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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん
 阿雲紅緒は、街に生きる者が好きだ。
 と、いうよりも人間という生命、それ自体を見るのが好きなのだ。
 街に繰り出し流れる雑踏を眺め、また身を置いてみる…其処には正も邪もなく、ただ営みとしての生がある。
 連れが欲しくなれば付き合いの良さそうな子に声をかければいいし、遊ぶには変遷目まぐるしい都市の流行に飽きるという事もない。そして、その中でも変わらずに存る者も、在る物も、彼を楽しませてくれる。
「さて」
シュ、とコートの襟元を正すと、駅を出てすぐ、待ち合わせに人の多い広場に向かって歩き出す。
 姿を自然と目が追ってしまうのは光を思わせて人目を惹かずに居られない絹糸の艶を含んだ金髪の為だけではない。
 彼の本日のお召し物は、ごくシンプルな…だが見る者が見れば唸るしかないイタリア製のブランドスーツ、それに生地に白絹の羽二重を使った特注のシャツを合わせてタイはなし。重ねたコートは黒かと思えば限りなく濃い紫に重さがない。
 着こなしもさる事ながら、日本人離れして…というにもおこがましく長身にバランスの良い肉付き、白磁を思わせる肌、そして深紅の瞳。
 そんななら、ナンパ勧誘宗教と何れかが声をかけない方がおかしいのだが、誰一人として一定の距離に近付こうとしないのは、薄茶のサングラスが瞳の深紅に浮かぶ楽しげな表情を押さえて尚振りまかれる実に陽気な笑みが、ちょっと何処か接続間違ってる?風に見えなくもない為か。
 けれど、オブジェの脇、その影から踏み出して横切ろうとした人影が、不意に行く手を阻む形に立ち止まった。
「あんた今幸せ?」
一人の青年…前置きも何もない唐突に人生命題な問いは真っ直ぐに紅緒に向け。
 暗い色彩の多い冬の街、その内でも更に黒々しい黒尽くめのスタイル、特に黒革のロングコートが輪郭を強調して、あまり陽に当たってない風な肌から覗く鈍い銀のアクセサリーにも、彩りの乏しさを目立つ。
 宗教の勧誘でなくとも異色だ。
 紅緒がまじまじと…それこそ上から下まで青年の風体を眺めるのに、彼は慌てた風でトドメとばかりに目を覆って円いサングラスを外した。
「あ、悪ィ悪ィ。あんたがあんまり目ェ引くもんだからつい声かけちまって」
僅かな細さに鋭く…まるで不吉に赤い月のような色の瞳が現れる。
 どっから見ても東洋人な彼が持つには奇妙な赤。
 それを人好きのする笑みで和らげて、彼は喫茶店の看板を指差した。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
どうやらただのナンパだったらしい…青年と紅緒の性別とを鑑みれば、ただのでくくってしまっていいものかどうかを悩むが。
「うん」
紅緒は深く深く頷いた。
 それが彼の誘いに対する応意でなく、己が内で納得してのものであるのに、青年は首を傾げた。
「何だよ?」
「ふうん、キミ、変わった子だね♪」
破顔。
 それはもう上機嫌な笑顔が炸裂し、声をかけて来た彼の方が一瞬たじる。
「ナンパするのは得意だけど逆は久しぶりだなぁ。急ぎの用があるでなし、勿論お付き合いするよ?てゆうかボクのほうが絶対お金持ってるから払い持つよ♪」
滔々と流れるような台詞に青年の肩を抱き、有無を言わさず示された茶店に足を向ける。
 何か間違ってる…待ち合わせ中故に一部始終を目撃せざるを得なかった通りすがりの人々は、その背を見送りながらそう思わずにいられなかったという。


 案内されたのは窓側の席、ビルの二階の立地に大きく取られた窓から、先の広場を見下ろしながら二人向かい合わせに腰を下ろす。
 ピンクを基調にした店内には所々に星のオブジェが並び、どこか夜店のとりとめない賑やかさを感じさせ、かつ乙女チックだ。
 女同士、もしくはカップルで入るならば問題なかろう…が、男同士なら居心地の悪さに入るに躊躇いを覚えるファンシーさを、両名共に気にした様子はない。
 徹底した経営理念に、シュガー・ポットの中身も星形の砂糖であるのを楽しげに眺め、紅緒は感想を述べた。
「面白いお店だね♪」
意外にあっさりだ。
 興味深そうな紅緒に対し、青年は難しい顔でメニューを睨んでいる。
「どうしたんだい?遠慮なくオーダーしてくれたまえよ」
「誘ったのはこっちだから俺が出すって」
紅緒の薦めにそう答え、青年は水とお手ふきを手の甲で端に押しやって、紅緒の側に向けてメニューを広げた。
「冷たいモンってどれだと思う?」
示されたそれを「どれどれ」と覗き込む…並ぶ表記は「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら…その名のみでは如何なる料理が出てくるのか全く予測がつかない。
「わからないね!」
あっさりときっぱりと答える。
「だからこうしよう!」
そう紅緒は片手を上げた。
 キャアキャアとカウンターの向こうでオーダーを押しつけ合って居たウェイトレス、勝者だか敗者だかは解らないが、内の一人がようやくオーダー票を持ってやって来る。
「ご注文はおきまりでしょうか」
基本は手元の紙とペンに視線をおきながら、紅緒の顔をちらちらと見るにどうやら勝者であるらしい。
 紅緒はテーブルに片頬杖をついてにっこりと彼女を見上げた。
「全部」
「………え?」
訝しく重なった彼と彼女の声に笑みを深めて繰り返す紅緒。
「全部。メニューの上から下まで」
「ちょっと待…」
「かしこまりましたぁ」
青年に制止する間を与えず、ウェイトレスはメニューを掴むとぴょこんと頭を下げて小走りに奥に消える。
 だが、喫茶・軽食を看板に掲げてはいても店内を見渡すにそのメニューの多さが伺える。
「キミが払うかい?」
中腰に止め損なった手も虚しい青年を、茶目っ気たっぷりに紅緒は見上げた。
 一瞬、複雑そうな表情をするが、軽く肩を竦めるとまた席に腰を落ち着ける。
「んじゃ遠慮なくご馳走になろーかな」
「素直な子は好きだよ♪」
機嫌良く…というか、絶え間ない笑顔に負の感情の持ち合わせがあるのか悩む紅緒に、青年は苦笑を浮かべた。
「あんた、かなり普通じゃねぇよな…」
そりゃそーだ。初対面の人間に、茶店の全メニューを軽やかに奢る人間が普通であるなら、世界は非常識者に満ちている。
 けれど、その普通がかかるべき場所がそれこそ普通と違うニュアンスが込められている…それは本当の意味で「普通」でない者だけが気付けるだろう。
「興味あンだよ。そういう人の」
すいと抜き取られたサングラス、黒の遮光グラスに隠された瞳が真紅い。紅緒のそれとはまた色調を別として…引き込むように沈んだ濃さ。
「生きてる理由みたいなのがさ」
「おまたせしましたー♪」
明るい声が、向かい合う男二人の頭上から降り注いだ。
「こちら、彗☆の尾から順に…」
名と共にテーブルに並べられる数々のカップ、皿…飲み物が圧倒的に多いのは、準備にかかる時間の差か。
 ほかほかと湯気を上げる各種珈琲・紅茶、氷に涼やかな音を立てるジュースの類。
「残りは出来次第、お持ちしますー」
「ありがと、その制服可愛く似合ってるね♪」
ヒラヒラと愛想のよく手を振る紅緒に、黄色い悲鳴が返って遠ざかる。
「さ、好きなのからどーぞ♪」
ずらりと壮観な風景…ちなみに飲み物だけで既に溢れていたので、テーブルがもう一つ寄せられている。
 かなり精力的に片付けていかねば、次に来るであろう軽食の類の場所が開かない。
 青年は溜息混じりに、奥手に位置するアプリコットジュースに手を伸ばした。
「へぇ……可愛いね♪」
青年は、口に含んだジュースを誤って気管に流し入れ、むせ返った。
 吹き出さなかっただけ上々、幾ら身長が負けているからといって、同性に可愛いと評されるには黒衣・グラサン・シルバーアクセのスタイルは重すぎはしまいか。
「可愛いって、アンタ…」
「その年頃ならまず珈琲に手を出しそうなものじゃないか。甘い物が好きだという嗜好はボクの中で可愛いと分類されるんだけど、何か問題でも?あるとするならきちんと納得させて欲しいな。理に適っているならすぐに改めるよ、モチロン」
立て板に水、とはこの事か。
「別に甘いモンが好きなんじゃなくって、冷たいモンがよかっただけだ」
口元を手の甲で拭い、一応のトコロの誤解を説明で雪で彼は片眉を上げた。
「やっぱ、面白ェなアンタ」
「紅緒だよ。阿雲紅緒…謎の人と呼んでくれてもいいけど」
愛想の感じられない固有名詞を訂正するのに、青年がニヤと笑う。
「んじゃ、謎のヒト。俺はピュン・フーって通り名で呼んでくれ。ピュンとフーを分けて呼ぶなよ。揃えて一つの名前だからな、ピュンちゃんとかフーくんも不可」
念入りに指示する拘りがあるくらいなら素直に名で呼べばいいのに、あえて「謎の人」を呼称に選んだあたり、青年…ピュン・フーも一筋縄では行かないらしい。
 紅緒は笑みを絶やさないまま、次のオレンジジュースに取りかかるピュン・フーに倣ってブルーマウンテンに手を伸ばした。
「さて」
胸元に引き寄せたソーサーに香ばしい湯気を顎に受け、紅緒は珈琲を口に含んだ。
「生きてる理由が知りたいんだっけ?」
あっさりと流されたかに思われた話題が蒸し返ったのにまたもや咳き込んでしまうピュン・フー。修行が足りない。
 彼の呼吸が落ち着くのを待つ間に、紅緒は一杯の珈琲を飲み干す。
「ボクは即答できるよ」
音なく、テーブルに戻されたカップが合図であったかのように。
 紅緒の笑顔が変わった。
 表情としてのそれに変化があったのではない。どちらかと言えば躁的な感触が、内から深い何かが沁むように。
「栖ちゃんが『この世界』に生きてるからさ。彼以外がボクの生きる理由になることはない。彼が居るなら、従ってボクは幸せ、ってこと」
言葉の内に混ざる固有名詞に瞳が僅かに細められる…のに、ピュン・フーが口の端を上げた。
「よっぽど大事なヤツなんだな、栖ちゃんってぇのは」
紅緒の想いを判じ取って深めた笑みに視線は窓の外、人の群れへと注がれる。
「こんだけ人間が居る『世界』で、たった一つの理由を見つけられたってのは大したモンだ」
その横顔、瞳の真紅さに目立つ…強いまでの静けさ。
「でも、ボクもキミと似たようなものだね、多分」
「へぇ?」
紅緒の言にピュン・フーが視線を戻し、目に浮かんだ光が先を促す。
「違うのはボクが『見届ける者』で在り続けてるとこ、光にも闇にも属せないでいるとこ、かな」
同種が互いの存在を嗅ぎ分けるように。
 自然に感じ取った同じ部分、あまりに長く親しみ慣れた感情とすら呼べない感情…胸の内に巣くう虚を埋めれぬ己という基盤のなさ、ではなく、敢えて違う部分を挙げる。
「……流石、謎のヒトは面白ェな。じゃぁ…」
問いを重ねようとしたピュン・フーだが、ふと左の胸を押さえてコートの内ポケットから携帯電話を取り出した。
「残念、仕事だ」
それに電話に出る事なく三度だけ振動したのを確かめると、心底無念そうに眉根を寄せる。
「今日はこれでお開きだな…ごっそーさん」
立ち上がったピュン・フーは不意に思い出した風で前屈みに、彼を見上げる紅緒の耳元に囁く。
「その大事な幸せの理由連れて、東京から逃げな」
笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
 それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
身を離したピュン・フーの、まるで不吉な予言のような約束。
 紅緒は反応を楽しむような黒衣の青年を見上げた。
「それからもう一つ」
指を立てる。
「あと、ボクの方が強い。キミにはボクは殺せない」
不遜、としか言い様のない自信。
 ピュン・フーの顔に笑みが広がった。その口元に覗く犬歯が印象に残る。
「面白ェ。ホントに面白ェな、紅緒」
目新しい遊びを前にした子供のように。けれどすぐ「残念だな…時間がありゃなぁ」とそれなりの年の表情に戻るとぼやきつつそのまま背を向けた。
「んじゃーな、楽しかったぜ」
片手をヒラ、と振り、階段を下りた後ろ姿はすぐに路上に出てそのまま駅へ向かう。
 その背をを目で追い、紅緒は薄く笑んだ。
「…さて…キミは自分の正体を見極めることができるかな?」
その独白は、超越者のようであり、知識を持たぬ者のようでもあり。
「栖ちゃんもたまにはおんもに出て遊べばいいのにね」
こんなに面白い事もあるのに。思い人の名を呟き、何処か期待を感じさせる奇妙な出会いに紅緒は思いを馳せ…る暇は与えられなかった。
「お待たせしましたー♪」
メニュー制覇、第二弾はスパゲッティとパフェ各種。
 始末に困る事態だ。
 けれど紅緒は一つ手を打つと、うきうきとした様子で携帯電話を取り出した。
「もしもし栖ちゃん?助けて♪」
プチ、とそのまま通話を切り、喫茶店の住所を即時メールで送ると電源を切る…彼が店に飛び込んできた『生きる理由』とやらにしこたま怒られるのは、その30分の後の事である。