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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・名も無き霧の街 MIST>


タブロイドガールの事件簿Y

------<オープニング>--------------------------------------

「大通りの透明人間は?」
「ガセだった」
「人肉パンの噂は?」
「ソーセージエッグマフィンだったわよう。美味しかったし」
「……ミス三段腹のインタビュー」
「誰が読むのよ! うちは大衆向けなんだからね!」
 テーブルの上をキャスリンはばんばんと叩いた。町の事件をちまちまと記事にして不定期に発行しているタブロイド誌のライター兼編集者兼印刷者は、ネタに詰っていた。隣では事件現場をイラストに起こす仕事を担当している相棒が植木に水をやっている。
「ねぇナイツ? あたしたちこれで本当に有名になれるかしら? 人々は本当に情報を欲してるのかしら? 情報を手に入れる権利は誰だってあるけど、パンのほうをみんなほしがるものよ」
「何とかなるよ」
 にっこりとナイツは目を細め、ジョウロをキャスリンの前に置いた。
「あんたは何時だってお気楽ね。世の中そんなに甘くないんだから……」
 のほほんが身上のナイツのためにも、面白い記事を物にして社会的地位を確立するしかない。椅子から立ち上がり、出窓を開けた。眼下に心地よい雑踏が広がる街がある。遠くから教会の三時のカリオンが聞こえ始めていた。
「そうだ。そうよ!」
 くるっとキャスリンは髪を揺らしながら振り向いた。うんと手を広げる。
「黒い森の騎士退治! あれってどうなったの!?」
「ああ、報奨金はまだ生きてるみたいだけど……ほとんどの人が忘れてるんじゃないかな。あんなことの後だし」
 キャスリンはナイツに抱きついた。
「退治のレポート記事を作るのよ!」
「オレ、剣持ったことなんてないよ」
「あんたなんかに期待してないわ、人を雇うの。そう外の人間がいいわ! 今話題沸騰中でしょう!?」
 スキップしながらキャスリンは言葉を続ける。
「ギャラは報奨金から出せばいいじゃない」
「捕まえられなかったらどうするの……ほら」
 植物好きのせいか髪が翠色だから植物が好きなのか。瞳まで翠色のナイツは、微笑みながら懐中時計を差し出した。
「質屋に入れておいでよ。いいお金になるはず」
「ナイツ……」
 金がふんだんに使われた、いかにもな高級品の時計だ。文字盤にはそれぞれの星座を表す宝石まで飾られている。どうしてこんなに高そうな物を、と聞こうとしてやめた。ナイツの真心を大切にしよう。
「あたしたち、絶対有名になりましょうねっ!」
 ガッツポーズをしてキャスリンは部屋を出た。



 分厚い本を読んでいたかと思うと、アスランは顔を上げた。革張りの重厚な表紙が目を引く本は、御崎月斗の読み取れない言語で書いてあるらしい。横から覗いたがさっぱりだった。
「ツキト」
「ん?」
 先日王に献上されたという、珍しい小鳥が部屋の中を飛び交っていた。籠に入れて育てるものらしいが、月斗が放してやるとあまりに楽しそうに飛ぶのでアスランはほっておくことにしたらしい。式神の一人、迷企羅も同じ鳥のせいか追いかけっこして遊んでいる。アスランが休暇のときは二人でよく一緒に居るが、それぞれは違うことするという不思議な時間共有が当たり前になっていた。
「前にキンダー卿の第二別荘に行ったんだって?」
「ああ。趣味の悪い屋敷だったよ」
「周りはどうだった?」
「深夜だったからよくわかんなかったけど……深い森だった」
「ヤな感じ?」
「ヤな感じ」
 以前教えた言葉をアスランが口にしたので、噴出してしまった。
「そっかーヤな感じかぁ、それはヤな感じだね」
 ぱたん、と本を閉じた。右手を差し出すと、人差し指に小鳥が舞い降りてくる。大切そうに籠に入れて、アスランは蓋をした。遊び相手が居なくなったので迷企羅も月斗の肩に止まる。
「今から行こうかと思うんだ。今日は一日休暇なんだよ」
「大丈夫なのか?」
 年上なのにほにゃほにゃして危なっかしいアスラン。月斗は嫌な予感がし始めて、部屋の隅へ移動した法王の背中を視線で追う。壁にかかっていた巨大なタペストリーをめくると、壁に凹み細工がしてあり巨大な剣がはめ込まれていた。束と鞘を握り、アスランは引っ張りだそうとする。
「おいおいおい」
「うわっ!」
 取り外された剣の重量に耐え切れず、そのまま後ろへ倒れた。青年にしても細い腕には不釣合いなほど大ぶりな両刃剣の下でアスランは唸る。月斗が召還した式神に手を貸してもらわねば、一日唸っていたかもしれない。諦めたのか、また先刻のテーブルの上に開く。
「キンダー卿の別荘があった森はダイクンの森と言って、呪われた土地なんだ。そこに黒い騎士という人がいて、沢山の人を殺している。懸賞金がかかっているけど、誰も捕まえてきてくれないんだ」
 どうやら読んでいた本は賞金首のリストだったらしい。指先で騎士についてかかれているであろう一文をなぞる。
「深い森の中で血を浴びて暮らしているなんて、可哀想な騎士……彼を森から連れ出したいんだ。罪を償って、明るい場所で暮らしてほしい……」
「だから自分で迎えに行こうって?」
 こっくりと頷く。
「僕もツキトみたいに、沢山人の力になりたいんだ」
 そういえばキンダー卿の話をしたついでに、女の子を助けたと教えたっけ。と思い出す。
「一緒にいってやってもいいけど、危ない目にあわせられないしな。行ってきてやるから」
 自分を信じてアスランと二人きりにさせてくれる、侍女のユミラにも申し訳ない。
「ツキトに頼ってばかりだ……」
 花がしおれたようにしゅんとなってしまった。それから突然、ぱっと顔を上げる。
「ユミラ、私の杖を」
 部屋の外にずっと控えているらしい。アスランは侍女に声をかけた。OKを出さなくて良かった、と心底思った。すぐさまユミラは銀色の美麗な装飾の施された大きな杖を運んでくる。うやうやしくアスランに手渡し、後ろへ下がった。
「ちょっと座って」
「ん?」
 言われたとおりに床に座ると、ぽん、と肩に杖の先が置かれた。
「我アスラン・イヅツを叙任者とし、汝に騎士の称号を授ける」
「お祝い申し上げますツキト様」
 控えていたユミラが深く深く頭を下げる。
「何してんだ?」
「騎士は高貴な血の人だから、同じ称号を持つ人としか戦えないんだ」
「そうなんだ……」
「法王様から賜るなんて名誉でございますわね」
 実際戦場では形式を重んじていないだろうに、という言葉を月斗は飲み込んだ。真面目すぎるのもアスランのいい所−−−多分−−−なのだから。



 黒い騎士の情報を得ようとガーディアンの資料室へ赴くと、幾つかの事件を一緒に経験した岬鏡花が先にいた。例の鳥だか人間だかわからない備品相手にあれやこれやと会話をしている。開けたままになっていたドアをノックすると、あら、と鏡花が呟く。
「盗み聞きは好きじゃないが、聞くなってほうが難しいな。黒い騎士の話?」
 ダイクンの森、殺人、賞金−−−。それらの単語が切れ切れに耳に入ってきていた。どうやら目的は同じらしい。
「退治に行くのか?」
「誘われてね。取材みたい」
 アスランとの約束がある、同行したほうがいいだろう。
「ギャラも出るらしいわよ」
「一石二鳥だな。参加していいか?」
「大丈夫じゃないかしら。外の人間の戦いっぷりをリサーチしたいみたいだし……そろそろ待ち合わせの時間だから行かなくちゃね」
 くえーっと資料室の鳥が鳴いた。
「お土産よろしくー♪」
「虫でも食ってろ」
 月斗が悪戯っぽく笑うと、鳥は羽根をばたつかせ抗議する。
「ところで、西門てどこかなー月斗くん☆」
「え? 知らない」
 時が止まったかのように鏡花が固まる。それからてへっと笑った。
「つーか笑い事じゃないだろっ!」
「あっはっはっはっは!!」
「あっはっはっはっは!!」
「うるせー!!」
 頭の上で二匹の鳥が交互に笑う。見事な二重奏に月斗は怒鳴った。
「西門かーあれはちょっとわかりにくいよね」
「そうだね、ただ西にいけばいいってもんじゃないよね」
 ぴーちくぱーちくと鳴き、二匹は首を傾げた。
「おみあげ〜よろしく〜」
 二匹から西門の場所を教えてもらった二人は、資料室を後にした。ガーディアンの建物の中を進み、外を目指す。螺旋階段を下りながら、鏡花がぽつりと呟いた。
「ほらー……機械ってちゃんと操作しないと言うこと聞いてくれないじゃない。なんで私の気持ちを察してくれないよのっ! って画面叩いたりするんだけどさ……機械的で感情なんかお構いなしなのよね」
「機械だからな」
「……でも情報端末は機械のほうがいい……」
 まったくもって同感です。月斗は頷きつつ白い建物を後にした。それ以外西門へたどり着くまで二人は何も喋らなかった。



 西門に行くと、見慣れた顔があった。野性味のある雰囲気が魅力の龍堂玲於奈だ。三人が挨拶を交わしていると、キャスリンが走ってきた。立っているのも辛いのか、灰色のレンガで積み上げられた門に手を添えてぜぇぜぇと息をする。まだ赤い頬のまま、こんばんは、と言った。言われて見れば夕方の入り口で、空がオレンジ色に変り始めている。
「こんな時間から森へ行って大丈夫なのかい? 深いそうじゃないか」
「騎士は夜に出るんだってよ」
「そういうことです……ええと、ナイツー!」
 両手を上げてキャスリンが叫ぶと、門から緩やかなカーブを描いて伸びている道の先で誰かが返事をした。近づいてくるまではよくわからなかったが、青年が一人と女性が二人。彼らも騎士退治の同行者だろう。青年は重く硬そうなショルダーバックを下げている。
「こちらは風見藤夜嵐さんと天薙撫子さん。これだけ人数が居ればいいよね」
 にっこりとナイツと呼ばれた青年が笑う。
「あれは持ってきてくれた?」
「大丈夫」
 集まった六人に青年は小さな紙筒を回していった。一人に一つ、懐中電灯ぐらいのサイズの物で見た目よりずっと軽い。
「これは?」
 和服の美女、藤夜嵐が筒の脇にあった紐を指で絡める。
「照明弾です。赤い紙が張ってあるほうを空に向けて、紐を引くだけ弾が飛びますけど、一回しか使えないので気をつけて……もしもの場合は合図してくださいね。森は騎士だけじゃないし霧も出ますから。オレは助けられないと思うけど」
「よけいなこと言わなくていいの!」
 キャスリンはナイツを叩く。
「携帯電話とかトランシーバーがあればいいのに」
 撫子は大事そうに照明弾を持つ
「では騎士退治に出発!!」

 我々は外の人物と接触に成功、ダイクンの森へと出発せし。彼らは剣も持たず鎧も着ていない、誰が見ても討伐に向かうなどと想像することはないだろう。外の人間は様々な常人ならざる能力を有していると聞くが、武装していない彼らの表情から見て取れるものは恐怖以外のものである。私キャスリンと、同行者のナイツは隣を歩く人々から頼もしい何かをしっかり感じ取っていた。ほぼ太陽が落ちきったころ、我々の目の前には樹海が広がっていた。噂の黒い森の騎士は我々にどんな表情を見せようとしているのだろうか? 木々の葉の間から、こちらを伺う視線を感じてならない。

 一時間ほど歩き通しだったので、休憩を取ることにした。
 ここから三分ほど歩いた所にいい場所があるわ、という藤夜嵐の言葉に従って森をかきわけると、背の低いやせた草ばかりが生えていて、今まで乱立していたような木々のない場所についた。視界は開けていて、枝葉が重なって重苦しい天井のようになっていた空に星さえ見ることができた。鬱蒼とした森を巨人が一掴みだけ何処かへ運んでしまったようだ。
「ここに大きな樹があったのよ」
 藤夜嵐は草に埋もれて、半分も顔を出していない岩に腰を降ろした。
「その樹が枯れたから、穴があいてしまったんだわ。樹が大きすぎたから、周りの植物は育たなかったのね」
 抜け殻のような穴からさらさらと月光が零れてくる。藤夜嵐は瞳を閉じて光を浴びた。
「休むにはよさそうね」
 キャスリンとナイツは持っていた荷物を降ろし、燃料の染み込んだ布を巻きつけた、金属の棒を大地に差した。マッチをすると篝火のように輝き周囲を照らす。
「とりあえず調査隊をだすか」
 遠い物に焦がれて求めるように、月斗が掌を満月へ伸ばす。軽くひねると光の柱が体から立ち上り、空中で十二個に分かれてそれぞれ散っていった。
「これでよしっと」
「今のは?」
 すかさずキャスリンは胸に指していたペンを取り、メモの体勢に入る。
「式神。手足になって働いてくれる」
「ふむふむ……妖精みたいなものかしら?」

 少年式神使い・月斗。瞳の鋭さや落ち着いた行動は百戦錬磨の戦士を連想させ遠き場所に立っているような錯覚を感じる。外の人間は幼い頃から戦闘訓練を受けている鍛えられた種族なのであろうか。

「キャスリン、眠くなってきた……」
 メモを書き付けていると倒れた樹に腰掛けていたナイツが情けない声を出した。
「根性が足りないわよ!」
 軽く頭を小突かれるナイツ。その様子に輪の一番外側に陣取っていた玲於奈は獲物を観察するように注意深い目を向けていた。
「ナイツ……ナイツねぇ。夜だったり騎士だったり、気になる」
「悪い方ではありませんよ? 雰囲気は読めないようですけど……」
 先刻森を歩いていて、大きな蜘蛛の巣に髪を絡ませてしまった撫子は、助けてくれた玲於奈の側から離れない。
「黒い騎士を連想させる名前じゃないか?」
「どうでもいいけど、ささっとご登場願いたいわ」
 飽きてしまったのか、うんと手を伸ばしたり片足をぶらぶらさせたりと、鏡花は体操をしている。
「まずは説得からはじめましょうね? きっと理由があるんですよ」
「理由があっても人を殺めたことは変わらない」
 深く月光を味わうように、まだ藤夜嵐は瞳を閉じている。だが会話は聞いているらしくい。撫子は足下へ視線を落とし、ごめんなさい、と呟いた。
「この手錠は何? 貴方罪人?」
 待つのも苦にならないらしい、キャスリンは玲於奈の両腕に架せられている戒めを指した。
「ファッションだよ」
「変わってるのね」
 本気にされてしまったらしい。手元が暗くても文字は書けるらしく、キャスリンのペンは踊り続ける。

 鉄枷のレオン。戒める必要があるほどの力を秘めせし女性。肉食獣を思わせる躍動的な筋肉となめらかな小麦色の肌。童話に出てくるアマゾネスに似た彼女は包容力と野性味。時間を共有しているだけで確かな安定感と安らぎを与えてくれる不思議な魅力。私利私欲もなく報酬さえ

「何か来るっ!」
 月斗の鋭い声にペンを落としそうになった。ざっと全員が草の掻き分ける音がする方向を見る。鏡花がその場にしゃがむと、首のあった高さに風が走り、後方に生えていた針葉樹が切り倒された。玲於奈は口笛を吹く。剣激が放たれた先、森は暗く気配を感じることしかできない。ざざっと馬の独特な疾走音と馬具の擦れあう音。金属音。じりじりと敵は近づいてきている。
 茂みから山吹色の毛皮も眩しい虎が飛び出した。かなりの距離走ってきたのか動きが鈍い。
「真蛇羅戻れ!」
 ぱっと沸き始めていた霧の中に赤が混じった。鈍い輝きを放つ黒鋼のスピアが巨大な虎の腹を貫いた。
「おやめなさい!」
 隠し持っていた鋼糸を撫子が放つ。騎士の黒い鎧や馬を絡め取るが、煙を捕まえようとしているようにするりと離れていく。雷のように虎の悲鳴が轟いた。印を結んで月斗が名を呼ぶと虎は光に変り、消える。重そうな鎧に包まれた葦毛の馬が大地を蹴り、輪の中心めがけて走り出した。
「どうして……」
 草の上に落ちた糸を呆然と見る撫子。彼女の細い体を抱え上げ、玲於奈はジャンプした。立て続けにスピアが撫子の立っていた場所に鋭い突きを放つ。
「とんでもないね」
 すとん、と撫子を下ろす。
「すごいわっ! 迫力万点!」
 歓喜の悲鳴をあげるキャスリンは事の重大さをあまり解っていないらしい。ナイツはナイツであんまり早く動くと絵が描けないなどと言っている。
「……そのままでは駄目。それを引き付けておいて」
 藤夜嵐がすっと立ち上がり説明もせず歩き出した。歩いているようにも見えるが動き早い。どんどん遠ざかっていく。
「とんだピクニックだね!」
 手枷を繋げている重いチェーンを騎士に叩きつけるが手応えはない。一撃一撃は強烈だが速度が遅いのが救いだ、避けられる。だがこちらの攻撃も通じない、体力がなくなったら終わりだ。玲於奈は考えを巡らせながら威嚇を繰り返す。
「斬られたら即死の可能性もあるねぇ……」
 唇を舐めて呟く。隆々とした筋肉を持っていても斬られれば痛い。
「私の装甲ならもつわ。時間を稼がなきゃ」
 首元まできちんとしめていたライダースーツのファスナーを鏡花は下ろす。胸元、女性を最も女性らしくしているというラインが流れている部分から、翠とも蒼ともつかない輝きが波のように生まれる。中心には肌に食い込んでいるような硬質の物体があった。光波が鏡花の豊かな体を包んでいく。爬虫類と薄い全身を被う鎧の間のような装甲が全身を被う。
「……まずは順調っと」
 一人呟く。
「こいつはあたしらに任せて、そっちを」
 ナイツとキャスリンの側にいた二人は視線を交わす。
「糸って結界張れるよな」
「はい」
 月斗は撫子の側を離れた。
「護るより戦うほうが向いてる」
 すぐに藤夜嵐を追いかける。
「虎さんは大丈夫かしら……」
 指先を踊るように撫子は動かす。はらりとキャスリンたちの周りに銀色の繭が形成された。
「いよいよ戦闘開始ってとこね! ナイツしっかり目に焼き付けるのよ!」
「あっちのレポートはどうするの?」
「……頑張ってね!」
「無理だよ!」
 手の甲でランスをなぎ払いつつ、鏡花は二人を見た。
「何のどかやってんのよ」
「撫子さんが護ってくださってるようだし」
 荷物からスケッチブックと木炭を取り出しさらさらとはじめてしまった。玲於奈は頭痛のように頭を押える。
 二三激騎士の攻撃を受け、骨に衝撃が響くもののダメージにはならないことがわかった。あとは玲於奈と時間を稼ぐだけだ。鏡花は戦闘ではなくスポーツでも楽しむように動いた。
「気味が悪いです……」
「え?」
 キャスリンは護るように前に立っている撫子を見る。
「さっきは騎士さんは防御面でも攻撃面でもこちらを上回っていました。その状況が変っても、あの人は一言も発さない」
「騎士のクセに名乗りもあげないし」
 撫子に同調しながら、ナイツは真っ黒になりつつあるスケッチブックを睨んだ。鐙から甲冑、ヘルムまで闇色の騎士。スピアも馬も黒。夜そのものを描いているような気分になる。顔は全部を被うタイプで表情も読み取れない。兜には被っている本人が外を見られるよう、瞳の部分だけは穴が開いている。じっとの穴を覗き込むんだが−−−。
「殺気のかけらもありゃしない」
 感じたことを代弁されたのかと、ナイツは玲於奈へ顔を向けた。だが、彼女はナイツの存在など微塵も気にしていないようで騎士の攻撃をかわしている。
「装甲は二十分程度しかもたない、何だか知らないけど、二人とも頼んだわよ……!」
 中途半端な戦いにじれながら鏡花は呟いた。


「まだ行くのか?」
 振り向きもせず歩き続ける藤夜嵐。説明ぐらいしてもいいのに、と月斗は思いながら後を追う。もう数分進んでいるが目的地にどれほど近づいているのかもわからない。軽く舌打をして胸を押さえた。自分の体内で式神の傷が癒えていくのが解る、それほど重症でもなかったらしい。安堵のため息を漏らし、藤夜嵐を信じて黙々と歩いた。
「近い」
 長い翠の髪が夜風に揺れる。霧のせいもあるが空気が冷たく湿っぽく、重く感じる。背の高い葦が生え初めて納得した。川が近いのだ、せせらぎの音がする。
「……見つけた」
 呟くと、ゆらりと藤夜嵐の髪が広がる。自然に結び目が解けたように艶めきながら星空へ散っていく。流れは穏やかだが深さのある川へ、四方から草の蔓が延びてきた。蔓は水に沈み込み何かを飛沫を上げる。蔓が台座のように一塊となって水面から浮き出した。
 水に濡れ月光を返しながら、錆びた両刃剣が掲げられていた。刀身から光を零し、二人へゆっくりと切っ先を向けた。
「なんで−−−」
「森の樹が教えてくれたわ。戦に疲れて騎士はこの水を飲んだ。そしてここで力尽きた。敵への恨みだけは水に溶けず森に留まった……」
「本体ってことか」
 両手で印を結び十二神将の全てを放つ。式神は一丸となって古い剣に食らいついた。
 ぱんっと澄んだ音を立てて砕け散る。
 手にしていた照明弾のこよりを、藤夜嵐は引いた。


 夜空へ舞いあがると、無数に光が舞飛ぶ。輝く雪のようにひらひらと森へ降り注ぎ始めた照明弾を見、玲於奈は顔を上げた。
「影っ!」
 騎士と距離を取っていた鏡花がスピアの苦手とする懐へ飛びこんだ。照明弾に照らされた騎士の足元には、黒々とした影が映し出されていた。
「あたしをかつごうなんて100万年早いよ!」
 右手から玲於奈が、左手から鏡花が襲い掛かる。
 影があるということは騎士の体は個体。つまり攻撃が通じてしかるべき。二人の拳にしたたかに打たれると、馬は立ち消え主のいない空っぽの鎧だけが崩れ落ちた。



「皆様お疲れさまでしたぁ!」
 翌日、にこにこ顔のキャスリンからそれぞれは約束の報酬に報奨金の分を合わせ、全てを受け取った。キャスリンが以前紹介記事を作ったという、結構な量の出すパスタ屋に七人は席を取っていた。
「……良く食べますねぇ」
 サラダを食べる手を休め、撫子は玲於奈を眺めた。テーブルの上に隙間なく置かれた料理をどんどんと平らげている。
「あんたもしっかり食べな。そんな細っこい体じゃ子供は産めないよ」
「そ、赤ちゃんなんてまだ……」
 顔を赤くして撫子はジュースの入ったコップを弄る。
「本当にみんな強いのねー! 噂になるだけのことはあるわ」
「まぁね」
 ふふっと鏡花は自身ありげに微笑む。
「そ・れ・で。ですね」
 キャスリンの言葉に合わせてナイツが全員にプリントを回す。A4版にいかついおっさんの似顔絵が書かれ、下には何やら数字が書いてある。
「界隈一の力持ち、ドン・ディスターブとの力比べ誰か出ません?」
「まだやるのかよ……」
 げんなりとした月斗の肩をばしばしと叩く。
「だぁってネタになるんだもーん! ね、ナイツ」
「そうだねキャスリン」
「ってわけでこれからもよろしくね。では我々の冒険にカンパーイ!!」


 我々の活躍により巷を騒がせし黒の騎士は打ち倒されり。
 騎士の剣に伏した英霊に祈りを捧げるとともに外の人々は正義と平和の為に尽力すべしと思いを新たに冒険の旅に出る−−−。
 偉大なる冒険者の名をここに残し後世へと伝えるべく


「キャスリン、報道なんだから適当書いちゃダメだよ」
 イラスト用のボードに絵を書き付けながら、ナイツが言う。
「……わかってるわよ」
 タブロイドの事務所には今日もタイプライターの音が響く。
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0328 / 天薙・撫子 / 女性 / 18 / 大学生(巫女)
 0778 / 御崎・月斗 / 男性 / 12 / 陰陽師
 0852 / 岬・鏡花 / 女性 / 22 / 特殊機関員
 0485 / 風見・藤夜嵐 / 女性 / 946 / 萬屋 隅田川出張所
 0669 / 龍堂・玲於奈 / 女性 / 26 / 探偵
(参加順に並ばせていただきました)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、依頼を受けてくださりありがとうございました。
 タブロイドガールの事件簿をお送りさせていただきました、和泉基浦です。
 今回は戦闘メインの話にしてみましたがいかがでしたでしょうか。
 退治は無事終了いたしました。ご苦労様でした。
 ご感想などはお気軽にテラコンよりお送りくださいませ。
 それでは。 基浦