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クリア・ノイズ!
□■オープニング■□
インターネットカフェ・ゴーストネットOFF。
そこにあるすべてのパソコンに、ゴーストネットオリジナルオンラインゲーム『ノイズ』がインストールされているのをご存知だろうか。
そこに行かなければプレイできないにも関わらず、常時20人以上がログインしているというそのゲームは、一部のマニアに絶大な人気を誇っている。その秘密は、音のパズルという斬新な戦闘スタイルにあるのかもしれない。
面白い!! 投稿者:ミサ 投稿日:200X.02.01 10:35
面白いですね、『ノイズ』。
音のパズルなんて凄く新鮮でいい感じ♪
それにこのゲーム、戦闘のコツさえ掴めばレベル上げなくても
結構対応できるんでいいですね。どうしても苦手だったら
回数重ねてレベル上げればいいし……。
1人でも充分楽しめるのが○です(*^ー゜)b
そうだね 投稿者:秋成 投稿日:200X.02.01 11:08
ソロでも遊べるってのがいいよね。
日本のネットゲーってさ、パーティープレイを推奨しすぎてて
1人じゃ強くもなれないし遠くまで行けないってのが多スギ。
その点『ノイズ』は、1人でも行く気になればどこまでも
行けるから、やれることは少なくても自由度は高いよ。
いつも友達と来れるってわけじゃないしね^^;
幽霊? 投稿者:ミサ 投稿日:200X.02.01 11:44
レスありがとうございます^^>秋成さん
1人でも遠くまで行けるのは嬉しいですねー
ところで、実は私昨日始めたばかりなんですが、早速妙な
噂を聞いちゃいました(>_<)
『偽りの草原』に幽霊が出るってホントですか??
見たよー 投稿者:水城 投稿日:200X.02.01 12:13
横レス失礼★
幽霊かどうかはわからないけど、変なモノ見たよー
友達と一緒にいたんだけど、不思議なことに見たモノが違うん
だよね…… かといってイベントキャラとは思えなかったし。
あそこなんかある(いる?)のかなぁ?
ゲーム内で会ったらよろしくね♪>ミサちゃん
さぁ、この謎を解くのは誰……?
□■視点⇒レイベル・ラブ■□
これだけ永く生きていると、時代はずいぶんと変わるものだ。小さな機械の頭脳が発明され、それによってできた魔法の箱も、今ではこんなにコンパクトになってしまった。
(私は死ねない)
だからこれからの世界も、ずっと生きていかねばならない。生きていくために、情報を得ることは必要不可欠なことだ。
それをこれまでの経験から充分に理解していたから、増える借金をおしてまで、私はインターネットカフェへ通っていた。
(いずれすべてがデジタル化される日が来る)
予感があったから、今から接触しておくのも悪くないと思った。何より、簡単に望む情報を入手できるのがいい。
そんな私が『ノイズ』の幽霊に興味を持ったのは、それがあまりにも「早い」と思ったからだ。
私はもともと『ノイズ』のプレイヤーで、まぁ気が向いた時にやる程度だったけれど、トータルのプレイ時間は結構長いのでそれなりのレベルはあった。
自分のレベルに合ったダンジョンの情報を得るために『ノイズ攻略BBS』を覗いた時に、私は初めてその幽霊の噂を知った。気まぐれな私はほとんどソロプレイばかりだったので、ゲーム内で噂を聞く機会がなかったのだ。
(ゲームの中の幽霊……?)
デジタルの中にファジーが混ざるっていうの?
現代のコンピュータでは、そんなことをしたら混乱にしかならない。境界のないファジーな情報は時が経つにつれ被害を拡大させる。いずれすべてがデジタル化されるだろうと言っても、幽霊がデジタル化されるにはあと200年は先だと思った。だから「早い」と。
(『ノイズ』の幽霊は本物か?)
それを確かめようと思った。
数日かけて、まずは『偽りの草原』について片っ端から調べた。『攻略BBS』の過去ログをあさるのはもちろん、ゲーム内でも情報を呼びかけたりした。
(実際に足を運ぶのはちゃんと調べ上げてから)
そう思っていたから、まだ直接行ってはいない。
『偽りの草原』でログ検索をかけてみて、私は奇妙なことに気づいていた。ボスまでのルートや入手できるアイテム、登場する敵。そういった情報はしっかりと投稿されているのに、肝心の幽霊についてはあの書きこみだけだったのだ。しかもその書きこみすら、今ではもう削除されている。
(どういうこと……?)
誰かがその情報を流さないようにしているのだろうか。それとも管理者側が?
思考を回転させながら、キーボードのショートカットで掲示板をリロードする。
(!)
すると新しい書きこみが現れた。
『偽りの草原』の幽霊について 投稿者:MOON 投稿日:200X.02.05 13:46
他のスレにも出ている、『偽りの草原』の幽霊について教えて下さい。
私は見たことがないんですけど、見るとどうなるんですか?
あと発生条件ってあるんでしょうか?
(これは……!)
私は緊張しながらも、誰かがレスを返すのを待つ。自然と、リロードの回数が増える。
たった数分が、これほど長く感じたのは久しぶりだった。
Re:『偽りの草原』の幽霊について 投稿者:みなも 投稿日:200X.02.05 13:50
私も知りたいです。
どなたか知っている方いませんか?
(…………)
やはり皆気になっているようだった。
私はさらに待つ。
そしてやがて。
知りたいなら 投稿者:ファルク 投稿日:200X.02.05 13:57
至急センターに来られたし
(これだわ!)
私はすぐにヘッドフォンをかぶり、『ノイズ』の中へと飛びこんだ。
★
センターへ行くには、ログインするだけでいい。それがこのゲームのルールだった。
一度ログアウトして再ログインすると、キャラは自動的にセンターと呼ばれる街の中央へ移動する仕組みになっている。
私のキャラがセンターに現れた時、周りにはキャラが見えなかった。おそらくちょっとずれた所にいるのだろう。センターは意外と広く、画面には入りきらない。
大きめの円を描くように走ると、案の定下の方にキャラが2人見えた。1人は先程の書きこみのファルクだ。
『あ、いたいた』
もう1人の女キャラと会話をしているようだったが、気にせず割りこむ。
『ねぇあなたたち、これから偽りの草原に行くつもり?』
行くなら連れて行ってという意味をこめて問うと、ファルクはおそらくそれに気づいていて答えた。
『俺はそのつもり』
そして一緒にいた女キャラ・lirvaに問いかける。
『あ、もしかして、あんたもそのことで俺に声かけたのか?』
『ああ。今、BBSに書きこんだみなもっていう子が来るよ』
『なんだ知り合いか』
目的は同じらしい。
やがて上方から、女キャラと男キャラ1人ずつが走ってきた。女キャラ・みなもの方が近づきながら発言する。
『お待たせしました(>_<) 皆さんこんにちは^^』
それだけで、どのくらいゲームに慣れているのかわかる。みなもの後ろをちょこまかしている友有は、もしかしなくとも初心者だろう。
『あんたがみなもか。MOONって奴は?』
ファルクが問った。みなもは身体の向きを変えてから。
『あたしMOONさんとは知り合いじゃありません。あたしの知り合いは、この妙に動いてる友有さんと……』
そこで切れた。
(?)
その理由は、すぐにわかった。
『私はこっちだよ、みなもちゃん』
『あ、lirvaさんの方ですか』
おそらく2人はリアル知り合いで、キャラの名前を聞いていなかったから、知り合いがlirvaなのかレイベルなのかわからなかったのだろう。
ファルクは次に、私の方に身体を向けて。
『あんたはMOONじゃないんだな?』
そう聞いてきた。私は答える。
『違う違う。私はあの書きこみを見て来たんだ。幽霊見物についていきたくてね』
『偽りの草原』の情報を徹底的に調べ上げた私が、次にすること。それは、幽霊見物への同行だった。いくつかのパーティーに混じってついていき、幽霊の見え方の違いがゲーム内行動によるものか、それとも人によるものかを見極めるのが目的だ。
『じゃあ来てないってことか。まぁいい』
ファルクはそこで切ってから。
『とりあえず移動しよう』
★
移動したのは、キャラではなくリアルの方だった。
ゴーストネット内には、広い場所に何台ものパソコンがある通常の部屋の他に、個室が用意されている。小さ目の部屋に8台のパソコンが置かれていて、小団体でネットを楽しむには最適な空間だった。通常はシート(席)1時間いくらで支払われる料金も、その部屋だけは部屋1時間いくらになるので少しお得になる。
ファルクを操っていた少年は、そういう部屋の一室に私たちを集めた。もちろんゲームを一度ログアウトした後で、だ。
印象的な青い髪と、鋭く光る金の瞳。その瞳で私たちを見回してから、ゆっくりと口を開く。
「まず、最初に言っておく。幽霊のことをBBSでいくら訊いたって無駄だ。『偽りの草原』の幽霊の噂には、さらに噂があるんだ。『幽霊のことを外部にもらすと呪われる』ってな」
(!)
だからこれまで、ほとんど書きこみがなかったのか……。
それに反論するように、少年と同じ青い髪の少女が告げた。
「でも、少し前に書きこみがありましたよね。あたしはそれを見て興味を持ったんです」
おそらくここにいる全員が、集まる引き金となった記事。
「その書きこみなら、既に削除されているわよ」
私が口を挟んだ。皆の視線が私に移る。
少年はそれに頷いてから、言葉を続けた。
「あの投稿者は、おそらく知らなかったんだ。投稿した後に親切な奴が教えて、慌てて消したってところだと思う」
おそらくそれが正解だろう。
「――それで? キミは何を教えてくれる?」
今度は、やけにキレイな銀髪の女性が告げた。私を除いた中では、彼女がいちばん年上に見える。
その問いに少年はにやりと笑って。
「外部がダメなら内部――俺はゲーム内で幽霊に接触した奴を探しまわり、話を訊きあさった。内部なら皆口が軽いもんさ。ただ皆一貫して、『幽霊のようなモノは見たが、はっきりと見たわけじゃない』と言う。噂があやふやなのは、その出所自体がもともとあやふやだったからってワケ」
「出現条件はわかったの?」
間をおかず気になっていたことを問うと、少年もすぐに答えた。
「だからここに呼んだんだ」
どうやら自信があるようだ。
「これから俺はあんたたちにそれを教える。あんたたちは俺と一緒に幽霊見物に行く。OK?」
おそらく全員が、もとからそのつもりでここへ来たのだろう。
「いいだろう」
「わかりました」
その声に、私も続く。
「最初からそのつもりよ」
(何故彼が同行を求めるのか)
それは訊かずとも皆わかっていた。
(見る者によって)
姿を変えるというそれを、確かめるため。
そして同じ部屋でやることにも意味がある。それがキャラによって違って見えるのか、それとも同じプレイヤーにはすべての画面が同じに見えるのか。それを確認できるからだ。
「じゃあ、とりあえず自己紹介でもしておこうか。俺は瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)だ。キャラは魔道士のファルク」
「あたしは海原・みなも(うなばら・みなも)といいます。キャラは収集士です。よろしくお願いします」
「私は光月・羽澄(こうづき・はずみ)。キャラは転調士のlirva。よろしく」
「お、俺は赤埴・友有(あかはに・ゆう)。キャラは……よくわかんないけど多分無職? よろしく……」
「私はレイベル・ラブ(れいべる・らぶ)よ。キャラは創曲士。よろしくお願いするわ」
一通り自己紹介を終えた私たちは、お互いの顔を確認するように見合わせる。
そして誰からというわけでもなく、それぞれパソコンの前に座り始めた。知り合いらしい3人が並んで座り、その向かいに私と少年――隼が座る。
ヘッドフォンをかぶり、先程と同じように。アカウントとパスワードを入力し――ログイン。
……したのだが、センターで偶然羽澄の知り合いを発見し、結局もう一度ログアウトしてリアルへと戻った。
羽澄の知り合い――御影・瑠璃花(みかげ・るりか)もこの部屋に呼び、一緒にログインすることにする。彼女のキャラはMICHAELといい、ファッション誌の人気美少女モデルと同じ名前だ。私には本人に見えるが……。
人数が6人に増え、いよいよ。
私たちは幽霊の謎を暴くため、『偽りの草原』へ出かけた。
★
ファルクこと隼(紛らわしいのでプレイヤーの名前に統一することにする)をリーダーに6人パーティーを組んで、『偽りの草原』目指して走っていた。ちなみに6人が、パーティーを組める最高人数だ。
隼は、敵とのエンカウント(遭遇)率を下げるアイテム・Nジャマーを装備しているのだろう。ほとんどエンカウントすることなく目的の場所へたどり着くことができた(エンカウント率はリーダーで決まるので、リーダーが装備するだけでいい)。
『偽りの草原』はセンターから見て北西の奥に位置する。敵のレベルが高いため、初心者や低レベルでは気軽に入ることはできない(私でも1人ではきついだろう)。ただパーティーを組んでいると別だった。
パーティー戦闘は二つのモードから選べ、一つはパーティーパズルといって、全員で一つのパズルを解くモード。もう一つは、個人パズルといって個々にパズルを行い、いちばん早く勝敗の決まった者の結果をそのままパーティーの勝敗にしてしまうというモードだ。
個人パズルでは初心者及び低レベルキャラが瞬殺されてしまう恐れがあるけれど、パーティーパズルならば何もしなければ足を引っ張ることはない(ただし経験値も入らないが)。
そんなわけで、このパーティーの戦闘はパーティーパズルモードに設定されていた。まるっきり若葉マークらしい友有がいるからだ。それに経験値を稼ぐわけではないから、パズルのうまい人に任せておけば問題はない。
(もっとも)
私はただついてきたのであるから、最初から戦闘に参加するつもりはなかった。
たどり着いた『偽りの草原』の入り口は、私の調べどおり古城の門をしていた。戸惑いの雰囲気を纏う皆に、隼が声をかける。
『偽りの草原は、その名のとおり草原じゃないのさ。城の壁に描かれた草原は永遠に続いているように見えて、実は部屋でいくらでも区切られてる』
『部屋を移動する度に、繋がった部屋ではなく離れた部屋に飛ばされる仕組み――だったわよね。攻略BBSにボスまでのルートは載っていたようだけど?』
私が繋げると隼は。
『俺たちは、ボスを倒しに来たんじゃないんだぜ?』
そう告げて、中へ入ろうとする。
『ちょっと待って。幽霊の出現条件は? 教えてくれるんでしょ?』
羽澄が声をかけると、隼は門の方を向いたまま。
『移動しながらな。時間かかるかもしれないんだ。――あ、初心者は無理に合槌とか打たなくていいからな。俺を見失わないようにだけ気をつけてくれ。2部屋離れると自動的にパーティーから外れるぞ』
隼の長文でログが一気に流れた。
(確かに)
走りながら喋るのは初心者には無理だ。しかしそういう人こそ喋らなければ失礼だと思ってしまう傾向にあるようで、無理に発言し他のキャラとはぐれてしまうことはよくある。
(的確な助言だわ)
『ノイズ』を相当やりこんでいるのだろう。
門の中に消えた隼を、私たちは追いかけた。
『偽りの草原』――古城の中に入ってから、エンカウント率が急激に上がった。といっても、ダンジョンを彷徨っているノイズはボスに比べれば全然強くない。高レベルの隼や、レベルは低いのに妙にうまい瑠璃花がすぐに終わらせる。
『ファルク……集音器を装備したの?』
戦闘の合間に、羽澄が発言した。
集音器は私もたまにお世話になっている、エンカウント率を上げるアイテムだ。たまになのは、レベル上げをしようという気があまりないからだ。
『そう。幽霊発生条件その1だ』
草をかきわけるように先頭を走りながら、隼は答えた。先頭を走っているとは思えないくらい反応が早い。
『幽霊に遭遇した奴らは、大抵二つに分けられる』
そしてさらに、説明を続けた。
『レベル上げに入った奴と、ボスを倒した後の奴』
走っている最中は、まとめてログを流すよりも、一行ずつの方が効率がいい。それを当然よくわかっていて、しばらくは隼の発言だけが続いた。
『共通点は集音器だったんだ』
『レベル上げに来る奴らは当然集音器を装備してくる』
『ボスを倒しにきた奴らは当然倒した後宝箱を開ける』
『ここのボス箱(ボス部屋の宝箱)は集音器かNジャマーどちらかが出るんだ』
『たまたま集音器を手に入れた奴らが、ついでにここでレベル上げしちまおうって考えたら』
(!)
私は「はっ」とした。
『結果は同じだろう?』
(確かに)
隼のいう通りだ。
集音器をつけて『偽りの草原』にいる事実に変わりはない。
『逆にな、幽霊を探しにきた奴らは集音器なんてつけない』
『戦闘は邪魔なだけだからな。つけるならNジャマーの方だろう』
『だからこそ会えなかったんだ』
それは落とし穴だ。
(効率よく探そうとするからこそ会えない)
こちらの考えをよく読んだ仕組み。
気づいた隼も凄いが、仕掛けた方も凄い。
『では、その2は?』
促したのみなもだ。
すると隼は相変わらず足をとめずに。
『ランダム』
それだけ答えた。悟った私がその続き繋ぐ。
『なるほど。レベル上げをする時は適当に移動するものね』
『そういうこと』
だからこその、迷走。
『でもそれじゃあ、本当にいつまでかかるかわからないね』
羽澄がそう告げた時だった。
『……そうでも、ないみたいだぜ?』
(!)
不意にBGMがやみ、隼の発言音が酷くクリアに聞こえた。
やっと立ちどまった隼の近くに、皆が集まる。
とても静かだった。
『羽澄おねーさま……』
瑠璃花の心細そうなログが流れた。キャラは羽澄に近い場所にいる。
だが私は心配する余裕などなく、画面を見つめていた。だからいち早く気づけた。
『あっ……』
合図のように発言音が鳴る。
(一瞬)
それが自分の発言だと気づかなかった。
『あれか!』
そこには何か、実体のないモノが浮かんでいた。『何』とは言えない。明確に何かを形作っているわけでもない。確かにそれは、『幽霊』としか呼びようのない代物だったのだ。
(ついに……)
デジタルな幽霊に出会った。
ただそれは、まだ可能性の域を出ていない。証明するのはこれからだ。
しかし凍りついたように、私たちは動けなかった。そしてその幽霊(?)も、動かない。
『そう言えば、何かをされたとか言った奴はいなかったな』
隼が独り言のような発言をした。
幽霊とは普通、向こうから干渉してくることでこちらはその存在に気づく、というようなものだ。ただいるだけならばそれはNPCにすぎない。
『まぁいい。とにかく、今のうちに確認しよう。どんなふうに見えてる?』
その問いかけに、私は思い出した。
(そうだ)
それを確認しなければ。
『何か白いモノが見える。うまく表現できないけど……幽霊と言えなくは、ない』
『あたしには黄色い……猫みたいなモノに見えます』
『私は赤に見えるわ。しいていえば、人間みたいな形してるけど』
『わたくしには、ピンクのもやもやに見えますぅ……』
同時に流れたログに、私は息を呑む。
(確かに違っている……!)
『俺には青く見える。青い火の玉』
隼が告げた。それも違う。
(残るは……)
『お、俺にはみなもと同じに見えるんだけど……?』
『えっ?!』
友有の発言に、皆が驚きのログを流した。
『って、おい。あんたキャラ重なってるじゃん。それって結構失礼なことなんだぜ?』
『えっ? ごめん』
幽霊に気を取られて見逃していたが、確かに友有のキャラはみなものキャラと重なっていた。操作に慣れていないのだから仕方がないのだが。友有はみなもの上から避けようとして、また必要以上に動き回ってしまう。
(何とも)
情けない。
(……ん?)
ちょっと待って。
何か今、重大なことがわかったような気がした。
同じふうに見えたというみなもと友有は、同じ場所に立っていたのだ。
『――ねぇ、それが重要なんじゃない?』
何となく和んだ空気の中に、私は疑問を投げ入れる。
『こいつが出現した時に立っていた場所によって、見え方が違うんだとすれば……』
『なるほど。それならお互いの画面を見て証明できるわね』
納得した羽澄の声に、皆が自分の画面から視線を外した。お互いの画面を見合って、確かに自分が見たモノとは違うことを確認する。
『ビンゴ★』
打ちこんだのは隼。
それに続いたのは、意外にもゲームに詳しいような瑠璃花だ。
『ちょっと待って下さいよ〜? イベントアイテム(集音器)が必要で、ランダム移動必須で、こんな演出っていったら、すごぉ〜くレアイベントっぽくないですか?』
『同感』
それにすぐ、隼が発言を返す。
(私も同感)
同じく肯定した疑問を、羽澄が口にした。
『だとしたら何故皆、イベントキャラではないと思ったのか』
少し間を置いて、みなもが答えを出す。
『ホントは怖くて逃げちゃっただけかもしれませんよ』
そう前置きしてから。
『あたしたちは、最初から幽霊を探しに来たから逃げなかった。でも他の人が違う目的で来ていきなり音が飛んであんなリアルなモノ見たら、びっくりして引き返しちゃうんじゃないかな。人によって見えるモノ違うというのも、やっぱりとっさには怖いだろうし』
『それで、逃げたってバレるのが嫌で、わからないけどとりあえず嘘ついたわけか』
充分にありえそうな話だ。
無駄に見栄っ張りの多い世界を、私は嫌という程見てきたから、余計にそう思う。
『それにしても……本当に何もしないな、あの幽霊。何のために出てきたんだ?』
これまでの話を聞いて、怖がっていたような友有はやっと落ち着いてきたのか。久々に自分から口を挟んだ。
『うーむ』
チャットならではの言葉を打ちこんで、隼が幽霊に近づいていく。
(これはイベントだ)
皆がそう納得しようとしていたから、誰もとめなかった。
しかし。
『?!』
隼が幽霊と接触した瞬間。
(戦闘……?!)
突然戦闘画面に切り替わった。
『きゃ〜〜〜』
『えっ?』
『何?!』
様々な声が飛び交う。
『いきなりかよ!』
そう発言しながらも、隼は既に対ボスモードに入っていた。しかし何故か、こちらのMポイントは減っていくばかり(ゼロになるとセンターへ強制送還)。道中敵を一掃してきた隼の得意技・リバーサーを連発しても、何故かこちらのMポイントが減っていくのだ。
『何だよこれぇ……っ』
瑠璃花も賢明に隼をサポートしているが、状況は一向に良くならない。私も、今ばかりは自然と漏れた音を拾っていた。幸いパーティーパズルに設定していたおかげで、こちらのMポイントは全員分のMポイントを足したものだから余裕はあるのだが。いずれにせよこのままでは負けてしまう。
(やはり)
この幽霊は記号の羅列にすぎない?
まだファジーは、デジタルを超えることができない。
(それとも)
答えを出すのはまだ、早いのだろうか。
(すべてはこの勝敗しだい)
そんな気がした。
『なんでこっちのポイント減りまくってるんだ?』
邪魔をするだけなので戦闘に参加できない友有が、疑問を発言する。
『多分、拾い切れていない音があるんだと思います。でも、あたしには聞こえない……!』
同じく見守るしかできないみなもが返した。
そう、聞こえなかった。
(流れる音はすべて拾えている)
だからこそ羽澄は手を出さない。メインの隼、サポートの瑠璃花。たまに漏れる音を、私が確かに拾っていた。
(拾えているのに)
減り続けるMポイント。
ふと気づいた。
(まさか……)
今この瞬間、見えない何かがここにいるというのだろうか。聞こえない何かが。
(もし)
そんなモノがあるならば。
それは『音の幽霊』だ。
(――!)
やがて突然、見守っていただけだった羽澄の音が鳴り始めた。最初は驚いた。何故なら彼女は、在り得ないはずの音を奏でていたから。
けれど。
(どうして……?!)
これまで減り続けるだけだったMポイントが、何故かぴたりと止まった。逆に敵のMポイントが徐々に減り始め、余裕の出てきた隼が回復音階を奏でる(ファルクは僧侶経由の魔道士らしい)。それによりこちらのMポイントが、少しずつ回復してゆく。
『素晴らしいです〜羽澄おねーさま!』
瑠璃花の発言に続いて、次々に応援のログが流れた。
『頑張って!』
『もう少しだ』
その流れるログの中を、やがて一つのメロディが流れてゆく。先程までは、タイトルも知らないおそらくオリジナルの曲だったのに。敵のMポイントが残り少なくなって、突然チェンジした。
『あれ? 何か聞き覚えのある曲だな』
最初に反応したのは友有。
『これ、ジュ・トゥ・グゥですわ』
応えたのは、瑠璃花だ。さらにみなもが、答えを繋ぐ。
『確か意味は――君が欲しい、でしたよね』
それから先は、戦闘に似合わないゆったりとした曲が流れる中、皆が画面に集中していた。奏でられる音を、誰も邪魔しなかった。
そしてやがて戦闘が終わり、勝利のファンファーレが流れる。
その瞬間。
(な……っ?!)
もしかしたら、誰かが驚きのログを流したのかもしれない。けれど画面から溢れ出る光が、見ることを許さなかった。
顔をそむけ目を覆う。
(眩しい……)
その光は数秒で輝きを失い、画面に目を戻すと。
『ここは……?!』
それが誰の発言でも構わなかった。誰もがそう思ったから。
(草原――!)
私たちはどこまでも広がる草原の中にいた。それが城の中ではないのは明らかだ。
(どちらも創られた世界)
けれど空気が、全然違っていた。
空はどこまでも高く、緑は風に揺れている。
『ここが偽りじゃない、本当の草原?』
みなもが呟きのように発言した。
『偽りの草原のイベントをクリアして、本当の草原に来たっていうのか……?』
『こんなイベントがあったなんて』と繋げて、隼はそこに立ち尽くしていた。何となく、皆隼を囲んだまま動けない。ただ友有だけは、どこか変な場所をクリックしてしまったのか、ちょろちょろと動き回っていた。
『友有様大丈夫ですの?』
瑠璃花が問いかけても、答える様子はない。おそらくそれどころではないのだろう。
しかしやがて。
『あれっ?』
短いログが流れた。
『何か人がいる』
『え?!』
『どこ?』
『またイベントキャラか』
皆がやっと止まった友有の傍へ行くと、確かに画面ギリギリにキャラの姿が見えた。
『行ってみる?』
問ったのは私。
『行くしかないだろ』
答えて先に進むのは、やはり隼だ。
(行くしかない)
この空間には出口が見あたらないのだ。でもただログアウトするのでは、ここに来た意味がない。
私たちはまるで儀式のように。
隼のあとに続いた。
★
しばらくして、羽澄が目を覚ました。
「あっ、羽澄おねーさま! 大丈夫ですか?」
最初に気づいた瑠璃花が声をかける。
羽澄は横になっていた自分を不思議に思ったらしく、呟いた。
「――私は……?」
「集中力が限界以上に引き出された状態が続いたんだもの、倒れて当たり前よ。でも安心なさい。ちょっと休んだからもう良くなったでしょ?」
羽澄を診た私が答えた。こんな場所で、医者としての力が役立つとは思わなかったけれど。
「それ言うなら、『ちょっと休めば良くなるわ』じゃないのか?」
私の言い方に、隼がそう言って笑った。
しかし肝心の羽澄は、どうやらさらに混乱したようだ。それに気づいたみなもが、何か耳打ちをしている。
「ありがとう、ございます」
羽澄がそう頭を下げたから、それは私のことだと悟った。
「いえいえ、こちらこそ。いいモノ見させていただいたわ」
私は目を細めて笑った。
つい先程までの出来事を、思い出しながら。
(――あの時)
私たちは草原で、『幽霊』と呼べるモノに出会ったのだ。
『ようこそいらっしゃいました。真実の草原へ――』
そんな言葉から、その幽霊は一方的に話し始めた。
『ノイズ』はゴーストネットのオリジナルゲームではあるが、その開発は完全にNファクトリーというグループに任されているのだという。会社ではなく、単なる趣味の集まりに。
それだけで驚きだが、さらに。そのグループの最終目的は、音による感情操作だというのだ。そのための実験の場としてとりあえず『ノイズ』を作り、ゲームの中に人を集めていたということらしい。
(ただ)
実験はまだ、行われていない。
私たちにそれを伝えた幽霊――藤堂は、肝心のその音を作る大事な役についていた。初めはただ面白そうという興味だけで参加していた藤堂だが、徐々にその目的の恐ろしさに気づいてゆく。
「抜けたい」
そう告げた藤堂に仲間が出した条件は、後釜を見つけることだった。藤堂自身と同じ能力を持つ人材を。
それで作られたのがあのイベントだ。
イベント遭遇自体に高い条件をつけたのは、あまりに遭遇される回数が多くてもまずかったから。
(何故なら)
その力を持った人物がメンバーにいなければ、100%戦闘に勝つことができない。あの戦闘をバグだと思い苦情が殺到することは目に見えていた。いくらバグではないと言ったところで、聞こえている音はすべて拾えているはずなのだから、明らかにこちらの言い分の方が説得力がない。
そうして自分の後釜を探すイベントを作り上げた藤堂だったが、実は最初からそのつもりはなかったのだと言う。だから真実を伝えるために用意したこの草原のフィールドにプロテクトをかけて、自分以外には削除も変更もできないようにした。
そして逃げた。
『皆さんには、ご迷惑をかけてしまいましたね。お詫びといっては何ですが、イベントクリアの報酬として、レアアイテムを用意してあります。どうぞお持ち下さい』
すべてを話した藤堂はそう言って、皆にそれぞれアイテムを手渡した。そして最後に羽澄に。
『あなたにはこれを。先程の戦闘データを改竄するプログラムです。聞こえないはずの部分はすべてカットされて、戦闘に負けたとして処理されるようになっています』
羽澄はそれを受け取った。それは多分、羽澄が藤堂を許したという証拠だろう。
最後に私は、藤堂に質問を投げかけた。
『「幽霊のことを外部にもらすと呪われる」っていう噂、流したのはあなた自身?』
しかし藤堂は無言のまま、画面は再びホワイトアウトしていく。
(ああ――)
これこそが、『幽霊』ね。
私はそう感じた。
勝手に干渉するだけ干渉して、やっぱり勝手に消えてゆく。それは幽霊の本質と同じもののように思えた。
(だから答えのないことに)
私は満足した。
やがて包まれた輝きが消えた後、私たちが立っていたのはセンターの中央だった。他の人から見れば、ダンジョンからログアウトで帰ってきたようにしか見えないだろう。
それぞれに複雑な想いを重ねて、皆はそのままヘッドフォンを外した。
「? 羽澄おねーさま?」
つけたままキーボードの上に突っ伏している羽澄に、気づいた瑠璃花が声をかける。その時には既に、羽澄は意識を失っていた。
「羽澄さん?!」
焦りの声が飛び交う。もしかしてあの幽霊のせいじゃないかという気持ちが、皆にあったからだろう。
「落ち着いて。私はストリートドクターよ」
そう告げると、皆一斉に静まった。驚きの表情が見えたが、無理もないだろう。女のストリートドクターなんて、片手で足りるくらいしかいない。
店員に頼んで、羽澄を他の部屋へ移す。事務所の中の柔らかいソファがちょうど良かった。
羽澄の額に手を当てるのを、心配そうに皆が眺めている。
実際、その方法ではどこが悪いのかなんてわからない。わかるのは、正常か異常かということだ。
幸いにも羽澄の脳は正常な波動を発していた。おそらく先程の戦闘で、集中力を極限まで高めたため疲れすぎた脳が休憩を求めたのだろう。
「心配ない。じきに目を覚ますわ」
私が笑って告げると、皆安心した顔をつくった。瑠璃花に至っては、泣きそうな顔をしていたが。羽澄が目覚めるまで、皆彼女の様子を見守っていたのだった。
それから私たちは、色んなことを話し合った。『ノイズ』自体はとてもいいゲームで、それを悪用などされたくない。たとえそのために生まれてきたゲームでも、その方向を決めるのはプレイヤーであるべきだからだ。
(もしも藤堂が言っていたような)
実験的な現象が何か起こったら。
私たちは、自分たちで解決していこうと決めた。
(『ノイズ』自体を消してしまうのは簡単)
でもそうしたところで、きっと何も変わらない。Nファクトリーは新しい実験フィールドを作り出すだけだろう。それならば、今あるこのフィールドで何もさせないことの方が、遥かに意味のあることのように思えた。
(藤堂も)
それをわかっていて、この世界を消さなかったのだろう。
私が最後に投げかけた藤堂への問いは、おそらく当たっていたのだと思う。BBSに幽霊の情報が載ったなら、それを目当てに『ノイズ』を始める人も必ず出てくるはずなのだ。
(それでは困る)
バグ騒ぎうんぬんよりも、藤堂は多分。『ノイズ』を純粋に楽しんで欲しかったのだ。そういう気持ちで、始めて欲しかったのだろう。
(それが)
『ノイズ』を歪んだ心で作り出してしまった藤堂の、贖罪だったのかもしれない。
(真実の草原に)
佇んで消えた幽霊の――。
(了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1282 / 光月・羽澄 / 女 / 18 /
高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生 】
【 0072 / 瀬水月・隼 / 男 / 15 /
高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【 1316 / 御影・瑠璃花 / 女 / 11 / お嬢様・モデル】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女 / 395 /
ストリートドクター】
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■ ライター通信 ■
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初めまして。若葉マークライターの伊塚和水といいます。
この度はご参加ありがとうございます_(_^_)_
全員のプレイングを最大限活かしたところ、多少長くなってしまいましたがいかがでしたでしょうか? 少しでも『ノイズ』の世界を楽しんでいただけたなら幸いです。
「タランテラ」、ぜひ使いたかったのですが展開上入れることができず、とても残念でした(>_<) 力不足で申し訳ないです。代わりにお医者様という設定を少し活かさせていただきました。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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