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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


欠落少女

□■オープニング■□

 チャイムもノックもなく静かに開いたドアに、武彦は気づかなかった。
 いつも初めに依頼者の相手をする零が、風の流れを感じ開かれたドアに気づく。
(あら……?)
 そこには、薄汚れた子どもが立っていた。
「いらっしゃいませ」
 そう告げてもいいのか悩んだ一瞬。
「わたしのイタミをかえして……?」
 少女が先に口を開いた。抑揚のない、無機質な声で。
「『歯車』には、なりたくないの」


「『歯車』になりたくない? 本当にそう言ったのか?」
 少女を武彦の前へ連れて行った零は、武彦に先程の言葉を伝えた。少女はそれ以上、自分からは何も言わなかったから。
「はい……確かに言いました」
「そうか……」
 そう呟いてから、武彦は何かを考えるように。視線を宙に移して煙草をくゆらす。
 そしてやがて、その目は再び少女を捉えた。
「――フィクションだと、思っていたんだがな」
「? 何がですか?」
 首を傾げた零に、武彦は少しわらって。
「感情の一部を無理やり消し去ることで、人は時に不思議な力を得るという。その力で『歯車』を回し、様々な動力をつくりだすエコ団体があるという噂を、以前麗香から聞いたことがある」
「え……それって」
「気づいたか? エコ以前に人権を侵した方法さ。それは人のためかもしれないが、そこには確実な犠牲がある」
 そう告げる武彦の顔も、少女に劣らず無表情だった。
「じゃあ、この子は……」
 哀しそうな声の零に、武彦はゆっくりと頷いた。
「――彼女がイタミを取り戻したら。何かが、わかるかもしれないな」



□■視点⇒光月・羽澄(こうづき・はずみ)■□

 学校が終わると、私はその足で草間興信所へと向かった。手には大きめの箱を抱えている。
(バレンタインくらいは、ね……)
 一度帰るのが面倒だったので、昨日作ったチョコレートケーキを学校に持ちこんだ。幸い教室と違って廊下は寒いので、廊下に置いておけば問題はないのだが。それよりも誰にあげるのかと皆に訊かれまくるのが問題だった。
 もちろんこのケーキに、そんな意味はない。言うなれば、お中元みたいなものだ。
 草間興信所へ着いてみると、私は驚いた。海原・みなも(うなばら・みなも)という、少し前にゴーストネットで知り合った女の子がいたからだ。どうも、彼女も私と一緒で、たまに草間探偵を手伝っているらしい。
 私はチョコレートケーキを冷蔵庫に避難させてもらってから、イタミを失くしたという少女の話を聞いた。
 その少女は今、シュライン・エマと御影・瑠璃花(みかげ・るりか)による、お風呂大作戦の最中なのだという。
 3人がお風呂から上がるのを待っていると、もう1人。草間探偵があえて協力を求めた鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)もやってきた。
 3人で3人を待つ。

     ★

「じゃあ、あとはよろしく頼んだぞ」
 6人揃った私たちに、草間探偵はそう告げて山積になった書類の元へと戻っていった。
 私たちは少女を囲んで、何とか話を聞きだそうとする。
「……ね、自分の名前は憶えてる?」
 最初にそう訊ねたのは、シュライン。
 少女は瑠璃花に着せ替え人形のごとく髪をもてあそばれながらも、ゆっくりと口を開いた。
「――あ、い……」
 うえお、と続きそうなスピードで。
「まぁ、あい様とおっしゃるの? 素敵なお名前ですわね♪」
 髪を梳かしながら瑠璃花が告げる。妹ができたようで嬉しいのかもしれない。
「あい様は、何故『歯車』になりたくないとお思いになりましたの?」
 続けて瑠璃花が問った。
(いきなりの直球)
 少女――あいはどう答えるだろう?
 何かの期待をして見守る私をよそに、あいはたっぷりと間を置いてから。
「……だって……なるなって……」
 そう答えた。
「なるなって言われたの? 誰に?」
「――おにぃ…ちゃん………」
 次のシュラインの問いにはすぐに答えた。さらに瑠璃花がまた、問いを投げる。
「お兄様がいらっしゃるのね? 他のご家族はどうしていらっしゃるの?」
 2人が次々に問いを挟むので、他の私たち3人は口を出す暇がない。もっとも、2人の問いは私の疑問と大体合ってはいたけれど。
 それ以降は何故か、何を訊いてもあいは答えなかった。やがて瑠璃花があいの髪を結い終わり(その出来には充分満足のようだ)、あいのイタミを戻すため、皆で外に出てみることにする。
「答えなくていいから、聞いてね」
 事務所を出る前に、シュラインはそんな前置きをして、あいに告げた。
「『歯車』になりたくないって言った時、自分の胸で何かモヤモヤしなかった? や、その時というよりその『歯車』って言葉に…かしら。言わなくていいから、それをしっかりと感じていてね。そこがイタミを知るあなたの入り口になると思うの」


 6人連れ立って外に出た後、私は自分から口を開いた。
「私はちょっと、『N・E』について詳しく調べてみるよ。そこに何か、ヒントになるものがあるかもしれない」
 自分なりに調べてみたいことがあったから、別行動を申し出たのだ。
 すると瑠璃花は。
「それでは羽澄おねーさま、何かおわかりになりましたら、わたくしのピッチにご連絡下さいませ」
 承知した意味の言葉を発してくれた。私は感謝する(ちなみに、瑠璃花がいつも背負っているクマのぬいぐるみがPHSにもなっているのだ)。
「そうするよ。じゃあまたあとで」
 片手を軽くあげてから、身体の向きを変え歩いていこうとした。
(――あ、そういえば)
 けれどふと思い出して、もう一度皆の方を振り返る。
「この仕事が終わったら、皆でチョコレートケーキを食べよう。もちろん、あいちゃんも一緒にね」
 それから歩き出した。
 『胡弓堂』へ向かって。


 ネオ・エナジー ―― 通称『N・E』のことは、私も情報として以前から知っていた。ただ草間探偵が漏らしていた感想と同じで。
(そんなことをしているらしいがどうせ無理だろう)
 という程度の感情だった。
(それなのに)
 突然現れた被害者。
 私がその『裏』に。内側に。興味を示さないはずはない。
 調達屋『胡弓堂』は、死んだ父の友人がやっている店で、私はここで住みこみのアルバイトをしていた。私の担当する調達物は――情報。コンピュータ及びネットを使った情報収集力なら、誰にも負けない自信がある。
 『胡弓堂』に戻った私は、早速『N・E』の情報を集め始めた。
(思ったとおり)
 その情報量は絶対的に少ない。
 理由は明白だ。
 本当にそんなことが行われているのだと、誰も信じていないのだ。
 『N・E』自体のホームページはあったが、大したことは書いていず。むしろその内容が他の掲示板でネタとして取り上げられるくらい、信じがたい(むしろ笑える)ものだった。
(……直接行くか)
 ホームページに書いてあった団体本部の住所を見て、私はそう思った。驚くほど近い。
(もっとも)
 だからこそあんな子どもが、草間探偵の所まで来れたのだとも言える。
 私は店長に頼んで、急いで団体本部のパスカードを調達してもらった。
「これも持っていけ」
 店長はそう言って、頼んでもいない団体本部の図面までくれる。
「ありがと」
 短いけれど心からの礼を告げて、私はまた動き出した。

     ★

 パスカードがなければ入り口を通れない。とはいっても、団体本部の警備はずいぶんとゆるゆるだった。
(やっぱり)
 皆冗談だと思って誰も狙う人がいないからなんだろうな……。
 そう考えたら、ほんのちょっとだけ彼らに同情したくなった。
 入り口から堂々と内部に侵入した私は、図面を見ながらメインコンピュータのある部屋に向かう。
 部屋の中にはさすがに人がいたが、そこは得意の声で意識を奪った。念のためぐるぐる巻きにして、自分の仕事を始める。
 まずデータベースから、『あい』を検索する。苗字はわからなかったが、心配はいらなかった。何故なら実験対象となった子どもは、まだそれほど多くなかったからだ。
 あいの情報が表示され、私は素早く目を走らせる。
『あい:被験体5号。199X年、本部内で生まれる。感情操作を行う以前から「イタミ」が欠落。さらに感情操作を行ったが力は発現せず。兄・ゆうきが開けた檻の穴から脱走』
(え……)
 本部内で生まれる?
 私はその一行から、何故まだ実験をされた子どもが少ないのか悟ってしまった。
(信じられない……!)
 彼らはきっと実験のために。
 新しい命をわざとつくり出しているのだろう。
「…………っ」
(こんなことは言えない)
 あの子には言えない。
 私は自分の心の奥に、隠しておくことにした。
 次に、兄である『ゆうき』の情報を見る。
『ゆうき:被験体4号。199X年、本部内で生まれる。「喜び」を取り去ることで力を発現。初めての成功体。身体で檻を破り死亡。』
(ああ……)
 私はきつく、唇を噛んだ。
 あの子の無表情な瞳の奥に秘められた想いを、やっと理解できた気がする。
(辛いだろう)
 辛かったろう。2人は。
 檻の中で、何も知れないまま失われる感情。
 ゆうきはその辛さを理解していた。
(だからこそ)
 妹を助けたいと思ったのだろう。
「『歯車』にはなるな」
 そう言い聞かせて――。


 真実を悟った私は、団体本部を出てからすぐに瑠璃花のピッチに電話をかけた。するとなんと、鳴神があいをバイクで連れ去ったのだという。
 瑠璃花に指定された場所――廃ビルに向かう途中皆と合流して、私たちはそこへ向かった。
 その時には既に、鳴神は人ではなかった。
 彼はあいを奮い立たせようとしていた。
 あいに向かって何度も襲いかかり、鋭い機械の腕があいの頬を掠めてゆく。
 しかし驚いたことにあいは、目を瞑ることも怯えることも、よけることもなかった。
「目を覚ませ!」
 まるで自分に訴えるように告げた鳴神の叫びは、そこにこだまするだけ。
「――ころしても、いいよ? イタミのないわたしならいらない」
 やがて告げられたあいの言葉に、その瞬間。誰も動かなかった。
「わたしはわるいこなの。わたしはわるいこなの。わたしはわるいこなの……」
「…………」
 反応できない鳴神は、ゆっくりと手を下ろした。それが合図だったかのように、私たちは2人に駆け寄ってゆく。
「――どうして、そんなこと思うんですの?」
 手を取って視線の高さを合わせ、瑠璃花はあいに問いかけた。あいはその目を見ていない。
「……だ……て、かなしんで、あげられなかったの……」
「何を? 何を哀しんで?」
 さらに問ったのはシュラインだ。しかしあいは、それには答えない。
 代わりに。
「その子を逃がすために、その子の兄が死んでいるんだ」
「?!」
 私が発した言葉に、全員が息を呑んだ。そしてみなもが、真実に気づく。
「そうか……あいちゃんが失くしたイタミは、『悼み』だったのね……」
「ちょっと待ってよっ。それならちゃんと持ってるじゃない」
「え?」
 皆の視線がシュラインに集まった。シュラインはその視線をかき分けて、先程瑠璃花がしていたように、あいの手を取り高さを合わせた。
「……ね、あなたはお兄さんの死を哀しめなかった自分を、責めているのよね? その気持ちは、イタミではないの?」
「あ……っ」
 みなもと瑠璃花が声をあげた。
(確かに)
 シュラインのいうとおりなのだ。だからこそ私の、結論がここにある。
「これでも…いいの……? こんなわたしでも……おに…ちゃ……ゆる…てくれる……?」
 あいの声が途切れ途切れに聞こえる。それが溢れ出た感情のせいだと、誰もが疑わなかった。
「何言ってるの。最初からあいちゃんの存在は許されているよ。あいちゃんが何をしてもお兄さんはあいちゃんが大好きで、だから自由に生きて欲しいと思ったんだよ」
 私はきっぱりと告げた。
 すると難攻不落だった少女が、ついに声をあげて泣き出したのだ。
「……ぅわーん、うわーん」
 目の前のシュラインに抱きつく。
「ホントはね、ホントはね……とってもかなしかったの……でもね、でもね……やくそくだったから……ぁ」
 シュラインはあいをあやすように、背中を撫でている。
「羽澄おねーさま、どういうことですの?」
 いきさつのわからない瑠璃花が、こちらに問いを振った。
 私は皆の視線を受け止めてから。
「――結論から言うと、その子は元々感情操作されていないよ」
「え?!」
 さすがにその言葉には、全員が驚いたようだった。
「これは私の予想だけどね。自分と同じようにはなって欲しくないと、兄のゆうき君があいちゃんに暗示のようなものをかけていたんだと思う。それが先にあったから、後からかけられた感情操作は効かなかった。あいちゃんは組織内では『感情操作を行ったが力の得られなかった子ども』として扱われていたけれど、実際はそれを演じていただけなんだ。そして常に演じずにはいられなくなってしまった」
「まぁ……」
 声を漏らしたのは瑠璃花だ。
「ゆうき君は、いつかあいちゃんを逃がそうと機会を狙っていた。そして逃げた後あいちゃんが行くべき場所も、しっかりと教えこんでいた」
「草間興信所のことを?」
 鳴神が口を挟んだ。
 私は頷いて。
「武彦さんは『怪奇探偵』として一部の方面ではやけに有名だからね。探られたくない要注意人物として名前が挙がっていてもおかしくはない」
「そっか……子どもの前だと思って油断して話していたそれを、しっかりと聴いていたのね」
 シュラインが納得の声をあげた。
 それからは。
 静かなはずの廃ビルに、あいの泣き声だけが響いた。
(私たちは)
 ただ傍で待っていた。
 ためこまれたその感情が、昇華されるのを。

     ★

「いっただっきま〜す♪」
 草間興信所へ戻った私たちは、約束どおり皆でチョコレートケーキを囲んでいた。残念ながら草間探偵はまだお仕事中ということで、草間探偵の代わりには零さんが座っている。お茶は何故か、瑠璃花の執事である榊さんが用意してくれた。
「まぁおいしいですわ〜v さすがおねーさまっ」
 瑠璃花が感動した声をあげる。
「ほんと、さすがね羽澄ちゃん」
「おいしいです!」
 シュラインに続いて、みなもまで。鳴神は何も言わなかったけれど、食べてくれるだけでも私は嬉しかった。
「よかった」
 笑って呟く。
 さて、『お誕生日席』に座るあいはと言えば……。
「〜〜〜〜〜っ」
 余程おいしいのか、言葉もなくケーキにかぶりついていた。その表情には、もちろん笑顔が見える。
(それだけで)
 私は満足だった。
 あいが今幸せなら。
 きっとゆうきも、救われるだろうから。









                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 1282 / 光月・羽澄    / 女  / 18 /
             高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
             あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
           翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 1316 / 御影・瑠璃花   / 女  / 11 /お嬢様・モデル】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 再びお目にかかれて光栄でございます(>_<) ありがとうございます。
 今回のメインテーマは『チョコレートケーキ』でございました(笑)。おいしい小道具をありがとうございました。
 プレイングの方からは結構離れてしまいましたが、光月様のプレイングの展開もかなりかっこよくて迷いましたよ。ただ他のPC様と絡ませるのが難しそうでしたので、一部だけに留まらせていただきました(>_<)
 力不足で申し訳ないです……(x_x;)

 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝