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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時の迷い子


------<オープニング>--------------------------------------

 未来から過去へと飛ばされるという怪奇現象を経験した草間武彦は、疲れきってソファへと沈み込んだ。煙草を探して上着を探るが、あいにく切れている。
 仕方ない、新しいのを買いに行こうと扉を開けた途端、少女とぶつかり、草間は目を見開いた。
「どうした……?」
「友達が消えちゃったんです!」
「は?」
「今まで一緒に歩いて話をしていたのに、突然ふっと消えちゃって。どこを探してもいないんです!」
 制服姿の彼女は酷く取り乱しており、今にも大声で泣き出しそうだ。
「えーと、君の名前は?」
「菊枝望。友達は、日野葵です。本当に突然消えたからすごく怖くて。どうしたらいいか分からないんです。」
 草間はふと考え込んだ。時の館には、様々な形の時計が大量に置いてある。この間その屋敷を訪問したとき、執事が間違えて、違う時計の針を動かしてしまった、とかなんとか言っていなかっただろうか。あの屋敷の時計は、個人の時間を示しているものだ。誰かの時間が狂わされたと見ていい。
 ということは、もしかしたら、彼女が過去か未来へ飛ばされた可能性があった。過去ならいざ知らず、未来であったらお手上げだ。
 しかも、時間だけを元に戻しても、彼女自身が時間の継ぎ目にいるべき場所にいないと混乱を起こすだろう。
「今はいつもなら何をしている時間だい?」
「え、ごめんなさい、授業中なの。」
「葵さんと次2人で会う時間は?」
「放課後かしら。……いいえ、多分お昼だわ。いつもお弁当をベンチで食べてるんです。」
 草間は時計を見て計る。
「3時間ほどか。望さんは学校に戻って……。」
「いいえ、私も葵を探します! だって心配だもの。」
「……分かった。3時間以内に葵さんを探して、いつも通り、そのベンチに座ったところで時間を元に戻してもらおう。そうすれば、混乱なく時間が進むはずだから。」
「はい!」
 ぱっと望の顔が輝いた。ようやく縋れるものができて少し安心したらしい。表情が和らぎ、小さく微笑んだ。
「そうすると、なんだ……葵さんの時計を探しにあの屋敷へと行かないといけないわけだな。」
 葵を探すグループと彼女の時計を探すグループと2つに分けるべきだろうか、と草間はこの先の苦労に溜息をついた。



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「はい、新しい煙草。」
 シュライン・エマが草間の好きなメーカーの煙草を差し出してきた。
「ああ、サンキュウ。」
 草間は自分を落ち着けるために封を切ったが、相手が学生であるので、火をつけることはしなかった。
「んーっと、どんな外見の子か写真か何か葵さんの顔が分かる物ないかしら?」
「プリクラくらいしかありませんけど。」
「ええ。それでいいわ。何枚か持ってるならありがたいんだけど。」
「貼ってないのがまだあります。」
 望はシュラインに2人で写っているプリクラを数枚渡した。
「今日、葵さんに特に目に付くようなものとかあった? 髪型とか、いろいろ。」
「いえ、特には……いつも通りでしたけど。」
「そっか。それじゃあ、ええと……。」
 シュラインは調査員志願者たちを見回した。草間は進行役をシュラインに任せたっきり、半分眠っている。
「あたしは時の館のほうへ行きます。」
 海原・みなも(うなばら・みなも)がさっと手を挙げた。
「じゃあ、僕は葵さんを探しに行くよ。僕ならもし葵さんが未来に飛ばされていても探せるからね。」
 時空跳躍者である風野・時音(かぜの・ときね)は貰ったプリクラを見つめた。
「とりあえず、私も時の館へ行くわ。確認したいこともあるし。あ、武彦さんも来てくれると有難いんだけど。」
 お嬢さんが喜んで協力してくれそうだ、という本心は伏せておいた。勝手に懐かれた草間にとってはありがたいことではないので。
「俺も行くのか?」
 シュラインの声で目覚めた草間はげんなりした表情をする。
「後で疲れの取れそうな物作ってあげるから、ね?」
 にっこりと笑いながら有無を言わせず草間に承諾させ、シュラインは心配そうにしている望を振り返った。
「望さん、葵さんは大丈夫だから慌てず落ちついて確実に探して行きましょうね。」
 シュラインはぽむぽむと、望の頭を撫でた。



「武彦お兄さまっ! 来てくれたんですね。」
 ハートを飛ばしながら草間に飛びついてきたのは、時の館を管理しているお嬢さんだった。
 草間を兄と呼ぶが、別に本当の兄妹というわけでもなく、ただ以前ここにやってきた草間をすっかり気に入ってしまっただけである。
「ごめんなさい、今日はちょっと聞きたいことがあって来たのだけど。」
 シュラインがやんわりとその間に割って入った。このままではいつまでもお嬢さんに認識されそうにない。
「日野葵さんって子の時計、どんなのだか分かりますか?」
 みなもがさっと言葉を続けた。
「日野葵? ああ、多分花関係の時計だったわ。ガーベラだったかしら。花弁の多い花が時計の横に取っ手みたいについているの。」
「どの辺にあるか分かります?」
「花の時計って日のあたるところが好きだから、そういう場所にあると思うわ。時間の歪んだ時計はひどく目立つからすぐ分かるわよ。」
「南向きの部屋とかかしら。」
 前回使った時の館の見取り図を覗き込みながら、みなもはそう見当をつけた。お嬢さんは全く探してくれる気はなさそうだ。
「過去と未来、どっちに針を動かしたか覚えてます?」
 シュラインは部屋の隅に立っていた執事に問い掛けた。
「おそらく未来かと思われます。本当に面目ありません。」
 執事は恐縮して頭を下げた。
「そんなに遠い未来ではないはずです。多くても10日くらいだと。」
「そうですか。」
 時音に連絡を取るためにシュラインは断って場所を離れた。
 その間に、みなもはお嬢さんにそそっと近づく。
「あのう、お名前教えていただけます? そういえば知らないなって思いまして。」
「は?」
 お嬢さんは胡散臭げにみなもを見つめた。素直に答えてくれそうな雰囲気ではない。
「交換条件として草間さんとお食事とか、どうです?」
「え? 本当?!」
「おいこら、勝手に人を売るな。」
 しっかり話の内容が聞こえていた草間が眉を顰めた。
「えー、いいじゃないですか。草間さんだって、妹さんの名前知りたいでしょう?」
「誰が妹だ。」
「そうよね。妹ですもの。やっぱり名前で読んでもらうのが筋ってものよね。」
 お嬢さんはころりと態度を変えて、目を輝かせている。
「俺は別に知りたくない。」
 これ以上の厄介事は勘弁してくれと、草間は激しく首を振るが、お嬢さんにもみなもにもあっさりと無視された。
「あたしは向日葵だと思うんですけど……。」
「ねえ、アリスはどう?! 時の国のアリス。ねえねえ、武彦お兄さま、よくない?」
 みなもの言葉を遮ってお嬢さんが叫んだ。さも自慢そうに胸を張っている。
「……好きにしろ。」
「アリスにしましょうよ。アリス! ね、可愛いでしょ? 呼んでみて。」
「アリスさん、ですか。」
「うん!」
 お嬢さんは結局自分でアリスと命名した。一筋縄ではいかない彼女に、みなもは深く項垂れた。



「はい、はい。OKです。……了解しました。」
 連絡用にと渡されていた携帯電話で、シュラインから話を聞き、時音は望を振り返った。とりあえず、行動範囲である通学路から調べ始め、半分まで終えたところだった。
「葵さんはそんなに遠い未来に飛ばされたのではないみたいだよ。」
「よかった……。」
 望はほっと息をついた。
「最大でも10日くらいって言ってけど、その頃に何か予定でもある?」
「10日後……特に何もなかったと思うけど。」
「それじゃあとにかく学校から探そうか。突然飛ばされたことに驚いても、全然知らない場所へ行こうとは思わないだろうから。」
 時音は周囲の空間に時間の捩れがないかどうか注意しながら、学校へと向かった。望は時間の歪みなど分からないので、心配そうに時音を見つめている。
 通学路にはおかしいところもなく、時音と望は学校へと辿り着いてしまった。中では平常通り授業が行われている。
「教室はどこ?」
「2階の真ん中ら辺。多分、今の時間だったら英語をしてるわ。」
「さすがに授業中に廊下を歩き回ったり、教室に乗り込んだりしたら捕まるよなあ。」
「そうね。」
 先生に掴み挙げられる時音の姿を想像して、望は少し笑ってしまった。時音も一緒に微笑み返して、どうするかなと考え込む。
「あっ!」
 望がはっと顔を上げて時音を見た。
「もしかしたら保健室かも。いきなり時間を狂わされたら、びっくりして熱でもあるのかもって思うんじゃないかしら。」
「ああ、なるほど。一理あるね。保健室なら行っても目立たないかも。どこ?」
「1階の奥なの。こっち。」
 望に連れられて、時音は保健室へと足を踏み入れた。
「ラッキー、先生はいないみたい。」
 一応時間稼ぎのために、望は鍵を閉めた。時音はカーテンを開けたりして、保険室内を探る。しきりに首を傾げていた。
「なんかよく分からないけど、変な感じがする。ちょっと真剣に調べてみる。」
「うん。」
 時音は、時空跳躍者らしく視界を封じ、万物両断の光刃を大上段に構えたまま時空の流れを感じるため、瞑想を始める。望は邪魔にならないように、椅子に腰掛け息を詰めていた。
 長い時間、沈黙が落ちていた。
 じっと動かなかった時音が、ぱっと目を開いて光刃を振り下ろした。望の目には見えないが、時空の壁が切り裂かれ、通路が形成されている。
「僕は葵さんのところへ行ってくる。シュラインさんが来てくれるかもしれないから、携帯渡しておくね。時間がきたら、集合場所のベンチに行って。」
 ポケットから携帯電話を取り出し、望に渡すと、時音は時空の狭間へと入って行ってしまった。空間が閉じ、望は一人で取り残される。不安を少しでも鎮めるため、携帯電話を胸元でしっかりと握り締めた。



 式・顎(しき・あぎと)はふと顔を上げた。誰かが光刃を使い、時空を切り裂いたことを感じ取る。
「……この気配……時音か。」
 時空跳躍者が行動を起こし次第、その後を追撃し、切るのが顎の役目である。すぐさま現場に駆けつけて、相手を始末すればいい。
 しかし、顎は一瞬思い悩んだ。
 顎や時音は、退魔剣士団や霊能者が大虐殺された挙げ句、人間同士の『終われない戦争』が勃発した未来において、いずれも人間の裏切りで家族や友人を失ったという同じ経歴を持っている。その後、志乃・祈という退魔剣士をやめて、式・顎という魔剣士になった自分と、そのまま人間を守ろうと退魔剣士であり続けた時音と、辿った道は違えど、悲しみを共有している点において、時音は顎に近いと言えた。
 しばし考え込み、顎はにやりと笑う。その企んだ笑みはひどく冷たかった。



 時音は時間の違う同じ保健室の床に足をつけた。何かが違うのかもしれないが、時音には分からなかった。10日くらいでは何も変化はないのかもしれないが。
「葵さん?」
 声をかけるとぎしっとベッドから音がする。時音は閉められているカーテンに近付いた。急いで気配を探ってみたが、葵以外保健室に他に人はいないようだ。
「すみません、開けてもいいですか? 僕は風野・時音と言います。菊枝望さんに頼まれて、探しに来ました。」
「望?」
 押し殺したような声が微かに聞こえてくる。
「開けてもいい?」
 承諾を得て、時音はカーテンを開いた。ベッドに身体を起こしている女子生徒の姿がある。プリクラを思い出して、彼女であるここを確認する。その頬には涙の跡がくっきりと残っていた。
「日野葵さんだよね?」
「なんで私の名前を? 望って……?」
「葵さんが消えたって、望さんが助けを求めてきたんだ。」
「私、一体どうしちゃったの? 今日の1限は国語のはずなのに体育とか言われたり、なんか曜日も違うみたいだし。何が何だか分からなくて……。」
 耐え切れずに葵は再び泣き出してしまう。
「時間の歪みに巻き込まれただけだよ。大丈夫、僕たちが助けてあげるから。」
 時音は落ち着かせるためにそっと葵の背中を擦った。
「ねえ、望さんとはずっと友達なの?」
 気を紛らわせるために、時音は話題を振った。
「望? 望は中学の頃からの親友よ。とてもいい子なの。」
「うん。そんな感じだね。」
「私、その頃苛められてて、でも、望は助けてくれなかった。」
「なんで?!」
「私もずっとなんでだろうって思ってたの。ずっと望のこと見てたのに、何も言ってくれなかった。」
 哀しい話をしていると時音には思えるのに、葵は嬉しそうに微笑んでいる。
「でもね、ある日、望にすごく怒られた。どうして何も言わないの?って。いつ助けを求めてくれるんだろうってずっと待ってたのにって。」
「それって……。」
「人間は口に出したことが本心とは限らないけど、それでも、言わないと通じないってこと。助けてくれないことを裏切られたって思うのはおかしいのよ。だから、裏切られるってとっても些細で、それでいてもっとずっとひどいことだと思うの。」
 葵は上手く言葉に表現できないと顔を顰めていたが、時音にはその意味が感覚的に伝わってきた。なんだか温かく哀しい気持ちになる。
 話しているうちにずいぶんと落ち着いてきたらしい葵の身体から強張りが解けてきた。時音は背中から手を離して、代わりに葵の手を握ってやる。
「!!!」
 時音ははっと目を見開いた。
「どうしたの?」
「囲まれてる。」
 葵から身体を離し、周囲の気配を探った。気配は無数にある。すっかり取り囲まれているようだ。
「……使い魔……まさか!」
 バリンっとガラスが砕け、黒い影が飛び込んでくる。時音は咄嗟に葵を庇った。
 壮年の男が光刃を携え、こちらへと向かってくる。
「光速剣で、周囲の時空に亀裂を走らせ衝撃波を放つ結界を作り、同時にその周囲に対霊術の使い魔を多数配置した。逃げられないぞ。」
「やはりお前か、式・顎!」
 葵を庇いながら、時音も光刃を手にする。
「そういきり立つな。お前に話がある。」
「僕にはない。」
「威勢がいいな。……どうだ、異能者を最前線で戦わせながら、形勢が不利になるなり、我らを裏切った人間を見限り、異能者が生きるに値する世を作らないか。」
「何を?!」
 人の古傷を抉り、闇に引き入れようと誘ってくる顎に時音は呆然とした。



 みなもは南向きの部屋を中心に、執事と一緒にせっせと時計を探していた。変わった形の時計だからすぐにでも見つかるだろうと高をくくっていたが、それはとんでもない間違いだった。
 時の館にはとにかく時計が多い。整然と並べられていたら探しやすくもあるのに、無秩序に散乱しているのだ。時計の山を掻き分ける作業をしながら、みなもはモグラになった気分だった。
「アリスさんの嘘つき……すぐ分かるって言ったじゃないですかぁ。」
 半分泣き言になりながら、みなもは時計を掘り起こしていく。
 しばらくして、疲れた顔をしたシュラインがやってきた。
「みなもちゃん、見つかった?」
「見つかりません。」
 2人して大きな溜息をつく。時刻は刻一刻と迫っている。
「時計が多すぎるのよね。」
「きちんと並べてあれば、もっと見つけやすいのに。」
「それは仕方がありません。時計たちは好きな場所に動くので。」
 執事も困り果てたように、額の汗を拭った。
「とにかく、時間内に見つけらなかったら、集合場所や時間を変更しないといけないわ。」
「捜索の方は上手く行ってるんでしょうか。」
「そうね。ちょっと聞いてみるわ。」
 シュラインは携帯電話を取り出し、番号を押す。返答は時音ではなかった。
「望さん、どうしたの?」
『葵は見つかったみたいです。時音さんは葵のところに行ってしまいましたけど。』
「そう。ありがとう。そろそろ望さんもベンチの方へ向かった方がいいわ。」
『分かりました。』
 葵のところに行った、とはどういうことなのか分からなかったが、葵がちゃんと発見されていることに焦りが出る。
「葵さんはもう見つかってるみたいよ。」
「早めの方がいいですよね。頑張って探しましょうか。」
「そうね。頑張りましょう。」
 シュラインとみなもは手分けして再び探し始めた。
 時計の山を切り崩して、ようやく地面まで到達した頃、みなもは花のついた時計を見つけた。針の動きがひどく苦しそうだ。
「これかしら!」
 アリスの言葉を思い出して、時計を眺める。
「ガーベラみたいに花弁の多い花が取っ手みたいに時計についてる……確かにこれですわ。」
 みなものはしゃぐ声に導かれるように、シュラインと執事がやってきた。
「これですよね?」
「私では分からないので、お嬢さまのところへ持っていってください。」
「でも、かなり歪な感じね、針が。きっとこれよ。」
 シュラインにも賛同され、みなもは意気揚々とアリスの元へ向かった。
「……これね。間違いないわ。」
「よかったー。」
「まだ、少し時間があるわね。あと30分ほどしたら、時計の針を元に戻してくれないかしら。」
「分かったわ。」
 アリスは軽く頷いた。みなもはシュラインを見上げた。
「時音さんのほうに行きますか?」
「そうね。望さんが一人で不安がっているかもしれないし。」
「じゃあ、アリスさんも……。」
「私はこの館から出られないの! 時間になったら時計を戻せばいいんでしょ? 大丈夫よ、ちゃんと出来るわ。」
「いまいち信用できないんだけど……。」
 シュラインはそっと草間を見やった。嫌な予感がする。
「もしかして……。」
「私たちは捜索組の方に合流するから、武彦さんはここでお嬢さんを見ててくれないかしら?」
「ちょっと待て!」
「わーい、それなら安心よね。私もうっかりするかもしれないし。武彦お兄さま、遊んで〜。」
 大きいぬいぐるみに抱きつくかのように、ぎゅーと腕を回され、草間が呻く。
「ちゃんと美味しい料理作ってあげるから。」
 ごめん、と軽く両手を合わせて拝む振りをして、シュラインはみなもを振り返った。
「じゃあ、行こっか。」
「あ、あたしはちょっと草間興信所に寄ってから行きます。」
「そう? それじゃあ、先に行ってるわね。」
 草間を人身御供に、シュラインとみなもは時の館を後にした。
「ちょっと待てよ! おい、これって罰ゲームかぁ?!」
 草間の哀れな声を2人は揃って聞かない振りをした。



 張り詰めた空気が漂っていた。下手に動けば顎の光刃が煌く。時音はじっと周囲を伺いながら、間合いを図っている。時音の腕に手を置く葵は微かに震えていた。
「さあ、その女を切り、私と一緒に来い。」
「断る!」
 しつこい顎の勧誘に、時音は毅然と答えた。闇に落ちるなど冗談ではない。
「そうか。……残念だな。」
 顎が一瞬視線を落とす。本当に哀しんでいるのかどうかは分からなかった。
 光が一閃した。時音は葵を突き飛ばし、自分の光刃でそれを受ける。衝撃波が空間を襲った。葵は悲鳴をあげて床の上を転がる。
 すぐに離れた時音は葵を庇うような位置へと飛び退く。
「大丈夫?」
「う、うん。」
 全然大丈夫ではなかったし、怖くてたまらなかったが、葵はかろうじて頷いた。起き上がろうにも、足ががくがくして言うことを効かない。
 顎の力は巨大だ。時音はじっとりと手に汗をかいていた。周囲を使い魔で取り囲まれているのも辛い。自分一人では、葵を守り抜ける自信はなかった。それでもやらなければならない。それは過去の自分が誓ったことだ。もう誰も失わない。
 無言で顎は間合いを詰めてくる。ぐっと光刃を握り締めて、時音は戦闘態勢を整えた。葵は恐怖で硬直している。
 次の衝撃もなんとか耐えた。腕がびりびりと痺れる。葵が立てないことが痛い。抱き上げて逃げるにも、2人とも切られるのがオチだ。
「諦めちゃ駄目! 帰って来るの! 約束したじゃない!!」
 突然空間に割り込んできた声に、時音と葵ははっとした。
「望の声!」
 望の強い願いが時音と葵を包む。
「なんだこれは?!」
 顎は眉を顰める。結界を切り破いてきた声の主を探すが、気配すら見つからなかった。
 葵は顔を上げて時音を見た。依然怯えは存在するが、毅然とした瞳をしている。
「時音さん、私を助けて。」
 強い信頼を受けて、時音の中に責任感が生まれる。
「人間は裏切られてもその相手によっては許せてしまうこともあると思うわ。もちろんその逆もあるけど。」
 そして、それが2人の退魔剣士の道を分けた。
「私は時音さんに背中から切られても、裏切られたとは思わないわ!」
「いつも望さんと朝食を取っているベンチへ。走って!」
 葵は跳ね起きると、保健室から飛び出した。望のおかげで、結界は効力を無くしている。
「時音さんも来て!」
 顎の追撃を注意しながら、時音も身を翻した。葵に向かおうとしていた使い魔を3体まとめて切り捨てる。
 葵に追いついて、彼女の手を取って走る。顎の攻撃を何とかくぐり抜けた。信じられているということが、時音に大きな力を与えていた。
 はっと葵が胸に手をやる。走り疲れて、息が上手く出来ないのかと思ったが、葵は首を横に振った。
「なんか変な感じだわ。何かに引きずられてるみたい。」
「時間なんだ。きっと。狂わされた時間が元に戻ろうとしている。」
「時音さんは?!」
「僕は……。」
 顎が追って来ているが分かる。葵は時音の手を強く握り返す。
「一緒に跳んで!」
 時音は葵に引きずられるように、時間を超えた。



 そのベンチは大きな桜の木の下にあった。まだ芽もつけていないが、日光がよく当たってぽかぽかと暖かい。
「お帰り!」
 望は泣きながら、葵の手を取った。葵も一緒に泣きながら、望にしがみついた。
 時音は急いで周囲の気配を探ったが、葵の時間を戻したときに生じた衝撃で、時音がどの時間に時空跳躍をしたのか分からなかったようだ。ようやくほっと肩の力を抜く。
「お疲れさま。大丈夫だった?」
「うん。なんとか。」
 光刃を消し、時音はシュラインに微笑みかけた。
 望の声が届いていなければ2人ともどうなっていたか分からないが。声のエキスパートであるシュラインのおかげなのだろうかと思ったが、時音はあえてそれを聞かなかった。望の強い願いが起こした奇跡だと信じたい。
「零さんに頼んでお弁当を作ってもらってたんです。みんなで食べましょう。」
 ベンチの隣にシートを引き、みなもがお重を広げながらにっこりと微笑んだ。
「やっぱり幸せが一番ですね。」
「うん。」
 人間ってすごくいいものだな、と時音は心の底から思った。



 *END*


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0089 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも) / 女 / 13歳 / 中学生】
【1219 / 風野・時音(かぜの・ときね) / 男 / 17歳 / 時空跳躍者】
【0970 / 式・顎(しき・あぎと) / 男 / 58歳 / 未来世界の破壊者】
(受注順で並んでいます。)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、龍牙 凌です。
この度はご参加いただきまして、本当にありがとうございます。
シュライン・エマさま、海原・みなもさま、「時の館」の2度目の参加、ありがとうございます。
お嬢さんに草間さんというエサを与えることも一緒でちょっと楽しかったです。
風野・時音さまと式・顎さまの戦闘シーンも楽しく書かせていただきましたが、なかなかテーマが重くて難しかったです。
如何でしたしょうか? お気に召したら幸いです。
それでは、また機会があったらお目にかかりましょう。