに、代わりを作るの?
 何故か震えた。
(だってこれは……)
 リアルな異常だ。
 感情の高ぶるあたしの肩に、羽澄さんが手を置いてくれる。
(これもリアル)
 リアルな感触。
 あたしはゆっくりと、落ち着きを取り戻した。
「話せない状態なのですか?」
 問いかけた羽澄さんの言葉に耳を傾ける。
(でもそれは)
 失敗だったかもしれない。
「脳が、死んでいるからね」
「?!」
 届いたのは、想像を遥かに超えた、残酷な言葉だった。
(脳死……)
 生と死の、堺に位置する者たち。自分の意思ではどちらにも逝けぬ者たち。
「……っ」
 言葉が出なかった。出るのはただ、涙だけ。
 『彼女』の父親は構わず、あたしたちに真実を降らす。
「娘が友有くんと話すには、これしか思い浮かばなくてね。もっとも、プログラミングの知識が皆無だったために、完成までこんなにかかってしまったが。――日記を見ながら、一つ一つ言葉を埋めこんだよ。娘ならばきっと、こんな言葉を返すだろう。こう言って笑うだろう。そんなことを、考えながらね」


 操ることのできない水なんて、初めてだった。
(どうして……?)
 それは流れ続ける。
 あたし自身が理解している感情なんて、どこにもないのに。
(ダメだって言ってるのに)
 これ以上流れないでいいよって、言ってるのに――。
(結局)
 あたしと羽澄さんは、真相を胸の中にしまっておくことにした。その方が、誰もが幸せだと、思ったからだ。
 モニターのガラスを挟んで、二人はいつまでも会話をくり返せばいい。
(その瞬間)
 二人は確かに生きて、そこに存在しているのだから……。








                        (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/  PC名   / 性別 / 年齢 / 職業】
【 1282 / 光月・羽澄  / 女  / 18 /
        高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1252 / 海原・みなも / 女  / 13 / 中学生】


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■         ライター通信          ■
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 光月様、海原様、初めまして^^
 この度は私・伊塚の初チャレンジにお付き合い下さりまして本当にありがとうございます(>_<)
 きっと私よりずっと勇気がいったのではないかと思います(笑)。
 何だか思ったよりも現実的でシリアス、そしてちょっと重い話になってしまいましたが、少しでも気に入っていただけたら幸いです。

 海原様へ
 プレイングを活かすことの難しさが骨身に染みました……。大して反映できていなくて申し訳ないです(>_<)
 哀しみが残らないように……思いっきり引きずってる感があるのは私の力不足でございます。
 最後に少しだけキャラ設定を活かせたのが幸いでしたが。
 ご意見等ありましたら、遠慮なく叱って下さいませね。

 それでは、またお会いできることを願って……。