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クリア・ノイズ!
□■オープニング■□
インターネットカフェ・ゴーストネットOFF。
そこにあるすべてのパソコンに、ゴーストネットオリジナルオンラインゲーム『ノイズ』がインストールされているのをご存知だろうか。
そこに行かなければプレイできないにも関わらず、常時20人以上がログインしているというそのゲームは、一部のマニアに絶大な人気を誇っている。その秘密は、音のパズルという斬新な戦闘スタイルにあるのかもしれない。
面白い!! 投稿者:ミサ 投稿日:200X.02.01 10:35
面白いですね、『ノイズ』。
音のパズルなんて凄く新鮮でいい感じ♪
それにこのゲーム、戦闘のコツさえ掴めばレベル上げなくても
結構対応できるんでいいですね。どうしても苦手だったら
回数重ねてレベル上げればいいし……。
1人でも充分楽しめるのが○です(*^ー゜)b
そうだね 投稿者:秋成 投稿日:200X.02.01 11:08
ソロでも遊べるってのがいいよね。
日本のネットゲーってさ、パーティープレイを推奨しすぎてて
1人じゃ強くもなれないし遠くまで行けないってのが多スギ。
その点『ノイズ』は、1人でも行く気になればどこまでも
行けるから、やれることは少なくても自由度は高いよ。
いつも友達と来れるってわけじゃないしね^^;
幽霊? 投稿者:ミサ 投稿日:200X.02.01 11:44
レスありがとうございます^^>秋成さん
1人でも遠くまで行けるのは嬉しいですねー
ところで、実は私昨日始めたばかりなんですが、早速妙な
噂を聞いちゃいました(>_<)
『偽りの草原』に幽霊が出るってホントですか??
見たよー 投稿者:水城 投稿日:200X.02.01 12:13
横レス失礼★
幽霊かどうかはわからないけど、変なモノ見たよー
友達と一緒にいたんだけど、不思議なことに見たモノが違うん
だよね…… かといってイベントキャラとは思えなかったし。
あそこなんかある(いる?)のかなぁ?
ゲーム内で会ったらよろしくね♪>ミサちゃん
さぁ、この謎を解くのは誰……?
□■視点⇒光月・羽澄(こうづき・はずみ)■□
『ノイズ』に幽霊が出る。
実はそんな噂は、プレイヤーの間では以前から囁かれていたことだった。ただそれはゲームの中だけのものであり、掲示板の話題にのぼることはなかった。
まるで、示し合わせたかのように。
(そう考えた時)
私はこの幽霊の話に、とても興味を持った。
もともと私は『ノイズ』のプレイヤーだ。音のパズルという戦闘形態をとるこのゲームに、私が惹かれないはずはなかった。音とは即ち耳に届く振動。私は自由にそれを繰り出すことができるが、同時にそれを享受するのも好きだった。
私が通常のネット世界を楽しむ時、数あるネットカフェの中でもゴーストネットに好んで足を運ぶのには、そういう理由もあるのだ。
(『ノイズ』はあの中でしかできない)
そういうルールだ。
(でも……)
それを破ることは、容易くはないが不可能でもない。
私がその幽霊のことを考え始めた時、最初に思い浮かんだのが、外部からの侵入という線だった。
(もしもバグならば)
プレイヤーから報告があった時点で修正されるだろう。毎週のメンテは欠かさず行われているのだ。報告がなかったというのも考えられないわけではないが、そのバグにプレイヤーが干渉した時点で、サーバ側にも何か影響が出ているはずなのだ。それを放置しておくことはただの怠慢にすぎない。
だから私は、試しに他の場所から自分のパソコンで、『ノイズ』サーバにアクセスを試みた。同じように侵入した形跡があるならば、そこから辿ることも可能だったから。
しかしそれは空振りに終わり、私は次に他のプレイヤーからの情報を求めることにした。
怪しまれないようゴーストネットに場所を変え、即席のHNで掲示板に書きこむ。
『偽りの草原』の幽霊について 投稿者:MOON 投稿日:200X.02.05 13:46
他のスレにも出ている、『偽りの草原』の幽霊について教えて下さい。
私は見たことがないんですけど、見るとどうなるんですか?
あと発生条件ってあるんでしょうか?
少し待ってから、リロードをくり返す。
1回、2回、3回……
すると私の書きこみの下に、誰かのレスが書きこまれた。
(意外と早いわね)
常に20人以上のプレイヤーがログインしている『ノイズ』。そのほとんどのプレイヤーが、おそらく同時にこの『ノイズ攻略BBS』を立てているのだろう。そう考えると、レスが早いのも頷ける。
(あら……)
レスに目を通そうとした私は、投稿者の名前を見て驚いた。
Re:『偽りの草原』の幽霊について 投稿者:みなも 投稿日:200X.02.05 13:50
あたしも知りたいです。
どなたか知っている方いませんか?
(みなもちゃん……?)
本人だろうか。
私は立ち上がって、みなもの青い髪を探した。
(あ)
カウンターにほど近い席に、みなもの姿を捉える。しかも隣には、見覚えのある少年が。
(友有――)
私は自分のパソコンをとりあえずそのままに、二人のもとへゆっくりと歩いていった。
★
友有とみなもは、少し前にちょっとしたきっかけがあって知り合ったのだった。それ以来二人に会うことはなかったのだが……。
「あたしたちもさっき、偶然会ったんですよ」
みなもはそう言って笑った。
みなも自身は以前からよくここに来ていたらしい。友有の方は、あれ以来たまに顔を出すようになったという程度だそうで。
「たまに、チャットしに来てるんだ」
少し恥ずかしそうに言った。
誰となんて、聞く必要はなかった。
「――ところで、みなもちゃんも『ノイズ』やってるの?」
話が切れたところを見計らって、本題に入る。みなものパソコン画面を見ると、まだBBSが開かれたままだった。
「あ、羽澄さんも?」
「音が好きでね。――その書きこみ気になって、見てたんだ」
「やっぱり気になりますよね、幽霊!」
「幽霊?」
私とみなもの会話についてこれていない友有は、そこだけ反復した。
その反応が何だかおかしくて、私とみなもは「くすり」と笑う。
「? 何で笑うんだよ……っ」
友有は怒った振りをして、私たちから目をそらした。結果、画面を覗くことになる。
「あれ? なんか増えてるぞ」
「!」
その友有の言葉に、視線は一瞬で画面に集中した。先程のみなものレスの下に、確かにもう一つレスが増えている。
知りたいなら 投稿者:ファルク 投稿日:200X.02.05 13:57
至急センターに来られたし
内容はそれだけだった。
私たちは顔を見合わせる。
「――行こうか」
「そうですね」
あの時と同じ言葉をくり返して、私たちはまた笑った。わからない友有だけが、所在無い表情をつくる。
「友有も来るといい。アカ(ウント)取得は簡単にできるからね。私の席は向こうだから、みなもちゃんに教えてもらって」
私がそう告げると、友有ではなくみなもが頷いた。苦笑を置いて、私は自分の席に戻る。
『ノイズ』は完全に音が支配するゲーム。よって遊ぶ時は必ず、ヘッドフォンをつけなければならない。それも、周りの雑音を遮断するタイプの物を。
(『ノイズ』で遊ぶためにノイズを遮断、か)
面白い!
私は『ノイズ』を起動させて、自分のアカとパスワードを打ちこんだ。
――ログイン。
センターへ行くには、ログインするだけでいい。それがこのゲームのルールだった。
一度ログアウトして再ログインすると、キャラは自動的にセンターと呼ばれる街の中央へ移動するのだ。
私のキャラ・lirva(リルバ)も、当然センターに現れた。みなもと友有のキャラはまだ来ていないようだ。きっと説明の最中だろう。
マウスでキャラを動かして、画面を少し移動させる。すると下の方に、ファルクと名前の表示されたキャラが見えた。
(このキャラか)
二人はまだ来ていなかったが、おそらく彼――男キャラなので彼としておく――は待っているだろうから、先に声をかけておくことにする。
『こんにちは』
近づいて打ちこむと、彼はこちらに向き直って。
『やぁ』
私がどう切り出そうか逡巡している隙に、彼は言葉を続けた。
『あんた、lirvaのファン?』
『まぁね』
画面の前で一人笑いながら、私は打ち返した。
私が『ノイズ』であえてlirvaの名前を使っているのは、そう思わせることが目的だからだ。
あまりに有名な人物の名前を使用すると、誰も本物だなんて思わない。もし何か極秘情報をうっかり口にしてしまっても、「ファンだから知っているのだろう」と割り切ってもらえる。
そういう理由から、私はこの名前を使用していた(もっとも、私にうっかりなんてことはないが)。
『あ、いたいた』
不意に違う色の文字が割りこんでくる。
私と彼が短い会話を交わしている間に、いつの間にか他のキャラが近づいてきていたのだ。
『ねぇあなたたち、これから偽りの草原に行くつもり?』
レイベルという名前のその女キャラは、挨拶もなしに問ってきた。
『俺はそのつもり』
ファルクはキャラの方向を変えてから答えた。このキャラ、口調は乱暴だがマナーはしっかりとしている。
『あ、もしかして、あんたもそのことで俺に声かけたのか?』
ファルクがこちらを向き直った。リアル世界なら頷くだけですむ場面だが、残念ながらこのゲームにアクションの要素はない。
『ああ。今、BBSに書きこんだみなもっていう子が来るよ』
『なんだ知り合いか』
すると間もなく、画面の上の方に二人のキャラが現れる。もちろん、みなもと友有だ。
『お待たせしました(>_<) 皆さんこんにちは^^』
みなもがこちらに駆け寄りながら発言した。さすがに慣れた挨拶だ。友有はそのみなもの後を追って、何故かジグザグに動いている。
(……まぁ)
ネットゲームの初心者にはよくあることだ。
『あんたがみなもか。MOONって奴は?』
みなもはキャラをとめて方向を変えると。
『あたしMOONさんとは知り合いじゃありません。あたしの知り合いは、この妙に動いてる友有さんと……』
みなもの発言はそこでとまった。そう言えば、私は自分のキャラ名をみなもに教えていなかったのだ。しかももう一人女キャラがいるから、わからなくても仕方ない。
『私はこっちだよ、みなもちゃん』
自分から名乗り出た。
『あ、lirvaさんの方ですか』
みなもはそう言って、私に近づいた。
『あんたはMOONじゃないんだな?』
みなもの返事を聞いて、ファルクは今度はレイベルに身体を向けた。レイベルは同じ方向を向いたまま。
『違う違う。私はあの書きこみを見て来たんだ。幽霊見物についていきたくてね』
『じゃあ来てないってことか。まぁいい』
ファルクはそこで切ってから。
『とりあえず移動しよう』
★
移動したのは、キャラではなくリアルの方だった。
ゴーストネット内には、広い場所に何台ものパソコンがある通常の部屋の他に、個室が用意されている。小さ目の部屋に8台のパソコンが置かれていて、小団体でネットを楽しむには最適な空間だった。通常はシート(席)1時間いくらで支払われる料金も、その部屋だけは部屋1時間いくらになるので少しお得になる。
ファルクを操っていた少年は、そういう部屋の一室に私たちを集めた。もちろんゲームを一度ログアウトした後で、だ。
みなもとはまた違った意味で印象的な青い髪。金の瞳で私たちを見回してから、口を開く。
「まず、最初に言っておく。幽霊のことをBBSでいくら訊いたって無駄だ。『偽りの草原』の幽霊の噂には、さらに噂があるんだ。『幽霊のことを外部にもらすと呪われる』ってな」
「?!」
思わぬところで答えを知った。
(これまでその噂が掲示板には流れなかった理由)
噂を踏まえた、さらなる噂のせいだったのだ。
「でも、少し前に書きこみがありましたよね。あたしはそれを見て興味を持ったんです」
みなもが告げた。おそらく私が見たものと同じ書きこみだろう。
「その書きこみなら、既に削除されているわよ」
そう応えたのはファルクの少年ではなく。私たちの後ろ側に立っていた金髪の女性だった。レイベルというキャラのプレイヤーだろう。その発言から、彼女も幽霊について調べていたことが窺える。
少年は頷いて、言葉を続けた。
「あの投稿者は、おそらく知らなかったんだ。投稿した後に親切な奴が教えて、慌てて消したってところだと思う」
皆が納得したように頷いた。友有もログインする前にみなもからいきさつを聞いているのか、疑問を口にするようなことはなかった。
「――それで? キミは何を教えてくれる?」
(知りたいなら)
センターに来いと言った真意を問う。
少年はにやりと笑うと。
「外部がダメなら内部――俺はゲーム内で幽霊に接触した奴を探しまわり、話を訊きあさった。内部なら皆口が軽いもんさ。ただ皆一貫して、『幽霊のようなモノは見たが、はっきりと見たわけじゃない』と言う。噂があやふやなのは、その出所自体がもともとあやふやだったからってワケ」
「出現条件はわかったの?」
口を挟んだのはレイベル。
「だからここに呼んだんだ」
少年は平然と答えた。
「これから俺はあんたたちにそれを教える。あんたたちは俺と一緒に幽霊見物に行く。OK?」
それは私たちにとっては、願ってもない交換条件だった。
「いいだろう」
私は頷いた。
「わかりました」
みなもも頷く。友有は少し怖がっているのか、不安そうな表情を浮かべ、それでも頷いた。
「最初からそのつもりよ」
最後はレイベルだ。
(何故彼が同行を求めるのか)
それは訊かずとも皆わかっていた。
(見る者によって)
姿を変えるというそれを、確かめるため。
そして同じ部屋でやることにも意味がある。それがキャラによって違って見えるのか、それとも同じプレイヤーにはすべての画面が同じに見えるのか。それを確認できるからだ。
「じゃあ、とりあえず自己紹介でもしておこうか。俺は瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)だ。キャラは魔道士のファルク」
「あたしは海原・みなも(うなばら・みなも)といいます。キャラは収集士です。よろしくお願いします」
「私は光月・羽澄(こうづき・はずみ)。キャラは転調士のlirva。よろしく」
「お、俺は赤埴・友有(あかはに・ゆう)。キャラは……よくわかんないけど多分無職? よろしく……」
「私はレイベル・ラブ(れいべる・らぶ)よ。キャラは創曲士。よろしくお願いするわ」
一通り自己紹介を終えた私たちは、お互いの顔を確認するように見合わせる。
そして誰からというわけでもなく、それぞれパソコンの前に座り始めた。私、みなも、友有と並んで座り、向かいに隼とレイベル(本名だった)が座った。
ヘッドフォンをかぶり、先程と同じように。アカとパスワードを入力し――ログイン。
……したのだが、またすぐにリアルに戻ってくるはめになった。というのも……。
「あ〜、羽澄おねーさま! こんな小部屋にいらっしゃったのね。どうりで見つからないはずです〜」
そう言ってこの部屋に入ってきたのは、御影・瑠璃花(みかげ・るりか)という少女。私を本当の姉のように慕ってくれる、とても可愛らしい存在。容姿も文句なく可愛らしいので、モデルとしても活躍している。
2度目のログインで、センターにてMICHAELという名前のキャラを見つけた時、もしやと思った。それは瑠璃花がモデルをする時に使う名前だったからだ。逆に瑠璃花の方も、lirvaという私の名前を見て声をかけてきたらしい。話しているうちにお互い本物だと気づき、この部屋へ来るように言ったのだった。
人数が6人に増え、いよいよ。
私たちは幽霊の謎を暴くため、『偽りの草原』へ出かけた。
★
ファルクこと隼(紛らわしいのでプレイヤーの名前に統一することにする)をリーダーに6人パーティーを組んで、『偽りの草原』目指して走っていた。ちなみに6人が、パーティーを組める最高人数だ。
隼は、敵とのエンカウント(遭遇)率を下げるアイテム・Nジャマーを装備しているのだろう。ほとんどエンカウントすることなく目的の場所へたどり着くことができた(エンカウント率はリーダーで決まるので、リーダーが装備するだけでいい)。
『偽りの草原』はセンターから見て北西の奥に位置する。敵のレベルが高いため、初心者や低レベルでは気軽に入ることはできない。ただパーティーを組んでいると別だった。
パーティー戦闘は二つのモードから選べ、一つはパーティーパズルといって、全員で一つのパズルを解くモード。もう一つは、個人パズルといって個々にパズルを行い、いちばん早く勝敗の決まった者の結果をそのままパーティーの勝敗にしてしまうというモードだ。
個人パズルでは初心者及び低レベルキャラが瞬殺されてしまう恐れがあるけれど、パーティーパズルならば何もしなければ足を引っ張ることはない(ただし経験値も入らないが)。
そんなわけで、このパーティーの戦闘はパーティーパズルモードに設定されていた。まるっきり若葉マークの友有がいるからだ。それに経験値を稼ぐわけではないから、パズルのうまい人に任せておけば問題はない。
たどり着いた『偽りの草原』の入り口は、何故か古城の大門に見えた。戸惑いの雰囲気を纏う私たちに、隼が声をかける。
『偽りの草原は、その名のとおり草原じゃないのさ。城の壁に描かれた草原は永遠に続いているように見えて、実は部屋でいくらでも区切られてる』
『部屋を移動する度に、繋がった部屋ではなく離れた部屋に飛ばされる仕組み――だったわよね。攻略BBSにボスまでのルートは載っていたようだけど?』
繋げたのはレイベルだ。中に入ったことはないが、下調べは充分。そんな発言だった。
『俺たちは、ボスを倒しに来たんじゃないんだぜ?』
隼はそう告げると、中へ入ろうとする。
『ちょっと待って。幽霊の出現条件は? 教えてくれるんでしょ?』
私が声をかけると、隼は門の方を向いたまま。
『移動しながらな。時間かかるかもしれないんだ。――あ、初心者は無理に合槌とか打たなくていいからな。俺を見失わないようにだけ気をつけてくれ。2部屋離れると自動的にパーティーから外れるぞ』
隼の長文で一気にログが流れた。
(確かに)
走りながら喋るのは初心者には無理だ。しかしそういう人こそ喋らなければ失礼だと思ってしまう傾向にあるようで、無理に発言し他のキャラとはぐれてしまうことはよくある。
(的確な助言だな)
『ノイズ』を相当やりこんでいるのだろう。
門の中に消えた隼を、私たちは追いかけた。
『偽りの草原』――古城の中に入ってから、エンカウント率が急激に上がった。といっても、雑魚は高レベルの隼や、レベルは低いのに妙にうまい瑠璃花が倒してくれるのですぐに終わる。
『ファルク……集音器を装備したの?』
戦闘の合間に話し掛けた。
集音器はNジャマーとは逆に、エンカウント率を上げるアイテムだ。効率よくレベル上げをする時に使われる。
『そう。幽霊発生条件その1だ』
草をかきわけるように先頭を走りながら、すぐに返事が返ってくる。実際は草に見えているだけでそこには何もないのだが。
『幽霊に遭遇した奴らは、大抵二つに分けられる』
隼は説明を続けた。
『レベル上げに入った奴と、ボスを倒した後の奴』
走っている最中は、まとめてログを流すよりも、一行ずつの方が効率がいい。それを当然よくわかっていて、しばらくは隼の発言だけが続いた。
『共通点は集音器だったんだ』
『レベル上げに来る奴らは当然集音器を装備してくる』
『ボスを倒しにきた奴らは当然倒した後宝箱を開ける』
『ここのボス箱(ボス部屋の宝箱)は集音器かNジャマーどちらかが出るんだ』
『たまたま集音器を手に入れた奴らが、ついでにここでレベル上げしちまおうって考えたら』
(!)
私は「はっ」とした。
『結果は同じだろう?』
(確かに)
隼のいう通りだ。
集音器をつけて『偽りの草原』にいる事実に変わりはない。
『逆にな、幽霊を探しに来た奴らは集音器なんてつけない』
『戦闘は邪魔なだけだからな。つけるならNジャマーの方だろう』
『だからこそ会えなかったんだ』
画面の前で、私は思わず頷いてしまった。
(驚いたな……)
確かにこれまで、偶然出会ったという話は聞いても、自分から会いに行って遭遇できた例を聞いたことがなかった。
(それも当然だったんだ)
そこにはパラドックスが仕掛けられていたのだから。
『では、その2は?』
隼の緑の文字色に染められたチャットウィンドウに、不意に水色の文字が割りこんだ。みなもだ。
隼は相変わらず足をとめずに。
『ランダム』
『なるほど。レベル上げをする時は適当に移動するものね』
レイベルが先を続けた。
『そういうこと』
適当に走り回っていた理由が、やっとわかった。
『でもそれじゃあ、本当にいつまでかかるかわからないね』
私がそう言った時だった。
『……そうでも、ないみたいだぜ?』
(!)
不意にBGMがやみ、隼の発言音が酷くクリアに聞こえた。
やっと立ちどまった隼の近くに、皆が集まる。
とても静かだった。
『羽澄おねーさま……』
瑠璃花が私のすぐ隣に来ていた。これまで発言がなかったのは、友有と同様まだ操作に慣れていないからだろう(戦闘では大活躍だったが)。やっと立ちどまったと思ったら、何やら不穏そうな空気。
私は画面から視線を外して、ちらりと隣の瑠璃花の顔を見た。強張った表情をして、それでも画面を凝視している。
『あっ……』
誰かの発言音がして、私はすぐに視線を戻した。
『あれか!』
そこには何か、実体のないモノが浮かんでいた。『何』とは言えない。明確に何かを形作っているわけでもない。確かにそれは、『幽霊』としか呼びようのない代物だったのだ。
「…………」
チャットで無言を打ちこむ必要はない。私はリアルで言葉を失った。おそらく皆もそうだろう。たとえ雑談していても私には聞こえないが、そういう空気だった。
凍りついたように、私たちは動かなかった。そしてその幽霊(?)も、動かなかった。
『そう言えば、何かをされたとか言った奴はいなかったな』
隼が独り言のような発言をした。
(この幽霊は)
出てくるだけなのだろうか?
『まぁいい。とにかく、今のうちに確認しよう。どんなふうに見えてる?』
その問いかけに、私は「はっ」と我に返った。
『何か白いモノが見える。うまく表現できないけど……幽霊と言えなくは、ない』
『あたしには黄色い……猫みたいなモノに見えます』
『私は赤に見えるわ。しいていえば、人間みたいな形してるけど』
『わたくしには、ピンクのもやもやに見えますぅ……』
同時に流れたログに、私は唖然とした。
(確かに違っている!)
『俺には青く見える。青い火の玉』
隼が告げた。
(残るは……)
『お、俺にはみなもと同じに見えるんだけど……?』
『えっ?!』
友有の発言に、皆が驚きのログを流した。
『って、おい。あんたキャラ重なってるじゃん。それって結構失礼なことなんだぜ?』
『えっ? ごめん』
幽霊に気を取られて見逃していたが、確かに友有のキャラはみなものキャラと重なっていた。操作に慣れていないのだから仕方がないのだが。友有はみなもの上から避けようとして、また必要以上に動き回ってしまう。
それがおかしくて、こんな状況なのに私は口に手を当てた。
『――ねぇ、それが重要なんじゃない?』
不意にレイベルの発言が流れる。
『こいつが出現した時に立っていた場所によって、見え方が違うんだとすれば……』
『なるほど。それならお互いの画面を見て証明できるわね』
続けた私の言葉に返事もなく、私たちはすぐに自分の画面から目をそらした。お互いの画面を見合って、確かに自分が見たモノとは違うことを確認する。
『ビンゴ★』
しかしそうすると、他の疑問が浮かぶ。
『ちょっと待って下さいよ〜? イベントアイテム(集音器)が必要で、ランダム移動必須で、こんな演出っていったら、すごぉ〜くレアイベントっぽくないですか?』
瑠璃花の発言だった。普段の口調を見事に文字化したログが流れる。
『同感』
発言したのは隼だが、私も同意だった。
(そもそも)
このゲームは遊ぶ人数が限られている。ネットカフェ会員以外がプレイすることはまずないのだから、それ以下だ。通常のMMORPGなら、全国からそれこそ数え切れないほどの人数がプレイしているが、それに比べれば微々たるもの。発見されていないイベントがあったとしてもおかしくはないのだ。
(ただ気になるのは……)
『だとしたら何故皆、イベントキャラではないと思ったのか』
私が疑問を投げかけると。
『ホントは怖くて逃げちゃっただけかもしれませんよ』
みなもがそんなふうに答えた。
『あたしたちは、最初から幽霊を探しに来たから逃げなかった。でも他の人が違う目的で来ていきなり音が飛んであんなリアルなモノ見たら、びっくりして引き返しちゃうんじゃないかな。人によって見えるモノが違うというのも、やっぱりとっさには怖いだろうし』
『それで、逃げたってバレるのが嫌で、わからないけどとりあえず嘘ついたわけか』
ありえそうな話だった。
『それにしても……本当に何もしないな、あの幽霊。何のために出てきたんだ?』
これまでの話を聞いて、やっと落ち着いてきたのか。友有が久々に自分から口を挟んだ。
『うーむ』
チャットならではの言葉を打ちこんで、隼が幽霊に近づいていく。
(これはイベントだ)
皆がそう納得しようとしていたから、誰もとめなかった。
しかし。
『?!』
隼が幽霊と接触した瞬間。
(戦闘画面に切り替わった?!)
『きゃ〜〜〜』
『えっ?』
『何?!』
様々な声が飛び交う。
『いきなりかよ!』
そう発言しながらも、隼は戦闘をこなしていく。しかし何故か、こちらのMポイントは減っていくばかり(ゼロになるとセンターへ強制送還)。これまで雑魚を一掃してきた隼の得意技・リバーサーを連発しても、何故かこちらのMポイントが減っていくのだ。
『何だよこれぇ……っ』
瑠璃花も賢明に隼をサポートしているが、状況は一向に良くならない。幸いパーティーパズルに設定していたおかげで、こちらのMポイントは全員分のMポイントを足したものだから余裕はあるのだが。いずれにせよこのままでは負けてしまう。
(せっかくここまで来たのに……)
どうせなら、勝ちたい。
『なんでこっちのポイント減りまくってるんだ?』
邪魔をするだけなので戦闘に参加できない友有が、そんな発言をした。
『多分、拾い切れていない音があるんだと思います。でも、あたしには聞こえない……!』
同じく見守るしかできないみなもが返す。
(拾い切れていない音?)
私はそのフレーズが気になった。
だって聞こえる音は、二人が全部拾えている。私が戦闘に手を出さないのは、それがわかっているからだ。下手に手を出すと和音が崩れて逆に危ない。
(それなのに)
減り続けている。
(拾い切れない音)
私は耳を澄ました。
音を捉えるのではなく、振動として感じようと努力してみる。
(拾い切れない音があるのだとすれば)
それは人間の耳では聞くことのできない、超高音波か超低音波しかないのだ。
(音を世界から外して)
やがて私は、その振動を拾った。
(よし――いける!)
これまで減り続けるだけだったMポイントが、ぴたりと止まった。逆に敵のMポイントが徐々に減り始め、余裕の出てきた隼が回復音階を奏でる(ファルクは僧侶経由の魔道士らしい)。こちらのMポイントが、少しずつ回復してゆく。
『素晴らしいです〜羽澄おねーさま!』
瑠璃花の発言が見えたが、私に返す余裕はなかった。
『頑張って!』
『もう少しだ』
流れるログの中を、やがて一つのメロディが流れてゆく。さっきまでは、タイトルも知らないおそらくオリジナルの曲だったのに。敵のMポイントが残り少なくなって、突然チェンジした。
『あれ? 何か聞き覚えのある曲だな』
最初に反応したのは友有。
『これ、ジュ・トゥ・グゥですわ』
応えたのは、クラシックに詳しい瑠璃花。
『確か意味は――君が欲しい、でしたよね』
(!)
繋げたみなもの言葉に、私は気づいてしまった。
(この曲を最後にもってきた意味)
私にしか拾えない音を含む戦闘。
(何故かはわからないけれど)
これを作った者は、何らかの理由で「そういう人」を探しているのだろう。
(……っ)
やがて戦闘が終わり、勝利のファンファーレが流れる。
そしてその瞬間。
(?!)
もしかしたら、誰かが驚きのログを流したのかもしれない。けれど画面から溢れ出る光が、見ることを許さなかった。
顔をそむけ目を覆う。
(眩しい……)
その光は数秒で輝きを失い、画面に目を戻すと。
『ここは……?!』
それが誰の発言でも構わなかった。誰もがそう思ったから。
(草原――!)
私たちはどこまでも広がる草原の中にいた。それが城の中ではないのは明らかだ。
(どちらも創られた世界なのに)
空気が全然違う。
空はどこまでも高く、緑は風に揺れていた。
『ここが偽りじゃない、本当の草原?』
そんな発言をしたのはみなもだった。
『偽りの草原のイベントをクリアして、本当の草原に来たっていうのか……?』
『こんなイベントがあったなんて』と繋げて、隼はそこに立ち尽くしていた。何となく、皆そんな隼から離れられず共に立ち尽くす。ただ友有だけは、どこか変な場所をクリックしてしまったのか、ちょろちょろと動き回っていた。
『友有様大丈夫ですの?』
瑠璃花が問いかけても、答える様子はない。おそらくそれどころではないのだろう。
しかしやがて。
『あれっ?』
短いログが流れた。
『何か人がいる』
『え?!』
『どこ?』
『またイベントキャラか』
皆がやっと止まった友有の傍へ行くと、確かに画面ギリギリにキャラの姿が見えた。
『行ってみる?』
問ったのはレイベル。
『行くしかないだろ』
答えて先に進むのは、やはり隼だ。
(行くしかない)
この空間には出口が見あたらないのだ。しかしただログアウトするのでは、ここに来た意味がない。
私たちはまるで儀式のように。
隼のあとに続いた。
★
目を覚ますと、同時に5人の顔が見えた。
「あっ、羽澄おねーさま! 大丈夫ですか?」
最初に声をかけたのは瑠璃花。
覗きこむようなその仕草に、私はやっと自分が横になっていることに気づく。
「――私は……?」
「集中力が限界以上に引き出された状態が続いたんだもの、倒れて当たり前よ。でも安心なさい。ちょっと休んだからもう良くなったでしょ?」
瑠璃花の隣に立ったレイベルが、そんな医者っぽいことを言った。
「それ言うなら、『ちょっと休めば良くなるわ』じゃないのか?」
隼がそう言って笑う。
いまいち状況が呑みこめない私に。
「レイベルさんお医者さんなんですって。羽澄さんを診て下さったんですよ」
みなもがそう耳打ちしてくれた。
(そうか……)
「ありがとう、ございます」
私が軽く頭を下げると。
「いえいえ、こちらこそ。いいモノ見させていただいたわ」
レイベルは目を細めて笑う。
(――あの時)
私たちは草原で、本当の『幽霊』に出会った。
『ようこそいらっしゃいました。真実の草原へ――』
そんな言葉から、その幽霊は一方的に話し始めた。
『ノイズ』はゴーストネットのオリジナルゲームではあるが、その開発は完全にNファクトリーというグループに任されているのだという。会社ではなく、単なる趣味の集まりに。
それだけで驚きだが、さらに。そのグループの最終目的は、音による感情操作だというのだ。そのための実験の場としてとりあえず『ノイズ』を作り、ゲームの中に人を集めていたということらしい。
(ただ)
実験はまだ、行われていない。
私たちにそれを伝えた幽霊――藤堂は、肝心のその音を作る大事な役についていた。初めはただ面白そうという興味だけで参加していた藤堂だが、徐々にその目的の恐ろしさに気づいてゆく。
「抜けたい」
そう告げた藤堂に仲間が出した条件は、後釜を見つけることだった。藤堂自身と同じ能力を持つ人材を。
それで作られたのがあのイベントだった。
イベント遭遇自体に高い条件をつけたのは、あまりに遭遇される回数が多くてもまずかったから。
(何故なら)
その力を持った人物がメンバーにいなければ、100%戦闘に勝つことができない。あの戦闘をバグだと思い苦情が殺到することは目に見えていた。いくらバグではないと言ったところで、聞こえている音はすべて拾えているはずなのだから、明らかにこちらの言い分の方が説得力がない。
そうして自分の後釜を探すイベントを作り上げた藤堂だったが、実は最初からそのつもりはなかったのだと言う。だから真実を伝えるために用意したこの草原のフィールドにプロテクトをかけて、自分以外には削除も変更もできないようにした。
そして逃げた。
『皆さんには、ご迷惑をかけてしまいましたね。お詫びといっては何ですが、イベントクリアの報酬として、レアアイテムを用意してあります。どうぞお持ち下さい』
すべてを話した藤堂はそう言って、皆にそれぞれアイテムを手渡した。そして私には。
『あなたにはこれを。先程の戦闘データを改竄するプログラムです。聞こえないはずの部分はすべてカットされて、戦闘に負けたとして処理されるようになっています』
私はそれを受け取った。それが藤堂の誠意だと思ったから。
それから私たちは、再び光に呑まれた。
(その輝きの中で)
緊張から解き放たれた私は、意識を手放してしまったのだった。
それから私たちは、色んなことを話し合った。『ノイズ』自体はとても素晴らしいゲームで、それを悪用されるのは嫌だったから。
(藤堂が言っていたような)
実験的な現象が何か起こったら。
どうせなら、自分たちで解決していこうと。
(『ノイズ』自体を消してしまうのは簡単)
でもそうしたって、きっと何も変わらない。Nファクトリーは新しい実験フィールドを作り出すだけだろう。それならば、今あるこのフィールドで何もさせないことの方が、遥かに意味のあることのように思えた。
(藤堂も)
それをわかっていて、この世界を消さなかったのだろう。
(私は音を守りたい)
心地よい振動を。
そして願わくば、人の心を――。
(了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1282 / 光月・羽澄 / 女 / 18 /
高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生 】
【 0072 / 瀬水月・隼 / 男 / 15 /
高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【 1316 / 御影・瑠璃花 / 女 / 11 / お嬢様・モデル】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女 / 395 /
ストリートドクター】
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■ ライター通信 ■
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再びのご参加、本当にありがとうございます_(_^_)_
前回の失敗を踏まえて、今回はかなりプレイングに忠実に頑張ったつもりですがいかがですか? その分多少長くなってしまいましたが^^;
『ノイズ』の設定と光月様の設定がとてもぴったりで、かなり動かしやすかったです^^ それゆえにえらいことに巻き込まれてしまいましたが(笑)。
次も頑張らせていただきますので、楽しみにお待ち下さいませ_(_^_)_
それでは。
伊塚和水 拝
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