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<PCシナリオノベル(シングル)>


闇の住人
 風が動く。
 雲が流れる。
 新月期に入った月が、弱々しい光を地上に投げかける。
「‥‥死んでるぜ‥‥皆」
 巫灰慈が呟いた。
「ああ‥‥」
 草間武彦が頷く。
 スターライトスコープと呼ばれる暗視ゴーグルには、広い庭に転がる死屍が映っていた。
「やっぱり、アイツの仕業か?」
「だろうな。勤勉なことだ」
 小声でささやき合う。
 どうやら、予想より早く事態が進行しているようだ。
「出番がねぇかもな」
「その方が助かるがね」


 三原という政治家の背後を洗ううち、人身売買という鉱脈を探り当ててしまった。
 草間興信所にとって不幸な出来事といって良い。
 正直なところ、彼らは人権擁護団体ではないのだ。
 知らずにすむなら、それに越したことはなかった。
「つっても、判っちまった以上、放置するわけにもにいかんわなぁ」
 赤い瞳の浄化屋が嘆息する。
 そう。
 知ってしまった以上、興信所としては何らかのアクションを起こさなくてはいけない。
 なぜなら、「知られた」ことを知った三原の側が先に動く可能性があるからだ。
 始末しようとするか。
 抱き込もうとするか。
 あるいは、圧力をかけて口を封じるか。
 いずれにしても、楽しい未来の夢とは結びつかないだろう。
「まったく、この国の政治業者はロクなのがいないな」
 草間が批評家のように嘆いてみせる。
「かなりの線で同意見だけどよ。武さん。いまは慨嘆より先にやることがあると思うぜ」
「だな。さしあたり三原との契約は破棄だ。人身売買の片棒を担がされたんじゃかなわないからな」
 そもそも、後ろ暗いところがある政治家の護衛など引き受けなければ、ここまでややこしいことにはならなかったのだが、いまさらの話である。
「その上で、三原を何とかしないとな」
「稲積のダンナに協力してもらうかい?」
「そうだな‥‥」
 言いよどむ怪奇探偵。
 この時点で警察が動けば、事態はよりややこしくなる可能性がある。
 単純に事件解決ということを最優先するなら、それが最も効率がよいのだが。
「例のアサシンのことか? 武さん」
「それもあるが‥‥公にすると被害者と家族が傷つくと思ってな」
「優しくなったねぇ」
「おまえだってそうだろう?」
「まあな」
 肩をすくめる浄化屋。
 守るべきものをもつと、人は優しくなる。
 むろん、その優しさは無原則に発揮されるものではない。
 彼らが気にしているのは三原の政治生命ではなかった。
 くされ外道の政治屋に優しくしてやる義理など、宇宙の果てまで探しても見つかるはずもない。
 彼らが気にするのは、事が明るみに出た場合、被害者と家族が好奇の目に晒される、ということである。
 いかにもイエローマスコミが飛びつきそうなネタだからだ。
「つまり、今回は社会というか、法の力をアテにしないって事だな?」
「そういうことだ」
「策士だねぇ」
 にやりと、シニカルに笑い合う。
 現在、悪徳政治家を狙ってう人間がいる。
 二者を咬み合わせることは、初級の算数より容易だ。
 三原を殺させ、すべてが終わった後に、暗殺者を逮捕拘禁する。
 計算通りに進めば、理想的な漁夫の利が得られるだろう。
 もちろん依頼料は入らなくなったしまうが、そのあたりは、当のアサシンと交渉しても良い。
 凶行を見逃す代わりに相応の代価を支払え、というわけだ。
「‥‥なんか、俺たちが一番ダーティーっぽくないか?」
「正義の味方には、悪は倒せないさ」
 抽象的なことを草間が言った。
 一瞬の時差をおいて、巫も理解する。
 悪を滅ぼすならば、こちらはそれ以上の悪にならなくてはならない。
 よりあざとく、より辛辣に。
 その意味では、暗殺者の凶行は、容認できないものの納得はできる。
 社会的実力を持った相手に正攻法は無益だ。
 奴らはルールを作ることができるから。
 悪質プレイヤーになりきって勝負しなくては、勝利などおぼつかない。
 法と正義に基づいて戦うのでは、それこそ三原の思うつぼだ。
「そんなわけで、アイツが侵入しやすくしてやろう」
「なるほど。ここで稲積のダンナが出てくるわけだな」
 笑う。
 具体的には、共通の友人の力を借りて三原邸の警報装置を無力化するのだ。
 それに、事後処理のことも頼まなくてはいけない。
 また老朽化した風呂釜が爆発して火事にでもなるのだろう。
 主人の三原ほか、使用人たちが焼死する、というわけだ。
 もちろん、監禁されているであろう女性たちを救助した後に。
 真相は、闇から闇へ。
 黙々と、準備を始める二人だった。


 サイレンサー付きの拳銃が、乾いた発射音を立てる。
 邸内には、まだ「敵」がいるらしい。
 ここまで巫と草間は、三人の男を射殺した。
 アサシンといえども、とりこぼしはあるということだろう。
「どっちに行く?」
 巫が訪ねた。
 黒装束。足首に括りつけたファイティングナイフ。右手に持った拳銃。
 今回に限り、射殺をためらうべき理由は、二人にはない。
 理解ある歩み寄りとやらが通じる相手ではないからだ。
 人身売買などという非道をおこなう連中である。
 殺人のタブーは、とっくにクリアしている。
 甘いことを考えた瞬間、こちらが殺されてしまうだろう。
「誘拐された女の子たちが監禁されているは‥‥」
 怪奇探偵が短く思考する。
 邸内の見取り図は入手できたものの、むろんそんなものに被害者がどこにいるかまで載っているわけがない。
「最地下か、最上階か。どっちかだろ?」
 巫が指摘した。
 当たり前の話だが、誰か捕らえておくなら出入り口から最も遠い場所でないと意味がない。
 もちろん、逃がさないようにするためだ。
 とはいえ、どちらに女性たちがいるか、選択によっては回り道をすることになってしまう。
「‥‥俺は地下だと思うぜ」
「奇遇だな。俺もそう思う」
 監禁されている女性たちは、生きている人間だ。
 叫びもすれば悲鳴もあげるだろう。
 となれば、地上階では音が漏れる可能性がある。
 三原がより慎重な思考をするなら、地下を選択するのではないか。
「まあ、まともな脳味噌の持ち主が人身売買なんか手を染めるか、微妙なところだがね」
「まったくだ」
 与太を飛ばしながら、地下へと向かう二人。
 ギャンブルの要素が強いが、ここだけはアサシンに先駆けなくてはならない。
 三原一党はともかくとして、女性たちから被害を出すわけにはいかないからだ。
 暗殺者の目的が女性たちの救出にある、とは、残念ながら断定できない状況である。
 それに、もし女性が人質に取られた場合。
 もろともに射殺してしまうかもしれない。
「それはちょっとマズいからなぁ」
 呟く浄化屋は、たぶん非情には徹しきれないのだろう。
「どうやら正解だったみたいだ」
 草間が指さす。
 分厚い地下室の扉。
 わずかに漏れる女性の嗚咽。
 罪の証だ。
「いくぜ‥‥」
「任せろ」
 巫の拳銃が吠え、鍵を吹き飛ばす。
 間を置かず草間が体当たりでドアを破り、室内に転がり込んだ。
 無駄のない動きで浄化屋も続く。
 待ち伏せは、なかった。
 おそらくは、暗殺者の相手に動員されているのだろう。
 第三勢力が侵入していることなど、気がついていないかもしれない。
「大丈夫か?」
 銃をおろした巫が、女性たちに優しく問いかけた。
 もっとも、あまり適切な呼びかけなかっただろう。
 どうみても、女性たちは大丈夫そうではなかったからだ。
 ほとんど全員が裸で、加虐の後も痛々しい。
「三原の野郎。とことんまで腐ってやがるな」
 吐き捨てる。
 わざわざ確認するまでもなく、三原の仕業であろう。
 変態趣味の極致、というべきだ。
「怒るのは後だ」
 そう言った草間が、鉄格子の錠を撃た砕く。
 ついでに拷問機材だか調教器具だかも撃ったのは、不快感のあらわれだろうか。
 巫が苦笑を浮かべた。


 外に待機していた稲積警視正に女性たち託した二人は、再び邸内に戻った。
 後始末のためである。
 すでに抵抗はない。
 例の暗殺者が、あらかた片づけてくれたのだろう。
 逃走した者もいないはずだ。
「公安が、張り付いていてくれるからな」
「悪名高い公安警察も、こんなときは役に立つってことか」
「ホントは内調に頼みたかったんだけどな」
「やめてくれ。こんな事件を綾が知ったら‥‥」
 身を震わせる巫。
「ちょっと怖すぎるな‥‥」
 怪奇探偵も、うそ寒そうに首を振った。
 浄化屋の恋人は、性犯罪に対して異常なまでの嫌悪感を抱いているのだ。
「キレて、この辺り一帯をぶっ飛ばしかねないぜ‥‥」
「うむ‥‥」
 不敵な二人だが、このときばかりは笑いもせずに頷き合ったものだ。
 同然である。
 それは冗談ではなく正確な予測なのだから。
 そうこうするうちに、二人は三原の私室へ辿り着く。
 扉が開け放たれ、内部から人の気配は感じられない。
 慎重に侵入する浄化屋。
「やっぱりな‥‥」
 室内に人間はいなかった。
 少なくとも、生きている人間は。
 三名ほどの護衛の死体と、脳漿をまき散らしたかつては三原だったもの。
「ある」のは、それだけでだった。
 予想されていたことだ。
「何にも知らないでガードしてたら、こうなったのは俺たちだったかもな」
「そうだな‥‥」
 面白くもない仮定だが、否定する要素を巫は持ち合わせない。
 相手はプロのアサシンだ。
 選挙権も剥奪されるような職業だが、こと戦闘に関しては彼も草間も遠く及ばない。
「いっそ、共闘しても良かったかもな」
 なんとなく呟く。
 そうすれば、あるいは死者をもう少し減らすことができたかもしれない。
 甘さだろうか。
 この連中を生かしておくことはできなかったはずだ。
 組織を壊滅させ、事件そのものを抹消するためには。
 国の威信にも関わってくる。
 被害者のことを考えても。
「でもよ‥‥」
 それでも彼は、殺人マシーンになりたくはなかった。
「リストを探すぞ。灰慈」
 草間が軽く肩を叩く。
 実務的な態度が、浄化屋の負担を少しだけ軽くした。
「そうだな。売られちまった娘も助け出さねぇと」
 それに、組織の全容を掴み完全に覆滅させる。
 本当に解決までには、まだ時間がかかるだろう。
 だが、これはしなくてはいけないことだ。
「関わっちまったからな」
「ああ。苦労が多いぜ」

 やがて、三原邸に火の手があがる。
「焼死者」一八名を出す大火だった。
 とはいえ、幸いなことに他家への延焼はなく、被害は一件だけにとどまる。
 おそらく庭が広かったためだろう。
 世人はごく自然に納得した。
 そして真相は、闇の中へ。


  エピローグ

 風がそよぐ。
 木々がざわめく。
 夕日が、すべてを赤く染めあげる。
 小さな児童公園。
 若い女性と少女が遊んでいる。
 それは、もしかしたら、実現しなかったかもしれない光景。
 木陰から様子を見守っていた男が、音もなく姿を消した。

「いいのかい? いかせちまって?」
 双眼鏡をおろした赤い瞳の男が訪ねる。
 少し離れた場所。
 中古のセダン車のボンネット寄りかかった二人の男。
「俺は、あんな男しらないからな」
「そうだよな。俺たちが知っているのは、あそこ遊んでる女が被害者の一人だったってことだけだ」
 二人の男がタバコに火をつける。
 紫煙が風の中に溶けていった。







                          終わり