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噂を追って【３】
●オープニング【０】
「おかしいんだよね」
１月末の放課後、『情報研究会』会長の鏡綾女は部室でぽつりとつぶやいた。その表情は何か釈然としない様子。
「何がおかしいの、綾女さん？」
副会長の和泉純が尋ねると、綾女が堰を切るように一気に喋り出した。
「決まってるでしょ、お正月のいくつかの事件のことだよ。神薙北神社での放火未遂に、神薙南神社での傷害未遂。それにお姉ちゃんの番組のスタッフ襲った奴……どれもこれも、逮捕された後の正確なニュースって流れてきてないよね？ 入院したなんて噂は耳にしたけど……」
そうなのだ。いずれの事件も進展したとのニュースは聞こえてこなかった。聞こえてくるのは、噂ばかり。いったい何がどうなっているというのだろう。
「ね、気になるよね？ ね？」
くるりとこちらに顔を向け、同意を求めてくる綾女。確かにそれも気にはなる。だが気になるといえば、去年から懸念となっている事柄もいくつか見受けられる訳で。
さて、何から調べてみたものか――。
●雪が舞う、雪が舞う【１】
その日――朝から冬美原は、曇り空の中に時折雪が舞うという天気だった。幸いにして雪が積もることはなかったが、それでも寒さは強かった。何しろ、雪が舞うほどだったのだから。
けれども、このような天候の中でも、熱心に物事を調べようという者たちは居る訳で――。
●声が聞こえる【２Ｅ】
冬美原・旧市街の東方に位置するエミリア学院――高台の森の中にある、初等部から大学部まで一貫教育のお嬢さま学校だ。それゆえ別名『妖精たちが戯れし森』とも呼ばれている。
その日、エミリア学院では奇妙な現象が起こっていた。何だか誰かに呼ばれている気がすると訴える女生徒が、多く見受けられたのだ。割合として、１クラス１人といった感じ。けれどもその現象は、思春期特有の不安感として片付けられていた。平たく言えば、『気のせい』ということだ。
だが、気のせいなどではなかった。誰かに呼ばれている気がしたのは、彼女たちの感受性が強かったからであった。呼んでいる者は、確かに存在していたのだから。
その声は、エミリア学院裏手の森の方から聞こえてきていた。けれど、人の姿は全く見当たらない。それもそのはず、呼んでいるのは人ではなかったのだから。
（ちゃんと聞こえているかな？）
呼びかけを行っていた張本人、古木の精である卯月智哉はふとそんなことを考えた。智哉の姿は、とある木の上にあった。しかし普通の人間の目には今は全く見えない。実体化していないからだ。
智哉自身は、エミリア学院で目的の人物以外にまで呼びかけが聞こえてしまっているとは、まだ気付いていなかった。何も『ハーメルンの笛吹き男』をやろうとしていた訳ではないのだから。
いや、目的の人物を誘い出そうとしている部分においては、似たようなものかもしれない。事実、それから間もなく、目的の人物が姿を見せたのだから。
「来たね」
そう言って、ひょいと木の上から降り立つ智哉。そして、実体化して――今日は１６歳相当の少年の姿だ――相手が近くへやってくるのを待つ。
智哉の前に現れたのは、腰元まである長く黒い髪の小柄な少女。二谷音子だった。
●対峙【３Ｅ】
「あたしをずっと呼んでいたのは、あなたですの？」
開口一番、音子はにこっと微笑んで智哉に言った。じっと智哉の顔を見つめて。
「そうだよ。二谷サン」
智哉はそう言うと、すっと手をかざして微笑みを返した。
「先に言っておくけど、その瞳。僕には効かないよ？」
「……ですわね。どうやら人間ではなさそうですものね」
まるで猫のように、くすりと微笑む音子。さっきと明らかに性質が異なる微笑みだった。
「キミだって、恐らくヒトじゃないよね」
さらりと言い放つ智哉。ぴくりと音子の眉が動いた。
「初めて見かけた時に気になってたんだ。普通のヒトで、木の枝を使ったとはいえ、地上から５階の窓まで飛んでゆけるなんて芸当、そうそうは出来ないんじゃない？」
「ああ、あの時の……」
小さく頷く音子。第３音楽室の幽霊にまつわる事件のことを思い出しているのだろう。
「それで、何の用ですの？ まさか、あの時のことを蒸し返すおつもりですの？」
「さあ、どうなんだろう」
智哉が、分からないといった仕草を見せ、言葉を続ける。
「キミにとても興味があるんだ」
「あたしに、ですの？ さて……どういった意味で興味があるか、知りたいですわ」
音子が小悪魔のごとき妖艶さを含んだ笑みを見せた。けれど、智哉が興味あると言ったのは、そっち方面ではない。
「色々と面白いことを知っていそうだね？ 随分前に、噂が本当になることを知っていて利用していたようだしね」
暗に以前の事件について言っているのだ。
「そちらこそ、面白いこと知っているんですのね。その話、そうは広く知られていないんですのに」
音子は大きく深呼吸をすると、単刀直入に智哉に尋ねてきた。
「それを知って、あなたはどうされるおつもりですのかしら？」
●少女に隠された秘密【４Ｅ】
「心配しているだけだよ」
じっと音子を見つめる智哉。その瞳からは、純粋に心配している様子が伝わってくる。
「未だにたくさん噂を流しているみたいだけど、気を付けないとダメだよ？」
音子はそれに対し、否定も肯定もしなかった。無言のままだ。
「……それじゃ、また」
伝えたいことは伝えた。そろそろこの場を離れようかと智哉が動き出そうとしたその時、音子が口を開いた。
「噂は……噂を流すのは、あたしの仕事の１つですわ」
「仕事？」
動きを止める智哉。噂を流すのが仕事の１つとは、奇妙な話だった。
「噂を流すことによって、冬美原に『揺らぎ』を発生させる。それはあたしに課せられた仕事ですの」
「……何だってそんな必要が？」
智哉には純粋に不思議だった。理由もだし、そもそも誰が音子にそんなことを課したというのか。
「平穏が永遠に続くと思ったら大間違い、世界は揺れ続ける天秤みたいな物」
音子が静かに語った。智哉はその言葉に聞き覚えがあった。
「世界は絶えず揺れ続けることによって、進歩発展してゆくものですの。全く揺れることのなくなった時、それはすなわち――世界の死ですわ。ですから噂を流すことにより冬美原に『揺らぎ』を発生させ、謎を追い求めてもらう……１歩でも、半歩でも発展する何かをつかんでもらうために。物質面か、精神面かは分かりませんけれど」
そこまで一気に音子は話し終えると、くすっと笑った。
言わんとすることは分からないでもない。人類が競争すること、謎を追い求めることによって進歩発展してきたのは、歴史が証明しているのだから。けれども。
「だとしても、揺れの大きさは問題じゃないかな？ 例えば、ヒトの生死に関わるような……」
「分かってますわ。揺れの大きさが問題なことは。だからあたしには、別の仕事も課されていますの。『揺らぎ』を最小限に抑える、という仕事を」
音子がくるりと智哉に背を向けた。
「そのために、あたしはあれこれと調べているんですわ。それをまた、噂として流し『揺らぎ』を発生させる……と」
「どうしてそんな回りくどいことを？」
もっともな疑問だ。最小限に抑えるのも仕事だと言うのなら、直接自分で動けばいいのではないだろうか。しかし、それにはちゃんとした理由があった。
「極力あたし自身で動くことは禁じられているんですの。何でもあたし自身が動くと、さらに『揺らぎ』は大きくなるらしくって」
「誰にだい」
何となく答えは予想出来たものの、智哉はこの質問を音子に投げかけた。
「決まってるじゃありませんの」
音子はにっこり微笑むと、すっと指を１本立てた。
「天空に居られる方ですわ」
智哉は天空を見上げた。灰色の天空から、白い雪が舞い降りてきていた。
「それではまた……ごきげんよう」
音子は智哉に別れを告げると、静かに森から離れていった。
【噂を追って【３】 了】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 整理番号 ／ ＰＣ名（読み）
／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 】
【 ００８６ ／ シュライン・エマ（しゅらいん・えま）
／ 女 ／ ２６ ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト 】
【 ０２４９ ／ 志神・みかね（しがみ・みかね）
／ 女 ／ １５ ／ 学生 】
【 ０３７６ ／ 巳主神・冴那（みすがみ・さえな）
／ 女 ／ 妙齢？ ／ ペットショップオーナー 】
【 ０３８９ ／ 真名神・慶悟（まながみ・けいご）
／ 男 ／ ２０ ／ 陰陽師 】
【 ０４４２ ／ 美貴神・マリヱ（みきがみ・まりゑ）
／ 女 ／ ２３ ／ モデル 】
【 ０４６１ ／ 宮小路・皇騎（みやこうじ・こうき）
／ 男 ／ ２０ ／ 大学生（財閥御曹司・陰陽師） 】
【 ０４６４ ／ 七森・拓己（ななもり・たくみ）
／ 男 ／ ２０ ／ 大学生 】
【 ０５１６ ／ 卯月・智哉（うづき・ともや）
／ 男 ／ １６？ ／ 古木の精 】
【 ０８００ ／ 宝生・ミナミ（ほうじょう・みなみ）
／ 女 ／ ２３ ／ ミュージシャン 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全３５場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、冬美原に流れる噂について調べてゆくお話の第３弾をお届けいたします。ちょっと今回、とんでもない事態となっています。参加者全員、場面【１】を除いて全くの個別となっております。それだけではありません。封鎖対象となっている情報が、山のように出ております。封鎖対象となった情報を得られた方で、情報を公開されたいという場合は、次回以降の冬美原依頼でのプレイング欄や自由記入欄において、公開する旨を記入していただければ結構です。
・さて、冬美原に隠されていた真実も段々と明らかとなり、世界が動き始めました。流れをどちらへ傾けるか……それは皆さまのプレイング次第ということで。
・卯月智哉さん、９度目のご参加ありがとうございます。とうとうここに来たか、という感はプレイングを読んだ時にありました。今回かなり大きな情報となっています。もちろん音子の件は情報封鎖対象です。ちなみに本文では描けなかったんですが、鈴糸山の自然に関しては何ら問題はありませんよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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