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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


祈りの洞窟
++ 巫女の住む洞窟 ++
 遠い昔の物語。
 一人の巫女が、とある洞窟で自らの命を絶った。
 そしてそれ以降、巫女が命を絶ったその日その夜に洞窟を訪れた者の前に、巫女の霊が現れてその願いを叶えてくれるようになったのだという。


「これが本当の話だと?」
 どこかで見覚えのある少女だと、そんなことを思い出しながら草間武彦が問いかけると、黒いウサギの形をした布製のリュックを抱えた小学校の高学年もしくは中学生であろうかと思われる少女がこくりと頷いた。
 少女の名は工藤美紀。彼女は仕事を依頼したいのだという。
「そうなの。美紀も調べてみたんだけれど、結構有名な話みたいなのね――しかも、ゴーストネットとかっていうところでも話題になっちゃったから、当日にこの洞窟に行ってみようって人も多いみたい。いい大人がこんな話に踊らされるなんて迷惑なんだわ」
「踊らされているのは君も同じだろう」
「美紀は子供だもの。子供なら『夢見がちで可愛いわねぇ』ですむけれど、二十歳すぎてコレ信じるようじゃ問題だと思うのね」
「で、何を依頼する気だ……?」
 実に嫌な予感を抱きつつも問いかけると、美紀はにっこりと満面の笑みを見せた。
「美紀は巫女の人にお願いしなきゃならないことがあるの、だからライバルを減らしたいんだけれど、子供の力で出来ることなんてたかが知れてるでしょ。だからそーゆーのが得意な人を紹介して欲しいなって思って」
「そういうのが得意な人?」
「だから、ライバルの人たちをこかしたり足止めしたりできる人なんだけど」
「…………」
 純粋な眼差しでそんなことを平然と言ってのける美紀。
「だいたい、そんなのに一体何を願うんだ?」
 そもそも、死んだ巫女が願いを叶えてくれるなど非常に嘘臭い。そしてこの年齢の割には聡い美紀が、そのような話を信じてこうして実際に動くとなれば、余程の動機があるのだろう。
 美紀はしばしの逡巡の後に、ぽつりと言った。
「美紀のウチは父様はもうずっと前に死んじゃったから、母様と美紀しかいないの。でも美紀がちっちゃい頃だから覚えていないんだけれど、昔ウチって火事とかあったりしたから、父様の写真とか、一枚もないみたいなの」
 語られる内容の重さとは裏腹に、美紀の口調はいつもどおりだった。
「でも、もうすぐ母様の誕生日だし――それに美紀も写真くらい欲しいし。だから巫女様にお願いしてみようと思って。だって、なにもないところから写真を出すなんて、普通じゃ絶対無理だもの。だったら、普通じゃないモノにお願いするしかないって思わない?」
 美紀が小さく小首を傾げて見せた。


++ セピア色の写真 ++
 ブラインドの下りた窓。その羽根の隙間から差し込んでくる夕焼けの赤にシュライン・エマ(―)が僅かに目を細めた。
 慌しくも騒がしい依頼人と客人たちが帰っていった後の草間興信所。代表であるところの草間武彦は眉間に深い皺を刻みながらブラインドを上げ、窓を開いた。そして窓の外に向けて紫煙を吐き出す。
「まったく、ここは興信所だと何度言っても分からないな。連中は」
 連中とは、いわずと知れた今回の依頼人であるところの美紀であったり、毎度毎度仕事を求めてやってくる協力者たちを指しているのだろう。シュラインは机の隅に置きっぱなしにしていたカセットテープを手の中で弄ぶ。
「写真、ねぇ……」
 小さな呟きは、それでも草間の耳に届いたのだろう。煙草をくわえたままの草間がふと振り返る。
「あの依頼を受けるつもりだな?」
「ええ――いけない?」
 草間は振り返り、自分のデスクへと戻る。ゆったりと椅子に背を預けた彼の視線は、シュラインの手の中にあるカセットテープに注がれていた。
 そのカセットに録音されているのは、美紀の言葉だ。それも美紀が母親の誕生日に、死んだ父の写真をプレゼントしたいと言ったあの言葉だった。草間はシュラインが事務所でテープを回している様子を見たその時から、彼女が美紀の依頼を受けるつもりであることを察していたのだろう。デスクの上から一冊のファイルを抜き取る。
 ひとしきり中身を確認した後で、草間はファイルのとあるページをシュラインに示す。そこには幾つかの名前と住所、そして連絡先。
「これは?」
「美紀の父親が、高校時代特に親しくしていたと思われる人物だ。どうせこのセンから当たるつもりだったんだろう?」
「ええ。巫女以外のルートを調べておくのも無駄にはならないかと思って。写真なんて、数あって困るものでもないし」
「保険に使うつもりじゃないのか?」
 草間の読みの鋭さに、シュラインは小さく目を見開いた。僅かな言葉のやりとりで、こちらの真意を察した鋭さには脱帽せざるを得ない。
 巫女が願いを叶えてくれる――だがその洞窟を訪れた人の願いを、全て叶えてくれるという訳ではないだろう。美紀が想像するようにこちらの妨害をしてくる者がいるかもしれない。そういった要素を含めて考えるとなると、最悪の場合巫女に願いを叶えてもらうという行為自体が失敗に終わる可能性すらある。
「だって美紀ちゃんは、いくら現実的なところがあるとはいってもまだ子供だもの。奇蹟の存在くらいは、信じさせてあげたいとは思わない?」
 そう。たとえそれが夢でも幻でも。
 ひとかけらの夢くらいは、残されてもいいのではないかとシュラインは思った。


「しかし――あいつが死んでいたとはね」
 ひとしきり事情を説明したシュラインに、男は寂しげな笑みを見せた。
 中年の域に達したその男は、歳を重ねたが故の穏やかさに加えてどこか上品な雰囲気を漂わせている。そういえば――とシュラインは美紀の父親のプロフィールを脳裏から引っ張り出した。彼が通っていた学校は財界人の子供たちが通うことで有名な、名門校であったような気がする。
 男は写真の入った封筒をシュラインへと差し出した。封は糊付けされてはいない。中から古ぼけた写真を取り出すと、シュラインはじっとそこに写しだされている光景に視線を注いだ。
 目の前の男の若かりし頃らしい人物と肩を並べているのは、神経質そうな美貌の男だった。ぱっと人目を引く整った容貌ではあるものの、瞳に浮かぶのはどこか皮肉そうな光。
「どんな人でしたか?」
 美紀の父親という人物に対し、ふと興味を覚えたシュラインが問いかける。
「無駄な屁理屈をこねるのが好きな男だったね。いつも全てを斜めに見ているかと思ったら、その実一度懐に入れた者に対してはどこまでも優しい。その写真を見ても、とっつき難い印象があるだろう? けれどいろいろなヤツに好かれていたよ――そういう、男だった」
 やはり、美紀と通じるものがある。
 そんなふうに思い、シュラインが笑みを浮かべた。
 ふと、シュラインは店内の時計に視線を移した。そろそろ美紀たちも問題の洞窟に向かう頃だろう。待ち合わせには遅れないように到着したい。
 テーブルの上に伏せてあったレシートを片手に、シュラインは立ち上がった。すると男はそれを彼女の手の中からさらって行く。
「……あの……」
「いいんだよ。俺は学生の頃にさんざんヤツの世話になるばかりで、結局何もできなかった。けれど今、ヤツの娘にしてやれることがある――それに気づかせてくれた。ささやかすぎる礼しかできないがね」
 思い出は確実に記憶の中で色あせてゆく。鮮烈な光を放つものだけを残して。
 時を経て失われてゆくものもあるだろう。けれどこうして、ふとした拍子に輝きを取り戻すこともあるのだ。そして自分にそれができたことを、シュラインは少しだけ誇らしく思う。
「ヤツの娘は、どんな子なのか聞いてもいいかい?」
 男の言葉に、シュラインがしばし逡巡する。美紀の性格を言葉で表現するのは、とても難しい作業のような気がしたのだ。考えた末に、シュラインは口を開いた。
「一度、直接会ってあげてください。きっと美紀ちゃんも喜びますから」
 

++ 巫女の願い ++
 美紀が草間興信所を訪れたその時、依頼を受けた数人はそれぞれ調査すべきことがあるといった理由で、時間が欲しいと言った。それはこの洞窟のことや、巫女のことについて詳しいことを知るためであったのだろう。あるいは、洞窟の奥に進む道中で現れるであろうライバルたちへの対処法を考えるための時間か。
 洞窟の前の、大きめの岩の上にちょこんと座り込む美紀は、黒いうさぎの形をしたリュックをしっかりと腕の中に抱きしめている。その様子はまるで不安を紛らわせているかのようにも見えた。
 そして美紀の小さな姿を見つけた途端、ここまでの道のりをシュラインと同行していた村上・涼(むらかみ・りょう)が軽く片手を上げた。
「あっらー美紀久しぶりじゃない元気だった?」
 聞き覚えのあるであろう声に、ぴくんと美紀が顔を上げる。何故かうさぎの姿を連想してしまったシュラインは、笑いをこらえながら二人の久方ぶりの邂逅を見守った。
「涼も元気そーで何よりなんだわ。就職決まった?」
「ビミョーに可愛くないのは相変わらずね美紀……」
 笑顔を固まらせたままの不自然な表情をする涼の前で、えへんと胸をはる美紀。
 対照的な二人の姿に、セーラー服に身を包んだ細身の少女がくすくすとこらえきれない笑みを漏らす。笑い声をあげるたびに、糸杉のようにしなやかな長い黒髪がさらさらと華奢な肩から流れてゆく。
 彼女の名は麻生・雪菜(あそう・せつな)。
 少女が着ているセーラー服は、都内でも有名は私立高校のものだろう。首から下げたクロスのネックレスが白い肌によく映えている。
「早めに出てきたつもりなんだけれど、もしかしてもう集まってる?」
 そう言ったシュラインの背後から、涼が顔を覗かせた。雪菜は淡く笑いながら頷く。
「はい――水無瀬さんと、紫宮さんが何かを調べるとのことで向こうに――」
「やっぱりこれだけ人が集まるのも美紀の人格の凄まじさ故よね! 驚いたでしょ?」

「……そうね」
 やはりえへん、と胸を張る美紀の人格云々よりも、どちらかといえば相変わらずの美紀の不思議な言葉遣いに関心しつつシュラインが頷く。するとぼそりと涼が耳元で呟いた。
「あんまり調子に乗せないほーが……」
「でも、可愛いですよね――」
 雪菜は再び岩の上に座り、ぶらぶらと両足を動かしている美紀を見つめている。もしもあんな妹が自分にいたら――そんな想像をしかけた雪菜は小さく首を横に振ってその考えを胸中より追い払う。今は、美紀の願いを叶えてやることの方が先だ。
 涼はんー、と呟きながら洞窟の方へと視線を向ける。その視線に映るのは、二人の男の姿。一人は洞窟入り口の岩陰に片手を着いている。そしてもう一人は両腕を組み、それをじっと見守っているようだ。
「あの二人、何やってるのかしらね――どうせ洞窟の中に行かないとならないんだもの、行ってみない?」
「そうですね――美紀ちゃん」
 雪菜が名前を呼ぶと、再びぴくんと美紀が顔を上げた。リュックを両手に抱えたままでぱたぱたとした足取りで走り寄ってくるその姿に、雪菜は自然と笑みがこぼれるのを感じた。
「もう行くの?」
「はい。きっと中は薄暗いでしょうし、それを抱えたままではきっと危ないですよ」
「ん。じゃあ背中にちゃんとする――はい」
 リュックをぽん、と手渡され雪菜は小さく首を傾げる。だが美紀の次の行動で疑問は氷解した。美紀はくるりと雪菜に背中を見せた――リュックを背負うのを手伝えというのだろう。
 洞窟の前では、やはり先ほどと同じような光景が展開されていた。
 壁に両手をついたままの姿勢で、両目を閉じているのは水無瀬・麟凰(みなせ・りんおう)という名の少年だった。
「彼は何を?」
 シュラインの問いかけに答えたのは少年本人ではなく、彼の様子をじっと見守っていた男だった。穏やかそうな笑みを浮かべた男――紫宮・桐流(しみや・とおる)は腕を組んだままで答える。
「サイコメトリーという能力を知っているか?」
「対象物を通してその過去を見ることのできる能力よね」
「大雑把にいえばそうだ。麟凰はこの洞窟そのものをサイコメトリーすることによって、巫女について知ろうとしている」
「巫女、ね」
 涼が、洞窟の奥に視線を向けたままで短く言った。涼の表情の中に、ごく僅かではあるが不自然なものを感じた雪菜が不思議そうな顔をする。雪菜は洞窟や巫女に関して調べ物をしたいという涼に同行していたのだが、彼女の様子から察するに調査中に何らかの事実を掴んだようだ。
 別にそれは構わない、と雪菜は思う。人には人それぞれにすべきことや、その個性に見合った役割というのがあるのだ。そして自分にできることはおそらく――皆を守ることだ。
「私も調べて見たんだけれど……どのみちロクなことにはならないような気がするわ……」
 涼がため息交じりに、言葉を吐き出した。


 浮かび上がった最初の光景は、色彩ばかりでひどく曖昧だ。
 脳裏に浮かび上がる色彩は、やがて麟凰の集中力が増せば増すほどに、次第に明確な形を取り、そしてそれらは最終的には映画のように、連続したシーンの集合体となる。
(昔、それもずっと昔、かな……)
 洞窟の周囲には木々が生い茂っている。麟凰たちが洞窟を訪れた時は、狭いながらも舗装された道路があった。だが今脳裏に浮かんだ洞窟の風景には、それらの道はなく木々が鬱蒼と生い茂るばかりだ。
 何かに追われているらしい一組の男女。
 女は白い、巫女のような衣装をその身に纏い、長く伸ばした黒髪をゆるやかに一つにまとめていた。


「何故今、私達が追われなければならないのでしょう――……」
 悲しげな呟きが耳を打つ。
 薄暗い、湿った空気。洞窟を一人で歩き続ける巫女姿の少女は逃げ続けていた。彼女を追う者たち――かつては自分たち異端者を受け入れ、平和に時間を過ごした村人たちに。
「ただ助言を与え続けた。それが何故こんなことになるのでしょう――」
 問いかける先には誰もいない。この村に一緒にやってきた兄は、自分を逃がすために囮となった。そして、おそらく兄がどうなってしまったのかも彼女は知っていた。
 巫女は逃げ続けていた。
 失せものを探し、天気を占い――巫女の占いはこの村にささやかではあるが確かな繁栄をもたらした。だが、村を襲った飢饉によって村人たちの様子は一変する。


 あの巫女が、あの力で富を――幸福を独占しているに違いない。


 麟凰はただ頭の中を流れていくだけの光景に、唇を噛み締めた。
 時折、こんなことがある。見ていることしかできない自分が、悔しく歯がゆいことが。
 彼女が富を独占しているかどうかなど、彼女を見ていれば分かる。白い衣装はところどころがほつれているし、村にやってきた時に持っていた装飾品の類など、もはや一つとしてない。今彼女が持っているものは、彼女が身に着けているもののみだ。
 それでも、村人たちの疑いは消えはしない。
 走り続けたその先には、湖が広がっている。もはや巫女には逃げ場はない。背後から近づく怒声や足音は、少しずつ近づいていた。
 何故――?
 巫女はゆっくりと水の中へと入っていく。そして腰近くまでの深さに辿り着いたその時、巫女が振り返った。水際では村人たちが憎しみの表情を浮かべてこちらをじっと睨みつけている。
 やがて村人たちは、『何か』を湖の中へ――巫女のいるところへと放り出した。
 目の前にぷかりと浮かび上がったのは、苦悶の表情を浮かべて冷たい死体になってしまった兄の姿。体のあちこちには刃物で突き刺した傷が見える。おそらく彼が息を引き取った後もまた、何度も何度も兄の体を刃物で蹂躙し続けたのだろう。
 そして、変わり果てた兄の姿を見たその時、巫女が顔を上げた。
「私はここで死ぬ」
 息を呑む村人たちの前で顔を上げた女は、かつて彼らが慣れ親しんだ『巫女』のものではなかった。兄の死体を胸に抱き、刺すような視線を村人たちに向けた女は細面の顔に場違いとも思える、何かを吹っ切ってしまったような笑みを浮かべた。
「私はここで死ぬ」
 巫女はもう一度、そう宣言した。しんと、洞窟の中が不気味なまでに静まり返る。
「私はここで死ぬ。だが一つだけ約束をしてやろう――自分たちが受けた恩恵すら忘れ、兄の命を奪い、今まさに私を追い詰めようとしている村人たちよ。私は死してもこの場所に残る。そしてこの日、この夜にこの場を訪れた村人のあらゆる願いを叶えよう。ただし、その代価は命――忘れるな。命と引き換えにあらゆる願いを叶えよう――」
 戸惑うような村人たちに、巫女は背を向ける。そして湖の奥深くへと歩き出す。
 麟凰の脳裏に展開された最後の光景は、ただ青――。
 青く、澄んだ湖――静けさに満ちた洞窟の奥深く。


 一番最初に感じたのは、掌に伝わる岩壁の冷たい感覚だった。
「終わったようだな」
 聞きなれた桐流の声に対し、麟凰が小さく頷いて見せた。
 願いを叶えること――だがそれは巫女の本当の目的ではない。巫女の真の目的はもっと別のところにある。
「これは、村への呪いなのかもしれない――」
 顔を上げて振り返る。麟凰は皆の視線がずっと自分に向けられていたことに初めて気づいた。
 シュラインが洞窟の中を覗き込みながら、首を傾げる。
「けれど、『願いを叶えてやる』なんて、兄を殺されて自分も死を選ばなければならなかった人の行動としては、不自然な気がするわね……」
「そこで話が終われば、不自然なのかもしれません」
 悲痛な顔で視線を下げたのは雪菜だった。雪菜も涼と同行しただけあって、村のその後のことは多少ではあるが知識として頭に入っていた。
「じゃあ、まだ何かあるのね?」
「はい。それ以降、村は幾つもの天災に襲われたようです――」
「なにせ昔の記録だから、アテにならないんだけれど――それでも本当に何かに呪われているとしか思えないような状態だったらしいわ。川は氾濫するわ穀物はぱたりと育たなくなるわで――で、問題はそのたびに人身御供を差し出して、巫女に願いを叶えてもらっていたってことね。つまり問題があると、すかさず村人たちは自分たちが追い詰めて殺したはずの巫女に頼ったってことよ」
 呆れるほどに暢気よね――そう言葉を続けると涼が肩をすくめてみせた。しばし考えた末に、桐流が呆れたような声で言った。
「なるほど確かに呪いだ。すさまじい執念だな」
「まさか……?」
 桐流が思い当たった可能性に、ようやくシュラインも気づいたのだろう。息を呑んだシュラインに桐流が頷いた。
「巫女は勝負を挑んだということだろうな。村を呪い次々と災害を起こし、その傍ら村人たちの命と引き換えに願いを叶えるような顔をして災害を鎮めた。だが巫女の本当の狙いは違う――巫女はこの村を呪い追い詰めようとしただけだ。巫女は二重に村を呪った――一度目は村に災害を起こすことで、そして二度目は命と引き換えに災害を鎮めることで。分かるか? どうあっても、村人は減っていくんだ。災害か、巫女への犠牲か――そのどちらかで」
「呪いなんてものが本当にあるのか知らないけれど、でも村人の減るペースはかなり速かったみたいね」
 涼が忌々しそうに呟くと、雪菜もこくりと頷いた。
「もう、巫女を追い詰めた人は生きてはいないのに、いまだその呪いは残っているのでしょうか……それとも……」
 雪菜の呟きに耳を貸していた麟凰が、ふとその場に違和感を覚える。
 いつもならば真っ先に会話に入っているであろう美紀の声が、先ほどからまったく聞こえないのだ。
「……美紀ちゃんんは?」
「まさか……!」
 雪菜がはっと洞窟に視線を向ける。そして、それに続くようにして皆の視線がそこへと向けられた。
 まるで五人を待ち受けるようにして、ぽっかりと暗い穴を空けた洞窟の奥へと。


++ 消えた村 ++
 五人はその後、すぐに美紀の後を追いかけて洞窟へと足を踏み入れた。ごつごつとした足場の悪い中では、全力で走ることなど出来ない。それにもどかしい思いを感じながらも小走りで奥へ奥へと歩いていく。
「ったく……なんでこんな日に限って誰もいないのよ。美紀が言ってたみたいに他にライバルでもいれば、美紀だって一人でそう奥まで行けなかったのに」
 苛立ちの含んだ涼の言葉に、麟凰とシュラインと雪菜が顔をこわばらせた。それに気づいた涼が嫌な予感を覚えつつ、顔をしかめながら問いかける。
「キミたち……さては何かやったわね……何やらかしたのよ一体……」
「知り合いが勤めている出版社があるから、そこから大学の教授を紹介してもらって、調査って名目てちょっとだけ立ち入り禁止に……」
 彼女にしては珍しく、言い難そうな様子である。そしてそれに続いて口を開いた雪菜と麟凰も――。
「私は……足止めってあまりやったことがなかったので、気絶してもらったんです。他のライバルの方たちもかなり本気だったみたいで……武器を携帯している方も多かったものですから危ないと思って……」
「俺は結界を――空間歪曲結界っていうのを少しだけ……」
「美紀の願いが、他の人より純粋であれば、といってなかったか?」
 僅かにからかうような響きを含んだ桐流の言葉。彼の言葉の通り、麟凰は美紀と約束をしていたのだ。美紀の願いが他の人々のそれよりも純粋であったその時に、他の人々の足止めに協力する、と。
「ちらりと聞いただけでしたが、純粋そうだったんです。願いといえばお金とかそんなものばかりでしたし――そもそも本格的な武器を投入してくるような人たちが、美紀ちゃんより純粋だなんて有り得ないと思ったんです」
「まあ、確かにな」
 軽く同意を示す桐流。
 そこに、ふと視界が開けてきた。どこかに外界と繋がる穴でもあるのかもしれない。ところどころから漏れてくる光――それは麟凰がサイコメトリーして見たあの光景と同じではあるが、微妙に、何かが違う光景だった。
 そして、次に見えるのは見渡した一面に広がる水。
 背筋に氷の塊を押し当てられたような感覚。麟凰と桐流――そして雪菜はその冷たい気配に思わず息を呑んだ。
「美紀ちゃん……!」
 雪菜が美紀の名を呼ぶ。
 美紀は湖に向かって少しだけ突起した地面に立っていた。そしてその前に浮かび上がるのは、白い衣装に身を包んだ巫女の姿。それは麟凰がサイコメトリーの際に見た巫女本人だった。
 巫女は赤い唇を笑みの形に歪めて問うた。
「さあ、願いをお言い」
「美紀は父様の写真とかが欲しいわ――!」
 巫女のことも、過去にこの洞窟で何が起きたのかすら知らない美紀には躊躇いというものがない。
「あの馬鹿っ……!」
 涼は心の中で舌打ちしつつも走り出した。洞窟内に巫女の甲高く、耳障りな笑い声が響く。
「面白いこと――そのようなものを願うとは」
「美紀が何をお願いしたって美紀の自由でしょー! 文句言われる筋合いなんてこれっぽっちもないんだわ!」
 ムキになって反論する美紀に、巫女は笑みを残したままで大きく頷いて見せた。
「なるほど――では、お前の命と引き換えに願いは叶えよう。安心してお死に。写真とやらはきちんと母親に届けてやろう」
 ぽかんと、口を開けたままの美紀。だが美紀が彼女の言ったことを理解するのにそう時間はかからなかった。すかさずきっと巫女を睨み上げる。
「……命って、何いってるのよ命なんて当然のように上げたりしないわよウソツキウソツキウソツキーー!!」
「いい加減に……しときなさいってば」
 駆け寄った涼が美紀の襟首を引っつかんで、一目散にシュラインたちの方へと走り出す。引きずられながらも、いまだ『ウソツキ』を連呼する美紀は状況が理解できていないのか大物なのかのどちらかであろう。
「その少女は私に願った。その代価は死で購われる」
 巫女がゆっくりと、宙に浮き上がる。水中に没したままだった足先をも皆の目の前に晒し、巫女は美紀の元へと向かおうとした。だが、雪菜と麟凰がその前に立ちふさがる。
 巫女たちから少し離れたところでは、ぜいぜいと乱れた呼吸を必死で整える涼の背中を、よくやったとでも言うかのようにシュラインがぽんぽんと叩いたところだった。そして巫女たちのほうをじっと見つめている桐流。
「行かなくていいの?」
 シュラインの言葉に、桐流が僅かに視線を上げて彼女を見た。シュラインから見ても、あの巫女の怨念の凄まじさは一目瞭然だった。おそらくは霊というものと戦う術を持っているであろう桐流が、ここで様子を見ているだけというのは不可解だ。
「巫女と戦えというならばそうしても構わないが、その場合美紀たちは無防備になるな――」
 難しい顔をして自分の顎のあたりを撫でながら答える桐流。何故か余裕があるように感じられるのは、シュラインの気のせいなのだろうか?
 巫女は立ちふさがった雪菜と麟凰をじっくりと見つめていた。
「邪魔をするか――」
 巫女は優位を崩そうとはしなかった。禍々しい感情を隠そうともしない眼差し――それが自分たちに向けられただけで、二人の足がすくむ。それほどに、巫女の呪いは――憎悪は凄まじい。
「……くっ……!」
 地面に屈してしまいそうになるほどの圧力感の中で、雪菜は僅かに膝を落とした。だが次の瞬間、それに対抗するように渾身の力をこめて背筋を伸ばし、そして大きく左右に両手を伸ばす。
 雪菜は大きく体をのけぞらせた。その胸から、金属のような輝きを発する『何か』がゆっくりと現れる。棒のようなそれを両手で掴むと、雪菜は自分の体からゆっくりと、それを引き出した。
「――面白い」
 細い体から大鎌『サロメ』を引き出す雪菜の姿に、小さく桐流が呟いた。当然その響きは雪菜に届くことはなかっただろう。彼女は大鎌を構えるとじっと巫女へと視線を注ぐ。
 すると、湖の中からずるり、と音を立てて何かが姿を現した。人の形をしてはいるが、全身を厚い泥のようなもので覆われていて果たしてそれが本当に人であるのかすら分からない。それは少しずつ、ゆっくりとした動作でその数を増やしていく。思わず美紀は悲鳴を上げて涼の腰に抱きついた。
「あれ……何よ」
 涼は呆然と問いかけた。答えを期待しての問いではない。だが涼の言葉を耳にした桐流は淡々とした様子で答えた。
「巫女が殺してきた村人、だろう。死後も安らかに眠らせはしないか……それほどに恨みは深いということだろうな」
「馬鹿だわ……もうその『村』なんてどこにもないのに」
 呟き、涼はじっと巫女の姿を見据える。あの場所に自分がいったところで、麟凰や雪菜の足手まといになるだけだろう。
 それでも、もしかしたら、という思いもある。
 涼は腰に回された美紀の手をやんわりと解いた。そして走り出す。
「…………!」
 走り出した涼を停めようとシュラインが片手を伸ばす。すると桐流の声が降った。
「やめておけ」
「でも……」
 危険だと言おうとしたシュラインの言葉を遮るようにして、美紀が声を荒げる。
「なんでよハクジョー者!!」
「『村はどこにもない』と言っていただろう」
 きょとん、と美紀が首を傾げる。美紀ほどではないが、シュラインも明らかに戸惑っているように見えた。
「……ええ、でもそれが一体……」
「麟凰が知っている事実は、あくまでこの洞窟をサイコメトリした上でのものでしかない。つまりこの洞窟にしみついた記憶だ。だが彼女は巫女や伝承について調査した。麟凰の知らない事実を知っているのかもしれない」
「事実……?」
 そう呟き、シュラインはふと思い出す。涼と雪菜は揃って『村はどこにもない』と言ってはいなかっただろうか?
 シュラインの胸中を見抜いたのか、桐流がさらに言葉を続けた。
「村がどこにもないのだとしたら、巫女の恨むべきものなどない」
 じっと、桐流は巫女と麟凰たちの戦いを見つめていた。目の前で命のやりとりがなされているにも関わらず、彼の態度に動じている様子は見られない。今までシュラインは桐流に対して、穏やかで優しげな男という印象を抱いていた。だが今こうして見ると、その印象はもしかしたら間違っていたのかもしれないと思う。
 巫女と雪菜たちの戦いは、いまだ続いていた。
 大鎌サロメの漆黒の刃が空を凪ぐ。襲い来るかつて村人であったものを、雪菜は切り倒し続けていた。
「ごめんなさい……けれど、私達にも譲れないものがあるんです……!」
 サロメをふるう度に、胸元のクロスが揺れる。刃をふるい続ける雪菜と巫女との間に、不意に駆け込んだ人影があった。涼だ。
「何を……危ない……!」
 飛び込んできた涼の存在にいち早く気づいた麟凰が、慌てて結界を張る。だが巫女の発する威圧感故か、あるいは凄まじい憎悪の念に晒されたのが原因か、その結界に僅かなほころびが生じたのを、巫女は見逃しはしない。
 張られた結界に、村人であった異形のモノたちはそれ以上の接近をすることはできない。だが、巫女の憎悪を阻むことまではできないようだった。殺気と冷気、そしてすさまじい重圧に晒されながら麟凰は思う。
 何年も、何十年も村を呪い続けた巫女の力は、これほどまでに強大であるのかと。
 巫女の爪が、麟凰の張った結界に伸びる。互いが触れたその時、ぱちりと火花が爆ぜた。緊張にごくりと喉を鳴らした麟凰と、巫女との無言の攻防を見守っていた涼の傍らで、雪菜が内側から結界にサロメの刃を付き立てた。
 巫女の爪とサロメの刃。外側と内側からの攻撃に、麟凰の結界が軋むような音を上げた。
「終わらせます……!」
 雪菜は決然と言い放つ。
 日頃は静かで、穏やかな彼女を今こうしてつき動かすのは、おそらく怒りなのだろうと麟凰は思う。死後も村人たちをこうして利用する巫女のやり方に、彼女は反発を覚えているのだろう。
 そして雪菜は、一撃で全てを終わらせるつもりだった。結界はサロメの刃によってついた傷から生じた闇に、少しずつ引き込まれていく。
 たん、と小さな音を立てて雪菜が宙へと踊る。軽やかな身のこなしで跳躍した雪菜は大鎌を手に――結界に伸ばしていた巫女の手を、手首から切断した。
 甲高い、耳障りな巫女の悲鳴にも、雪菜は表情を変えることはしなかった。
 滑らかな切断面を見せる巫女の手首から、闇が溢れ出した。それは先ほどの麟凰の結界のように、やがては巫女そのものを闇へと引き込んでしまうことだろう。だが――巫女は諦めなかった。
 いまだ麟凰と雪菜たちを排除し、美紀の命を奪おうとしている巫女の凄まじい執念に、美紀はぎゅっと拳を握り締めた。シュラインはそんな幼い彼女の肩を優しく抱いてやる。
「世話のやける……」
 呟いた桐流が見ていたのは、やはり巫女たちの方だ。
 巫女は手首から先のない腕を、それでも麟凰たちへと向ける。既に彼らを守る結界は雪菜のサロメによって闇に侵食されてしまったため、今彼らを守るものはない。
 桐流は小さく呟くと、幾つかの符を指の間に挟み念を込めて放つ――。
 ゆらゆらと、巫女は傷つきながらも歩みを止めようとはしない。結界すらなく、巫女の憎悪の波動にさらされた涼たちに、その手が伸ばされた。そして手が、彼女たちに届こうというその時、巫女に向けて幾つもの符が雷光を伴って激突する。激しい耳鳴りと巫女の悲鳴――巫女は桐流の放った符による攻撃に大きく後ろへと体勢をふらつかせた。だが再び前のめりになると涼たちに顔を近づけようとした。血にまみれた顔を――。
「おのれ……何故邪魔を……!」
 憎憎しげに睨みつけてくる巫女の前で、地面に両膝をついたままの涼がぽつりと言った。
「村はもう、どこにもないわ」
 顔を上げ、巫女を間近に見つめた。憎悪と怨嗟に彩られていた巫女の表情に、初めて戸惑いの色が浮かぶのを涼は見逃さなかった。
「……くだらぬ……そのようなことで私が騙されるとでも……!」
 迷いのない憎しみこそが、巫女の力の源であったのだろうか?
 だがそれが正しいならば、膝をつけるほどの重圧が嘘のように軽くなっていることの理由になるだろう。
「明治21年、明治政府が発した『市制町村制』によって市町村合併が促進されたことにより、町村は約五分の一に、そしてその7年後の『町村合併促進法』、さらに3年後の『新市町村建設促進法』――最終的に市町村は約3500までに統廃合された。そういった時代の流れの中で、キミが憎んだ村は消えていった。キミが憎んだ村なんて、どこを捜してももうないわ。どこにもないのよ――」
 巫女が望んだ形の終焉ではないだろう。
 けれど、望む望まぬにかかわらず、終わっていたのだ。時代の流れによって半強制的に幕を下ろされていた。巫女の意志の遠く及ばぬ場所で。
「だが、甘い」
 ふと、桐流が呟く。涼の言うことが本当なのだとしたら、巫女は責められなければならない。村人たちがその罪故に巫女の呪いに晒されたのだとしたら、巫女にも相応の罪は――責められねばならぬ罪がある。
 巫女にはもはや攻撃するだけの気力などないだろう。彼女を支え続けたのは呪いと憎しみ。その対象が消えた今となっては、巫女は無力でしかない。
「分かるか――つまりあなたが村人だと思い命を奪い続けたのは、あなたの憎しみとは何一つとして関係のない人々が大半だ。一年に一人だとして何人になる? あなたは何人の人々の命を――無関係の人をその手で殺めた?」
 正義感故の発言などではなかった。
 だが罪を、つきつけてやりたいと、そう思っただけだ。
「あなたは同じだ。あなたとその兄を追い詰め殺した村人と同じだ。村人たちは全てをあなたたちが原因であると――あなたが富を独占しようとしていると勘違いし、そしてあなたを追い詰め、殺した。そしてあなたは村人とは何ら関係のない――この洞窟の噂を聞きつけた人々を殺し続けた。あなたも、あなたの呪った村人も、同じだ」
 どうする?
 桐流の言葉は、言外にそう問いかけているようだった。そしてそれを察したのだろう――巫女は目を閉じる。
 巫女の姿は、ひどく小さく見えた。
「娘よ――」
 次に巫女が目を開いたとき、彼女は雪菜と彼女が手にしたサロメを見据えながら言った。
「私の望みは、分かっているな?」
 巫女にとっての全ては、終わったのだ。
 雪菜は巫女の言葉に頷く。そしてサロメの刃を巫女へと向けた。


++ 残された写真 ++
 今日も草間興信所には見慣れた面子が集い、賑わいを見せていた。これが客による賑わいであるならば、代表であるところの草間武彦の眉間に刻まれた皺もここまで深くはならなかっただろう――そんなことを思いながらも、シュラインは客人たちに紅茶を入れている。
「本当はね、村の名前はなくなってしまったけれど、村そのものが消えた訳じゃないのよ。確かに村の統廃合はあったみたいだけれど、村が消えたというよりも少しずつ、村人はもっと便利で豊かな土地に移動していったんだと思うわ」
 つまり、涼が巫女に語った言葉は半分が嘘だ。
 村そのものは消えた訳ではない。今もおそらく幾つかの住居は残っているだろう。だが巫女が憎んだ村の名と同じ地名は、もはや存在しない。
「でも、巫女の呪うべき対象がもういないっていうのは本当だし」
「そうだね。巫女を追い詰めた当時の人々なんて、もうどこにもいない――ところで、あの写真って……?」
 麟凰の問いかけに、涼が肩をすくめつつ雪菜と顔を見合わせた。シュラインから事情を聞いたのは、この二人だけのようだ。
 麟凰が問いかけたのは、今美紀の手の中にある一枚の写真についてだった。シュラインが洞窟の入り口で見つけたと言い張る写真の中の人物が、美紀の父親であるという確証は本当ならば存在しない。だが、シュラインも涼も雪菜も知っている――それが本物であるということを。
 そう――その写真は、シュラインが美紀の父親の友人という人物から譲り受けたものだ。
「だってだってコレって美紀そっくりだもの。さすが美紀の父様だけあって素晴らしくカッコ良いと思わない? ね?」
 写真をぐりぐりと桐流に押し付けて見せびらかしながら得意そうに言い張る美紀に、桐流が苦笑を返す。
「その判断を求められても困るね」
 桐流の答えは美紀の望んでいたものとは違ったのだろう。頬を膨らませる美紀の姿に、雪菜は穏やかに笑みを見せながら写真を覗き込む。
「でも、どことなく似ていますね」
 美紀と同じ艶のある黒髪。秀麗そうな美貌――だが、どこか癖のありそうな雰囲気。
「でしょでしょ! だからこれは父様の写真に決まってるもの! きっとあの巫女サマも、村人以外の人を殺しちゃったりしたから後悔してたのよ。だから、こうやって美紀の望みを叶えてくれたんだわ。いろいろイヤなことあってヒネクレてただけで、きっといい人なのよ」
 楽観的ともいえる美紀の言葉に、皆が顔を見合わせた。
 雪菜は思う。おそらくそれは真実ではないだろう。だが美紀がそれを真実であると思うならば、そのほうがいい、と。
 真実を知るものたちは、温かな眼差しで美紀を見やる。
 雪菜は美紀に聞こえないように小さな声で、麟凰へと囁いた。
「シュラインさんが、美紀ちゃんのお父様の友人から譲り受けたものなんです。けれど――美紀ちゃんが誤解したままでも、いいような気がします――私も」
「でしょう?」
 皆にお茶を配っていたシュラインが、少しだけ得意そうに笑った。



―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0381 / 村上・涼 / 女 / 22 / 学生】
【1144 / 紫宮・桐流 / 男 / 32 / 陰陽師】
【1147 / 水無瀬・麟凰 / 男 / 14 / 無職】
【1297 / 麻生・雪菜 / 女 / 17 / 高校生】


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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます。久我忍です。
 ネットをふらふらと漂っていたおかげで、予定していたものとは全くの別物に仕上がってしまいました。ですがこれはこれで、書いた本人は気に入っていたりするお話しでもあります。


 今回登場したNPC、美紀は二度目の登場になります。
「NPCを作ろう!」
 と気合を入れて作った凪とは違い、ひょっこりと書いてみたら実はものすごく書きやすかったというキャラクターだったりします。おそらくこの様子ですと、今後も私の書く依頼モノには登場するかもしれません。その時はどうぞよろしくお願い致します。


 以前に比べてアップする依頼数が少なくなってしまっている現状ですが、窓を開くときにはコミネットなどで事前に告知するようにしておりますので、張り込み(笑)したいという方は是非活用ください。
 ではでは、ご縁がありましたらまたよろしくお願い致します。