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さらば与えられん
●序
「編集長ぉ」
月刊アトラス編集部に、情けない声が響き渡った。碇は「今度は何よ？」と呟きながら、情けない部下の所に行く。部下の三下は、ずり落ちそうになる眼鏡も気にせず、涙目のまま碇に近付いてきた。
「見てくださいよ、これ！」
（あらあら！）
三下は前髪を上げ、額を見せた。そこには『夢』の文字が書かれていた。
「何遊んでるのよ。さっさと消しなさい」
ぴしゃり、と碇は言い放つ。
「消えないんですよぉ！さっき朝起きたらもう書いてあって……」
「で？それで何か不都合でもあるの？」
「……変な夢を見るんです」
「どんな？」
「編集長がいやに優しくて……僕が提出した記事を全部採用してくれて……周りの皆も僕を尊敬していて……何より、一度もこけないんです！」
（こけない事をこんなにも喜ぶのは、三下君くらいでしょうね）
小さく苦笑し、碇は考える。
「何だ、いい夢じゃないの」
「そうなんです。もう二度と目覚めたくないくらいの、いい夢で……」
碇は手を口元に持っていき、考え込む。スクープのにおいが、何となくし始めたのだ。
「三下君、何か昨晩変わったことでもなかった？」
「そういえば……占いをしてもらったんですよ。ガードレール下で。お金はいらないからって……はは、僕ってばそんなに貧乏に見えるんですかね？」
「見えるから安心しなさい。……ガードレール下の占い師ねぇ」
何気なく言った碇の言葉に、何となく理不尽さを覚えて三下はまた半泣きになった。
「よし、三下君。その占い師を取材しなさい」
「ええ！僕、当事者ですよ？」
「なら、ついでにそれも何とかして貰いなさい」
にっこりと碇は笑う。三下は、小さな溜息をつきつつ「誰か付き合ってくれないかなぁ」と呟きつつ、辺りを見回すのだった。
●始
「最悪だわ」
シュライン・エマ（しゅらいん えま）はそう呟き、一つ大きな溜息をついた。目の前に置かれている鍋を見つめながら。
（折角良い出来だったのに）
形・てかり……どれをとっても、最高の出来になる事は約束されていた。それなのに……。シュラインは再び溜息をつく。ほんの数分前を思い返しながら。
「勿体無いけど……仕方ないわね」
シュラインはエプロンを外して支度を始めた。ちらりと鍋を一瞥してから。
『占い師の取材をしてくれる人、大募集！』と書かれた紙を見ながら、シュラインは苦笑する。月刊アトラス恒例とも言える、三下の不幸。アトラスに貼られていた紙は、端の方に涙の跡らしきものまで見られる。
「ねえ、これ」
シュラインが張り紙を指差して尋ねると、三下の顔がぱあっと綻ぶ。
「シュラインさん、やってくれますか？あああ、有難うございます！」
「いえ、だからね……」
「嬉しいです、感激です！」
（少しは落ち着こうとか思わないのかしら？）
シュラインは小さく苦笑する。三下らしいと言えば、そうなのであろうが。
「分かったわ。じゃあ、私も手伝うから」
最初は、どういう事が聞くだけのつもりだったのだが、そう答えさせるだけのパワーを三下は持っていた。尤も、面白そうなものがあると興味を抱いていた事ではあったが。
「有難うございます！」
三下は、改めて頭を下げた。その途端、持っていた資料がばさばさばさ、と床に散らばる。三下は慌ててそれを拾い集める。拾い集めた端から何枚かこぼしながら。
「あらあら……手伝いましょうか？」
「いえっ！シュラインさんは、是非とも取材の方を……！」
散らばってしまった書類を慌てて見回し、三下はしゃがみ込む。シュラインの顔と交互に見ながら。泣きそうな顔になっていた。
「じゃあ、私は調べに行くから」
「はいっ！」
三下の声に見送られ、シュラインは月刊アトラスを後にする。背後で、三下が書類を拾っている音が聞こえ、それから再びばさばさばさ、という音が聞こえた。折角拾い集めた書類を、またもや落としてしまったようだ。ちょっとやそっとの量ではなかった、書類。その書類を必死でかき集める三下の様子を思い出し、笑いが出てくるのを堪えながら。
（根本的に何かが間違っているのよねぇ）
何かが間違っている。それは分かっているのだが、それが実際何なのかは分からない。もし分かったら、三下の人生も少しは変わるかもしれないのだが。
「まずは、他に三下君みたいな事になっている人がいないかを探しましょうか」
ううん、と伸びをしながらシュラインは言った。温かい陽射しの下で。
●動
シュラインは図書館に来ていた。三下以外の人間が、同じような症状になっていないかを調べる為に。三下の話では、もう二度と覚めたくなくなるような夢。ならば、懇々と眠りつづけている人間がいるのかもしれない。
「あら」
とある新聞の見出しに、シュラインは目を止めた。『眠り病？理由も無き睡眠』とあるのだ。日付は3日前。そこによると、前日から懇々と周りがどんなに起こそうとしても眠りつづけ、遂には病院に行ったというもの。しかし、体には何も異常は見受けられず、ただ睡眠をしているのだという。
「……これだわ。場所的にもここに近いし……」
シュラインは更に目を凝らす。その小さな記事の締めくくりは、丸一日経ってから目を覚ましたというものだった。当事者の名前など載ってはいない。
「丸一日……」
三下は、丸一日寝てはいなかった。なので同じ病気かどうかは判断つきにくいが、関連はあるような気がしてならない。
「この人に接触できないかしら？」
シュラインは新聞の編集の部分に目をやる。自分が翻訳をした時に一度お世話になったことのあるところだ。もしかしたら、詳細を聞けるかもしれない。
「持つべきものは、コネよね」
ふふ、と小さく微笑んでシュラインは図書館を出た。早速携帯電話をとりだし、出版社に電話する。差し障りの無い話から、核心へと話を進めていく。
「……それで、その病気にかかってしまった人に接触したいんですけど」
電話の向こうが、沈黙する。個人情報だ。プライバシーの問題を考えているのだろう。
「御社に聞いただなんて言いませんから。ただ、噂を嗅ぎつけただけだと」
沈黙。シュラインは根気良く待つ。そして、絶対に口外するなという条件付で名と住所を教えて貰った。馬場・久美子（ばば くみこ）、１６歳。
（未成年なのね。余計に個人情報を漏らさないように注意しないと）
シュラインは礼を言って電話を切った。頭の中にインプットしている、馬場・久美子の家に向かう為に。
「遠回りになっちゃうかしら？……いいえ。それ以上に、真相を知りたいもの」
自分が占い師の元に行った時には、全てが終わっているかもしれない。しかし、それ以上に探究心があった。真実を知りたいという、限りの無い探究心が。
「さあ、行くわよ」
シュラインは微笑む。自らの探究心を満足せんが為に。
「シュライン」
後から声をかけられ、シュラインは振り返った。そこには、長い黒髪を靡かせた銀の目を持つ霧島・樹（きりしま いつき）が立っていた。樹の姿に、シュラインは微笑む。
「あら、霧島さん」
「シュライン、三下の事を調べているのか？」
「ええ。……奇遇ね」
シュラインは樹に自分が得た情報を教える。彼女も同じ事を調べようとしているのだから。
「名前も住所も分かったわ。馬場・久美子さんって言うの」
「馬場・久美子……」
「これから、彼女に接触してみようと思うんだけど」
「……一緒に行っても構わないだろうか」
「ええ、勿論」
（馬場さんが何らかの解決の糸口を持っている筈だわ）
シュラインはそう考える。住所は、占い師がいるという、ガードレール下からさほど離れていない場所だった。二人は顔を見合わせて笑う。思いが、確信に変わった瞬間であった。
「何も、覚えてないです」
久美子からの言葉は、これだけだった。本人はただ眠っていただけだと。自分がそんなに眠っていた事も、その時夢を見ていたかどうかも、そしてそのような占い師に会ったかどうかですら覚えていないのだという。
「八方塞、っていった感じかしら？」
苦笑しながらシュラインが言う。
「では、額に何か文字が浮かび上がったとか……そう言ったことはなかったか？」
「文字……？」
久美子は眉を顰め、母親に尋ねるが母親は首を横に振っただけだった。
「八方塞、か」
今度は樹が同じように苦笑した。
「じゃあ、占いは好き？」
シュラインが尋ねると、久美子は頷いた。つまり、占い師に何かしら占って貰った可能性は全く無いわけではないということだ。
「仕方ないわね。……ごめんなさいね、突然」
シュラインはそう言って樹と共に久美子に礼を言って、馬場家を後にする。
「何も分からない……否、何もかも忘れさせているのかもしれないな」
樹が呟くように言う。
「そうね。厄介ねぇ」
シュラインはそう言って、ふと街角でやっている占い師に気付く。
（占い師のことを聞くのは、占い師よね）
シュラインはそう考え、占い師に近付く。
「あの、すいません」
「占うのかね？」
中年男性の占い師は、そう言って虫眼鏡を取り出す。シュラインは苦笑しながら首を振る。
「いえ。ガードレール下の占い師を知らないかと思って」
樹はそのシュラインの行動に納得する。
「知っているとも。……最近やり始めたばかりだな。たしか、今週初めあたりに……」
「４日前、とかか？」
樹が尋ねると、占い師は指折り数えてからにっこりと笑う。
「そうだな、それくらいだ」
シュラインと樹は顔を見合わせる。久美子の時と、丁度時期が重なる事となる。
「有難う。参考になったわ」
「あんたら、あの占い師のことを調べているのかい？」
「ああ」
占い師は、にやりと笑う。
「気をつけるんだな。ちょっとした災難が降り注ぐかもしれない」
その言葉に、シュラインと樹は再び顔を見合わせた。占い師はにっこりと笑う。
「何なら、その災難を避ける為の対策として、占われていかないか？」
途端、二人は笑い始めた。シュラインはふふふ、と。樹は口元に手をあててくすくすと。
「何だ、占いの押し売りなら結構よ」
「いや、違うが」
「生憎、占いは間に合っている」
「そうでなくて」
「情報を有難う。それだけで随分と助かったわ」
シュラインはにっこりと笑った。
「いや、しかし……」
樹はじっと占い師を見つめた。そして、口を徐に開く。
「……最近、客が減っているからか？」
「え？」
ぎくりとした占い師。どうやら、樹の言葉が当たっていたらしい。
「何、ガードレール下の占い師のことを気に病む必要は無い。己は己の道を突き進めばよいのだ」
「そうよ。自分の占いをまっとうすればいいじゃない。別に『占われていかないか』だなんて言わなくても」
占い師は目を見開く。自分の言葉の部分が、本当に自分の声で言われたものだから。一瞬、何が起きたのかも分からぬ。
「ともかく、情報をくれた事には感謝する」
「有難う。……頑張って下さいね。決して押し売りしないように」
にっこりと微笑み、シュラインと樹はその場を後にする。後でぽかんとこちらを見ている占い師が視界に入ったが、あえて何も言わなかった。
「駒は揃ったか？シュライン」
「後少し、かしらね？」
互いに顔を見合わせ、ふふ、と笑う。ガードレール下の占い師を目指しながら。
ガードレール下には、占い師と三人の男がそこにいた。黒髪に緑の目の工藤・卓人（くどう たくと）、網代笠に銀の目を持つ護堂・霜月（ごどう そうげつ）、金髪に黒い目の真名神・慶悟（まながみ けいご）だ。
（やっぱり、先に占い師の所に誰かしら来ていたのね）
シュラインはそう考えて樹を見る。樹も同じ事を考えていたかのように頷く。そして、それに答えるようにシュラインも頷き返した。ここでこそこそと見ていても仕方が無い。
「何だ、皆集まっていたのね」
シュラインはそう言って声をかける。途端に、皆がこちらに注目してきた。
「やれやれ、これで役者がそろったというところか」
樹が淡々と口にする。
「……そう、あなた達は同じところから来たのね」
占い師が小さく呟く。
「昨日占った、あの可哀想な男の為に、ここに来たのね」
可哀想な男とは、三下の事であろう。言わなくても分かる辺り、何となくもの悲しさを感じるのは何故だろうか。
「あなた達は、何を占って欲しいのかしら？」
占い師がにやりと妖艶に笑った。途端、彼女の目から光が放たれる。辺り一面に放たれた光は、全てを包み込んでいく。
（一体、何？）
シュラインは身構えるが、それに何の効果も現れる事は無かった。光に、全てが包まれていったのだった。
●真
何も無い、光の空間がそこには広がっていた。そこに、シュラインがぽつりと一人立っていた。他の存在を見受けられない、光の空間。
「ここ、どこかしらね？」
シュラインはきょろきょろと辺りを見回す。他に何も無い。どれだけ見てもそれは変らなかった。
「呼んでみようかしら？」
仲間に声を使って呼び出そうと、シュラインは大きく息を吸った。……その瞬間だった。ぐつぐつ、と何かが煮えるような音が聞こえてきたのだ。そうして思い出す。あの日の出来事を。全てが上手く行く筈だったときの事を。
「ああ……私の黒豆……」
シュラインは呟く。今思い出しても腹立たしいといわんばかりに。あの時、全てが完璧と思われた黒豆は、しつこい勧誘の電話や来客によって脆くも崩れてしまったのだ。
「あれは難しいのよね……それが完璧に出来る所だったのに」
シュラインは溜息をつく。色、テカリ……そして味も完璧になっていた。出来上がったら一粒一粒が宝石のように光り輝くと思われていた。そんな黒豆は、あの時に失われてしまった。
「難しいのよぅ……ああ、へこんじゃう」
ぐつぐつ、と黒豆の煮える音が響く。悔しいなぁ、とシュラインは今一度呟いた。今思えば、あれが最近の一番の不幸であったと確信しながら。
「……驚くほど、ろくな不幸が無いのね」
気付くと、そこは先程までいたガードレール下だった。五人を見回し、占い師の女がつまらなそうにしている。
「ろくな不幸が無いって……？」
シュラインが尋ねると、占い師は溜息をつきながら苦笑する。
「食べる価値が無いって事」
（食べる？）
皆の目が点になる。じっと占い師を見つめたまま。
「不幸って言うのは、自分の思い通りにならない事」
「そうじゃな」
霜月が頷く。
「なら、その反対の夢を見せたら凄くいい夢になるでしょう？」
「それはそうだが」
卓人が頷く。
「そうした絶頂期からどーん！と突き落としたようなものを見せられたら、凄い悪夢になるわよね？」
「……なるだろうな」
慶悟が一応頷く。
「それを食べようと思ってたの」
「……まさか」
樹が気付く。皆を振り返ると、皆も頷く。
「バク？」
皆の声が一つになる。占い師はにっこりと笑って頷いた。
「ちょっと待って。何でいちいちそんなことをしているの？悪夢を食べるのって、そんな過程をとらないといけないわけじゃないんでしょう？」
シュラインが慌てて尋ねる。
「そうだけど……最近、そういう行き当たりばったりが上手く行かなくて」
「はあ？」
皆が一斉に首を捻る。
「……つまり、自分で操作して悪夢を作り出したほうが合理的だと……？」
慶悟が恐る恐るといったように口にする。
「そういう事」
至極真面目な顔で、占い師は頷いた。皆、一気に力が抜けた。
「何て人騒がせな……」
樹が呟くと、占い師はにっこりと笑う。
「でも、そんなに悪い事じゃないんじゃなくて？結局はすっきりするんだし」
「いや、そういう問題じゃないと思うがのう」
霜月が苦笑しながら突っ込む。
「じゃあ、さっきまでやってたのは占いじゃなくて……潜在意識を読んだか？」
「そうね。夢は潜在意識の表れみたいなものだから……お茶の子よ」
（そう言うもんなのかしら？）
ふと疑問に捕らわれるが、本人が言うのだからそうなのだろう。
「じゃあ、三下の額には何故文字が現れたのだ？」
樹が尋ねると、占い師は苦笑する。
「ああ、あの可哀想な男の人？あの人ね、今から悪夢にしよう！っていう所で目を覚ましたからよ。何故かは分からないけど……よっぽどの事が無い限り起きないはずなんだけどね」
「よっぽどの事？」
卓人が聞き返すと、占い師は「うーん」と言いながら口を開く。
「ええ。例えば……悪夢よりも怖い事があるとか……」
「皆さーん！」
向こうから、情けない声全開で、噂の可哀想な男が登場した。
「ああ！あなたですよぅ！ここ、この文字！」
額を見せながら三下は駆けて来て……すてんと転ぶ。何も無い所で転ぶのは、彼の特技の一つだ。それにもめげずに再びこちらに向かってくる。
「ねえ、三下君。どうして目を覚ましたの？」
シュラインが尋ねる。三下は一瞬きょとんとし、それから苦笑しながら答える。多少、顔を引きつらせながら。
「そんなの、決まってますよ。遅刻したら怖いからに決まってます」
「遅刻？」
「ええ。……次に遅刻したら、編集部内の床を、輝くまで磨かないといけないんですよ……。一点の曇りでさえ許されないんですよ」
ぶる、と小さく身震いして三下は答える。
「なあ、それは碇さんの脅しなんじゃないのか？」
卓人が言うと、三下はぶんぶんと首を大きく振った。
「違いますよ！……工藤さんはあの時の編集長を見てらっしゃらないからそのようなことが言えるんです」
一体何があったのだろう。そのドラマが何となく想像つくものの、ついつい疑問に思わずにはいられない。
「それで、この文字を消すにはどうしたらいいんだ？」
樹が三下の額を見せながら占い師に尋ねる。
「そうねぇ。もう一度夢を見てもらって……食べたら消えると思うけど。私も初めてのことだから断言は出来ないわ」
バクでさえ感心される男、三下。彼自身は「食べる」という何とも物騒な言葉が出てきた事によって、小さく怯えている。
「ええ？な、何ですか？僕、美味しくないですよ？調味料をかけたってそれは変わりません！……多分」
動揺しすぎて、不思議な発言をし始めた。恐らく、本人でさえも何を言っているのか分かってはいないであろう。
「三下、とりあえず寝ろ。一日ゆっくり寝るといい」
慶悟がそう言って三下の肩を叩く。
「そうね、それが良いと思うわ。有給を使いなさい」
シュラインがそう言って三下の背中を軽く叩く。
「良かったな、三下。一日眠れるぞ！」
卓人はそう言って三下の頭を軽く叩いた。
「うむ、睡眠は体を成長させるのにも役立つ」
霜月はそう言って三下に向かって大きく頷いた。
「も、もう成長はしませんよ……」
変な所に三下は突っ込む。
「そういえば、三下。散らかした書類は全て拾う事が出来たのか？」
樹はそう言って三下の法を向く。三下は妙に誇らしそうに胸を張り、にっこりと笑う。
「勿論です！3時間半、今までで最短記録です！」
（最短記録？）
皆の顔に同情が浮かぶ。
「どうしましょう。ギネスに載りますかね？」
「……載らないから、安心しろ」
樹が優しく諭す。三下は残念そうに「はあ」と答えた。
（寧ろ、最長記録としてギネスに載るかもしれないわね）
シュラインはそう考え、苦笑した。皆も同じ事を考えたのか、三下を見て慈愛の視線を送っている。三下だけが訳も分からず首を傾げているのだった。
●結
三下は有給を取った。碇に散々文句を言われつつも、五人の弁明も手伝って、有給は実現したのだ。丸一日眠り、バクに悪夢を食べられる為に。
「無事にあの文字は消えたわ。有難う」
シュラインはあのガードレール下の占い師の所にいた。バクである彼女は、相変わらず悪夢を食べる為に待っている。
「私も助かったわ。あの人の悪夢でお腹一杯だもの」
（一体どんな悪夢を見せたのかしら？）
彼の生活自体悪夢と言ってもいいのかも……とシュラインは言いかけてやめた。そんな事を言っていたら、いよいよ三下の事が可哀想になってくるからだ。
「あなたの悪夢も、食べても良かったんだけど」
占い師はちらりとシュラインを見る。悪夢。完璧な黒豆の失敗の事だ。
「結構よ。……もう二度とあんな事が起こらないためにも、あれは覚えておかないといけないことだもの」
「そうなの？」
「そうよ」
シュラインはそう言って笑った。黒豆を作る時には、もう二度と電話や勧誘には対応すまいと誓いながら。
＜依頼完了・誓い付き＞
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 0086 ／ シュライン・エマ ／ 女 ／ 26 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト 】
【 0389 ／ 真名神・慶悟 ／ 男 ／ 20 ／ 陰陽師 】
【 0825 ／ 工藤・卓人 ／ 男 ／ 26 ／ ジュエリーデザイナー 】
【 1069 ／ 護堂・霜月 ／ 男 ／ 999 ／ 真言宗僧侶 】
【 1231 ／ 霧島・樹 ／ 女 ／ 24 ／ 殺し屋 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせ致しました、こんにちは。ライターの霜月玲守です。この度は「さらば与えられん」のご参加、有難うございました。如何だったでしょうか？初めてのアトラスでの依頼、ちょっと緊張しつつ書きました。少しでも楽しんでいただけていたら光栄の至りでございます。
シュライン・エマさん。いつもいつも参加していただき、本当に有難うございます。毎回そのプレイングの鋭さにどきどきです。そして、その中にある女らしさとか可愛らしさにメロメロです。
今回の話において、与えられたものは皆それぞれに違っていると思います。占い師さんはお食事、三下君は有給。シュラインさんは、黒豆を煮る時の教訓を。確かに、黒豆って難しいですよね。や、私は作れませんが。
この話は、それぞれの方へのお話になっております。他の方のお話と比べられたらまた違った風景が見えると思います。お暇な時にでも読んでみてくださいね。
ご意見・ご感想を心よりお待ちしております。本当に、毎回どうなのかとはらはらしておりますので。それでは、またお会いできるその時迄。
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